黒猫の魔法使いと個性社会   作:オタクさん

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52話 湖井白部の過去 その5

決まった瞬間何もかも早かった。

次の勤務先も、住む場所も、白部の意見なんか存在しないかのように勝手に決まっていく。今度の場所は幸いにも実家に行こうと思えば行ける距離で、時間と心の余裕があればいつでも会える。

家族に会えて嬉しいと思う反面、どうしてこうなったの?と疑問で心がいっぱいになる。けれど、上からの命令と言われ、質問さえも聞いてはいけないと思い、されるがままに身を委ねることしか白部には出来なかった。

 

一週間後、フレームカンパニー社と言う会社で白部は働くことになった。先輩として新和が白部の傍につくことになり、人見知りする白部には知っている人がついてくれて一安心をする。けれど一安心をするのも束の間、それからの日々は忙しかった。

 

慣れない環境に加え、かつての仕事場のよう緩くなく、少しのミスでも許されない仕事。傲慢で"個性"を振るうことしか出来ないヒーロー。白部のような弱者を見て見ぬ振りをしてきた一般市民。些細なミスを鬼の首を取ったかのように嬉々として文句を言うクレーマー。

"弱き者"達との触れ合いで、白部は少しずつ人に慣れていき、優しさや温かさを知って前に進めるようになっていたが、社会に出たことにより怒りなどの負の感情が生まれてしまっていた。

それどころか、ただ生まれてしまっただけではなく、自分と同じような境遇を知り、その人達によって救われた人達を蔑ろにし、馬鹿にしてきた社会に関わる程増悪が白部の心にこびり付く。

 

対処する為の時間も、改善しようとする気持ちも、白部には何もかもなかった。

ただひたすらに仕事をこなす日々が続いていく。

 

ある仕事の日のこと。

 

「君新入り?どうだこの筋肉凄いだろ!?この造形美を表現してくれるフィギュアを...」

 

無遠慮に近付いてくる取引先のヒーローに、白部は思わず大袈裟に一歩下がる。

その様子にヒーローはムッとした表情で何か言いたそうしていたが、すかさず新和が間に入りフォローをする。

 

「申し訳ございません。ヒーロープロテイナー。彼女はが少々人付き合いが苦手な方ですので...」

 

「ふーん...そうなのか。それなのによくこの仕事を選んだな」

 

ヒーローの一言は何気ないものだった。悪意があるものでもなかった。

ヒーローが放ったこの言葉は特に間違えてはいない。そもそも一般的に、人付き合いが苦手な人は接客業や営業を選ばない。選ぶとしたら裏方作業を中心にした仕事。苦手を克服したいのなら仕事ではなく、もっと気楽に集まれる同じ趣味が集うサークルなどに参加すれば良い。そう言われるのも思われるのも当然のことだった。理性では分かっていても、好きでこの仕事を選んだ訳ではない白部にとっては、苛立つ気持ちはどうしても抑えられるものではなかった。

 

これ以降は特に問題はなく取引は終わる。

 

あの取り引きから時間がそれなりに経ち、昼休憩の時間となり、どこにでもよくある喫茶店に立ち寄る。頼んだメニューを待っていると、近くの席から聞こえてきた何気ない会話だった。

 

「ねえねえ、聞いた聞いた?あそこの奥さんの子供、"無個性"らしいですよ。可哀想よね~」

 

「ええ、そうですわね。本当に可哀想ですよ。息子さんが"無個性"だなんて将来が大変よ。ヒーローにはなれないし、良いところに就職が出来なくなるし」

 

「本当にそうね。将来が真っ暗ですもの。"無個性"も大変だけど、人を傷付ける"個性"持ちも怖いわよね~」

 

「ええ、本当よね。危なくて近くに居て欲しくないのに、私が住んでいる近所にその該当する人が住んでいるのよ~。その人名前は火柱さんと言うのだけど、その子供が危ない"個性"持ちの上で、ちゃんと"個性"が制御出来ないらしいわ。"無個性"なら関わらなければこちらには関係ないけど、制御出来ない子は本当に怖いわ」

 

