後、新しいタグを付けました。
一日の半分が過ぎて、世間の大半は昼食の為に仕事を一時中断するこの頃。
とある屋敷の部屋に、男性と少女が向かい合って座っていた。
少女は長い金髪を密編みにしており、青い瞳はルンルンと楽しそうにしていた。服装は黒猫のワンポイントが入った青のパーカーに黒のズボンを履いて、少しボーイッシュな感じだ。男性の方は逆立った金髪に痩せこけた頬、窪んだ目からは想像できない程の鋭い眼光。骸骨の様な男性は白のシャツに黄土色のズボンを履いたカジュアルな格好をしている。
この二人の居る部屋は豪華な和室で、今は昼食をとっている。
昼食である鍋の匂いが部屋中を漂い、少女をルンルンとさせ、男性はそんな様子を微笑ましく見ていた。
鍋の準備が終わった女将は丁寧にお辞儀をすると部屋から出ていく。
女将が静かに退出すると、二人はそれぞれの飲み物が入ったコップを持ち上げてぶつける。
「「乾杯」」
二人は美味しそうに一杯目を飲み干したのであった。
一杯目を飲み終え、互いに労いの言葉をかける。
金髪の少女はカツラを被ったキキで、骸骨のような男性はトゥルーフォームのオールマイト─本名八木 俊典【やぎ としのり】。
「お疲れ。レイラドル少女」
「お疲れ様。俊典」
「...君はやっぱり呼び捨てだよね...」
「?嫌だった?」
気軽に名前を呼び捨てにするキキ。
慣れない呼び捨てに八木は苦笑いする。そんな八木の心境が分からないキキは首を傾げる。
「いや、別に嫌じゃないよ。ただ単に慣れていないだけさ」
「そう?それならよかった」
キキはそう言うと鍋をつつく。
よく煮込まれた鰆を箸でつまみ、ポン酢に絡めて食べる。口の中に入れた瞬間、鰆の柔らかい食感、ポン酢の爽やかな酸味と優しくもしっかりとしたで汁が口の中に広がる。
一口口に入れただけで頬が緩む。
その様子を見た八木は優しく微笑みながら言う。
「君は本当に美味しそうに食べるね」
「うん。本当に美味しいからね」
キキは満足そうに返事をする。
返事を終えると次々と鍋の具を口の中に入れていく。だが...
美味しそうに食べていたキキの瞳から突如涙が零れる。
「レイラドル少女!?いきなり、どうしたのか...!?」
いきなり泣き出したキキに大慌てになってしまった八木は、ガゴッと机に足の脛をぶつけてしまう。
多少ダメージが残る地味な痛みに悶えつつも、宥めようと足の脛をさする。
「~~!!泣いていても何も分からないよ。どうしたのかね?教えてくれないか?」
キキはグスグスと泣きながら答える。
「......鍋を食べていると。目明かし達のことを思い出したんだ」
静かに語り出すキキ。
途中ティッシュで鼻水をかんで中断するが、鼻かみ終えるとゆっくりと深呼吸をし、それでも間を開けてやっとのことで話し出した。
「みんなで話をしたり、ふざけたり、こうやって鍋を食べたり...ううん...それだけじゃない」
「他の世界でも楽しく過ごせたのに...自分の気持ちに正直に動いても......何も問題なかったのに!!」
キキは話ながら泣きながら色々なことを思い出す。
色んな異世界で色々な人達と談笑をしたり、食事をしたりして楽しい日々。
辛いこともあったが共に困難な道を歩み乗り越え、その先のみんなの笑顔。
勿論不幸なこともあった。
状況的に勘違いされて攻撃されたり。すれ違いした故に喧嘩をし、戦うこともあった。けど...直ぐに勘違いだと理解してもらえたり、仲直りをすることは出来た。人によってはだけど、敵対した人でさえも仲良く出来たこともあった。
けど...
今は...
