入試を終えてからの緑谷の様子は可笑しかった。
大丈夫?とキキが尋ねても緑谷は上の空であった。緑谷が入試の結果が気になってしょうがない気持ちはキキも理解しているが、それで訓練を止めては意味はないのでキキが引っ張る形で訓練を続ける。
多古場海浜公園が綺麗になったので、別の海岸に移動をする。移動先の海岸は古場海浜公園と近く、似たような条件だからかゴミだらけであった。
ゴミだらけで不愉快になる筈なのに、キキとウィズと緑谷は不思議と懐かしい気分に浸る。懐かしさのあまりに数分間も景色を眺める程であった。
このまま景色を眺めていても始まらないと思ったキキは大きな声で指示を出す。
「出久、ぼーっとしても始まらないから、訓練を始めるよ。暫くの間は集中をしていられないと思うから、結果が届くまでの間はゴミ拾いだけでいいよ」
「は、はい!」
キキの声に驚いて一瞬固まった緑谷だが、気を取り直して返事をする。
それから、ぼーっとしていた時間を取り戻すかのようにテキパキとゴミ拾いを始める。
お昼の時間になったところで、緑谷のゴミ拾いは一時中断をして昼休憩を取る。
緑谷がプロテインで水分補給をしていると、ウィズが質問をする。
「そういえば、入試では何と戦ったのにゃ?」
ウィズの質問に苦笑いをする緑谷。
緑谷の表情を見るからに、あまり良い結果ではないと簡単に察することが出来る。
「えっと...ロボットだよ...」
「人とじゃなくて、ロボットと戦うんだにゃ」
「ウィズさんは、ロボットのことを知っているんですか?」
「まあにゃ。ここよりも文明が発達しているところにも旅をしたことがあるからにゃ」
「そうなんだ...」
「ロボットということは...生身だと難しいね」
「そうなんだよねえ...。"個性"が使えればなあ...」
「いや、"個性"がなくても勝てるよ」
嘆く緑谷にキキは釘を指す。
無敵に近いオールマイトの"個性"とはいえ、将来、"個性"が効かない場合があった時、自信を失い、何も出来なくならないようにする為だ。この話は味方だけではなく、どんな敵でさえも絶対が破られた瞬間、狼狽え慌てることを知っているからだ。
"個性"の力を信用しても、過信はいけない。
それを伝えるのも、自分の役割だと思っているキキは過去の経験を語る。
「確かにオールマイトの"個性"は強いよ。けどね、オールマイトよりも強い人はいくらでもいる」
「それは異世界の話でしょ!この世界にはいないよ!」
オールマイトの強さを信じて疑わない緑谷にとっては不愉快な話であり、何度言われようが、聞き入れることは出来ないのだ。
「今はね。けど、後から強い人が出てくるかもしれない。それに、出久は最初のうちは"個性"を上手く扱えないと思う」
「そんなの!訓練をすれば!」
「力は強ければ強い程、なんならかのデメリットがある。力は簡単に扱えるものではない」
「それは...そうだけど...。だけど、なんで、また価値観が合わない話をするんですか?互いに受け入れられないのに...」
嫌な話をするキキに緑谷は、ジト目で非難めいた視線を送る。非難めいた視線にもキキは特に動じることはなく話を続ける。
「こればかりは、どんなに価値観が合わなくても、心に刻み付けとかないといけないんだ」
「なんでですか?」
「出久はこれからヒーローになるでしょ。ヒーローになったら"個性"が効かなかったので勝てませんでしたって、言い訳はつかないよ。それに...戦闘には絶対はない。だから...もしものことは考えた方が良い。驚いて何も出来なくなるから...。何度も魔法が効かないことがあったのに、未だに破られると動揺して、隙を作ることがある...。だから出久も心に刻み付けた方が良いよ」
キキが遠くを見詰めるその表情は、険しい顔をしており体が微かに震えていた。
これには機嫌が少し悪くなっていた出久でさえも、怖くなってきて素直に受け入れた。
「さてと...。ご飯食べて休憩したら、模擬戦をやろう。...出久も、ボクも、強くならないといけないからね」
キキは出久の欠点を見つめるのと同時に、自分の欠点が否応なしに強制的に突き付けられる。
ああだ、こうだと言っている割には自分の欠点とあまり変わらないんだと改めて実感をする。
緑谷を鍛えながら自分も強くなろうと、決意をしたキキはびしばしと戦闘訓練を行うのであった。
緑谷が悶々と日々を過ごした一週間後。
遂に結果は届く。その結果は...
