17巻があまりにしんどい…。
今回は小噺集です。時系列は結構バラバラなので、そこはご容赦下さると幸いです。
1、鬼殺隊一般隊員の出来た妹
2、鬼殺隊定期報告会の一幕
3、鈴の音に救われた人々
番外、仄暗い部屋にて悪鬼は嗤う
の四つで構成されています。
※誤字修正、および感想評価共々ありがとうございます。お陰で密かに目標としていた文字数20万字を越えることが出来ました。これからもどうかよろしくお願います。
※追記 今話から非ログインユーザーからの感想も受け付けられるよう設定を変更しました。
1、鬼殺隊一般隊員の出来た妹
「–––––兄さん。お話があります」
木製の壁一面に何かの紙が貼り付けられた一室。大きめの机には所狭しと何かの資料が並べられ、天井近くもある本棚には数えるのも億劫な程の本が納められている。
「珍しいね。柊が話なんて」
小屋内柊のために蝶屋敷に用意された、彼女の診察室兼私室である。そこには木製の椅子に腰掛けた、藍色の着物の上に白衣を纏った端整な顔立ちの少女と、小豆色の隊服に藍色の羽織を着た少年が佇んでいる。
「とにかく座ってください。話はそれからです」
窓からの日差しが暖かいが、妙に冷たい雰囲気を少女から感じた少年–––––小屋内権兵衛は何か厄介事の気配を感じるが、素直に用意された椅子に座る。
「…さて、まずは兄さん。私が貴方を此処に呼んだ理由はわかりますか?」
何やら問い詰めるような口調の少女––––––小屋内柊の言葉に首を傾ける権兵衛。少しの間一言も喋る事なく唸るが、全く宛がなかったのか、静かに首を横に振るう。
「さっぱりわからない。なんで俺は呼ばれたんだ?」
「……まぁ、兄さんに察して貰う事を期待した私が愚かでした」
はぁ、とため息を零す柊に対し、権兵衛はすこしムッとした表情を浮かべる。
「俺だって毎日頑張っているのに…」
「兄さんが鬼殺隊の中で誰よりも頑張っているのは間違いありません。それは私が保証します」
きっぱりと言い切る柊。しかし権兵衛は未だ納得がいかないのか、怪訝な表情を深める。
「それじゃあ、なんで柊はそんな不機嫌なんだ?」
「兄さんの場合、頑張り過ぎているのが問題なんです」
コトリと硬いものが柊の机の上に置かれる。青い皮表紙に「鬼殺隊健康診断」と銘打たれたそれは、相当な分厚さを誇っている。
「これは、半年に一回行われている鬼殺隊健康診断の全書です」
「それが一体どうしたのさ」
「私は2日間に渡り、この資料に一通り目を通しました」
「…その分厚い資料を?」
殴れば簡単に人を殺せそうな質量を持ったそれを権兵衛が指差すと、柊が一つ頷く。
「はい。独の書物よりも余程簡単でした」
「なんでそれを読む必要があったんだ?」
「人によって薬の効き方は異なります。前の治療歴や体質を知っておけば、迅速に対処する事が出来るからです」
「…成る程。柊は偉いなぁ」
蝶屋敷に入り、熱心に仕事に取り組んでいる柊の頭に手を置き軽く撫でる。彼女はそれを普通に受け入れ、気持ち良さそうに目を細める。そのまま少しの時間が流れる–––––瞬間、はっと柊が目を覚ます。
「って、今はそう言う話じゃないんです!」
「じゃあ、一体?」
疑問符を浮かべる権兵衛に対し、柊はパラパラと資料をめくる。
「先も言いましたが、この資料には隊員全ての健康診断の結果が載っているんです––––にも関わらず、兄さんの資料を見つける事が出来ませんでした」
「…えぇ、と」
ようやく柊の言いたい事を理解した権兵衛は肩を竦め、右頬を掻く。
「兄さん、健康診断を受診しなかったんですね」
「…はい」
今は穏やかな生活(?)を送っている権兵衛だが、つい二ヶ月程前までは殆ど休息を取ることも無く鬼殺に邁進していたのだ。短期間で多くの鬼を殺すためには生活の殆どを任務に当てる必要があり、健康診断を受診しなかったのは必然と言える。
「駄目じゃないですか。そう言う規則はちゃんと守らないと」
「仰る通り…」
彼等の事を兄妹だと理解していなければ嫁にうだつの上がらない夫のように思える。肩を竦める権兵衛を見て、柊は再び口を開く。
「アオイちゃんやしのぶさんから聞いていますよ。兄さん、必要以上に自分を追い込んでいたそうですね」
「それは––––––って、アオイちゃん?」
とても親しみを感じる呼び方を聞き、思わず疑問を口にする。すると柊は「あっ」と短く声をあげ、見る見る頰を赤くしていく。
「…良いじゃないですか。誰をなんと呼ぼうと」
憎まれ口を叩く柊とは反して、権兵衛はニコニコと笑う。
「そうだねぇ。仲良くなった人を親しみを込めて呼ぶことに、なんら違和感はないからね」
「…生意気です。兄さんの癖に」
可愛らしく頰を膨らませる柊を見て一層笑みを深める権兵衛。瞬く間に形勢が逆転した様子に柊は「と、とにかく!」と遮る。
「兄さんには健康診断を受けて貰いますからね。これは絶対です」
「わかったよ。しのぶさんに頼むかな…」
最近なにやら熱心に研究に打ち込んでいる彼女を思う。すると「なにを言っているんですか」と柊が口にする。
「せっかく私がいるんですから、私が担当します」
「…良いのか?」
「もちろんです。こう見えて、私結構出来ますから」
自信を持って言い張る彼女を見る。自分とは異なり、幼少期より勉学に励んできた彼女のことだ。腕は間違いないのだろうと権兵衛は結論づける。
「わかった。じゃあお願いしようかな」
「はい。お任せ下さい」
どこかホワホワした雰囲気を柊から感じるが、権兵衛はそれに触れることなく口を開く。
「それで、検診はいつやろうか?」
「なるべく早い方が良いですね。兄さんはいつ空いてますか?」
「今日は特に予定はないね。急で悪いけど、出来れば今日が–––––」
そこまで言ったあたりで、権兵衛は突然口を閉ざす。何故なら、「今日ですか…」と寂しそうに呟く柊の様子を見たからだ。
(これは、なにか用事がある顔だな…)
何やら予定があるのだろう柊だが、彼女は権兵衛を倣いとても勤勉な女性である。おそらく今日診断を行うとなった場合、その予定を断ってでも仕事を完遂するだろう。
そう思い立った権兵衛は「…いや」と言葉を区切る。
「やっぱり今日は用事があるんだった。悪いけど、今日は遠慮させてくれ」
「そ、そうですか。なら別の日にしましょう」
心なし、ホッとした表情を浮かべる。
「明後日はどうだろう。その日なら何もないと思うんだけど…」
「明後日……えぇ、大丈夫です。それじゃあ明後日にやりましょうか」
手帳にスラスラと綺麗な文字で予定を刻む柊。権兵衛はその様子をある程度眺めた後、「…それで」と口を開く。
「今日は誰と出掛けるんだ?」
「な、なんのことでしょうか」
白々しくとぼける柊に苦笑し、権兵衛が続ける。
「今日どこかに出掛ける用事があったんだろ。今日って言ったら顔色が鈍ったからな」
「…ほんと、人を見るのが上手いですね、兄さん」
言い逃れが出来ないと悟ったのか、不貞腐れたように視線をそらす柊。
「柊がわかりやすいだけさ。それで、一体誰と出掛けるんだ?」
「…蜜璃さんとしのぶさん。あとはカナヲさんとアオイちゃんです」
「–––––錚々たる面子だね」
