Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆キャスター
真名:ロバート・E・コーニッシュ
性別:女性
筋力:D 耐久:D 敏捷:C 幸運:D 魔力:D+ 宝具:A+
スキル:陣地作成C+、道具作成A、精神汚染B、生命信仰A、無辜の怪物B
宝具:『全ての死に祝福あれ(ブラッド・シェイク)』
→その地の霊脈の一部と化した無数の人間の生命の断片、いわゆる魂を魔術によって受肉させ、生ける屍としてこの世に蘇らせる禁術。本来ならば生命を冒涜する技術ではあるが、キャスターはこれこそ生命のあるべき姿と信じて一切疑わない。


皆が皆酔い潰れる島 -Ⅲ

 地球上のどこか。ぐらぐらと泡沫を破裂させながら煮えたぎるマグマを湛えた巨大な火口の淵に、シスター・プラムは静かに立っていた。傍らには金のロングヘアに漆黒の仮面で目元を隠した月桂冠の少女が付き従っている。

「……残るサーヴァントも残り少なくなってきましたね。セイバーが二騎にアーチャーが二騎、ランサーが一騎、ライダーが二騎、キャスターが三騎、アサシンが二騎、バーサーカーが二騎、ルーラーが一騎、ウォッチャーが一騎……。なんだ、まだまだいるではありませんか。まったく、皆さん何をしていらっしゃるやら。」

 プラムは長い溜息をひとつつき、まるで人と接する際の荒々しさなど微塵も感じさせない淑やかな足取りでその場を離れる。

「セイバー、行きますよ。少々早く来すぎました。」

 次の瞬間、プラムの頭蓋は少女の左手でがっしりと掴まれていた。

「……余は、アヴェンジャーである。幾度も余に言わせるでないぞ。此度は見逃すが、次はないと思え。」

 月桂冠を被るその少女のぞっとするほど低く、冷たいその声にプラムはひらひらと手を振り、少女の手を払うと麓に向かって歩いて行く。直後、少女の左手首には地面から植物の如く突出してきた鉄製の長大な杭が痛々しく貫通していた。

 

「やあああぁぁっ!!!」

 ランサーの振るう槍が、腐って柔くなったリビングデッドの四肢を細切れに寸断する。紅に染まった装束に嫌悪感を抱きながら、続けて最後の一体となったリビングデッドを両断し、ランサーはその場に槍を突き立てて崩れ落ちてしまった。

 ニューヨークにやってきて既に二か月が経過しようとしていた。キャスター陣営が毎夜毎夜放ってくるリビングデッドの大河を処理するためにランサーとライダーはマンハッタンを南船北馬する日々を送っていた。

「も……もう無理……おかしいなぁ、僕サーヴァントのはずなんだけど……。」

 疲れを感じないはずのランサーであったが、現実は違っていた。ライダーに補助されて立ち上がると、霊体化してマスターたちが待つバッテリーパークへと急行する。

 さらに、ライダーも決して万全という状態ではなかった。倒れ込むようにズーハオとゾーエの元に出現したサーヴァントたちを慌てて介抱するゾーエ。

「どういうこと!? ランサーがどうかはわからないけど、少なくともうちのライダーはちょっとやそっとじゃこんな風にはならないのに!」

「霊脈の魔力だ。」

 ズーハオの言葉に、ゾーエは首を傾げる。

「どういうこと?」

「ニューヨークは世界でも有数の霊地。最も霊脈の集中する場所にエンパイアステートビルが建設されたことでも魔術師の間では有名だ。」

「……。」

「知らなかったのか?」

 困り顔で笑うゾーエを前に呆れた息を漏らすと、彼は説明を続けた。

「そしてあのリビングデッドの大群を生み出すキャスターの宝具。この二ヶ月間欠かすことなく毎夜連発できているのは、恐らくこの地の魔力をひたすらに食い潰しているからであろう。つまり……。」