「そうなの?木原さんも大変ね。出来るだけ関わらないように気を付けないとね」

 

「そうなのよ。子供にも関わらないようにしなさいと言っているわ~」

 

「ええ、それが良いわよ。何かあってからは遅いからね」

 

白部と新和は注文をしていた為に、店から出れなくなってしまい、嫌な思いと美味しくない食事をする羽目となった。

 

最後は帰りの電車の中、白部達と同じく仕事帰りのサラリーマンでの会話。

 

「今朝、この駅の近くで敵(ヴィラン)が暴れていたらしいですよ...」

 

「ああ、知っていますよその事件。だって私、それで会社遅れましたからね。遅延証明書を出したから怒られませんでしたが...大切な会議がある時にやられたらたまったもんじゃないですよ」

 

「あいつら程迷惑な存在は居ないよな。敵(ヴィラン)なんてこの世から居なくなれば良いのによ」

 

「全くその通りですな。敵(ヴィラン)程迷惑な存在なんてありゃしない。全員ヒーローにやられてしまえば良いんでよ」

 

「そりゃそうだ。あんな周りのことを考えない、迷惑で、他人に危害を加えることしか出来ない、正に疫病神。生まれて来ただけで迷惑だ。なんであんな奴らが生まれてくるんだが...」

 

「私には分かりませんし、知りたくもありません。知ったところで時間の無駄です」

 

「そりゃあ違いねえや」

 

毎日ではないが、外に出るとこのような会話が聞こえてくることがよくある。しかも運が悪ければ、どこに行ってもその手の会話をしている人が居る。

白部達は会話が聞こえてくる度に苛立ち、憎悪、破壊欲求が心に募っていく。それらの負の感情が募っていく程、あれ程嫌悪感のあった"個性"の使用への抵抗感が薄くなっていた。それでも白部のトラウマは強くて、目を合わせることも出来ずに"個性"を使用する練習は捗らなかった。

 

仕事に励み、社会に対して負の感情を募らせていたある日。敵(ヴィラン)連合を作り上げた長である、"先生"と呼ばれる人物から白部は呼び出された。

場所は白部が敵(ヴィラン)連合に入ると決めた、あの人気のないバーで、テレビの画面越しで会うこととなり、白部の他にも、同期と思われる"弱き者"達が数十人程集まっていた。

 

どきどきしながら待つこと数分。

電源が勝手に入ると、黒い画面から砂嵐が走り、不愉快な音が数十秒続いた後に"先生"と呼ばれている人物の姿が現れる。

 

「...ヒィ!!」

 

"先生"の姿を見た白部は自分を拾ってくれた恩義を忘れ、本能的に悲鳴を上げてしまう。一般市民として生きてきた白部には耐えられないものであり、その姿はとてもグロテスクであった。この反応は白部だけではなく、他の"弱き者"達も皆、似たり寄ったりの反応をしていた。

鈍器で執拗に撲られたような原形を留めていない顔面。酸素マスクを着けているが、弱々しい印象を与えず、寧ろ余計に禍々しく感じさせる。画面越しでもこの世の全ての殺意、破壊衝動などを収縮した悪意が伝わり、どうして人が殺人鬼に会った時に動けなくなる理由を理解する。

 

だが、声は意外にも、紳士的でフレンドリーだった。

 

『やあ、"弱き者"の諸君、初めまして。敵(ヴィラン)連合へようこそ。僕がこの敵(ヴィラン)連合のボスである"先生"だよ。挨拶をそこそこに、早速君達の力を借りたいのだが...おやおや?』

 

恐怖のあまりに動けなくなっていた白部には気が付かなかったのだが、気の弱い人達の中には失神したり、その場に吐いてしまったりしていた。長年働いている"弱き者"達が、妙になれた手付きで失神した人をソファーに寝かせたり、背中をさすったり、吐瀉物を素早く片付けていた。刺激的な酸っぱい臭いが正気を取り戻させる。

 

自分の姿を見て吐かれたり、失神されたと言うのに、"先生"と呼ばれた人物は怒ることもなく、悲しむこともなく、ただただ騒ぎが過ぎ去るのを待つ。その気にしない様子は敢えて冷たくすることにより、相手に気にさせないようにさせる為の優しさなのか、それとも単純に興味がないのかは誰にも分からない。

