【完結】涅マユリ(偽)が第4次に召喚されたヨ 作:妖怪もやし
side 間桐雁夜
「聞こえるかネ? 間桐雁夜」
「…ああ、よく聞こえている」
「そうか。 君の身体の修復は完了した。 これより装置のカバーを外すから、出てきたまえ」
「分かった」
装置から身体を起こし、軽く動かしてみる。
刻印虫のもたらしていた苦痛は、今は全く感じられない。
キャスターの装置は、俺の身体を聖杯戦争に関わる以前の状態に戻してくれたようだ。
改めて丁寧に礼を言い、共に屋内に入った。
俺より先に装置から出され、布団に眠らされてるという桜ちゃんの様子が気になる。
それに、俺が眠っていた一日弱の間に何かが起こったのなら、聞いておかないといけないからな。
「…と、いうことがあったのだヨ」
「そうか…。 なんていうか、お前…本当に自由だな」
アインツベルン城で行われた酒盛りのことを聞いた時は、呆れと感心が入り混じったような気分になった。
俺が眠っている間に、何をやっているんだか…。
戦争の最中だというのに、どこまでもマイペースな二人組だ。
だが、話を聞いてその認識を改めた。
ただの酒盛りではなく、王としての主張のぶつけ合いが行われたからだ。
キャスターは、歴史に名を遺した偉大な王達に一歩も引くことなく、堂々と自らの主張を述べ、華麗に去っていったとか。
そして、汚染されていたという聖杯を元通りにしたのだという。
聖杯が汚染されたまま戦いを続けていたら、大惨事になっていたらしい。
改めて、キャスターには感謝しないとな。
思えば、この奇妙なキャスター達には世話になりっぱなしだ。
俺の悲願だった桜ちゃんの救出も、彼らが居なければ叶わなかっただろう。
そして、臓硯の抹殺。
自分が間桐の姓を受けて生まれたことを忌まわしく感じる程の下衆を、ついに倒すことができたことを実感し、頬を緩める。
今は、キャスターとネムという少女が、桜ちゃんを起こそうとしてるのを協力している。
と言っても、殆どの作業は彼らがしており、俺はたまに指示されたことをするだけだが。
俺は魔術を嫌悪して生きてきたが、こんな大事な時に小さなことしかできないというのは、情けなくも感じるな。
…まあ、キャスターが行っているのは、魔術というよりも、機械の製造や操作のようだが。
これでは、俺が魔術を真面目に勉強していたとしても、彼らの力になれたかは怪しいトコだな。
彼がどこの英霊なのか気になってきたが…、協力者であるのだから詮索する必要もないだろう。
敵対する陣営の者達は、血眼になってキャスターの真名を探し当てようとしているのだろうが、茨の道だろうな。
桜ちゃんが目を覚ます時、俺も同席させてほしいと頼むと、キャスターは頷いてくれた。
ありがたい。
キャスターは何かがあった時の為と言い、隣の部屋に控えてくれている。
気が早いかもしれないが、桜ちゃんが目覚め、臓硯のせいで摩耗した精神状態が回復すれば、俺としては満足だ。
俺が聖杯戦争に参加した目的は、これでほぼ叶えられたのだから。
…いや、まだだ。
親権は既に間桐にあるとはいえ、桜ちゃんは程なくすれば、遠坂の家に帰りたいと主張するかもしれない。
あの、遠坂時臣の元に。
エリート面をしたあの男の顔を思い浮かべ、拳を握りしめる。
桜ちゃんはまだ幼い。
時臣が自分を見捨てたも同然だと言うことも、分かっていないのかもしれない。
そうなってしまえば、俺の戦いは、ただ遠坂一家に平穏を与えただけになるんじゃないか?
もちろん、葵さんや凛ちゃんや桜ちゃんが幸せになるのは、俺が何よりも望むことだ。
だが、聖杯戦争が終わったあとの幸せな遠坂家には、俺の存在はない。
桜ちゃんも俺のことなどすぐに忘れるだろう。
時臣のヤツも、俺に心のこもっていない感謝を伝えて終わりだろう。
ヤツのプライドの高さを思えば、礼すら言わない可能性もある。
本当にそれで良いのか?
そうだ、この戦争の最中に時臣を排除できれば…。
葵さんは悲しむだろうが、その時に俺が隣に居てやれば、彼女は俺に惹かれるんじゃないか?
