「根津先生、行っちゃったね。準備って何やろか...」
呆然と麗日が呟く。
先程までの出来事が嘘のように静かになり、まるで嵐が過ぎ去ったみたいだった。突っ立っていても始まらないと思った切島が話を切り出す。
「さあな。考えても分からねえや...。今はそれよりも校長から出された課題、自分で物事を考える、俺達がヒーローを目指している理由を考えないとな」
その言葉にクラスメイト達は頷いても、会話は始まらない。
誰から切り出すのか、一番乗りは気まずい、話が始まらないのはそれだけではい。他にも原因がある。それは──
「......」
「......」
根津に否定されて落ち込む青山と、そもそも質問に答えられなかった緑谷。
二人が作り出す憂鬱とした雰囲気に呑み込まれ、また、純粋に心配でとても話せる状況ではなかったからだ。
「大丈夫か?」
轟の心配する声にも反応を出来ない二人。
様子を見守っていると、ふと上鳴が思い出す。
「緑谷ってそう言やお前───」
「"無個性"だったよな」
上鳴の爆弾発言にキキ、ウィズ以外のみんなの背筋が凍る。
元々"無個性"の話はある意味禁句であり、白部に襲われてからは白部のことや緑谷の"個性"に関する話はタブーとされていた。
特に緑谷の"個性"OFAは強力だけではなく、あの人気No.1ヒーローオールマイトからの貰い物。
羨望や嫉妬、"個性"を使う度に体が壊れていく故にある種の納得、他人に"個性"を受け渡すと言う前代未聞の行為。全ての要素が合わさった結果、どう話をすればいいのか分からず、今の今まで放置される結果となった。
まだこれでもマシな方で、酷ければ嫉妬に狂った人に攻撃される可能性もあったり、最も最悪な場合秘密を全世界にバラされる可能性もあった。
上鳴の発言は人によっては最低な発言として聞こえるだろう。けれどもそれと同時に、今のような突破しないといけない場面では大事な発言となった。
「......そうだね、出久は元々"無個性"だったにゃ。けれどもだから何なのにゃ?」
ウィズの発言が更に場を冷えさせる。
こう言った発言が価値観の違いを突きつける。飯田や蛙吹などの真面目な性格をしている人達がウィズに怒ろうとするが、相手は良くも悪くも一人の人間として認めているタイプだ。"個性"がないことが可哀想だと思っていないし、底辺だと思ってもいない。あくまでも異能の力を持っていない人程度にしか思っていない。これでは叱る人の方が馬鹿にしていると言っても過言ではない。
雰囲気が悪くなって言いづらくなる最中、上鳴は頑張って話を続ける。
「あ...いや...その...そう言うことではなく...。ほら、あれっすよ、あれ..."無個性"だと夢を否定されて大変だったよなと言いたかっただけで...」
「確かに夢を否定されることは辛いにゃ。でもそれだけで言いづらくなることなんてないにゃ」
「やけに淡白な反応ですね。まあ...俺達のいる世界と違って強い人間ばかりだから、夢を否定されて諦める人なんて...」
「私達が渡ってきた世界にもそう言う人はいたにゃ」
「えっ!?マジで!?どんな人!?」
生き方を縛られようが、その為に生まれた存在でも自分が納得する生き方を見付け、かつて殺し合っていようが、元敵(ヴィラン)だとしても気にしないで仲良く出来る強い人。
そんな人が夢を諦めると言う状態になったことが理解者出来なくて、生徒達はキキに詰め寄る。キキはカードを見せながら質問に答えていった。
「この人がミリィだよ。出逢った場所は叶わなかった夢、ロストメアがいる世界で、メアレスとして戦っていて...」
カードには薄紅梅色の長い髪を三つ編みで結び、どこかの制服を着込み、歳は緑谷達と変わらない少女が武器を持っている姿が描かれていた。
「この人がそうですか。...ところで、メアレスとは何なんのですか?ロストメアとは何なんのでしょうか?」
「それ!私も気になるー!」
八百万の疑問に芦戸が同意する。
頷いてからキキは話し出した。
「あの世界ではかつて誰かが抱いたけど、諦めて捨てられてしまった夢が叶う為に実体化したのがロストメア。ロストメアは夢を叶う為に、ロクス・ソルスと呼ばれる都市の中にある、デュオ・ニトルと言う巨大な門を通ろうとするんだ」
「これだけ聞くとロストメアを通らせて問題ないと思うとしれないにゃ。でも、一度諦めた夢を叶えさせるのには代償があるのにゃ。代償はとても恐ろしく、世界に混乱をもたらせるのにゃ。小さな島を沈没させたり、国を滅ぶすことさえもあるのにゃ」
「だから、それを阻止する為にいるのがメアレス。メアレスと言うのは夢見ざる者とも呼ばれ、例外はいるけど、君達とは違って夢を持っていない人達のことを言うんだ。夢を持つと逆に戦えなくなる」
「へぇー!そうなんだ!でも、何で、夢を持つと戦えなくなるの?」
「それな!何で夢を持つと戦えなくなるんだ!?後、何でロストメアが生まれたんだ!?」
「結構不思議な世界何だね。門が生まれた理由も気になってきたよ」
パンパン!
