内庭は大勢の大人でいっぱいになっていた。兎の骸の前で、二人の男が絢辻詞と一緒に内庭に来た女使用人に発見の状況を真剣に聞いている。二人の男は、セキュリティ部長と使用人長であった。外部の犯行なら、侵入を許したセキュリティ部長の責任となる。内部の犯行ならば不適切な人物を雇い入れた使用人長の責任となる。話はただ、兎が死んでいたでは済まされないのだ。
そんな大人達の動きを、絢辻詞は内庭に面した家の壁に凭れて観察していた。物心つく前から、社交の世界での振る舞いを叩き込まれたせいか、絢辻詞は自分が人に注目される様にも、されない様にも振る舞うことが出来た。
暫くして、内庭の入り口に、例の男使用人が顔を見せた。兎の亡骸を発見した時、恐らく男は日頃の自分と「詞お嬢様」との確執を思い出し、余計な誤解を避ける為、他人に知らせずその場を離れる選択をした。そして今度は騒ぎに関心を示さず顔を見せないでいると、逆に疑われる事を心配して内庭に来たのだろう。男の想定通りの動きに、絢辻詞は内心ほくそ笑んだ。配役が揃ったところで、絢辻詞は行動に移った。
真っ直ぐに、女使用人と二人の男が話している、兎が横たわる場所へと歩みを進める。
先ほどまでと打って変わって、人の注目を集めるオーラを放って歩く絢辻詞に、銘々に話し込んでいた大人達が気付き、静かに道を開ける。
女使用人と二人の男も「詞お嬢様」に気付いて、話を中断した。絢辻詞は静かに、兎の骸の前にしゃがみ込み、亡骸を膝の上にそっとのせる。
「詞お嬢様……」
女使用人には答えず、絢辻詞は俯き加減で、膝の上に載せた兎の骸を撫でながら、ほおに一筋の涙を流した。内庭は静まりかえり、そこにいる全員が絢辻詞に注目していた。そこで少女は徐に口を開いた。
「あたしが、うちにわにいくとき、はしりでていくひとにあったわ」
彼女はそう言って、うつむいていた顔を上げ、件の男使用人を見つめた。視線は一斉に、その若い男使用人に注がれた。
「ち、ちょっと待ってくれ!俺はやってない!
そんな事して、俺になんの得が……」
「私も見ましたわ」
強い口調で女使用人は、男の弁明を遮った。
この瞬間に、全てが決した。
――疑わしきは遠ざける。
警護でなくとも、要人の周辺関係者であれば当然のセオリーである。その日の内に、その若い男使用人は絢辻家から居なくなった。ただ、絢辻家が断れない人物からのコネで来た男であったので、表立っては依願退職扱い。さらに、他の家への紹介状まで持たせる厚遇であった。
もっとも、絢辻家に関する一切の口外を慎む事、もし何かしら洩れた事が分かり次第、事実の有無に関わらず、今回の件で訴訟を起こす用意がある事、そうとなれば社会的に抹殺するまで徹底的に潰す。という事を、オブラートに包んだ言い回しで、
よく良く言い含めた上ではあったが。
また、セキュリティ部では、男使用人の犯行ではない事も考慮し、屋敷の警備は暫く厳重に行われる事となった。