Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆???
真名:???
性別:女性
筋力:C 耐久:D+ 敏捷:A 幸運:C 魔力:A+ 宝具:A+
スキル:対魔力C+、騎乗B、炎の喝采Aなど
宝具:『???』


深雪、第三のローマ -Ⅱ

 アインツベルンの館に設けられた地下牢の一室の前でアンティーク調の椅子に腰かけ、レモンティーを優雅な所作で飲むレイラの目の前で、アサシンは目を覚ました。鉄格子を隔てただけの距離感ながら、アサシンはレイラを殺すことはできなかった。範囲内に存在する一切から魔力を吸い取る魔法陣の描かれた牢獄の中で倒れ伏し、もがくアサシンに気付いたレイラはにっこりと微笑み、頭を垂れる。

「おはよう、小さなサーヴァントさん。って、日本人の挨拶の仕方ってこれで良かったのかしら。後でセイバーのマスターさんに聞き直さないとなぁ……。」

「……あたいをこんなところに閉じ込めて、何をするつもりだい? 言っておくけど、うちの怠け者(オレ・ライスカ)をあんま舐めるんじゃないよ。あたいひとり程度で交渉材料には――。」

 嘲るアサシンの言葉を遮り、レイラはアサシンに問いかけた。

「サーヴァントさん、あなたは人殺しについてどう思う?」

「あぁ? ……あたいは兵士だ。兵士には使える『主人』がいる。上官、君主、国家。たとえ境遇が違えど、その『主人』の意のままに銃を握るのさ。それ以外に理由なんかない。」

 アサシンはそう言って空しげにレイラを鼻で笑う。そんなことをサーヴァントに問うて何とする。そんな内心が透けて見えるような嘲笑だった。レイラは長いまつ毛を閉じ、アイスティーを飲み干す。空になったカップとソーサーをその場にいたどす黒い空気のような『何か』に手渡すと、膝の上で両手を揃え、アサシンを真っ直ぐな瞳で見つめた。

「この現代は、兵士が銃ではなく花を持つべき時代よ。それでも……銃を握るの?」

「くどいぜ嬢ちゃん。聖杯戦争だなんて仰々しい名前してるけどよ、起きてるのはただの人殺しだぜ。人殺しのための環境が在る以上、あたいらサーヴァントは人を殺すために召喚され、『主人』の思うままに戦場を駆ける。それの何がおかしい? それのどこに違和がある?」

「……もし、人殺しをしなくてもいい、そうしなくていい手段がある。そう……言ったら?」

「それをあたいに言うなよ。あんたがそれを言うべき人間は別にいるぜ。」

 そして、とアサシンは笑う。

「言っただろ。うちの怠け者(マスター)をあんま舐めんじゃねぇよ――ってな!」

 

 クロウの右肩には銃創痕が生まれていた。アインツベルンの館の正面玄関から堂々と侵入し、各所に仕掛けられた魔術的な細工をハンドガンから放たれる謎の銃弾によって無力化させながら、その男はずんずんとクロウへ向かって大股で近寄ってくる。

 レンガのような深い色の赤毛をオールバックに固め、細長い一本の結髪を垂らしたスーツ姿のその男は、残弾のなくなったハンドガンのマガジンを淡々と、無表情で換装しながら一歩、また一歩とうずくまるクロウを見据えて迫ってくる。

「私は生まれてこの方魔術とかそういうもんに興味がなくてなぁ。爺さんに色々と仕込まれてきたがどれもイマイチ身につかなかった。それでも何の因果かこうして令呪を持っちまったんだ。そりゃあ必死で勉強したさ。死にたくないからな。」

 スウェーデン訛りの英語で話す男は、真っ白なシーツに血を垂らしたかのようにじわじわと銃創痕から無数に肉体へと広がっていく紫紺色の魔力に苦悶の呻き声をあげるクロウを見下ろしながら手の中のハンドガンをくるくると回す。

