Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆ウォッチャー
真名:???・ホーガン
性別:男性?
筋力:- 耐久:EX 敏捷:EX 幸運:- 魔力:EX 宝具:-
スキル:陣地蹂躙A+、対魔力EX、単独顕現EX、万象俯瞰C+、異相の住人Aなど
宝具:『???』


然して舞台は暗転する -Ⅱ

「ケホッ――。」

 ひとつ咳払い。確かにコーニッシュの肌は焼け爛れ、再起不能なまでに肉体のあちこちが焦げてはいたが、被害甚大であるという判断はしなかった。コーニッシュはポケットから三角柱状のシリンジを取り出し、自らの手首に打ち込む。すると瞬く間に全身の傷が回復していき、破裂した眼球も元通りになったことで周囲の状況が確認できた。

「あぁ――キャスター。また救われてしまいました。大変申し訳ないですね。」

「まったくだ。さぁ早く立て。そろそろ充填も完了する。」

 キャスターが展開した巨大な黄衣で構成された結界もあちこち焦げ落ちてはいたものの、コーニッシュとキャスターを防衛するという機能自体は全うしていたようだった。それでもここまでコーニッシュにダメージを与えたのは、ひとえにランサーの宝具が強力だったということか。

 

 ライダーの宝具も失効し、魔力の枯渇によってランサーはその場で膝をついてしまった。炎の海原と化したバッテリーパークに立っていればまず死からは逃れられないと判断し、結界の内部にゾーエを保護しながら海中に避難したズーハオも、結界ごと浮上してランサーの隣に立つ。

「いやぁ……ッハハ、さすがは日本が誇る大英雄の従者ですねぇ……。」

「ボクの真名を……!?」

 思わせぶりに笑うコーニッシュに真実を問うことはできない。なぜならランサーにも力ずくで問い詰めるだけの気力は残っていなかった上に、コーニッシュとキャスターはすぐさまに立ち上がり、その場を後にしようとしたからだ。

「どこへ行くんだ!」

「どこへ、ですか。実に哲学的な質問ですねぇ。」

 不気味な笑顔を浮かべながら、コーニッシュはまるで面白半分に蟻を踏みつぶそうとしている子供のような調子でランサーに対して自論を語った。

「人間は何処から来て、何処へ向かうか。それはとても難解でとても重要な問いだと思いますよォ? まぁ、医学的な回答をすれば人間は遺伝子から来て死へと向かう、ですが。ですが死という誰にでも定まったゴールがあるなんて、あまりにも面白みがないとは思いませんかねェ?

 ――我々はねェ、お嬢さん。『死』という概念からの脱却を目指しているのですよォ。『死』というのは神が我々に与えた試練であると私は受け取っています。その試練を乗り越えた先にこそ、医学の極致は在ると考えています……。

 ……だからこそ!! 霊地マンハッタンを起点としてこの地球(ほし)をやり直すのですよォ!!」

 その言葉に、その場にいた全員の表情に緊張が走る。ランサーが行動不能に陥っている今、ただの人間であるズーハオやゾーエにサーヴァントであるキャスターとコーニッシュに対抗する手段は限られている。ゆえに、三人はコーニッシュの独白をただ聞くことしかできなかった。

「魔力とは流動体のようなものです! 霊脈内の魔力が枯渇すれば、また新たに新しい場所から魔力を注入しようと作用するのが自然! ならば、ひたすらに霊地の魔力を食い潰した状態でキャスターの外宇宙由来の魔力で霊脈を満たせば、その魔力を操ることに長けたキャスターの意志ひとつで、このマンハッタンは巨大な魔力炉と化するのです!!」

「最後まで魔力を消費する前にお前たちを追い詰めてしまったことは少々早計だったが、代わりにあのライダーの宝具によってマンハッタンから地球由来の魔力はほぼ完全に消失した。助力、感謝するぞ。」

