National Basketball Association 通称NBA
バスケットボール好きなら誰しもが一度は聞いたことのある名前だろう。
ニューヨークで設立された北米のプロバスケットボールリーグで、あまたのバスケの強豪が集うバスケの聖地。
身長や力に関してアメリカの人間と比べるとかなりのハンデを背負う日本人は、その世界では生き残るのが難しく、アメリカに渡ったとしてもスグに日本に帰ってきたり、あまりの大きな挫折にバスケ自体を止めてしまう人間も少なくはなかった。
だが、ある日本人が歴史をひっくり返す偉業を遂げた。
身長192センチ 体重75キロ。
彼もまたNBAを目指してアメリカにとんだ人間の一人だ。
だが、彼は今までの人間とはわけが違った。
確かに体格的にも日本であればそこそこは立ち回れるだろうが、アメリカであればハンデになるくらいには身長もなく、フィジカルも強いとはいいがたい。
初めは二軍入りも怪しいくらいの実力だった。
だが、彼はNBAであろうことかMIPという個人賞までもを獲得した。
MIPとは、そのシーズン中にもっとも成長した選手に贈られる称号。
彼は本場アメリカのトッププロと戦う中で、挫折を乗り越え覚醒した。
そのハンデさえも超越してしまうほどに。
シーズンで彼のチームが彼を入れて闘った試合の勝率は実に8割。
わずか1シーズンの間に彼はチームのかなめ的存在になり、人間の壁でも超えてしまったかのように成長を続けた。
そして、賞の受賞をさかいに豪の名前は日本にも広まり、日本には熱狂的なバスケブームが到来する。
アメリカに試合を観戦しにくる日本人も増え、自然と豪もやる気になる。
「よしっ!」
そして、休憩室を出て今日の試合へと向かおうと足を進める。
と、突然豪は全身に力が入らなくなって倒れる。
(なんだよ……これ……)
豪は自分の状態に心底驚いた。
苦しくもない。しんどくもない。
ただ、ひたすら力が入らなかったのだ。
そして、次の瞬間に、激しい眠気が豪を襲った。
それに抗うもあまりの強い眠気にあっけなく豪は眠りに落ちていくのだった……。
☆
意識がゆっくりと戻り始め、目を開けるとそこは真っ青な空だった。
はっきりとした意識が戻ると、中学の制服を着たその少年は勢いよく起き上がった。
「おいおい、なんだこりゃ……」
自分の身なりを見て、力なくつぶやく。
そして、すっと周りを一度見渡す。
少年は自分が学校の屋上にいるのだと確信するのにそう時間はかからなかった。
「俺は……夢でも見てるのか」
頬をつねってみる。
普通に痛いらしい、強くつねりすぎたのか頬をさすっている。
しばらく自体が呑み込めず茫然としていると、屋上の扉が開く音がした。
そちらの方を見やると、オレンジ色の髪の毛をした女の子がズンズンと少年の方へと向かっっていった。
「あなた、白谷 豪で間違いありませんね?」
「あ、あぁ……お前は?」
「私はわけあって名乗ることができません。あなたの今の状況を説明に参りました。」
表情を変えることもなく少女は話す。
豪は一瞬なにか言いたげな表情をしたが、抑えて落ち着き払った声で言った。
「……説明してくれ」
「話が早くて助かります。今のあなたの名前は、白谷
機械のように淡々と告げられる事実。
普通ならば意味の分からないことのはずなのに不思議と豪はすんなりと理解した。
この場合はある力によって理解させられた、という方が正しいのかもしれないが。
ここが、白谷 豪(ごう)のいた場所の未来の世界だということも、これから白谷 豪(すぐる)として生きていくということも。
だが理解したからと言って簡単に納得できる問題でもない。
でも、納得する以外先に進む方法もない。
豪は一つ大きなため息を吐いてから、少女に問った。
「で、俺はどういう扱いなんだ?」