「その結果……猟師の私にとって一番馴染みやすかったのがこれさ。第四次聖杯戦争においてセイバーのマスターが扱った、銃弾を用いる魔術。なぁ――セイバーのマスターよ。お前の相棒はこの魔術を見て何を思うんだろうなぁ。ま、サーヴァントに記憶なんかないからな。見せたところで意味はないか。

 さて、お喋りの時間は終わりだな。あばよ、青二才(ヌーボリアレ)。」

 ガチン、と音を立ててハンドガンがブローバックし、空の薬莢が外界へ放出される。クロウの死体が脳天から血液を噴き出しながらレッドカーペットの上に崩れ落ちるのと同時に、薬莢が甲高い音を立てて大理石の床を叩く。

 ハンドガンを持つ手をだらりと降ろし、器用に左手で紙煙草を一本取り出して口に咥え、煙草の箱をスーツの裏側に戻してポケットからジッポライターを取り出す。その蓋を開けた瞬間、男の背後から声がした。

「ベレッタ92か。良いの持ってるじゃねぇか。あんた……セイバーが言ってたアサシンのマスターかい。名前、聞いてもいいか?」

 脳天の風穴も完全に塞がったクロウはフェスティバルのバルーンのようにぐらりと立ち上がると、不遜に笑って手首をぶらぶらと揺らす。

「……面倒な奴に鉢合わせしたもんだな……。あー、私の名はボドヴィッド・ランデスコーグ。お前さんは?」

「俺はクロウ・ウエムラ。セイバーのマスターで、不死の魔術師さ。」

「名前以外は知っているが……。」

「武士道において喧嘩の前の名乗りは基本だからなぁ!」

「非効率的な武術だな、ブシドーってやつぁ。」

 刹那、先んじて動いたのはボドヴィッドであった。身体を捻りながら右手に握ったハンドガンを素早くエントランスの天井四隅に向かって発砲する。すると着弾したすべての弾丸がその場で跳躍し、また別の場所に着弾しては跳ね返る。そうしていつの間にか、エントランス全体に巨大な弾道の結界が作り出されていた。

 あらゆる方向から飛び交う弾丸を全身に受けながら、クロウはボドヴィッドに向かって突進していく。そんなクロウを正面から仁王立ちで待ち構えるボドヴィッドはハンドガンを真っ直ぐクロウの脳天に向けてトリガーに掛けた指に力を入れる。

 その瞬間、

「令呪を以て我が肉体に命ずる!」

 クロウの叫びに驚愕したボドヴィッドは反応が遅れてしまった。常人のそれでない速度でボドヴィッドが発射した銃弾を躱し、その速度を殺さないまま渾身の右フックをボドヴィッドの右頬に叩き込むクロウ。

「ぐがぁっ――!?」

 しかし、ボドヴィッドも負けてはいなかった。猟師としての呑み込みの良さ、それを余すことなく使い切って覚えた真作には遠く及ばぬその魔術を紡ぎ、クロウの速度に追いつく。

「Time alter――triple accel Fake!!」

 クロウも二角目の令呪でさらに己の肉体を尋常でない速度での運用を可能とさせ、エントランスに飾られていた甲冑が手にしていた模造剣を抜き取り、自身が得意とする補強魔術をその抜身へと付与する。

 イノシシの如く猛進するクロウの足を払いながらハンドガンのマガジンを別の物に切り替えてスライドを引き、立ち上がるクロウへとボドヴィッドが銃口を向ける。発射される弾丸は残像を残してクロウへと牙を剥く。その残像のひとつひとつに質量が生まれ、己の責務を全うせんと次々にクロウに向かっていく。幻影によるマシンガンのような連射が無慈悲にクロウを襲う。

 しかし、その弾丸がクロウの肉体に触れるよりも疾く、クロウは剣を振るう。ボドヴィッドの一発から生まれた数百の弾丸を全て弾き終えるまでに、今のクロウは一秒と必要としなかった。サーヴァント同士の戦いのような速度で二人のマスターは熾烈な戦闘を繰り広げる。