「どうして!」
キキは今までの不満を込めてありたっけ叫ぶ。
「こんなことになっているんだ!!」
八木はただただ見詰める。
キキのこれまでの苦しみを全てを受け入れるように。
「ボクはただ苦しんでいる人を面白がって見ている人を許せなかっただけなのに!」
「ただでさえ、人を助けるのは難しいのに!それを邪魔したから怒ったんだよ!悪いのはそっちなのに...!なのに...!!」
「なんで......」
「こっちが悪者になっているんだ!」
「活動の邪魔されないといけないんだ!」
「ずっと悪く言われ続けないといけないんだ!...それに...」
今はヒーロー活動を行えば邪魔をされ、ただ普通に生活をしていても誹謗中傷の的にされる。
でも、それだけではなかった。
「なんで!なんも関係の無い施設の人達まで悪く言われければいけないんだ!!」
キキが生活している施設でさえも的にされていた。
職員は勿論、保護されている子供にも被害が及んでしまったのだ。
色々とあるのだが、幾つかの例を簡単に紹介するとこんな感じである。
キキは児童養護施設では外での仕事をしている。
場所によっては人目につくこともあり、通行人にじっと見詰められることもある。一々視線を気にしていたら仕事にならないので、気にせずに仕事をしている時のことだった...。
「おい...!そこのお前!」
「ここの職員に用があるのでしたら、私がお相手致しますよ」
荒々しくキキに声を掛ける男性。
その声が自分に掛けられたものとは知らず、キキは掃き掃除を続ける。そもそも見知らぬ人からのお前呼びに応える義理なんてない。あっちだって警備員─池亀(いけがめ)を無視しているのだから。
振り向きもしない、気にも止めない、無視続けるキキの姿に腹を立てた男性は空き缶を敷地内に投げ込む。
「...お前のことを呼んでいるんだよ!耳あんのかコラ!!」
「さっきから黙って聞いていれば!職員を侮辱し!空き缶を投げ入れる!今すぐこの場から立ち去りなさい!でなければヒーローや警察を呼びますよ!」
缶を投げ入れる音、怒鳴り声、騒ぎが大きくなり無視していられる状態ではなくなった為キキは後ろを振り返る。
「...何の用」
不機嫌な様子も隠さずに扉の前までに近付くキキ。
その様子に男性は更に腹を立てて怒鳴る。
「何の用!?何の用じゃねえよ!!人が話し掛けているのに無視してんじゃねぇよ!!」
互いに嫌悪感を丸出しに空気は、どんどんと止まらなくなる程に悪くなっていく。
「ここで喧嘩はお止め下さい!レイラドルさんも、その人の相手をしなくて良いです!私が対処しますから!」
すかさず池亀が止めに入るのだが、二人とも聞く耳持たずに互いに睨み付ける。
男性はキキに文句を言いたいし、キキは自分が喧嘩を買って逃げずに相手をした方が良いと思ったからである。...直接文句を言いたい気持ちが強かっただけでもあるが。
「それが人に話し掛ける態度?」
「ああ、そうだ!お前が無視するのが悪い!ったく...!あの忌々しい黒猫の魔法使いと声までそっくりとか...見ているだけで気分が悪くなる!」
「だったら話し掛けないでくれる?こっちだって仕事で忙しいんだ」
「お二人ともお止め下さい!」
池亀の制止も聞こえずに互いに睨み合い口論は続く。
ずっと続いてしまうのではないか?と池亀が頭を抱えていると、意外な人物が止めに入ってくる。
「おうおう、こんな所で喧嘩とかいい度胸だな」
その人物は豹郎だった。
いつの間にか男性の背後の立っており、人よりも大きく獣特有の鋭い爪のある手で肩を掴んでいた。