そうすれば、葵さんも凛ちゃんも桜ちゃんも、俺の家族に…。
都合の良い未来絵図を思い描く俺をよそに、ネムさんは桜ちゃんの身体と精神の状態を再確認している。
問題ないと判断したのか、軽く頷くと、桜ちゃんに声をかける。
「さあ、起きられますか?」
「………」
「大丈夫です。 ゆっくり目を開いてください」
「…ん…」
「……!」
ネムさんの呼び声に答え、桜ちゃんが微かに声をだす。
すぐに声をかけたくなるが、怯えさせるだけだと自制して様子を見守る。
「…あ…ここ、は…?」
「ここは私が使用しているお寺です。 私は涅(くろつち)ネム」
「お寺…?」
「はい。 ここには、貴方を苦しめていたあの老人はいません。 彼はもう死にました。 貴方は解放されたのです」
「お爺様が、死んだ…? そんな筈、ない…。 だって、あの怖くて、強い人が…」
「あいつは死んだ。 あいつは君が思ってるほど、強い、絶対的な力を持ってるワケじゃ無かったんだ。 安心してくれ、君を苦しめるヤツはもう居ないんだ」
我慢できず、口を挟む。
桜ちゃんの虚ろだった瞳に色が戻っていき、その視線が俺へと向けられる。
「あ…えっと…」
何かを思い出そうとしているような顔。
俺のことはうっすらとしか覚えていないのかもしれない。
それは仕方のないことだ。
あれほどの苦痛を味わったのだから。
「俺は間桐雁夜。 あの間桐臓硯の息子だが、ヤツを軽蔑している者だ」
「…」
「君は間桐の家の養子となったから、俺は…君の伯父ってことになるな。 君を悪いようにする気はない」
「…ほ、本当に…あの人は死んだんですか?」
「はい。 それは確かです」
臓硯への恐怖心は桜ちゃんの心に深く根付いていたようで、この後も何度も同じことを尋ねてきた。
俺とネムさんが何度も言い聞かせ、励まし続けることで、あの苦痛から完全に解放されたと認識できたようだ。
その綺麗な瞳から、涙が零れ落ち始めた。
「うっ…ううっ…」
「桜ちゃん…」
「辛かったです…。 ずっと、痛かった…。 怖かった…」
「ああ…。 今まで、助けるのが遅れてごめん…」
「ネムさん…かりや叔父さん…私、私…」
言葉にならないのか、泣き続ける桜ちゃん。
そんな彼女を、ネムさんは優しく抱きしめ、何度も大丈夫だと励ましてあげていた。
俺は桜ちゃんの手を握り、ネムさんと同じように安心する言葉を囁き続ける。
小さな手が、俺の手を強く握り返しているのを感じる。
自分の存在が、少しでも彼女の役に立てているという達成感を味わっていた。
side 涅マユリ
嗚咽する桜の姿を別室から眺め、安堵の溜息をつく。
あの様子なら、桜が暴走することも無いだろう。
私が思い描いていた最悪のシナリオは、眼を覚ました桜が私達を『敵』と認識し、恐怖にかられ『虚数』の力を暴走させることだった。
そうなった場合、手に入れた全ての令呪を切ってでも、彼女を排除しようと考えていた。
なにせ、虚数とは計り知れないほどに大きな力だ。
それが暴走してしまえば、この第四次聖杯戦争で起こる筈だった惨劇よりも、遥かに大きな被害がもたらされる可能性もある。
なので、細心の注意を払う必要があった。
私が作った機械で桜の精神状態を測定し、ベストと思える状態になったのを確認してから行動に移す。
桜を起こす役を私が担うのは、この仮面姿で怯えられるだろうから論外。
その役目はネムと雁夜に任せることにした。
結果は御覧の通りだ。
桜は苦痛から解放された安堵から涙を流し、ネムも雁夜も嬉しそうにしている。
それだけならばハッピーエンドなのだが…。
雁夜のあの表情、少し気になるネ…。
良からぬことを考えていなければいいのだが…。
そう、まだだ。
聖杯戦争は何も進展してはいない。
不安要素が一つ消えただけだ。
「まだ倒すべき相手も、やるべきことも多い。 …油断は禁物だネ」
これからの戦いに備え、私は改めて気を引き締め直すのであった。
つづく