亜琉帝滅屠麗埿偉〜ultimate lady〜 作:大岡 ひじき
その名は総筆頭・
すいません何でもないです。
……………来ない。
生理が……とかでは勿論ない。
てゆーか、私は遠征などで困ることが絶対無いよう、月経をコントロールする為の低用量ピルを使用しているので、万が一の事態が起きたとしてもそんなうっかりは有り得ない。
では、何を待っているかというと…
「…なんで、挑戦しに来ないのよ!
男のくせに
だんだんだん。
苛立ちのあまり、つい地団駄を踏んでしまう。
あの衝撃の運命の出会いから一週間。
私は自分が総筆頭を江戸川さんから譲られた時と同じように、剣獅子丸がそれを奪いに挑戦してきたら、即譲り渡そうと考えていた。
だから、待ってるのに……来ない!なんでよ!!
☆☆☆
…あの日の放課後、一号生筆頭の
「…本当なら、俺達一号が自分
そう言って坊主頭を下げた日登は、厳つい風貌の割にやけに可愛い目が特徴的な青年だ。
男塾は私塾でありつつ一応は高等科に認定された教育機関である為、卒業時には高卒の認定がされる。
故に私もそうだったように、大抵の入塾者は中卒でここの試験を受ける事になるわけだが、日登は一般の高校を卒業した後に、一大決心の末入塾したそうで、一号生だが年齢は私よりひとつ上だった。
彼は筆頭になった時にも挨拶に来て、てっきり私に挑みにきたと思い受けて立とうとしたら、
「いや挨拶に来ただけですから!
勘弁してください!!てゆーか心の準備が!」
とか叫んで、大して広くもないこの執務室の端まで物凄い勢いで後ずさりして入口のドアに頭をぶつけ、脳震盪を起こして、仕方なく目がさめるまでここのソファーで寝かせたという出来事があったのでよく覚えている。
少なくとも私がここを使うようになってから、このソファーで寝ていった奴は後にも先にもコイツしか居ない。
本人は目が覚めたらこれ以上ないくらい恐縮して帰っていったけど。
その時のことを思い返しながら、腰の高さまで下げた日登の剃り残しのない頭頂部に、私は言葉をかける。
「気にすることはない。
塾生を守るのは、総筆頭としての私の役目だ。」
もっとも、実践できていたのはごく一部の者のみだったらしいが、一応歴代のその方々は塾史に名が残っており、剣のお父上である剣桃太郎氏もその1人だ。
伝説の男に並ぼうと思うわけではないが、同じ立場となったからには、私もその姿勢を見習っていきたいと思うのだ。
将来、義父になる筈の方でもあるし……きゃっ。
……………コホン。
あの後、剣と安東は塾長室での血判の儀の後(この辺までは私も立ち合った)、安松教官に案内されて一号生の教室に入った時には、相当険悪な雰囲気になったらしい。
安東はともかく、剣は関係なくない?と思ったのだが、実はその前日のセンター街での風紀指導の際、安東だけではなくそこに剣も居たそうで、剣の青い瞳を見た日登は、それをカラコンだと勘違いして『指導』を行なったところ、返り討ちにあっていたそうだ。
「後で聞いたら、アイツ半分外国人の血が入ってるらしくて。
つまり明らかにこっちの言いがかりだったんですが、俺だけでなく他の奴らも、アイツにメンツ潰されて腹立ててたもんですから。」
きまり悪げに日登は頬を掻きながら、そう言って苦笑いしていた。
ああ、だからあの子、青い目なんだ。
白人女性と日本人男性の組み合わせだともっとどっちつかずの色になるだろうから、お母さんが白人の混じった日系かアジア系で青い目は隔世遺伝の可能性が高いけど。
まあそれはさておき、彼らの一号生の教室での顔合わせは険悪なまま終わり、あわや乱闘といったタイミングで教官の制止が入って、そこからはまあ、いつもの流れというか…男塾式の『名物』と呼ばれる課外授業に突入したのだとか。
で、なんだかわからないがその流れの中で、編入生の2人の度胸と根性を認めるに至り、気がついたら打ち解けてしまっていたそうなのだが、その辺は女である私には理解の及ばぬ部分なのであまりつつかない事にする。
