亜琉帝滅屠麗埿偉〜ultimate lady〜   作:大岡 ひじき

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『大岡ひじき……!?知らんな、そんな名は。
俺の名は、戦慄のばしょうかじき。
…なにか、勘違いをしているようだな。』

………誰かに指摘されたらこのネタをやろうと思ってたんですが、感想欄でSHVさんにその上をいかれてしまったので、おとなしく匿名設定外すことにします。
お騒がせして申し訳ありませんでした。


萎血〜ichi〜

「悪ィな、(あきら)。手伝ってもらって。

 俺も含め、ここの職員は全員、このテの作業が苦手でな。」

「いいえ。このくらいならお安い御用です。」

 一応職員用の筈なのに、職員に使える者が居ないという、何の為にあるのか判らないパソコンに向かって、頼まれた資料を作成していたら、凝視するような視線を感じた。

 その視線の元を振り返って、その目を見返して問う。

 

「………富樫さん、何か?」

「…ん?ああ、悪りぃ。

 ちょっとした角度とか表情が、最近ますます藤堂の野郎に似てきたなと思ってさ。」

 塾長秘書の富樫さんはここの卒業生で、父と年齢が同じだが、学年は一年先輩にあたるらしい。

 

「……よく言われます。」

 顔だちについては勿論ながら、母に言わせると、

『物事に対する反応や発想、更に行動パターンがほぼ同じ。あの人をそのまま女の子にしたら、まず間違いなく貴女が出来上がる』

 のだそうだ。

 ぐぬぬ。なんと失礼な言い分であろう。

 素の私はおしゃれキャットのマ○ー、ローラ○シュレイの花柄ファブリック、咲きたての可憐なスズラン、そしてプリンとカスタードシュークリームが大好きな、女の子らしい感性を持った普通の女の子であるというのに。

 父親そっくりの悪人顔に似合わないとか言うな。

 

 …幼少期は際限なく甘やかしてくれていた父が、私に厳しく接するようになったのは、私がまだ小学校に入学する前、乳母も務めた専属の女中に誘拐されてからの事だった。

 母と同じ時期に出産した子を生まれてすぐに亡くして私の乳母になったという彼女が、私の世話をするうちに、私を自分の娘と思い込むようになった末の犯行だったそうだ。

 けど、知らない場所に連れていかれ、両親を恋しがって泣く私に、『あなたのお母さんは私で、あの家にいるのは本当の母親ではない』と般若のような顔で叱りつけた彼女よりも、その事件の後で思いつめた父の、

『己の身すら己で守れぬようではこの先、どのみち生きてはいけん。女の身であれば尚更だ。今日より貴様が女であること、俺は忘れることにする。』

 と、藤堂財閥の総力を挙げて無事身柄を確保された直後の私に言い放った、その時の地獄の修羅のような表情の方が、より強い恐怖として、私の記憶に刻まれている。

 その日から厳しい修業を私に課し、できないと泣けばできるようになるまで続けさせ、それまで蝶よ花よと育てられてきた深窓の令嬢だった私にトラウマを植え付けるくらい、大好きな『おとうさま』の豹変は衝撃的だった。

 …まあ要するに過保護と溺愛があさっての方向に極まった結果だったわけだと今ならば判るのだが、これも母に言わせれば『それを過保護や溺愛と素直に受け取れる時点で発想が一緒』らしい。

 実に不本意だ。

 …ひょっとして母は、本当は私の事が嫌いなんじゃないだろうか。

 どうも私に対してのツッコミに、容赦がなさすぎる気がしてならないのだが。

 

 それでも父が『もう教える事はない。あとは己の力で技を磨き、更なる研鑽を重ねていけ』と言ってくれるところまで、割と早い段階でたどり着けたのは、その父譲りの才が、私の成長を助けたからだ。

 どこまでも私は父親似で『藤堂豪毅の娘』だった。

 