鬼殺隊の現役柱二名とその継子という濃い人達を聞いて思わず苦笑いを浮かべる。神崎アオイと小屋内柊という医療面も完備している事から、どこか鬼の住む拠点でも攻めに行くのかと愚考してしまう。
「それで、何か行くところでもあるのか?」
「近くに洋菓子屋さんが出来たらしいんです。そこのぱんけぇき?なるものを蜜璃さんが是非食べたいと言ったので…」
「それはパンケーキ、だね。甘露寺さん相変わらずハイカラなものが好きなんだなぁ」
「パンケーキ、ですか」
パンと似たものに蜂蜜を掛けて食べるものだ、と説明すると「成る程…」と頷く柊に権兵衛が笑みを零す。どんなこともまじめに勉強しようとする彼女の姿がとても微笑ましいからだ。
「美味しいんですかね?」
「それはわからないよ。俺も食べた事はないからね」
「–––––蜜璃さんと食べに行かなかったんですか?あの人、兄さんのことをいたく気に入っていたと思いますが」
「…色々あるんだよ。色々とね」
可愛らしく小首を傾ける彼女に対し、権兵衛は疲れたように笑う。
言えるわけがないのだ、もし二人で容易にお茶にでも行こうものなら問答無用で刺しに来る男性がいるなんて––––––。
「そ、それよりもだ。柊はまだ時間は大丈夫なのか?今日出かけるのに…」
「お昼を過ぎてから出掛けるので時間は大丈夫ですよ。兄さんこそ、用事は大丈夫なんですか?」
「うん?あぁ……それは大丈夫だよ」
権兵衛が木製の椅子から立ち上がる。ついとっさにでまかせを言った為、今日やることを考えていなかった権兵衛。少し頭を捻るが、やがて答えを見つけて笑みを浮かべる。
「これからちょっと鬼を殺してくるから。柊はみんなと楽しんでおいで」
あっけらかんと言い放つ。
–––勘違いしてはいけないのだ。権兵衛はあくまでも胡蝶しのぶや神崎アオイ、延いては蝶屋敷三人娘によって引き止められ、蝶屋敷に留まっているに過ぎないのだ。
少しでも油断すれば、それこそ屋敷周辺一帯の鬼どころか、太平洋から日本海までの鬼を殺しに向かい始めるのが目に見えている。
「––––––ちょっと待ってください。兄さんの用事って、鬼を殺しに行くことだったんですか」
「まぁそうだね。今日は取り敢えず伊豆の様子でも見に行ってくるよ」
「…任務は入っていなかったと思いますけど」
「任務はなくても鬼はそこにいるからね。奴らをのさばらせておくわけにはいかないさ」
より多くの鬼を殺す、それこそが鬼殺隊の本分。小屋内権兵衛の行動は模範的な隊士のそれであり、咎める筋合いは無い。
「………」
––––けれど、それを口にする権兵衛の姿を見るのが、柊は堪らなく嫌になった。これから死地に向かおうとするのに、いつもと変わらない笑みを浮かべる彼の姿が、あまりに儚くみえてしまうから。
「…兄さん。やっぱり今日は一緒に出かけましょう」
–––だからだろうか。柊がそう口にしたのは。
「………なんで?」
コテンと首を傾ける権兵衛に柊が続ける。
「なんでもなにもありません。可愛い妹の頼みなんですから、まさか断りませんよね?」
「いやいや、だって五人で遊びに行くって…」
「人数が一人増えるだけです。それに女所帯ですから、一人くらい護衛の男性がいてもおかしくないでしょう?」
「護衛って……」
下手をしなくても自分より強い人が二人も居るのに、護衛の必要性があるとは思えない。そう言おうと口を開く–––––––。
「…それとも、兄さんは私と一緒に出掛けるのは嫌ですか?」
––––––前に、柊が寂しそうに視線を伏せる。それを見た権兵衛は「うーん…」と唸り、頭を悩ませる。
「それって、所謂女子会って奴だろう?そこに男が一人で混ざるのはなぁ…」
「いいじゃないですか。両手と言わず両足に花なんですから、街中から羨望の眼差しを受けますよ」
「刺されそうで怖いね、それは…」
なおも渋る権兵衛。それに対し、柊は到頭切り札を使う。
「–––わかりました。それじゃあしのぶさん達に聞いてみましょう。それで判断しても遅くはありませんから」
「ちょっと待て柊。それは時期尚早だと兄さんは思うぞ」
–––––小屋内権兵衛は基本的に知り合いに甘い。一度身内のような関係になってしまえば、殆どの願いを聞き入れてしまうほど甘い人物だ。
勿論、それだけならまだ断る余地もあるだろうが、彼は蝶屋敷に大きな恩がある。しのぶやアオイから一言一緒に来て欲しいと言われれば、彼は成すすべなく首を縦に振るうだろう。
「何故ですか。一度聞けば済む話じゃないですか。ちょうど蜜璃さんもいらっしゃってますから、今こそ聞きに行くべきです」
「いやいや、そもそもまだ行くと決めたわけでは…」
「…妹と出掛けるのがそんなに嫌なんですね。––––一年以上音信不通になった癖に」
柊の一言に「うぐ」と呻き、顔を伏せる権兵衛。柊の悲しそうな表情が一層彼の罪悪感を刺激し、みるみる抵抗する力が失せていく。
そんな表情の権兵衛を見て、此処で詰めの一手を柊が打つ。
「嫌なら嫌ってはっきり言ってください。兄さんが嫌って言えば、私だって諦めますから」
「……そういう聴き方はずるいと思うぞ」
恨めしそうな視線を向ける権兵衛に対し、柊は何処吹く風だ。
「なんとでも言ってください。それで、どうなんですか?」
「––––––––そこまで言われちゃ、行くしかないだろう」
がっくりと肩を落とし、渋々口を開く権兵衛を見て柊は小さく握りこぶしを作る。しかしそれを悟らせないようにすぐに背中に隠すと、「そうですか」と笑みを浮かべる。
「それじゃあしのぶさんの所に聞きに行ってきますね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
パタパタと部屋から出て行く柊を見て、権兵衛はふぅと一息つく。
「–––––さて、と。俺も準備しないとな」
恐らく二つ返事で了承するであろう彼女らを思い、権兵衛は何を着ていけばいいのかと頭を悩ませながら彼女の診察室を後にする。
誰もいなくなった診察室には、暖かな木漏れ日が差し込んでいた––––––––––。
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2、鬼殺隊定期報告会の一幕
「–––で?権兵衛のやつは大人しく蝶屋敷にいるのか?」
鬼殺隊本部、産屋敷邸のほど近く。欅の柵に囲まれた、格式高いとされる料亭の奥まった一つの大きな部屋に、9名程の人が集っていた。
「大人しくかどうかは判断できませんが、蝶屋敷にいる事は確かですよ」
「ほぉー。何だかんだ蝶屋敷の事を気に入ったみたいだな」
「えぇ、どうやらそうみたいです」
お膳に並べられた色彩豊かな料理の内、飾り包丁の入った人参を一つ箸で取ると、蝶の髪飾りをつけた可憐な少女が口を開く。
「何はともあれ、権兵衛少年にも落ち着いた拠点ができた事は何よりだな!」
「権兵衛君最近顔色も良いし、やっぱり蝶屋敷に留めて良かったですよ!」
金と桃色という特徴的な髪色をした二人は正面に並べられた大量の料理に次々手を伸ばし、その殆どを瞬く間に平らげていく。その姿は横綱の食事風景とも引けを取らない迫力だ。
「聞けば、奴の元には大量の贈り物が届けられたそうじゃないか。それで良い気になって、調子に乗られても困るんだがな」
「彼に限ってそんな事はありえませんよ。事実、はじめはそれらの受け取りを拒もうとしていましたから」