なんと合格をしていたのだ。
喜悦に満たされた緑谷は、一日中笑顔を通り越した変顔で過ごし、キキとウィズに対してずっとお礼を言い続ける程であった。
物凄く喜んでいるのは緑谷だけではない。
緑谷の母親も同じくらい喜んでおり、是非、お礼を言いたいと。緑谷の雄英合格祝いを兼ねて、キキと仲良かった白部が家に招待をされたのだ。
「白部、後どれくらい?」
「そこを右に曲がって...暫く歩けば着くみたいですよ」
家に招待されたキキと白部は、渡された紙を見ながら、緑谷の家を目指して歩く。
緑谷が案内すれば良いだけの話かもしれないが、緑谷は母親と一緒にパーティーの準備をする為、案内はできなかった。
歩いて最中にキキは、白部が持っている大きな茶色の紙袋が目に入る。ただ歩いているだけではつまらないので話のネタとして質問をする。
「白部、その紙袋は何?」
「この紙袋ですか?緑谷君の合格祝いのプレゼントです」
「もしかして...合格したら、お祝いに何かプレゼントをしないといけなかった?」
思わぬ答えにキキは焦る。
この世界では何か合格をする度にプレゼントを贈るのが常識だとしたら、持ってきていない自分はどうしよう!?とキキは面を食らう。
「いえ...お祝いをあげるのは、祖父や祖母、親戚の方ぐらいですので、別にあげなくても大丈夫ですよ。私があげたいと思ったのは仲良かったからと、入試の日に迷惑を掛けてしまったから...」
「あ...私も迷惑を掛けてしまったけど...」
「オールさんは、普段の訓練に付き合っていることで、大丈夫だと思います」
困ったような笑みだけど励ますように白部は笑う。
緑谷が案内しない理由は実はパーティーの準備ではなく、入試の日に物凄く注目されて、恥ずかしくなった緑谷は外ではあまり会えなくしまったのだ。海岸まで離れていれば問題はないのだが、街に近付くと誰かに見られている心配で近付けなくなっていた。
「出久から聞いた時は驚いたよ。試験が終わってすぐ、金髪に黒のメッシュが入った少年と、背が凄く低い紫色のボンボンを頭に付けた少年と、数名の受験生に囲まれて、ハーレム野郎と文句を言われたらしいね...。ところで...ハーレムって何?」
「ハーレムと言うのですね...複数の異性にモテることです。...やっぱり、保護者でもない人が行くのはまずかったみたいですね...。これが切っ掛けで新しい学園生活で虐められなければいいのですが...」
「それだけは絶対に阻止しないとね...。けど...あれってモテていることに入る?」
「うーん...。どうでしょう...」
ハーレムの基準は白部にも分からないようで、頭を悩ませていた。
そんなこんなで話をして歩いている内に、いつの間にか緑谷のアパートに辿り着いた。
「えっ、えっと、初めまして、出久の母の、緑谷 引子【みどりや いんこ】と申します。灰色の髪の女性が湖井白部さんで、金髪の女性がレイチェル・オールさんですよね?」
緑谷と同じ緑色の髪、少しふくよかな体型。緑谷の母親と思われる人物がキョドりながら自己紹介をする。
二人は安心させるように笑顔で返した。
「こちらこそ、初めまして。私が湖井白部と申します。本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「レイチェル・オールです」
「二人とも礼儀正しくて良い人だわ。出久からよく話は聞いております。中は狭いですが、どうぞ、ゆっくりとしていって下さい」
「「お邪魔します」」
緑谷の母親に案内をされて家の中に入る。
「湖井さん、オールさん、ようこそ。...こうやって、人を呼ぶのは久し振りだなあ...」
廊下を歩いていると、顔を真っ赤に染めて照れ臭く笑う緑谷が出迎える。
「合格おめでとうございます。緑谷君」
「合格おめでとう」
「湖井さん、オールさん、本当にありがとう」
祝福の言葉に緑谷は今にも泣きそうになる。
泣きそうな緑谷を微笑んで止める白部。緑谷が乱暴に涙をぬぐうのを見届けると白部は茶色の袋ごと渡す。
「緑谷君、泣くのはまだ早いですよ。私から...つまらない物ですが...合格祝いのプレゼントです」
「えっ...?僕にプレゼント!?」
「はい、そうですよ。合格祝いのプレゼントです」
「ここで開けて良い?!」
「ええ、構いません」
オーバーリアクションをする緑谷を、にこにこと見詰めながら白部は承諾をする。
緑谷は恐る恐る紙袋から丁寧に内装された箱を取り出す。丁寧に内装を剥がすと...
