Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆ランサー
真名:???
性別:???
筋力:C 耐久:B+ 敏捷:A 魔力:D 幸運:E 宝具:EX
スキル:対魔力B、心眼(真)B+、献身の極みAなど
宝具:『???』


怨嗟を灼きて修羅と化す-Ⅰ

 寺は、苦手だ。寺を見るとあの一瞬を思い出す。自分が自分でなくなってしまうのがはっきりとわかったあの瞬間が。

「きさまらが――にくい――!」

 憎しみなんて何も残さない。憎しみは憎しみを呼び、結果としてその全ては破滅へと帰結していく。そんなこと、人類が有史以前から親から子へ、子から孫へと語り継いできた人間として最も重要で普遍的な潜在意識なのに。

「ころす――ころすきさまらすべて――すべてすべてすべてぇ!――ころすうぅ!!!」

 その破滅の結果を、この身は生み出してしまった。なればこそ、死者として喚び出される時くらいは、憎しみとは対極の散り方を――。

 

 砂利道をこちらへ歩み寄ってくるその足音に、閉じていた青年の瞼がゆっくりと開かれる。青年の視界に、鬱蒼とした竹林と、歪み育った竹でできた天然のトンネルが飛び込んでくる。足音の主は、そのトンネルの中を通ってこちらに近付いてきていた。

「おかえり、ラ――。」

「なっちゃん!」

 次の瞬間、両手に買い物袋を大量に提げた少女が、青年の目の前に着地した。どうやら、青年が座禅を組んでいる家屋の屋根の上まで一足で跳躍したらしい。そんな人外じみた芸当を顔色一つ変えずにこなしてみせたその少女は、青年の唇に人差し指を押し当て、たしなめる。

「そう呼んでって、いつも言ってるでしょ?」

「……そうだけど。お前サーヴァントなんだぞ? 自覚しているのか?」

「いいじゃん、サーヴァントにも心があるんだよ? 心ある者は心なき者の支配など受けない! 心ある者に支配された心ある者は自由と誇りを胸に召し仕える! そういうもんだって。」

 自論を展開しながら、少女は屋根にぽっかりと空いた穴から建物の中に飛び降りる。そこに荷物を置くと、着ていたオフショルダーのシャツを脱ぎ、袋の中の服に着替え始めた。

「ズーちゃん、今日のお昼ご飯どうする?」

 着替えた衣服をひび割れた鏡の前で確認しながら、少女は尋ねる。

「なんだ、買ってこなかったのか。」

「ん~ん、買ってきたよぉ。」

「じゃあその買ってきたものを食うさ。……何で『どうするか』なんて聞くんだ。」

「ズーちゃんが好きな物を買ってきたから、何言われても出せるし、何が食べたいのかなーって!」

「あぁ、そうかい……。」

 半ば呆れたように溜息をついた青年は、少女に牛丼を所望する。待ってましたとばかりに少女はビニール袋から牛丼弁当を取り出し、再び屋根の穴から青年の隣に跳躍して着地する。

 まだ仄かに温かいその牛丼弁当は既に封が開けられており、割り箸も割った状態で添えられていた。

「お前は本当にこういう気遣い、細やかだよな。」

「えっへへ、生前からよく言われてたよ!」

 朗らかな笑顔を浮かべ、少女は青年の周りに円を描くように散らばった宝石の配置を乱さないよう注意しながら、青年の隣に膝を抱えて腰を下ろす。

「――その魔術、随分と効率が悪いよね。鉱石魔術……だっけ。僕は魔術はてんでダメだけど、貴重な宝石を無駄遣いするんでしょう?」

「オレもそう思う。でも、こいつはオレがオレである証明みたいな魔術なのさ。このジャン・ズーハオが、確かにトオサカの血を引いている、その証明に。」

 

 ジャン・ズーハオというこの青年は、中国は上海で生まれ育った日本と中国のハーフだ。父は藍燕(ランイェン)拳法と呼ばれる魔術を応用した格闘術の一門の長であり、母は『始まりの御三家』がひとつ、遠坂一族の分家の末裔であった。

 彼が聖杯戦争に参加した理由はただひとつ、『遠坂家現当主に自分の存在を知ってもらいたかった』からである。母の一家は遠く昔に遠坂家に破門を言い渡されており、見様見真似でラーニングした鉱石魔術だけを頼りに連綿とその血を受け継いできた。

 恐らく、現当主であるあの少女(・・・・)はズーハオのことなど一切知らないだろう。それでも、我らは遠坂の鉱石魔術を用い、魔術師として何とか生き続けている。故に、少しでも我らのことを知ってほしかったのだ。下々のことなんか目にも入らない、彼女(・・)に。

 故に、ズーハオにとって聖杯というのはあくまで副次的な目標でしかない。この大いなる地球を舞台にした人類にはあまりにも壮大すぎる戦争は、きっと世界中の魔術師が注目するであろう。きっと彼女(・・)も風の噂くらいは耳にするはずだ。その時、自分の武勇伝が伝わってくれれば。その一心で、並み居る強者をこの人里離れた竹林の中にひっそりと佇む廃れ寺にて迎え撃ち、全戦全勝の快挙を成し遂げてきた。それは決してズーハオひとりの功績ではない。

 

 ズーハオはひとつひとつ丁寧な手つきで宝石を回収しながら、隣で空になった弁当箱を纏めてビニール袋に戻し、その口を縛る少女――槍使いのサーヴァント、『ランサー』の方を横目で見る。