「痛!ヒッ...!」
怪我をしない程度に肩に食い込む爪、豹郎の笑顔から覗く牙。
分が悪いと悟った彼は、覚えていろ!と捨て台詞を吐いて去っていく。今回の件はこれで一先ず解決したのだが、問題がこれで解決する訳ではなかった。
「...えっ..!そんなことがあったのかい?!施設ってあの児童養護施設でしょ?何でそこも?!」
キキから聞いた出来事に驚きを隠せない八木。
苛立ちを隠せないキキは、八つ当たり気味にキッと目を鋭くする。
「そんなことこっちが聞きたいよ!!...でも...もしかしたらあの事件のせいからもしれない...」
「あの事件?あの事件とは一体何のことかい?」
八木の質問にキキが苦しそうに胸を押さえる。
そのまま数十秒間の間考え込むと、キキの表情がまるで苦虫を噛み潰したような表情になったまま話し出す。
「...もしかしたら何だけど...マスコミに囲まれたボクを助けようとして、職員の人がマスコミの一人を殴ったことかな...?」
新聞に載る程でもない世間的には小さな事件だったが、養護施設的には大きな事件が起きていた。その事件が起きた時期はキキがヒーローになったばかり頃だった。
一般人としてキキが表門から施設に入ろうとした時、マスコミに腕を掴まれてしまったのだ。しかも最悪なことに、小屋の中に居た警備員が止めようとする前に人混みで出入り口を封鎖されてしまい止められなくなってしまう。
「ちょっと君!話いいかな!?」
「お...!本当に君、噂通りに黒猫の魔法使いに似ているね!まさか...君が本物!?」
「そんな訳がないさ。こいつは"無個性"らしいからな!でも...ここまで似ていると...何か繋がりがありそうだな。ちょっと話を聞かして!」
キキの返事を聞かずに勝手に腕を掴んだり、あまつさえバックの中を漁ろうとする。
反撃しようとしたところでキキは、立ち止まることしか出来ないことに気が付く。どんな理由があるにせよヒーローが一般人に手を出してはならない。反撃も出来ないまま、しゃがみこんで嵐が過ぎ去るのを待つ。そんな時だった─
「お前ら!何をしている!」
騒ぎを聞き付けた紫色の髪の鋭い目付きをした男性─天意(てんい)が駆け寄ってキキとマスコミの中に割り込む。天意が鬼のような形相で睨んでもマスコミは一歩も引かず、それどころか睨み返して逆ギレをしていた。
その様子に天意の堪忍部の緒が切れる。
「お前ら...!いい加減にしろ!!人のことを敵(ヴィラン)、敵(ヴィラン)と...言っているが!お前らの方こそ──」
「人に迷惑をかけて敵(ヴィラン)じゃねえか!この屑どもが!!」
天意は罵倒共にマスコミの一人を殴る。
これにより騒ぎが大きくなったのは言うまでもなく、キキや他の職員の人達が止めて何とか騒ぎを収めたとしても、世間と養護施設の溝が更に深まるだけとなった。
「そう言うことか...。でも、それは、職員の人も悪いんじゃないの?マスコミが悪いと言っても、もう少し言い方があるだろうし、殴るのは駄目だよ...」
話を聞いた八木は落ち着いて反論する。
しかし、今のキキには逆効果だった。キキは怒りで頭に血が上がり、感情に身を任せるままに大声で怒鳴る。
「はあ!?天意が殴って止めてくれてなければ!バックの中を漁られて!今頃正体がバレてしまっていたところなんだけど!そもそも勝手に!バックの中を漁って殴られるようなことをするのが悪いんだ!」
「す、済まない」
鬼のように怒鳴るキキに、八木はたじたじになってしまい。
(これは...失敗してしまったのだろうか...)