生徒達が異世界の話で盛り上がっている最中、手を叩く乾いた音が鳴り響く。その音の発生源は今まで黙って聞いていた、相澤が現実に引き戻す為に鳴らしたものだった。
「関係のない話をするのは後にしろ。お前達はああなりたいのか?」
生徒達の有無を聞かずにもう一度テレビをつける。
そこには......
『分かっていたのに!何も言わなかった黒猫の魔法使いが悪いんだ!!』
『きちんと話をしない魔法使いが悪い!』
『ぼくのともだち、かぞくをかえして!』
『大事だと思っているのなら!私達が理解するまで言いなさいよ!!』
『施設の人達だってそうだ!自分達が安全圏にいるから俺達を見捨てたんだ!分かり合いたいと想いながら逃げやがって!一生許さねぇからな!』
『黒猫の魔法使いも!養護施設の奴らも!被害者ぶるな!俺達を見捨てた加害者のくせに!!』
『予測出来ていたからってお高くとまって!偉そうに見下しているじゃんないわよ、この人殺し!』
どのチャンネルも、黒猫の魔法使いや養護施設の人達を避難する声で溢れ返っていた。
話を聞かなかった、考えを改めなかった、考えることさえもしなかった、間違いを認めることが出来なかった、現実を受け止められずに正当化をしようとした、多くの老若男女が自分達のことを棚に上げて醜く罵倒する姿が映し出されていた。
醜く喚き散らし、みっともない集団を見た生徒達は絶叫よりも遥かに大きな声で叫びながら想いを一致する。
「「「絶対にこんな風になりたくない(わ)!」」」
この叫び声は校舎中にも響き渡り、後世に伝えられることとなった。
「僕達だけでも出来るようになろう!」
「皆さん!どんな案でも構いません!どんどん挙げていきましょう!」
一先ず落ち着いた生徒達はすぐに席に着き、委員長の飯田と副委員の八百万は前に立って話を進める。
やる気になった生徒達を見て相澤は気だるそうに隅っこに立って見守り、キキとウィズも邪魔にならないように隅っこに立って様子を見ることにする。大人達に言われるまでもなく、話は盛り上がっていく。
「人の話を聞けるようにするッスッス!」
「上鳴テンパり過ぎ。大体、ウチらが出来なかったら今こうして話をしているんじゃん。それを今言うのは違くない?」
「いや!確認とこれからの決意として言うのはありだと思う!要は...人の話を聞けるようになる為にも...ここは一度......自分の価値観を捨てるべきだ!そうすれば!価値観が邪魔をしなくなり話を聞けやすくなる!」
「いやいや!価値観捨てる必要ないから!現にウィズさんや魔法使いさんは自分だけの価値観を持っていても人の話聞けるから!飯田も慌てすぎて変なことを言っているぞ!」
「己のアイデンティティーを捨てるなど愚の骨頂...。己が己であるからこそ、道を歩いていけるものだ」
「常闇の言う通り、価値観を捨てる必要なんてない。必要なのは柔軟性」
「それと想像力も必要だと思うわ。ケロッ」
「意外と好奇心も必要かもよ?だって興味が出れば知りたくなるじゃん!」
「あー確かに。知ろうと思わなければ何も始まらないよな」
「過去があるから未来があり、未来があるから過去がある。賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ。過去を学べば、自ずと分かるようになるだろう」
「過去を学ぶか...。形を変えたと言えども、差別は昔からあったな。今とは違うが、参考になるのは間違いない」
「でもよお...学校の授業で詳しくはやらんよな。オイラのとこだけで、他の所は詳しくやっていたのか?」
「いや。俺の所も詳しくはやらない。何年とか何が起きたのかを軽く言う程度だ」
「じゃあ...自分から調べないといけないね。受け身は駄目何だね...」
「歴史は興味ないと自分から調べないよな。こう言うの何だっけ?...探求心か?」