昔から父やその友人という方々が、『男は喧嘩して仲良くなる』的な事を言っていたし、そういう事なんだろう。
女は滅多に争い事に身体を使わない分、精神的な部分を攻撃にかかるから、一度喧嘩になると関係が修復する可能性は極めて低い。
「…何にせよ、和解ができたのならば重畳。
この塾は男が強さを学ぶ場所。
そして男は、1人で強くはなれぬのだ。
強くある為、強くなる為、仲間と絆を深めるがいい。
その絆が、必ず貴様等を助ける事になる。
勿論、何かあれば私も相談に乗ろう。」
…偉そうに言ったが、全部父の受け売りだ。
だがそう言って微笑んでやると、日登は何故かちょっとだけ頬を赤く染め、それから深く息を吸い込んで、恒例の挨拶を返してきた。
「押忍っ!ごっつぁんです!!」
・
・
・
……その後、何故かロボットのようにぎくしゃくとした動きで執務室を辞した日登が、
「落ち着け、血迷うな俺……あれは男だ。」
と胸を押さえながら呟いていた事を私は知らない。
更に次の日の朝早くに、安東が執務室を訪ねてきて、やはり初対面の時の事について謝罪された。
あの後、剣に励まされて『イナバの白ウサギ』という試練…例の、日登が言った課外授業だろう…に挑んでそれを見事達成し、その日のうちに一号生の皆に仲間として認められたと、誇らしげに語る安東の目からは、初対面の時にはあった筈の劣等感のようなものが、さっぱりと消えていた。
憑き物が落ちたような、とはこういう状態を言うのだろうか。
なんだか顔付きまで変わって見える。
恐らく彼はコンプレックスが鬱屈していただけで、決して根性まで腐っていたわけではなさそうですわよ、伊達組長。
「最初は勿論ハラ立ったけど、この事が無きゃ俺はいつまでも、心に呑んだドスを錆びつかせたまんまだったんで。
だから自分への戒めとして、このアタマはそのまんまにしとこうと思うんです。」
と嬉しそうに言われた時は、思わず
……いや、本人がいいならそれでいいんだけど。
「…ところで藤堂先輩には、お姉さんか妹さんは居ませんか?」
そして一通りの報告が終わった後、安東は何故か、そんな事を問うてきた。
その言葉に、なんのこっちゃと少し考えたが、素直に首を横に振る。
「……いや?藤堂に子は私一人だ。
父にも母にも
だからこそ、女である私がこんなところに居るのだし。
というか、父には元々兄が居たそうだが、若くして亡くなったらしい。
父があまりその事は話したがらないので詳しくは聞いていないのだが、あまり良く思っていなかった事だけはなんとなく感じ取っている。
いい女は、男が語りたくないことをつっこんで聞くものではないのよ。ふふん。
…まあ本当は聞いてほしい事を、勿体ぶってわざと濁す場合もないわけじゃなく、その見極めは難しいんだけど。
少なくとも私の父は、そんなタイプじゃないと信じたい。
今でこそ娘を男塾に放り込むクソ親父だが、幼い頃の私には『大きくなったらお父様のお嫁さんになります!』と断言して母にアタマはたかれるくらい、強くて優しくて男らしい、理想のヒーローだったのだから。
「…そうッスか。
ならやっぱ、他人の空似かなぁ……。」
「……ん?」
「3年くらい前に引退しちゃったんですけど、『ARISA』ってモデルが先輩と似てるんスよ!
……あ、すいません。
女の子に似てるなんて言って、失礼ですよね…。」
……すまん。それ私だ。
ARISA時代は可愛い系のメイクで、本来の顔の持つ悪人臭を極力消してたから、イメージは全然違うと思うけど。
左目の下の泣きぼくろとか綺麗に潰すくらい塗ってたしな。今思えば。
…まあ、本人と断定されなかった事を考えると、私の男の演技が上手くいってるのだと好意的に解釈した。
『勿論本物の女の子の方が可愛いけど』とかちっさく呟いてた事に気を悪くしたりなんかしていない、絶対。
人の上に立つ者は、弱者には寛大でなければならないのだ………ぐぬぬ。
☆☆☆
とまあそんなわけで、この流れならこの後、剣も挨拶に来るに違いないと踏んでいたのだ。
そしてその際には、総筆頭の座を賭けて挑戦してくるだろうと。
……………あっれ〜?
