訓練がまだ始まったばかりの春。
緑谷は砂浜に足を取られたり、粗大ゴミを持ち上げ足るのに苦労をしていた。
悪戦苦闘をしながらも、自分の出来ることを行い続けて、少しずつ糧にしていく。そんな彼に、もっと頑張りを要求をする女性と黒猫が一匹いた。
「じゃあ、次はゴミ山の上を歩いてみるにゃ」
「えっ?なんでですか?」
「足場が不安定になっても戦えるようにするためにゃ」
「ああ...なるほど...」
「キキ。取り敢えず、見本を見せてあげるにゃ」
「分かった」
キキは慣れた手つきでゴミ山を登っていく。
しかも手を使わずに、次々と足場を跳び跳ねるように登っていく。それを見届けてから緑谷も窪みに手を引っ掛けて、体重を掛けても大丈夫そうなところに足を乗っけて、ゴミ山をよじ登り始める。
初めて登るゴミ山に戸惑って時間が掛かる。しかもゴミは、適当に積まれているせいで、足場を選ぶのを一苦労させる。
「うっわ!?」
足場が崩れて緑谷の体は重力に従って落ちる。
その体をキキが唱えた風の魔法で受け止める。
「大丈夫?」
「なんとか...」
「ゆっくりで良いから頑張って」
「は、はい!」
緑谷は一時間程掛けてゴミ山を登る。
基礎はまだ出来ていないのに、ウィズは何故こんなことをやらせるのには理由があった。それはゴミ山はいずれ片付けられるからだ。基礎をつけなければいけないことは分かっているが、ゴミが山のように積もっているうちにやらせておきたかったのだ。
不安定な場所を歩かせるだけだったら、街の中でも出来るが、それだと他人に迷惑掛かる。と、オールマイトから言われてゴミ山を登らせることにする。
緑谷がゴミの山の天辺に辿り着くと、キキが緑谷の手を握って歩かせる。暫くの間歩かせられたら、また新たな要求が求められた。
「今度は飛び降りるにゃ」
「えっ!?せっかく登ったのに!?」
「そうだにゃ。高いところからの受け身の練習も必要だにゃ。...けど、そこから降りるのは危なそうだから...出久、砂浜が見えるところまで、移動をするのにゃ」
ウィズがゴミ山を登らせた目的その二。
ゴミの山から飛び降りて受け身の練習。ここは砂浜だから怪我をする危険性はかなり低く、練習するにはもってこいな場所だ。
「わ、分かった」
緑谷は落ちそうになりがらも、なんとかゴミ山の上を歩いて目的の場所に着く。
「降りる手本はキキがやるにゃ」
キキは何も言わずに躊躇なく飛び降り、綺麗に足から着地をすると、すぐに手を地面につけて転がり、勢いのまま立ち上がる。
凄いと思った緑谷は手をパチパチと叩く。振り返ったキキは緑谷に催促をする。
「次は出久の番だよ」
「えっ!?結構高さはあるよ!」
「これぐらいの高さは平気にゃ」
緑谷は怖がって突っ立っている。
何度か深呼吸をした後に意を決して飛び降りる。
「うっわわーー!!?」
恐怖で叫び、途中で体勢を悪くなってしまったのか、全身で受け止めようにも格好悪く落ちてしまった。
「イテテ...」
砂だらけになった緑谷は痛がっていた。
「大丈夫?」
「な、なんとか!!」
キキは心配をして近付いたことにより、女性慣れをしていない緑谷は顔を真っ赤に染めて後退りをする。
ウィズは思案顔を浮かべていた。
「今日の受け身の練習はこれぐらいでいいにゃ。後は夕方になるまでずっとゴミ拾いにゃ。今日の模擬戦は夕方にゃ」
先ずは高いところと女性に慣れさせる方が先だと、緑谷の様子を観察をしたウィズはそう思い、暫くの間はゴミ山の上を歩かせて、慣れる訓練と足腰を鍛えることを優先をすることに決める。
その間に、キキに慣れれば良いのだけど...と、ウィズは気がかりになっていた。
「はい」
ウィズの心配をする気持ちを露知らず、緑谷は返事をして作業に取り掛かる。
「...ボクも、鍛えるか...」
キキもまた緑谷に倣って鍛えるのであった。
今日も体力が失くなって倒れてしまう緑谷。
指先をプルプルと振るわせることしか出来なかった。これでも、まだましな方だ。
最初の方なんかは、碌に運動をしてこなかったため、歩けなくなるどころか、その場に倒れ込んでしまって起き上がれなくなる程だった。そして、その度に....
