鬼殺隊一般隊員は鬼滅の夢を見るか?   作:あーけろん

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ちょっとした息抜き回
※アンケート回答ありがとうございました。今後の参考にさせて頂きます!


鬼殺隊一般隊員は決意し、お団子を頬張る

 

「––––––––本当に宜しかったのですか、お館様」

 

権兵衛が退出した後の柱合会議で不死川実弥が口を開く。

 

「…これで良かったと私は考えている」

「しかし……」

 

小屋内権兵衛の危うさ。それは今回の一件で柱の全員が認識した。まさか左脇腹に穴が空いている状態で屋敷を抜け出し、剰え鬼を殺しに赴こうとしたのだから、その危険さは計り知れない。–––しかし、だからといって小屋内権兵衛という特記戦力を蝶屋敷に留まらせるのも、また大きな不利益があるのだ。

 

「小屋内権兵衛が昨年殺した鬼の数は二百程度。しかもこれはあくまで確定戦果であり、彼のことだから未報告の鬼殺もあり得るだろうな」

「一人でどれだけの鬼を殺したんだか…」

 

小屋内権兵衛という強大な遊撃戦力の喪失。それは、必然的に他の隊士への皺寄せが向かう。しかし、そんな事は些事だと胡蝶が口を開く。

 

「彼は蝶屋敷に滞在しますが…恐らく彼の事です。頻度は落ちますが、今まで通り鬼を殺して回るのでしょう」

「それはそうだが…」

「今まで遊撃に専念していたのが、これから蝶屋敷の防衛も受持つ事になったのだ。殺す鬼の頻度が落ちるのは避けられないだろう」

 

特に最近は鬼の動きも活発化しており、市井の安全を守る為にはそれこそ身を削っての鬼殺が求められる。しかし、それらの言葉は甘露寺の何気ない一言で封殺される。

 

「そもそも、今までの権兵衛君がおかしかったんじゃないかな?」

「……まァ、否定は出来ねぇな」

 

一年足らずでここにいる柱の殆どの鬼殺記録を抜き去った権兵衛。この場にいる柱の中で彼に鬼殺数を抜かされていない者は岩柱の悲鳴嶼と風柱の不死川、音柱の宇髄程度だろう。他の柱をあっという間に抜き去ったその異常性は、もはや怪物の類だろう。

 

「それよりも胡蝶、あいつの怪我はどんな感じだったんだ?随分普通そうにしてたが」

「…拳大の大穴が脇腹に空いていたんです。五日程度じゃまともに動けないはずですよ」

「…権兵衛って鬼だったの?」

「やめろ時透。俺も一瞬よぎっただろうが」

 

突出した継戦能力に人並み外れた耐久力に回復力–––鬼と言われても仕方ない要素が揃っている事に全員が閉口する。

 

「鈴の呼吸についての些細は明らかになっているのか?」

「それが…文献が余りに少なすぎるんです。江戸時代初期から続く、伝統ある呼吸法という事までは判明したんですが…」

 

胡蝶が首を振るう。鬼の血鬼術を弱めるかも知れない呼吸法という特異に満ちたそれだが、詳細を記した文献は雀の涙程度しか現存していないのだ。

 

「しかし、伝統ある呼吸ならここにいる誰かが知っていなければおかしいではないか?」

「そういう煉獄はどうなんだよ?煉獄家にはなんか資料が残ってなかったのか?」

「全く残っていなかったぞ!弟の千寿郎にも頼んだが、一切成果が無かった!」

「…となると、本当に謎だな」

「お館様は何かご存知では無いのですか?」

「私も鈴の呼吸という言葉は初耳だね。少なくとも、ここ百年にその呼吸を使う剣士は居なかった筈だよ」

 

権兵衛が会得した全集中、鈴の呼吸。文献があった事から過去にも存在した事は明らかなのだが、その絶対数が少なすぎて内容が掴めていないのだ。

 

「あいつの育手が鈴の呼吸の使い手じゃなかったのか?」

「違うと権兵衛君はいっていましたね。現に彼はつい最近まで水の呼吸を使っていましたし」

「……本当に飽きさせない奴だな、おい」

 

宇髄の言葉に殆どが頷く。その在り方と言い、鈴の呼吸と言い、話題に事欠かない少年である事には間違いないからだ。

 

「権兵衛君のお目付け役頼むよ、しのぶ」

「お任せ下さい。今頃は屋敷の皆んなにボロボロに言われていますから、少しは大人しくすると思います」

「ほ、程々にね、しのぶちゃん…?」

 

それそれはとてもいい笑みを浮かべる胡蝶に冷や汗を流す甘露寺。

 

「当面は様子見か…。隊士の見張りについてはどうする?」

「前回の悲鳴嶼さんの意見をそのまま採用する事と、後は隊士の身分調査を行う事ですかね…」

「むぅ…あまり気は進まないな…」

「だがやるしか無いだろう。この事はここにいる者とごく一部の信用できる隊士のみで共有し、早急に情報網を構築しなければ…」

 

現役の隊士の裏切りによって蝶屋敷が襲撃された今回の一件、柱の神経を使う案件にはあまりある物だ。

 

「お館様、申し訳ありません。まさか身内から裏切り者が出るとは…」

「行冥が謝る事じゃ無いさ。それに、今回は権兵衛のお陰で被害は最小限に抑えられたんだ。ほかの善良な隊士達が力を合わせれば、乗り越えられない難局じゃないさ」

「勿体ないお言葉、痛み入ります」

「–––––皆んなには本当に迷惑をかける。けど人の世を守る為に、鬼を滅殺する為に、どうか力を貸して欲しい」

 

産屋敷輝哉の言葉に全員が頭を下げる。当主への絶対の信頼、それこそが柱の結束を固めるのだ––––––––。

 

 

 

 

 

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「––––––その様子だと、こっ酷く言われてきたみたいですね」

 

二度と来ないはずが、僅か二刻程度で戻ってきてしまった蝶屋敷の門の前。そこには、四人の少女が横に並んでこちらを見ている。真ん中にアオイさんがしょうがない人を見る目でため息をつき、左右にすみちゃん達が分かれてむー、と顔を膨らませている。

 

「……あ、あはは」

 

思わず苦笑いを浮かべる––––本当に、我ながら恥ずかしい話だ。

 

「全く…取り敢えず早く中に入って下さい。話はそれからです」

「すいません…」

 

「荷物お持ちしますよ〜」とわらわらと集まるすみちゃん達に荷物が剥がされ、手を引かれて屋敷の中に連れて行かれる。

 

「私達が怒っていた理由が分かりましたか?」

「…痛いほど」

 

問いかけるなほちゃんに頰を掻く。

 

「なら良いです!二度とあんな事言わないで下さいね!」

「次言ったらとっても苦い薬を飲ませますよ!」

「とても痛い柔軟をやりますよ!」

 

頰を膨らませるすみちゃん達にペコペコと頭を下げる––––今度お詫びに、甘い物でも買ってこないとな…。

 

「まずは病人服に着替えて下さい。すみ達は荷物を彼の私室に」

「はーい!」

 

テキパキと動く彼女らを傍目に、再び頭を下げる。

 

「何から何まですいません…」

「気にしないで下さい。これが私のやるべき事ですから」

 

蝶屋敷の玄関を潜り抜ける。そのあとすみちゃん達が離れ、二人で屋敷の中を歩く。板張りの廊下を歩く音だけが耳に響くが、やがてアオイさんが口を開く。

 

「…本当に怒っていたんですからね、私」

「………すいません」

 

何に怒っているのか、そんな野暮な事は聞かずにただ謝罪を口にする。–––あの時宇髄さんが俺の目の前に現れたのは、アオイさんのことを意識から外すためのものだったのだと、何となく理解していたからだ。