…ともあれ、今日は週に一度の朝礼の日である。
総筆頭の私は特に出なくてもいいのだが、一応塾生の上に立つ身としては、その身をもって
…ねえ、私偉くない?誰も褒めてくれないけど。
そんなわけで、制服を詰襟まで止めてきっちり着て、校庭へと向かう。
ただ、総筆頭は一番最後に入らなければ場が締まらないのだと江戸川さんに言い含められているので、私は全員が並んだ後に、江戸川さんと一緒に入って三号生の一番後ろに着く事になる。
私は女子にしては長身な方であると思うが、江戸川さんが人類の平均を遥かに超えてデカ過ぎなので、正直隣に並ぶのがすごい嫌だ。
私たちが列の後方に現れると、全員が一瞬こちらを向いて一礼するのに合わせ、私も首だけで会釈した。
顔を上げた瞬間、見るともなしに一号生の列に目が向くと、かなり前の方に安東と並んでこちらを向いていた剣と目が合った。
その口角が、笑みの形に上がった…気がした。
改めて見ると、お父上には及ばないまでも相当なイケメンだわ。
・・・
「ん…どうした安東?」
「……カッコイイな、藤堂先輩。
あんな巨漢と並んでても、堂々としてて、存在感が全然負けてねえ。」
「ああ…同感。
体は細いけど氣の充実感がハンパじゃない。
あれに挑んで勝てると思う奴は、余程見る目がないか、自殺願望の持ち主だぜ。」
「…さりげなくひとの黒歴史突つくんじゃねえよ。
一応反省してんだよ、俺だって…!」
・・・
その日の朝礼は、塾長の訓辞に入ったところでちょっとした騒ぎとなった。
一号生の誰かが持ち込んだ携帯電話が鳴り、必死に隠していた林正治という塾生が、あえなく見つかってお仕置きを食らっていたのだ。
「ケイタイもパソコンも貴様等には要らぬ。
その便利さを売りモノとする文明の利器は、我が男塾の本分である敢闘精神と、完全に相反する。
…超絶なる敢闘精神は、科学をも凌駕するのである──っ!!」
いつもならば自己紹介のみで終わる訓辞をそのように終えて塾長が去った後、二号と三号は解散となったが、一号達は残された。
…そしてその日、男塾名物『大鐘音』が、夕方まで響き渡る事となった。
剣が『魂のケイタイだ』とか叫んでいたが、まったく意味がわからない。
ともあれ近隣住民の皆様、いつもお世話になっております。
御迷惑をおかけしますが、何卒温かい目で見守っていただけますよう、お願い申し上げます。
ああお願い、塾敷地内に空き缶等を投げ入れるのはおやめください。
おやめくださいというのにこの野郎。
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次の日の早朝。
朝礼の中断に始まり、最終的にご近所に迷惑をかけた事で、本人を呼び出して詳細を説明させたところによると、林の妹がその日心臓の手術をする事になっており、携帯電話にかけてきたのはその妹だったそうだ。
不安になっているであろう彼女を励ましたかったのだと、傷と青痣だらけの顔でしどろもどろに説明を終えた林に問う。
「…それ、ちゃんと鬼ヒゲに説明したか?」
…私の質問の意味が一瞬判らなかったのだろう、林はぽかんと口を開けて私の方を見返してから、ゆるゆると首を振った。
「……は?い、いえ、個人的な事情ですし…」
「そういう事情があると判れば、鬼ヒゲなら下手すればぼたぼた泣きながら、便宜を図ってくれた可能性が高いぞ?
あの男、意外と情にもろいからな。
……次はないだろうが、機会があれば試してみるといい。」
「ええ〜……。」
先に知りたかった、と困り顔で呟いた林に、私は更なる追い打ちをかける。
「…ともあれ、貴様のお陰で私は今日一日、近隣住民の皆様に対して、各家庭に謝罪行脚に回らねばならん。
当事者として、貴様も今日は私に付き合え。
ちなみに、塾長と教官には許可を取ってあるから、貴様に拒否権はない。良いな?」
「は、はい……。」
不安げに頷く林に、私はにんまりと微笑んでみせた。
☆☆☆
そして。
「総筆頭……ここは。」
「林ミカ。年齢は11歳。
心室中隔欠損症の手術の為、先週からこの病院に入院中…で、間違いないな?
ちなみに手術は無事成功したそうだぞ。」
そう。私は謝罪行脚に付き合わせるという名目で、林を妹の病院まで連れてきている。
「…10分だ。それ以上の時間はやれん。
もっとも術後まだ一日半ほどしか経っていないから、彼女の体力的にも長時間の面会は無理だろうが、せっかくだから顔くらい見せてやるがいい。」
「総筆頭っ……!!」
「時間を無駄にするな!
