【完結】涅マユリ(偽)が第4次に召喚されたヨ 作:妖怪もやし
sideマユリ
『ほう、酒盛りか…。良いだろうライダー。 その誘い、乗ってやろう』
『うむ! キャスターもそれで構わんな?』
『…ああ。 その提案、感謝するヨ』
『では明日の夕刻前にでも、この寺に迎えに来るとしよう。 いや、楽しい日になりそうだ! あの小僧は勝手に話を進めたことに激怒しそうだがな!』
そのような会話でこの夜はお開きとなった
ライダーからの誘いは、つまりは原作であった聖杯問答をしようということなのだろう。
アーチャーが引き下がってくれたので、私としては悪くない結果なのだが、一つ困ったことがある。
「ふむ…仮面はどうしたものかネ。 このままでも構わないが…そうだ」
…考えた末、別の仮面を用意し、口の部分に軽く改造を施して仮面のまま飲食ができるようにした。
素顔はイケメンなんだから仮面外して行けば良いと思うかもしれないが、マスク無しだとマユリ感が減る気がするのだヨ。
まあ、微々たる差だけどネ。
「マユリ様、私はその最中にどうしているべきでしょうか」
「お前も来たまえネム。 寺に籠っていても、セイバーのマスターに狙い撃たれる可能性は常に付きまとう。 共にいる方が危険も少ないというもの」
「分かりました」
「ま、話の主役は私達サーヴァントとなるだろう。 マスター同士の話は適当にあしらい、こちらのことを黙秘しつつ大事な時には口を開いて貰う。 良いネ?」
「心得ております、マユリ様」
簡単な受け答えで通じるのは便利というもの。
さて、翌日。
私は間桐邸を襲撃したが、その事は世間では特に騒がれていないようだ。
戦いの殆どは屋内で行われた為に、目立った外傷も無いので、誰も間桐邸の変化に気づいていないのだろう。
それを確認し、色々と準備をしながら約束の時間を待つ。
「…ようこそ、ライダー。 受け入れる手間をかけさせるとは、厄介な来客だネ」
派手にチャリオットで突っ込んできたライダーを、事前に予測して用意しておいた衝撃吸収用のネットのような道具でストップさせる。通常なら轟音と共に寺の石垣が破壊されていただろう。この寺は私の所有物でなく一時的に住まわせて貰ってるだけなので、壊されては困るのだヨ。普通なら発生していたであろう音は魔術結界で消しておく。
「ほう、この寺とやらは夜と昼ではまた違った趣を見せるものだな! こういうのを風流…というのだったか? なかなか良いものだ! 余が征服するにふさわしいともいえる」
「そう思うのなら、建物が壊れるような勢いで突っ込んできてほしくないものだヨ。 あと、征服されるのもごめん被るネ」
私の冷静な返しに豪快に笑うと、自らのチャリオットを受け止めたネットと魔術結界を興味深そうに眺める。
「流石はキャスター。 こういったやり方はお手のもののようだな。 …しかし、何だその面は」
「気にすることは無いヨ。 さ、行こうか」
「お前はそれで良いのかよ…あっさりだな」
ライダーのマスターに目をやると、彼は諦めたような顔で馬にもたれかかっている。この男についていくのは大変だろうし、同情するヨ。もっとも、ライダーとの出会いや戦いが彼を大きく成長させることになるので、彼が今味わってる苦労も無駄ではないのだけどネ。
「一度交わした約束を違える気はないヨ。 それに、かの征服王の戦車に乗れるというのは、キャスターとしての研究心が疼くものでもあるからネ」
「…ったく、サーヴァントってのはどいつもコイツも変わり者だな…」
疲れ切ったように溜息をつく青年。そんな彼とは真逆に、ライダーはにんまりと笑みを浮かべた。
「ははは! そう来なくてはな!」
「さて、話はまとまったネ」
「はい。 待っていたかいがあるというものです」
寺の門前で待っていたネムが、私の言葉に頷いて姿を現す。
「…!」
「ほう、キャスターのマスターが堂々と姿を現すとはな。 それに…なんとも魅惑的な美女ではないか」
