「10、こちら50。送れ。」
「こちら10。接敵したのか?送れ。」
「その通りである。....。民間人や50が攻撃を受けたので、制圧を実施。」
中隊との無線交信に対応する啓介は、どのような言い方が良いものかと考えながら報告をする。農夫とその身内の女と思われるお松という少女を、襲い来る男達から救った大輔達5名。刃を向けられ人質を取られたという危機的状況であったが、こちら側には誰1人とて死傷者は出なかった。所は先程男達が押し入った農家の中。助けて頂いたお礼にと農夫や女達からのもてなしを受けているところだった。本来であるならば、このようなことはせずに即刻中隊へ復帰して報告を済ませなくてはならない。
「50の現在地はどこか、送れ。」
「畦道から森林に入って、道なりに進んだ先である.....。(あとこれどう説明したらいいの.....。こんなことしてるの見つかったら絶対怒られるレベルじゃ済まないよ....!)」
状況中、有事の真っただ中である時に民間人からの接待を受けている世界の軍隊....。いや意外とどの国の軍隊もこういうことはあるかもしれない。現地住民との友好的コンタクトは自身の保身、周辺からの理解について非常に重要な項目である。そう無理やり考え、この行動は必要なものだと、啓介は1人勝手に納得した様子でプッシュトーク越しに中隊との交信を終了した。
「了解。中隊もそちらへ前進を開始する。終わり。」
「50了。」
屋外で無線交信をしていた啓介は、ふうっ。とため息をつき、晴れ渡っている空を仰ぎ見た。空が綺麗なのを見ると、心穏やかになる。そんなことを思う彼の近くに、着物姿のあどけない複数人の子供達がやってきて彼をまじまじと見ている。
「.....?」
屋内では、大輔、良太、進、祐希の4名が農夫の娘の1人が淹れたお茶を各々のペースでゆっくりと飲んでいた。かなり古い造りの、まさに純粋な日本家屋と言って良い住居。ほとんど博物館などでしかお目にかかれない、今の世の中から姿を消した農機具等が土間の壁に掛けられ、先程から火が焚かれている囲炉裏、スニーカー等の履物は一切ない玄関が、平成、昭和生まれの人間には凄く珍しいものに感じる。お茶をすすり終えた大輔が、ゆっくりと農夫へ質問を投げかけた。
「.....色々と、お伺いさせていただきたいことがあります。.....よろしいですか?」
「ええ。私共で答えられれば。」
「ありがとうございます....。今この場所は、どういった所ですか?」
大輔は先程の襲い掛かってきた武者のような風貌の男達、この周辺状況の著しい変化、そしてここにいる農夫達の明らかに今の時代では見ることのない恰好。そして認識の食い違い。それらを踏まえた上で、質問をする。農夫がその質問に対して答えた内容に、大輔達は言葉を失った。
「ここは、北条氏直様が治める相模国(さがみのくに)、中郡。その中にある大住と呼ばれている場所の外れです。....お役人様方も、氏直様の遣いの方々と思っていたのですが.....。この場所をご存じないということは、旅のお方ですか?」
「........。」
北条家。当時各地で割拠する戦国大名の中で一大勢力を誇り、あの豊臣秀吉や武田勝頼などと戦を交えた力のある大名である。最後は相模国にて行なわれた小田原合戦で豊臣方へ降伏し、国主である北条氏直は自決。これにより北条家は、戦国大名としての存続を絶たれた。その人物の名前を聞き、もはや意味が分からなくなってしまった様子の4名。大輔の質問を追うように、良太も農夫へ質問を手短に問う。
「今は何年ですか....?」
「天正17年です。」
「!......天正17年......。」
頼むから冗談と言ってくれと、そう口から出かかっている言葉を制御する。情報を鵜呑みにはしない。1人から得られた情報をどの範囲まで絞って現実問題として認識するか。という問題になってくるが、昨日までの状況の変化の具合から見て妥当な気がしないでもない。もしこれが偽りの情報ならば、彼らはとっくに工作員と会敵して銃撃戦を繰り広げている筈である。昨日報告が入って部隊が移動している間にも、各地で続々と工作員の動きが確認されたことも考えて。会敵しないのは、やはりおかしい。
「.....そうですか。」
「はい....。先程から、えらくお焦りになられている様子ですが.....。」
「いえ.....。」
農夫の言葉にどう返せばいいのか、返答に困る大輔。息苦しくあるその空間に、1人だけ例外な人間が居た。進である。好奇心旺盛な彼の性格から、この予想外な展開を今楽しんでいるように見える。
「(戦国時代かあ....。通りで空気が澄んでるわけだ...。)」
それを他所に外では、先程から複数の少年少女と仲良く遊ぶ啓介の姿があった。少女からお手玉を習っているらしく、少女はその見ている彼のすぐ側で楽し気に遊んでいる。やってみてとお手玉を手渡される啓介も、このような手先を使う遊びや技能には結構長けている為、、上手く出来たりする。3つのお手玉を少女と少年の目の前でヒョイ、ヒョイと回して見せた。それを見て喜ぶ2人、微笑ましい光景である。
「(この子たちも、僕たちが守らなくちゃいけないんだ.....。こっちに向かってくる奴らと、戦わなくちゃいけないんだ.....。)」
有事の際の、束の間の一時。と言いたいところではあるが、その状況とは既に切り離されてしまっている。農夫が言う通りここが天正17年の日本なのであれば、工作員など活動しているわけがない。時間が何らかの形でもって彼等に干渉し、時間の果てへ飛ばしてしまった。もっと簡単に言うのであれば...........。
彼等、第48 普通科連隊第1中隊は、平成から戦国の世へタイムスリップしてしまったのである!