 

「貴方は人でなしもなければ、ここに相応しくない人でもありません。しのぶ様からも、そう言われたでしょう?」

「はい–––自分が思っていたよりも、遥かに優しかったです」

「これが普通なんです。貴方が変な考えを拗らせなければ、ここまで大事にはならなかったんですからね?」

 

彼女の苦言に頰を掻く。

 

「あと今だから言いますけど、貴方が蝶屋敷を抜け出そうとしていた事なんて最初からわかっていましたから」

「…そうなんですか?」

「すみ達に保存食の買い出しを任せている時点でバレてます。そういう腹芸が苦手なら、やらない方が身のためですよ」

「仰る通り…」

 

慣れない事はするものじゃない。とても痛い思いとともに覚えた教訓は、一生忘れる事はないのだろう。

頭の中でそれを噛み締めていると、正面から白の病人服が投げられる。慌ててそれを受け取ると、投げた相手に笑う。

 

「それに着替えたら居間に来て下さいね」

「ありがとうございます、アオイさん」

「それでは、また後で」

 

テキパキと去っていく彼女を見た後、蝶屋敷に用意されていた仮の自室に向かう。

 

「…良い夕日だな」

 

廊下の吹き抜けから見える茜色の夕日が肌を刺す。これから鬼達の闊歩する夜がやってくるとは思えないほど綺麗なその景色に、思わず足を止める。

 

「––––––守ってみせる、なんとしても」

 

茜色の半円に、人知れず呟く。

手から零れ落ちる命を嫌という程見てきた。目の前で消える家庭の灯を、命の灯を見てきた。そんな自分が誓ったところで、一銭の価値もないかも知れない––––––それでもここの明かりを落とす事だけは、失くす事だけは、許容出来ない。

 

「…うん?」

 

何やら胸ポケットに異物が入っていることに気づき、中から取り出す。

 

「これは…」

 

出てきたそれは「チリン」と軽快な音を鳴らし、銀色を茜色に染める一対の鈴––––鈴鳴り刀に付けられていた、師範から貰った鈴だ。

アオイさんに預けていたそれが戻ってきた事に笑みが零れ、再び胸ポケットに入れる。

 

「甘露寺さんが来るってことは、相当な量を準備しないとな」

 

手伝うと言えば多分怒るであろう彼女を思い、苦笑いを浮かべる–––けれど、嫌な感じはしなかった。

板張りの廊下を歩く–––––日が沈み、鬼の夜が訪れる幕間。その一幕に映える幻想的な色を眺めて、自分はその廊下を後にした。

 

 

 

 

 

 

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「良かったよ〜!権兵衛君に帰る家が出来て‼︎」

「いや、あくまでも仮の拠点なんですが…」

 

山の様に盛られた白米をモクモクと食べ進める甘露寺さんに引き攣った笑みを浮かべながら、自分も手元にある白米から箸で一口頬張る。

 

「仮の拠点でもだよ!権兵衛君どこにいるかわからなかったから、お茶を誘おうにも誘えなかったんだから!」

「あ、あはは…」

 

–––貴女の顔が綺麗過ぎるから、お茶を遠慮する為にすぐに消えていたんですよ。

なんて想いはおくびにも出さずに笑う。もしバレよう物なら甘露寺さんが文通で伊黒さんに渡り、彼が自分を殺しに来ることが容易に想像できるからだ。…いや、お茶を断ったのだから逆に感謝されるのか?

なんてとめどない思考が頭の中をぐるぐると巡るが、やがて答えを出す事を諦めて食卓を見る。

 

「けど権兵衛君。怪我が治ってないのに、蝶屋敷を抜け出すなんて二度としないでね。幾ら権兵衛君でも、そんな無茶をしたらすぐに死んじゃうんだから」

 

彼女のまっすぐな視線が向けられ、深々と頭を下げる。

 

「肝に命じておきます…」

「うん!なら良し‼︎」

 

再び笑みを浮かべ、「美味しい!」とご飯を頬張る彼女を見た後、一人黙々とご飯を食べるしのぶさんを見る。一枚の絵画の様な綺麗な仕草で食べる姿を見ると、逆に落ち着かないのは何故なんだろうか…。

 

「今回はお館様の手前、あまり荒っぽい事はしませんでしたが、次同じ様なことがあれば容赦はしませんからね」

「…はい」

 

食卓に目を向けながら放たれる苦言にペコペコと頭を下げる。どこか氷の様な雰囲気を漂わせている彼女に甘露寺さんと震えながら、パクパクとご飯を口にしていく。

 

「そ、それよりも!権兵衛君の師範って本当に鈴の呼吸の使い手じゃなかったの?」

 

雰囲気を変えるためか、甘露寺さんから件の質問が舞い込んでくる。

 

「はい。師範は鈴の呼吸の使い手ではなく、水の呼吸の使い手でした」

「けど、その刀って師範さんから貰った物なんだよね?」

「えぇ、自分もそこが引っかかっているんです」

 

自身の師範から鈴の呼吸という一文は一度も聞き及んだ事がない。随分前に言われた事なのだから忘れているという可能性もあり得なくはないが、それでも聞き覚え位はあるはずだ。

 

「そもそも、権兵衛君はどうやって鈴の呼吸を会得したのですか?」

 

しのぶさんの訝しげな表情と共に出てくる言葉に頭を回す。

 

「鬼の血鬼術を受けて意識が飛んだ時、夢の中でとある一幕を思い出したんです。自分の振るっている日輪刀が只の日輪刀ではなく、鈴鳴り刀であるという事が」

「…夢の中、という事ですか」

「はい。我ながら突拍子もない話だとは自覚していますが…」

 

「お代わりは要りますか?」と声を掛けてくれるアオイさんに「大丈夫です、ありがとうございます」と返し、再びしのぶさんに向き直る。

 

「とにかく、鈴の呼吸については早急に解明する必要があります。鬼の血鬼術を弱める事の出来る呼吸、物に出来れば相当力強い戦力になりますから」

「権兵衛君は今でも重要な戦力だけどね!」

「そこまで買って頂けるのは幸いですが…」

 

「ご馳走さまでした」と手を合わせ、食器を手に持って立ち上がる。

 

「権兵衛君もう良いの?」

「はい、この後少し日輪刀を素振ろうと思いまして」

「…貴方はまだ怪我人だと思いますけど?」

 

影のある笑みを浮かべるしのぶさんに慌てて返す。

 

「激しい運動はしませんよ。只、少しくらい振って感覚を忘れない様にしたいんです…駄目でしょうか?」

「駄目です、と言いたい所ですが…」

「少しくらいならいいんじゃない?私もどんな型なのか興味があるし」

 

黙りこくって悩むしのぶさん…けれど、やがて決断したのか頷く。

 

「わかりました。けど、私と甘露寺さんの目の前で振ってもらいます。何かあった時に対処がしやすいのと、今後の研究の為です、それで良いですね?」

 

その言葉に頷く。

 

「構いません。それじゃあ先に着替えて庭先に出ていますね」

「それじゃあ私も早く食べないとね‼︎」

「あの、その量を急いで食べたら喉に詰まらせてしまいますよ…?」

 

「むん!」と山盛りのご飯を前に息づく甘露寺さんを見る。––––もし貴方に何かあったら伊黒さんが目の色を変えてすっ飛んで来ますよ、なんて言葉は言えず、只閉口する。

 

「彼も準備に時間がかかると思いますからゆっくり食べましょう。せっかくアオイが作ってくれた物ですから」

「そうね!それじゃあ権兵衛君、ゆっくり準備してて良いからね!」

「はい、ご配慮ありがとうございます」

 

