Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆セイバー
真名:???
性別:女性
筋力:A 耐久:B 敏捷:A 幸運:A+ 魔力:A 宝具A+
スキル:対魔力A、直感A、騎乗C、魔力放出A、カリスマB+など
宝具:『???』


第一幕
たゆたえども沈まず-Ⅰ


 王よ、そのカラスたちをどうなさるおつもりにございますか。

 決まっている。これ以上塔にカラスが住み着くのは看過できぬ、一羽も残さずこの塔から消し去ってくれよう。

 「まぁ、待ちなよ。別にここのカラスを駆除するのはいいけど、そんなことをしたらこのブリテンがどうなるか、わかったものじゃないよ?」

 お前は――?

 「僕? 僕はただの旅の占い師さ。それよりもそこの君、この塔のカラスはかのアーサー王の化身だ。この塔からカラスを追い出せば、ブリテンは明日にもその歴史に幕を下ろしちゃうんじゃあないかなあ?」

 

 ぱちりと、まるで機械仕掛けのように閉じていた青年の瞼が開かれる。格安のホテルの一室は、壁の塗装も剥がれ落ち、カーペットも手入れされているようには見えない。青年は薄汚れたシーツを勢いよく自分の身から剥がし、窓を無造作に開くと、まだ朝日も昇らぬパリの街を見下ろした。

「……マスター、起きていたのか。」

 ワンルームタイプの客室のドアが開くと、そこには一人の小柄な少女が立っていた。金髪の三つ編みをシニヨンに纏め、エメラルドの瞳は無気力そうに細められている。ややオーバーサイズ気味な黒色の革ジャケットを身に着けるその少女は、青年を『マスター』と呼びながら諫言を口にした。

「まったく、マスターは警戒心がなさすぎるな。私だったからよかったものを、敵対勢力だったらどうするつもりだったんだ。」

 青年は無表情のまま、黎明に照らされるエッフェル塔を眺めながら呟くように答えた。

「お前は何のためにいるんだよ、セイバー。」

 『セイバー』と呼ばれた少女は肩をすくめながら、青年が乱雑に放置したシーツを綺麗に整え、青年の一歩後ろで立ち止まった。

「……昨晩は、お前の夢を見たよ。セイバー。」

「ほう。」

 何気なくこぼした青年の言葉に、セイバーは興味深そうに尋ねた。

「どういった内容だった?」

「何てことはないさ。『お前』っていう霊基が生まれるきっかけになったエピソードの夢だったよ。」

「そうか。……マスター、マスターが触媒もなしにこの私を召喚できた理由はどこにあると考えている?」

 背筋を正し、ポケットに手を突っ込んだ状態のまま、唐突にセイバーは問う。青年はまるでガスバーナーのような色に染まる空を見上げ、伸び伸びと翼を広げ舞う野鳥の影を眺めながら答える。

「おいおい、触媒がないわけじゃねぇよ。」

 そう言って自身の胸を親指で叩く青年。

「そうだなぁ……俺もお前も、ずっと孤独だったからじゃねぇかな。あとはそうだな……名前か?」

「マスター、日本人には馴染み薄いとは思うが、クロウとレイヴンでは種も大きさも異なるのだぞ。」

 セイバーのその言葉が耳に入っているのか入っていないのか、青年は静かに窓を閉め、身支度を開始するのだった。

 

 地球とは、我ら生命の苗床として漆黒の無に浮かぶ偉大なる惑星のことである。ではどのようにして生命は誕生したのか。その明確な答えは二十一世紀となった現在でも明確な答えは出ていない――科学的には。

 では魔術的には? その答えはとうに出ている。地球そのもの(・・・・・・)が巨大な魔術回路だったからである。とは言えそうなった経緯自体は未だに解明されていないものの、地球そのものが膨大な魔力の塊であり、何らかのアクションに応じ、霊脈などを通じて世界中に奇跡を突発させる受動的魔術回路であることだけは確認されている。生命の誕生も、原始惑星だった地球に小惑星が衝突するというアクションにより魔術回路が暴走、結果として奇跡――原初の生命の誕生が起きたとされている。