「そうです!権兵衛君はそんな人じゃないですよ!」
「…ふん」
左右の瞳の色の違う男性は女性二人に言い含められ、ほかの人よりも明らかに少ない料理を少しずつ食べ進める。
「権兵衛…甘露寺とお茶した事、絶対に許さないからな…」と呪詛を振りまいているが、幸いな事に他人の声が大きいからか、誰の耳にも入ることは無かった。
「それ聞いたぞ。なんでも権兵衛を模した絵まで送られてきたそうじゃねぇか。あいつも随分とド派手になってきたねぇ」
「あぁ…隊士の頑張りが市井の人々に届くのは、やはり良いものだ…」
「…お魚美味しい」
–––––––鬼殺隊定期報告会、という名目で行われている食事会である。
「…なんで俺はこんな所で飯食ってなきゃいけねェんだよ」
「お館様が仰っていたではないか!「柱同士、仲良くやって欲しい」とな!」
「なんでそれがこんな形になるんだよ。別に個人個人で交流すりゃいいじゃねぇか」
煉獄の言葉に不死川が難色を示す。彼としては柱という鬼殺隊最高戦力が一箇所に集まり、食事を共にしている現状に危機感を持っているからだ。
「個人間でやると一人、どうしても交流を怠りそうな人が居ますから…」
「あァ?って、お前かよ…」
「………」
胡蝶の言葉に不死川が一人の男性を見る。件の男、水柱の冨岡義勇は先程から一言も話す事なく、目の前にある鮭大根を一心不乱に食べ進めている。時折「…ムフフ」と笑みを浮かべている事から余程気に入ったのだろうが、それ以上の事は誰にもわからない。
「最近は鬼の出現報告も少ない。こうして柱との交流を深め、連携を深めるのも鬼殺の助けとなるだろう」
「…まァ、それも一理あるか」
悲鳴嶼の言葉に一度頷くと、不死川は御膳の料理に手をつけ始める。
「それでその時ね–––––––」
「あの時の鬼は––––––」
「ウチの嫁の一人がな–––––」
各々が会話に花を咲かせていくが、やがて自分の会話が尽き始めると、話題は共通のものへと変わっていく。
「そういえば最近、蝶屋敷に権兵衛の妹が来たそうじゃねぇか。今は屋敷で働いているんだって?」
「えぇ。–––正直なところ、医療面では私より腕は上ですね」
「なんと!それほどの腕前とは…」
「小屋内って苗字が付く奴はどこか突出してんのか?」
「あり得る話ではありますね…」
鬼殺隊の柱の共通の話題といえば、それはとあるひとりの隊士へと行き着く。話題に事欠かず、そして柱全員が認識している人物だからだ。
「それで思い出したんだがよ、この前ウチの管轄で権兵衛を見かけたぞ。あいつ今はどの辺で鬼を狩ってるんだ?」
「えっ?宇髄さんも権兵衛君を見かけたんですか?」
宇髄の言葉に甘露寺が驚き声を上げる。
「って事は、甘露寺もか」
「俺もつい先日、権兵衛少年とともに鬼を討伐したぞ」
「…私も一週間ほど前、権兵衛と肩を並べて鬼を滅殺している」
「不本意だが、この前奴に先を越されたな」
「僕も、権兵衛と一緒に鬼を殺したよ」
宇髄と甘露寺の会話を皮切りに、柱の殆どが権兵衛と肩を並べて鬼を殺したとか、彼を見かけたと口にする。––––しかし、それは普通に考えればおかしいのだ。
「…柱達の管轄って、そんなに狭くなっていましたっけ」
「いや、そんなに変わりは無いはずだ」
「おい。って事は、最近鬼の報告数が少ないのは………」
徐々に状況が理解できてきたからか、宇髄がかすかに震えた手で日本酒をお膳に置く。
「…不死川さんの言うことなんて無視しろって言ったのに」
「あァ?テメェ胡蝶、今なんて––––––」
額を指で押さえ、ため息を零す。–––権兵衛は殆どを次の日に帰っていたため、そんなに遠くまで鬼を殺しに行っていたとは知らなかったからだ。
「と、とにかく!それは後日権兵衛君に確認を取った方がいいんじゃないかな⁉︎」
「取っても取らなくても変わらないとは思うがなぁ…」
蝶屋敷に入ってから落ち着いたと思い込んでいた少年が、実はなんら変わりなく膨大な範囲で鬼を殺して回っていた事実に柱の殆どが驚愕する。が、そう仮定すればここ最近の鬼の報告数の少なさにも納得がいく。
なんとなく雰囲気が重くなった一室–––––––そこに、とある会話が微かに聞こえる。
「––ありがとうございました。貴方が居なければ、娘は今頃…」
「…おっ?」
柱の中でも特に聴覚に優れた宇髄はそれを聞き取ると、耳を澄ませる。–––––すると、見知った人物の声色が聞こえ始める。
「いえいえ。偶々近くを通りかかっただけですから」
「この声…権兵衛か?」
「えっ⁉︎権兵衛君が来てるの⁉︎」
「しっ、静かにしろ」
穏やかな声色のそれは、間違いようもない、小屋内権兵衛その人の声だった。
宇髄の言葉に甘露寺が驚き声を上げるが、胡蝶の指によって遮られる。
「ささっ、中へどうぞ。何かお礼をさせてください」
「大変有り難い提案ではあるのですが、申し訳有りません。なるべく早く帰らないといけない事情があるんです」
「事情、ですか?」
「はい。一つ、大事な約束が」
感情の起伏がない、どこまでも穏やかな声色でやんわりと女性の誘いを断る。すると、チリンと一つ鈴の音が聞こえる。
「それじゃあ自分はもう行きます。娘さんにもよろしく伝えて下さい」
「お、お待ち下さい!せめて何か–––––!」
「本当に気にしないで下さい。自分がやりたいようにやっただけですから」
その声と同時に戸を引きずる音が響く––––––––直後、宇髄が席を立つ。
「悪い、ちょっと席を外すわ」
「宇髄さん?何か聞こえたんですか?」
「あぁ、それを含めてちょっと行ってくるわ」
「一体どこに向かうと言うのだ?」
煉獄の言葉に宇髄は不敵な笑みを浮かべる。
「決まってんだろ–––––どっかの底なしのお人好しを連れてくんだよ」
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「––––––いやぁ、時間がかかったな」
荘厳な料亭の門を潜り、外へと出る。軽く背を伸ばして息を吐くと、空を見上げる。
微かに霞んだ月が淡い光を放っているのを見てから「さて」と正面に向き直る。
「無事迷子の女の子を送り届けたし、早く帰るか」
上総の方へ鬼殺に向かい、その帰りに遭遇した童女。出会った時はわんわん泣いていた為どこの家の子かわからなかったが、落ち着いて家を聞いたら有名な料亭の娘さんで良かった。お陰で家まで送り届ける事が出来たからだ。
それと同時に、日が落ちた夜更けに彼女の声が聞こえたのが自分で良かったと心から思う。–––付近の鬼は掃討しているとは言え、何事も絶対はないからだ。
「ここから屋敷までの距離はどれくらいかな…」
途中で大通りから離れてしまった為、屋敷までの距離の正確な概算を見積もれなくなってしまった。
しかし、すぐ近くまでは来ていたのだ、おそらく後半刻もすればたどり着くに違いないと思考を切り替える。
そのままいつものように軽快に足を走らせる–––––––––前に、何者かに首下の襟をがっしり捕まられ、「えっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
「–––––よぉ。随分カッコよかったじゃねぇか」
足と地面が離され、宙に浮いた状態になる。その状態で首だけで後ろに振り向くと、そこには勝気な笑みを浮かべている伊達男が視界に映った。