『咲き誇り思い繋ぐ花』
「さあ、がんばりましょう」
体力を増やす魔法を唱える。
キキの呪文が唱えられると、長い黒髪に十二単を着た女性が、花と共に煌びやかな姿が浮かび上がる。
のんびりした声が緑谷の耳に入った時には、淡い緑色の光が包まれて、倒れ込んでいた緑谷の体に、再び立ち上がる為の力が与えられる。
「す、凄い!これが魔法なのか!!この力があれば、もっと高みを望める!人数に制限があったとしても、これだけ強くなれば、力押しで勝てるぞ!」
そんな風に喜んでいたが、身体は大分酷いことになってしまっていた。
体はもう動けないと、悲鳴を上げているのに、それを無視して無理やり立たせる。そのせいで緑谷の体はボロボロだ。
初日からできた筋肉痛が未だに治らず、夜どんなに早く寝ても疲れは取れない。疲れを取れないだけならまだしも、こむら返りもかなり酷くて、痛みで目を覚ますこともある。寝不足によって、学校の授業では居眠りをしてしまったと、よく話をしていた。
ここまで聞いてキキとウィズは、まだ余裕のあるオールマイトの通り訓練に戻した方がいいだろうか?と、悩んでいた。それでもこんな無茶をさせるのには、緑谷の考えが原因だった。
緑谷は力に飢えているとキキとウィズは感じていた。
魔法を使った時、この力があれば!と、喜ぶ程であった。しかも緑谷は"無個性"でありながら、"無個性"をある意味馬鹿にしている。しかも、本人にとっては心配をしているだけだから、なお質が悪い。
馬鹿にされたことが原因だとしたら、馬鹿にした奴らに文句を言いたい。”君達の個性がいくら強くても、世界にはもっと強い人達はたくさんいる。調子に乗るな!”と、キキは直に文句を言いに行きたかった。
ずっと馬鹿にされた結果、"無個性"は何やっても無駄だと、被害者すらも思い込んでしまっていた。この負の連鎖が繋がって、違う"無個性"の人を傷付けるのではないかと、キキとウィズは考えていた。
だからキキは伝えたい。
”力が無くても、人は救える。”そんな訳で本当はボランティアとかをさせた方が良いのでは?と、キキは考えていた。他者から感謝の言葉を貰えば、それだけでも自信がつく筈だ。もし馬鹿にして邪魔をする人がいるのなら、自分が追い払うから、そっち方面で頑張ってほしかったと、キキは想うことしかできないのであった。
緑谷に"個性"を渡したくない理由は、体を壊すことだけではない。力に飢えている状態で渡してほしくなかった。体を"個性"に耐えられるようになって、精神が安定している時に渡してほしかった。
出会いがどんなに良くても、受け渡すタイミングが悪すぎた。このままでは余計に歪むだけだ。
"無個性"が"個性"持ちには敵わない。
緑谷やオールマイト、この世界に住む人達は皆そう思っている。
けれど、本当にそうなのか?と、キキは常に怪しんでいた。もしかしたら、この世界のどこかで、"無個性"の人が戦っているかもしれない。ちゃんと調べてもいないのに、決め付けるのは可笑しい。それに、諦めるのまだ早い。
緑谷は鍛えていない故に、真っ白な状態だ。これから鍛えていけば、"個性"持ちよりも強くなるのかもしれない。決める付けていいのは頑張ってからだと、キキは誰よりも可能性を信じていた。
キキが考え込んでいるうちに、いつもの流れが始まっていた。
「やはり、訓練メニューは戻した方が...」
「雄英ってこの国一番の最難校でしょ?これぐらい練習をしないと、間に合わないにゃ」
「しかし...」
「だったら、別の学校にするにゃ?そうすれば...」
「進学先は絶対に雄英じゃなきゃ嫌だ!オールマイトと同じ学校に行きたい!」
緑谷が倒れる度に、オールマイトが心配をしてメニューを戻そうと言い、ウィズはメニューに戻す代わりに、ランクを下げることを提案をする。それを緑谷が断固拒否をする。
そしてキキはあることを尋ねる。
「なんで雄英がいいの?」
「最高のヒーローになるためなんだ!」
緑谷はそう毎回同じことを言い切る。
別に可笑しなことは何も言ってはいないのに、キキの心に引っ掛かる。まるで”雄英出身でなければ、最高のヒーローには成れない”と、キキは悪い方向に感じ取ってしまった。こればかりは、自分の思い違いだと信じたい。けど、どうしようもない違和感が走る。
