再会した幼馴染が女になってた   作:鴨パ

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幼馴染が女になっても2

 数日はダラダラして過ごした。

 スマホをして、近くのコンビニにお菓子とかアイスとかを買いに行って、久々にテレビを見て、スマホして、寝て。

 あいつのためにここに戻ってきたというのに、何もできず夏休みを謳歌してしまっている。

 

 夏休みというのはある種の悪魔で、何かしなければならないことがあっても、これでいいと思わせにかかる。

 しかし、どうにも俺には難しい事柄だった。

 この事態への取り組み方すらわからないのだ。

 

 焦燥を感じすぎて何も思わなくなったその日の暮れ頃、スマホに一件の通知があった。

 

 澪からのメッセージで、八時に羊公園に来てという旨の簡素なものだった。嫌だった。

 けれども、今回ばかりは「何もしないという選択」を続けることはできない。

 あいつのためにも、俺は動かなくてはならない。

 

 

 

 俺の家から、ゆっくり歩いて二十分程度の場所に緩やかな山がある。その麓、拓かれて公園となった場所が、羊公園。正式には第一なんとか公園だが、羊の遊具がいくつもあるためそう呼ばれていた。

 

 スマホで時間を確認しながら俺は公園に到着した。

 20:07。少し過ぎてしまった。

 普段時間には気をつける方だが、夏の怠惰にやられたようだ。

 

 数本の柱に支えられた屋根。その下にコンクリ製の円形のテーブル、テーブルを囲む台のような椅子が設置されている。

 近くの街灯が椅子に座って待っている彼女の足元を照らし出していた。

 俺の嫌いな女。澪。

 俺に気づいたようだが、特にアクションも起こさずスマホをいじっている。

 

 テーブルを挟んで反対側の椅子に座った。

 立ちっぱなしでもいいが、さすがに失礼だ。

 

「……調子はどうだ」

 

「……最悪」

 

「南の方は」

 

「最悪よ」

 彼女はようやくスマホから視線を剥がし、こちらを向いた。

 

「ずーっと元気ない。ボケっとしてるし、いきなり鬱入ったり、泣いたり、夜な夜な一人でどっかうろついてるみたいだし、そんな感じ。自分の何が悪かったのか私にめっちゃ訊いてくる」

 

「そうか」

 

 苛立ちを隠さない彼女の言葉。

 俺はそこまであいつを苦しめているのか。

 そして、こいつはそこまであいつを想ってやっているのか。

 

「……別にあいつは何も悪くない。悪いのは……俺だ」

 

「そんなことわかってるわよ!」

 

 店じゃなく公園に呼び出した理由はこれだろう。

 俺を怒鳴るためだ。

 

「ねぇ何がダメなの? なんで? なんで断ったの?」

 

「……」

 

 言ったところで彼女にわかるのか。

 

「ねぇ! 誰にも文句言われずに付き合えるのに、なんで!」

 

「俺が好きなのは俺の知ってる南だからだ」

 

「なんなの……この、ホモ野郎…………」

 

 だからこの女は嫌いだ。

 俺が同性愛者であることにどれだけ苦しめられているか知らず、ただの罵倒に使う。

 こんな女と南が仲良くやっているというだけでも俺にとってはかなりの苦痛だ。

 

「あんたは南が男だったから好きになったの?」

 

「……違う。好きになった相手が男だっただけだ。男だから好きになるなんてことはない」

 

「だったらいいじゃない! せっかく、南が女になって、運良くあんたのこと好きになったんだから……! 誰も、何も言わないわよ!」

 

「そんなのおかしいだろ。俺が……俺がどれだけ悩んだからわかるか? 何回、自分が男に生まれたのを悔やんだかわかんのか。お前に」

 

「そんなの知らないわよ! じゃあ何で断るのよ。意味がわからない」

 

「俺が……自分が男だから、あいつのために諦めたのに、あいつは女になって、それで……それだけで俺と恋人になることが許される……」

 

 だから、そんなことが許されてしまうことが、俺は許せなかった。

 

「そんなの、おかしいだろ。俺が苦しんできたこととか、悩んできたこととか、全部、全部、無かったみたいになる! そんなの……そんなのが……」

 

「このっ」

 

 澪が立ち上がったかと思えばテーブルの上を俺の方まで歩き、手を振りかぶった。

 

「自己中!」

 

 乾いた音がこだました。

 

 味わったことがないほどの強烈な痛みが頰を焼く。

 手首を裂いた時のような寒気のする痛みではなく、熱い痛み。

 