10分などすぐに過ぎるぞ!!今からだ!」
「オ、押忍ッ!!」
…面会用に用意されたマスクと帽子を看護師に着けさせられ、病室に連れていかれた林の、主に横に大きな背中を見送りながら、兄妹がいるというのはどんなものなのだろうと、ちょっとだけ思った。
・・・
ロビー前の待合所で、他の患者さんの迷惑にならないようにと隅っこに立っていたら、何故か看護師のお姉さん達に囲まれてしまっていた。
口々に話しかけてくる彼女達それぞれに返事をしていたら、側を通り過ぎようとしていた先生が立ち止まって声をかけてきた。
私に寄ってきていた人垣が散り、それぞれの持ち場へと戻っていく。
「君は、藤堂
…覚えていませんか?
先週の、男塾への殴り込みの際、私もあの場に居たのですが。」
やけに色気のある微笑みを浮かべたその先生はびっくりするくらいイケメンで、言われてみればあの時の黒眼鏡の中に居たなと思い当たった。
まさかお医者様だったとは。
何やってんですかと思うとともに、つまりはこの人は男塾OB、私の先輩であるのだと気がついて……そして、ある事に思い至る。
「…ひょっとして、飛燕先生ですか?
9年前の襲撃事件の時に、母を助けてくださった。」
「…それは、覚えていて欲しくはなかったのですがね。」
…目の前のそのひとは、少し困ったような微笑みを浮かべつつ頷いた。
私が9歳になる年に、その事件は起きていた。
いつも通り授業を受けていた学校へ父が迎えに来て、状況的に自宅の車は危険だからと、タクシーを拾って病院へ向かった事を覚えている。
あの日、藤堂財閥が主宰する新聞社のビルが、軍用ヘリコプターで銃撃されるという、あり得ない事態が起きていた。
その時たまたま父の名代としてその場にいた母をはじめ多数の重傷者が出ており、私たちが駆けつけた時には、母は瀕死の状態だった。
その時の病院がここだったかまでは覚えていないのだが、手術をしてくれた執刀医の先生が男塾OBで、父の先輩だったと後から聞かされた。
母はギリギリのところで命を繋ぎとめ、1ヶ月後には下手をすれば以前より元気になって家に戻ってきた。
ちなみに後日、自宅の車を入念に点検したところ、やはり爆発物が発見されたらしい。
つまり、本当に命を狙われていたのは父だったのだという。
あれ以来、自分は日本を離れられないからと、父が母に海外の顧客との折衝を任せる事が多くなって、結果、母が滅多に日本へ帰れなくなったのは、恐らくはあの件と無関係じゃない。
自分がいる筈だった場所に母が代理で立つという事態が、今後絶対無いようにとの采配なんだと思っている。
「その節はありがとうございました。
あ…もしかして林ミカちゃんの執刀を担当されたのも飛燕先生ですか?」
「…ええ、彼女はわたしの患者です。
そうか、彼女のお兄さん、男塾に居るのでしたね。」
「……どうして、その事を?」
「フフッ。わたしも、元男塾生ですから。
…聞こえていましたよ。『大鐘音』の応援がね。」
………まさか。
ここと男塾は、車で一時間以上の距離が離れている筈なのだが。
もしかしたら手術中、あの声はミカちゃんの耳にも届いていたのだろうか。
その時初めて剣の言った『魂のケイタイ』の意味がわかった。
・・・
10分きっかりで戻ってきた林は、自分たちの応援の声が妹に届いていたと嬉しそうに語った。
男とは、本気で願って行なえば、奇跡を起こせる存在なのかもしれない。
「…総筆頭。ありがとうございました。
俺は今日のこと、絶対に忘れません。」
「?…私は何もしていない。
礼ならば『大鐘音』を提案した、剣に言うべきであろう。」
「でも今日、俺をここに連れてきてくれたのは、あなたですから。」
…だとしたら、私の心をそう動かしたのもまた、自分たちの起こした奇跡であるのだと、この子たちはいつ気がつくのだろう。
☆☆☆
更に、翌日。校庭の桜の木の前で。
「押忍、藤堂先輩。林から聞きました。
昨日は俺たちの代わりに、近所迷惑の謝罪に行ってくれたそうですね。」
「……剣か。ここで何をしている。」
「押忍!その件も含め事情を、林が鬼ヒゲに報告したら、鬼ヒゲが泣き出して授業にならなくなったのでフケてきました!!
鬼ヒゲの攻略法、伝授いただき、感謝いたします!」
「そこかよ!!」
ねえ、挑戦はー?