 だが、その決闘が二人の間で終結することは終ぞ無かった。全速力で館へと戻ってきたセイバーによって、ボドヴィッドの肉体は両断された。しかし、そのコンマ数秒後にはボドヴィッドは額に脂汗を滲ませながら膝をついて数歩後ろに下がっていた。口唇の端から血を垂らしながら立ち上がり、肩で息をしつつセイバーを睨むボドヴィッド。それに相対するセイバーも同様にボドヴィッドを睨んでいたが、その瞳に込められた感情はまるで違っていた。

「キリ――ツグ。」

 仕えたこともない魔術師の名。セイバーは知っていた。一般的なサーヴァントとは事情が異なる少女の分身として人の世を見守り続けてきた王権の守護者は、それを知っていた。

 悲しいような、怒り狂っているかのような。複雑な感情を目の中で燃え上がらせながら、セイバーは手にした嵐を強く握りしめる。

「その魔術を持つ男は……アインツベルンの少女を愛していた。家族を愛していた。愛する者の為に愛する物を切り捨てた悲しき魔術師の成れの果てを知っていてその魔術を使うと言うのならば私は何も言わん、存分にソレ(・・)を使え。

 だがお前は知らない。あの男が本当に為したかった事を知らない。あの男がどんな思いでその魔術を使ってきたかを――。」

 もっと彼を理解することができたなら。もっと彼の手を取ることができたなら。もっと――彼を止めることが、できたなら。『彼女』は何度も悔いただろう。何度もその余地を与えなかった男の姿勢を呪っただろう。

 行ったことは到底理解できない。思想も共感はできない。それでもその思想に至るまでに数々の地獄を味わってきたことだけは理解できる。だが、そのことすらも、目の前の魔術師は――。

「お前は、知らない!!!」

「Time alter triple accel Fake!!」

 その詠唱を終えていなければ、ボドヴィッドは今度こそ真っ二つにされていただろう。ボドヴィッドが立っていた場所に生じた巨大な破壊の傷跡はそれを冷たく物語っていた。セイバーの斬撃を躱しながら、ボドヴィッドはエントランスの奥へと逃げ込んでいく。

「そっちは地下牢の方向だ、セイバー!」

 アインツベルンの館はセイバーの聖剣によって見るも無惨に壊されていく。逃げるボドヴィッドを怒りのままに剣を振るいながら追いかけるセイバーは完全に理性を失っていた。

「セイバー、落ち着け!」

 そんなクロウの声も届かず、とうとうセイバーは地下牢への入り口の前までボドヴィッドを追い詰めた。尻餅をつき喀血するボドヴィッドを前にして、セイバーは頭上高く剣を振りかぶる。その冷徹な視線でボドヴィッドを突き刺しながら、それを振り下ろさんと一歩前へ足を出す。

 その直後、烏羽の聖剣はどす黒い空気によって妨害された。

「セイバーちゃん、君らしくもないわよ。」

 地下牢から階段を上がってきたレイラの奥にいたそのどす黒い空気は、暴走する獅子をひょいと摘み上げて追走してきていたクロウ目掛けて放り投げた。それをキャッチして一発頬に平手打ちを放つと、クロウはレイラにボドヴィッドの生殺与奪を一任し、セイバー共々その場を後にした。

 

「……申し訳なかった。」

 元々レイラと会談していた応接間に戻ったセイバーは戦闘形態を解除し、いつもの革ジャン姿へと変身すると、ソファの上に蹲ってしまった。

「あまりにも騎士として恥ずべき行動を取ってしまった……感情のままに行動するなど、『彼女』らしくも『私』らしくもない……。」

「まぁ……仕方ねぇよ。誰だって触れちゃいけねぇ逆鱗ってのはあるもんさ。」

 そう優しく言ってセイバーの金色の髪をそっと撫でるクロウ。

 しかし、束の間の休息に安らぐ二人の元へと、もうひとつの凶刃が迫りつつあった。


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