Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆セイバー
真名:アルトリア・ペンドラゴン[レイヴン]
性別:女性
筋力:A 耐久:B 敏捷:A 魔力:A 幸運:A+ 宝具A+
スキル:対魔力A、直感A、騎乗C、魔力放出A、カリスマB+、騎士王の化身A、処刑見届け人A+
宝具:『王威守護せし勝利の剣(エクスカリバー・レイヴン)』
→ブリテン、ひいてはイギリス王の威光の顕現であり、有史以降このブリテンの地を統治してきた全ての『王』の栄光を魔力に置換し、熱エネルギーとして放出する対軍宝具。


たゆたえども沈まず-Ⅲ

 その日、『彼女』と『私』の精神は分離した。元々ひとつの人格だったはずが、『彼女』が世界と契約を交わした瞬間、『彼女』の精神から『私』は引き剥がされたのだ。醜いワタリガラスの姿となった『私』を見て、死を待つだけの身体となった彼女は悲しそうに俯き、『私』に一言だけ残した。

 

『貴方は、総てを看なさい。最早視ることもできなくなった私に代わって、この地(ブリテン)の行く末を看なさい。』

 

 『彼女』が戦い続ける限り、『私』の霊基は滅びない。『彼女』が経験したことは、『私』の経験になる。『彼女』の痛みは『私』の痛み。『彼女』の喜びは、『私』の喜び。

 『私』はワタリガラス。全ての騎士たちの幻想の終着点である『彼女』に代わって、この栄光と誇りの大地を治める者達に祝福を与える者。故に、『私』を傷つけようとする者は全て『彼女』の敵。『彼女』の敵は――。

 ――漏れなく()し去る。

 

 クロウは、脂汗をこれでもかとかきながら、豪快に地面が抉れ、建物は派手に崩壊したたパリの大通りを眺めていた。

「……これが、対軍宝具……。」

 それは、これまで聖杯戦争というものを自分の目で一切見たことがなかった若輩にはとてもではないが受け入れきることのできる光景ではなかった。しかも、もっと最悪の事実が彼に突きつけられる。元の革ジャンの姿に戻ったセイバーが、申し訳なさそうな顔でクロウにこう伝えた。

「すまない、マスター。逃がしてしまった。」

 しかし、そんなセイバーの声も届かないほど、クロウは自らが行った業を目の前にして茫然自失していた。遠くからパトカーのサイレンが聞こえ、セイバーはクロウを抱えてその場から退避しようとした――その時。

『させるかよ。』

 セイバーの耳に、確かにその声は響いた。予知能力にも近い直感スキルを持つセイバーが今一度枯渇した魔力で戦闘状態に変身し、握った剣を予感のままに振るう。その瞬間、剣の剣先からカチンという音が突き刺すように鳴り、地面に魔力で構築された弾丸が真っ二つになって落下してきた。

『へぇ、あんた、あたいの弾を斬るのかい。いいぜ、あんたとあたいの勝負だ。五百と四十二の命を奪ったこの弾丸は確実にあんたのマスターの頭蓋を打ち砕く――その結果を生み出す! 因果に逆らってみろ、セイバーのサーヴァント!』

 その声の直後、セイバーの瞳の中に数百の弾道が現れた。あらゆる方向、あらゆる角度から、しかし全てクロウの脳天へとその弾道は収束している。セイバーはその弾道に沿うようにクロウへと射出された弾丸を、目まぐるしく高速移動しながら弾き、斬り落としていく。その間、わずか一秒にも満たぬ刹那の時間、セイバーはその全ての弾丸をはじいて見せた。

 しかし、やはりその全てを無力化することは敵わず、一部の弾丸は剣に当たったことで軌道こそ変われど、立ち尽くすクロウの体躯を無慈悲に貫通していき、クロウの衣服を真っ赤に染め上げた。