「こんなに似てんのに、なんで最初に男塾(ココ)で会った日に気付かなかったかね、塾長も。」

「藤堂には娘しかいないと知っていたからでしょう。

 入学試験の時は、完全に男だと思っていたそうですから。

 見たような顔とは思っていて、名前を聞いて驚いたと、後から仰っていましたし。」

 男塾は基本、男子校だ。

 しかし女人禁制の旨は、実は募集要項には記載されていない。

 それは、単に女性が入学を希望する想定をしていないというだけの話で、もし事前に判っていたら、私は入学試験を受けるに至らず弾かれていたはずだという。

 それが何故か書類段階で弾かれずに入学試験を受けるに至り、『合格』と塾長が宣言した後にようやく気がついた事で、撤回ができなかったのだと後から聞いた。

 

「最終的には女優になりたかったって言ってただけに、その辺の擬態はちゃんとしてたもんな、お前さんは。」

 父は私に実力で合格しろと厳命し、ごく普通に入学願書を出したのみで、敢えて事前に塾長にご挨拶には伺わなかった。

 その分入学金に上乗せした寄付金は弾んだと聞いたが、それで私への待遇が特別になるわけではなかったし、私自身もそれを望まなかった。

 私が総筆頭の座を最初から奪い取りに行ったのは、あくまでここで平穏無事に過ごす為。

 端的に言えば浴室付きの個室を確保する事と、父に話だけは聞いていた、裸にならなければいけない内容の、幾つかの授業を回避する事が目的だった。

 総筆頭は、基本的に教官より権力があると聞いていたから。

 

 …結果として、平穏無事を目指すなら学年筆頭で満足しておくべきだった。

 誰だ男塾制覇するなんて言ったやつ!私か!!

 ごめんなさい調子こきました。

 総筆頭となる事で個室は確かに確保できたが、男のフリはしていても基本的に本物の男よりは華奢な私が総筆頭になった事は、『アイツに取れる頂点(テッペン)なら、ひょっとして俺でもいけんじゃね?』と、ちょっと腕に覚えのある者に思わせるに、充分な事態であったのだ。

 総筆頭となった者は、自分がそれを成した時と同様、挑戦してくる者に対して、それを拒む事は許されない。

 一号生の時期が一番キツかった。

 上級生だけでなく同じ一号生からも絶え間ない挑戦を受け、その全てに勝ち続けて、ようやく父に鍛えられた頃まで闘いの勘を取り戻した頃、最上級生の三号生が江戸川さん1人を残して卒業した。

 私も二号生に進級して、その頃には私の強さを疑う者は居なかった。

 …のは新入生が入ってくるまでの話で、私たちの後輩にあたる新たな一号生の何人かからは、その後半年に渡り数度の挑戦を受けてそれを退けた。

 そのうち1人は、次第に私に叩きのめされる事に喜びを見出し、違う世界の扉を開けたがそれは別にいい。

 そいつらの挑戦が収まると、今度は『新生関東豪学連』とかいう奴らが攻め込んできて、校庭で観戦料を取って闘う羽目になり、それを退けた2ヶ月後に、どうやら詳しく説明してはいけないらしいが男塾設立当時から敵対しているという北国の宿敵がちょっかいをかけてきて、こちらは男塾が抱える『特号生』という、一応は職員扱いの臨時戦闘要員ポジションにいる大豪院という人(多分私より10歳以上年上)と協力して、先日ようやくこちらの支部を潰したばかりだ。

 その闘争の最中に私は三号生に進級し、入塾した時には最上級生だった江戸川さんと同級生になってからは、新一号生の挑戦を受けることもなく、そこそこ平穏に過ごしていた。

 その時一号生は一号生ですごい問題児を抱えていた、というのは後から聞いた話だ。

 

 ともあれ、一応は総筆頭として揺るぎない地位を築く事に成功した私の、そうする事で守ろうとした女としての人生が、逆にそのせいで一方では完全に終わった気がして仕方ない日々に、光明が見えたのは突然だった。

 

 ☆☆☆

 

「……と、もうこんな時間か。

 そろそろ戻っていいぞ。

 朝早くから、手伝いにきてくれてありがとな。」

 と富樫さんに言われて時計を見れば、あと数分で始業時間というタイミングだった。

 

「どうせなら最後まで終わらせて行きますよ?