「これって...!オールマイトの水着フィギュア!?」
謎のポーズを取る水着姿のオールマイトのフィギュアが入っていた。
「ええ。といってもそれは、試作品なんですけどね。どうせ廃棄処分するのでしたら、勿体なくて私が回収をしたのですよ。出会えたご縁として、誕生日とかでプレゼントとしてあげようと思っていたのですよ。丁度よく、雄英に合格したのでそのお祝いです。裏にはオールマイトのサインが書いてありますよ」
「こんな...良い物を...僕なんかが貰っても良いの!?!?」
「はい。そのフィギュアが、緑谷君へのお祝いですから...」
感激のあまり緑谷の涙腺が壊れ滝のような涙を流す。白部とキキは緑谷の涙の量にドン引きをしたものも、苦笑いをしてなんとか冷静に保つ。
「本当にありがとうね...貴女方がいてくれて...」
母親も息子に負けじと同じくらいの量の涙を流す。
「泣いていないでさ、これからパーティーを始めようよ」
切りがないと思ったキキはパーティーを催促をする。
泣いていた緑谷と母親は、素直に泣き止めて笑顔になる。
「そうね。せっかくのパーティーですもの、泣いている時間は勿体ないわね。出久、準備を手伝って」
「う、うん!」
緑谷と母親は急いで準備に取り掛かる。
箸出して、小皿出してとかの指示を出す声が、忙しなく二人の耳に聞こえてくる。何かを指示を出す声が聞こえなくなると準備は終わる。
てっきり、もう少し待つかと思っていた二人は、少し驚いたものも扉を開けて部屋に入る。
部屋は色とりどり飾り付けされており、テーブルの上にはジュース、寿司、骨付き肉の唐揚げ、ポテト、サラダ、ケーキなどのスイーツが並べられていた。
「遠慮しないで食べて下さい」
「では、遠慮なく...」
「「いただきます」」
楽しいパーティーが始まった。
「緑谷君の合格通知を見てみたいです」
会話が弾み楽しく食事が進んでいるうちに、手紙のことを思い出した白部が尋ねる。
「...!そうだったわ!気になるのは当然ことなのに、まだ見せていないなんてごめんなさいね。今、持ってくるから、少し待っていて下さい」
「あ、母さん!」
緑谷が何故か慌てた様子で母親を止めようとするが、母親は緑谷の話を聞いていなかった。
数分も経たない内に小さい機械を持ってくる。
「これが...合格通知なのですか...?」
思っていた物とは大分違う物であった為、二人は困惑をする。母親も二人と同じ反応をしていたのか、苦笑いをしていた。
「私も初めて見た時、戸惑ったわ。そこのボタンを押すと映像が流れます」
「映像が...」
「流れる...」
疑問が多すぎて二人は思考を停止してしまうが、このまま何もしない訳にはいかず、キキがボタンをポチっと押す。
『私が投影されたあぁーーー!』
「「オールマイト!?」」
黄色のスーツを着たマッスルフォームのオールマイトの姿が浮かび上がる。
その映像を観たキキと白部は同時に驚く。しかもかなりの大声だったので耳が痛くなる。
キキと白部は色々と質問をしたいことがあるが、先ずは黙って映像を観ることにする。
『諸々、手続きに時間が掛かって、連絡が取れなくてね....ゴホン。いや、済まない』
オールマイトが空咳をすると一礼をして謝る。
何故この場で謝るのだろうか?とキキは冷静に疑問に感じる。驚きすぎた白部は口を開けっ放しにしていた。
『実は、私がこの街に来たのは...他でもない。雄英に勤めることになったからなんだ』
『ううん』
オールマイトが勝手に頷いていると、誰かが手で合図を出していた。
