真名:フローレンス・ナイチンゲール
性別:女性
筋力:B+ 耐久:A+ 敏捷:B+ 幸運:D+ 魔力:B+ 宝具:D
スキル:騎乗D、人体理解A、天使の叫びEX、鋼の看護Aなど
宝具:『我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)』
→次々と迫りくる『死』に敢然と立ち向かった彼女の精神性や逸話が複合して生まれた宝具。この効果が及ぶ範囲内には一切の毒や病、攻撃は無効化され、傷病も癒えていく。
クロウがベッドの上で目覚めた時、傍らには赤い軍服の女性が立っていた。
「意識が戻りましたか。ですが貴方の容態はすぐに起き上がって良いものではありません。しばらく安静に。」
「っぐあ……。」
軍服の女性の声も聞こえていないのか、クロウはおもむろに上体を起こす。その瞬間、万力の如き握力で頭蓋を鷲掴みにされ、枕に後頭部を叩きつけられてしまう。
「!?」
「安静に、と申し上げたはずです。次に指一本動かそうものなら生命活動を停止させますので、そのつもりで。」
「いでぇ……く、口は動かしていいのか?」
「……えぇ、それくらいなら。傷病者の
「えーっと、お前もグランツ・レルヒェのサーヴァントなのか?」
「はい。ライダー、フローレンス・ナイチンゲール。お好きなようにお呼びください。」
「フローレンス・ナイチンゲール……『クリミアの天使』様か!?」
「……あぁ、お好きなようにお呼びください、とは申しましたが。その呼称だけはやめてください。恥ずかしいので。」
やや顔を赤らめるも、眉ひとつ動かさない無表情でナイチンゲールはまるで腕だけ別の生き物になったかのように高速でボウルの中のリンゴを大きめの木の棒で圧し潰しながら、クロウの問いにひとつひとつ答えていく。
「……ジャックは?」
「ミス・ジャクリーンは現在別室にて療養中です。つい三時間と二十四分五十九秒前に彼女も意識を回復しました。」
「そうか、良かった……。それで、今は? この船はどこを飛んでいるんだ?」
「現在アメリカ北部において離脱が確認されたサーヴァント反応のうち、より濃度の高い方を追跡中です。目標は現在太平洋上を高速で移動中。ミセス・"Z"によれば、この空母でも追跡するだけで精一杯、とのことです。」
さらに続けて質問を投げかけようとクロウが口を開いた矢先、ナイチンゲールはその口腔にスプーンですくった擂り潰したリンゴを強引に突っ込んだ。
「んがっ! ……んぐ、痛ぇじゃねぇか! 歯ぁ折れるかと思ったぞ!?」
「痛覚は健やかな生命活動の証拠です。」
「どんな兵士でも見捨てなかった天使様って言うから聖女のような人を想像してたんだけどな……。」
「それは貴方の勝手な妄想です。戦場において重要なことは迅速な殺菌、消毒、しかる後に適切な応急処置。良いですか、ミスタ・クロウ。貴方は少し焦っている。焦りは禁物です。無用な焦りは正常な判断を鈍らせます。さぁ、大きく息を吸いなさい。五秒間かけて息を吸うのです。」
言われた通りにクロウが五秒間息を吸い続けたのを確認すると、ナイチンゲールは言葉を続ける。
「さぁ、今度はゆっくり吐き出して。今度も五秒間かけて吐き出し切るのです。肺の内容物を全て出し切りなさい。」
またナイチンゲールに言われた通り息を吐くと、クロウは少しばかり息を吸い、ふう、と漏らす。
「――うん、確かにちょっと思考がクリアになった。ありがとな、天使様。」
「……その呼称はやめてくださいと……。いえ、今回は甘んじて受け入れましょう。ミスタ・クロウ、自分が焦っていると自覚することは時に大変重要です。その自覚の有無が貴方の生死を分かつことだって大いにあり得ます。ですから、まずは焦燥感の自覚を。そして、私が今教えた深呼吸を行うのです。どれだけ余裕がなくとも、十秒しっかりと深呼吸をするのです。」