 不気味な笑顔を浮かべながら、幼い少女の声音でおぞましいことを口にするキャスター。

「魔力充填率99.76%。聖杯浸食を開始するぞ。」

「さぁ、歴史的瞬間を共にこの目で見届けようではありませんかァ!!? 死する者を悲しまなくて良い世界がやってくるのです!! 感動的ですねェ!!! 神秘的ですねェ!!! フフ、フフフフ!!! フフハハハハハハ!!!! アーーーッハハハハハッ!!!!!」

 

 プラムの『極刑王(カズィクル・ベイ)』を正面から食らったことによって全身を防護していた金属鎧が粉砕され、その長大な漆黒の体躯を露出させたバーサーカーの肩の上に腰かけながらプラムと対峙していたレイラは、突如襲い掛かってきた嫌悪感に表情を強張らせた。続いて対面で構えていたプラムも何かを感じ取ったかのようにぴたりと動きを止める。

「何、この感じ――!」

「まさか……キャスター組ですか!」

 敏感にその答えを察知したプラムは側頭部に手を添えながらどこかで霊基の回復を行っているらしい自らのサーヴァントに向かって指示を飛ばした。

「アヴェンジャー! 休憩は終わりです! 今すぐにマンハッタンに向かいますよ! えぇ、恐れていた事態が本当に起きてしまいました!」

 焦燥に駆られた声で告げ終わると、それまで戦っていたレイラとバーサーカーには目もくれずに廊下の壁に拳ひとつで大穴を空け、外へと飛び出して行ってしまった。

「あっ、待ちなさい!」

 レイラが叫んだ時には遅く、プラムの姿は吹雪の中に消えてしまっていた。仕方なくバーサーカーを再度気体形態に変化させ、アサシンが保護してくれたであろうクロウとセイバーの元へ向かうレイラ。

 応接間には簡易式の魔力壁が設けられ、謎のサーヴァントの来襲によって破壊されてしまった部屋の壁が塞がれていた。ソファには自身の令呪を見下ろしながら険しい表情で腰を下ろすクロウと、彼の肩を枕に安らかな面持ちで睡眠を取るセイバーがおり、それと向かい合う形でアサシンとそのマスターであるボドヴィッドがそれぞれ自分たちの得物を整備していた。

「……アインツベルンの嬢ちゃん、死ぬ覚悟はできてるかい。」

「え?」

 唐突にアサシンが口を開く。手元の作業を一切止めないまま、アサシンは現状の事態について説明を始めた。

「聖杯が変な魔力で汚染されているのさ。このままじゃあ、地球の運命は先には進まなくなっちまうだろうな。」

「つ、つまり……地球が破壊されそうってこと?」

「そんな大層な話じゃあねぇよ。地球って惑星に被害は出ないだろうさ。地球と連動した命の聖杯が誤作動起こしかけているんだ。何が起きても不思議じゃねぇが、まずあたいらの命は保証できねぇな。」

「止めることはできないの!?」

「そう慌てんじゃねぇよ嬢ちゃん。人ってのはいつか死ぬもんだぜ。早いか遅いかの違いさね。」

「嫌よ! 私はまだ何も成してないのよ!? まだ何も――何も残せていないのに!」

「……死なないんだろ、アサシン。」

 そうふいに口を開いたのは、クロウだった。アサシンは意地悪気な笑顔を浮かべると、初めてモシン・ナガンから手を離した。

「どうしてそう思うんだい、(あん)ちゃん。」

「それ、モシン・ナガンだろ。しかもそのカスタム、お前冬戦争の英雄サマじゃねぇか。そんな奴が『死ぬ』『死なない』じゃなく『命の保証がない』だなんて、随分とあやふやな言い方をするじゃねぇか。」