「どうかした? ズーちゃん。」

 その視線に気付いたランサーは、手を止め、ズーハオの目を見つめる。ズーハオは視線を逸らし、回収した宝石を懐に仕舞い込みながら感謝の言葉を口にした。

「……いや、なっちゃんにはいつも世話になっているなと思ってな。」

「なっ……! どどど、どうかしたズーちゃん!? 熱!? 熱でも出た!?」

「ひどいなお前!」

「だってだって、ズーちゃんいっつも僕に対してはそっけないじゃん! それがいきなり神妙にお礼を言うなんて……ハッ! まさか敵陣営の攻撃!?」

 顔を真っ青にしながら慌てふためくランサーの頭に軽くチョップを入れ、ズーハオは屋根に空いた穴から寺の中に戻る。

「オレとお前はマスターとサーヴァントだ。サーヴァントはマスターの命令通りに動けばそれで問題ない。過度な馴れ合いなど不必要だと、いつも言ってるだろ。」

「む~……。でもズーちゃん、別に冷徹ってわけでもないじゃん。僕が何か話しかければその話題にしっかり乗ってくれるし。」

「それはお前というサーヴァントがどんな性質を持ち、どんな人生観を持ち、どんな思考をしているのかを把握するためだ。馴れ合いの目的はない。」

 そう冷たく吐き、ズーハオは離れにある個室の方へと去っていった。その場に残されたランサーは、しかしそんな言葉を投げかけられても、すぐに笑顔で歌うように呟いた。

「……嘘ばっかり。」

 優しい笑顔で離れにいるであろうマスターの芯の善性を見抜くその瞳の中には、かつてランサーが仕えたかの覇王の背中が映っていた。

「ズーちゃんは、肝心なところで優しいんだもんね。きっとキミは強いマスターでありたいんだ。魔術師としても人間としてもね。でもねズーちゃん、本当に強くて冷たい人間って言うのは、いつも冷たい訳じゃない。強くて冷たい人間ほど、普段は穏やかで優しいものなんだよ。『主様』みたいにね。

 根っこから冷たい人間は僕が何と言おうと僕のことを『ランサー』って呼ぶし、僕が冗談言っても乗っかったりも、チョップもしないよ。でも、そういう人間は弱いんだ。そういう人間ほどすぐ死んじゃう。でも大丈夫。ズーちゃんはそうじゃない――優しくて、大事な瞬間で冷酷な判断ができる人こそが天下をその手に握ることができるんだ!」

 そう言い終えると、ランサーは屋根の上から飛び降り、ズーハオのクレジットカードを片手に歪み育った竹のトンネルへと歩を進め始めた。

 

 トンネルを抜けると、そこは石畳が敷かれた坂道で、石畳は右の方へとずっと続いている。ランサーとズーハオが拠点にしている廃れ寺は、元々この石畳の終点にある仏寺の本堂だったのだが、かつてこの地の付近で起きた大地震によって本堂が倒壊寸前となってしまい、その傷跡を後世に残すために本堂は新設され、元本堂はそのままとなった――のだが、いつしかその存在も忘れ去られ、今も生き続ける霊脈に目を付けたズーハオによって占拠され、生い茂った竹を異常成長させて人の目では完全に察知できないようになってしまった。

 閑話休題、ランサーがその石畳を左に進むと、やがて白塗りの壁に青緑色の屋根を持った立派な教会が見えてきた。教会の付近に寺、というのも違和感を持ってしまうものだが、日本と言うのはそういう国だとランサーは割り切ることにしている。

「さぁて……今日はどこに行こうかな。日本有数の霊地って言っても、昼間はただの大きな港町だもんねぇ、楽しむしかないでしょ!」

 そう、この地は、十年弱の時を遡れば未熟な魔術師の青年と遠坂の現当主が勝利したことで有名な『第五次冬木聖杯戦争』の舞台となった地方都市――『冬木市』である。ランサーは日課として、この地を散策することにしているのだ。

 ひとまず海の方へ向かおうとランサーが方向を転換したその先に、それは居た。

「――……。」

 一瞬でランサーの目が細められ、その車道のど真ん中で仁王立ちする人影を睨み据える。ただの民間人ならば、ランサーは構わずその人影を無視して先へ進んでいただろう。しかし、そうしないれっきとした理由が、ランサーにはあった。

 その人影は――和装だったのだ。ただの和装ではない。その袴には返り血がべっとりと染みつき、頭に被った菅笠から覗く赤い瞳は鬼火のように煌々と燃えている。よく見れば、腰には日本刀も差していた。

「――どうだい、暑くないのかい? 今、気温三十度超してるよ!」

 ランサーは不敵に笑ってその人影に問いかけた。人影はゆらりと陽炎のように動くと、ランサーの方へと近付いてきた。即座に自分の得物を呼び出せるよう右手を広げ、人影を待ち構えるランサー。

「……キミ、どこの誰かな。ただのコスプレイヤーじゃなさそうだけどね!」

 ランサーの問いに人影が答えたのは、ランサーの腹部に日本刀が深々と刺さった直後であった。

「え――!?」

「わしか……? わしはなぁ……セイバー……『坂本龍馬』ぜよ。」

 喀血しながらその男の姿を直視するランサー。ボサボサの黒髪を後ろでひとつ結びにしたその菅笠の男、『セイバー』と名乗った人物はランサーから刀を抜き、その首を斬り落とそうと腕を振るった。

 間一髪、手中に呼び出した槍でその凶刃を防ぎ、大きく『セイバー』から距離を取るランサー。腹部から滴り落ちる血はあまりにも多量で、ランサーが立っていること自体が奇跡のようなものだった。

「なんじゃあ……おもしろぅない奴じゃな。わしの剣を受けてまだ立ちゆうとはな。」

 『セイバー』はつまらなさそうに刀でコツコツと肩を叩くと、刹那の元にランサーに肉薄していた。


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