後処理が終わると、話が出来る者だけで話を再開する。

 

『落ち着いたところで話を再開しようか。気にしないで良い。こう言うことはよくあることなんだ』

 

怖がっていた者達、慣れている者達も、この場に居る人達の心の中の考えが揃う。こんな状態で気にしない人が存在する訳がないと。

クス...誰かが笑う。

その笑いに釣られて怖がっていた人達も、恐怖に耐えられなくて和らげようとする本能と相まって、少しずつ笑いが広がっていく。その様子に満足げになった"先生"は手を叩きながら笑みを浮かべる。

 

『良かった、良かった。君達には笑っている姿が一番似合っているからね。この調子で笑っていてほしい』

 

怖がられ、吐かれ、拒絶されたのにも関わらず自分達の笑っている姿を喜ぶ。それだけで一気に警戒心が薄れる。それどころか、怖がった自分達に落ち目を感じて反省を始める。

 

『まあ...僕の姿を見て...怖がってしまうことは当然のことさ。君達は気にしなくて良い。誰だって僕の顔を見ればこんな反応をしてしまう。これは当然のことなんだ。だって僕は......』

 

 

『敵(ヴィラン)何だから』

 

その言葉に"弱き者"達は一斉に食い付く。

敵(ヴィラン)。どのような理由にしてもなってはいけない存在。けれども自分達も同じ立場になることで、その辛さが分かりなっても仕方がないと同情を覚えずにはいられない。それに......

 

 

拒否をした自分達を心配してくれた人物であり、何よりも見た目だけで判断をする。それでは大嫌いな世間と何一つ変わらない。

自責の念が、"世間に対する反抗心が、弱き者"達の心を奮い立たせる。

 

『うんうん。皆良い表情だ。その心を大事にしていこうではないか』

 

たった数分で"先生"は怖がっていた"弱き者"達の心を掴む。

"個性"を使った訳ではない、何か褒美を与えた訳でもない、親族などを使って無理やり従わせようとした訳でもなく、好意を向けただけ。それだけである。だが───

 

 

悪意を多く向けられるこの世界で、向けられた悪感情を相手に返さずに、笑顔になった他人を見て喜び好意を向ける。

理解できないものは排除しようとし、自分と違う者は否定をし続けるこの世の中で、真逆のことをした"先生"。受け入れられた後の行動は早かった。

 

失神していた人達に怖くないよ、と説得をし、"先生"を敬い、仕事に励み、大嫌いな一般市民と積極的に関わろうとする。

白部もまた"個性"の特訓に力を入れ始める。不思議なことにあれ程トラウマになっていたのに、今ではすっかりこの世界を変えたい想いから向き合うと必死になっている。これもまた"先生"の行動の影響なのかは、今となってはもう判明することはない。

 

 

 

「お、お願いします!」

 

「おう!頑張れよ!」

 

「はい!」

 

やる気になった白部は暇さえあれば、"個性"特訓用のトレーニングルームに通うようになっていた。

特別な器具とかはなく、スポーツジムにならどこにでもあるような道具で揃っていた。特訓を始める前に、付き合ってくれる新和に挨拶を済ます。

 

"個性"の特訓の付き合いとして新和が選ばれていたのは理由があった。

それは新和の"個性"姿見写し。目の前に立っている相手の気持ちが分かるようになると言う効果があり、その効果を利用して第三者目線から、白部のトラウマ克服へのアドバイスをしてもらう為であった。

 

やる気になったのは良いものの、トラウマが酷く、目を合わせて"個性"を使おうとすれば冷や汗をかき、時には吐いてしまう。吐いて動けなくなる度に相手に申し訳なくなる。それでも前に進む道にしか選択権はなくて、どうすれば良いのだろうか?と溜め息をつきながら悩んでいると、新和が遠慮なしに白部の隣に座る。

 

「湖井さんは優しい人だな」

 

「え、え、えっ!?いきなり何を言っているのですか!?」

 