 そのことに気付いた『始まりの御三家』こと『遠坂』、『マキリ』、『アインツベルン』は、この受動的魔術回路に『願望』という起点を設けることで『願望達成』という終点が生成されるシステム――すなわち、『聖杯』を生み出したのであった。俗に『命の聖杯』と呼ばれるこの巨大な聖杯は、願望達成に必要な魔力の貯蓄期間も約百年と長期に及ぶが、その分叶えられない願望は存在しないとされている。

 この地球そのものを利用した聖杯に願う権利を得るには、始まりの御三家が設定した権利取得のためのバトルロイヤルに勝利する必要がある。その勝者だけが得ることのできる重要な魔術的アイテムが、『願望』という起点、そして『願望達成』という終点を結ぶ鍵となる。歴代の勝者は既に逝去しているためそのアイテムが何なのかは誰も知り得ないが、とにかくバトルロイヤルの参加者――『マスター』は生存と勝利を賭け、『サーヴァント』と呼ばれる過去の英雄や偉人の英霊を召喚し、共に一世一代の戦争に身を投じるのだ。

 

 その戦争の名は――『聖杯戦争』。

 

「フランスか……近代ブリテンにおいては敵国であったな。」

「今はもう和解してるだろ。お前の脳みそは十八世紀で止まっているのかセイバー。」

「おや、マスター。朝食の残りかすが頬に付着しているぞ。はっは、まったくお茶目さんだな私のマスターは。」

「これは驚いたなセイバー、お前食べかす払うときにわざわざ宝具を使うのか。流石世に名高き騎士王様は気前が良いもんだぜ腕を下ろせェ!!」

 朝十時半のパリは現地住民もさることながら、バックパックを背負った観光客も大勢おり、大いに賑わっていた。そんなパリ市内を歩きながら、セイバーの荒れ狂う突風を纏った握り拳で殴られそうになっている青年は、名を『クロウ・ウエムラ』と言う。今年で十八歳になる日本人である。

「それにしても……やっぱり平和なもんだな。」

 クロウの言葉に、セイバーの腕から突風が消え去る。下ろした腕をジーンズのポケットに突っ込みながらつまらなさそうにその意見に賛同した。

「あぁ。まったく退屈ったらありゃしないな。もう数か月前はもう少しマシだったのだが。」

「皆もう帰らぬ人だよ。言ったって無駄無駄、過去は帰ってこないよ。」

「マスター、私は貴方の剣ゆえに貴方の意思には極力従うが、私は一般的な私(・・・・・)よりもケンカや戦闘が好きなんだ。正直今までの生き残り方は個人的には嬉しくないぞ。」

 クロウは無表情のまま肩をすくめ、無言でセイバーの頭をぽんぽんと撫でた。

「……マスター。今私のことを『ちっちゃい子犬が必死に吠えているようだ』、とか思わなかったか。」

「思ってない。」

「私の目を見て言え。」

「君が美しすぎて直視すると目が潰れそうだから嫌だ。」

「ほう、そんなに目潰しがご所望か。まったく世話の焼けるマスターだな……こっちを向けェ!!」

「嫌だあああいでででで!! すみませんでしたってば!!」

 セイバーに顎を掴まれ、苦悶の声を上げるクロウ。セイバーが手を離すと、真っ赤になった顎をさすりながらセイバーを納得させるために事情を説明した。

「敵が九十七人もいるんじゃ捨て身でぶつかったって派手に命霧散させておしまいだよ。最後の七人になるまでこういうのは待っておくもんさ。大丈夫、ここからはセイバーに任せっぱなしになるはずだぜ。」

 命の聖杯戦争は、世界中が舞台となるため参戦マスターと参戦サーヴァントはそれぞれ四十九人の総数九十八名で開始される。そこから殺し合いに殺し合いを重ね、最後まで残った者の勝利となる。