「自分のことばっか! 南のことなんか全然考えてないじゃん!」

 

 痛い。

 

「あんただって私の気持ちわかんないでしょ! 私がどれだけ悩んで、南の友達になるって決めたか!」

 

 痛いんだ。

 

「南のこと、ずっと、ずっと好きだったのに……南が女になったから、友達にしかなれなくなった……! 私の気持ち、わかるの!? あんたに!」

 

 わかるさ。

 だからもうやめてくれ。

 

「聞いてんの! 雀!!」

 

 これ以上お前を見せないでくれ。

 これ以上俺を見たくないんだ。

 

「南と幸せになるのを諦めて、南が幸せになることを選んだのに、なのに! あんたは! なんで!! ふざけないで!!」

 

 痛い。

 俺が痛いようにお前が痛いのがわかる。

 

「誰も救われないでしょ! あんたが……あんたがちゃんと、南を見てやれば…………全部…………」

 

 澪はコンクリのテーブルの上で崩れ落ちるように、力なく座り込んだ。彼女の手のひらが見えた。痛々しいほど赤くなっている。

 

「……泣くなよ」

 

 汗を拭くつもりで手に持っていたタオルを彼女に手渡す。彼女は怒ったように顔を歪めるとそのタオルを奪い、顔を埋めた。

 

 知らなかったよ。お前がこんなに南のことが好きだったなんて。

 それにその怒りも、涙も、半分はお前自身のものだとしても、半分は南のものなのだろう。

 人のために怒ってやれて泣いてやれる、そんな人間だったんだな。よく見えてなかった。いや、見ていなかったのか、俺が。

 

「……あんたこそ」

 

 どうすればいいのかわからず、夜風に当たる。

 誰かに話すことで、こんなに楽になるものなのか。

 ここまで真っ向から自分を見て文句言われることに、これほど救われるのか。

 背負っていた重石が風に溶けていくような清々しささえ感じる。

 

「……」

 

 答えはずっと俺の中にあった。

 彼女が――澪が俺の顔を引っ叩いてそれと向き合わせてくれた。

 

「なぁ澪。俺、どうすればいい」

 

「知らないわよ」

 

 木々の闇が近い薄暗い公園。

 羊たちは眠るように、街灯の光に白く照らされている。

 

「……あんたは自分のことで手一杯すぎ。まずそれからどうにかしたら」

 

「…………そうだなぁ」

 

 その通りだ。

 他人である彼女からもそう見えるなら、俺は間違っていなかった。

 

 俺を俺たらしめるもの。

 俺を俺に縛り付けるもの。

 俺が俺に閉じこもる理由。

 

 知っていた。昔から、ずっと。

 

「まずは家族だな……」

 

「……なんの話よ」

 

「こっちの話」

 

 向き合わなくちゃいけない時が来たんだ。

 

「……」

 

 俺に足りないのはただ二つ。

 

 勇気と覚悟。

 

 うんざりするくらいありふれているものだ。

 

「……用事ができた。帰るよ」

 

「……さっさとしなさいよ、ほんとに」

 

「ああ。補導されんなよ」

 

「……わかってる」

 

 俺と澪だけが南が男だったことを覚えている。

 あいつのことが好きな、俺たちだけが。

 俺の背中に、澪の想いを託されたような気がした。

 

 

 

 帰宅。

 玄関で遊びに出ていくつもりらしい楽と鉢合わせる。

 

「すまん、ちょっと話がある。時間いいか?」

 

「おいそれどうしたんだよ? 誰にやられた」

 

 公園の水道で顔を洗い泣いた跡は消えているようだが、頰の腫れは治まっていない。

 

「なんでもいい。だから今、大丈夫か?」

 

「ま、まぁ、ちょっとなら……」

 

 怖い。すごく怖い。

 手も震えそうだし悪寒を感じる。

 

「あっちで座って待っててくれ」

 

 楽をダイニングへ誘導し食卓につかせる。

 リビングへ。やはり、テレビを観ている父が居た。

 

「お前、それどうした」

 

「父さん、話がある。あっちに来て」

 

 父さんなんて呼ぶのはいつぶりだろう。

 長らくそんな風に呼んだことがなかった。父もそれに多少は驚いているようだった。

 

 夫婦の寝室へ向かう。

 母が小型のテレビでドラマを観ていた。

 

「どうしたの……」

 

 俺がこの部屋に来ることはまずないし、頬の跡もあって困惑している。

 

「母さん、話がある。来て」

 

 俺も席に着き、食卓に家族四人が集まった。何年ぶりだろう。

 俺も楽も中学のあたりからは親と一緒に飯を食べなくなっていた。

 

