戦国時代にタイムスリップしたという事実を受け入れて、そこから現代の人間は何を思い行動するだろう。それこそ人によってさまざまであるが、まず受け入れるということから始めてそれを認めない人間も、もちろんいるものだ。夜、漆黒の闇が辺りを包み、街灯が1本もない世界に星はひと際輝いて目に映る。ヘリや車輌の周辺を警戒する隊員は、暗視眼鏡を装着して辺りに目を光らせている。良太も今現在動哨係を任されており、実包を装弾した弾倉を小銃に装填している。
「(ここは平成じゃないからな.....。下手したらまた昼みたいに野盗が襲って来ないとも言えないし。...。)」
3t半の陰に誰かいないか、車輌の下などに忍び込まれていないかなど、入念な点検を行うが未だに侵入者の兆候は確認出来ない。時々他の隊員とすれ違う以外に人を見ることはないが、時々林がざわつく度にその方向に銃を指向し誰何(すいか)をして確認する。演習場で訓練をしている時などはよくこの音を聴き、確認の結果殆どの場合が動物だったりする。動物の種類にもよるが、シカなどの草食動物であればすぐに逃げるが、熊などの肉食系動物はそれこそ個体差はあるが襲ってくる。
「.....。しょんべん。」
他の立哨動哨についている隊員に報告して、雑木林の中に入る。そこで用を足していると、不意にガサガサと音が鳴る。良太は急いでズボンを上げ、小銃を据銃し銃口を音のした方へ指向する。
「誰か!」
誰何をして、識別確認をする。この場合所属部隊、氏、階級、合言葉を適切に言わねば友軍であっても射殺される可能性がある。因みに合言葉はその都度変わるので、外部に出て夜間に帰ってくる者はしっかりと覚えてから行かなければならない。
「48連隊1中隊、矢野士長!」
「山!」
「川!」
繁茂するすすきの葉の間を掻き分け出てきたのは、進と他の一等陸士3名であった。彼等は周辺の状況偵察に出かけていた為、少々帰るのが遅くなってしまったようだ。田園地帯、森林地帯付近には錯雑地がたくさんあり見通しが困難な場所が多く、迷いかけてしまったが何とか辿り着けた。暗視眼鏡を上にあげて目から離し、1回ため息をつく。背中に装着している水筒を手に取り、水を一口飲むと美味そうにまた息を吐く進。
「よう、良太。俺達はもう寝るぜ。そうだ、小隊長に報告しないと....。」
「お疲れ、皆。また明日な。」
「ああ、お休み...。良太もお疲れな。」
良太は進達が任務を終えて、自身の天幕へ戻っていく様子を見届けた。複雑な錯雑地を何べんもしかもこんな夜遅くまで駆け抜けていたのだから、それは疲れるだろう。常備自衛官も顔負けの働きぶりである。良太もこれから一晩寝ずの番をしないといけないのはキツイものがあるが、この役割は重要である。
「.....。」
その良太の姿を家屋の影からじっと眺めている1人の少年の姿があった。朝、啓介と一緒に遊んでいた子供達の内の1人のようだが、その少年が小さな足取りで良太の方へ向かっていく。暗い闇を見透かす暗視眼鏡にその少年の姿が映ると、良太は暗視眼鏡を目から外し少年を肉眼で確認した。
「天狗みたいだね。」
「天狗?....ああ、暗視眼鏡のことか。.....というか、寝てなかったの?」
「うん。寝れなくて起きちゃった。」
なら仕方ないなと言うように、その場で辺りを見渡しながら良太は自分の懐をまさぐり何かを取り出す。その手に握られたものが、少年は気になっている様子だ。手にはキャラメルが握られており、装具に装着していた懐中電灯で照らして少年に見えやすいようにする。
「?」
「食うか?キャラメル。」
「....キャラメル?」
少年の手の上にキャラメルを1粒載せて、食べるように促す。食べても安全だということを少年に確認させる為に、自分も包装を解いてから1個口に放って舐めて見せる。口の中に甘みが広がり、思わず笑顔がこぼれた。
「.....うん。うまい。食べてみてよ。」
「......。」
何秒か経って、少年は自身の手に載せられたキャラメルを食べようと良太と同じように包装を解く。それから口の中に入れてゆっくりと味わうようにして舐め回し、次第に甘さが口に広がっていくのが解ったようだ。少年の顔にも笑顔が起こる。
「甘い...!」
「だろ?」
お互いにキャラメルの美味さに納得したかのように笑い合う。縛るに縛られた平成なんかとはわけが違う、あの時代とは別の時代に俺達は今生きて居るのだと少年とのやり取りだけでつくづくそう思えた。心豊かになれる時代、確かに殺し合いが当たり前のように起こる残酷な時代だと思う人間も少なからず多くいるだろう。だが良太はそれ以上の人間の暖かみにこれからも触れられるような、そんな感じがした。文明が栄えた時代ではなくとも、平成に戻れないとしても。それが今ある自分や仲間、周囲の人々の状況にとってプラスになることなら、何でも喜んでやりたいと、自然とそう思えてきた。もとよりこの国の為、良太は即応予備でも自衛官であり続けている。先日もこの気持ちで戦った。ならばこの国の為に、手の届く範囲でやれることをどんどんやっていこうじゃないか。その気持ちが、言葉になって小さく口から出てしまった。
「まずは、相模国か.....。」
「どうしたの?」
「いや。なんでもないよ。」