「宇髄さんでしたか。道理で鬼の気配がしないと思いました」
「おう。迷子を届けてやったんだって?殊勝な事じゃねぇか」
「偶々見つけたからですよ。そんな立派なことではありません」
相手が宇髄さんとわかったので身体を捻って拘束から逃れようとする。…が、彼の剛腕にがっしり掴まれているためか、多少ジタバタした程度ではビクともしない。
「あの、そろそろ下ろして欲しいんですけど…」
「えっ?嫌だけど」
「えっ」
「えっ?」
…気のせいだろうか。いま嫌だと聞こえた気がしたんだが。
「離してください、宇髄さん」
「やだ」
「………お団子奢りますから」
「困ったら団子で懐柔しようとする癖をやめろ。それ意味ねぇから」
「…むむむ」
「唸るなよ…」
万策尽きてしまい、唸り声を上げる。しかし、どうすればこの人の拘束を解けるのか…。
そう考えていると「じゃ、中入るか」と言い、ずんずんと料亭の門へ進んでいく…って。
「いやいや、俺帰りますから」
「何言ってんだ。今からお前は俺たちと飯を食うんだよ」
「なんでそんな……俺たち?」
どうしてそこで複数形になるんだ?と考える暇もなく、宇髄さんに掴まれて料亭の戸を再び潜る。
「すまねぇ女将。料理一人分追加だ」
「かしこまりました。奥の部屋でよろしいでしょうか」
「頼むわ。後こいつの荷物預かってやってくれ」
「ちょっ…」
戸を開くと先程とは打って変わって笑顔の女将に瞬く間に鈴鳴り刀と雑嚢が取られ、身軽な状態にさせられる。そのまま掴まれた状態でずんずん奥に進んでいく。
「あの、宇髄さん」
「あっ?なんだよ」
「なんだかこの先の部屋からとても嫌な雰囲気がするんですけど。具体的に言えば、とても帰りたいんですけど」
「駄目だが?」
「ですよね…」
そのまま奥の部屋に連れてこられ、そこで床に降ろされる。金箔の散りばめられた綺麗な襖の奥からは言いようもない雰囲気が満ち満ちており、正直入りたくない。
しかし、そんな自分の願いは「連れてきたぞー」という宇髄さんの軽い声とともに襖が開かれて儚く終わる。
「おぉ!よもやほんとうに権兵衛少年がいるとは!」
「3日ぶりだね、権兵衛君!」
「こ、こんばんは」
驚きと喜びの表情を浮かべる煉獄さんと甘露寺さんを見る–––––やっぱり、柱の方々が居たのか…。
「…何でテメェが此処にいるんだよ」
「権兵衛ェ……!」
威圧感を発している二人から意図的に視線を外し、部屋の中にいる人たちを見る。
「あっ、本当に権兵衛だ」
「………」
「息災だったか、権兵衛」
鬼殺隊最強を誇る九名の剣士、柱の方々が揃って座敷で料理を楽しんでいる。その様子を見て、自分が場違いな所に来てしまったことを悟る。
「…宇髄さん。これ柱の会合ですよね」
「まぁ、要点を纏めればそうなるな」
「いいんですか?俺、柱じゃない只の一般隊員なんですけど」
「別に良いだろ。だってお前、俺より鬼殺してるし」
自分の言葉を軽くあしらわれ、再び首根っこを掴まれて部屋の中に連行される。そのまま宇髄さんの横に座らされると、「失礼致します」と現れた女将さんに次々と綺麗な料理が置かれていく。–––成る程。どうやら、宇髄さんに捕まった時点で詰みだったようだ。
「いやはや、丁度良い所にきたな権兵衛少年!さぁ、たんと食べると良い!」
「いっぱい食べて良いからね!」
「…はい。頂きます」
ここまで連れてこられた以上諦めるしかないと割り切り、漆塗りの箸を手に取る…というより、美味しいご飯を頂けるのだからもしかしたら役得かもしれない。ここに柱が勢ぞろいしていなければ、の話だが。
「しかし、こうやって権兵衛と同じ飯を食うのは案外久しぶりかもしれないな?」
「蝶屋敷に入ってからは一度もないですね。宇髄さんこそ、最近お嫁さん達とちゃんと会えてるんですか?」
自分とご飯を食べる時、必ず一度は嫁達に会いたいと口にしていた宇髄さんを思う。–––やっぱり宇髄さんみたいな伊達男だと、お嫁さんをいっぱい貰えるんだろうか…。
「まぁな。どこぞの馬鹿がアホみたいな速さで鬼を殺しまくるから、最近は暇があるんだよ」
「へぇ。そんなに凄い剣士がいるんでっ………」
なんの気兼ねもなく口にした言葉だったが、突然左側の背中に抓られたような痛みで途切れる。視線をそちらに向けると、そこにはにっこりと微笑むしのぶさんが見え、さっと戻す。
「お前、今日はどこまで行ってきたんだ?」
背中の痛みが消え、綺麗に焼きあがっている鰆の西京焼きをひとつまみする。芳潤な味噌の風味と鰆の旨味を堪能して白米の茶碗を持つと、ふと不死川さんが口を開く。
「今日は上総の方まで行ってきました––––いや、利根川を超えたから水戸までかな…?」
「鬼は?」
「小川の河原沿いで一匹と遭遇、これを滅殺しました。砂を操る鬼血術の使い手でしたが、大して問題はありませんでした」
お米の一つ一つが立った白米を頬張る。米特有の素朴な甘みが噛むたびに広がる事から、とても良いお米だということが何となくわかる。
「凄いなぁ、権兵衛君。蝶屋敷に入ってから何体の鬼を殺したんだっけ?」
「三十と少しですね。といっても、柱の方々やほかの隊員との合同任務もありましたから、個人の討伐数は二十に届くか届かないかですが」
暖かいお茶を啜り、一息つく。三週間で三十程度を殺せているのだから、良い調子と言えるだろう。このままいけば、後二月もすれば屋敷一帯の掃討が終わるはずだ。
「言っておきますけど、貴方は蝶屋敷の護衛なんです。あまり遠くにいってもらっては困りますからね」
「分かってますよ、しのぶさん」
彼女の咎めるような視線に微笑む。するとしのぶさんはため息を吐き、「本当に分かっているんですかね…」と零す。
「柊さんのように、もう少し素直に言うことを聞いてくれると嬉しいんですけどね」
「あはは…それは難しいですかね…」
「柊って、あれか?この前蝶屋敷に押しかけてきたっていうお前の妹か?」
「えぇ。自慢の妹です」
宇髄さんの言葉に強く頷く。
自分より幼い年で医学に精通し、多くの人を救ってきたのだ。自分よりもよっぽど凄い妹だと胸を張って言える。
「ほぉ…。ってことはあれか、お前の妹も寝ずに仕事とかするのか?」
「しませんよ。妹は自分と違って賢いですから」
「…自分が馬鹿って自覚している分タチが悪いな」
「性分ですから、こればっかりは」
会話が途切れたのを見計らって再びご飯を頬張り、鰆をつまむ。色取り取りの料理に舌鼓を打つと、普段はあまり喋らない人が口を開いた。
「そう言えば、この前権兵衛が知らない女性と歩いているのを見たけど、あれは誰?」
––––––直後、部屋に静寂が訪れる。
自分も箸の動きを止め、恐る恐る周りに視線を向ける。誰がそれを口にしたかは明らかで、部屋の殆どの人は件の人物を見ている。
「…時透君。それは一体どう言う事でしょうか?」
「だから、この前権兵衛と知らない女性が話していたのを見たんだって。随分仲が良さそうだったけど」
「いや、あれは……」
「…な、成る程!よもやよもや、正直耳を疑ったが、権兵衛少年も男だからな!」
「んだよ。別にそれくらいいいじゃねぇか」
なんとか弁解をしようとするが、柱の方々の声によって遮られてしまう。