食べ終わった食器を持って客間から出る。すると、半歩下がった所からアオイさんが付いてくる。

 

「食器くらい私が片付けますよ?」

「せめてこれくらいは。殆どの料理をアオイさんが作ったんですから」

 

手伝おうとした時には既に殆どの準備が終わっていた台所を思い出す。あれだけの量をほぼ一人で仕込んでしまうのだから、その手際にはとてつもないの一言に尽きる。

 

「…怪我の具合は大丈夫なんですか?さっき、日輪刀を振るうと聞きましたけど」

 

そう言って自分の左脇腹を見るアオイさん。その彼女に気を使わせていることに若干の罪悪感を感じつつ、心配させない様に笑いかける。

 

「痛みがないのは本当です。只、傷口が塞がっていないのも事実なので程々に抑えるつもりではありますが」

 

台所にたどり着ついて水場に食器を置き、直ぐに台所を出る。

 

「アオイさんは甘露寺さんの所に戻ってあげて下さい。きっと寂しがっていると思いますから」

「わかりました。…あの、呉々も無理をしないように」

 

こちらを気遣ってくれる彼女に「ありがとうございます」といったあと、若干の駆け足で客間へと戻る彼女を見てから自室へと向かう。

日がすっかり沈み、夜が更けてきた中廊下を進み自室へと入る。きちんと整頓されてある荷物の中から一際大きな日輪刀を手に取り、扉の前に立て掛ける。

 

「…どうして師範は、何も教えてくれなかったんだ」

 

白の病人服から再び小豆色の隊服へと袖を通し、上から藍色の羽織を羽織る時にふと呟く。

師範が鈴の呼吸の使い手ではなかったとしても、鈴鳴り刀を使っていた以上鈴の呼吸に関係していたはずだ。にも関わらず、あの人からそんな言葉を一度だって聞いたことがない。十と余年を共に過ごしていたのに、だ。

 

「単に忘れていただけか、それとも…」

 

意図的に教えていなかったのか––––そこまで考えたあと、この思考には一銭の価値もないと思い至りすぐさま思考を切り離す。

中庭を望める開いた廊下から草鞋を履いて外に出る。若干の冷えた空気が肌に当たるが、それがむしろ心地いい。

 

「すぅ……はぁ……」

 

右手に柄を、左手に鞘を持つ。大きく、静かに息を吸い込み、身体中に酸素が行き渡る感覚を覚える。十分な酸素が行き渡ったのを感じると、一息に鈴鳴り刀を鞘から引き抜く。

 

『シャラン』

 

鈴を付けていないにも関わらず鈴の様な軽やかな音を鳴らす刀に若干の驚きを感じるが、そのまま正面に持ち替える。鞘を地面に静かに置いた後、両手でしっかり持った刀を中段に構える。

 

「––––全集中・鈴の呼吸、壱の型」

 

噛みしめる様に呟き、肩に日輪刀を充てがう。再びゆっくりと息を吸い、身体中に酸素を行き渡らせる。

 

「–––鳴き地蔵」

 

『カランカランカラン』

 

袈裟懸けに日輪刀を振り抜く。引き抜いた時とは打って変わった重い音色を奏でる刀は、夜風に乗って屋敷にそれを響かせる。

 

「…ちゃんと鳴るのか」

 

刀を振ったとは思えないほど流麗な音色に驚く––––戦っている時は気がつかなかったが、こんなに綺麗な音を響かせていたのか。

振り抜いた刀を再び中段に戻す。––––この音色は、鬼の血鬼術を弱める力がある筈だ。

蝶屋敷を襲った鬼に鈴の呼吸を使った途端、相手の棘が切れる様になった。水の呼吸よりも威力の弱い鈴の呼吸の型で、だ。それは、相手の術の強度が下がったからとしか考えられない。つまりは長い間、技を途切れさせずに続ける事が求められる。

 

 

「–––––全集中・鈴の呼吸、伍の型」

 

自分が使える型の中で最も長く使えるものを想像し、鈴鳴り刀を脇に添える。先ほどよりも深く息を吸い、肺に溜め込む。

 

「––––神楽舞・天女」

 

 

 

 

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「とっても美味しかったよ!ありがとうアオイちゃん!」

「気に入ってもらえたなら何よりです」

 

月明かりの照らす廊下を三人の少女が歩く。ニコニコと笑って歩くのは桜色に緑色を散らした髪色の甘露寺蜜璃。その隣には和やかな笑みを浮かべ笑う可憐な少女、胡蝶しのぶが寄り添う。その二人の後についていく様に半歩下がって歩く神崎アオイはどこか浮かない様子だ。

 

「権兵衛君はもう準備が終わっているのかな?」

「どうでしょうか」

 

三人が向かう庭先には、既に小屋内権兵衛が日輪刀を持って準備している筈だ。

彼女らが見るものは未知の呼吸、鈴の呼吸。長い歴史に反比例するかの様に会得した人物の少ないその呼吸は、鬼殺隊本部に置いても明確な資料が残されていない程だ。

 

「一体どんな呼吸なんだろう?鈴って付く位だから鈴の音がするのかな?」

「恐らくそうでしょうね。そう考えると、なんだか権兵衛君らしいと言えます」

 

鈴の呼吸を会得する前から鈴の音を鳴らしながら戦場で日輪刀を振るっていた権兵衛。そんな彼が鈴の呼吸を会得するのは、どこか必然的なものを感じる。

他愛のない会話を楽しむ–––––そんな最中だった、「シャリン」と流麗な鈴の音が彼女らに届いたのは。

 

「…これって」

「もう始めているみたいですね。少し急ぎましょうか」

 

徐々に大きくなる鈴の音を頼りに庭先に三人が向かう。やがて最後の曲がり角を迎えて庭先を見る––––––––。

 

 

『シャリン、シャリン』

 

 

––––––そこには、月を背景に舞う権兵衛の姿があった。

 

 

『シャンシャラン、シャリン』

 

 

下弦の三日月の淡い明かりに照らされて光る藍色の日輪刀が、流麗な鈴の音を響かせながら舞っている。要所要所で動きを止めた、緩急極まったその舞は、一種の芸術の様な完成度を誇っている。

 

「ご、権兵衛君…?」

 

瞳を開く事なく、雑音を立てる事なく剣舞を舞い続ける権兵衛は、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。蝶屋敷の広い庭先とは言え、六尺弱もある日輪刀を振り回せば竿やら何やらを切りつけかない状況だが、その中でも彼は何も斬りつけずに刀を振るい続ける。

 

「凄い…!」

 

時折宙を舞って刀を振るうその仕草は、どこか神前に捧げられる神楽舞の様だった。

流麗な鈴の音と共に魅せられる舞はけれど、永遠に続くものではなく、その剣舞が少し続いた後『リン』という音と共に舞が終わり、権兵衛が閉じていた瞳を開く。

 

「…あれっ?もう来ていたんですか?」

 

先程までの雰囲気はどこに行ったのか、のんびりとした様子で権兵衛が口を開く。それを見た三人は呆気に取られるが、やがて調子を取り戻す。

 

「凄い凄い‼︎とっても綺麗な舞だったよ!今のも型の一つなの⁉︎」

「ちょ、甘露寺さん⁉︎」

 

甘露寺が興奮覚めきれぬ様子で権兵衛の手を握り、ブンブンと振り回す。それに伴って権兵衛を上下に動くが「お、落ち着いてください甘露寺さん!」とアオイの言葉で止まる。

 

「えぇ、と…はい。今のも鈴の呼吸の型の一つです。型の中で一番長く使える技ですね」

「成る程…随分長い間舞っていた様ですけど、疲れは無いんですか?」

「はい。常に力を張る型では無いので、長く舞う事自体は疲れません」

 