『えっなんだい?巻き?いや、彼には話さなければいけないことが...。後がつかえている?』
合格発表と関係ない、知らない誰かと謎のやり取りが流されていた。
なんだこの映像は?とキキは少し呆れていた。
『筆記が取れていても、実技は三ポイント。当然、不合格だ』
「合格したんじゃないの!?」
驚き呆けていた白部が吃驚をして現実に戻ってくる。
『それ、だけ、ならね!』
オールマイトの姿が消えて、今度は、入試の日に緑谷を助けてくれた茶色の髪の少女の姿が映し出される。
『すみません...。あのー...』
『試験後すぐに、直談判しに来たってさ』
「「なんで!?」」
不合格と言っても合格しているからには、何かしらの理由でどんでん返しがあることをキキは分かっていたのだが、流石にこの流れは読めず白部と一緒になって叫ぶ。
『続きをどうぞ!』
視聴者の疑問を分かっているかの如く、少女の映像の続きが流れる。
『あのー...頭、もっさもっさの人、そばかすがあった人...分かりますか?地味目のー』
少女は雄英の教師と思われる金髪の男性と話していた。
『その人に、私のポイントを分けることはできませんか?』
『あの人、三ポイントしか取れなかったって言ってて、私聞いてて...。せめて!私のせいでロスした分...あの人......』
『私を助けてくれたんです!』
『お願いします!お願いします!お願いします!』
必死に頼む少女。
少女の想いにキキは凄いなと感心するものの、そんなのあり?と疑問を覚える。白部は特にも何も疑問を抱くことなく感動をしていた。事前に観ていた母親でさえもティッシュで涙を拭いていた。緑谷は何故か冷や汗を流し画面を観ていなかった。
ピッ
画面の向こう側のオールマイトが少女の映像を止める。
『"個性"を得てなお、君の行動は...』
「出久!!」
キキはバッン!!と、怒りのあまり力いっぱいテーブルを叩いた。その衝撃でジュースが溢れるが、キキは怒りで気にも止める余裕はなかった。
「なんで君が"個性"を持っているんだ?!答えろ!」
映像は相変わらず流れているが、キキの怒りの方が気になって誰も観てはいなかった。
何も答えない緑谷に痺れを切らしたキキは胸ぐらを掴む。
一方緑谷はなんて答えれば良いのかを迷っていた。説明を上手くできなければ、互いの秘密がバレてしまうからだ。二人きりならともかく、ここには母親と白部がいる。緑谷が悩んでいるとなんとか苦しい言い訳が思い付く。
「た、確かに、"個性"が見付かるのは、四歳までと、決まっているけど、僕は例外だったらしいんだ。オールさんも"無個性"だから怒るのは分かるよ!僕も逆の立場であったら、嫉妬して怒ると思うし...だから言えなかったんだ...」
キキの怒りの理由を嫉妬ということにする。
キキの行動をハラハラしながら見ていた二人も、かなり納得をしてキキに同情めいた視線を送る。
「オ、オールさん!怒る気持ちは分かりますが、その気持ちを抑えて下さい!お願いします!」
母親が必死に頭を床につけてお願いをする。
必死に頼む母親の姿にキキはなんとか怒りを抑える。暫くの間胸を軽く掴んでいたが、誰にも聞こえない音量で小さく呟くと乱暴に緑谷を突き放す。
「君は...君達は...約束を...いや、別にしていなかいか...。勝手に私が言ったことだ...。それでも......」
キキはこの先は言わずに部屋を出ていき、そのまま玄関の扉を開けて家から出る。
後に残された人達は、呆然と案山子のように突っ立てしまっていた。
楽しくなる筈のパーティーは、緑谷の一生の思い出となる合格通知によって潰されてしまったのであった。