「あぁ、わかったよ。」
その返事を聞いたナイチンゲールはそこでようやく頬を緩ませて見せた。慈愛と優しさに満ち溢れたそれはまるで、天使の微笑みのようであった。
そうこうしていると、病室の自動ドアが開き、またひとりの見慣れない顔が室内に入ってくる。
「くろうクン、いるネ?」
「ミス・ラグーン、ここは病室です。無暗に侵入してきては困ります。」
「アハハ、ごめんネ! じゃあホラ、ここで立つネ! ここならいいネ?」
そう言って、『ラグーン』と呼ばれた温かい海を思い起こさせるエメラルドグリーンのロングウェーブヘアを持った女性は病室の敷居の前に素足のつま先を揃え、クロウに手招きする。
「センチョサンが呼んでたネ! おいで、おいで!」
「ミス・ラグーン、彼は負傷者で……。」
「そこはワタシがやっておくネ! これでも災いと幸せを入れ替える精霊ネ! 任せちゃってオーケーヨ!」
左手でオーケーマークを作り、ウインクをして見せるラグーン。ナイチンゲールは不服そうにしていたが、やがて大溜息を吐いてやや力任せにクロウを起き上がらせ、ラグーンに引き渡した。
ニコニコ笑顔で滑るように宙に浮きながら移動するラグーンに、クロウはコミュニケーションを試みる。
「――こうして面と向かって話すのは初めてだよな?」
「ん? そうネ! ワタシはラグーン、アーチャーのサーヴァントヨ! って言ってもワタシ、攻撃手段は何もないネ! 単独行動スキルがEXランクだからアーチャーにされちゃったネ!」
「EXってお前……。それに完全に俺の傷も治したし、さっき何て言った? 精霊? 英霊じゃないのか?」
「アハハ! 好奇心旺盛ネ! うん、良いことネ! ワタシのたったひとつの特技は『災いを幸いに入れ替えること』。普段はこれを応用してエンジンルームで働いてるネ。それとワタシは元々英霊になんかなれない、幻霊と言うにも半端な存在ネ。
めそめそと泣き真似をして、ラグーンはまるで海の中を泳ぐように空中を足を振って突き進んでいく。
「……昔はこうやって……。水の泡でキャッチボールをして、サンゴ礁でかくれんぼをする毎日を送ってたネ。あの
「お前、まさかお前の真名は……。」
「アハハ! 言ったでしょくろうクン! ワタシにはもう名前がないネ! だから真名もないヨ。守護霊の方がまだ使い道があるチンチクリンの妖精ネ。」
そこから押し黙ってしまったラグーンの後に続き、艦橋へ歩を進めるクロウ。艦橋の巨大空間には、クロウに背を向けて進行方向を見つめる"Z"と難しい顔のハンス、同じく柄にもなく沈んだ表情のジャクリーンと、あの地下空洞で垣間見た古代日本を思わせる麻布衣装の女性が静かに立っていた。
「む――。」
背後から近付く足音に振り向いた"Z"は、負傷を無理矢理治させたことをクロウに詫び、アメリカのアーレルスマイアー邸で起きた事態について尋ねた。
「大まかな出来事についてはハンスと雲雀のセイバーから聞いた。それで、だ。クロウ君、君は何を知っている? 雲雀のセイバーが言っていた『白衣の女』とは何者なんだ?」
「……すまん、俺も知らない。でもあいつらは俺を見た瞬間俺が特異点の原因だってことを明確に把握していた。」
「それについてはおれが知ってる。」
ジャクリーンがもたれかかっていた壁から体を離し、"Z"とクロウの元へと近付きながら、白衣の女性――ロベルタと名乗る魔術師について語った。ロベルタと彼女が『キャスター』と呼んだ幼女がこの世界を特異点たらしめた、という自供を。
「……恐らく、今我々が追いかけているのもその魔術師たちだ。」
「え?」
その発言に、今度はぽかんとした顔でラグーンが不思議なことを言い放つ。
