戦国自衛隊 小田原の戦い   作:佐藤練也

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防人、戦国を見る
第6話


夜の宴も終わりを迎え、焚火の炎が弱まりを見せた頃。その周りにはまだいくつかの人影があった。男2人が静かに談笑して、その2人の姿を炎が優しく灯し火の粉が夜空を舞う。そこに居たのは浩二と進であった。

 

「進よ。良太はどうだ?」

 

「なんですか急に?いつもと変わりませんよ。」

 

問を掛ける浩二は、良太の身か、心かを案じている様子であった。その案ずる気持ちの根源などいきなり問い掛けられた進には解らぬことで、彼の眼にも良太はいつも通りの姿で映っていた。いや、それはただ単に良太が隠しているからこそ何か異常があることに皆が気付いていないだけなのか。焚火の上に吊るしてあるホットコーヒーを、進が浩二の器に淹れるとそれを受け取り夜空を見上げながら浩二は口を開いた。

 

「アイツが周囲から変り者扱いされている節があることは、俺も解っていた。実際俺もその変わり者だからな。」

 

「まあ、若干ずれているところがあるというか。....でも良太が変り者っていう話は今に始まったことじゃない。」

 

「その状態であるべき場所に居続ければ、別に心配なんてしないさ。」

 

浩二は進や良太と共に、数年間同じ部隊の飯を食い同じ部隊で訓練をしてきた、半ば親子同然の関係である。その中で良太という人間のそれを少しでも理解してきた浩二は、彼は並の若年層男子より強い愛国心と、極度に反日思想主義者を嫌う質の人間であるという風に認識した。天然であまり頭がよくない、目先のことにとらわれ、そして勝手に突っ走る。良い風に言えば、物事に対して実直。悪く言うならば視野が狭く、型に嵌りがちな上にあまりにも極端。その人格の者が、この戦乱の世に流れ着いた。彼自身の問題以外にも、これから連鎖的に起こるであろう何かが、良太や自分達をどういう風に、何処へ誘うのか。どのような外的干渉が起こるかなど、彼等に解る筈もない。

 

「なるほどな....。浩二さん。俺、こっちに来る前、状況中にさ。良太と軽く話したんだよ。冗談で、「憲法9条はどうしたんだよ。」って。やっぱり良太は、そういう思想を持ってんだな。」

 

「俺よりもアイツと絡んでいるお前が、1番それを知っていると思ったんだがな。」

 

「あらためて確認したんだよ。」

 

「そうか....。」

 

 

コーヒーを啜る2人の姿を、焚火の炎は変わらずに照らしている。まるでその焚火の炎は今の平穏な状態を表しているが如く、ゆらゆらと穏やかな様子で激しさを感じさせることなく明かりを絶やさない。

 

「俺達がこの時代に流れ着いた、その瞬間から既に歴史の歯車は違う回転を始めていた。かもしれん。」

 

「俺もそう思う....。だって、この時代に俺達は存在しないんだからな。」

 

「そうだ、進。だがな、俺達はもう干渉してしまった。この歴史というおそらく前人未到の、未知の領域にな。」

 

頭上に広がる美しい星空を見て浩二が一言、「歴史が、変わるかもしれん....。」と静かに呟く。誰かに言っているというわけでもないが、彼自身の心にその言葉を刻み、ここが戦国時代だという風に認識をさせる為....。そう、もう2度と元居た時代。平成の時代に帰れないかもしれない。そういうことへの覚悟を決める為に、今の言葉を吐いたように思える。

 

「....だけど、浩二さん。それと良太と何の関係があるんだよ。」

 

「解らないか前には。良太はな、今の平成日本が過ごし辛いと感じているんだよ。日本人が日本人じゃない、この国に自分の先祖を尊敬し、どれ程の人間が日本という国に誇りを持ち、どれ程の日本人が国の為に尽くそうと考えているのか....。アイツはな、....いやお前もかもしれんが....。物心ついた時から、反日の教育を施されていたんだ。」

 

 

というか今の時代に生きている日本人の殆どがその反日教育を施されているのだが、という突っ込みは無しにして、話を進めよう。その教育を受けている中で、自然とこれはおかしいという風に感じてきた良太は、普段父から聴いていた言葉を胸に秘めて生きてきた。「先祖に敬意を払え」っという言葉を胸に。

 

「アイツの祖父、曽祖父、その前の代も帝国陸軍将兵だった。それに感化されて、自衛官になったんだ。御国の為にっていう、志を持ってな。」

 

「......。」

 

コーヒーを再び啜り、軽く息を吐いた後に浩二は進に言った。

 

「アイツは、その時が来たら本格的に歴史に介入する気だろう。歴史を変える為にな。」

 

「.....ああ、なるほどな。自分の先祖や、自分の国を悪く言うヤツが気に入らないから歴史ごと消し炭にしてやろうって魂胆か。」

 