「ご心配なく。あなたの言動に応じて順応していきます。家族は両親と妹が一人。家はこの地図の場所です。」
そう言って一枚の紙を少女は渡す。
すると、その紙にはおそらくこの街だろう地図がのっており、ある一点に赤丸が打ってあった。おそらくはそこが家ということだろう。
「では、今度こそ、良い人生を。白谷 豪。」
そう言って少女はスタスタと扉を閉めて屋上を出て行ってしまったのだった。
☆
良い人生を、と言われたところで豪にはもともとバスケしかないわけで。
だから、まず第一にこの中学でのバスケ部を捜した。
もちろん入部するなんて意志は豪にはない。
自分が中学レベルにおいて規格外なことなど重々承知している。
なんなら、今すぐにでもNBAに戻りたいくらいである。
だが、もちろんそんなことは今の状態では無理だ。
だが、何かするとすれば、それはやはりバスケを見ているのがいい。
一番その時が落ち着く。
まずは、体育館を、と校舎をするっと抜けてそれらしい別の建物に入ると、そこにはバスケの練習をしている人たちでいっぱいだった。
体育館に入る前に見た校舎にデカデカと掛かった垂れ幕と言い、この人数と言い、この学校のバスケ部が盛んであることは誰にとっても明白だった。
練習の邪魔にならないように、体育館に入ると、入口スグの階段を上って二階へと上がる。
上からの練習景色を見ていると皆必死になって練習していて、その姿を昔の自分と照らし合わせて少し微笑んだ。
しばらく、見ていると、一際目立つグループが練習場へと足を踏み入れる。
ジャージもほかのメンバーとは違い、特製のもので、まだ中学生であるはずなのに、雰囲気はすでに立派なプロのレベルだ。
おそらくはアレがこの学校のレギュラーの人間たちなのだろう。
日本もなかなか強い選手を育てられるようになったもんだな、と軽く感心する。
さて、どれくらいの実力を持っているのか、と興味に目を輝かせてそちらに集中していたために豪は後ろに人の気配があることに気付かなかった。
「こんなところで、どうしたんだね?」
ぬっと突然現れた年老いた男に少々驚きつつも、それは表情に出すことなく、すっとそちらの方を見る。
「少し、練習の見学をさせてもらってます」
すっと横で豪と同じような体制を男もとる。
「わたしもいつもここから練習を見ている。あそこにいる違うジャージを着ている子たちがわが校のエースたちだ。知っているかもしれないがキセキの世代、と呼ばれていてね、全員が全員、10年に一度の大天才たちなんだよ。」
男は心の底から誇らしげに語った。
それを聞いて豪もあの雰囲気に納得する。
そして、プロの雰囲気とは違うもう一つの雰囲気の方にも。
全員が全員冷めているのだ。
強い相手がいない、自分をひやひやとさせてくれる、全力を出させてくれる相手が彼らにはいないのだろう。
だから、面白くない。
強くなっても、差が開いていく一方で、強くなることに意味を見いだせない。
強くなることでどんどんと試合が面白くなくなっていく。
豪もかつて同じようなことを思った時期があった。
だからこそ、すぐにその心理を読むことができた。
「先生。これから体育館で起こることは外には広まらないようにしてくださいね」
そう言って豪は少し屈伸する。
男はやや驚いたようだったが、自分が意図が伝わったように感じて、ふっと笑って
「……期待しているよ」
とだけ答えた。
この男がどこまで自分のことについて気づいているのか、豪には判断が付きかねたが、そんなことは彼にとってさほどの問題では無かった。
(あんまり中学生として関わりたくはなかったけど、せっかくだしな。10年に1度逸材なら絶対に勝てるとも限らないし。お手並み拝見、拝見)
10年に1度の逸材たちに胸を高鳴らせながら階段を下りて行った。
(――でも、俺だって元の体の時は100年に1度の逸材だって言われてたんだぜ?)