品川宿の旅籠は、その数93軒。大変な賑わいがあったわけですな。

1 / 1
落語 幽霊女郎

 

 

 

 えー、秋風亭流暢(しゅうふうていりゅうちょう)と申します。

 

 一席お付き合いを願いますが。

 

 ここで、いつもの小話を一つ。

 

 あそこに、囲いができたってね?

 

 へい。

 

 ま、これは昔からある小噺ですが、これから私がお話しするのは、ちっとばっかり、様相が違いまして。

 

 何が違うかって?そいつぁ聴いてのお楽しみってわけだ。

 

 

 

 

 時は明和元年。品川宿の旅籠は、その数93軒。

 

 ま、近くに寺や江ノ島があるもんですから、潮干狩りや釣り、月見の客で大変な賑わいがあったわけですな。

 

 そこには、飯盛女というのがいまして、ま、女中みたいなもんで。

 

 だが、飯盛女とは名ばかり。つまりは遊女。早く言えば女郎ですな。客の相手をするわけです。

 

 “品川女郎衆”と呼ばれ、吉原に次ぐ人気があったわけですが。

 

 女郎の人数で旅籠の人気が決まるってわけで、つまり、人気のある旅籠は、女郎も多いというわけだ。

 

 その一番人気の旅籠に、“お静”という、そりゃあ、目の覚めるような別嬪がおりました。

 

 年の頃は、二十二、三。

 

 キリッとした顔立ちで、その瞳は濡れたように輝き、程よい厚みのある小さな唇には、一寸違わず紅が引かれ、知性と色気を兼ね備えたような、そりゃあ、いい女だ。

 

 客が放っておくわけがねぇ。

 

 毎晩毎晩、お静、会いたさ見たさで、旅籠は大入満員。しっちゃかめっちゃかの大賑わいだ。

 

 

 

 その客の一人に、大山詣りのついでに寄った、“定吉”という、二十五、六の旅人がおりました。

 

 定吉は滅法、お静を気に入りまして、嫁にもらうことにした。

 

 お静の方も満更ではなかったもんですから、トントン拍子にことは運んだ。

 

 定吉は、日本橋にある呉服問屋の次男坊。

 

 釣りが来るほどの金でお静を買い取ったまでは良かったが、その後が良くねぇ。

 

 女房にしたはいいが、これが、飯は炊けねぇ、掃除はできねぇ、と来てる。

 

 ま、そんなことは女中にやらせれば済むことですから、構わないが。

 

 それより何より、化粧を落としたお静は大して別嬪でもなかった。

 

 白粉を塗ったくって誤魔化してたってわけだ。

 

 美人の化けの皮が剥がれ、他にこれと言ってなんも取り柄のねぇお静は到頭、定吉に飽きられちまって、離縁という話になった。

 

 そうなると、納得いかねぇのはお静だ。

 

 今更、女郎に戻る気もなく、何がなんでも居座るしかなかった。

 

 途端、定吉は家に帰らなくなっちまった。

 

 お静は悶々としながら、眠れない夜を何日も過ごした挙げ句、到頭、気が触れちまって、夢遊病者のように家の中を徘徊する始末だ。

 

 そんなお静の噂が広まっては、暖簾に傷が付くってんで、定吉の両親は家からお静を閉め出す画策をするわけですな。

 

 それから間もなくして、裏庭の井戸からお静の土左衛門が上がった。

 

 お静自らが井戸に身を投げたのか否かは定かではないが、お静の屍体は内々で処分し、隣近所には離縁ということにした。

 

 

 

 

 ――その後、再婚した定吉は人並みの幸せな暮らしを送っていた。

 

 だが、その幸せも長くは続かなかった。

 

 

 

 或る夜、床に就いてると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポチャッ……ポチャッ……

 

 と、水が滴るような音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

パッ

 

 と、定吉が目を見開くと、目の前にびしょ濡れの真っ白い女の顔があった。

 

 

 

 

 

 

「ヒェッ」

 

 びっくりした定吉は、慌てて身を起こすと、枕元の刀を手にした。

 

 ところが、振り向くと女の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

『さ~だ~き~ち~さ~ん』

 

 女の声がした。

 

 

 

 

 

 

ギクッ

 

 その声は、背中を向けて寝ている女房の方から聞こえた。

 

 女房の肩に手を置いた途端、

 

 

 

 

 

 

 

 

 びっしょり濡れたお静の顔が振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ギャーッ」

 

 

 

 

 

 

グサッ!

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

 

 定吉が(あや)めたのは、言うまでもなく女房なんですな。

 

 怖いのは女房だけじゃない。女郎も然(しか)りと言うわけでして。

 

 幽霊が出るとこにゃ、交通機関がないんだって?

 

 そうなのよ。一台のタクシーも走ってないのよ。

 

 なんでだい?

 

 

 

 

 

 幽霊だけに、足がない。

 

 

 

 

 

■■■■■幕■■■■■


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。