「えぇ⁉︎権兵衛君、そんなに仲のいい人が居たの…?」
「青少年らしい、実に良い事だ…」
「いや、ですから、それは違うんですって」
「あら、いいじゃないですか」
「し、しのぶさん…」
恐る恐る声の方向をみると、そこにはにっこりと菩薩のような笑みを浮かべ、されど視線からは面白そうと好奇心をひしひしと感じる。–––どうやら、不味い話題になってしまったようだ。
「それで、そのお相手は誰なんですか?」
「…黙秘権の行使は、認められますか?」
しのぶさんが笑みを深める。
「当然不許可です。さぁ、キリキリ吐いてください」
「––––はい」
ここまで追い詰められた以上、逃げる事は許されない。なれば早急にこの場を終わらせて軽傷で済ませるのが一番だろうと思い、渋々口を開く。
「–––実は、しのぶさんには言っていなかったのですが、この前貰った贈り物の中には何通かの恋文が入っていたんです」
「あらあら、可愛らしい事じゃないですか––––––って、何通も?」
言葉に違和感を覚えたのか、疑問符を浮かべるしのぶさんには頷く。
「…はい」
「具体的に言えば何通でしたか?」
「…十二、です」
「おぉ!やるじゃねぇかこの色男!」
宇髄さんの野次に多少の苛立ちが募るが、今は気にしている暇はない。
「それで、それらにお返事は?」
「全てに、丁寧にお断りの返事を返しました」
自分の言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。
「十二人全員に、ですか?」
「はい–––––自分には、荷が重すぎる話でしたので」
僅かに息を飲むしのぶさんに続ける。
「話を戻します。すると、恋文を返した中のひとりの女性から再び手紙があったんです。最後にもう一度だけお会いしたい、と」
「それで、その人と会ったんですか?」
「会う気はありませんでした。自分と会ったら、嫌な事を思い出させてしまいますから」
「となると、どこかで偶然出会ったということか?」
「えぇ。遊撃に向かう際に偶然声を掛けられまして」
今思うと本当に偶然だったと思う。自分があの人に気づいたのも、あの人が自分に気がついたのも。
「それで、せめて最後の思い出づくりにと色々と連れ回されました。恐らくその時に時透さんに見られたのだと思います」
「なんだ。つまらねぇ話だな」
「つまらなくともそれが真実だからしょうがないじゃないですか」
つまらなそうに目尻を下げる宇髄さんを睨み、自分は貴方ほど色男ではないから、そんな派手な恋物語とかはないんですよと心の中で零す。
「それでその子とは別れたのか?」
「えぇ。それ以来会ってもいません」
「…なんだか、釈然としない終わり方のような気がするわ」
「そんなものですよ」
甘露寺さんの不満そうな顔に苦笑いを浮かべ、少し冷めてしまった味噌汁を啜る。
「権兵衛はよ、どんな女性が好きなんだ?」
「…随分唐突ですね、宇髄さん」
「だってよ、十二人の女性から恋文を貰って、それでそのうちの一人と会って、それで何もしないってだからなぁ…」
不躾な視線を向ける宇髄さんに多少語尾を強める。
「なんですか、言いたいことがあるなら聞きますよ」
「じゃあ聞くけど、お前って男色なのか?」
–––––––ここに宇髄さん以外の人がいてくれて良かった。もし居なかったら、ここが血塗れの戦場になっていただろう。
懐に伸びかけた手をそっと降ろし、湯呑みを手に取る。
「違いますよ。そう言う宇髄さんこそ、少しばかり性に貪欲すぎるのでは?」
「バカ、俺くらいが適正で、お前が枯れてんだよ」
「…そうでしょうか?」
周りに問いかけると、殆どが渋い顔色を浮かべる。
「まぁ実際、権兵衛少年は欲が少ないからなぁ…」
「お団子以外好きなもの知らないし…」
「いつも鬼を殺しているよね」
「悪いことではないがな。勿論甘露寺に近づいた事は許してないが」
「…そんなもんですか」
あんまり芳しくない答えに思わず渋い顔を浮かべる。確かにそう言われれば、自分って欲が少ないのかもしれない。
「もう一回聞くけどよ、お前ってどんな女性が好きなんだ?」
「うーん、そうですねぇ…」
「答えにくいなら、どんな外見の女性が好きでもいいぞ」
外見、という言葉を聞いて「あぁ、それなら」とすぐに口を開く。
「しのぶさんみたいな女性が好きですね」
「…わ、私ですか?」
驚いている様子のしのぶさんに「はい」と一度頷き、再び口を開く。
「初めてしのぶさんを見た時、世の中にはこんなに綺麗な人がいるんだなぁ、って思ったほどでしたから」
「権兵衛君ってしのぶちゃんの事が好きだったの⁉︎」
「好きですよ。と言っても、恋愛的な意味ではありませんが」
小さくなってしまった鰆の切り身を一口で頬張り、味噌汁を飲み干す。うん、とても美味しかった。
「あれか、外見だけ胡蝶が好きって事か」
「いいえ、勿論内面も好きですよ。しのぶさんと結婚できる男性は、きっとこの世で一番の果報者に違いありません」
「へぇ…」
何やら面白いものを見た、という風にしたり顔で笑う宇髄さん。
「じゃあ聞くけどよ、権兵衛は胡蝶のどんなとこが好きなんだ?」
「ちょっと、宇髄さん?」
「好きな所、ですか…」
彼の言葉を頭の中で反芻し、しのぶさんを頭の中で思い浮かべる。
「ありきたりですが、優しいところ、ですかね」
「胡蝶ってそんなに優しいか?」
「えぇ。それはもう」
疑問符を浮かべる宇髄さんに頷く。
「柱を兼任しつつ蝶屋敷で隊士の治療を施し、そして炭治郎君たちを迎え入れてくれたんです。こんなに優しい人、滅多にいませんよ」
自分の言葉に唸る。
「それはなぁ…。お前個人の視点からは何かないのか?」
頭を捻り、「うーん」と唸る。その後一つ思いつき、そのまま口にする。
「でしたら、しのぶさんの笑った顔が好きですね」
「権兵衛君?そこら辺で…」
「けど、胡蝶っていつも笑ってねぇか?」
「いいえ、いつもは笑っていませんよ」
「そうか?いつも笑みを浮かべているように見えるが……」
「あれは違いますよ。そうじゃなくて、もっと普通に笑う時があるんです」
「数は非常に少ないですけど」と区切る。
「甘露寺さんと話していると、よくそういう自然な笑みを見る事が出来ますね」
「そうなの?しのぶちゃん」
「いや、あの、それは…」
「成る程。権兵衛少年はよく胡蝶の事を見ているのだな!」
「みたいですね」
煉獄さんの言葉に笑みを浮かべる。確かに、自分はしのぶさんの事をよく見ているのかもしれない。
「他にもしのぶさんの良いところは……」と、このまましのぶさんの長所を連ねようと口を開く–––––前に、背中に慣れた激痛が走り、思わず声を上げてしまう。
「–––––権兵衛君。アオイたちも心配していますし、そろそろ屋敷に帰った方がいいんじゃないでしょうか」
「ですけど、まだ……」
「帰った方がいいんじゃないでしょうか?」
影のある笑みで念を押すしのぶさんに震える。–––素直にいう事を聞いた方が身のためかもしれない。
「そ、そうですね。約束もありますから」
「えぇ、是非そうして下さい」
「なんだよ胡蝶。つまんねーぞ」
野次を投げる宇髄さんにしのぶさんがにっこりと微笑む。
「–––そういえば最近、毒に耐性がある人にも効く激痛の毒薬が完成したんです。だれか実験に協力してくれる人はいませんかね…」