 クロウはここまでほとんど戦闘らしい戦闘をしておらず、セイバーはそのことに辟易していたのだった。

「それは本当か?」

「本当だとも。」

「信じて良いのだな?」

「ばっちこい。」

 しばらく間が空き、唐突にセイバーは無気力そうな表情のままクロウの頬を思いきりつねった。

「いっでででぇ!? なんでぇ!!?」

「いや、嘘をついているのやも知れんと思ってな。」

「ひどくない!?」

 悲鳴を上げるクロウをよそに、ちょうど傍にあったチョコレート店で適当なミルクチョコレートを購入し、涙目のクロウを傍目に無気力そうな表情のままもっちゃもっちゃとそれを咀嚼するセイバー。よほどそのチョコレートが気に入ったのか、今度はクロウのカバンから抜き取り、先程よりも高価なチョコレートを購入しに店内へ赴いた。

 

 店内にはセイバーの他に数名の観光客と、地元の人間と思しき見なりの男女が二名、店の端に立っていた。セイバーがショーケースの中のチョコレートとにらめっこをしていると、その男女のうち、青年の方がセイバーに近寄ってきた。

「ようお嬢さん、チョコレート好きなのかい?」

 左手にスマートフォンを持ち、SNSの画面を度々チェックしながら、青年は尋ねる。鳶色の髪に、見るからに軽薄そうな印象を与える派手なパーカーを着て、爽やかな笑顔を浮かべる青年に、セイバーは不機嫌そうな顔で答えた。

「甘い物は全般好きだ。しかしお前に気安く話しかけられる義理はない。」

「おぉ、怖ぇ。」

 青年はびっくりしたような表情を見せると、SNSに目を落とした。そこに記載されているニュース記事を読む姿を、セイバーは一瞥して確認する。どうやら記事はフランス語で書かれているようだ。

「イタリアのランペドゥーサ島沖で巨大な爆発だってよ、世間は物騒だなァ。原因は不明、ボートのエンジン不良による火災と見られている……。ふーん。でもよぉお嬢さん、こういうのって、往々にして何かもっと別の奇妙な原因があるとか、ちょっと考えちゃうよなァ!」

 一緒にいた女性が店外へ出ると言って去っていくのを手を振って見送りながら、青年はいたずらっぽそうに笑う。

「オレたちゃ、いっつもいっつもつまんねぇ日常を送ってるもんなァ、ちょっとくらい夢も見てぇよなァ!」

「……。」

 終始無言のセイバーに、なおも青年は話しかける。

「例えば……。」

 次の瞬間、セイバーは右腕を振り上げていた。荒れ狂う嵐を纏うその腕には、マスケット銃の銃口が突き付けられていた。

「地球っていう大きすぎる代物を賭けて戦争をする……とかよォ!!」

「貴様、サーヴァントか!」

「ヒヒッ、その反応速度、そういうお嬢さんも人間じゃあねェな!!」

 店内の客や店員が悲鳴をあげながら店の外へ避難する中、セイバーと青年は尚も睨みあう。セイバーは左手を下ろし、いつでもそれ(・・)を取り出せるように身構える。青年は既にスマートフォンを持っていたはずの右手に細身の刺突剣(レイピア)を持っており、辺りの空気には緊張感が蔓延している。

「お嬢さん、今まで見たこともねぇな……まさか今の今までほとんど戦わずに生き残ったとかいうセイバー陣営のマスターんとこのサーヴァントか! お気の毒だなァ! フラストレーションも溜まりに溜まってるんじゃねぇかァ!?」

「ご名答だ軟派男、私は今最高に機嫌が悪い! そのご自慢の顔面を風船のように四散させてくれる!!」

 セイバーが左手を持ち上げ、青年が右手を振るった次の瞬間、店内は対戦車地雷を十数個一斉に爆破させたかのような爆炎に飲み込まれるのであった。


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