「そうなんだ...。...で、また魔法を掛ける?」
「勿論だよ!僕は今までの間何もしてこなかったから、人の何十倍、何百倍も頑張らなければいけなんいだ!そうしなければ、オールマイトのような立派にヒーローに成れないんだ!」
緑谷は疲労が無かったかのように叫ぶ。
その度にオールマイトは感動をし、ウィズはやれやれと溜め息をつく。
「分かった...」
キキもウィズと同じ気持ちになりながら、呪文を唱える。
淡い緑色の光が緑谷の体に包まれた瞬間、勢いよく起き上がり大声を上げる。
「よし!頑張るぞーー!!」
緑谷は遅れた分を取り戻す為に、走り出してゴミを片付け始める。
緑谷の勢いは夕方に行う模擬戦まで、衰えることはなかった。
「模擬戦始めにゃ!」
ウィズの合図で模擬戦が始まる。
模擬戦といっても、今は本当に戦うことはない。緑谷が自分で考えた戦い方で戦い、キキはただ避けるだけ。戦い方には口を出さない方針だ。しかしながら、一度だけ口を出したことがあった。
それは、緑谷がオールマイトなら、こう戦う。と言いながら戦い始めたので、出久はオールマイトではない。だから、自分の戦い方を見付けなければならない。と、強く語り掛けた。そもそも緑谷とオールマイトの体格は、かなり差があるため真似しても無駄だ。同じ"個性"だからといって、同じ戦い方になるとは限らない。癖になる前にキキとウィズは注意をした。
こうして基礎の部分を身に付けて、春の訓練は終わる。
訓練に少し慣れてくると夏が訪れる。
暑い日射しが彼らに容赦なく照らす。
日射しのせいで、緑谷の訓練をする時間が減るかと思いきや、意外とそうでもなかった。
「後、三往復!」
水泳による訓練がメインになっていた。
水泳は全身の筋肉を満遍なく使い、鍛えるのに丁度良いスポーツであった。
ゴミが流れてくる海にしては、とても綺麗で、緑谷は気持ち良さそうに泳いでいる。
空気気味になっていたオールマイトが、気合いを入れすぎて、トゥルーフォームからマッスルフォームに変身して指示を飛ばす。
ご丁寧にも、マッスルフォームの体型に合にわせた水着を着ている。
キキは日陰で休憩しながら、オールマイトと緑谷をぼーっと眺めていた。
このまま穏やかな時間を過ごせるかと思っていたが、そんなことはなかった。
「「「キャー!オールマイトよー!」」」
水着を着た三人の若い女性が現れたからだ。
オールマイトを見付けた彼女達は、嬉しさのあまりに、絶叫に近い黄色い歓声を上げていた。
その様子にぎょっとしたキキは目を見開いて固まり、ウィズはゴミ山の隙間に急いで隠れる。
「テレビで観るよりも~、本当に格好良いわ~!」
「偶然SNSで見付けられて、ラッキー♪あのNo.1のヒーロー会えるなんて、マジ最高!」
「やっぱり迫力が違うわねぇ。ねぇ!オールマイト!せっかく会えたのだから!握手をして!」
「あー!実砂だけ狡い~~!私も握手をして!」
「握手をして貰うのは勿論だけどさあ~、オールマイトを真ん中にして、三人で写真を撮らない?」
「良いわね!そうしよう!」
「うん!そうだね!」
「HAHAHAHA!!勿論!大歓迎さ!」
「「「キャー!オールマイト素敵!」」」
三人の女性をノリ良く対応していくオールマイト。
対応してくれるオールマイトに、女性達の黄色い歓声の音声が更に上がる。訓練に夢中になっていた緑谷さえも泳ぐのを止めて唖然している。
喜んではしゃいでいた女性達の一人が、キキがいたことに気が付くと、バックから自分の携帯を取り出して操作をする。操作を終わらせると携帯を持ったままキキに近付く。
意味不明な行動にキキは目を白黒させる。
キキが訊ねる前に女性が要求を述べる。
「そこの人~、悪んいんだけど、写真取ってくんない~」
「写真?」
キキは首を傾げる。
携帯ってそんなことを出来たのだろうか?と、考え込んでいるうちに説明は始まっていた。
「真ん中の白いボタンを押して~」
画面を見てみると、笑顔の三人の女性とオールマイト、呆然としている緑谷の姿が写る。