『……あんたの勝ちだよセイバーのサーヴァント。さすがは最優のサーヴァントか。あんたとはいい勝負ができそうだ。その脳天をカチ割る日を楽しみにしてるよ。』

 セイバーが我に返ると、パトカーの姿が遠方に見えた。しかし、既に魔力も限界に近づいていたセイバーは緩慢としか動けず、クロウを担いで移動するのはやや難しかった。

『……はぁ、世話の焼ける好敵手だね。』

 瞬間、パトカーの方向に向かってマシンガンの発砲音のようなものが聞こえ、そちらを見ると警察官がパトカーから離れ、発砲音の源であるとあるビルの屋上へ向けて銃を突き付けていた。

「――助力、感謝する。」

 セイバーはその声の主へと呟くように謝辞を述べ、クロウを肩に担いでその場から全力で疾走し、退却した。

 

 聖杯戦争には監督役がいる。聖堂教会と呼ばれるさる世界最大の宗教の暗部として暗躍するその機関の、その中でも第八秘蹟会と言う聖遺物の回収などを主目的とする部門の聖職者たちは、聖杯戦争が勃発する際、その聖杯戦争においてルール違反をしでかしたマスターに対してペナルティを与えるなど、公平性をもたらすために派遣される。

「初めまして、今回この聖杯戦争の監視を任ぜられました、聖堂教会所属のシスターがひとり、プラム・コトミネと申します。以後、お見知りおきを。」

 その監督役のうちの一人の元、すなわちパリ郊外の小さな教会にセイバーは訪れていた。『自分に何かあれば教会に行くように』とクロウに言われていたからだ。

 監督役と名乗ったその亜麻色の髪の修道女は、にこやかな笑顔を浮かべ、満身創痍のクロウを担ぎ息を切らしたセイバーを迎え入れた。しかしその数秒後、笑顔のまま額に青筋を立て、ドスの効いた声でセイバーに質問した。

「……何真ッ昼間っからドッタンバッタン大暴れしてくれやがってるんですかこのクソアマ。」

「……は。」

 疲れ切ったセイバーはクロウを無造作に床に投げ捨てると、その場にどっかりと座り込み、説教する気満々のシスターの顔を見上げた。

「本来なら聖杯戦争って言うモンは夜間に行われるべき神秘に満ち溢れた戦争なのですよクソ野郎、それをおてんとさまもギンギンギラギラにっこにこ笑ってらっしゃる昼の一時から対軍宝具なぞブッ放しやがってからに、処理に追われるこっちの身にもなりやがれファッキンビッチ、と言っているのです。」

 天使のような笑顔のまま中指を突き立て、そう唾を吐き捨てるプラム。セイバーは正座に座りなおして深々と頭を下げ、プラムに謝罪して懇願した。

「その一件は目の前の闘争に我を失った私の責任でもある。本当にすまなかった。我がマスターにも説教をしてやってほしい故、どうか今はこのマスターの手当てを願えないだろうか。」

 しかし、その言葉が終わらないうちに、セイバーの横に力なく倒れ伏していたクロウの身体がびくんと震え、しゃがれた声をあげながら起き上がった。

「そのマスターをまるで荷物みてぇに投げ捨てやがって……。」

「マスター! 生きていたのか!」

「ひどいなお前。俺の体内にあるモンを信用してなさすぎだろ。」

「いや、何より信頼してはいるのだが、こうも回復が早いとは思っていなかった。さすがは時計塔まで行って『彼女』から借り受けただけはあるな。」

 なんとクロウの身体に無数に空いていた風穴は全て塞がり、流血も完全に止まっていたのだ。それを見たプラムは驚きの表情を浮かべながらもすぐに笑顔に戻り、またもゴロツキ天使のような声音でクロウに語り掛けた。

「クロウ・ウエムラ。少しよろしいですか?」

「はい? あぁ、アンタ聖堂教会の人か……。」

「はい。プラム・コトミネです。改めましてお見知り置きを。それで、あなたは驚異の回復能力をお持ちということで間違いはございませんか?」

「あー……まぁ、間違っちゃいね――!?」

 その瞬間、クロウの鳩尾に衝撃が撃ち込まれた。瞬間移動でもしたかのようにプラムがクロウの眼前まで飛び込み、地を音高く踏み込み、そこからクロウに向けて掌底を放ったのだ。

