啓蒙99の狩人が発狂しているのは間違っているだろうか 作:ケツに腕を突っ込んで魔石を引き抜く変態
エイナ・チュールはギルドの受付嬢だ。
ダンジョンに挑む冒険者たちのため、日々せっせと働いている。
今日も一人でも多くの冒険者が無事に帰るよう、張り切って受付に立っていた昼下がり。
彼女の、いやギルドの頭痛の種は入り口を蹴破って現れた。
「ヒャハ、ヒャハッ! ヒャハハハハハハァーッ!」
突然の事態に何事かと視線が集まる中、ソイツは狂笑していた。
分厚い聖布を赤々と汚す大量の返り血。
装備者の理性を疑う金色三角のイカれた兜。
極めつけは肉片がこびりつくどデカい車輪。
誰が見てもまともではない、狂人の類がそこにはいた。
「私はやりました、やりましたぞ! 穢れた怪物共を、潰して潰して潰して、ピンク色の肉塊に変えてやりましたぞ!
どうだ、怪物めが! 如何にお前が凶悪だとて、石と肉片に成り果てれば、何ものも食い殺せないだろう!
すべて内側、粘膜をさらけ出したこの姿こそが、おぞましい貴様らには丁度よいわ!
ヒャハ、ヒャハッ――――私はやったんだあああああああああああああああああーっ!!
ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァーッ!」
狂人は血の滴る背負い袋を高々と掲げ――換金所へ全力でぶん投げて笑いながら走り去っていった。
「……エイナぁ、どうしよぉ。また色んな所が血塗れだよぉ……」
「…………掃除、するしかないでしょ。私達はギルド職員なんだから……」
同僚のミィシャが泣き言を漏らす隣で、ひくひくと顔を痙攣させるエイナはずれた眼鏡の位置を直した。
一部始終を眺めていた冒険者たちは、なんだアイツかといつもの日常に戻る。
そう、ソイツはオラリオでは特に珍しくない。
どこにでも現れる会話が一切通じないヤツ。そう認識されている。
その時点で十分おかしいのだが、誰もそう思わないほど長い年月、ソイツはオラリオにいた。
姿を変え言葉を変え、好き放題やりまくっていた。
ギルドは頭を抱え、冒険者は新人の手荒い歓迎がわりにソイツと接触させ、神々は爆笑する。
オラリオの人と神は、愉悦と嫌悪と興味と諦観と快楽と呆然と称賛と畏怖を携え。
いつの頃からか、ソイツを『頭のおかしいアイツ』、もしくは『関わってはいけないあの人』。
――――あるいは【狩人】と、呼ぶようになった。
ベル・クラネルは新人の冒険者だ。
ダンジョンに出会いを求める、そんな青臭い夢見がちな考えでオラリオに来た。
そして本当にダンジョンで一目惚れをしてしまった少年は、今朝出会った街娘のすすめで『豊饒の女主人』という飲食店を訪れていた。
美人の従業員にドギマギし、値段に驚倒しながら食事をしていると――ギシィッ! と、やけに重苦しい床の軋む音が店内に響く。
びっくりしたベルが振り向くと、そこには黒い様相の男がいた。
薄汚れた首巻きを垂らす男だった。
なぜか目元を包帯でグルグル巻きにした男だった。
普通に危ない抜身の斧を堂々と手に持った男だった。
男はギシギシと床を踏み鳴らして、カハアッ、と蒸気を吐き出した。
明らかにヤベー奴だった。
「むぐうっ!?」
あからさまに危ない男にベルはむせた。驚きで喉が詰まりかけ、ドンドンと胸を叩く。
え、なんで? なんであんな見るからに危なそうな人がこんな所に!?
混乱するベルを他所に従業員の一人が気付き、早足で男の下に向かう。
「いらっしゃいませニャー!」
「……匂い立つなあ……」
「ご注文はなんですかニャー?」
「堪らぬ匂いで誘うものだ」
「いつものメニューですニャー? かしこまりましたニャー!」
「えづくじゃあないか……」
「代金は前払いとなっておりますニャー!」
「ハッハッハッ……ハッ、ハハハッ!」
「それでは奥の席へどうぞですニャー!」
え、なんで会話が成立しているの?