突然の褒め言葉に白部は顔を真っ赤にして慌てる。

そんな白部に対して新和は笑顔で話を進める。

 

「自信を持ちなよ湖井さん。他人を傷付けても気にしない、屑が多いこの世の中で、いつまで気にして使えないのも優しいから出来ないんだ。焦ることはない。ここでは訓練をちゃんとしていれば、遅くても怒られることはないから...」

 

自分の気持ちを察してフォローする新和の優しさに答えたいのだが、照れてしまってお礼を言えない白部は、俯いたままの状態で何とか伝える。

 

「ありがとうございます...姿見さん...。姿見さんの方が優しいです...。私が吐いてしまっても気にしないで接して頂いて..."個性"の訓練にもいつも笑顔で付き合って頂ける......。私も、姿見さんのようにいつか、誰かの為に"個性"が使えるようになりたいです」

 

言い切り終えた白部はますます顔を赤くして塞ぎ込む。

時だけが過ぎ、恥ずかしがっていた白部にも流石に、何も言わない新和に疑問を持ち声を掛ける。

 

「あ、あの...姿見さん...?」

 

それでも返事をしない新和。

相手を待つつもりだったが、あまりにも反応がなくて白部は痺れを切らして顔を覗き込む。けれど、その行動は間違いだった。新和は無視をしていたのではない、黙って泣いていたから答えられなかっただけである。白部は急いで頭を下げて謝罪をする。

 

「ご...ごめんなさい!勝手に覗き込んでしまい、待っていられなくて、失礼なことを言ってしまい...誠に申し訳ございませんでした!!」

 

今にも土下座をする勢いで謝る白部。

大きな声でやっと正気に戻った新和は、目の前で白部が頭を下げているところを見てぎょとする。

 

「え、え、え、えっ!?何!?いきなりどうした!?何で湖井さんが謝っているんだ!?」

 

「だって...私が...。失礼なことを言って泣かせてしまったと思って......」

 

「別に...湖井さんは失礼なことを言っていない。寧ろ...嬉しいことを言ってくれたんだよ」

 

「う...嬉しいことですか...?」

 

思いがけない言葉に白部は首を傾げる。

 

「そう、嬉しいことだ。実は俺...。昔、俺がまだ子供の頃......」

 

「両親が事故で亡くなって、親戚の家で兄弟揃って面倒みてくれることになったのだが...その親戚の家の実の娘から、俺達は理由もなく嫌われていてさ...。嫌われながら生活をするのも嫌だから、相手に悪いと思ったんだけど、"個性"を使って何で嫌われているのか調べようとしたら相手にバレて...。気持ち悪い!あんたなんか敵(ヴィラン)よ!あんた達も死んじゃ良かったのに!!って...言われてさ...」

 

「あんまりにも酷い言葉だったからすぐには理解出来なかったし、俺も"個性"を使ったことは悪いことだから...自分も悪いと思っていたしな...。だから、俺も、"個性"を使うのがちょっと苦手でな」

 

「"個性"を使うのが苦手...。だったらどうして!私の訓練の為に"個性"を使ってくれたのですか!?」

 

新和の辛い過去の話に衝撃を受けて手で口を押さえていたが、"個性"を使えるようになった理由を知りたくて声を荒げる。

その様子に困った笑みを浮かべながら新和は頬をかく。

 

「う~ん...そうだな...。それなり時間が経って傷が癒えたのと...後は...単純に...。頼ってくれることが嬉しかったからかな...」

 

「時間...頼られて嬉しいから...」

 

白部は新和の言葉を復唱する。

言われてみれば納得出来るけど、そう簡単に解決する方法ではなかった。時間は待っていれば良いが、頼られる為には自分がしっかりと生きていかないといけない。自分と同じように"個性"に苦手意識を持ちながらも、先輩として誰かを支える新和。そんな彼を尊敬したからこそ───

 

誰かを支える為にも、この社会を変える為にも、強くなろうと決心する白部であった。




"弱き者"達がAFOを心酔する理由は仕事や居場所を与え、怖がっていた人達に笑顔を向けた。これだけです。たかが組織の一員にはあまり関わらないと思うし...。

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