Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆アサシン
真名:シモ・ヘイヘ
性別:女性
筋力:A 耐久:D 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:EX 宝具:B++
スキル:対魔力D、気配遮断A+、単独行動D、戦闘続行C、射撃A++、心眼(偽)C、トゥオネラからの呼び声A、血に染まる雪原A+
宝具:『白い死神(ワルコイネン・クオレマ)』
→彼女の狙撃記録である五百四十二人の怨念を弾丸として形成し、全方位から射出する宝具。トゥオネラ(冥界)へと誘う魂魄を目にし、恐怖してしまったが最後、瞬く間に体内に『撃ち抜かれた結果』を生み出されてしまうため、対処には尋常でない精神力が必要。未だ隠されたもうひとつの側面が存在する。


聖ジェンナーロの膝元で-Ⅳ

 餓叢(うえむら)家は、代々続く短命の一族である。しかし、一人とて七十を超す前に逝去した人物はいない。ならば何故短命なのかというと、餓叢家の祖が悪鬼と交わしてしまった契約により、餓叢家は齢七つで一度落命する。しかしすぐに息を吹き返し、何事もなかったかの如く日々を生きるのだ。

 だが、長い時を生きれば生きるほど、次代の子には多大な『呪い』が憑き纏う。さらに次代には祖より当代までの呪いも加算され、代を重ねるにつれて次第に人の身に背負いきれぬ呪いになっていく。

 その呪いの種類は多岐にわたるが、クロウ――餓叢玖郎の父はいついかなる時も人命に関わるほどの不運に見舞われる呪いを有していた。玖郎が得てしまった呪いは、聖杯戦争に参加したことで発現することになる。それは、『自身に令呪が残っている限り自身はいかなる手段を以てしても死することは無く、そして令呪は一度致死的外傷を負うことで三画まで復活する』というものであった。マスターとして見ればメリットしかない呪いだが、一人の人間として見れば生き地獄である。

 玖郎が聖杯に掛ける願いとは、『一族の呪いを解除すること』であった。

 しかし。

「マスター。」

 召喚されて間もない頃、その真実を伝えられたセイバーは玖郎に問い掛けたことがあった。

「マスターとて、一族の例に漏れず、七歳で一度『死んで』いるのだろう。」

 その問いの答えは、今に至るまで玖郎の口からは聞き及んでいない。否、玖郎自身すら知り得ないのかもしれない。彼はただ、困ったように笑うだけだった。

「一度『死んだ』餓叢の人間から件の一族の呪いが消え去れば、その者は一体どうなるのだ――?」

 

 セイバーが振るう剣を水面を滑りながら躱すアーチャーの額には、脂汗が滲んでいた。無理もない。セイバーとクロウの本来の連携方法――すなわち、セイバーのマスター殺しすら厭わぬ連撃の中、何度も『死ぬ』クロウの再生する令呪による魔力ブーストが何重にもかかったセイバーの力は、たとえ神霊であるアーチャーであっても容易に捌けるものではない。太陽は既に水平線の奥へと消え入りそうである。

「落陽だぞ、提督殿(アドミラル)。お前たちの栄光も地に堕ちる時ではないか?」

「ヘッ……言ってくれらぁセイバーの嬢ちゃん。わしら大日本帝国海軍ある限り!! 天孫様――そしてわしのマスターに日の入りは見せねぇよ!! マスター、宝具開帳の許可をくれェ!!」

 そう言って距離を取り、目を閉じると、アーチャーは右耳に手を当てて主からの声を求める。数秒後、アーチャーは不敵に笑って被った軍帽を整え、セイバーを正面に見据えた。

「さァ――ここに我らの英雄譚を創めよう! 司令官ただひとりのみにて大軍は破ること叶わず! 我が立つは数多の死と慟哭によりて形作られし栄光と勇武の航路!! 回頭……開始。諸君、今こそ奮い立て! 『皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』!!!」

 その詠唱と真名の開放が終わると同時に、それまでアーチャーの背後で靄のかかっていた大艦隊の姿が顕わとなり、さらにその後方に広がる不自然な靄の中から数百隻の艦船が轟々と駆動音を響かせながら次々に出現し始めた。