ハラハラ見ていたベルは従業員の少女に戦慄を禁じ得ない。男は男で懐から有り金を全部差し出し、促されるまま店内に入った。
カウンターの端にいるベルの、角を挟んだ隣の席へ。
「…………えっっっ!?」
顔を硬直させるベルの横に男はドカリと腰を下ろす。そのまま首をベルの方へスライドさせ、ビビる少年にニイィと犬歯を剥いて笑った。
「……貴様、狩人だな」
「はっ、えっ!? いやあの、僕はそのっ!?」
「ああ、ダンジョンは普通じゃあない」
「えっ!?」
「……躊躇するなよ。姿が見えたら、それはもう怪物……そうでなくとも、やがて怪物となるのだからな……」
「そ、それってどういう……」
「ハハハッ、ハハハハハハハッ!」
「あ、あは、あはは……?」
男は言うだけ言って、正面に向き直る。
なんなんだろう、この人。一体どうすればいいんだろう。
ベルが動揺しどうしようか迷ってる間に、男は給仕された料理を無言で食べ始めた。
「ベルさん、その人の事は放っておいていいですよ」
「え、でも」
「その人はオラリオでも有名な話の通じない人ですから」
「そ、そうなんですね……」
「はい、そうです! ですからその人のことはおいといて、私とお話しましょう!」
男のメニューを持ってきたシル・フローヴァに流されるまま、ベルはぎこちなく話し出す。
しかし男の存在感が強烈過ぎて、正直何を話したかまったく覚えていなかった。
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインに釣り合わねえ」
その声と同時に白い獣が走り去っていった。
【狩人】は気にしない。それは狩るべき獲物ではないのだから。
しかし頭を掻き毟る気色悪い咆哮の主は、どうやら酔っている。
酔っている――血に酔った獣。酔いは即ちそれにしか繋がらない。
ああ、ならば【狩人】はどうするだろう。悪夢を彷徨う【狩人】は、きっと己の遺志であろう言葉を吐く。
「獣、獣、獣……どこもかしこも、獣ばかりだ……貴様も、どうせそうなるのだろう?」
「アァッ?」
灰色の獣を融けた瞳に捉え、【狩人】は立ち上がる。狩りを全うするために。
だが灰色の獣もまた獲物ではない。故にこのままでは保てない。
啓蒙が脳液を揺さぶる。【狩人】の世界が歪み、崩壊し、また立ち戻る。
斧はいつしか、杖となり。目元を覆う包帯はバケツのような兜に取って変わった。
「ほう、面白い。連盟を敵に回すか」
「何を言ってやがんだてめえは。喧嘩売ってんのか?」
「ならばお前は獣だ! 穢れた汚物というわけだ!」
「獣だぁ? ハッ、上等じゃねえか! 口だけの雑魚がよぉ、文句あんなら来いよ!」
「ちょ、ベートぉ、やめた方がええで〜。ソイツに関わると面白、いやいやめんどい事なるからなぁ〜」
「ロキ……面白がってる場合じゃない。やめろ、ベート。その男は……」
「うるせぇフィン! 俺の喧嘩だ、指図すんじゃねえ!」
軟体生物と小さな金の獣を無視して灰色の獣は咆哮する。ああ、うんざりだ。
そこらじゅう汚物ばかり。せめて耳障りな音を止めねば、「虫」で溢れ返ってしまう。
【狩人】は揺蕩う思考のまま、灰色の獣に殴り飛ばされた。宙を飛び、無様に転げ回る。
全ては夢、全ては悪夢。青ざめた血は途絶え、幼年期は終わりを告げた。
気づけば立っているのは【狩人】で、転がっているのは灰色の獣だった。
「……ほうら、やっぱりそうじゃあないか。気色悪い「虫」が蠢いてるぜ……情けない糞袋野郎が……」
周りの獣の喧騒が絶える。押し固められた息遣いが狩りへの誘いを芳醇に醸す。
どれもこれも獲物ではない。歪んだ夜をひとしきり笑った【狩人】は、灰色の獣に儀式を施す。
仰向けに倒れる獣の顔に、たっぷりと真珠ナメクジを塗りたくった。
途端、軟体生物が触手を吹き出し、腹を抱えて交信を始める。他の獣共は一様に灰色の獣から遠のいた。
さもあらん。精霊を獣は理解できない。アメンドーズ、アメンドーズ。憐れなる落とし子に慈悲を。
準備を整えた【狩人】は脳裏に《苗床》のカレル文字を刻む。ここからが本番だ、寄生虫を懐から取り出そうとし。
「店を汚すんじゃないよアホンダラアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
獣血の主に殴り潰され、ビターンッ!! と床に陥没した。
