真名:ハンス・???・???
性別:男性
筋力:C+ 耐久:C 敏捷:B+ 幸運:B 魔力:E 宝具:C
スキル:対魔力E、単独行動A、心眼(真)B+、騎乗A、戦闘続行Dなど
宝具:『???』
蒼い光の正体は、魔力を用いたレーザー砲であった。アスファルトを赫奕と融かし焦がす光線を躱し続けるのにも限界があるのか、幾条かのレーザーがセイバーの四肢をかすめていく。
それを離れて見ていたクロウは、令呪を使うべきと判断した。
「セイバー、分が悪い! 一時的に速さを上げるぞ!」
「はい!」
「令呪を以て命ずる! その剛脚で光を置き去りにせよ!」
クロウの右手甲に刻まれた鴉の左の翼が輝きを失うと同時に、セイバーが光速を超えた加速を見せる。無論、音が出るよりも先に軍服の女性にセイバーの荒れ狂う暴風で包まれた刃が抉り込むはずだった。しかしその結果は生まれなかった。
「ごほっ――!?」
セイバーは次の瞬間、クロウの足元まで吹き飛ばされ、地に叩き付けられていた。状況把握に時間がかかったクロウがようやく理解したのは、軍服の女性の隣に立っていた小柄なジャージにショートパンツ姿の少女が、ハイキックの残心をぴりぴりと感じさせる体勢で片足立ちのまま軍服の女性を庇うように立っているという視覚情報だけだった。
「光速で動くセイバーを蹴ったのか……!?」
「まっすぐ向かってくる物ほど蹴りやすいものはないぜ。それが光より疾いんなら、自分の限界以上の速度で脚を振り抜けばいいだけさ。」
そう言ってその小柄な少女は挑発的な微笑を浮かべてジャージのポケットに無造作に両手を突っ込む。
「よくわかっているではないかマスター、その通り。光速で突っ込んでくるということは自らで制動しない限り何かに衝突した際の衝撃はとてつもなく大きい。安直だぞ『
「俺のことを知っているのか、お前ら。」
「知っているとも。」
軍服の女性は腕を組み、仁王立ちでにかっと笑う。
「クロウ・ウエムラ。セイバーのマスター。前回の冬木の聖杯戦争の勝者より手ほどきを受けた強化魔術の使い手。呪われし餓叢家の末裔。死せども死せども死ぬことを許されぬ哀れな狂戦士。そして――。」
その直後に軍服の女性によって紡がれた言葉は、天涯孤独のはずだったクロウに驚愕と一縷の望みをもたらした。
「――歪み無き世界より来たれり世界への叛逆者。」
「なっ……お前、どうしてそれを!」
「理由が知りたくば我らを撃退せしめよ!」
その号令と同時に、再び頭上の船舶の底から蒼色のレーザー砲が幾条も照射される。
その一言が無ければ、クロウもセイバーも塵ひとつ残さずに燃え尽きていただろう。
「『
その真名が放たれるや否や、クロウとセイバーの頭上を覆うように五枚の花弁が笑うように開花する。レーザーは三枚目までの花弁を破砕するが、四枚目で食い止められてしまう。
その宝具を使用したのは、誰あろう士郎であった。広げた掌の先から展開される城壁と同等の防御力を誇る結界から伝わる衝撃を必死の形相で抑え込んでいる。
「シロウさん!?」
「行け、玖郎! 今ならあいつらの懐はガラ空きだ!」
「――はい! ありがとうございます!」
「感謝します、シロウ!」
クロウとセイバーは同時に走り出す。未だに令呪の効力が残っているセイバーはしかし先程とは違い、蛇行しながら突進する。クロウは令呪で身体能力をブーストし、道中に立っていた交通標識を手刀で斬り払って材質を強化させ、セイバーとは打って変わって真っ直ぐ猛進した。
「想定外だぞ、
「そう慌てるなマスター。そら、来るぞ。」
薙刀のように交通標識を振るうクロウと少女が激突するのと同時に、セイバーの剣も軍服の女性に襲い掛かる。しかしセイバーの斬撃は女性の寸前で魔力の障壁に阻まれてしまい、バチバチと火花を散らす。