緊張に身を強張らせるマスターと違い、戦の最中に女を抱いていたという男は動じることもなく、美女を前にした男としての素直な感想を口にする。
「お褒めに預かり光栄です」
賛辞の言葉に優雅に一礼し、私と共に戦車に乗り込むネム。ライダーのマスターは美女との同席に顔を赤らめるも、聖杯戦争の敵であると自分を律するかのように警戒の視線を向けている。
「さて、昨日の時点では酒盛りの予定は決めていたが、場所は未定だったネ。 どこでやるつもりなのかネ? 君が望むならこの寺でも構わないヨ」
答えは分かってたが、一応尋ねてみる。
「…冗談じゃない。 キャスターの本拠地なんて、どんな細工や魔術工房が作られてるか分かったモンじゃ無いんだ。 お断りだ!」
黒髪の青年が叫ぶ。そう、普通ならそう考える。だからこの提案は断られることが前提の上辺だけのものだ。ま、実際は大した魔術工房など作ってないので「じゃあこの寺で酒盛りをやろう」と言われたら、客人を拍子抜けさせてしまうことだろうネ。
「ふむ…ここも考慮していたが断られてしまったか。 ならばあの場所しかあるまい!」
「あの場所って…どこだよ、ライダー」
疑問を顔に浮かべる自らのマスターに、ライダーは悪戯をしかけた子供のように、掘りの深い顔を歪めるのであった。
「…で、私たちの城に来たというわけね…」
セイバーのマスター(ということになっている)である白髪の美女が、物憂げに瞼を閉じた。風光明媚なアインツベルン城は、突然の来訪者であるライダーの戦車によって城の一部が破壊されていた。破壊されたのは建物だけでは無く、彼らが侵入者対策として施していたであろう結界や防御用の備えなども無惨な有様となっている。酷いものだネ。
「すまないネ、セイバーのマスター。 私は控えめに侵入するよう忠告したのだが、どうもこの征服王は派手好きらしいのだヨ。 被害金の請求ならライダーのマスターである彼にしたまえ」
「って、おい! 僕が弁償すんのかよ!」
「君のサーヴァントがしたことなのだから、当然だろう?」
「うっ…そ、それは…」
城の修復費を頭の中で計算したのか、青い顔をするライダーのマスター。
いや、実際にあの後のアインツベルン城ってどうなったんだろうネ。原作でのキャスターやケイネスたちの襲撃、酒盛り時の襲来などで破壊されていたが…かなりの修復費用になってそうだネ。
しかし、こんな庶民的な疑問を抱いてしまうあたり、私はまだ「マユリ」にはなり切れていないネ。本来の彼ならば修復費用など気にもしなそうだ。
「…まあ、お金のことは今は良いわ。 それより貴方達…本気でこの状況で、私達の拠点で酒盛りをするつもりなの?」
「おうとも、当然よ!」
「…呆れたわ」
「私は構いません。 彼らと酒の席で雌雄を決するというのも一興でしょう」
おおう、セイバーは何だか乗り気だネ。酒や食べ物に惹かれているのかもしれないネ。
我々はアインツベルン城の庭に腰を下ろし、酒盛りを始めることにした。サーヴァントはサーヴァント同士、マスターはマスター同士で固まっている感じだネ。
ここまで派手に動いたキャスターのマスターが、あまりにもあっけなく表に出てきたことに、二人のマスターは怪しんでいるようだ。
「…貴方があのキャスターのマスターなの?」
「はい」
「これを聞いても無駄かもしれないが、何でこの酒盛りに出てきたんだ? 姿を現さない方が有利だろうに」
「ご自分でお考えになったらいかがですか?」
「ッ…」
鉄仮面を崩さず挑発さえしてみせるネムに、二人はやり辛そうだ。こういった交渉ごとになれていないこともあるだろうネ。
「やっているようだな。 雑種共」
「おおアーチャー、遅いではないか!」
静かに現れたのは、黄金の鎧を見に纏うアーチャー。
彼がまず目にしたのは…私の光輝く仮面だった。
「眩しいな…雑種、なんのつもりだ?」