中隊主力は斥候班と合流する為、車列を前進させていた。パジェロジープや高機動車、3t半トラックや軽装甲機動車のエンジン音をけたたましく田園、森林に響かせて進む。そしてそのエンジン音に加えて、遥か彼方から聞き覚えのある音が耳に入る。ヘリの飛行音である。高機動車のドライバーを代行していた高志は、その飛行音を聞いて機種を判別する。
「UH-1Jか。」
高志の言った通り多用途ヘリのUH-1Jが中隊車列の上空を通過し、車列の後方まで行った後にまた折り返してきた。このようなものが天正の空に飛ぶわけもなく、あちこちで目撃した者の間でたちまち話題となり噂は広がり始めている。
相模国足柄下、小田原城。相模国を治める北条氏直が居城する難攻不落の名城であるこの城は、越後上杉軍の攻撃を耐え忍んだことで知られている。その天守閣内に、複数人の男達が居た。1人は上座に腰を掛け、高い位置に胡坐をかき姿勢を正している。その男こそ、時の北条氏直(ほうじょううじなお)。そしてその家臣である大道寺政繁(だいどうじまさしげ)、清水康英(しみずやすひで)、松田憲秀(まつだのりひで)等の姿もあった。
「先刻の鉄の鳥、なかなか興味深いものだ。」
「殿。あのようなものは、今まで見たことが御座いません。」
「わかっておる。儂も鉄でできたものが空を飛ぶなどと、考えたこともない。」
一同は、先程空を飛んでいた鉄の鳥、ヘリコプターについて軍議を開いているようだった。問題は、その鉄の鳥がどこから飛んできたかということだが、あれがこちらに仇成す者であったならば、相模国、北条氏の危機。今までにない最大の脅威となる。家臣たちはそれを恐れているようだったが、城主の氏直はそれよりもどのような存在かを明確にした上で、一体どれ程の力を持っているのかをこの目で確かめるべきという考えを示した。
「まだ敵方と決まったわけでもなければ、こちらの軍勢のものとも限らん。今のままでは、判断をするにあまりにも早計であろう。知らぬ事ばかり故な。」
「されど、殿。近い内に豊臣方と何があるかも解りませぬ。このような緊迫している状況では、もしあれが豊臣方のものとすれば....!」
中でも政繁は、ヘリコプターに対して異様な恐怖感でも感じるのだろうか。敵視をする声を主に挙げている。彼は北条家の重臣の中で、複数ある御由諸家と呼ばれる家柄の人間である。御由諸家とは古くから北条と関係しており、戦国が始まる前の世に繋がりを持った者同士が主君と家臣の関係になったことが、ルーツとなっている。彼の家は古くから北条に仕えている身である為、厚い信頼関係を築いている。氏直は気にすることなく口を動かした。
「どこから飛んできたか、はっきりと見た者はおるか?」
その氏直の問いに、康英が答えた。彼も古くから北条に仕え、伊豆の豪族達を束ねる。相模国の軍勢の中でも水軍を指揮した名将で、小田原の合戦においては最後の最後まで豊臣方相手に奮戦した勇猛な氏直の家臣である。
「西の方より飛んで参りましたと申す者が複数。その時櫓に立たせていた兵も、その方角から飛んできたと申しておりました。この目ではっきりと見てはおりませぬが。けたたましい音は、確かにその方より聞こえたように思えます。」
「わかった、西か。....紋は付いていたか?」
「日の丸が、横腹に描かれていたと聞きます。今のところいずれの軍勢かは、先程殿が申された通りです.....。」
今のところ、鉄の鳥...。ヘリコプターに関する情報が不確定な状態だ。これを早急に解明し、どのようなものかを把握する必要がある。彼は豊臣方との戦に備えていた。東海道、奥州を伊達、徳川との同盟でほぼ掌握してもなお、豊臣方の勢力に及ばず、このままでは近いうちにこの東海道、相模国も同盟諸国諸共島津や長曾我部のように討ち取られると、危機感を抱いていたのだ。最悪は籠城戦に持ち込んで越後上杉の軍勢を追い返した時の如く、豊臣方を一蹴する気でいるが、それでは領民の者に負担をかけ、不満が募る。氏直は戦を有利に進める為にも、純粋に強大な戦力を欲していた。
「飛び去った時は、どちらを向いておった?」
「北の方、中郡にある大住辺りに飛んで行ったかと。」
「そうか...。明日、大住に向け出立するぞ。皆、用意しておけ。」
「ははあっ!!」
腕時計の針が12時を回った頃。相模国、中郡大住の外れ。第48普通科連隊第1中隊が農家の付近に車列を停め、また先程合流した1機のUH-1Jは今は使われてない畑に簡易発着スペースを設け、そこへ駐機させた。斥候班の情報報告と現地住民への情報聴集を行っていた。隊員達はそれぞれ車輌から下車し、周辺を警戒しながらその場で待機する。
「....解りました.....。御協力ありがとうございます。」
「いえいえ。私達も、貴方様方の御味方に助けていただきました。.....もし、よろしかったらここでゆっくりなさってはどうでしょう?聞いた話では、行く宛てもないとのことでしたので、うちの村でよければ空き家もございますし、いくらでも使っていただければ。」
「........。」
第1中隊の隊員達はこの日、村長からの許可を得て村を中隊野営地とし今後ここを拠点に活動することとなる。そして今ある状況を村民達からも聞き、これによって全員が戦国時代.....。天正17年、すなわち1589年の日本に居ることを認識することとなった。そう、あの北条氏の運命を決める小田原城の戦いまで、あと1年の時のことだ。