「おう権兵衛、気をつけて帰れよ」
忍びよろしく一瞬で手のひらを返した宇髄さんに苦笑しつつ、最後に残ったお茶を一息で飲み切り、席を立つ。
「ご馳走様でした。料理、美味しかったです」
「うむ。また来ると良い」
「じゃあね権兵衛君!また今度!」
「息災でな、権兵衛少年!」
温かい言葉に頭を下げ、襖を開けて外に出る。
「権兵衛…夜道には気を付けるんだな…」
何やら怖い事を宣う蛇柱に視線を向けず、そのまま襖を締める。一人になった途端一息吐き、僅かに脱力する。
「––––さて、帰るか」
とんだ騒動に巻き込まれてしまった、なんて仕方ない事を考えてから料亭の廊下を歩く。
「––––––」
「–––––!」
「–––––?」
未だに会話がかすかに聞こえる背後の部屋を見て笑みを浮かべ、その場を後にする。
「また皆さんと一緒にご飯が食べたいなぁ」
そんな自分の独り言は誰にも聞かれる事なく、静かな廊下に響いていった––––––––。
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3、鈴の音に救われた人々
「権兵衛さん。また手紙が届いていますよ」
太陽が照らす気持ちのいい朝。額に浮き出る汗を首にかけた手拭いで拭うと、自分が差し出した一通の手紙を左手で受け取る。
「ありがとうございます、アオイさん」
「いえ、こちらこそ鍛錬の途中にすいません」
「気にしないでください。丁度休憩しようと思っていたところですから」
右手に握った水色の日輪刀を縁台に置いてある鞘に納刀すると、そのまま縁台に腰掛ける。
「差出人は…京都の方からですね」
「京都ですか。もしかして、この前織物を贈られた光圀屋さんからですかね?」
「さぁ、それはどうでしょうか」
菫を模した絵の入った封筒の封を手でちぎり、中身を取り出す。三つ折りにされた一枚の紙を開き、中に目を通す。
「–––––––そっか」
手紙を見て小さく笑う。
そんなに長い文章ではなかったのか、すぐに読み終わった手紙を再び三つ折りに戻す。そのまま封筒の中に入れ、縁台に置く。
「何が書いてあったんですか?」
「京都にある御家庭の人で、二人目の子供が出来た、という報告でした。ほんと、めでたい事です」
「そうですか、よかったですね」
嬉しそうに話す権兵衛さんに微笑む。–––本当に、良かった。
「権兵衛さんが助けた御家庭だったんですか」
「えぇ、まぁ。助けた、という言葉には少し語弊がありますが」
縁台に置いた手紙を軽く撫でると、黒い瞳と視線が交錯する。
「この御家庭ですが……前に一度、長女を鬼に殺されているんです」
「––––えっ?」
権兵衛さんの言葉に、思わず間の抜けた言葉が出てしまう。そんな自分に苦笑いを浮かべると、再び口を開く。
「自分が駆けつけた時にはもう手遅れでした。–––今から八ヶ月も前の話ですが、よく覚えていますよ」
「…そうだったんですか」
どこか寂しげに話す権兵衛さんに、何か言おうと口を開くが、何か言葉が浮かんでくるわけでもなくそのまま閉じる。
「ですけど、こうして二人目が生まれてくれて良かったです。今度生まれてくる子供は、殺されてしまった少女の分まで幸せになって欲しいですね」
「そうですね。…そうあって、欲しいですね」
–––権兵衛さんは辛い時や悲しい時ほど、穏やかな顔で微笑む。悲しむ事や、自分の無力に嘆くこともなく、ただただその事実を淡々と口にするのだ。
「さて、自分は鍛錬に戻ります。あと少ししたら、炭治郎君達に庭に来るように伝えてくれると助かります」
「わかりました。…その手紙はどうしますか?」
「自分の部屋に置いておいてください。後で整理しておきますので」
水色の短刀を引き抜き、庭先へ歩く権兵衛さんに「頑張って下さいね」と告げ、その手紙を持ってその場を後にする。
慣れた蝶屋敷の廊下を権兵衛さんの部屋を目指して歩いていると、件の部屋の前に白衣を着た人影がいるのが柱の陰から見えた。
「柊さん?」
「うわっ…って、アオイちゃんですか」
つい最近蝶屋敷に住まうようになった少女、権兵衛さんの妹の小屋内柊さんだ。声をかけると何やら驚いた様子でこちらを見るが、自分の顔を認識するなりほっと一息いれる。
「何してるんですか、権兵衛さんの部屋の前で」
「いえ、その、これは……」
何やら後ろ手に隠した様子に目を細め、じっと瞳を見つめる。すると観念したのか、恐る恐る隠していたそれを正面に持ってくる。
「それは……」
「この前、蜜璃さんから作り方を教わったので…」
綺麗な焼き目のついた、ふんわり蜂蜜の匂いが漂うそれは、ついこの前しのぶ様やカナヲ達と食べに行ったパンケーキそのものだった。
「どうしたんですか、一体」
「…最近の兄さん、どこか疲れ気味なので。何か甘いものでもと思いまして」
「この前の兄さん、せっかくのパンケーキを食べませんでしたし」と息巻く。–––たしかに、洋菓子屋に入ったにも関わらず、笑顔で餡蜜を注文する権兵衛さんには驚きましたけど…。
「…成る程。ですけど、権兵衛さんなら今は鍛錬をしています。冷めてしまうのでは…」
「それは問題ありません」
何やら自信ありげに言い張る。そうこうしていると、耳に「チリン」と聞き慣れた鈴の音が届く。
「––––どうしたんですか、一体」
「ご、権兵衛さん?」
振り向くとそこには、短刀を携え、かすかに赤くなった顔の権兵衛さんが立っていた。
「お疲れ様です、兄さん」
「柊。っていうか、それ…」
「はい。この前の兄さん、一口もパンケーキを食べませんでしたから」
自信ありげな柊さんに対し、権兵衛さんは困り顔だ。
「…うーん。どうにもハイカラなものは苦手でなぁ」
「食べてみないとわかりません。さぁ、一口どうぞ」
箸で分けられ、一口大になったそれを権兵衛さんに差し出す。「うむむ…」とそれを見て唸るが、腹を括ったか、それを一口に食べる。
「…柔らかいな。そして甘い」
「そうでしょう。これは私が作ったものに兄さんの蜂蜜を使ったものですから」
「うん、悪くない。料理が上手くなったなぁ、柊」
ポンポンと頭を撫でるとふふんと得意げに笑う。–––––成る程、こうしてみるとたしかに兄妹だ。
「っていうか、なんで柊さんは権兵衛さんが来るってわかったんですか?」
機嫌がいいのか、いつもより明るい声で柊さんが口を開く。
「兄さんは炭治郎さん達と稽古する前に必ず一度部屋に戻りますから、それを狙ったんです」
「そうなんですか、権兵衛さん?」
「うん?たしかに、そう言われれば……」
「権兵衛さーん‼︎権兵衛さーん‼︎」
「…おや?」
ぱたぱたと廊下を走り、息を上げた様子ですみが現れる。肩を揺らし、顔を青くしている事から何か重大なことが起こったと伺える。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「あ、あの…権兵衛さんに…」
「大丈夫、ちゃんと聞くから。だから落ち着いて、ね?」
「は、はい…」
権兵衛さんの言葉に上がっていた息を整えると、慌てた様子で口を開く。
「–––––––権兵衛さんに、軍の方がお見えになっています!」
「…えっ?」
「…えっ?」
––––––今、この子はなんて言った?