「偉大な相手というのは、光輝いて見えるものだヨ?」
「眩しい理由の方は聞いていない。 …ふざけたキャスター、いや道化だな」
そのようなやりとりをしている最中、ライダーのマスターが独り言を漏らしていた。
「やっとアレに突っ込む人が出てきた…。 堂々としてるから、逆に何を言えば良いか分からなくなってたよ」
そう、私はずっとマユリがジジ戦で用意した光輝くお面をつけていたのだヨ。今まで不思議とツッコミが無かったので内心寂しかったヨ。目的の会話を果たせたので、満足して面の光量を落とす。
アーチャーは私からライダーが用意した酒樽へと視線を移し、不機嫌そうに眉を歪めた。
「なんだそれは? 我を歓迎するにしては貧相な酒だな」
「言ってくれるではないか、アーチャー! これはこの地では相当なモノらしいぞ」
「この程度で満足するとは征服王の器も大したものではないと分かるな。 我が本物を見せてやろう」
料理漫画のキャラクターのようなことを言うヤツだネ。
「ほう、これは…」
「言うだけのことはあるではないか!」
「うむ、実に美味だネ。 もう一杯頂こうか」
セイバーやライダーが静かに味わう中、私は図々しくもお代わりを要求してみせる。それを許すアーチャー。アーチャーは私を道化といったネ。道化はある程度までなら無礼な振る舞いも許されるのだヨ。
「美味い美味い。 食事は無いのかネ?」
「…貴様、その仮面のまま食事をするつもりか?」
「正解(エサクタ)! キャスターを舐めないでほしいネ。 道具作成などお手の物だヨ」
「…まあ良い、くれてやろう。 道化には過ぎた食事だがな」
ダメ元での私の要求に、黄金の器に盛られた美食を出すアーチャー。その度量に感謝しながらペロリと平らげる。いやあ、味覚があるというのは良いものだネ。極上の味というものだヨ。
私の食事風景に引いている様子のセイバーと、笑うライダー。彼らの目には、私が食べ物を面の口元に運んだ途端に、消滅しているように見えているのだろう。あ、セイバーには対魔力があるから、食べる様子が見えているのか。さぞ高貴な姿に見えているだろうと思いたいところだネ。
「…さて、お前たち。 酒宴の場で王としての質を問うとか言っていたな」
「ああ。 余が提案し、キャスターもアーチャーも受け入れたのだ。 まさか逃げはしないだろうな?」
「無論だ」
話を戻すセイバーに、乗るライダーとアーチャー。かくして聖杯問答の火ぶたは切って落とされたのだ。
そもそも聖杯とは誰の所有物か、といった語りから話は始まる。そんな中、私は食事をしながらチラリとマスターたちの問答を見る。
3つ巴。中止の可能性が出てきたとはいえ、戦争の最中だ。同盟を結んでいるわけでも無い、明確な敵対関係にある3人。話など弾むはずがない。交渉のノウハウなど無い、相手の情報だけを引き出そうとする稚拙な言葉が、黒髪の青年や白髪の美女から紡がれる。だが、ネムがヘマをする筈も無く、のらりくらりとかわしていく。
そうなると困るのは二人の人物だ。特にアイリスフィールは切嗣の人形も同然であり、事実上の決定権が無い存在だ。どこまで探れば良いか、逆に情報を奪われないようにどう振舞えば良いか分からない。今あの3人の中で一番自由に発言できるのは、身一つでやって来ているウェイバーだ。だが、彼はこの段階では自らのサーヴァントであるライダーにも、他のマスターにも心の中では委縮している。口で虚勢を張るのがやっとで、交渉や話の誘導が得いとは言えない。故に千日手。
マスター同士の会話に心を配る必要はないと見て、再びサーヴァントの問答に耳を傾ける。
流れはセイバーが嘲笑されたり失望されるあたりか。
「はははははははは! 聞いたかライダー、この小娘は国に身を捧げたとさ!」
「何がおかしい! それは王としての責務だろう!」
「…」
馬鹿笑いをするアーチャーとは逆に、溜息をこぼしてから口を開くライダー。