操作方法がよく分かっていないキキは、携帯をなんとなく動かしてみると、画面の景色も変わることに気が付き、女性達とオールマイトが綺麗に入った瞬間、白いボタンを言われた通りに押す。
カシャッ
携帯から音が鳴り、微かな光が四人を一瞬だけ照らす。
「こんなもん?」
「うんうん!めっちゃ良い写真じゃん!ありがとー♪」
写真を撮り終えたキキは携帯を助勢に返す。
携帯を受け取った女性は、写真を確認をしてできに喜ぶ。他の女性達も自分の携帯をキキに渡す。
キキが残り二人分の写真を撮ると、オールマイトはファンサービスの一環として、三人の女性と共にどこかに行ってしまった。
「行っちゃったにゃ...」
「行ったね...」
「まあ...仕方ないよ。これが、ヒーローとしてのあるべき姿なんだから...」
置いてけぼりにされた三人は、オールマイトの後ろ姿が見えなくなるまで注視をする。
この行動はヒーローにとって当たり前の仕事と分かっていても、寂しそうに緑谷は眺めていた。
「....なんであの人達は、ここにオールマイトがいたことを気が付いたのだろうか?それと、SNSって何?」
「えーー!?SNSを知らないの!?」
女性達がオールマイトに会いに来たことに、SNSというものを知らないキキは、緑谷に取り敢えず聞いてみる。しかし、キキがSNSを知らないと言った途端、緑谷は大袈裟に驚く。
「当たり前にゃ。私達の元の住んでいた世界には、そんなものはなかったにゃ。知っている訳ないにゃ」
「あ...そうだったよね。ごめん...。でも...オールさんはヒーロー活動をしていた時、SNSを使わなかったのですか?」
緑谷の言い方に少しカチンときたウィズは、ムッとした態度を隠さなかった。緑谷は慌てて謝ったが、緑谷の疑問は最もなことであった。
ヒーローは人々から人気を得られないと食べていけない。SNSはそんなヒーローにぴったりな情報発信ツールであった。これさえあれば、自分の良い行いを、世界中に発信出来るからだ。使わない方が可笑しいのである。
「使わないね。やり方が分からないし...」
「そうなんだ...。使い方勉強をしておいた方が良いよ。オールさんの考えを世界に知ってもらえるよ」
「そう!?じゃあ!やってみよう!」
緑谷の話にキキは俄然やる気になる。
しかし、あることを思い出して動きが止まる。
「SNSで嫌がらせを受けたりしない...?」
「...嫌がらせをされる可能性はよくある。寧ろ、現実より過激だ。酷い時は...殺害予告をされる場合があるけれど...」
「............やっぱり、地道に頑張るよ...」
「その方が良いと思います......」
緑谷の返事にキキは地道に頑張ることにする。
悲しんでいるキキを見て緑谷は思わず言ってしまう。
「今のやり方のままだと、誰にも話を聞かれないし、嫌われたままだから、人気は取れなくて余計に聞く耳が持たない。そんな状態で良いのですか?」
「話は聞かれないのは困るけど人気はいらない」
「えっ!?そうなのですか!?」
「だって人気がほしくてヒーローに成った訳じゃない。国からの命令でヒーローをやっているからね」
「でも、人気が出れば!話を聞いてもらえないよ!このままだと...」
「そうだね。嫌いな人の話よりも、好きな人の話の方が聞き入れやすいのは分かる。けど、この世界の価値観ってかなり可笑しいから、嫌われることを分かっていも、すぐに口を出してしまうんだ。...まあ、ボクはもう、どう頑張っても好かれない。だけど、皆に好かれているオールマイト、ヒーローになった緑谷なら、話を聞いてもらえると思うから頑張ってね」
「は、は、はい!?!?頑張ります!」
女性から...いや、碌に応援されたことのない緑谷は、キキの頑張ってに過剰に反応をしてしまう。
その様子にキキは苦笑いをする。
「じゃあ、訓練に戻ろうか」
「はい!」
緑谷はまた泳ぎ始め、キキはそれを見守る。
カモメの鳴き声に蝉の声が加わる夏。
海岸が少しずつ綺麗になったお陰で、人が疎らに見に来るようになる。
その影響でオールマイトが緑谷を見れる時間は少なくなるだろう。
その中の一人、緑谷とキキと大きく関わることになる人物が現れるのは、もう少し先の話。