小屋内権兵衛が本来持っている人外じみた持久力と、鈴の呼吸の優れた体力温存性。その二つが合わさっての物だと胡蝶は瞬時に理解する–––でなければ、一つの技をあそこまで長く使える訳がないからだ。

 

「とても綺麗な音色でしたけど、それはその刀が鳴らしているんですか?」

「はい。どうして音が鳴るのかは、自分もよくわかっていないため答えられませんが…」

 

藍色の日輪刀を持ち上げる。月明かりに照らされて光るその刀身は、一見すると普通の刀にしか見えない。

 

「何か特殊な加工をしているんですかね…」

「その刀を作った刀匠に心当たりは?」

 

頭を捻る権兵衛だが、夢の中で師範が言った言葉を思い出す。

 

「確か、鉄珍が作ったと言っていましたね」

「鉄珍?それってもしかして、鉄地河原鉄珍さんの事?」

「ご存知なんですか?」

 

権兵衛の言葉に甘露寺と胡蝶の二人が返す。

 

「ご存知も何も、私としのぶちゃんの刀を作ったのがその鉄地河原鉄珍さんだよ?」

「…えっ」

「成る程、鉄地河原さんが…」

 

妙に納得した様に頷く二人にキョトンとする権兵衛だが、やがて自分にはわからぬ話だと割り切る。

 

「もう少し日輪刀を振るっておこうと思うんですけど、良いですか?」

「あっ、うん!全然大丈夫だよ!」

「出来ればゆっくり振るって下さい、動きをよく見たいので」

 

 

やけに乗り気な二人の柱と共に行われた鈴の演舞は、アオイの嘆願が入るまで続いたのだった–––––。

 

 

 

 

 

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すっかり夜も更けた蝶屋敷の縁台。空を見上げると澄んだ空にプカプカと浮かぶ月を見る事が出来る。

 

「…疲れた」

 

先程まで行っていた型の復習を思い出して一人零す。結局あれから半刻も日輪刀を振っていた為か、腕に疲労が感じられる。少し汗ばんでしまった身体をしっかりとぬぐい、夜風に当たっていると火照った身体が冷えていく。

あと少ししたら部屋に戻ろう、そう思い麦茶を煽る––––その時、視界の端にとある少女が見えた。

 

「こんばんは、ねずこちゃん。君も眠れないのかい?」

「むー」

 

桃色の着物を着た少女がペタペタと近寄り、ぽすんと膝の上に収まる。そんな彼女の頭を優しく梳くと気持ちよさそうに目を細め、もっとやってと催促してくる。

 

–––ただのあどけない少女のようだ。とても、自分が殺して回っている鬼とは似ても似つかない。

 

そんな彼女の気の済むままにそれを繰り返すと、やがて彼女が起き上がる。

 

「もう良いのかい?」

「むーむー」

「ん、ねずこちゃん?」

 

するとどうしたのか、彼女が自分の頭を抱えて自分の頭を撫で始める。爪を立てないようにと丸めた手はとても暖かく、心地いい。自分の感情を感じ取ったのだろうその行動に、意図せず口元が緩む。

 

「ありがとう。けどもう大丈夫だよ」

「むー?」

「うん。大丈夫」

 

やがて彼女を自分の頭から離し、逆に彼女の頰を撫でる。

 

「–––君は凄い子だ。本当に、凄い子だ」

「?」

「人間ですら我慢出来ないことを、君は我慢しているんだ。それは、とても凄いことなんだよ」

 

–––同じ人ですら平気で殺す者が横行しているこの世の中で、彼女は鬼でありながら人を殺す事を拒んだ。それがどれだけ大変なのか、どれだけ辛い事なのか、想像すらできない。

 

「今はまだ難しいかも知れないけど、いつか君も多くの人に認められるようになる。それまでは大変かも知れないけど、頑張って」

 

せめて彼女の苦しみが少しでも減るようにと優しく抱きしめ、背中を叩く。

 

「……いつか、皆んなが笑いあえるようになれば良いね」

「むー!」

「うん?どうしたんだい?」

 

突如自身の胸元を指差す彼女……あぁ、あれか。

胸ポケットにしまってある銀色の鈴を取り出し、彼女の前で「チリン」と鳴らす。するとキラキラと目を輝かせ、むーむーと唸る。

 

「この音が好きなのかい?」

「むー!むー!」

「そっか。なら、これは君にあげよう」

 

赤い紐を彼女の細い右腕に当て、優しく結ぶ。首を傾けて疑問符を浮かべるが、やがて鈴が自分の腕につくとキャッキャと手を振って喜ぶ。

 

「その鈴が、君に寄り付く魔を祓う事を」

 

尚も喜ぶ彼女を抱き抱え、縁台から立ち上がる。

 

「さぁ、もう寝よう」

「むーむー」

「うん。また明日だね」

 

軽く額に手を当てるとうとうとし始め、数瞬もしないうちに整った寝息を立て始める。そんな彼女の髪を優しく撫でると、部屋へと足を運ぶ。

 

「彼女の部屋は、と…」

 

寝ている彼女を起こす事がないよう、慎重な足取りでその場を後にした––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

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『小屋内権兵衛さんに宛てる蝶屋敷で生活する上での三箇条』

 

「…あの、これは?」

 

朝日がすっかり登った早朝。アオイさんの作った美味しい朝餉に舌鼓を打ち、師範に向けて鈴の呼吸についての手紙を用意しようと自室に戻ろうとした矢先、すみちゃん達蝶屋敷三人娘がむん、と胸を張って件の紙を見せてくる。

 

「みんなで話し合って決めた権兵衛さんの規則です!ここで生活する以上、これは最低限守って下さいね!」

「……成る程」

 

共同生活を行う上でこういうすり合わせは大事だな、と一人でに納得する。特にここは女所帯の蝶屋敷なのだ、こういう規則は早めに決めて置いた方が後々の関係に軋轢を産まずに済むかもしれない。

彼女達からそれを受け取って目を通す。

 

「どれどれ……一日に最低三刻以上睡眠を取る事、家事は皆んなで分担する事、無理をしない事…………って」

「しのぶ様に書いてもらいました‼︎」

「……道理で、随分綺麗な文字だと思ったよ」

 

笑顔でこれを書いたであろう彼女を思うと遣る瀬無い気持ちになる。–––ちゃんと文字にしないとわからないとでも思ったのか…。

苦言を呈そうにも、こちらを思いやっての行動という事は明らかな為に言い返す事も憚られる。

 

「ありがとう。忘れないように部屋にでも貼って置こうかな?」

「ぜひそうして下さい!」

 

結局笑顔を浮かべる三人娘に負けて、その張り紙を小脇に抱える。…天井にでも貼っておくかな。

 

「権兵衛さんは今日は何をする予定なんですか?」

「師範に手紙を書く事と………後はそうだなぁ」

 

師範に手紙を書く事は確定しているが、特にほかの用事は浮かばない。今日の予定に頭を捻っている–––そこで、「あっ」と声を上げる。

 

「そう言えば街に用事があったんだ」

「街ですか?あんまり外を出歩くのは良くないんですけど…」

「鬼殺隊関連でね、近くの茶屋で昼前に待ち合わせているんだ」

 

「むー…」と不満げな三人娘に「何かお土産でも買ってくるよ」と窘める。

 

「それじゃあ俺は自室にいるから。何かあったら直ぐに呼んでね」

「はい!お大事にして下さいね!」

「ありがとう–––そういえば、恋柱の甘露寺さんはまだ此処に居るんだね」

 

小首を傾げた後、コクリと頷く。

 

「はい、今日はしのぶ様とお茶会だそうで」

「そっか。ありがとう」

 