 三号生は、授業らしい授業などありませんし。」

 強いて言えば、卒業後のヴィジョンを明確に、実現に向けて動くのが三号生としての1年間だ。

 それぞれの得意分野を見極め、卒業後の進路への準備をする期間。

 何しろ、男塾は学業的に言えば授業内容は小学校低学年レベルだ。

 ここの授業を基準に勉強していたら、大学受験など天より高いハードルになってしまう。

 そして勿論、進学も就職も人生の最終目的ではないわけで。

 この私塾は、将来の日本の舵取りをしていく人間を育成するのがコンセプトであり、それは最終的には、この日本という国の国力を上げていく事に繋がる。

 言われたことしか出来ない人材など、国のトップには必要ないのだ。

 ちなみに最近辞意を表明した剣総理はこの男塾出身であり、卒業後は東大に進学した後、ハーバード大学に留学している。

 在学中、一号生のうちに総代(この当時はまだ『総筆頭』という名称はなかったらしい)の座を譲られた彼の伝説と足跡は、未だにこの塾のあちこちに残っており、この塾を卒業してすぐ塾長秘書となった、彼と同学年である目の前の富樫さんなどは、その伝説をリアルタイムで近くで見続けてきた人…らしい。

 どうも私にはあまり言いたくないようで、詳しい話は聞けていないのだが。

 

「いや、実は俺の方がこのあと野暮用でな。

 今からここを離れなきゃならん。

 事実上の職員待遇とはいえ、一応は塾生であるお前さんを、1人で職員室に置いとくわけにはいかないんでな。

 悪いが一旦出てくれると助かる。」

「判りました。では、明日の朝にまた。」

 富樫さんの野暮用というのが少し気にはなったが、私は頷いて席を立つ。

 2人で部屋を出て、富樫さんが職員室に施錠したのを見届けてから、私は一礼して、そこから同じ棟にある自室に、一旦戻ることにした。

 今、私が使っている個室は、三号生に進級してから充てがわれたもので、以前は富樫さんの前に塾長秘書を務めていた方が使っていた部屋だそうだ。

 一号生と二号生は、校舎の敷地から少し離れた『男根寮』で生活するのだが、三号生は敷地内にある別の寮へ移動となる。

 だが今回、江戸川さんが卒業せず未だ在学中の為、三号寮の個室が空かなかった。

 それまでずっと三号生筆頭として、また総筆頭補佐として手助けしてくれていた彼を、今更一般塾生との同室に追いやるのも気が引けて、許可を取って私は近くに部屋を借りる事にでもしようと塾長に相談したところ、この部屋を使えと提供されたのだ。

 実際に寝起きする部屋と浴室は、執務室から続き部屋になっており、執務室と自室の間にキッチンがあって、煮炊きも充分にできる仕様になっている。

 ここで非常に残念なことは、私に作れる料理が目玉焼きくらいだということだが。

 これを、宝の持ち腐れという。

 仕方ないよね!私、お嬢様だし!!

 

 ちなみに余談だが、食事は二号生の頃までは、みんなと一緒に寮の食堂でとっていたのだが、三号生は基本的に当番制で、江戸川さんが立てた献立表とレシピに従ってみんなが作るシステムに変わった。

 総筆頭の私は当番から免除され、出来たものをこの部屋まで、当番の1人が持ってきてくれるようになったのだが、ここに来て初めて、男根寮の権田寮長のつくるごはんがおいしくなかったことを知った。

 …いや味が判らなかったわけじゃないんだよ!

 口に合うか合わないかで言えば合わないとしか言いようがないんだけど、それまで食べていたものと内容があまりにも違いすぎて、これが庶民の普通の食事なんだと思い込んでいた。

 そして改めて知ったこと。

 藤堂の実家で食べてたものって、全然贅沢な食事とかじゃなかった。

 味は勿論美味しいんだけど、内容はむしろ質素。

 騙されてたと思うと同時に、もしも金持ちの令嬢らしい贅沢に慣れた舌であったなら、ここの生活に耐えられなかったろうとも思う。

 そう考えると父はいつから、私を男塾に入れようと考えていたのだろう。

 ここでの生活で私に学ばせようとしたものは、一体なんなのか。

 正直、未だに掴めていない。

 ちちうえ、と思わず呟いた言葉は、

 

 

 同時に鳴り響いた銃声にかき消された。

 

 

 今のは校庭からだ。

 またどこかの勢力でも攻めてきたのか!?