「…セイバーよ、貴様は自らが歴史に刻んだ行いを否定すると云うのか?」
「…っ、そうだ! 剣を抜き選ばれ、身命を捧げた故国が滅んだのだ。 王であるならば、身を挺して、治める国の繁栄を願う筈だ! 笑われる筋合いが何処にある!」
「違うなセイバーよ、王が国に身を捧げるのではない。 逆だ。 国民が、身を捧げるのだ」
「逆だと…? どういうことだ」
そこから始まるライダーの弁。王とは国民に夢を抱かせるもの。王が夢を見て、皆がそれについていくのだ。それを否定し、自分がした治世と結末を悔やむのなら暗君でしかない。暴君よりも始末が悪い、と。
「征服王、貴様とて世継ぎを葬られ、築き上げた帝国は三つに引き裂かれて終わった筈だ。 その結末に……貴様は何の悔いも無いと言うのか?」
「無い。 余の決断、余に付き従った臣下たちの生き様の果てに辿り着いた結末であるのならば、その滅びは必定だ。 痛みもしよう、涙も流そう。 だが決して悔やみはしない」
「……」
ライダーは一呼吸おくと、セイバーを睨んだ。
「ましてや、それを覆すなどとぬかすとはな! セイバーよ、そんな考え方自体が、余と共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱であるっ!」
激しい主張のぶつかり合いの末、沈黙が流れる。
さて、私が議論に石を投げて、波紋を生じさせてみせるとするかネ。
「では、ライダーよ、君はこの戦いの果てに何を望むのかネ?」
「…受肉だ。 余は新たに肉体を得て、この世界に再び名を馳せてみせる!」
ライダーの宣言に、黒髪の青年が何かを叫ぼうとするが手で制する。
「それを望むなら、君はセイバーを笑うことはできないだろうネ」
「…ほう、どういう意味だ?」
「前の人生を全て思い通りに生きた、臣下も国民も満足している。 本当にそう思うのならば、そもそも此度の聖杯戦争などに参加する必要はないだろう。 受肉も、必要ないではないか。 前の世を思うままに生き抜いたのだから」
「………」
「それでもまだ足りぬ、受肉してまた身体を得たいと願うならば、君は過去をやり直したいというセイバーと変わらないヨ。 イスカンダルという名も、鍛え上げた肉体も、所有するチャリオットなども全て捨てて、全く別の生を歩むというならば話は別だがネ」
「…むぅ」
私の言葉を受け止め、考え込むライダー。それに重ねるように言葉を紡いでいく。
「個人的には、自分以外の者が王になったケースを望むセイバーの在り方は、肯定できるものだネ。 今までと違ったプランを想定し、その方が良いと思ったらそれまでの歩みをやめ、新プランを推し進めるのも科学者の度量だ」
「…私は貴様のように、探求などという目的で望みを抱くわけではない。 祖国のより良き未来を考えての決断だ」
「どこが違うのか、分かりかねるがネ…。 では聞くが、君は選定をやり直せば祖国は良くなると、本気で考えているのかネ?」
「…そうだ。 私よりも、完璧な統治をしてくれると考えている」
「呆れ果てたヨ、セイバー。 アーチャーやライダーとは別の意味でネ」
仮面越しに溜息をつく。アーチャーとライダーとキャスター。3人のサーヴァントに自らの目的を否定されたセイバーの肩が屈辱に震える。
「完璧な統治、か…世界には完璧な物など存在しないのだヨ」
「いや、完璧は存在する。 それは我の存在だ」
唯我独尊なアーチャーの発言をシカトして話を進める。
「陳腐な言い回しになるがネ、完璧が無いと言うのは事実だ。 なればこそ、凡人どもは完璧に憧れ、それを求める。 だがネ、完璧に何の意味がある?」
「…」
「何も無い。 何も、何一つだ。 私は完璧を嫌悪する! 完璧であれば、それ以上は無い。 そこに創造の余地は無く、それは知恵も才能も立ち入る隙がないと言う事だ」
気づけば、ライダーのマスターも、アインツベルンの令嬢も私の言葉に耳を傾けていた。