「まだ及第点にも至らないな。師の助けがなくては距離を詰めることさえできんとは――。」
「助けが、何だって?」
だが、油断する軍服の女性の首筋にはいつの間にか、交通標識の看板部分がぴたりと当てられていた。背後にクロウが立っている事に気が付いた女性が咄嗟に自らのマスターの方を見ると、そこには臀部を突き上げた状態で頭部をアスファルトにめり込ませている少女がいた。
「しまった……そうかクロウ君は令呪で単純な体術を大幅に強化することができるのだったな……。盲点だった。」
「さてはお前見かけによらずポンコツだな?」
「ポっ……!」
クロウのその感想に愕然とする軍服の女性。そのせいなのか、士郎が防いでいたレーザーも途絶え、士郎はその場で魔力の枯渇によって膝をついてしまった。
「……はっ。ン、ゴッホン! ご、合格だクロウ・ウエムラ! 君にはなかなか見込めるだけの実力があるらしい!」
「クロウ、斬っても良いですか。」
「やめとけ。多分コイツ見た目ほど強くない。弱い奴を叩くのは騎士道に反するだろ。」
「それもまた然り、ですね。」
クロウとセイバーのやり取りを聞いていた軍服の女性はわなわなと肩を震わせ、真っ赤に上気した顔を上げると、勢い任せに指をバチンと鳴らした。
直後、頭上の船舶からクレーンアームが急速降下し、クロウとセイバー、ついでに小柄な少女の胴体をがっしりと掴んで船舶の内部へと連れ込んでしまった。
軍服の女性はその場で踵を返し、船底から伸びてきたワイヤーに取り付けられたグリップを握ると、ふと思い出したように背後を振り向き、その場でしゃがみこむ士郎に向かって苛立ちまみれの言葉を投げかけ、船舶へと上昇していく。
「あ! シロウ・エミヤ! 貴様にはクロウ君に代わってお礼を言っておこう! 我々としても少々やりすぎた感はあったし……。と、とにかく! 愛弟子の行く末を温かく見守ることだな!」
肩で息をする士郎は、夜闇の中から歩み寄ってきた凛に手を貸してもらって起き上がると、ぽつりとつぶやいた。
「アイツ、絶対悪い奴じゃないな……。」
「良いの? 衛宮くん。何か玖郎くんに言いたい事でもあったんじゃないの?」
しばらく間を置いて、士郎はその凛の問いに答える。
「構わないさ。あいつはもう立派にマスターとして、セイバーの相棒としてやっていけてるよ。俺たちが必要以上にそこに口を挟むのも野暮ってもんだろ。」
「それもそうね。あとはあの若鴉が大空を自由に飛んでいくのを見守るだけ、か。」
クロウが目を覚ますと、そこは高級マンションの一室のように広々とした個室だった。両手を使って身体を持ち上げると、ダイニングテーブルに着席したパーカー姿のセイバーが、山盛りのカルボナーラを口に運んでいた。
「気が付きましたか、クロウ。」
「お前らしくもないな、敵陣で出された食事に手を付けるなんて……。」
「先程あの小柄な魔術師が運んできてくれました。その際に毒見をするのを目視したので、危険性はないと判断したまでです。」
その報告を受け、クロウもテーブルの上に置かれていたバスケットに詰め込まれた焼き立てのパンをひとつ掴んで無造作に頬張った。
「セイバー、この部屋から外に出たか?」
「いいえ、クロウが起きるまで待機していました。」
クロウはそれを聞き、パンを齧りながら部屋に設けられた自動ドアの前に立ち、手元に設置されていたスイッチに触れる。空気が抜ける音と共に自動ドアがスライドして開くと、そこには巨大な空間が広がっていた。ドアはその空間の高所に取り付けられた足場にあり、吹き抜けを挟んで向かい側の壁にも同じように足場とドアがいくつか並んでいた。
その光景を回らない頭でぼんやりと眺めていると、すぐ隣から声が聞こえた。