 私は舌打ちをひとつして、傍の愛刀を手にし、自室を飛び出した。

 

 ☆☆☆

 

「ヘタ打ちやがったな。一号のボケ共が。」

 二号生の教室の前を通りかかると、全員が窓から校庭を見下ろし、あまつさえゲラゲラ笑っていた。

 

「……どういう事だ?」

 その背中に声をかけると、全員が一斉に、まるでバネのように振り返る。

 そのうち数人が、同時に私の名を呼んだ。

 

「……藤堂さん!」

「総筆頭!!」

 ふざけた笑い声が止まり、その場に緊張が広がる。

 

「状況を報告せよ。何があった?」

 塾生たちの前では私は男である為、父の口調を真似る事にしている。

 幼い頃、父のオフィスに連れていってもらった際、部下たちに指示を出す父の姿は、本当に格好良かったから。

 

「はっ!

 現在校庭に拳銃を所持した若者と、その身内らしき、ヤクザと思われる男たちが数名、3台の車で乗り込んできております!」

 答えたのは二号生の筆頭で、名前は……うん、覚えてない。

 けど、新一号生の頃、私に挑んできた1人だった事は覚えてる。

 それにしても…ヤクザだって?

 

「なんでそんな事に…。」

 おっと。あまりのことに口調が崩れてしまった。

 

「昨日の午後、一号生の課外授業で渋谷のセンター街に赴き、風紀指導を行なったと聞いております!

 その指導を受けた者の中に、あの先頭の若者がいたようです。」

 見れば、拳銃を手にした背の小さい若者と、その後ろに数人の黒服、そして今耳にした通り、3台の高級車。

 どうやら発砲したのは、あの青年で間違いないらしい。

 

「カッカカカ、出て来やがれ!

 この俺の頭に見覚えのある奴等──っ!!

 この(オトコ)・安東洋明が、昨日のオトシマエつけにきたぜ──っ!!」

 ……という事は、茶色の髪を耳の周りだけ残して後は丸刈りという珍妙なヘアスタイルは、自分の趣味でしているわけではないと。

 当たり前か。

 あれが狙ったデザインなら前衛的すぎるわ。

 うっかりその奇抜な頭に見入っている間にも青年は、自分の後ろにいるのは叔父で、日本一の極道の親分だと声高らかに宣言している。

 

 兎にも角にも校庭でこんな騒ぎ、見過ごすわけにはいかない。

 ここのポリシー的に塾長や教官は、塾生のトラブルに介入できないが、私は塾生の長なのだ。

 彼らを守る義務がある。

 

 というか、こんなの普通に近所迷惑だ。

 近隣住民の皆様、いつもお世話になっております。

 

退()け、貴様等。私が行く。」

 状況説明を受けた二号生の教室にずかずか踏み込み、窓に群がっていた塾生を散らす。

 そうして窓枠を乗り越えると、私はそこから飛び降りた。

 

 …二階って結構高いな。

 格好つけるんじゃなかった。

 

 ・・・

 

「……な、なんだテメエ!」

「男塾三号生及び総筆頭・藤堂(あきら)

 うちの塾生が失礼した。だがここは神聖な学舎(まなびや)

 物騒な得物はしまって、早々にお帰りいただきたい。」

 飛び降りた際にちょっと腰に衝撃がきたが、なんとかふらつかずに立ち上がることができ、悠々とした足取りで、青年の元へと歩み寄る。

 こういった演技(ハッタリ)は大事だ。

 

「なんだと!?俺をなめてんのかコラッ!!」

 だが、それも相手を刺激する事にしかならなかったようだ。んもう、(あきら)ちゃん悲しい。

 ていうか彼の後ろの方で、『あっちゃー』とか小声で呟いた黒服サングラスの男が、さっき別れたばかりの人に激似なのだがどういう事だろう。

 

「まあいい、てめえは人質だ!