「父さんと母さんに伝えたいことがある」

 

 楽が反応を示す。俺が二人をそんな風に呼ぶのが意外だから、だろう。

 

 深く息を吸った。

 一度では足りず、なんども空気を吸い込む。

 

 あの時、俺に告白する直前の南の息を思い出す。

 あいつもこんな風に、立ち向かう準備をしていたのかだろう。

 

 体を落ち着けて、心を落ち着けて、ただ一言口にする勇気を、体の隅々から集める。

 

 言葉というのはこんなに重かったんだ。

 人と向き合うのはこんなに大変だったんだ。

 今ならわかる。

 今になってやっとわかった。

 

 ごめんな、澪。

 それと、ありがとう。

 お前の叶えられなかった分までちゃんと俺が背負うよ。

 報われなかった俺の分だって俺が背負おう。

 もし何一つ上手くいかなくても、すべて受け止める。

 それが、覚悟だ。

 

 そしてこの一言。

 これこそが。

 

「離婚、してくれ」

 

 勇気だ。

 

 三人が目を見開いて驚きを示した。

 空気が凍るというのは、まさにこの瞬間のことを言うのだろう。

 

「……おい、なんなんだ、いきなり」

 

 沈黙を破ったのは、家長の父だった。

 

「俺たちがいつまでも家族なんてやってたら不幸になるから」

 

「……ねぇ、どうしたの?」

 

 続くは母。

 

「父さんが援助交際してるのも母さんが不倫してるのも楽がタバコも酒もやってて彼女を無理に中絶させたのも知ってる」

 

 再び三人に衝撃が走る。

 俺に気づかれていたことと、さらにほかの家族の前で口にされたこと。驚きは大きかっただろう。

 

 でも、深く考えれば不思議なことじゃない。

 案外見てるもんだ、家族ってやつは。

 

「お前、何を……!」

 

 父が立ち上がる。激昂に彩られた表情。拳は強く握られていた。

 彼が怒っている顔など、人生で初めて見た。

 

「父さんやめなよ」

 

 楽が諫める。彼は静かに腕を組み瞠目している。

 

「聞こう」

 

 額のその言葉で父は座した。

 冷静に見える楽も息が荒く、複雑な表情をしている。

 

「これまで言わなかったけど俺はゲイだ。同性愛者だ」

 

 それで再三、食卓は沈黙を余儀なくされる。

 

「あと、これ」

 

 俺は左袖をまくって、腕を見せる。

 治りかけの、しかし跡は決して消えない無数の傷。

 その切り傷の意味は、彼らの表情を見る限り理解できているようだ。

 

「……俺たちは、この家族と家族やってることがストレスなんだよ。だから逃げてる」

 

 そうだ。どれも逃避に過ぎない。

 先送りに過ぎない。

 

「別にいいじゃん。結婚してることが幸せじゃないし、離婚が不幸ってわけでもないと思う。そんなの、周りがどう思うかだけだから、自分がどうなのかが大切だと思う」

 

 怖い。彼らが逆上するかもしれない。

 殴られるかもしれない。それくらい横暴なことを俺は言っている。

 でも、言わせて欲しいんだ。

 

「だから、一緒にいるのか苦痛なら、別れてほしい。楽だって俺が面倒見る。周りにも嘘をつけばいい。誰もいない県外に行けば何言われたって痛くもかゆくもない。だから、世間体とかより、自分の幸せを大切にしてほしい」

 

 これは俺のわがままだ。

 大抵の人は自分の中に明確な基準がない。

 周囲の目などを参考にして、おおよその基準を定めている。

 彼らの、「家族を持っている」というステータスの価値も理解できてる。

 だけど、そんなもののために自分を追い詰めないで欲しい。

 

「……息子として、家族としてお願いします」

 

 誠意を持って、頭を下げた。

 

 人を見れば自分が見える。

 俺が家族にかける言葉は、俺が俺にかける言葉だ。

 

 静寂が耳に痛かった。

 何分も、誰も言葉を発しなかった。その間俺は、誠意を絶やすことなく頭を下げたままだった。

 

 しかし、変化は訪れる。

 かりそめとはいえ一家を二十年近く支えてきた男が、みなを代表するように口を開いた。

 

「……頭をあげてくれ、雀。考える時間と、話し合う時間が欲しい」

 

 父に雀と呼ばれた。少し、嬉しかった。

 

「わかった」

 

 俺は全員の顔を見渡して、そして玄関へ向かう。

 やり残したことがある。

 

「どこ行くの!?」

 