「あれは……!?」

「無茶苦茶だな、あのサーヴァント……!」

 日本人であり、由緒ある家に生まれたクロウには理解できる。眼前に空間的な矛盾を無理矢理潰して『全艦揃っている』と認識させているその超大艦隊は、即ち『大日本帝国海軍』そのもの。駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、航空母艦、軽航空母艦、戦艦、潜水艦、砲艦、海防艦、輸送艦、水雷艇、掃海艇、駆潜艇、敷設艇、哨戒艇、特務艦、特務艇、雑役船。その一隻一隻が上級サーヴァントと同等の魔力を秘めているのだ。

「マスター!」

「あぁ、ありゃあ無理だ。」

 そうせせら笑うクロウを戦艦大和の舳先に仁王立ちして見下ろすアーチャーは唇を真一文字に結び、白手袋を嵌めた右手をまっすぐ天へと伸ばす。そして、クロウへ指先を向けるように腕を振り下ろした。次の瞬間、全ての艦艇の砲門が炎を噴き上げ、全ての艦載機が空母の甲板から飛び立ち、全ての魚雷が投下される。二人を完全に包囲する大火力の包囲網は、一瞬一瞬クロウとセイバーに迫っていった。

「仕方ねぇな……。セイバー、その手の中にある『勝利』でもう一度俺の国に『敗北』の二文字を刻み込んでやりな。」

「あぁ、王立海軍(ロイヤルネイビー)の前でイキがるな、と教えてやろう!」

 直後、セイバーの手の中の『風王結界(インビジブル・エア)』が霧散し、白銀の刃と漆黒の柄を持つ両手剣が現れる。それを頭上に掲げて詠唱を始めると、その刀身に黄金と漆黒の粒子が収束していき、巨大な魔力の剣と化する。

「――我が身は彼の地にて民を導く、遍くの王の守護者。民草の心、これにあり! 味わうが良い……! ――『王威守護せし勝利の剣(エクスカリバー・レイヴン)』!!!!」

 『勝利』の絶対的な力と『威光』の強大な意志が魔力を得て正面から衝突すれば、膨大な海水すらも覆し、天高く吹き飛ばしてしまう程のエネルギーが生じることは想像に難くないだろう。否、ともすれば、満ちる潮水すらも蒸発させ、海底の砂岩すらも露出させてしまうやもわからない。クロウの視界には、日英両国の誇りが質量を持ってぶつかり合った、その瞬間までしか意識を保ったまま観測することは叶わなかった。

 

 クロウが目を覚ますと、そこは城壁の上であった。眼前にはセイバーの顔があり、どうやら甲冑を外したドレス姿のままのセイバーが、気を失っているクロウを膝を枕にして休ませていたようだった。

「ここ……卵城か? えらく飛ばされたもんだな……。」

「先程あの生意気なウォッチャーがまた私の前に現れてな、『弓兵の英霊が迫っていると申した筈に御座いますよ?』と言ってきた。まったく、本当に生意気な小僧めだ。

 ――あそこが、我々がアーチャー陣営と接触したビーチだ。」

 そう言ってセイバーが指を向けた方角を見ても、砂浜が霞んで見えるだけで明確にビーチがあるとはクロウにはわからなかった。それだけ遠海に飛ばされ、そしてまた吹き飛ばされてきたのだろう。

「俺はあの後どうなったんだ?」

「知らん。私がマスターとの繋がりを頼りにマスターを見つけたのはこの外壁の直下の岩場だった。良く死ななかっ……。いや、その様子だと死んでいるようだな。」

 セイバーが目を落とした先にあったクロウの手の甲には、鴉の意匠を持つ令呪が綺麗に三画揃っていた。そこから数十秒間無言のまま形容しがたい表情を浮かべていたセイバーの頬を、クロウは二本の指でぺちぺちと叩いて我に返らせる。

「セイバー、お前にはわかったんだろ? あのサーヴァントの正体がよ。アイツは何なんだ?」

「――神霊、『東郷平八郎』。マスターも見た通り、大日本帝国海軍の守護神として旭日旗の栄光を広くアジアに知らしめた大艦隊の誇りそのものだ。」

「まぁ……なんとなくそんな気はしてたがよ。日本のサーヴァントじゃねぇかなってのは薄々わかってたし。」

 クロウはそこで言葉を止め、しばらくセイバーの膝の上に頭を乗せたまま、ナポリの夜空を見上げた。生憎と街の灯りで星は見えにくいが、それでも思考を纏めるには充分な穏やかさを持ったその濃紺の天蓋を見据えつつ、クロウは再びセイバーに語り掛ける。