「ライダーやランサーが満足に戦闘できるだけの魔力がもうないってこと……!?」

「それだけじゃねェ……。」

 ゾーエに助け起こされたライダーが、更なる問題点を挙げる。

「お嬢やランサーのマスターさん……二人が万が一襲われた時の自衛手段も限られた魔力でしかできなくなっちまってるんだ……!!」

「ウソ、そんな切羽詰まってるの!?」

 その時、月光のカーテンたなびくバッテリーパークに女性の高笑いが響き渡った。誰あろう、ロベルタのものであるとズーハオには即座に理解できた。

「今更お気付きになりましたかァ!!? いやはや、しかし我々にとってはその方が好都合でございましたよォ!!! ウフフフフフ!!!!」

 いつの間にか、ズーハオとゾーエの背後十メートル後方に、ロベルタが仁王立ちをしていた。傍にはキャスターもいる。ロベルタは大仰に身振り手振り、二人のマスターにその計画を語って見せた。

「えぇ、最初は正義感のお強そうなそちらのランサーさんにうちのキャスターの偉業をお見せし、憤慨していただくことにいたしました。最初に同盟を持ちかけたのはランサーさんの人となりを推し量るためでした。

 そして人間というのは裏切られた時に同じ者を排除目標とする人間と協力しようと考えるもの。なればこそ、ライダーさんと同盟を組むのは目に見えていました。そうすればあとは簡単です。我が崇高なる軍団にてこの地の魔力を暴食し、そして魔力が枯渇したお二方を討つ!! ……ねェ? 完璧な計画でございましょう?」

「しかしロベルタ、それはお前のキャスターとて条件は同じだろう。」

 ズーハオの指摘に、ロベルタは唇を三日月形に歪め、高らかな笑い声をマンハッタンの夜空にこだまさせた。

「アーーーッハハハハハッ!!! えぇ、えぇそうですともそうでしょうとも!!! 普通ならばそう考えることでしょう!! ……ですがご安心ください、我が忠実なる相棒の魔力源は地球なんていうちっぽけな器には留まっておりませんのでェ……!!」

 それと、とロベルタはニタニタと笑いながらズーハオに向かって真実を告げた。

「私の名はロベルタ・ラディッシュなどではございません……。」

 

「キャスター、『ロバート・コーニッシュ』。それが私の真名でございます……!」

 

 ズーハオの中では疑問がいくつも浮かんでいた。なぜサーヴァントがサーヴァントを使役しているのか。なぜマスターの気配が今までなかったのか。しかしそれよりも――。

 なぜ、自らの名をいきなり明かしてきたのか。

「ごめん……ズーちゃん……。」

 自身の背後で力なく肩を上下させるランサーが、報告のし忘れを謝罪する。

「あのちっちゃい方のキャスター……あの子にも、あの白衣のキャスターと同じ形状の令呪が存在していたんだ……!」

「お前ッ……! いや、今となってはもういい。そもそもお前がそういったことを報告し忘れること自体珍しいんだ。今回は大目に見よう。戦えるか?」

「頑張るッ……!!」

 弱々しく吐き出し、兄の愛槍をコーニッシュに向けるランサー。しかし、その刃を優しく籠手で下ろす人影がひとつ。

「お嬢ちゃん、下がってな。かわいこちゃんに血反吐吐かせるほどオレも落ちぶれちゃいねぇさ。」

「でも……ッ!」

「言いてェことはわかるさ。けどよォお嬢ちゃん。男には一世一代の大舞台ってモンがあるんだぜ。多少の無茶は男の勲章だろうがよ!!」

 そう言って、ライダーは己の武器を両手の中に出現させる。決意に満ちた表情で隣に立つゾーエの方を一瞥し、ライダーは不敵に笑って見せた。

「行こうぜェお嬢、愛と自由の国の人間(フランス人)の底意地、見せてやろうじゃねぇかァ!!!」

「Vive la France!!」

 叫ぶゾーエが令呪が刻まれた右手のグローブを脱ぎ捨てるのと同時に、ライダーがキャスターたち目掛けて突進する。しかしその斬撃も、その銃撃も、全て幼いキャスターが召喚する軟体動物の触手に阻まれて無力化されてしまった。

「……鬲泌鴨荳崎カウ縺ィ縺?≧縺ョ縺ッ貊醍ィス縺ェ繧ゅ?縺?縺ェ縲 縺薙l縺ァ繧ょョ溷鴨縺ョ荳牙?縺ョ荳?繧ょ?縺励※縺?↑縺??縺?縺後?」

「仕方がありませんよキャスター。この地に有り余っていた魔力の大部分は我々が消費してしまったのです。無様になるのも無理はないかと。」

 人類には到底理解不能な言語を口にする幼いキャスターと、それが理解できるかの如く会話を成立させるコーニッシュ。二人にライダーの刃は、弾丸は、一発とてかすりもしていなかった。