「柔軟性、想像力、好奇心、探求心。どれも言われるまで意外と欠けていたもんだな」
「ええ...皆様忙しいですから...。じっくりと考える余裕がなかったのでしょう...」
「忙しいからかあ...。だったら!みんなが忙しくならない世界を作るとか!?」
「おい、それ、人の話を聞くよりも難易度が遥かに高くなっているぞ!」
「ロボットが作れるくらい技術力があるのだから、仕事はみんなロボットにやらせるとか?」
「仕事をロボットにやらせたところで、"個性"による敵(ヴィラン)が生まれないことは絶対にあり得ないよな」
「そうだな...。今回の件は仕事の有る無しじゃなくて、"個性"や周囲への理解だもんな」
「そもそも、暇になったからって、歴史とか勉強するか?遊んで終わりだと思うぞ」
「それな!余計に堕落するだけだろ!」
「でも、忙しくない方が、考えてくれたり話を聞いてくれる気がする」
「忙しいと考える暇もないし、逆に余裕があると別のことに夢中になる。考えることが出来なくても、せめて人の話は聞けるようにしたいね。...で、どうしたら人の話を聞けるようになるのかな?」
「それは分からない。だが...今まで考えなかった俺達の姿こそヒントになるかもしれない」
「ヒントって何だよ?要は考えろと言うことだろ?考えようとすることにヒントがあるのかよ」
「う~ん...確かに...。考えるようとすることにヒントはないかも。考えないと!と思わないと考えることはないし...」
「今みたいに切っ掛けがないと考えないよな」
「切っ掛けですか...でしたら!ニュースとかで報道をしてもらうのはどうでしょうか!?」
「テレビ局か...。あれは駄目だろ、敵(ヴィラン)連合に乗っ取られていたし」
「そうでしたわね...。良い案を思い付いたと思いましたのに...」
「敵(ヴィラン)連合に乗っ取られなくても、テレビ局を信じるのは止めた方が良いぞ。昔、第二次世界大戦の時、日本軍が劣性だったのに優勢だと嘘をついて、国民を戦争に乗り気にさせたからな」
「うわー...。テレビ局と言うか、メディアって、怖いもんだね...」
「どこで知ったのかは忘れたけど、報道しない自由と言うものがあるらしいぞ」
「いや!それは仕事しろよ!報道しない自由って何なんだよ!?」
「テレビ局って結構極端だな...」
話の内容を聞きながら相澤をある生徒の様子を観察する。
その生徒は会話に参加せず、見た者をぎょっとさせる程の物凄いしかめっ面で前を向いていた。参加していないのは彼だけではなく、先程から落ち込んでいる緑谷と青山がいる為目立たず、会話に夢中になっていることから気付く人がいなかった。
頃合いを見計らった相澤は、その生徒に近付き声をかける。
「おい、爆豪。お前に話がある」
いきなり現れたものだから、盛り上がっていた会話がぴたりと嘘のように中断される。
「相澤先生...爆豪ちゃんがどうかしたの?ケロッ」
「爆豪、お前!凄い顔をしているぞ!これから人でも殺すのか!?」
「うっせぇ!!てめぇには関係ねぇだろうが!!!」
「爆豪は神野区の事件の件で校長から呼ばれている。お前らは気にせずに話を進めていろ」
軽く説明をしてから相澤は、爆豪を無理やりでも引っ張って連れていこうと考えていたが、思いの外自分から立ち上がって先に進み相澤を置いていく。
険しい顔付きをしていたこと、逃げるように先に歩き出したこと。後で問い詰めようと決めながら相澤は着いていくが、理由が何なのかすぐに判明することとなる。
「失礼致します。言われた通りに爆豪を連れて参りました」
三回ノックした後、根津から返事をもらって相澤と爆豪は校長室に入る。
「やあ!よく来てくれたね爆豪君...物凄い顔付きだね?何かあったのかい?」
「根津校長が提案した、あの授業中ずっとそのような顔をしておりました」