 俺をこんな頭にした奴が出て来ねえなら、てめえをぶっ殺す!!」

 青年がそう言って、拳銃の銃口を向けると同時に、私は我が愛刀……入学祝いに父から贈られた、蔵林厳(ぞうりんげん)正宗*1の鯉口を切った。

 

「俺は、マジだからな!!」

「承知した。その言葉を覚悟と受け取ろう。」

 そして……次の瞬間、

 

 

 

 抜き放った刃の居合の軌跡が

 

 

 青年が持つ拳銃の、その銃口を斬り飛ばした。

 

 

 

「………いいぃっ!!?」

 短くなったそれと私を交互に見て、先程安東と名乗ったその青年が、変な声を上げる。

 

「……刀も銃も同じ事。

 抜いた瞬間、そこから(タマ)()り合いだ。

 …殺される覚悟もない奴が、安易に『殺す』などと口にするな!!」

 その顔色が赤くなったと思ったら、そこから一気に青く変わっていくのを見据えながら、私は刀を鞘に収めた。と、

 

 パチパチパチ……

 

 その場の緊張感を払うような拍手の音が響き、その場の全員がそちらに視線を移す。

 

「ハハッ…よっ、千両役者!!

 最初は下手くそな学芸会かと思ったけど、主役が出てきた途端に舞台が変わっちまった。

 初日から遅刻しちまったが、これを特等席で観れたから、ラッキーだったな。」

 そこに居たのは、涼しげな微笑みを浮かべた、端正な顔立ちの青年だった。

 …どことなく見覚えがある顔な気がするが。

 

「……貴様は?」

「剣 獅子丸。今日からここの塾生です。

 よろしくお願いします、先輩。」

 剣。

 その名を聞いてよもやと思い、その顔を改めて見返して確信する。

 先の総理大臣、男塾伝説の総代。

 目の前の青年は、私の知っているその人の顔を少し若くした容貌だ。

 かの人は面長で、この青年はやや丸顔なので、ここに残っている写真の彼よりも幼く見えるが。

 彼はその人の血縁…恐らくは息子に違いない。

 

「…ここでの挨拶は『押忍』だ。

 剣。覚えておこう。

 何か困ったことがあれば、訪ねて来るがいい。」

 心の昂りを押し隠して、私はそれだけ口にする。

 

「押忍!ごっつぁんです!!」

 伝説の血統は素直に頷くと、イイ笑顔で返してきた。

 

「てめえら!俺を無視すんな──っ!!」

 と、すっかり存在を忘れていた安東(なにがし)が、少し気を抜いていた私に殴りかかって来ようとし……

 

「…ヒエエエ───ッ!!」

 瞬間、剣の手から振り下ろされた刃が、安東の丸刈りの頭皮に、触れる寸前で止まっていた。

 抜く手すらはっきり見えなかったそれは、どうやら学ランの下に隠していたらしい。

 その太刀筋を見て、一目でわかる。

 彼は…………私より、強い。

 

 …………瞬間、天啓が降りた。

 

 そうか。そうだったのね…『おとうさま』。

 なあんだ、それならそうと言ってくだされば良かったのに、知らないからうっかり頂点(テッペン)取ってしまったではないの。

 

 恐怖のあまりへたり込んだ安東から視線を移して、剣が後ろの黒服達に声をかける。

 

「どうした。助けてやらんのか。相手になるぜ。」

「やはり血は争えんな。」

 剣の問いかけにそう返してきた黒服の声に、私は、『ああやっぱり』とため息をついた。

 

「野暮用ってこの事だったんですか…富樫さん。」

「悪く思うな、(あきら)

 そいつを試すつもりだったところに、お前さんが入ってきたんだ。」

 そう言って、黒服の富樫さんがサングラスを外す。

 …いや、サングラス着けてても、右目の上から頬にかけての特徴的な傷痕が隠れてないから、普通にわかりましたからね。

 

「試す……?」

 言われて、剣が怪訝な目を富樫さんに向け、立っていた黒服が全員、着けていたサングラスを同じタイミングで外して、顔を見せた。

 

「ああ、ちょうどそこの坊やが殴り込みかけるってんでね。」

「趣旨とはズレたが、いいモン見してもらったぜ。

 なるほど、話にゃ聞いてたが、顔だけでなく太刀筋まで、ホントに藤堂そっくりだぜ!」

 男たちが口々に言う中、先頭の高級車のウインドウが降りる。

 

「獅子丸といったな……。

 今ここに集ったのは、かつて貴様の親父と生死を分かち合った仲間達…。」

 その車の中から言葉をかけてきたのは、両頬に三条ずつ、合わせて六条の傷痕が刻まれた、精悍な顔立ちの中年男性だった。

 

「ヤツが、日本一と言われる極道の親分、伊達臣人。

 俺やお前さんの父親と同じ、ここの卒業生だ。」

 と、いつのまにかそばに来ていた富樫さんに、そう耳打ちされる。

 …ひょっとして子供の頃に父から聞いた、槍一本で戦車に勝ったってひとだろうか。

 いや絶対嘘だろうけど…嘘だよね?