「…解るかネ? 我々科学者にとって、完璧とは絶望だヨ。 今まで存在した何物よりも素晴しくあれ、だが、けして完璧であるなかれ。 科学者とは常にその二律背反に苦しみ続け、更にそこに快楽を見出す生物でなければならない。 つまり、完璧などと言う頓狂な言葉を口にした瞬間に、君は嘲笑されるべき存在と化していたのだヨ。 …ま、君は科学者では無いので、この道理を押し付けるのは行き過ぎかもしれないがネ」
静まり返る酒盛りの場。未熟なマスター達はこの言葉を受けて、完璧とは何かについて考えてでもいるのだろか。
セイバーは自らの悲願を笑われ、否定され、それでも言葉を絞り出す。
「貴様らから嘲笑を受けようと、私は…考えを曲げる気はない。 キャスターの科学者としての論弁や、アーチャーやライダーの暴君の論弁にも一理あるのかもしれない。 だが、それは所詮は他の国の王や研究者の考えだ」
「確かにそうだネ」
「私はブリテンの王だった者だ。 私はブリテンの国民たちは、皆が幸せに生きるべきだったと考えている。 その為には、貴様が嘲笑った完璧なる統治が、王が必要なのだ。 その為に、私は必ず聖杯を手に入れる」
「…ほう、見事だセイバー。 征服しがいがあるというもの」
セイバーはアーチャーの嘲笑やライダーの帝王学、私の科学者としての持論を聞いたことで、さらに自らの悲願を固めたようだ。その目には、揺らぐことのない王としての輝きが感じられる。その視線を受け止めたライダーも満足げな笑みを浮かべている。相対する金髪の騎士を、小娘では無く王と認めたように。
セイバーの『必ず聖杯を手に入れる』という言葉を、私は聞き逃さなかった。彼女は、聖杯戦争は中止などされず継続されるものだという確信があるようだ。…準備は重ねてきたつもりだが、やはり難しいか。
弛緩していく空気を締めるように、私が口を開く。
「さて、王としての資質を確かめるような議論だったが、あまりにも論点がズレてきていたのでネ。 口を挟ませて貰ったヨ」
「構わん、道化としては予想以上の働きだ。 キャスターよ、貴様は何を考える? 王に対して何を望む?」
ライダーとセイバーと私の論戦を黙して聞いていたアーチャーが、私にそう問いかける。周囲の視線が再び私に向けられるのを感じながら、肩をすくめながら適当に返す。
「一人の研究者として言わせて貰うと、王にも政治にも大した興味はないネ。 しいて言うならば、自由に研究ができる環境と、潤沢な予算が欲しいところだ」
「…む、では余の治世こそ貴様の望むものでは無いか」
「そうとも言えるネ。 君の国からは、多くの優れた研究者が輩出されているからネ…。 さて」
予想が正しければ、そろそろだ。
問答を打ち切るように立ち上がった私に訝しげな視線が集まるが、マスター達もすぐにその意味を理解する。
周囲を黒衣のサーヴァントが囲っていたからだ。
「な、何だよこれ…。 脱落したわけじゃ無いのは知ってたけど、この数…常識なんて完全に無視してるじゃないか!」
「うろたえるな、小僧。 複数人格という話は既に知って居ように」
「それにしたってムリがある話だがネ。 人格の数だけ肉体があるならば、ジキルとハイドを呼べば二人ということになるのかネ? この仮定が正しいならば、このアサシン諸君よりは質が高いものを呼べそうだネ」
「言ってる場合かよ!」
納得しかけたライダー陣営に茶々を入れて怒鳴られる私。
さて、原作通り時臣が皆を始末に来たというわけか。まあ聖杯戦争はまだ続いているのだ。優雅さには欠けるが、戦争中に勝手に酒盛りを始めた相手に仕掛けるのは分かる話だ。
だが、アーチャーの不興を買ったようだネ。苛立った顔をしている。
さて、立ち上がったは良いが、ここで私が何かをするつもりはない。王として認めたセイバーに見せつけるかのように、ライダーが宝具を解放する。それをただ見て、研究材料とするだけ。
…!