「あぁ。軍部の人か」
すみの言葉に納得したのか、うんうんと頷く。その顔には驚きや焦りは見て取れない。
「––––って、兄さん!なに呑気に落ち着いているんですか!」
「そ、そうですよ!どうして軍の人が …!」
鬼殺隊は政府から認められていない、非公認の組織だ。だから当然帯刀している隊員は処罰の対象だし、街で見かければ憲兵に追い回される。
「権兵衛さんだって、鈴鳴り刀を持って街に入れば憲兵に追い回されるって言ってたじゃないですか!」
「まぁ、あれは俺が無用心だったと言いますか…」
「すみちゃん、軍の人に権兵衛は此処にいないと伝えてください」
「い、良いんですか?」
「いやいや、それには及ばないよ、柊」
いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべる権兵衛さん。再び柊さんの頭に手を置くと、髪型を崩さない程度に強く撫でる。
「すみちゃん、その人は今どこにいる?」
「前に柊さんをお通ししたお部屋です」
「ありがとう。それじゃあ少しお話しして来ますから、皆さんはいつも通りに」
短刀を壁に立て掛けると、ゆったりとした様子で歩き出す。–––––全く、この人は…!
「私もついていきます、権兵衛さん」
「…えっ?」
自分の言葉にキョトンとし、首を傾ける。
「本当に大丈夫ですよ?」
「大丈夫かはともかくとして、です。女性が一人いた方が部屋の雰囲気も柔らかくなるでしょう」
「…うーん、そうかなぁ」
困ったように目尻を下げる。しかし、「それは良い考えですね」と柊さんも口を開く。
「兄さん、私も行きます」
「柊もか?」
「兄さんじゃ肝心な時ボロが出る恐れがありますから」
「……まぁ、いいか」
予想したより簡単に頷いた権兵衛さんは、「それじゃあ行こうか」と再び歩き出す。
「すみはお茶と茶菓子を準備して。あと、炭治郎さん達に鍛錬は控えるように」
「わ、わかりました!」
慌ただしく走り去る。その時も権兵衛さんは特に慌てる様子はなく、いつもと変わらない自然体だ。あまりに変わらない様子に、つい疑問が口から溢れる。
「…なんでそんなに落ち着いているんですか。もしかしたら捕まってしまうかも知れないのに」
「あぁ、それですか」
「大丈夫ですよ、二人の心配しているようなことには、多分なりませんから」と笑う。そのまま屋敷に用意された部屋の前に着くと、権兵衛さんは何気ない様子で襖を開ける。
「すいません、お待たせしました」
「–––––––えっ?」
–––––部屋には直立不動の態勢で、三人の軍人が最敬礼を取っていた。
「いえ!こちらこそ突然の来訪、誠に失礼しました‼︎」
「いえいえ、そうお気になさらず。座ってください」
「はっ!」
権兵衛さんの穏やかな声色に従い、素早い動作で正座する三人。–––––あまりに突然の出来事で、頭が真っ白になってしまっている。
「アオイさん、柊?」
「あっ、す、すいません」
こちらを心配する言葉に自我を取り戻し、権兵衛さんに倣って居間に座る。横目で柊さんをみると、どうやら彼女も状況を把握できてはいないようだ。
「それで、今日はどうしたんです?そんなお揃いで」
「上官殿より、先日の謝礼を持って参りました!」
一庶民ではお目にかかれないような高級そうな木箱が、背後に控えている部下と思しき人物から正面の人物に手渡され、権兵衛さんに渡される。彼はそれを受け取ると「ありがとうございます」と笑みを浮かべる。
「あれから隊の皆さんは元気ですか?」
「問題なく!現在は軽井沢にて療養に当たっております!」
「それは良かったです。上官殿には、どうかお体にお気をつけてとお伝え下さい」
「必ずお伝えします!」
状況が突然すぎて話が入ってこない。どうして軍人が権兵衛さんに下手に出て、権兵衛さんはいつもと変わらないのか。あまりに状況が特異過ぎて理解が追いついていない。
「…さて。社交辞令も終わりましたし、そろそろ普段通りでいいのでは?見ての通り、二人も固まっていますし」
「––––––それもそうですな」
権兵衛さんの言葉に肩の力を抜いたのか、先ほどより口調が柔らかくなる。後ろに控えている二人も険しい顔つきが解かれる。
「それで、そこにいるお二人は権兵衛殿の許嫁ですかな?随分とお美しいですが」
「い、許嫁⁉︎」
「ち、違います!私と兄さんは…」
突然の言葉に動揺して言葉が詰まる。その様子を見たからか、軽く手を振って「いやいや、ちょっとした冗談です」と笑う。
「随分と緊張しているご様子でしたから。突然軍部が来たから大慌てしたでしょう」
「…えぇ、まぁ」
「…そうですね。正直、とても慌てました」
「正直なのはいいことですな。流石権兵衛殿の知り合いだ」
無骨な表情を崩すと、再び権兵衛さんへ視線を向ける。
「改めてですが、自分たちの隊を救ってくれた事、本当にありがとうございました。貴方が来なければ、隊は全滅していたでしょう」
「お気になさらず。私が為すべきをしただけです」
「…敵いませんな」
「お、お茶です…」と恐る恐る入ってきたすみ達に「これはこれは、かたじけない」と頭を下げる。––––えぇと、つまり…。
「権兵衛さんが、貴方の隊の人たちを助けた、という事でしょうか?」
「えぇ。こんな年端もいかない少年に助けられるなんて、お恥ずかしい話ですが」
「鬼にふつうの鉄砲は効きませんから。仕方ないことですよ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
湯気の登るお茶を勢いよく呷ると「…それで」と神妙な表情を浮かべる。
「今の日本には、斯様な化け物が闊歩していると考えた方が良いのでしょうか?」
「今の、というより、昔からですけどね」
「…なんという事だ。陛下のお膝元に、あのような魑魅魍魎が蠢いているとは」
権兵衛さんの言葉に目を伏せる。
「貴方達は、あのような化け物を討伐することを生業としているのですか」
「えぇ。鬼殺隊という、政府非公認の組織が鬼狩を行なっています」
非公認、という言葉に眉を寄せる。
「非公認……たしかに、あんな化け物の存在を臣民に伝える訳には参りませんからな」
それだけ呟くと、顎に指を当てる。
「…一つ質問なのですが、鬼殺隊は権兵衛殿以外にもいらっしゃるのでしょうか?」
「えぇ。大体二、三百人程度在籍しています」
「その殆どは背中に滅と入った隊服を纏い、帯刀していると考えてよろしいのでしょうか?」
「えぇ。中には陣羽織を着た人もいますが、大まかな人物像はそれで間違いないかと」
「……そうですか」
ある程度言葉が途切れると、「わかりました」と強く頷く。
