黒猫の魔法使いと個性社会   作:オタクさん

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38話 神野区事件3

また時を遡り、今度は閑静な住宅街に切り替わる。

事件はまで起きておらず、街は平和そのものであった。その間にエンデヴァーを含むプロヒーロー達は、素早く手早く住民の避難を行っていた。

 

住民達は何故、ここまでするのか?と疑問の声が上がっていても、特に反抗をすることはなく従っていた。

 

「特に慌てることもなく、ちゃんと言うことを聞いてくれて本当助かるわ」

 

「ああ、全くだ。このまま上手くいくと良いのだが...」

 

マウントレディとベストジーニストが、住民の様子を横目で見ながら話をする。

住民の中にはヒーローと敵(ヴィラン)の戦いを見ようと“いつも通り”離れない者もいたが、そのこと自体は“いつも通り”だったので特に気にせず避難活動を行い続ける。自分達ヒーローが守れば良いだけの話であったからだ。...だが、それが、悲劇に繋がると露知らず...。

 

「助けて!私の息子が!」

 

「奥さん、落ち着いて下さい。私共が見付けて参りますので、奥さんは安心して逃げて下さい。お子さんの名前は?特徴は?離れてしまったのはどの辺りで?」

 

そんな二人の会話に一人の女性が血相を変えて割り込んでくる。ベストジーニストが女性を宥めながら事情を詳しく尋ねる。

 

「私の息子の名前は......そんなガキいるわけねぇわ!!」

 

突如口を汚くし懐に隠していた包丁でベストジーニストに襲い掛かる。

 

「な...!なんなんだ急に!?」

 

女性の変わりようにベストジーニストは物凄く驚いてしまうが、言動とは裏腹に女性の身動きを瞬く間に取れなくする。

 

「放せ!」

 

「放せと言われて放す人はいない。...もう敵(ヴィラン)のお出ましか...」

 

「せっかく上手くいっていたのに...」

 

敵(ヴィラン)の出現にマウントレディがうんざりする。

 

「また敵(ヴィラン)か...。全く懲りない奴らだ」

 

エンデヴァーもまたうんざりした様子になる。

敵(ヴィラン)が現れることさえも“いつも通り”の光景。誰かが誰かを襲い、それをヒーローが止める。異常な光景。そんな、誰かを傷付けようとすることは当たり前で、行動を止めるというよりも傷付かなければ他はどうでもいい、残酷な日常的な行動。こんな日常が許されてしまった故にーー

 

 

今宵、世界は、壊されることになる。

例え平穏に生きていても関係はない、この世界を容認してしまったら、傷付けた人と同罪である。

 

弱者の叫びや涙が彼らを殺す牙となり、首筋に噛み付いて、一生忘れることのない傷を残されることになったのであった。

 

 

 

エンデヴァーがうんざりして気が抜けてしまった瞬間、美味しい水、と書かれてあるラベルのペットボトルが投げ付けられる。

ペットボトルの蓋は開いており無色透明な液体がエンデヴァー達に降り懸かる。

 

「この臭いは...!!市民を守れ!!」

 

独特な臭いが辺り一帯を充満させる。

ペットボトルの中身は水ではなく灯油。エンデヴァーが纏っている火に引火する。ヒーローも、周りの住民も、捕まっている敵(ヴィラン)も皆まとめて火に包まれる。

 

動けないエンデヴァー達に容赦なく灯油の入ったペットボトルが投げ込まれ、更に火の付いたマッチやライターも放り投げ込まれて火の勢いは増々強くなる。

 

「な......!?!?なんなのよ!これ!!?」

 

巨体を活かしてマウントレディは周りの状況を把握する。驚きの光景に目を奪われて何も出来なくなる。

ヒーローから離れなかった住民の中には、ペットボトルや火の付いたライターを投げたり、自ら液体をかぶったりしていた者がいた。

 

「...クッ!!市民ごと狙うとは...!今回の敵(ヴィラン)はかなり卑怯だ...!」

 

「違うわこれ!!!市民が...!市民が...!市民がやっているのよ!!」

 

「ふざけるのもいい加減にしろ!!マウントレディ!そんなことを言っている暇があるのなら、真犯人を見付けろ!!」

 

「で...!でも...!!ペットボトルを投げ付けたり、頭から液体をかけていたわ!!」

 

「大方敵(ヴィラン)が紛れ込んでいるだけだろう」

 