「そう...。爆豪君、どうかしたのかい?そんな顔をしていては周りを困らせるだけだよ。これでも僕は教師だ。聖徒の困りごとを解決するのが教師の仕事だ。ここには僕と相澤君しかいない。他の生徒達には話さないよ。...話をしてくれないか?」
根津の問い掛けでも黙る爆豪。
このまま黙ったままで終わってしまうのか?と、思っていた時だった──
「お......俺が......俺達が.........」
「弱かったのがいけねぇだろうが!!!!!」
爆豪の咆哮が相澤と根津の鼓膜を貫く。
爆豪の溢れ落ちた感情は、崩壊したダムのように止まらなくなる。後は吐き出すだけだった。
「否定されても動くことも!!」
「自分と違うものを認めることも!!」
「間違いを認めることも!!」
「みんな...!!みんな...!!!」
「心が弱かったから出来なかっただろうが!!!!!!」
耳が痛くなる意見や自分と違うものを受け入れ、間違えたと思ったら素直に引き返し、自分が選んだ道を突き進む。
一見して言葉にすると簡単なのだが、これはかなり難しいことである。特に自分の間違いを認めることは相当難しい。心の弱さだけではなく意地になり、ちっぽけなプライドが邪魔するからだ。あのみっともなく喚いていた集団を見れば、誰だって分かることだろう。
想像力、柔軟性、好奇心、探求心。どれも大切で譲れないものである。そして、それらと同じくらい強さも必要なものだ。特に差別のない世界を作るには強い心は必須。
神野区の事件では誘拐され、忘れたくてもニュースで毎日報道されていて、現実から目を反らすようであればあの醜い集団と同じになってしまう。だから爆豪も考えた。誰よりもストイックに強さも求めていた彼だから、みんなとは違い強い心が必要だと気が付く。
「爆豪お前...。ちゃんと考えていたのか。それだったらみんなの前でも...」
「うるせぇ!!!被害が出ているのに!心が弱いからいけねぇんだといったら!荒れて話にならねぇだろうが!!!」
「あー...確かに...。正論だけど、君の言い方、話し方で確実に荒れるだろうね」
そう、爆豪が話をしなかったのも、話し合いが下らないとかではなく、ちゃんと空気を読んで言わなかったからである。
叫びすぎた爆豪は肩で息をしていた。
本音を叫んでも爆豪の表情は相変わらず険しいままだった。先程から険しい顔をしている爆豪に、気になっていた相澤は訊ねようとするが、先に根津が思いがけない言葉を発する。
「成長をしたんだね、爆豪君」
噛み合わなすぎる言葉に相澤は呆然し、爆豪は噛み付くように反論をする。
「あぁあ゛!!?んだとコラァ!!!その脳みそは飾りか!!?寝言は死んでから言え!!!クソボケが!!!!」
「......相当指摘されたくなかったんだね...。君が自分で気が付いたことは理解している。けれど、君の成長の為にも、再度僕の口から言わせてもらうよ」
暴言を吐きまくる爆豪に対して、根津は動じずに涼しい顔をして続ける。
「君は体育祭の選手宣誓の時、荒れると分かっていながら一位を取る宣言をし、決勝戦で相手が本気を出していなくても、見事宣誓通りに一位を取ることが出来た。君は、相手が全力を出していないものだから、頑なにメダルを受け取ろうとしなかった。そんなプライドの高い君が──」
「己の間違いを認めることが出来た。それは素晴らしいことだよ」
"自分と違うものを認めることも!!"
この言葉は"無個性"と言うことで虐めていた爆豪にも含まれる言葉だ。雄英高校入試で一位を取れた彼がそのことに気が付かない訳がない。
考えている内に己の罪を自認することとなり、爆豪の心は荒野となる。その影響で、形相で今にも人を殺せるのではないか?と勘違いされる程険しくなっていたのだ。
まだまだ続く反省会。自覚しただけと言えども、大きな一歩を踏み出した。