 俺たちに無関心だったはずの母が、俺に行き先を尋ねた。

 

「南に用事がある」

 

 

  ◇

 

 

 澪は、あいつが夜中に一人どこかへ外出していると言った。

 俺はあいつの一番の友達だった男だ。

 知っているとも。あいつの居場所なんて。

 

 夜の町を進む。

 地面は確かにある。踏みしめるようにして歩く。

 

 すごく体が軽い。

 自分にばかり向いていた意識が、外の世界を正しく認識している。

 夜風はこんなに涼しくて、夏の夜は香りに満ちている。遠くに場違いの蝉の声、町の窓の明かりからは話し声。

 

 緊張する。

 呼吸が難しいし、体に変に力が入る。

 

 心細い。一人であることが心細くなるとは思わなかった。一人に慣れていると思っていた。けど、違ったみたいだ。

 

 ようやく目的地を視界に収めた。

 俺たちの卒業した小学校だ。

 

「すぅうう…………はぁあああああ…………」

 

 あいつはここにいる。絶対に。

 

 その時、ポケットのスマホに振動。

 スマホを見れば、楽から『がんばれ!』とだけ送られていた。

 

「ああ」

 

 俺は大きく踏み出す。

 

 

 

「君、そこでなにしてる!」

 

 校庭のブランコで一人揺れる後ろ姿に声をかけた。

 

 そいつは飛び上がって振り向き、そして薄暗いながらも月光で俺の顔を認めたようだ。

 

「えっ……な、なんで……? ジャック?」

 

「うん。久しぶり」

 

 警戒するように南はこちらを見つめている。

 トレパンに伸縮性のありそうなシャツ。ねまきだろうか。

 俺は南が座っていた隣のブランコに腰掛けた。

 こいつはブランコに乗ると落ち着くらしく、特に小学校の頃のブランコがお気に入りだった。

 

「帰って、来てたんだ……」

 

「伝えたかったんだけど、俺のメッセージ見てないみたいだし」

 

「ご、ごめん……」

 

「いいよ、別に」

 

 言葉を用意していたのに、この期に及んで頭が真っ白になってしまった。

 思い出すべく小さくブランコを揺らした。

 

「……お前さ、俺と澪の共通点わかるか」

 

「…………私が男だったことを覚えてること」

 

 南はところなさげに立ちながら小さく答えた。

 

「そう。お前が男だって覚えているには条件がある。わかるか」

 

「……何回も考えてみたんだけど、わからなかった。ランダム……なんじゃないかな」

 

「俺も澪もお前のことが好きだった。お前のことが好きだったこの二人だけが、お前が男だったことを覚えてる」

 

「えっ……」

 

 南は半歩踏み出す。

 

「待ってよ、ジャックは私が男だった頃を覚えてるんだよね? なのに私のことが好きだった……?」

 

「ああ。男のお前が好きだった。俺はゲイだ」

 

「あっ……ああ、そっか…………」

 

 俺の言葉にショックを受けたように、南はおぼつかない足取りになって、耐えかねたようにブランコに座った。

 

「私が女になったから……ダメだったんだね…………」

 

 あの時俺が出した答えは、つまりそういうことだ。

 

「澪も、すごく私のためにいろんなことやってくれるなって、なんでだろって思ってたんだ……。そうだったんだ」

 

「……今のあいつはお前のこと友達として大切にしてるらしい。思うところはあるだろうけど」

 

「へへへ。……どっちにしても、ありがたいね。親身になって私の面倒見てくれたんだし」

 

「そうだな」

 

 あいつがどんな気持ちで南を助け続けたのか、俺にはわからない。だけど、彼女の葛藤を理解してやりたいと、切に思う。

 

「酷いなぁ…………。せっかく、せっかく好きになったのに…………酷いよ…………」

 

 湿った声。見れば、綺麗な顔を歪めて涙を溢れさせていた。しばらくそのままにしてやった。

 

「……ねぇジャック」

 

 しばらくして、南はブランコから立ち上がって俺の前に立った。

 

「なんだ」

 

「最後に……キスしてほしい」

 

「……なんで」

 

「いい思い出にして終わらせたい。ジャックとの時間を嫌な感じで締めたくたい」

 

「……よし、わかった」

 

 立ち上がる。

 中学の時は同じくらいの背丈だったが、今は俺の方が大きい。ほんとに、 女の子になってしまったのだと改めて実感する。

 

「目閉じろ」

 

「わ、わかった」

 

 南はささっと涙を拭うと、俺の言った通りに目を閉じた。呼吸は落ち着いている。

 彼女の両肩に手を乗せた。

 