八木は怒っているキキを見ながら考える。
元々この鍋はキキを接待する為に用意された物である。今は冬で鍋が美味しい季節であり、"個性"で記憶を見た時他の異世界の仲間とワイワイ楽しみながら、美味しそうに食べていたことから選ばれたのである。
オールマイトの親睦を深めると共に、食事で機嫌を取ろうとしたのだが、上手くいくどころか、鍋を引き金に不満を爆発させてしまったのだ。
「いくら...刃と約束をしたとはいえ...他の人達まで被害が出てきたら...ヒーローを続けることは出来ないよ。...しかし...なんで、敵(ヴィラン)と同じことをやっていることに気が付かないの?やっている人達は馬鹿なの?」
キキは約束を果たせないことを申し訳なさそうに呟く。
呟いているうちに不満が溜まったキキは、嫌がらせをしてきた人達に罵倒で愚痴ると、用意されていたジュースを一気に飲み干す。
八木の顔はすっかりと青ざめてしまう。
冷や汗を流しながら八木が考え込んでいる間も、キキはやけ食いやけ飲みをする。このままでは食事会が終った途端、施設の人達を守るという名目で、無理にでもヒーローを辞めるのは誰の目にも明白だ。
八木はストレスのあまり吐血してしまうが、一生懸命頭を回転させ、何とかして説得しようと試みる。
「...レイラドル少女。念のために聞くけど...君がヒーローをやりたくない理由って。ヒーローの数が元々多いこと、一般市民にずっと悪く言われ続け嫌がらせをされること、関係ない施設にまで被害に遭ったこと。これでいいんだよね?」
キキはこくりと頷く。
「ならば、話は早いな。...私からもハッキリと言う。ヒーローの数は多いが、その分質が低いのも多いと私も思っている。...と言っても恥ずかしい話、君がこの世界に来るまでの間、少しそう思うだけで疑問には感じていなかった。ただ、私が、平和の象徴として頑張れば良いと思っていた」
キキは何もせず静かに話を聞く。
それを確認した八木はゴホンッと一つ咳払いして、呼吸を整えてまた語り始める。
「けど、君や君の仲間は違った。どんな敵でも、どんなに不利な状況でも、逃げずに命懸けで戦った。君の記憶を見た時、安い表現だが身体中に電流が走ったよ。こんなにも人の為に体を張る人がいたんだと。そして...本当に我々は情けないと実感したよ...。...はっきり言って、これは差別的だが。君の友達にサポート道具を作る少女─エリン少女がいただろ?あからさまに戦うことが出来なさそうなのに...そんな少女が仲間の為に命を懸けて戦った。...だからこそ、あの言葉が胸に響いた痛い程にね。...本当に現状の問題をそのまま見てきたような言葉だよ。全く!我々が情けない!!」
急に叫んだ八木に驚いたキキはビクッとしてしまうが、八木は高ぶった感情に呑まれながら、更に声量を上げて自分の意見を答える。
「だから!変えよう!この考え方を!ヒーローも!一般市民も!私は、これでも、平和の象徴だ。人気も、影響力も、有ることを自負している。だから......」
八木はここで深呼吸をして一旦自分を落ち着かせる。
落ち着くといつものように、オールマイトの時で活動する時の笑顔となる。
「私たちで変えよう。このどうしようもない考えを」
キキの口から言葉にならなかった声が漏れる。
「...それにねレイラドル少女。あの施設に関しては、三日前の事件で気になったから調べたんだけど...。元々レイラドル少女と関係なく、元々少し折り合いが悪かったらしいよ。だから、そこまで気にしなくていいんだよ」
優しく笑って八木は言い終える。
キキは黙っているだけだが、静かに微笑んで頷く。キキの頭の中でこの世界での出来事が駆け巡る。
初めてこの世界に来た時、何だか見た目が個性的な人が多いと思った。
この世界での初めての戦闘をした時、一般市民とヒーローの考えがあまりにも可笑しくて頭が痛くなった。
児童養護施設オアシスに連れて来られ過ごしていたのだが、キキを苦しめる切っ掛けとなった動画がそこでも話題になっていた。
その動画を観た職員の皆が言う。我々の代わりに怒ってくれてありがとう。ああ、この世界にも、まだまともな人がいることに心底嬉しくなった。
だから──
決めたんだ。彼らの考えが間違っているって否定しようと。
分かっていたことなのに、鍋を食べただけで泣きたくなるなんて随分と心が弱っていたんだ、とキキは自分のことを蔑んだ。
あの事件があってから言われたんじゃないか、この施設は前から民間人と上手くいっていませんと。
なのに...なのに...
長く深く溜め息をするキキ。
溜め息を終えたキキは意を決して八木と対面する。
「俊典ごめん。取り乱して」
「いいんだレイラドル少女。君の気持ちを考えれば、当然さ」
「...でも...いや...ありがとう。お陰で、決意を取り戻す事が出来たよ」
「そうか。なら、また頑張ってくれるか?」
「うん。頑張るよ」
キキは笑ってもう一度誓う。八木もまた安堵の笑みを浮かべる。
和やかな雰囲気へと戻り行く。
キキと八木は最終的に笑い合い、楽しく食事会をしたのだった。