「Ne perdez pas, jockey!!」

 ゾーエが必死にフランス語で何かを叫ぶと同時に、ゾーエの手の甲から一画、令呪が消失する。次の瞬間、ライダーの斬撃は先程までとはまるで速度が豹変していた。しかし、地面から突き出た触手でそれを捌く幼いキャスターはなおも欠伸混じりでそれをいなしている。直後、ライダーの手からマスケットが弾き飛ばされた。

「……キャスター? 時間が無いのですよ? そろそろ何とかしてもらえませんかその遊び癖ェ。」

「縺セ縺√?√b縺?ー代@蠕?※縲 蠢?ュサ縺ェ縺薙>縺、縺ョ陦ィ諠?′髱「逋ス縺上※縺ェ縲」

「はぁ……大概にしてくださいねェ?」

 

 ライダーの活動限界は既に超えていた。魔力切れなどお構いもなく、ライダーは手に握る細剣を振るい続けていた。打開策などなかった。正面衝突以外に無学なライダーには方法が考えつけなかった。

 きっとゾーエにもそれはわかっていたのだろう。けれど、ゾーエもライダーも、こんなところで諦めるような人間ではなかった。ゾーエの目尻にはいつの間にか大粒の涙が浮かんでいる。何を悲しむのか。ライダーの無様な姿か。間近に迫る敗北か。その先にある、自身の死か。

「Non!」

 違う、と。ゾーエは叫んだ。悲鳴にも似た訴えは、ライダーの心に吊り下がった重く、鈍重な鐘を高らかに鳴らす。

「この涙は……怒りの涙だ! ライダーの涙だ! 平気で人の命を弄ぶような奴に、ライダーは負けない! そうでしょっ、ライダー!?」

「――……。」

 あぁ、負けない。たとえこの身が滅びても、この外道どもに一撃見舞わなけりゃ気が済まない。足を一歩前に進めることだってもう不可能だ。己を突き動かすだけの魔力は全部腕に回している。

 だが、現実は非常だ。緩慢に幼いキャスターが広げた掌からするするとまるで蔦植物のように舌のような物体が伸び始め、次の瞬間にはライダーの腹部を刺し貫いていた。

「グぶッ――!」

 だが、敗けなかった。ライダーは剣を振るい続けた。霊脈に魔力がほぼない今、自身の宝具だって大した意味をなさない。それがわかっているからこそ、ライダーは何も言わず、泣き言ひとつあげずに剣を振るい続けた。勝つためではない。殺すためでもない。後ろにいる大切な少女を護るためだけに。

 幼いキャスターの掌に開いたあぎとからにゅるにゅると伸び揺れる舌は、幾度も幾度もライダーの身体を穿った。致命傷にならない場所を狙って、何度も、何度も。

「あ、ぁ。負けねェ、よ。フランスの、伊達男はなァ……一度言った約束はッ、守るのさ……何が、あって、も。な――!」

「Luttez pour la loyauté, jockey!!!」

「D'accord, mon maître.」

 二人だけにしかわからない故郷の言葉。その命令が、令呪という『絆』を通してライダーに加護を与える。忠義の為に。ふるさとの為に。ゾーエの、ために。ありったけの魔力を感覚も既になくなった右腕に集中させて、ライダーは折れそうな剣を振るう。

 ズーハオが何度も加勢に入ろうとした。その度に、ゾーエはそれを止めた。これは自分たちの戦いだから、と。

「最後の……最期の手段だよ、ライダー。」

「ヘヘッ、最期だなんてガラじゃねェぜ、お嬢。」

「……ゴメン。これが、勝利への王手(チェック)。行くよ木偶の棒。」

 直後、ゾーエの右手から深紅の輝きは完全に失われた。そして、ライダーはありったけの声を腹の底からこそぎ取って絶叫する。

 それは彼の軌跡。彼と、三人の大いなる仲間たちの絆。そして――五人目の『三銃士』、ゾーエとの誓い。デュ・ヴァロン・ド・ブラシュー・ド・ピエールフォンを名乗る怪力の木偶の棒が最期の一瞬にあっても絶対に信じることをやめなかった言葉。

 

「『喝采せよ、役立たずの一剣(アンプールトゥス・トゥスプールアン)』!!!!」


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