 

「そして、そこの(あきら)の父親もまた、貴様の親父との死闘の末に我等の同士となった。

 俺達は皆、貴様等に期待しておるのだ。

 この男塾の名を、再び天下に知らしめん事を…!!」

 …知らなかった。

 父が、剣総理と闘った事があるなんて。

 ぼんやりと剣の後頭部を見つめていたら、その顔が私を振り返り、なんとなく見つめ合ってしまった。

 あ……この子、よく見ると瞳が青い。

 

「な、なんだよ叔父貴…それじゃ最初から、俺の事はどうでも良かったって…」

 最初は確かに主役だった筈の、へたり込んでいた安東青年が、自分置いてけぼりで目の前で繰り広げられる急展開に、ふらつきながらも立ち上がってツッコミを入れる。

 瞬間、車の中で腕組みしたまま微動だにしていない伊達組長から、胸の詰まるような覇気が放たれた。

 

「バカが!

 ……貴様の入塾手続きをしておいた。

 貴様も男塾(ここ)で、その腐った根性を叩き直すのだ!!」

 味方だと思っていた身内に冷たく言い放たれた挙句、地獄に突き落とされた安東青年は、今度こそ打ちひしがれてその場に倒れた。

 

 ・・・

 

「わしが男塾塾長・江田島平八である──っ!!」

 唐突に響いてきた声に、反射的に背筋を伸ばして、気をつけの姿勢をとる。

 周囲の黒服改め男塾卒業生一同様が90度に腰を折る中、ゆったりとした足取りで近づいてくる塾長の、その視線の先に気付いて、小声で剣に囁いた。

 

「どうやら、貴様に用があるらしいぞ。」

「俺に?」

 その青い瞳がもう一度塾長へと戻る前に、深く低い声がかけられる。

 

「受け取れ、剣。

 貴様の親父からの(ことづ)かりモノじゃ。

 ……奴の、魂である!!」

 …それは、真っ白な細長い布だった。

 剣はそれを受け取ると、迷う事なく額に回し、後頭部で結ぶ。

 

「押忍!ごっつぁんです!!」

 写真で見たかつてのその人と同じように、白いハチマキを結んだ剣に、何故かこれは伝説のリレーなのだと感じた。

 ここに、新たに伝説が受け継がれていくのだと。

 

 

 

 …お父様。貴方の真意がようやく解りました。

 この男塾は、未来の日本を担う男達が集まる場所。

 そして私は、女の身で将来、藤堂財閥を背負う事になる一人娘。

 

 ご安心くださいお父様!

 今、私は最高の男を見つけました。

 不肖、藤堂曉!必ずやこの男を、藤堂家の婿として連れ帰ってみせますわ!!

*1
正宗は日本刀剣史上最も著名な刀工の一人であり、その作った刀についてはさまざまな逸話や伝説が残されているが、蔵林厳正宗は、彼の作品の中でも類を見ない、斬れ味に特化した刀と言われた名刀である。

伝説では合わせた刀を葉枝の如く切り払ったとか、敵の兜を薄紙の如く切り裂いたとも言われる。

尚、正宗作の刀剣には銘のないものが多く、この蔵林厳も後世に名付けられたものであり、幕末にドイツのスパイとして日本に入ったシーボルトが、国外に持ち出そうとした際に名付けたと言われる。

その名の由来は勿論、刃物の街と言われるドイツのゾーリンゲン市である。

 

民明書房刊『必見!世界の名剣・名刀〜そのくだものナイフしまえよ』より




絶対違う(爆

…読んでいただければわかったと思いますが、ここの豪毅は厳しいようで、実は娘溺愛なかなりの親馬鹿です。
お母さんは曉が嫌いなわけではなく、そんな豪毅とのバランスを考えた態度を常に取っています。
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