実力主義のこの世界では、絢辻詞は拳と策謀で想いをつたえる~アマガミ×エクストリーム(序)絢辻詞編   作:vwview

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番外編
裏庭の天使


1

 

静まり返った夜の住宅街――金城(かねしろ)は絢辻家の脇の路地に静かに車をつける。車内の時計はもうすぐ23時になろうとしていた。

 

絢辻詞から帰宅早々(そうそう)、今夜は輝日東高校に潜り込むからと指示があった。いくら高校生になったとはいえ、絢辻家の娘が夜中に出歩くなど公然とはできない。何時(いつ)ものように帰宅後の日課をこなして、自室に引き上げた後に部屋を抜け出す算段だ。

 

絢辻詞の送り迎えに使用している大型の公用車はさすがに使えない。警護者が移動用に使う黒塗りのセダンを金城が用意して、絢辻詞が抜け出してくるのを待つ。こういった突発的な対応を余儀(よぎ)なくさせられるのは毎度の事だ。

 

絢辻縁の警護ならば学校に送った後、下校時刻まで絢辻家に戻って来ても、なんら差し(つか)えがなかったのだが、絢辻詞の場合は、突然呼び出される事が多い為、初動の効率から最近は戻らず、学校の近くに車を止めて待機するのが常態化している。

 

まったく世話の焼けるお嬢様だが、放っておくと独りで危ない橋を渡ってしまうので、警護としては看過するわけにはいかなかった。彼女には再三にわたって苦言を(てい)しているのだが、その度に絢辻詞は大袈裟に肩をすくめて「金城――あなた、最近小言が多くなったわよ。歳をとったのではなくて?」と暖簾(のれん)に腕押しでまったく聞く耳を持たない。

 

実際の所、格闘家カブレの学生相手ならば、今の絢辻詞の強さなら早々やられる事はないのだが、多勢に無勢や油断といった不確定要素は常に付き(まと)う。万が一の事があってはならないので、そういった荒事(あらごと)は自分に任せて貰った方が、余程に気が楽なのだが、嗜虐性向もあってか自分で動かないと気が済まないらしく、金城の心配の種は尽きない。

 

絢辻詞が自室から抜け出してくるのを待つ間、金城はふと過去を振り返るーー早いもので絢辻詞と出会ってからもう十年近くになろうとしていた。

 

少し思い返してみても、彼女の嗜虐性向の所為(せい)で苦笑せざるを得ない記憶の方が多い。それでも、彼女の成長を(そば)で見て()れた事は、相対的にみれば良い思い出なのだろう。決して口には出さないが、よくここまで強く、聡明で美しく成長したものだと感慨もひとしおだ 。まぁ、かなり歪んではいるが。

 

金城はここで思わず笑みを浮かべてしまう出来事を一つ思い出した。

 

あの、お嬢様に金城は一度(せま)られた事があったのだった。

 

 

 

2

 

今思っても、それは若気の(いた)り、一時の気の迷いであったと思う。成長期の若者が新たに芽生えた内なる性的情動をどう処理して良いのか扱いかねた結果、身近な父性的愛情を男女の性的な愛情と履き違えてしまったという事なのだろう。

 

それは、絢辻詞が高校一年の初夏の事だった。

 

早朝――金城と絢辻詞は、何時(いつ)ものように裏庭での修練を終え、それぞれ調息や整理体操をしていた時の事だ。絢辻詞が突然金城の胸に顔を身体ごとぶつけてきた。金城は、また絢辻詞がふざけてサブミッションを仕掛けてきたのかと、咄嗟に身構えたがそうでは無かった。彼女は顔を金城の胸に押し付けたまま、くぐもった声で話し始めた。

 

「ねぇ、金城。あたし――随分成長したでしょう?」

「ええ。大層強くなられました。最近では組手で金城が取られることもしばしばです」

「そうじゃない.......」

「は?」

「――おとなの女性として魅力的になってきたでしょう?」

 