「...ッ!!それも...そうよね...!市民がこんなことをする訳ないものね!!」

 

マウントレディの言動にベストジーニストがキレる。

それもその筈。ヒーローが一般市民を疑うのあってはならないこと。だから敵(ヴィラン)が一般市民に偽装したと思うのも当然のこと。

 

マウントレディは住民を少しでも疑った戒めと、渇を入れる為に自分の頬を叩く。渇を入れ終えたマウントレディは、ペットボトルを投げ付けた人を大きな掌で握って捕まえる。

 

「さあ!勘弁しなさい!こんな下らないことはやめて、大人しくお縄につきなさい!!」

 

マウントレディは握力を強めて相手を諦めるように促す。いつもならこれで大概の敵(ヴィラン)は大人しくなる。今の女性敵(ヴィラン)も大人しいのだが、様子が大分変わっていた。

 

大概の敵(ヴィラン)は放せ、放せと文句を言ったり、暴れたり、口汚く罵ったりする。けどこの女性敵(ヴィラン)は俯いて黙っていた。女性敵(ヴィラン)の様子にマウントレディは首を傾げる。

けれども首を傾げているだけでは始まらないので、他にもペットボトルを投げ付けている人を捕まえようとしたその時だったーー

 

 

「......こんな下らないこと.........?...!!私達の気持ちを知らない貴方達が言うな!!!私達の苦しみも!!怒りも!!悲しみも!!私達がわざわざこんなことをしている理由は、貴方達には一生分からないでしょうね!!」

 

「............えっ......?何言っているの、この敵(ヴィラン)は......」

 

女性敵(ヴィラン)の様子が急変する。

泣き叫ぶ姿は助けを求め、その泣き顔は見た者の心を痛ませ、その声は戦争や災害に巻き込まれた抗う術のない弱者。ただ泣いている姿を見れば、ヒーロー達の方が敵(ヴィラン)のように見えてくる。

 

急変ぶりに驚いたマウントレディは素に戻ってしまい、他のヒーロー達も己の職務を忘れてしまう程だった。

 

「......私達の苦しみ......?いやいや!苦しんでいるのは今襲われている市民だろうが!!被害者ぶりやがって!!」

 

「敵(ヴィラン)が何を言っている!」

 

「泣いたところで貴様のやったことが許されるもんか!」

 

直ぐ様気を引き締めるヒーロー達。

女性敵(ヴィラン)の涙は届かない。当たり前だ。彼女のやっていることは火を使って無差別に襲い掛かる、ただのテロリスト。今現在、誰かを危害を加えようとする人の声なんて誰にも響きはしはい。

 

女性敵(ヴィラン)もその答えが分かりきっているからか、これ以上泣くことも叫ぶこともなく、大人しくマウントレディに捕まっていた。

 

「そうね...。私達の叫びなんて誰も聞かないよね...。だから...一つだけお願いがあります」

 

「お願い?今、あんたの話を聞いていられる暇は...」

 

 

 

「私を殺して下さい」

 

「な......い...えっ?!殺して!?」

 

聞く耳を持つもりがなかったマウントレディだったが、女性敵(ヴィラン)の衝撃的な発言に戸惑ってしまう。

 

「私を殺して。ヒーローは敵(ヴィラン)のことが大嫌いでしょ?私は死ねる、貴方達ヒーローは大嫌いな敵(ヴィラン)がこの世から消える。お互いにWin-Winでしょ?その手を放してちょうだい。私はもう悪さはしない、火の中に飛び込むだけ。だから...」

 

「ふざけないで!!」

 

マウントレディが怒鳴って女性敵(ヴィラン)の話を止める。

 

「ヒーローはどんな人を救う者!私だってそのヒーローなのよ!いくら敵(ヴィラン)が嫌いだからって、見殺しなんかしないわ!!」

 

マウントレディの中の正義感が女性敵(ヴィラン)を止めようとする。

 

けれどもー

 

その正義感はーー

 

 

「そっちの方こそふざけないでよ!!」

 

女性敵(ヴィラン)を怒らせるだけだった。

 

「ヒーローは見殺しにしない!?だったらなんで"個性"の相性で戦わないの!?それは見殺しに入らないの!?」

 

「そ、それは......」

 

「どんな人でも救うと言うのなら......」

 

 

「私を殺して!!私はもう生きたくないの!!!こんな世界はもう嫌!!死だけが救いなの!!」

 

「死が救いではないでしょ!!!」

 

マウントレディがなんとか止めようとするが...