切嗣め、そう動いたか。
ならば私も動くとしよう。
「片付いたようだネ」
「ライダー…これが貴公の軍勢か」
「おうとも、死後もこうして世に忠誠を抱いてくれる誇らしき者達だ」
「……」
セイバーに圧倒された様子はない。自分にも誇らしき部下がいるという事を、思い返してでもしているのだろうかネ。そんな中、黒髪の青年が驚きの声を漏らす。
「…お、おい。 あの女が居ないぞ…」
「…! アイリ…マスター!? どこに…」
「アインツベルンの女が…消えた…?」
これが言ってみたかった。
混乱の最中、アーチャーは不遜な態度を保ったまま静かに退席したのであった。
アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、祭りの最中、襲撃者たちとの交戦の直後に姿を消した。
そんな中、アーチャーに次いで二番目に退席した我がキャスター陣営は、戦果を前に満足の言葉を零してていた。
「…さて、アドリブにしては中々うまくいったものだネ」
「お見事です、マユリ様」
「ああ」
我らが見つめるのは、アイリスフィールを腕に抱いたアサシン。
あの混戦の中、私は密かに刀を抜いていた。
石田との戦いで使われた神経を麻痺させる毒では無く、切った者に命令を下す効果を持つ刀。
下した命令は『アイリスフィールを拉致し、柳洞寺に持ち帰れ』。
私はにわかなので詳しくは無いが、この女は聖杯の一部か何かだった筈だ。まだ誰も脱落していない今しか好機は無い。
なぜ、聖杯戦争の中止を狙っていた私がこのような暴挙に出たか。
切嗣の行動を察知したからだ。
衛宮切嗣は厳重な備えがしてあるケイネスの始末が難しいと考え、言峰璃正の始末を目論んだ。
なぜそれが分かるのか?
それは、剣戟を交わした夜に、ヤツに監視用の菌を密かにつけていたからだ。
魔術に精密しているわけでも無い切嗣が、異世界の技術である菌に気づくわけが無い。
あの慎重かつ神経質な石田でさえ察知できなかったほどに、悪辣に隠された菌なのだから。
さて、私はもう一つだけ、ライダーの軍勢とアサシンの交戦の中で仕事をしていた。
それは、雁夜に令呪を使わせ、バーサーカーに言峰璃正の死体を持ち帰らせること。
私の作成した装置で眠る雁夜の口を遠距離から動かし、意図せぬ命令をさせるなど容易いことだったヨ。
出撃と帰還に令呪を2画消費してしまったが、必要経費というヤツだネ。
私が察知した時点では、既に教会は火に包まれ、言峰璃正は殺されていた。
ならば、その死体を誰かが利用しようとする筈。
下手人である切嗣や、本性と理性の間で悩む綺礼とかネ。
誰かが言峰璃正の死体を利用するならば、我が陣営でなければならない。なぜならば…。
「これで言峰璃正の所有していた予備令呪は、私のものとなるのだからネ」
彼のもっていた予備令呪は、まず雁夜に消費させた二画を回復させる。残りは私の腕に直接刻んでおいたヨ。
さて、言峰璃正の死により、教会への外部組織の介入や、聖杯戦争の中止は難しくなった。
ならば、勝ちにいくだけのこと。
聖杯が汚染されているのだから、勝っても真の願いは叶わない?
それはキャスター以外の発想だ。我ながら不覚だったヨ。
「…聖杯が汚染されているならば、直して使えばいい。 こんなことに今まで気づかなかったとはネ」
その晩、私は冬木にある魔力の源を探って、円蔵山とやらにたどり着いた。
「これは…また見事なものだネ。 汚染さえされていなければ、の話だが」
おそらく、これが大聖杯というヤツだろう。地下洞窟に隠されたそれを探し出し、アイリスフィールの体内に溶け込んでいた聖杯の一部を身体から引き離す。その後は聖杯の汚染の修復に全精力を傾けた。
思ったよりも手こずり、令呪を一画使うことになったが止むを得ない。
これを余裕でこなせると自称した第5次キャスターのメディア女史の手腕は、驚くべきものだネ。
本来のマユリなら令呪なしでも修復が出来たかもしれないが、まあ無い物ねだりというものだ。
だが、私の苦労も無駄では無かった。それは本来の輝きを取り戻した大聖杯を見れば分かるというもの。
「…ここに聖杯の正常なる再稼働はなった。 さあ始めようか、本当の聖杯戦争を」
聖杯戦争の中止ルートはなんだかしっくりこなかったので止めました。