「お前は自覚してなかっただろうけど、俺はお前にめちゃくちゃ助けられてた」

 

「……そんなことないよ。私だって……。こんな私に好き好んで着いてきてくれたのはジャックくらいだったんだよ」

 

「そんなことは」

 

「ううん。私のわがままだったりいたずらだったりにうんざりせず、全部付き合ってくれたのはジャックだけ」

 

 まぁ、確かに、南というやつはちょっとうざいし厄介な人間だ。

 でも、それだけの人間じゃない。それを知れるほど付き合い続けたのが俺ぐらいだった、という可能性もあるが。

 

「澪もね、めちゃくちゃよくしてくれるんだけど、やっぱりジャックの前だと、余計なことなんも考えないでいられるから、一緒に居てすごく楽しかったよ」

 

 澪に聞かれたら怒るだろうな。

 まぁあいつだってそんなこと理解していたのかもしれない。だから俺に嫉妬して毛嫌いしていたのかもしれない。

 今となっては可愛いものだ。

 

「俺もそうだよ」

 

「えへ……そっか」

 

 南は嬉しそうに微笑む。

 

「…………ジャック、告白とかして、ごめん。これからも友達でいて欲しい」

 

「……嫌だ」

 

 そうか。俺たちならこんな風にやり直せたんだ。

 中二の夏祭り、俺はこいつに告白しようとした。

 だがやめた。関係を壊したくなかったから。

 迷惑をかけたくなったから。

 嫌われたくなかったから。

 

 でも、俺たちならやり直せた。

 南ならやり直させてくれた。

 

 俺を追い詰めていたのは、俺自身だったんだ。

 

 悲痛に顔を歪めてしまった南。

 少しいじめすぎた。

 

「代わりに、祭りの時にお前の告白断ったじゃん。あれ、無しな」

 

「えっ!?」

 

「目閉じろ!」

 

「えっ、あ、うん……」

 

「あれは無し。澪に言われて気づいたんだけど、俺は男の南が好きだったわけじゃない。好きになった南が男だっただけだ」

 

 それでも俺がゲイである事実は揺るがない。

 俺がそれに苦悩していた事実も消えない。

 だけど、もうそれが断る理由にはならない。

 

 南は俺のことが好きで、俺は南が好きだ。

 そんな単純に考えたっていいだろう。

 これは俺への否定にはならない。

 あの時の俺は今もまだ俺の中で生きている。今の俺にすべてを残して過ぎ去ってしまっている。

 前に進んだっていい。それもまた、選択だ。

 

「そんなわけで、返事はオーケーに変更します! これからよろしくお願いします!」

 

「ええっ!? ちょっ」

 

 照れ隠しもあって、口封じをするつもりでキスをした。さすがに相手が痛いほどに強引にはやらなかったが。

 

「ん、んんんんん!?」

 

 何か喋り出そうとしたので顎を掴んで口を開けないようにし、キスを続行。

 数秒もしないうちに彼女は抵抗をやめた。

 

 ロマンチック要素はゼロだが、俺たちはこんな感じでいい。

 

 最後にちょっとの間だけ真面目な雰囲気でキスができた。俺は顔を離す。

 

「……ふぅ」

 

「ふぅじゃねぇよ!」

 

 南の鋭い足蹴りが命中。ふとももがイッた。

 

「あああああああ……!」

 

「バカ! バカッバカ! バカ!」

 

 悶える俺に弱々しいパンチがいくつも繰り出される。甘んじてその攻撃を受けていてやると、満足したのかその手を止めた。

 

「はぁ……はぁ……。まったく……お前ってやつは……」

 

 なぜか息切れしている。顔が真っ赤だ。

 

「ちょっとした仕返しだよ。いつもからかわれてるんだからこんな時くらいはいいじゃん」

 

「よくない! こんな時にやるのは一番よくないからな!」

 

 何を言ってもうるさそうなので黙ることにした。

 

「はぁ……。じゃあどれがほんとなの?」

 

「全部」

 

「ゲイなのも澪のことも……?」

 

「うん」

 

「はぁ……」

 

 心底疲れた顔でため息をつく南。

 いつも遊ばれてる俺の気持ちが少しくらいはわかっただろうか。

 

「南」

 

「何?」

 

 右手を差し出す。

 彼女の華奢な手がその手を取った。

 

「これからよろしく」

 

「こちらこそ」

 

 南は嬉しくてたまらないといった笑顔を見せる。

 きっと俺も、こんな顔で笑っているのだろう。




 
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