「セイバー、あとサーヴァントは何体いるかな。」

「私に聞かれても困る。」

「はは……違いねぇ。」

 乾いた笑い声を喉の奥から無理矢理掘り出しながら、クロウは海の果てに視線を移す。

「……セイバー。」

 セイバーからはクロウの表情は夜闇で伺えなかったが、その言葉が何よりも彼の心根の優しさを物語っていた。

「俺は……あと何人の魔術師を絶望させればいいのかな。」

「マスターとて願望を成就したいとこの戦争に参加しているのだから、それは考えない方が良いのではないか?」

「一族の悲願。ひたむきな情熱。魔術師としての誇り。それを全部否定しなくちゃ、先に進めない。俺は――。」

 言い淀み、また口を開く。

「――俺は正直、そういうものを全くと言っていい程持ってない。最初の四十九組から始まって今に至るまで、俺はそれが……誰かを絶望させるのが嫌だから、ほとんど戦ってこなかった。

 でも、これからはそういうわけにも行かない。ここ数ヶ月、聖杯戦争はラストスパートに入ってる。皆が血眼になって敵を探してる……。最後まで生き残りたければ、そいつらをみんな絶望させていかなきゃいけないんだ。それが俺には、堪らなく――。」

 その瞬間、クロウの瞼に柔らかな温もりがじわり、と伝わる。セイバーが小柄な右手でクロウの眉間から鼻の下までを覆い、空いた左手でその鴉羽のような黒髪を緩慢に撫で始めたのだ。無言のままその行為を続けるセイバーの意図はクロウにはわかりかねたが、その温かさは確かにクロウの心を癒していた。いつしか、クロウは再びセイバーの膝の上で意識を手放していたのだった。

 

 大きく大西洋を横断して、ここはアメリカ、ニューヨーク最先端の街、マンハッタン。ネオン煌めく夜の摩天楼は、諸手を広げてズーハオとランサーを出迎えてくれていた。そう、目の前に討ち果たすべき強敵さえ立ち塞がっていなければ、二人は大都会を満喫していたことだろう。

「うふふふふふ!!! お二人は確かぁ……ランサーさんとそのマスターさんでしたねぇ!!?」

 セントラルパークの芝生の上で仁王立ちになって二人の前に立ち塞がっていたのは、明るい鳶色の艶やかな髪を長く束ねた、白衣の女性であった。その瞳に滲む狂気を肌で感じながら、ランサーはズーハオを庇うように槍を構える。

「おやおやおやおや物騒ですねぇ蛮勇ですねぇ!! まぁそうは言ってもこちらとしてもこの聖杯戦争、勝ち残りたいのもまた確か。さ、お行きなさい我が親愛なる生徒一号!!!」

 白衣の女性が声高に腕を振り上げると、女性の影から鮮やかな金色のロングウェーブヘアを持った幼い少女がとことこと前に出てくる。その腕には、首のちぎれた熊のぬいぐるみが抱かれていた。

 少女は脂汗を額に浮かばせるランサーの元まで歩み寄ると、にこりと笑って見せた。ランサーもそれにつられ、引きつった笑顔で手を振ってしまう。

「なっちゃん!」

 ズーハオの言葉で我に返ったランサーが見たのは、身体の各所がぼこりと泡立ち、膨張する少女の姿だった。そしてその直後、風船が割れるような音と共に少女が跡形もなく破裂し、血飛沫が飛び散った。コンマ数秒、その血が自身の身に付ける鎧に付着した瞬間焼け石に水をかけたような蒸気と共に鎧が融解したのを視認したランサーは、咄嗟に叫んでいた。

「『阿吽鶴の佩楯(うちつらぬくたけきつわものよろい)』!!」

 森家の誰からも愛されたランサーが展開した父の鎧とされるその甲冑は、光り輝く魔力に変換され、ズーハオとランサーを守護する壁となって少女の血液を防ぎ切って見せた。

 首のちぎれたぬいぐるみが浮かぶ血の海を見下ろしながら高笑いを続ける白衣の女性は、異様という他なかった。


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