今は1589年....。天正17年8月。すなわち史実によれば、この相模国が豊臣秀吉に攻撃され属国となる日まで約1年。歴史を変えるにはそれを覆さなければならない。無論、絶大なリスクを伴う。タイムパラドックスという現象が起こる可能性があるのだ。本来の歴史には存在しない人物が歴史の舞台に立ち何か事を起こせば、歴史という大いなる存在はその存在を抹殺せんと様々な力を働かせてくる。歴史を覆すと口では簡単に、心の中ではいくらでも言うことは出来るが、実際それをやるのは至難の業だ。
歴史を覆そうとするのではなく、その場の成り行きで動くわけでもない。人類の歴史は、人類自身が正しいと思ったことの積み重ねで出来ている。ならば自分も違う時代の人間だが、生きている人間には違いない。ならば今自分が居る時代で、自分が正しいと思うことをこれからやっていこうという、その考えで良太自身まとまりがついたようだ。
「(時代が変わろうとも、俺のやることは変わらない。隔たりは勿論あるだろう。たかだか上等兵....、陸士長が出来ることなんて限られちゃいるが、出来ることが無いわけじゃない。足軽レベルの人間でも、色々やっていくんだ...!)」
少年と共に星空を見ながら、キャラメルをもう1粒ずつ少年と分けて舐める。少ししたら、良太は少年を家に帰らせ、彼も動哨業務に復帰した。
翌朝3時半頃。再度周辺状況の偵察、安全化を実施する為、編成された斥候班が村を出発した。半径5km圏内の偵察のみとし、火器を携行。明らかに攻撃の兆候、または敵対する動きを見せた場合は即刻射撃し制圧せよとの指示を斥候班は受けていた。パジェロに乗り指定圏内ギリギリまで走らせてから、隊員を下車させ、ドライバーはパジェロを隠蔽できる場所へ隠す。
「...。」
息を殺して錯雑地へ進入し、陣地占領、潜伏を開始。この道を普段どれぐらいの人間が往来し、どのような人間がここを通るのかを確かめる為。パジェロが平気で通れる道なのだから、おそらく大名クラスの人間も通る道だと思いながら斥候班は待機する。
「10、こちら50。位置についた。送れ。」
「了解。そのまま待機せよ、送れ。」
「50了」
少しするとぼちぼち人通りが増えてきた。商人や、運び屋等が道を行く。何時間か経ち、初めは何人か固まってくる程度の往来だったが、何やら鎧武者の集団が列を成して歩いてくるではないか。斥候班はこれを中隊本部に報告した。
「00、こちら50。鎧武者の集団が2列縦隊を組み徒歩行進中、送れ。」
「00了。なお方向は観測出来るか、送れ。」
「待て...。....」
斥候班が村長から渡された地図と自前の地図を照合して分析した結果、殆ど自分たちが来た道と同じルートを通っていることが明らかになった。このまま行けば村や中隊野営地まで一直線である。
「10、こちら50。目標の進行経路上に中隊本部、村あり。警戒せよ送れ。」
「了解。全小隊を配置する。50はそのまま待機せよ。」
「こちら50、了解。」
鎧武者の集団を見送り、その場で潜伏する斥候。鎧武者の集団は確実に中隊本部に迫りつつあった。村では鎧武者の集団が近付いてくることを中隊長が村長に報告したが、そう身構えることはないと村長は言う。村長が言うにはその鎧武者の背負う旗印を見れば解るとのことらしいが、中隊本部はもう1度斥候に無線交信する。
「50、00送れ。」
「00、こちら50。」
「鎧武者の識別を確認できるか、送れ。」
「00、待て。」
双眼鏡を覗く斥候班長。双眼鏡の先には白地に黒の三角模様のような、家紋らしきものが刻まれた旗竿が空にめがけて幾本も掲げられていた。その家紋は北条家の家紋であり、北条鱗と呼ばれる家紋である。折り返し無線交信する斥候班長は、正確に情報を中隊本部へと伝えた。
「00、こちら50。先程の鎧武者は、三角の家紋のような旗を掲げている。繰り返す、三角の家紋らしきものが見える、送れ。」
「(三角の家紋?)了解。50は別命あるまでその場で待機。異常発生次第、直ちに応戦。無線にて報告せよ、終わり。」
「こちら50、了解。」
それから10分程で遠方から迫りくる鎧武者の集団を、配置に付いていた隊員達は目視で確認した。報告通りたくさんの旗竿を空に向かって真っすぐに掲げており、それがこちらに近付いてくるのは迫力がある。小銃、軽機関銃、重機関銃、84mm無反動砲、RAMが、一斉にその方向を睨む。旗竿に掲揚されている家紋を見て、浩二は言った。
「....北条家か。」
「知っているんですか?」
「ああ。戦国に入る前、元は御由諸家っていう北条氏になる前の形だったのが、仲間内で主君と重臣を決め東海道を代表する大名となった姿ってところか。身内の絆は固いらしいが....。」
「そうなんですか....。」
「最後には豊臣に負けるがな。」
祐希にそう言ってから、再び照準の見出しを整える浩二。そう話しているうちに、鎧武者の隊列はすぐそばまで迫って来た。整った甲冑姿の武者たちを前に、第1中隊の隊員達も身動ぎひとつせずに銃を指向し続けている。それを見た中隊長は、前に出て中隊の動きを手で制した。
「......。」
武者行列の先頭を行く指揮官とみられる男からは、並々ならぬ気を感じる。中隊長はその男を見据えたまま、目線を一寸もずらすことなく口を開き名乗りを上げた。
「陸上自衛隊。東部方面隊東部方面混成団隷下、第48普通科連隊第1中隊。中隊長、伊庭昌、3等陸佐。.......名前を御伺いしたい。」
その名乗りを聞いた男は、声高らかに名乗りを返す。
「相模国小田原城城主、北条氏直。」