「ゆっくりしてて下さいね!」とパタパタ消えていく三人に手を振った後、「ふぅ」と一息いれる。

 

「……本当に貼らないとダメなのかなぁ」

 

小脇に抱えていた張り紙を広げ、再び見遣る。そこにはあいも変わらず「小屋内権兵衛さんに宛てる蝶屋敷三箇条」と銘打たれたそれがあり、再びため息を零す。

 

「仕方ない、街に行ったら画鋲でも買ってくるか…」

「画鋲ですか?一体何に使うんです?」

「いやぁ、妙な張り紙を貰っちゃってね。押し負けて部屋に貼ることになったんだよ……って」

 

何やら異様な臭いが鼻に付き、少し顔をしかめながら振り返ると、そこにはずぶ濡れになった炭治郎君達三人の姿があった。

 

「やぁ、三人共。––––手酷くやられたようだね」

「あ、あはは…」

 

苦笑いを思わず浮かべてしまう。白の病人服の殆どを薬湯でずぶ濡れにした彼等からは、強烈な薬品の匂いがしている。

 

「相手は栗花落さんとアオイさんだっけ。まぁ、最初は仕方ないよね」

 

機能回復訓練の一つ、薬湯の掛け合い。強烈な薬品の匂いのする薬湯の入った湯呑みをいくつか用意し、互いに掛け合う物。といっても、上から抑えられた湯呑みは持ってはならないという制約があるために、互いが濡れるという事はない。–––最も、力量差があれば相手をずぶ濡れに追い込む事ができる訓練でもあるのだが。

 

「勝てる気がしないんですけど…」

「あれ無理ですよ。足に羽が生えてるのかと思う位素早いですから」

 

ぐったりした様子の三人に笑いかける–––栗花落さんは隊士の中でも群を抜いて優秀な剣士だ、少なくとも今の三人で勝つ事は難しいだろう。

 

「今は訓練あるのみだねぇ」

「ですよね…って、そう言えばどうして権兵衛さんが蝶屋敷にいるんですか?昨日出立した筈じゃ…」

 

小首を傾げる彼に笑みを浮かべる。

 

「あぁ…その件は流れたんだよ。引き続き屋敷に常駐しろって上からの命令があってね」

 

「そうなんですか!」とどこか嬉しそうに笑う彼に後ろめたい気持ちが湧いてくる–––屋敷を抜け出そうとした挙句、しのぶさんに全部バレてて、柱の方々に怒られたからなんて言える訳がない…。

 

「だから三人にも鍛錬をつけてあげられそうだよ。これからもよろしく」

「はい!よろしくお願いします!」

「お、お手柔らかに…」

「うん…ところで、伊之助君は元気がなさそうだけど大丈夫かい?」

 

先程から黙りこくっている彼を見る。猪の被り物をしていて表情を見る事は出来ないが、雰囲気でなんとなく落ち込んでいることがわかる。

 

「大丈夫だ…気にすんな…」

「…こりゃ重症だね」

 

どんよりした口調の彼に引き攣った笑みを浮かべる。–––これは中々重そうだ…。

 

「そ、それより!権兵衛さんは何を持っているんですか?」

「…触れないで貰えると助かるよ」

 

そっと張り紙を後ろ手に隠す、流石にこれを見せたくはないからだ。

 

「君達は休憩を挟んで午後から鬼ごっこだろう?早く身体を休めた方がいいと思うよ」

「そうでした。それじゃあ権兵衛さん、失礼しますね」

「お疲れ様です…」

「…俺は、最強………」

 

炭治郎君達以外の二人の足取りが重い様子に少し同情するが、ここが正念場だと心を鬼にする。

 

「さてと、俺もさっさと手紙を書いて街に行かないとな」

 

おはぎを食べているであろうその人を思い、自室へと向かった––––。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

「––––結局、権兵衛君はどれくらい蝶屋敷にいる予定なの?」

 

昼過ぎのお茶会。甘露寺さんが持ち寄ってくれた和菓子に舌鼓を打ち、暖かいお茶を楽しみつつ会話に花を咲かせていた時、ふと甘露寺さんがそう口を開いた。

 

「そうですね…私としては、半年は最低限居て欲しいとは考えていますね」

「半年かぁ……やっぱりそれくらいは必要よね?」

 

山の様に積んである色とりどりの和菓子をみるみる平らげていく彼女が端に砂糖がついた口を開く。

 

「隊士への監視体制が整うまでと、炭治郎君達の鍛錬がありますから。それくらいは必要ですね」

「私も同感だけど…不死川さんや悲鳴嶼さん、煉獄さんはどう思うかしら?」

「…そうですね」

 

私自身、権兵衛君が蝶屋敷にずっといてくれるとは思っていない。彼自身の考え方もそうだが、彼の能力から周りがそれを許さないからだ。

 

「特に不死川さんなんて、お館様の前だから静かにしていたけど、あの顔は内心怒り狂ってたわね」

「あの人ですから、そうなる事は予想していましたよ」

 

小屋内権兵衛の実力を一番評価している柱は誰かと問われれば、それは風柱の不死川さんで間違い無いだろう。彼と最も多くの戦場を共にし、多くの鬼を滅殺してきたのが彼だからだ。

 

「しかし、あのまま権兵衛君を放置していたらいつか潰れる事は明白です。一度無理矢理にでも休ませる事が必要だと私は思いますね」

「うん、それは私も思うわ。怪我が治ってないのに屋敷を抜け出そうとするなんて、普通じゃないもの…」

 

悲しそうに呟く彼女を見る。人一倍彼の事を心配している彼女だからこそ、今回の件を憂いているのだ。

 

「彼が自己管理を徹底していれば、今回のような手荒な真似はしなくて済むのですけどね」

 

おそらく自己管理ができていると自負しているであろう彼に苦言を呈する。–––動けるからといって半死半生の状態で鬼を殺しに行くなんて正気の沙汰ではない。

 

「当分は蝶屋敷の防衛の名目で彼を休ませましょう。最低限任務は行くと思いますが、遊撃の類は控えさせた方が良いですね」

「そうね〜」

 

二人同時に暖かいお茶を飲飲み、ふぅと一息いれる。その時「しのぶ様〜!」と慌ただしい様子で廊下を歩く音が聞こえ、客間の襖が開かれる。

 

「しのぶ様!これ見てください!」

「なほ、そんなに慌てた様子でどうしたんですか?」

 

何やら大きな壺を持って息を上げているなほから壺を受け取る。ずっしり重いその壺は、何やらものが詰め込まれている事がうかがえる。

 

「これは?」

「今さっき隠の方から権兵衛さん宛にと受け取ったんですけど、中身が凄いんです!」

「中身…?」

 

厚い白の布蓋をひもを解いて開く。すると何やら甘い匂いが客間に広がり、甘露寺さんが「もしかして!」と声を上げる。

 

「それ全部蜂蜜なの⁉︎凄い!」

「そうなんです!隠の方も随分驚いた様子でした!」

「はぁ、蜂蜜ですか…」

 

権兵衛君宛の荷物が届いた事になにやら興奮する二人に小首を傾ける–––というより、どうして権兵衛君に蜂蜜が…?