「ギャアアアアアアアアッ! ああ、これが目覚め、すべて忘れてしまうのか……」
迫真の断末魔が響き渡る。いつもの言葉が勝手に口から漏れ出る。
そのまま【狩人】は、シュワアアアアと消えていき。ドウウウウゥゥゥゥンと世界が暗く陰る中、目覚めをやり直すのだった。
「ねえ、あなた。私はコマドリ。ゆるゆると、私卵になるのかしら?」
「申し訳ありませんが、私ではお答えしかねます。神に聞いてみてはどうでしょうか?」
受付に寄りかかって尋ねてくる【狩人】に、エイナは鋼の笑顔で対応していた。
【狩人】はよくギルドに来る。特にダンジョンに潜った後は必ずと言っていいほどだ。
しかも血塗れで来る。粗暴な冒険者相手とはいえ、いやだからこそ清潔を第一とするギルド本部を【狩人】は容赦なく汚していく。
掃除は勿論ギルド職員の仕事だ。だからギルド職員は【狩人】が露骨に嫌いである。人の良いエイナでさえ冷たい鉄仮面を被る。
最初はそうではなかった。長年ギルドを悩ませる頭痛の種をエイナは解決しようとした。
しかし来るたびに仕事を増やし、大抵の場合奇行を繰り広げる。
この前のただ発狂して戦利品を投げつける程度ならかなりマシな部類だ。虫を出しては延々と踏み潰したり、得体の知れない汁を撒き散らしたり、「合言葉は?」と言ってギルドの入り口を塞がれるより全然マシだ。
ひどい時は何日も何日も柱に頭を打ち付けぶつぶつと呟いていた。柱は折れ、やたらめったら多い【狩人】の血がコンコンと汚し続けた。
冒険者に『処理』して貰わねば今もそうなっていたかもしれない。笑顔を貼り付けるエイナは【狩人】と事務的に向き合っている。
とても澄んだ瞳だった。軽装にトップハットの【狩人】は脂ぎった中年の髭だらけの顔から幼い少女の美声を吐き出している。
その瞳もまた無垢な色を宿していた。きっと悪気はないのだろう。【狩人】はただ純粋に疑問を問いかけているだけなのだろう。
「ピチャ、ピチャ、ピチャ……チュパ、チュパ、チュパ……」
そのまま肩に担ぐ得体の知れない骨の塊をしゃぶりだす【狩人】を見てエイナは思った。こいつは間違いなく狂人であると。
深く考えてはいけない。過去、【狩人】を理解しようとして日常生活を送れなくなった哀れなギルド職員がいる。「ちあきら」なるものに囚われた職員は異国の空の下、今も地底を掘り続けているのだろうか。
止めるべき思考だ。ただ受付嬢として無心に相手をすればいい。【狩人】はその内いなくなる。それをなぜか一番多く絡まれているエイナは経験則で知っていた。
「ねえ、あなた。海の音は不思議ね。嵐のようで、雨のようで、でもゆっくりと、滴るように、私の底から響いてくるの……私の底から、やってくるの……
でもゆっくりと、滴るようにね……」
「そうですか。それは良かったですね」
エイナは自動人形のように言葉を返し続けた。やがて飽きたのか、【狩人】は「ちょろり、ちょろり」と呟きながらふらふらと外へ出ていった。
無論、血塗れだったのでエイナの受付台とそこに至る通路は全て汚れ切っている。鉄仮面を保つエイナは、ドン引きしているミィシャに気づかないふりをして黙々と清掃にとりかかった。
ギルドを出た【狩人】は晴れ渡る空を見上げた。
全ての真実を見通す【狩人】の瞳も、ずっと夜にあるわけではない。日が昇れば
獣の行き交う雑踏に紛れ、時折過ぎる軟体生物を記憶する。近しく遠く、決定的に違いながらそれらと【狩人】は似通っている。
いつしか疎通を為す日も来よう。彼らの腹を抱え転げ回る独特の交信が、【狩人】の耳に届く日が来るのなら。
紐を胸の辺りに通す軟体生物から得体の知れない何かを潰し潰し潰し衣をつけて揚げた物を買った【狩人】は、唾液ではない粘液を分泌する舌先で脳喰らいのように摂取した。
「あ、あのぉ〜……」
そうしていると、不意に獣の鳴き声が背骨を這い上がった。見れば、いつしかの白い獣が恐る恐る近づいてくる。
【狩人】はジュルルルルッと病巣のような物の内部を吸い取り、側だけになった衣を包み紙ごと咀嚼した。そしてさっきより三歩ほど遠い距離にいる白い獣を見つめる。
「あ、あの、貴方が『豊饒の女主人』で僕の代わりにお金を払ったと聞いて……その、も、申し訳ありませんでした!」
白い獣が腰を折る。頭を下げる行為は突進の前触れだろうか。しかし、この獣は狩りの対象ではない。無視しようとすると、白い獣は袋を差し出していた。中身はおそらく硬貨である。