「私の方から憲兵隊の方に掛け合ってみましょう。上層部に訓練学校時代の同期がいますから、鬼殺隊を見かけたらそれとなく見逃せ、もしくは適当に追い回したら逃がせ、と伝える事は可能でしょう」
「……えっ?」
–––何か、とても大きなことが動いているような、そんな気がした。
「…良いんですか?かなり大変だと思いますが」
「なに、この程度。最前線で化け物と戦っている権兵衛殿達に比べれば大した苦労ではありません」
「…ただ」と再び神妙な顔付きになると、静かに口を開く。
「そのかわり、約束して欲しいのです。どうかその力を、無辜の市井に向けないことを。そして、私たちの代わりに、人々を脅かす化け物を討伐して欲しいのです」
「–––必ず」
静かな、けれど力のこもった彼の言葉を聞き「…愚問でしたな」と笑い、茶を一息に飲み干す。
「それでは、我々はこれにて失礼します。突然の来訪、重ねて申し訳ありませんでした」
「いえいえ。どうか道中お気をつけて」
緑の軍帽を被ると再び敬礼する。
「–––外の敵からは我々が守ります。ですから、内の守りはお任せします。お互い、日の本を守る為に頑張りましょう」
「えぇ。武運を祈ります」
彼の言葉に無骨な表情を崩し、「それでは!」と颯爽と部屋から去っていく。その様子をある程度呆然と見ていると、権兵衛さんが息を吐く。
「…ね?問題なかったでしょう?」
「問題はなかった、と言いますか……」
「早い話、兄さんの人脈が凄まじいと言うことがわかりました」
「あはは…」と笑う権兵衛さんを見る。––––やっぱり、この人はどこか普通の人とは異なっているらしい。
「それよりも、あの軍人さんは何者ですか?」
「名前は聞いていないよ。話そうとしなかったからね」
「そうではなくてですね。…襟元の階級章を見ましたか?」
「いや、見てないけど?」
あっけらかんと言い放つ権兵衛さんに柊さんがため息を吐く。
「…黄線二つに星二つ。あの人、陸軍の中佐じゃないですか」
「中佐というと?」
「…簡単に言えば、陸軍で五番目に高い階級です。あの若さであれを付けられるという事は、間違いなく大将候補ですね」
柊さんの説明に固まる。–––––えっと、それじゃあ…。
「あぁ、道理で。なにやら偉い人だとは思っていたんだよねぇ」
「そんな簡単に片付けていい話じゃありません!その人が上官って言ったんですよ、そうなると兄さんが助けた人は……!」
「いいじゃないか、階級なんて。階級以前に彼らはひとりの人間だよ」
のんびりした口調でそう言うと、「さて」とさっき受け取った木箱を手に取る。
「随分と重いけれど、これ何が入ってるんだろうね」
「開けてみるのが一番じゃないですか?」
「そうだね。どれどれ…………」
箱の縁に手をかけ、蓋を持ち上げる。そのまま開けるのかと思ったが、隙間からなにやら金色の光が見えた途端それをパタンと閉じる。
「………本当に偉い人だったんだねぇ」
それだけ呟くと、観念したのか再び蓋を持ち上げる。そこには予想通りと言えばいいのか、一面に敷き詰められた金貨が鎮座しており、それを見て沈黙する。
「だから言ったじゃないですか…。どうするんですか?相場で言うと相当な金額ですよ、これ」
「さりげなく返す、なんて出来ないよね…」
「っていうか、これだけのお金どこから…」
「アオイちゃん、世の中には気が付いていい事と悪い事があるのよ」
「…陸軍から鬼殺隊の資金援助と考えれば良いのかなぁ」
取り敢えず柊さんが預かることになったその木箱を見てため息を吐く。
「「はぁ…」」
柊さんと図らずも重なったそれは、私達が権兵衛さんに思っている気持ちがおなじであることを物語っていた。
「さて、それじゃあ自分は訓練に……」
「権兵衛さーん、いらっしゃいますかー?」
「…今日は随分と客人が多いな」
男性の間延びした声が蝶屋敷に響く。「ちょっと出て来ます」と告げると、やや早足に居間から消える。
「…これ、どうします?」
「……取り敢えず、蝶屋敷の金庫に置いておきましょう」
まずはこの金貨をしまうのが先だと考え、私たちも居間を後にする。二人で疲れた顔を浮かべたのは、最早必然だった––––––––。
________________________
番外、仄暗い部屋にて悪鬼は嗤う
「まただ、また鬼が殺された」
––––––静かな、けれど怒りに満ちた声色だった。
「奴に殺された鬼の数は優に二百を超える––––これは一体どういう事だ」
流麗な声色だが、その声の端々から対象への憎悪が見え透いている。そして、その声の主に首を垂れる二つの影。
「折角この私が自ら!自ら鬼にしてやった者共がまるで細枝のように手折られていく!これ以上の屈辱があるか⁉︎」
絶叫によってビリビリと空気が悲鳴を上げ、その様を見て二つの影はより深く頭を下げる。
「あの鈴の音!忘れもしない!あの音が鳴るたびに上弦は欠け、その度に私は作りたくもない同胞を作る羽目になった‼︎」
縦に割れた真紅の瞳が二つの影を射抜く。圧倒的な威圧感とともに放たれる眼光に、その影達は微かに肌を震わせる。
「–––だからお前たち二人に行かせるのだ。まさか、二人で掛かって殺せぬ、という事はあるまいな?」
拒否は許さない。絶対強者から放たれる言葉に二つの影は即座に頷く。
「よろしい。では奴の首、私の元へ持ってこい」
直後、鋭い琵琶の音が鳴り響き、二つの影が消える。その様を一瞥もする事なく声の主人–––––鬼舞辻 無惨は目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは耳を刺すような嫌な鈴の音。嫌悪感を感じざるを得ない、悍ましき音色。
「–––忌々しい鈴の音。ここで引き裂いてくれる」
––––––––––仄暗い部屋にて悪鬼が嗤い、地面にて汽車は黒煙を上げる。激闘は、すぐそこまで迫っていた。
1、鬼殺隊一般隊員の出来た妹
柊がどんな人物像なのかを簡単に説明するための小噺。今後の展開を考えるとどうしても描写が薄くなる為、彼女の行動に説得力を持たせる為の導入とも言える。
2、鬼殺隊定期報告会の一幕
柱の方々の交流を書いた小噺。作者の趣味が見え透いている小噺でもある。ちなみに権兵衛は日帰りの約束を守るために、担当範囲を半径五十里から三十里までに抑えている。
3、鈴の音に救われた人々
権兵衛に救われた人々の小噺の一つ。これは感想の中からアイデアを得たもので、書いていて色々と頭を悩ませるものでもあった。余談だが、作中に出てきた金貨は全て上官殿のポケットマネー。
番外、仄暗い部屋にて悪鬼は嗤う
次回への伏線を兼ねた小噺。登場する二つの影については次話で言及するため、今は伏せている。