 もろにそれを食らったクロウは胃の中の空気を口から吐き出しながら、まるでピンセットで穴をあけた風船のようにはるか後方、聖堂入り口のドアの真上まで吹き飛び爆発のような音を立てて壁にめりこんだ。

「お説教の代わりに一撃だけで済ませて差し上げました。感謝してくださいねスケコマシ。」

 ぽかんとするセイバーに向けて、手の汚れを払いながらプラムはにこにこと伝言を託す。

「ブリテンの腐れカラス、あなたの魔力が正常値に戻るまではここで保護して差し上げます。ですがそれ以降も教会内に居座りやがったら一撃じゃ済みませんよ。」

 今まで細めていたその眼をほんの少し開き、セイバーを見下すプラム。その左目は、まるでガラスでできた義眼のようになっていた。その瞳を真正面から睨みながら、セイバーはおぼつかない足で立ち上がり、拳に彼女の宝具のひとつであり、本来は彼女の相棒である聖剣を隠匿するための嵐、『風王結界(インビジブル・エア)』を纏わせた。

「――いくら我々の落ち度が大きいと言えど、彼はあんなでも私のマスターであり、今度の顕界において私が剣の誓いを立てた者だ。このような仕打ち、少々度が過ぎるのではないか!?」

 その言葉に、プラムはにこにこと笑ったまま、なおもアメリカはニューヨーク訛りの英語でおっとりと反論する。

「おやおや、籠の鳥風情がガアガアとよく鳴くものです。ふふ、魔力も尽きかけているあなたが、私に立ち向かえるのですか? 自分はサーヴァントだから生身の人間相手に負けるはずがないと、本気で思っていやがるのですか? 今のあなたじゃあ、この私の乳房すら掴めませんよ?」

 そう言ってたわわに育った胸部を誇示するように反らせるプラム。その挑発を受けて頭に血を登らせたセイバーが、『風王結界(インビジブル・エア)』の応用技――嵐を外部へと爆発的に開放することで衝撃波として対象にダメージを与える『風王鉄槌(ストライク・エア)』を纏わせた拳でプラムに殴り掛かる。

 しかし、プラムはそれを天使の笑顔を浮かべ、棒立ちのまま、それも片手だけでいなし、セイバーの喉元に肘撃を叩きこんで見せた。

「カハッ――!?」

「言ったでしょう、魔力の尽きた飼い鳥ごときと私が戦ったところで、結果は見えていると。耳遠くなりました? 大丈夫です? 紅茶でもキメますか茶葉中(ティーフリーク)婆さん?」

 言いながら、体勢の崩れたセイバーの肩甲骨の中間部分に手刀を打ち、セイバーの鼻をレッドカーペットと盛大に激突させるプラム。

「ど、どこにそんな力が……っ!」

「ふふふ、我らがコトミネに伝わる八極はコツさえ掴んでしまえば力をかけずともサーヴァント程度軽くあしらえます。私の叔父様はかの冬木の聖杯戦争でも大活躍した神父ですよ? ブリテンの野ガラス一羽の駆除など聖書を暗唱するより楽な作業です。

 さぁ、今はおとなしくマスター共々さっさとくたばって寝込んでろってんです。その間の保護については我々聖堂教会にお任せあれ。」

 その言葉を耳にした直後、とうとうセイバーは魔力切れを起こし、その場でがくりと力尽きてしまった。それを見届けると、プラムはまず入り口直上の壁からクロウを引き剥がし、引き返す道すがらセイバーを軽々持ち上げ、聖堂奥の扉へと入っていった。

 

 そして時はやや飛んで、日本は長野の山奥。今にも崩れ落ちそうな廃れ寺の屋根の上で瞑想をする一人の青年がいた。そんな彼を取り囲むように、赤く煌めく紅玉(ルビー)や光り艶めく翠玉(エメラルド)が十数個、散乱している。

 やがて、その廃れ寺へと近付いてくる足音が聞こえ、青年は瞼をゆっくりと開くのであった――。


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