【狩人】は思い出す。名状し難い臓物の山を差し出す獣血の主は、【狩人】の硬貨を時に食い逃げの補填にすると。獣が対価を払うなど片腹痛いことだが、ここではそれが尋常だ。
だから、【狩人】は受け取らなかった。元より悪夢に住まう精神には不要なもの。少しばかり押し問答を繰り広げ、白い獣ははたと思い出したように鳴き声を上げる。
「あ、そうだ。今更なんですけど、僕はベル・クラネルと言います。その、貴方のお名前はなんて言うんですか?」
名前、名前。獣の咆哮を完璧に理解する【狩人】の耳は、それを聞いて少し止まった。
あっただろうか、なかっただろうか。【狩人】には名乗るべき多くの名前がある。そのどれを名乗るべきか。
聖剣の英雄か、最初の狩人か、狩人狩りの鴉か、時計塔の死者か、悪夢の主か、はたまた血の女王か。
どれでもいいし、どれもしっくりこない。少しばかり思考の瞳を働かせた【狩人】は、良い名前を思い出した。これならば、己を呼ぶに足る名であろうと。
白い獣に【狩人】は向き合う。そしてその名を口にした。
「9kv8xiyi」
「…………え?」
「3eukenpk……p3umyztu……」
「あ、あの……?」
「8ewm2xxxnkdye4zxqjpktusuw5s2ecp67enpbrtacasu4dqms3xhw58sjruq6b9s」
「ちょっ!? や、やめ、頭が、頭がアッ――――!?」
その日以来、【ヘスティア・ファミリア】の廃教会に、【狩人】が現れるようになったという。
【狩人】
幼年期の終わり。頭上位者。9kv8xiyi。通称きゅーちゃん。あるいはきゅーけー。
終わらない悪夢を巡り続けて自己と他者の区別がつかなくなった発狂狩人。
記憶の中にある他者を自分と思い込み、その時々で言動・容姿がまるで異なる。
ひどい時はガスコインがアリアンナの服を着て人形のように振る舞う地獄が生まれる。
狩人アイは全てを見通す。世界は漁村とメンシスの悪夢をほおずきブレンドした発狂ワールド。人は獣、神は軟体生物。怪物はああ、窓に! 窓に!
狩人イヤーは全てを聞き取る。人の声は獣の咆哮でしかなく、全知無能の神の言葉は交信を用いなければ届かない。故に怪物の言葉も解している。
遠い昔オラリオに現れ、死んでは目覚めをやり直してきた。だからそういうものだと認識されている。
全ての遺志を継ぎ、超次元に至り、故に狂った狩人。赤子の上位者、人の獣。
その気になればオドンのようなこともできる。紐神の明日はどっちだ。
ベル・クラネル
白い獣。【狩人】に関わるべきではなかった。不憫な子。
やがて君も知るだろう。たとえ世界を違えようと、獣狩りの夜は、ずっと変わらない。
ヘスティア
胸に紐をつけた軟体生物。【狩人】についてよく知らない。紐神が紐神たるゆえん。
エイナ・チュール
【狩人】がギルドに赴くと半分くらいの確率で絡まれる可哀想なハーフエルフ。鋼の表情筋。
ミィシャ・フロット
同僚を気にかけつつも【狩人】に関わりたくない筆頭。【狩人】のせいで仕事が増える。許すまじ。
「ちあきら」に囚われたギルド職員
地底を掘り続け恐るべき嗅覚で宝石を見つけ出す。しかし「ちあきら」ではなく、職員にとって価値はない。家族はそれを元手に生活し、職員の療養を続けている。
ベート・ローガ
売られた喧嘩を買ったらいつの間にか負けていた上に顔にナメクジを塗りたくられた人。
平たく言えば軟体ゴキブリを顔に塗りたくられたのでその後の評判はお察しである。
赦してくれ……赦して……くれ……ヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒッ……
ロキ
神様専用【狩人】観察クラブの一柱。別にそういうクラブがあるわけではない。
腹を抱えて笑い転げる様が聖歌隊の交信と同一視されているとは夢にも思うまい。
シル・フローヴァ
【狩人】と絶対目を合わせない街娘。だって明らかに「見ちゃいけません」な人だもの。
アーニャ・フローメル
勢いで会話してたらそのうち慣れた。【狩人】と意思疎通できる数少ない人物。
ミア・グラント
獣血の主。
筆が進まないダンまちクロスに絶望し、最新刊が面白すぎてふとこんなものを書いていた。
早くクロスの続き書けこのスカタン!(自己罵倒)
一応ギャグのつもりです。