「おそらく、俺やお前の推測の域を出んがな.....。」

 

 

そこからコーヒーを一気に飲み干した後に、焚火の炎を半長靴で踏みつけて消火した。そして自分の幕舎(テント)へ入る前に進に語気を強めて言う。

 

「歴史に介入しないようにしたとしても、もう手遅れだ。良いか、進。」

 

「はい?」

 

 

言葉の出ない進に、続けて浩二が言い放つ。

 

「良太が危険な真似をしかけたら、可能であればお前や俺が止に入らにゃあいかん。歴史が狂うか狂わないかの問題じゃなく、生きるか死ぬかの問題だ。それを念頭に入れて、行動しろ。」

 

「....うん。」

 

「良いか?死んだら元も子もない。俺達から行かなくても、敵さんからわざわざ此方に来るのがこの戦国時代ってもんだ。死にたくなければ、何人でも殺す覚悟をしとけ。.....おやすみ。」

 

「おやすみ....。」

 

 

 

翌朝。大輔は伊の1番に起床し、まず顔を洗うために浄水車の方へと歩みを進めていた。そこへ中隊長である昌も天幕から顔を出し、欠伸をしかけた口を押える。天幕のジッパーが動く音で気付いた大輔が、中隊長幕舎の方を向く。

 

「おはようございます、中隊長。」

 

「ああ、おはよう.....。空気が綺麗だな、この時代は.....。」

 

「ええ。まったく。」

 

 

2人で朝一、戦国の澄んだ空気を身体に取り入れ、それに伴い身体が喜ぶのを感じる。昌も大輔と共に浄水車の方へと向かい、洗顔を始める。川から汲み上げてろ過した水を手で汲み、顔面に擦り付けるが如くまんべんなく洗顔をする。他の隊員や村民達も起きてきたようで、1人の女が朝食の支度をする為に浄水車へ水を汲みに来た。その女は、一昨日野盗に連れ去られかけていた、お松という女であった。大輔もそれに気付き、挨拶をする。

 

 

「おはようございます。」

 

「....あっ、....おはようございます。」

 

隣同士の蛇口を使い、水を流す2人。お松がもくもくと水を汲んでいる姿を横目で見ながら、おもむろに大輔は話をかけた。

 

「あの後は、大丈夫でしたか?」

 

「...ちょっと、驚いちゃって、腰が抜けちゃいましたけど。...今は何ともありません。....あっ、あの時は助けていただきありがとうございました。」

 

そう言ってお松は手で桶を持ったままお辞儀をし、その状態では桶ごと傾いてしまうので

必然的に水がこぼれる格好になってしまった。ジャバジャバと音をたててこぼれる水。それを見て、その場に居た2人は声を出すのを堪えて笑い合った。それを遠巻きから見る中隊長の昌は、どこか微笑ましそうな表情を浮かべた。

 

「.....あの、良かったら手伝います。」

 

「えっ、いえ、それは悪いですし....。」

 

「良いから良いから。....っしょっと。」

 

2人は合ってそこまで経ってはいない筈だが、どこか仲睦まじい様子を見せていた。大輔の親切心、お松の素直さが、良い調和を働かせているのだろう。

 

「ありゃあ、出来てんのかねえ....。」

 

 

2人横に並んで歩く様子を、農家から覗くお松の家族と思われる男。一昨日、野盗の襲撃を受けた際にその場に居た男である。その横から村長が顔を出し、男に言った。

 

「余計な詮索に加えて覗きとは感心せんな。そもそもお前とお松は兄妹同士。そのような特別な感情などは、成立せぬぞ。」

 

「わかっています、村長。ただあの男にお松を幸せにできるかどうか、確かめているのです。」

 

「まったく、心配性で小心者なヤツじゃの.....。」

 

 

一方戻って再び天幕地域。起床した良太は、天幕内で戦闘服を着正してから、出入り口のジッパーを開き、武器保管所へ向かった。今日も彼は野営地及び村一帯の警衛に上番することになっている。銃架から自分の小銃を取り、槓桿(チャージングレバー)を一杯に引き薬室(チャンバー)内点検を実施した後、テッパチを被り装具の点検もして上番報告をしたのち位置についた。

 

 

「......。」

 

 

野営地や村の周りは、相変わらず鳥のさえずり、カエルの鳴き声などで一層長閑さが増して感じる。その自然の中に溶け込む敵を見つけ、報告し早期対応するのが歩哨要員の任務であるが本日はまだ襲撃等の兆候は見られない様子だ。その歩哨につく様子を、遠方から監視する忍びの姿があった。

 

 

「...........。」

 

 

特に攻撃動作を行うわけでもなく、その場で監視する忍び。その目的とは、いったい何であろうか.....。


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