「ワタシたちが追いかけてるの、二騎のサーヴァント反応ヨ?」
「なに? ではクロウ君のセイバー君が話していた『姉妹のようなサーヴァント』の方か?」
「ううん、それ違うネ。確かにろべるたってヤツらのはずヨ。」
「……そのロベルタまでもがサーヴァント、ということか?」
その時、それまで一切口を開かずにじっと立っていた雲雀のセイバーが瞼を開け、静かにこう言った。
「――ならば、行先もおおよそ推し量れよう。その者らは言ったのであろう。『思い描いていた世界とは大きく乖離し』ているのだと。であらば成すであろうよ。今再び、『思い描いた世界』を。」
「確かに追跡だけをしているままではどんどん距離を離されてしまう。ラグーン、このまま進めば奴らはどこへ辿り着く?」
「えーっと、多分ニホンネ!」
「日本……?」
「ほぉ、クロウ君の故郷か。」
「俺の……。いや、待て。俺の存在が特異点を生み出したとわかっているなら、そしてこの世界に俺がいるとわかっているのなら……俺を殺すのが最優先じゃないか? でも、じゃあどうしてあの場から去った……?」
思い悩むクロウに、雲雀のセイバーが再びの助言をかける。
「知っているのであろう。そなたを殺すことは生半可には叶わぬと。ならばその根底を対処する腹積もりではないか?」
「根底……。」
そこから数十時間後、クロウはその地に立っていた。クロウの始まりの地。そしてクロウと『彼女』の始まりの地。
「トンネルを抜けるとそこは……か。」
外界の人間を全て拒み、凡て殺し、総て贄とする、鬼の住む村。犬鳴村。村を出て十数年が経っていたクロウだったが、入り口に設けられたトラップの位置と種類はひとつ残らず記憶していた。それを都度セイバーに忠告し、二人は村の奥へと進んでいく。
そこかしこで鉈や斧を持った村人に襲い掛かられたが、その悉くには関心すらも見せず、まるでそよ風でも過ぎ去ったかのように迎撃して無力化させるセイバーを一瞥してはまた進行方向へと視線を戻す。
「クロウ、貴方は――。」
セイバーが問い掛けようとした時、不意にクロウが足を止めた。セイバーが彼の背中に隠れて見えないその先を顔を少しずらして覗けば、そこにあったのは数種類の素材で作られた簡素な吊り橋だった。
「ただいま、父さん。墓参り、もうずっとしてなかったわ。ごめん。」
クロウはそう呟いて吊り橋を渡り始める。セイバーが吊り橋の下を覗き込めば、左手に見える滝から流れ出た水流が右手遠くに見える湖まで続いており、吊り橋直下付近の岸に魔力が込められた形跡が感じ取られる白ユリの花がまるで金属のように無機質に転がっているのが見えた。
そのまま進み続け、やがて二人はそこへ辿り着く。廃屋、というには年月が過ぎすぎている民家だった。十年以上人が手を加えた跡がない。
「まさかこれが、クロウの生家だというのですか?」
「――ああ。」
クロウは潰れて倒壊した民家には入ろうとせず、その裏手に回った。そこには洞窟が大口を広げて佇んでおり、暗黒が喉の奥まで続いている。
「きっとここに、あいつらは来る。俺を殺さなきゃ、あいつらは先へ進めないはずだから。」
自然と心拍数が上がるのを感じる。知ってはいけないことを知ろうとしているような感覚、一歩間違えれば『アサシン』の頼みが二度と達成できなくなってしまうような、言語化することが難しい嫌な逸りだった。
「……クロウ。」
その様子を見たセイバーが、騎士らしく優しく彼の背を叩く。
「深呼吸を。」
「……そう、だな。」
瞼を閉じ、五秒かけてゆっくりを息を吸い、五秒かけて肺の中をからっぽにする。ナイチンゲールに教わった深呼吸を行い、クロウは再び目を開く。その瞳には、決意が燃えていた。
「――行こう!」