金城の胸に顔を押し付けたままなので、彼女の表情は見えない。ポニーテールにしているために、(あらわ)になった(うなじ)が桃色に上気しているのがわかる。それが修練の所為なのか、恥じらいのせいなのか。金城は、そもそも彼女の意図をはかりかねていた。

 

「お嬢様――?」

「最近は胸だって大きくなってきたと思うし.......。これだけ綺麗な女性が近くにいたら欲情しない?」

「これは一体、なんの冗談......」

 

何時(いつ)もの嗜虐的ジョークに違いないと、金城は彼女の方を見たが、腕の隙間から垣間見せた彼女の表情は、金城の予想を裏切り、真剣な眼差しで金城を真っ直ぐに見つめていた。

 

「――金城は、あたしを抱いてみたいと思った事はないの?」

「...............」

 

これは茶化さず、真剣に応えないといけないな。金城は、絢辻詞の自分を見つめる瞳をみながらそう思った。金城はちょっと思案してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「――お嬢様と金城は、長らく一緒に苦楽を共にして参りました。もはやお嬢様とは一心同体なのです。となれば、自分自身に対して、その様な感情を抱くことは御座いませんでしょう?」

「一心同体.......」

 

金城は、絢辻詞から突きか膝蹴りが飛んでくる事を覚悟したが、どうやら金城の回答はお気に召したようだった。

 

「そう......まぁいいわ」

 

絢辻詞は、くるりと身体を反転させ、今度は金城に寄りかかりながら話しはじめた。

 

「――もしも、金城が今際(いまわ)(きわ)で、()の世の名残(なご)りに、美しいあたしを抱いてから死にたいと思った時は言ってちょうだい。貴方には、あたしを凌辱することを許してあげる」

 

金城は苦笑する――まったくこのお嬢様は。先程の金城の一心同体発言に対する返答という事なのだろうが、何処までも捻くれている。しかし、えげつない表現とは裏腹に、いざとなれば金城の為に、自分の大切な身体を投げ出せると言っているのだ。彼女なりの最大限の愛情表現であることは充分理解できた――付き合いの長い金城は、敢えてそこには触れず、何時(いつ)も通りに嗜虐的ジョークに対するボケを返す。

 

「格別のご配慮有難う御座います――しかし、死にそうになっている時に、そんな豪気な事ができますかね?」

「大丈夫よ。金城なら殺しても死なないのだから」

 

絢辻詞は金城から離れ、此方(こちら)を振り返って微笑む。

 

「あ、でも死なないんじゃ約束は無効ね。残念でした」

 

ちょうどその時、彼女が背にした木立ちの間から朝日が差し込んだ。柔らかな光に包まれた絢辻詞はまるで、今しがた降臨したばかりの天使の様に美しかった――。

 

 

 

後部座席のドアが開く音で金城は、思い出を辿るのを止め――バックミラーをちらりと確認して言った。

 

「お嬢様――なんですかそれは」

「これで顔を隠そうと思って。どお、似合う?」

 

絢辻詞は、ガスマスクを顔に付け後部座席から身を乗り出して金城に見せびらかす。夜の旧ボイラー室に潜入するのが、相当に楽しみらしく、いつにも増してご機嫌のようだ。

 

「言っておきますが、無茶な行動は無しですよ」

「はいはい。今日は、荒事は無しよ」

「そう言いながら、色々仕込んでますね」

「当たり前でしょ護身用よ。それより早く出しなさい」

 

やれやれ――今夜も先が思いやられる。シフトをドライブに入れ、車を走らせながら、金城は苦笑した。

 

番外編:裏庭の天使(了)

 

 




●あとがき的な何か

絢辻さんの魅力は何か――強くて脆くて健気、いや、人の性格をあらわす全ての表現が絢辻さんの賛辞になる。そんな絢辻さんの性格が濃縮果汁のようにぎゆっと濃くなった、絢辻さんを愛でたい!読みたい!なければ書くしかない――という訳で出来上がった本作でしたが、如何でしたでしょうか。ここまで読み進めていただいた方なら、きっとこの世界の絢辻さんを存分に愛でていただけたと思います。一読者として感謝いたします。