「おう、目ェ覚めたかい、兄ちゃん。」
その声がした方を見ると、そこには地上で遭遇した女性と同じようにドイツ軍服を着こんだ鳶色の髪の青年が壁にもたれかかるようにして立っていた。
「
「お前は……?」
「俺? 俺の名は……そうさなぁ、『ハンス』。そう呼んでくれよ。アーチャーのサーヴァントだ。」
そう言い残し、ハンスはすぐ傍にあった足場と同じ鉄骨製の階段を使って下の階へ降りて行った。クロウは首を傾げながら室内でいつの間にかカルボナーラを完食していたセイバーを呼び、共にハンスが去っていった方へと降りていく。
ハンスの背中を追いかけて歩いていくと、やがて巨大空間の先端へとたどり着く。そこは前面が丸ごとガラスで覆われ、無数の計器や機材が配備された艦橋のような場所になっていた。
「む、ようやくお目覚めかねクロウ君。まったく暢気なものだ。」
「姐さんの催眠ガスが強力すぎるんだよ。」
そこには軍服の女性と小柄なオレンジ髪の少女、そしてハンスともうひとりドイツ軍服を着るくすんだ金髪の青年が立っていた。
「ゴホン。ではクロウ君、及びセイバー君。歓迎しよう! ようこそ我らが航空要塞――『ノイエ・グラーフZ』へ!!」
そう言って大きく腕を広げる女性の脇の下を通って、小柄な少女が前へ出てくる。そしてクロウに握手を求めながら謝罪の言葉と共に名を名乗った。
「無理矢理な方法で連れ込んじまってごめんな。おれは『ジャクリーン・リッジウェイ』。この
「お、おう。俺はご存知の通りクロウ・ウエムラ……セイバーのマスターだ。」
クロウもやや困惑しながらも握手を返す。
「あぁ、知ってるぜ。」
にかっと笑う低身長の少女――ジャクリーンは、続いて自らのサーヴァントにも自己紹介をするよう命令する。
「フフフ……改めてお見知り置き願おう! 私は通称『
続いてハンスの隣に立っていた金髪のドイツ軍服の青年も簡単に名前と自らのクラスを述べた。
「僕はサーヴァント、ライダー。『エーリッヒ』とでも呼んでおくれよ。」
「お前たちは……一体何者なんだ? 『グランツ・レルヒェ』って奴なのか?」
クロウの質問に、"Z"は満足そうに満面の笑顔を浮かべてそれを肯定した。
「いかにも!! 我らこそ、『
「世界……再編。」
「知っているぞ、クロウ君。君が元いた世界が、何者かの悪意によって歪められ、結果としてこの世界が生まれたことを。我らが『グランツ・レルヒェ』に所属するキャスターの予言でそれを聞いた際は少々驚いたが、あのキャスターの予言に外れはない。そのキャスターから特異点、重要人物と聞き及んだのが、君という訳だったのだ。」
それを補足するように、ジャクリーンが口を挟む。
「おれたちは世界をあるべき姿に戻したいんだ。たとえそれでおれたちが死んでも。だからクロウ、お前にはおれたちに協力をしてほしい。どうかな。今ならまだロンドン上空だけど……。」
クロウは濡れた鴉の翼のように真っ黒な髪をバリバリと掻き、何気なくセイバーの顔を見る。セイバーはクロウの視線に気付くと、目を閉じて少し俯いて見せた。「クロウに任せます」とばかりのその仕草を見たクロウはひとつ溜息を吐き、気だるげにジャクリーンを見下ろしながら答えた。
「……もう少し穏便に船に連れ込めよ。いいさ、俺も向こうの世界の未来を任されてここに立ってんだ。協力者がいるのはこの上ない僥倖だろうよ。」
「おう! さんきゅー、クロウ!」
マスターの笑顔を見た"Z"は凛々しい表情で手元にあった蒼い魔力によって形成された球体に触れると、巨大空間全体に響くほど声高に言い放った。
「では征くぞ諸君! 『グランツ・レルヒェ』、本格始動だ!!」
直後、鯨の雄叫びのような重低音が船内に響き渡った。