真名:???
性別:???
筋力:A+ 耐久:A+ 敏捷:EX 幸運:E 魔力:B+ 宝具:C+
スキル:狂化B、対魔力B、無辜の怪物EXなど
宝具:『???』
十二月のモスクワは、慣れない人間からしてみれば簡潔に言えば地獄である。少しでも肌を露出させようものなら、パチパチと音を立てて皮膚が凍結していく。鼻が垂れようものなら瞬く間に氷柱と化す。吐く息の白さすらも悪魔の手招きに
屋外にいれば、の話だが。
「本当に良いのか、アインツベルン?」
「良いのよ、この屋敷の所有権はわたくしにあるんだから。わたくしが誰を呼ぼうと、文句の言えることではないわ。」
「……さっきから後ろのお爺さんにめっちゃ睨まれるんだけど!」
「爺や! 出てってよ、もう!」
暖房の温もりが部屋中に充満する豪奢な応接間で、クロウとセイバーは白髪の見目麗しい女性と優雅なティータイムを楽しんでいた。
彼女こそは、始まりの御三家がひとつ、アインツベルンが放った今回の命の聖杯戦争に参戦するマスターのうちの最後の一人。唯一の生身の人間であり、バーサーカーのマスターでもある『レイラ・アダモーヴィチ・アインツベルン』。ロシアに住むアインツベルンの分家の子である。
レイラは部屋の扉の前で凄まじい殺気を孕んだ視線で今にもクロウを射殺さんとする燕尾服の老爺を一声で外に追い出し、クロウに一言謝罪した。
「ごめんね、うち家系の関係上他のマスターに対する扱いが厳しくて。」
「あぁいや、その、何というか……。」
「マスター、このチョコレートうまいぞ!」
困惑顔のクロウをよそに、セイバーはひたすら目の前のガラスの器に山と盛られた大量の小さなソリッドチョコレートを冬眠前のリスのように頬袋に貯め込んでいた。
レイラはほおずきのように真っ赤な瞳を無気力そうに細めると、皴ひとつないドレスを身に纏っていることもお構いなしに座っていたソファにどさりと倒れ込む。
「わたくしね、別に聖杯戦争とかどうでも良いのよ。今まで生き残ってるのも、ひとえにこのお屋敷の魔術警備が頑丈ってだけ。そこらの魔術師ならこのお屋敷に忍び込もうとした時点で上半身と下半身がまっぷたつよ。」
「そ、そうなのか……。」
「ねぇセイバーのマスターさん。あなたはなんで聖杯戦争に参加してるの? どうしてわざわざ、人を殺して回ってるの?」
「いや、俺も別にそこまで人は殺してねぇし……。まぁ俺の場合、一族の悲願があるからさ。」
「出た。一族の悲願。うちも同じよ。聖杯を手に入れることしか頭にないんだもの。その結果が……。」
レイラはまたも目を細める。しかしそれの意味するところは先程とは大きく違っていた。ふぅ、とレイラは哀愁漂う吐息を漏らし、ソファの上でばたばたと脚を交互に振るう。
「……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。知ってる? セイバーのマスターさん。」
「えぇっと、ついこの前の冬木の聖杯戦争に参加したっていうアインツベルンの……。」
「そ。泥まみれの聖杯に穢されて死んでいったかわいそうな子。」
「かわいそう、か。」
その時、頬にチョコレートを詰め込んだままのセイバーが、いつも通りの威厳のある表情で自論を口にした。
「私に言わせてもらえば、『かわいそう』ほど残酷な言葉はないと思っている。本人はその生き様に後悔はないかも知れないではないか。それだと言うに『かわいそう』と勝手にラベリングを施すというのは余りにも――。」
しかしセイバーの言葉は見かねたクロウが頬のふくらみを平手で押し込むことで妨げられた。
「んぎゅ! ……そもそも、そのイリヤスフィールという少女は『彼女』にとっても決して因縁浅い相手ではない。そう易々と自己解釈による勝手な感情を押し付けないでやってくれないか。」
「ん……ごめんなさいね。」
閑話休題、とばかりにクロウが大袈裟な咳ばらいをし、話頭を変じる。
「それでアインツベルン、俺たちをこんな極寒の地に呼び寄せたんだ。それ相応の用事があるんだろ?」
その問いに、レイラは上体を持ち上げてドレスの裾を直し、陶器のように繊細な長い髪を手で払うと、まっすぐにクロウを見つめて言い放った。
「命の聖杯を停止させてほしいの。」
紅茶を飲む手が止まる。そのティーカップとソーサーをテーブルの上に置き、クロウは何度か口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返す。やがて紡がれた声は、あからさまに震えていた。
「……つまり、命の聖杯に何らかの支障をきたせ、ってことだよな。」
「うん。」
口を真一文字に結び、レイラは首肯する。
「それはつまり……聖杯戦争の勝者が出ないようにしろ、ってことで合ってるか?」
「うん。」
二度目の首肯。クロウは唇を噛みしめ、尚もレイラに問いかけた。
「今まで……この聖杯戦争で、何人もの未来ある若い魔術師たちが内に秘めた野望と一緒に死んでいったのは、わかっているよな。」
「うん。」
またも、レイラは首肯する。
「それでも聖杯の機能を停止させろと? そいつらの無念を全部無碍にしてでも?」
「……うん。」
レイラはその全ての質問に首を縦に振って答えた。冷淡な表情を浮かべたまま石像のようにレイラを見つめて微動だにしないセイバーを横目に、クロウは眉根を寄せ、怒気混じりの声で説明を求めた。