さて、この世界は、原作のアマガミと違い、あらゆる状況において、実力主義がモノをいう世界です。

そして、絢辻さんの幼年期は、原作に比してかなり厳しいものとなってしまいました。
これは、高校生の絢辻さんの様々な面をよりデフォルメした結果、そうなる為の帰結として、心を形成するであろう幼年期の生活がよりデフォルメされることになってしまったものです。

これによってまた、原作の橘くん的な、絢辻さんの心を救う役となる、金城の登場が早くなる事にも繋がっています。絢辻さんの心が壊れるのも前倒しになる事が予想されるので、その前に救済者が現れる必要がありますから。

一方の金城は、どうやら心を失って、生きる気力を無くしている男のようです。しかし、小さいながら、人生にあがらおうと独り奮闘する少女絢辻詞のバイタリティに次第に惹かれ、結果、二人の利害が一致し、それから二人三脚の生活が始まって行くーーといった流れが幼年期編でした。

そこから、高校生になるまでは、描かれて居ませんが、おそらく二人にとって最も幸せな時期だった事でしょう。絢辻さんにとっては特に、昼間は個人執事として傅かれ、我儘放題(笑)、武道の修練の際は、遥か高みの尊敬して止まない師匠という、娘溺愛のパパ像と、背中で語る様な頑固一徹の厳しい父親像、その両方のタイプの(疑似)親から、今まで受けた事の無い愛情を一身に受けて成長した訳なのですから。ある意味、父親が二人居たようなものなので、それまでの親不在の状況を埋めて余りある、誰よりも贅沢で幸せなひと時だったに違いありません。

金城にとっても、喪失の痛手から、絢辻詞を育てるという目的によって癒された時期になったはずです。

厳しくも優しい、相反する愛情を注がれて育った絢辻さんが、裏表がよりはっきりある絢辻さんに成長するのは、これはもう必然と言えるでしょう(笑)。

ある意味、完璧なまでに溺愛されて育てられた絢辻さんが、今回の番外編の様に、金城に迫ってしまうようなファザコンになるのも、人の無償の愛(建前上は契約ですが)を受けた事のない、絢辻さんにとってはいた仕方がない事だったでしょう。

さてこの後、二人がどうなるかは分かりません。
本編では金城の一人語りが長くなるので、入れるのをやめましたが、一つ言える事は、親子、男女の愛を超越した、究極的な深い絆で二人は結ばれているという事です。

絢辻さんが実の親との対決が終わった後、金城に本当の自分を晒す時がくるのでしょうか。言える事は、他人に素の自分を晒すという行為は、絢辻さんにとって究極の勇気が必要で、それが出来たとき、絢辻さんは「本当の強さ」を手に入た時に違いありません。


さて、本編は、余市さまが、アマガミのキャラ達が格闘界で対決する、スポ根的な格闘小説の原案として、アップしたアマガミ×エクストリームhttp://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=1424361
をベースにだいぶ?、かなり?変えて作成させて頂きました。この場を借りてお詫びいたします(一応、原案を元に書かせて頂く、許可はいただいていますが、ここまで変容するとは自分でも書く前に予想が出来ませんでしたすいません)。本当にすいませんでした。

本編を、書くとしたら、次からようやく第一章で、原案の主人公七咲さんが登場する事になります。それでも、原案とは設定はかわり、格闘界ではなく、格闘技が盛んなある世界の輝日東高校の学生の設定というお話になります、、、。ので、これまた予め、お詫びしておきます。すいません、、、。

とはいえ、続けて書くにはいろいろ調査や準備が足りないので、一旦、これにてお別れとさせて頂きます。

長々とお付き合い頂き有難うごさいました。絢辻さんに幸あれ。


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