「なんだよ、そいつぁちょっと屁理屈じゃねぇの?」

 小柄なサーヴァントはそう言ってキシシと笑う。まるで今起きている事態を何とも思っていないような態度とは正反対に、クロウは緊迫した口調でアサシンを問い詰める。

「何を知っているんだ、アサシン。」

「……。」

 アサシンは小馬鹿にしたような表情のままボドヴィッドを一瞥し、彼が顎を振って促すのを確認すると、今から起ころうとしている事についてクロウとレイラに解説を始めた。

「あたいはなぁ、セイバーのマスター。本当はシモ・ヘイヘなんて御大層な英霊じゃあねぇんだ。あたいはロシア人の兵士たちの恐怖心と畏怖で生まれた『偽りのシモ・ヘイヘ』なのさ。だから顔に傷もねぇし、雪の中に紛れやすいようにこんなガキみたいな姿で現界してる。そして何より本人と違うのは……あたいが冥界(トゥオネラ)からの使者、文字通りの『死神』って点さ。

 冥界ってのはある種高次元的な存在さ。そんな処から派遣された死神としてのシモ・ヘイヘ(あたい)だからこそ、今から起きようとしてる高次元的事象も大雑把にだが把握することができる。

 ――惑星(せかい)のやり直しだよ、お二方。誰が何の目的でそんな事をしようとしているのかはあたいにも図りかねるが、少なくともこの地球は一度作り直され、あたいらはみんな魂そのものから作り直される。あたいらサーヴァントとあんたらマスターとの間に構築されていた縁はすべて破却され、そしてあんたらの記憶も全部その時点までの記憶に塗り替えられる。この世界の記憶は全部なくなっちまうのさ。」

「そんなの……死ぬよりもたちが悪いじゃない!」

「その通りさ、嬢ちゃん。」

 そこで初めて、アサシンの顔に陰りが見えた。

「何も打開策はないのか。」

 いつの間にか目を覚ましていたセイバーが、クロウの身から離れながらアサシンに問う。アサシンは薄く笑って首を振ってしまった。

「ないね。起こる事態を止めることはできない。一度作り直された世界になってから元通り、この世界に戻すことならあるいは――。」

 アサシンが言いかけた時だった。

 

「――『全ての死に祝福あれ(ブラッドシェイク)』――!!」

 

 その場にいた全員の背筋を味わったことのない悪寒が奔り、空間が徐々に色彩を失っていった。体重が消失し、肉体の感覚すらもなくなり、内臓も肉も骨も霧散し、世界と自分が一体化したような気さえし始める。だが、確かに自分はそこ(・・)にいる。違和感と矛盾だけが領域を支配する混沌が生まれ――そして、五感すらも段々と薄れようとしていた。

 唐突に巻き起こった現象に当惑するクロウが視界を横に向けると、レイラのサーヴァントであろう漆黒の巨人が下へ下へと落下していくのが見えた。レイラの姿はどこにも見えない。

「■■■■■■ァーーー――ッッ!!!!」

 それとほぼ同時に、セイバーも一瞬身体が浮遊し、バーサーカーが落ちていった場所とは正反対、上方へ向かって吸い込まれるようにクロウから引き離されていくのが見えた。

「マスター! マスター……ッ!」

 必死にクロウを呼ぶセイバー。しかし、ぐんぐんとまるでロケットのような速度で上昇していき、やがて完全に色彩の無い空間の中に見失ってしまった。クロウも手を伸ばしたかったが、そもそも手がない。名を呼びたかったが、口も喉もない。

 そして、視界を前方に戻したとき。

「すべては、(あん)ちゃん次第だぜ。」

 バーサーカーが落下していった方向へと吸い込まれかけていたアサシンが、手にした拳銃の銃口をクロウに向けていた。

「うまくやれよ、青二才(ヌーボリアレ)。」

 確かに拳銃はクロウ目掛けて発砲された。しかしマズルフラッシュは確認できず、代わりにスローモーションの半透明な弾丸が射出された。逃げることも叶わず、その弾丸はクロウの脳天――に相当するであろう場所に食い込む。クロウが意外に思ったのは、その場所から空間に色彩がないにもかかわらず真っ赤な血が噴き出したことであった。

 

 然して、世界という舞台は閉幕する。次の公演へと向かうために。


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