 

「しのぶ様〜!権兵衛さん宛の荷物が届きましたよ〜!」

「すみ?」

 

すると慌ただしい様子ですみが客間に入ってくる。手には重厚な木箱が抱えられている–––あの木箱は檜ですね…。

 

「権兵衛さんは今外出しているので、お部屋に届けた方が良いでしょうか?」

「えぇ、そうして下さい。所で、一体なにが届いたんですか?」

「それが、薩摩の有名な鰹節だそうです」

 

そう言って木箱を開けると、そこには形の整った鰹節が何本も整列して並んであった。

 

「薩摩の鰹節?それ全部がですか?」

「はい。隠の方が言っていたから間違い無いと思います」

 

おおよそ一人に送る量とは思えない木箱に鰹節が納められている。–––これは一体……。

次々送られてくる権兵衛君宛の荷物–––そこでとある仮説が生まれる。

 

「もしかして、彼が今まで助けた人たちからのお礼の品ですかね?」

「あっ!確かに‼︎」

 

鬼を殺すために日の本中を駆け回っていた権兵衛君、その彼に宛てられたお礼の品もまた、多種多様なものになるのも必然といえば必然だ。

 

「…良いなぁ。あっ」

 

つい溢れてしまった口を押さえ、顔を赤くする甘露寺さんに微笑む––––こういう正直なところも、彼女の美徳の一つだ。

 

「これだけの量です。多分彼一人じゃ食べきれないと思いますから、言えば喜んで分けてくれますよ」

「そ、そうかしら……そうよね!後で頼んでみるわ!」

「そうしてあげてください」

 

意気込む彼女を見る。けれどこれはほんの序の口に過ぎなかったのだと、その時の私が知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

「––––––二ヶ月だ、それ以上は待てねェ」

 

穏やかな昼前。暖かな日差しが窓から溢れて赤い敷物に反射し、その上に乗せられたおはぎを照らしている。正面に座る人物は箸で無造作にそれを摘むと、大きめの一口で頬張って飲み込んだ後に口にする。

 

「…随分唐突ですね」

 

その言葉を頭の中で反芻し、湯気を立てている玄米茶を一口啜る。香ばしい香りとさわやかな風味が口の中に広がるのを感じ、おはぎと並べられた餡子の乗った団子を手に取る。

 

「これでも十分譲歩した方だ。本当だったら怪我が治り次第遊撃に専念して貰いたいんだからなァ」

「まぁ、自分でもわかっていますよ。それくらいは」

 

蝶屋敷からほど近い街にある茶屋の一つ。奥まった個室に通された先で既におはぎを食べていた彼––––鬼殺隊現風柱、不死川実弥さんと席を並べている。柱合会議から退出する際、彼の鴉からの招集を受けての事だ。

 

「胡蝶の奴は馬鹿なんじゃねェか?お前を一箇所に止めるなんて」

「あの人にもなにか考えがあるんです。それに、命の恩人を悪く言われて良い思いをする人は居ませんよ?」

 

軽く怒気を露わにするが、そんなの毛ほどにも思わずに続ける。

 

「鬼殺隊は鬼を滅殺してこその組織だろうが。そこに義理とか人情を加えて何になるってんだよ」

「仰ることはわかりますけど…」

 

机に膝をつき、心底くだらないと吐き捨てる彼にため息をつく。彼とは隊員になってからそこそこ長い付き合いになるが、こう言うところは相変わらずらしい。

 

「お前もお前だ。なに怪我が治ってもねェのに屋敷抜け出してんだ。お館様に変な心配かけさせやがって、あの場が柱合会議じゃなかったらテメェを血祭りにあげてたぞ」

「それについては返す言葉も御座いません…」

 

髪をゆらゆらと逆立てる彼に頭を下げる。色々と問題のある彼だが、お館様への信頼は並大抵ではないからだ。

 

「お陰であの場で胡蝶に反対も出来なかった。お館様もお前の事を憂いていたが、それでもやっぱりお前を蝶屋敷に留める事は納得できねェ!」

 

「あはは…」と引き攣った笑みを浮かべ、ガツガツとおはぎを食べる彼を見る–––やはり好物らしい。

 

「兎に角だ!二ヶ月、それまでに蝶屋敷を出ろよ。それ以上は他の地域まで手が回らなくなる」

 

ガタンと力強く湯呑みを叩き付ける様子を見て、指を顎に当てる。

 

「それについてなのですが、一つ提案があるんです」

 

コトリと湯呑みを机に置き、鋭い三白眼を見つめる。

 

「何だよ、提案って」

「まず言いたいのですが、自分は早期に蝶屋敷を離れるつもりはありません」

「…てめぇ」

 

血管を浮き上がらせ、今にも激昂しそうな彼に「ですが」と言葉を続ける。

 

「その代わりと言ってはなんですが、自分が滞在している間、蝶屋敷周辺の鬼はすべからく自分が滅殺します。範囲は、そうですね……ざっと半径五〇里(約150km)くらいでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––瞬間、世界が一瞬止まった気がした。

 

「……正気か」

「えぇ、勿論」

 

目を見開く彼に一つ頷き、お茶を啜る。風味が豊かで相変わらず美味しい。

 

「そんだけ離れて屋敷の防衛が務まるのかよ」

「積極的防衛ですね。屋敷に近づく鬼を全て殲滅すれば、屋敷が襲われる可能性も低くなるでしょう?それに、屋敷に近づく鬼の気配は大体わかりますから」

「…鬼は神出鬼没だ。いつ何処に出るかはわからねぇぞ」

「念のため、自分が殲滅に出ている間はしのぶさんか栗花落さんのどちらかを屋敷に残します。–––最も、万が一を起こす気はありませんが」

「……………」

 

不死川さんが自分の言葉に閉口する。恐らく頭の中で色々と考えているのだろうと少し間が空くと、やがて口を開く。

 

「…その分ほかの地域に隊員を割けって事か」

「えぇ。自分は屋敷の防衛の任を全う出来、隊士を各地に広げる事が出来る。双方に利点があると思いますけど」

「それはテメェが一人でそれだけの範囲を賄えた場合の話だ。本当に出来んのか?」

 

試すような目を向ける彼に、和かに笑って告げる。

 

「勿論ですよ。裏切り者含め、害獣一匹逃すつもりはありません。蝶屋敷は、鬼殺隊の要石ですから」

 

はっきりと言い切る。すると、目を伏せた不死川さんが静かに口を開く。

 

「…そォかい。ならお任せするかな」

「ありがとうございます、不死川さん」

 

了承してくれた彼に感謝を告げ、お団子を一口頬張る。餡子の甘さと柔らかい餅を同時に楽しんでいると「…お前は」と不死川さんが口を開く。

 

「蝶屋敷に重要な何かでもあるのか?」

「–––––?」

 

言葉の意味を図りかねて首を傾けると「いや、なんでもねェよ」と言葉を濁し、椅子を引いて席を立つ。

 

「もう行かれるんですか」

「あァ。聴きたい言葉は聞けなかったが、それでも収穫はあったからな」

「お力になれたのなら良かったです」

 

女将にお金を支払う彼を余所目にお団子を頬張る。

 

「…早く怪我治せよ、権兵衛」

「はい。ありがとうございます」

 

そう言い残し、茶屋の個室から消えていった彼を見送る。–––––あの時の言葉には、一体なんの意味があったんだ…?