 

「じゃあ!なんで!あの時救ってくれなかったのよ!!!」

 

女性敵(ヴィラン)の怒りが強くなるだけだった。

 

「......えっ?あ...あの時って...?私達は初対面の筈よ」

 

女性敵(ヴィラン)の発言にマウントレディは、この人と会ったことがあるかしら?と首を捻って考える。その様子に女性敵(ヴィラン)は泣き叫ぶ姿から豹変をし、くすりと妖艶に笑う。

 

「ええ、私達は今日初めて会ったわ。だから私の苦しみを知らないのは当然のこと。でもね、貴方達は無関係ではないの」

 

「ちょっ!?何よそれ!初対面のあんたの過去なんか知るわけないじゃない!!」

 

「そうよ!それ!それがこんな事件を起こしたのよ!!」

 

「はあ!?私達の責任なの!?ふざけないで!!何もかも私達のせいにしないでちょうだい!!!」

 

「いいえ、これは貴方達の責任よ。貴方達は知っているよね、"個性"による虐め。私も"個性"のせいでよく虐められていね。だけど、誰も私を助けてくれる人はいなかった。皆見て見ぬ振りをしているだけ。可笑しくない?子供からヒーローを目指している人が多いのに。マウントレディ、貴女、さっき言ったわよね。ヒーローはどんな人でも救うって。だけど現実は違うよね。誰も助けてはくれない。それどころか、昔、誰かを虐めていたヒーローの話が後を絶たない。そんなヒーローがどんな人でも救う?寧ろ人を傷付けているじゃない!!!」

 

「それは...」

 

「いいわよね!ヒーロー目指せる程いい"個性"を持っている貴方達は!!私なんかの気持ちは分からないでしょうね!!!小さい頃からちやほやされて、私なんかは生きているだけで馬鹿にされたのよ!!」

 

「......」

 

マウントレディは終に黙ってしまう。これも当然の結果だ。

この女性敵(ヴィラン)の苦しみは誰もが見掛けたり、経験をしまっている社会問題。"個性"が生まれる前から続き、マウントレディと仲良いシンリンカムイも、"個性"のせいで幼い頃母親に捨てられている。身近に体験談があるから余計に反論が出来なくなる。

 

「あーあ...黙ってばかりで嫌ね。私の言葉に何一つ反論が出来ていない。これがヒーロー?矛盾ばかりしているのがヒーロー?こんなんで人を守れるの?誰かを傷付けているの間違いではなくて?」

 

「だから、この社会は壊すべきものであり、貴方達ヒーロー関係なく死ぬべき存在よ。私達はこんな残酷な世界を壊して死ぬ」

 

「貴女も、私も、皆。死にましょう。人間なんて生きる価値がない存在。私達の過去を知れば皆、私達に同情をして、壊すべきだと叫んでくれるわ。貴方達ヒーローの見方なんて......」

 

 

「誰もいはしないわよ」

 

女性敵(ヴィラン)が芝居掛かった口調で語りかける。

女性敵(ヴィラン)の変わりように恐怖を感じ、また反論出来ない現実問題に固まってしまう。

 

「マウントレディ!!ぼーっとするな!敵(ヴィラン)と話をしている暇が合ったら他の敵(ヴィラン)を捕まえろ!!」

 

ベストジーニストから叱責される。

叱責による驚き、女性敵(ヴィラン)の発言に納得をしてしまった呆然が混じったマウントレディは、女性敵(ヴィラン)の掴んでいる手を緩めてしまう。

 

女性敵(ヴィラン)はその隙に手から脱け出して、炎が燃え盛る建物に落ちようとしていく。

 

「さようなら。来世では人間のいない世界で会いましょう。"個性"の相性で見捨てる偽者のヒーローさん」

 

女性敵(ヴィラン)の捨て台詞にマウントレディの動きが遅くなる。

 

「.........あ......」

 

マウントレディの巨大な腕でさえも間に合わない。

女性敵(ヴィラン)が炎の中に落ちようとした、まさにその瞬間ーー

 

 

細い糸が女性敵(ヴィラン)の体に巻き付いて安全な場所にまで引っ張られる。ベストジーニストが"個性"を使って女性敵(ヴィラン)を助ける。

 