「どうして……なんだ。それは勝者を出したくないがためなのか? 本家のアインツベルンに歯向かうためだけにそんなことを?」
「……違うわ。」
きっぱりと、レイラは言い切った。覚悟と懇願の交錯した瞳で頭を抱えるクロウを見据え、その訳を話す。
「セイバーのマスターさん。君はさっき『何人もの若い魔術師が死んでいった』、そう言ったわよね。その通りなの。この世界における命の聖杯戦争は、他の世界――いや、そんな言い方をしなくても良いわね。命の聖杯戦争っていうのはそもそも規模が大きい。規模が大きければそれだけ死者も多く出る。それは魔術師だけに限った話じゃない。」
「無辜の民草であっても……か。」
「その通りよ、セイバーちゃん。命の聖杯は存在するだけで多くの命を湯水の如く垂れ流し、その魔力を吸収して顕現する。だから『命の聖杯』って呼ばれているのよ。そんなの……君は許せる? セイバーのマスターさん。」
衝撃的な真実を告げられ、クロウは狼狽しながらも反駁した。
「聖杯ってのは脱落したサーヴァントの魔力で顕現するものじゃねぇのか!?」
その問いには、レイラは首を横に振った。
「命の聖杯は
「つまり……その代替品が一般人であっても何も問題はない、ということか?」
セイバーの問いに、再びの首肯。クロウはいよいよもって困惑しきった苦悶の表情で目を両手で覆い、そして今ひとまずの答えをレイラに述べた。
「わりぃ、やっぱ無理だ。少なくとも今の段階じゃあな。お前が虚偽の情報を言っていないとも限らねぇ。」
「……確かにね。基本的に聖杯戦争は騙し合いだもの。いいわ、また時間をかけてよく考えてみて。それまではここを拠点にしていても良いから。」
「本当か!? 助かる!」
なぜかその言葉にはクロウではなくセイバーが瞳を輝かせてレイラの手を取り、上下に勢いよく振り回した。
「最近また金欠になり始めていてな、宿代にも困りかけていたのだ!」
「主にお前が高級チョコばっか食うからだろっ! ウォッチャーからもらった大金ほとんど消費しやがって!」
「……ウォッチャー?」
途端に怪訝そうに眉を顰め、クロウの発言について何かを聞こうとしたレイラであったが、次の瞬間にはその意識はすべてセイバーの右手に集中していた。右腕のみ赤黒い籠手を出現させたセイバーの掌には、
「嘘……この屋敷の警備はアインツベルンの魔術の粋を集めて作られているのよ!?」
「この攻撃……あのアサシンか!」
そう叫ぶと、セイバーは戦闘形態へと変身し、応接間の窓ガラスを破って外に飛び出して行った。それに続き、クロウも応接間をでて玄関に向かおうとする。
「外はマイナス二十三度だよ!?」
そんなレイラの言葉にも構わずに、クロウは吹雪荒れ狂うモスクワ郊外の森へと駆け出して行った。
アサシン、シモ・ヘイヘにとって、ロシアというのは縁深い地だ。冬戦争で数多の戦場を駆け巡ったアサシンはモスクワの土を踏んだことは終ぞなかったが、この吹き荒れる猛吹雪には何度も命を救われた。
そして、今も。
「いつも思うけども……サーヴァントの肉体ってのはいいもんだな、マークスマンいらずとは恐れ入るぜ。」
アサシンは厚手の白いギリースーツを身に纏い、景色と完全に同化したうえで自分を探すセイバーに照準を合わせていた。その重厚で頑丈な銃身を持つ一般的なそれよりもやや小さめなモシン・ナガンには、スコープは取り付けられていなかった。
「こうして戦うのはフランス以来だな、セイバー。あたいは一度だってあんたのことを忘れちゃいなかったぜ。さぁ、またあたいを楽しませてみな!」
ガチンと引き金を押し込み、魔弾が射出されたのを認識した瞬間にその場から離れて移動を開始する。後ろを振り向けば、先程までアサシンが立っていた梢がセイバーの放つ熱線によって見るも無残に融解しているのがはっきりと目視できた。
「ッヘヘ、恐ろしいもんだぜセイバー! けどこの吹雪だ、あたいの気配遮断スキルはA+からEX寸前まで上がっているのさ! あたいを見つけるなんて、雪原の中から塩粒を見つけるより至難の技だっての!」
そうしてセイバーを射程距離圏内にギリギリ捉える地点まで移動して、再び匍匐姿勢でウッドストックを肩口に押し当てた時だった。ぞくり、とアサシンの背後で何かが動いた。
「――ッ!?」
素早く立ち上がり、気配を消して別の場所に向かう――はずだった。
「がっ――。」
喀血。アサシンの腹部と口蓋から噴き出した血液は、ボタボタと粘りながらキャンバスのような深雪に無造作な血溜まりを作り上げる。
絶望と驚愕に彩られた顔で緩慢に激痛走る丹田部分を見れば、そこには影があった。否、影のような実態だ。五本の鉤爪を持ったそのこの世界に存在する何よりも
「……バーサーカー、殺さないでね。聖杯の停止のためにもこれ以上の犠牲は出さないようにしないと。」
氷のように冷たい女性の声。振り向いたアサシンの視界には、アサシンの腹部に腕を突き刺したままの、身長四メートルはあろうかという鎧に身を包んだ巨大な人型の怪物の肩部に優雅な体勢で腰を下ろす白髪赤眼の女性が映っていた。
「――ッ――ラ――グ。」
「だーめ、殺しちゃだめよ。とりあえず腕を抜いてあげなさい。」
強烈な不快感を伴い、アサシンから腕が抜き取られる。アサシンは自分の身体を貫通して過ぎ去っていく吹雪という奇怪な光景に場違いなせせら笑いを漏らし、その場に倒れ伏してしまうのであった。