 

「重要な何か、か……」

 

彼の言葉を頭の中で噛み砕き、蝶屋敷にある重要な何かについて思いを馳せる。

蝶屋敷には鬼殺隊随一の薬学知識を持った現役蟲柱の胡蝶しのぶさん、若手の中では最優秀との呼び声高い継子の栗花落カナヲさん、多くの隊士を看護、機能回復訓練を施す事ができる神崎アオイさんやなほちゃんたち………ダメだ、多すぎて絞れない。

 

「さて、早く屋敷に帰らないとしのぶさんに叱られるな」

 

思考に一旦蓋をし、屋敷で甘露寺さんとお茶を楽しんでいる彼女に思い、再びお団子を頬張った––––––。

 

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––事の発端は、蝶屋敷に届いた権兵衛宛の蜂蜜から始まった。

 

「すいませーん。階級甲、小屋内権兵衛様のお宅はここで間違いないでしょうか?」

 

若い隠の声が蝶屋敷の玄関に響き渡る。少しそれから経つと、パタパタと慌てて廊下を歩く姿が響き、やがて隠の前にひとりの少女が姿を現わす。

 

「はーい。確かに権兵衛さんの拠点は此処ですね」

「そうでしたか。ご本人様は今は?」

「あいにく外出中でして…。ご用があるなら伺いますよ?」

「小屋内様宛の荷物を預かってまいりました。鬼殺隊荷物預かり所からですね」

「荷物預かり所、ですか?」

 

聞きなれない単語にを傾ける。隠が「はい」と頷くと困った口調で再び口を開く。

 

「権兵衛様は拠点をお待ちでないから、大きいお荷物をお渡しできないんです。そういう拠点を持たない人のために一時荷物を預かるのが預かり所なんですよ」

「へぇ…聞いたこともなかったです」

「あまり使い所のない場所ですからね…。現に利用しているのは権兵衛様くらいですから」

 

「はぁ…」とため息を隠が吐くと首を振り疲れたように口を開く。

 

「いや、ほんと…凄まじいですよ。本当に」

「凄まじい……?」

「あぁいえ、何でもありません。まだまだ荷物が来ると思うので、納屋は開けておいた方がいいと思いますよ」

「……はい?」

 

「それじゃあ待っていて下さい」と隠が一度消える–––––その後「えっ⁉︎」というきよの声が響く。

 

「も、もしかして…それが、権兵衛さんへの荷物ですか?」

 

震える声で指を指す––––その先には、隠二人に引かれた台車一杯に積まれた米俵があった。

 

「はい。越後の地主さんからのお届けものでして……」

「越後の地主さんから、ですか…」

 

どこか規模の違う話に呆然とする。しかし、届いた以上はどうにかしなければならないのだ。

 

「と、とりあえずそれは庭先にでも置いておいて下さい。後でどうにかしますから」

「ありがとうございます。それじゃあ案内をお願いします」

 

慌ただしくきよと外にいた隠が庭先へと消える。

 

 

 

––––––それから少し経つと、再び「すいませーん」とよく通る声が蝶屋敷に響く。

 

「…すみ達はいないのかしら?」

 

その声を聞きつけ、白の割烹着を着たままの姿の神崎アオイが玄関に現れる。そこには先程とは別の隠が何やら紫の風呂敷を持って佇んでいた。

 

「ごめん下さい、隠の遠藤です」

「はい、一体どう言ったご用件でしょうか?」

「こちらを小屋内権兵衛様へお渡しして欲しいのです」

 

そう言って紫色の風呂敷を神崎へと手渡す。彼女はそれを訝しげに見つめ、少しの興味からそれを紐解く。

その中身を見た彼女は傍目から見て分かるほど目を見開き、隠へと向き直る。

 

「あの、間違えてませんか?」

「間違いありません。たしかに鬼殺隊階級甲、小屋内権兵衛様へお渡しするよう京都の光圀屋から預かった荷物で御座います」

「そ、そうは言っても……」

 

神崎アオイが見たもの。それは、絢爛豪華な刺繍が施された三つの織物であった。

金の鳳凰を基調した赤の織物に川を連想させる青の織物、鈴の刺繍があちこちに施された白の織物で構成されたそれは、庶民感の強いアオイでは見たことがない程上等な布だった。

 

「その、どうしてこのようなものが権兵衛さんに?」

「なんでも、小屋内様に窮地を救われたそうなのです。そのお礼に、との事で。すでに光圀屋は藤の花の紋の家となっており、半年前から多くの隊員へ尽力してくれています」

「権兵衛さんが……」

 

その織物を少し強めに抱え、隠へと口を開く。

 

「ありがとうございました。これは確かに権兵衛さんに渡します」

「お願いします」

 

「失礼致します」という一言と共に軽やかに消える隠に頭を少し下げた後「そういえば、権兵衛さんはどこに行ったんだろう…」とアオイも権兵衛を探しに玄関から消えた。

 

 

 

––––––それから日が少し登った時刻、再び蝶屋敷の門が開かれる。

 

「ごめん下さい、小屋内権兵衛様宛の荷物をお届けに参りました」

 

蝶屋敷の門をくぐった隠だが、誰も出てこない現状を少し不審がる。頭に疑問符を浮かべながら少し待っていると、白の道着を着た少女が笑みを浮かべて出てくる。

 

「…はい」

「栗花落様でしたか。申し訳御座いません、お手数ですが小屋内権兵衛様はいらっしゃるでしょうか?」

「彼なら今出掛けています」

「…そうですか」

 

「参ったなぁ…」と頭を掻き、心底困ったような表情を浮かべる。隠の手には何やら大きな茶封筒が収まっていて、それが権兵衛宛のなにかという事がわかった。

栗花落はそれを見た後徐に銅貨を弾き、手のひらに収めてから口を開く。

 

「もし良ければ、後で小屋内さんに渡しておきますけど」

「本当ですか?とても助かります」

 

「それではこれを」と言って渡される木箱を受け取る。頑丈な素材できた木箱の外からは、何が入っているかはわからない。

 

「これはどちら様から?」

「それがわからないんです。ただ一言、師範よりとだけ書いてあって。」

「…師範より?」

「えぇ。しかもその箱全然開かないんです」

「…開かない?」

「わたしにも何がなんだか…危険物ではなさそうなので、こうしてお届けに参った次第です」

 

心底困り果てた様子の隠は「お渡ししましたので、これにて失礼します」とだけ言い、玄関から去っていった。

 

「……お部屋に置いておこう」

 

なにがなんだかわからないのは彼女も同じだが、融通の効かない彼女はさっさと思考を放棄し件の木箱を権兵衛の部屋へと届けに行った––––––––。

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

 

太陽が頂点に達する昼間。照りつける太陽の中をのんびりと歩いて蝶屋敷の門をくぐると、そこには屋敷を出る前とは打って変わった光景が広がっていた。

 

「…なんだこれ」

 

山のように積み上げられた米俵を筆頭に、縁台には様々なものが所狭しと並べられている。中でも目立つものは荘厳な雰囲気を醸し出す箪笥やら高級そうな壺だろうか。

 

「蝶屋敷の備品かなぁ……?」

 

しげしげとそれらの品々を見る。鈴の模様が入れ込まれた陶器や、木箱に収められた高そうな鰹節、中には誰か鬼殺の剣士を表したのか剣を振るう剣士の絵すらある–––しかしこの人、どこかで見た事があるような…?

全国各地、津々浦々の名産品が所狭しと積まれた様は、どこかお殿様への献上品のような様相を見せている。

 

「はぁ…凄いなぁ…」

「あっ!帰ってきましたよ!」

 

呆気に取られながらそれらを眺めていると、背後から興奮気味な声が聞こえてくる。振り返るとパタパタと小走りで走り寄ってくる三人娘が見え、笑顔を見せて手に持っていた団子を見せる。

 

「あっ、皆んなただいま。これお土産のお団子–––」

「それどころじゃありません!凄いですよ権兵衛さん!やっぱり権兵衛さんは凄い人です‼︎」

「…えーと?」

 

わらわらと集まり、何やら興奮気味な彼女達を見て小首を傾げる–––はて、何か怒らせるようなことをしてしまったかな?