「マウントレディいい加減にしろ!!お前はそれでもヒーローなのか?!ヒーローなら、仕事を全うにこなせ!それが出来ないのなら、家にでも帰って転職サイトでも見ていろ!」

 

「で、でも!あの人の言っていることが...!」

 

「敵(ヴィラン)の言葉に惑わされるな!!敵(ヴィラン)の話に耳を傾けるな、とあれ程言ったのに聞いていないのか!」

 

「へぇー...。まだそんな馬鹿なことを言っていられるのですね......」

 

女性敵(ヴィラン)はマウントレディから、ベストジーニストに恨みがましそうに話し掛ける。

 

「悪いが、今俺達は忙しい。お前と話をしている場合では...」

 

「では、この事件の真相さえも知りたくはないのですね。早く終わらせたくないのですね」

 

「......それはどういうことだ?」

 

早く終わらせたくないのですね、という言葉に思わずベストジーニストは話し掛けてしまう。

その様子に女性敵(ヴィラン)は嘲笑う。

 

「あら?敵(ヴィラン)の言葉には耳を傾けてはいけないのではないかしら?」

 

「事件を終わらせるのは別だ。お前が知っていることを全て吐け。話さないと言うのなら...」

 

「ええ、話すわよ。無駄な痛みなんて味わいたくないもの。それに...会話なら負けないですもの」

 

「負けない...?話術か?"個性"か?」

 

「私にはそんな"個性"はないし、話術なんて高等な技術なんて持っていないわ。ただ事実を話すだけ。誰にも反論を出来ない事実をね」

 

「事実...?誰にも反論出来ない事実?そんなもん...」

 

「ありますわよ。"個性"の相性で戦わないヒーロー、"個性"による虐め、"個性"婚、敵(ヴィラン)の家族、その子供。誰もが聞いたことのある問題で、未だに解決をしていない問題。私達はその問題に苦しめられて...」

 

「だからって!騒ぎを起こすな!!皆我慢して...」

 

「我慢?なんでそんなことをしないといけないの?...貴方達はいつだってそう、被害者には我慢させて、加害者にはなんの罰もなし。被害者は泣いて逃げるという選択肢しかない。しかも逃げれば逃げる程不利になる。それに対して加害者は平然と生きて、どこかの会社に入社をして、恋人作って子供も作って楽しんで生きている。誰かを苦しめて泣かせたのに、罪すらも忘れる...こんな奴らの為に!なんで私達は我慢しないといけないの!!?貴方達はヒーローなんでしょ!?そいつらを罰してよ!!敵(ヴィラン)は殺す程痛め付けて、心を壊した奴は見過ごすの!!?見えないものだからどうでもいいの!!?」

 

「そんなことは!!」

 

「だったら!私達を敵(ヴィラン)として倒す前に!!私達の心を壊した奴らを倒してよ!!悪を倒すのがヒーローなんでしょ!?そいつらは悪ではないの!?」

 

「証拠がないものには...」

 

「あの時は私は泣いたけど、誰も見なかった振りをしたわ!証拠があっても動かないわよ!!証拠なんて意味ないわ!!......殺人は許されないのに!心は壊すのはOKなんだね!!」

 

「そんなことは言っていない!!」

 

「言っていると同じじゃない!!」

 

ベストジーニストと女性敵(ヴィラン)が感情的に言い争う。

他のヒーロー達は聞こえているが誰も止めやしない。手がいっぱいだからでもあるが、ちゃんと反論が出来ないからである。女性敵(ヴィラン)の心の叫びを聞かない振りをする。彼女の恨みがまた一つ増える。

 

火の勢いは止まらず、ヒーロー達に襲い掛かる敵(ヴィラン)の数は増えるばかり。それどころか自ら火の中に飛び込んで、女性敵(ヴィラン)の言葉に反論が出来ない。誰もが途方に暮れた、その時ーー

 

 

雄英高校の校長である根津から一通のメールが届く。

 

『僕達ヒーローの言葉は届かない。この事件を終わらせたければ、今暴れている人達と同じ過去を持つ人と協力をしなさい。その人達にしか止められないから。"個性"の法律の件は僕がなんとかするからさ』

 

メールを読んだヒーロー達は一斉に首を傾げる。

意味が分からないだけではなく、あれだけ目の前で暴れているのに、味方になるのはどういうことだろうか?と信じられなかったからだ。

 

彼らが信じようとも信じなくても、事件は止まらず進んでいく。

この事件がどうなるのかは"弱き者"次第であった。


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