 

「これですよこれ!凄いですよ権兵衛さん‼︎」

「うん?…それって蝶屋敷の備品じゃないのかい?」

 

彼女が指差す品々に首を傾ける。

 

「違いますよ!全部権兵衛さん宛の荷物です!」

「…俺?」

「えぇ、全部貴方のですよ」

 

素っ頓狂な声を上げると大量の品々の陰から笑みを浮かべたしのぶさんと何やら嬉しそうに笑っている甘露寺さんが現れる。

 

「しのぶさん、甘露寺さん。けど俺、こんな品々を買った覚えがありませんよ?」

「みんな贈答品です。貴方が助けた人々からの贈り物ですよ」

「これ全部が、ですか?」

 

視界を埋めつくさんとするそれらを見て目を見開く。中には何円をも超える貴重な品々がちらほらと見られ、この山だけで一財産を築く事ができる程だ。

 

「これが、権兵衛君が今まで助けてきた人達の気持ちなんだよ」

「…なんだか嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気持ちですね」

 

意図せず右手が胸元に向かう–––––贈り物を送ってくれた人の中で、家族や友人が誰も犠牲にならなかった人は、何人いるのだろうか。

自分が鬼を滅殺してきた中で、誰も犠牲にならなかった事案は本当に数える位しかない。恐らく贈答品を送ってくれた人達も、自分の子供や親、大切な人を喪ってしまった人が殆どなのだろう。彼らを守る事が出来なかった自分に受け取る権利が、果たしてあるのか––––––––。

 

「…正直に話しますが、自分は今までどんな人を助けてきたのかの明確な覚えがありません。ましてや、こんな貴重な品々を送って下さる方々なんて…」

「…権兵衛さん」

 

皮肉な話だと我ながら思う。

救うことのできなかった人の顔は鮮明に思い出せるというのに、逆に救う事ができた人の顔を思い出せない。

そんな自分にこれらの品々は受け取れない、そう思い立ち口を開こうとすると、先にしのぶさんが言葉を発する。

 

「いいんじゃないですか、それで」

「しのぶさん、けど…」

 

優しげな笑みを浮かべる彼女を見る。

 

「貴方は彼らを覚えていなくても、彼らは貴方のことを一生忘れません。自分の事を助けてくれた、ひとりの鬼殺の剣士の事を」

 

「それで十分じゃないですか」と笑う彼女に、困ったように笑みを浮かべる。

 

「………しかし、とんでもない量ですねぇ」

「貴方が勝手に増築した納屋がありますから、取り敢えずはそこに片しましょうか」

「私も手伝うわ!」

 

近くにある鈴の模様が入った陶器を持つと、なんだか、想いの重さを感じたような気がした。

 

「一つ一つ確認しながら思い出そうと思います。出来れば、お礼の手紙も送りたいですね」

 

綺麗な曲線を描く陶器の縁を軽く撫でる–––凹凸のない綺麗な縁からは、作った人の高い技術と込められた思いを感じる事が出来た。

 

「–––それじゃあすいませんが、お手伝いよろしくお願いします」

「任せて!」

「頑張りますよー!」

「えぇ、やりましょうか」

 

––––––この世はたしかに地獄のようでも、この瞬間だけは報われている。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

 

 

「権兵衛さーん。この鉄器はどうしましょうか?」

「それは自分の部屋にお願い。適当に置いてくれていいからね」

「大量の蜂蜜はどうします?」

「屋敷の台所へ。後で何かに使おうか」

「この茶箪笥は納屋に入れておきますね。後で諸々整理してから出しましょう」

「お願いします」

「それじゃあ私はお米を運ぶわね!」

「重いから気をつけてお願います」

 

–––––結論から述べるのであれば、小屋内権兵衛に贈られた物の片付けは昼過ぎまで経過した。

梅干しや鰹節、お米と言った各地の特産品を始め、壺や絵と言った工芸品や鉄器や漆塗りの重箱、茶箪笥や絨毯と言った家具類まであった贈答品は、蝶屋敷の人員や人並み外れた筋力を持つ甘露寺蜜璃の力をもってしても容易く片付かなかったのだ。

 

「見てこれ!凄い綺麗な布!誰が織ったんだろう?」

「京都の光圀屋という布屋らしいですよ」

「へぇー!私も何か織って貰おうかしら…」

 

「あら、これは熊の胆ですね。貴重な仙薬の一つですよ」

「そうなんですか?」

「えぇ、これだけ大きいのは中々貴重ですね」

 

「この梅干しすごい酸っぱいです…」

「どれどれ…本当だ。けど美味しいね」

「ですね!これはおにぎりにしたら絶対美味しいですよ!」

「だねぇ」

 

「珈琲豆……?随分変わった形ですね」

「それ知ってる!かふぇとかで出してる黒い飲み物の元になる奴だよ」

「なるほど…随分ハイカラなものなんですね…」

 

 

–––––片付けの際に一々話が盛り上がるのも、作業が難航した原因の一端ではあった。

 

「なんですかこれ?」

「炭治郎、丁度良かった。良かったら手伝ってくれないかな?」

「別に良いですけど…こんなにどうしたんですか?」

「権兵衛君宛の贈り物ですよ」

「成る程!それならお任せ下さい!善逸と伊之助も呼んできます!」

 

しかしそんな作業も日が徐々に傾き始めると、新たに参加した竃門炭治郎達三人組の力もあって殆どが片付く。

 

「そういえばお昼の準備をしていませんでしたね…」

「なら頂いたものを使って何か作りましょうか。おにぎりとかな手早く作れるでしょうし」

「良いんですか?権兵衛さん」

「一人でこんなに食べられませんよ。それに、殆どを蝶屋敷にお裾分けする気もありましたから」

 

「それじゃあ少し準備してきます」と席を立つアオイと「私たちも手伝います!」とパタパタとついていく三人を全員が見送り、縁台に揃って腰掛ける。

 

「というか、こんなに贈られてくるなんて…一体どれだけの鬼を殺したんです?」

「ざっと二百と少しだよ」

 

権兵衛の何気ない一言に驚愕する。

 

「二百……⁉︎やっぱ化け物だよこの人」

「なぁなぁ!これ食って良いのか⁉︎」

「構わないけど、鰹節をそのまま噛んだら歯を痛めるよ」

「関係ねぇぜ!」

「伊之助!それは良くないって…!」

 

穏やかな昼過ぎがそよ風と共に過ぎていく。そんな中、トコトコと廊下を歩いてカナヲが権兵衛の前に姿を現わす。

 

「小屋内さんに荷物が届いています」

「ありがとう。けど丁度片付いて……」

「師範より、と言われました」

「–––––師範から?」

 

カナヲが木箱を権兵衛へと手渡す。権兵衛はそれを受け取るとしげしげとそれを見つめ、やがて首を捻る。

 

「師範が仕組み箱を使うなんて珍しいな」

「仕組み箱、ですか?」

「そう。適宜必要な手順を踏まないと開かない箱だよ」

 

権兵衛はその木箱を慣れた手つきで弄っていく。するとかちゃりと音が響き、木箱が真ん中から割れる。割れた箱の中身を覗くと、そこには白と黒に塗られた一対の鈴が鎮座していた。

 

「…鈴?」

「いや、それにしてはおかしいね」

 

権兵衛がその一対の鈴を持ち上げる。しかし、いくら揺らしてもそれが音を奏でる事はなく、ただカチカチと金属がぶつかる音がするだけだ。

 

「一体どんな意図でこれを…?」

「さぁ…。師範のやる事は大体よくわからない物が多いからなぁ」

 

理由を頭の中で考えるが、「おにぎり出来ましたよ〜!」との一言で一度思考を切り上げる。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

この鈴が何を意味するのか、その答えを出す事なく縁台を後にした–––––––。

 

 

 

 

 

 




鈴鳴りの剣士
藍色の羽織を纏い、日の本中を駆け回る少年。多くの人を救い、助け、守ってきたとある鬼殺の剣士。鈴の音を鳴らして鬼を狩る姿からその異名が付けられた。彼に救われた市井は数知れず、彼に助けられた人々の多くは藤の花の紋の家として鬼殺隊を援助している。

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