真名:???
性別:???
筋力:E 耐久:A+ 敏捷:E 幸運:E 魔力:EX 宝具:EX
スキル:陣地作成EX、道具作成EX、大量生産A、無辜の怪物D、変化A+など
宝具:『???』
ひとりぼっちのわたくしは、父様にも母様にも会ったことがない。人間とホムンクルスのハーフであるという事だけは知っている。でも、そんなものだと割り切っていた。純粋無垢な怪物が目の前に現れるまでは。
「わたくしの隣に、いてくれるの?」
私は魔術が嫌いだった。魔術に傾倒する祖父が嫌いだった。父が嫌いだった。そしてそんな祖父や父に心酔する祖母や母が嫌いだった。だが、偶然に偶然が重なり――私は、マスターとなってしまった。
「ようボウズ。あんたがあたいのマスターか?」
裕福な家庭に育った。何不自由なく育った。才能にも恵まれた。父母や兄姉からの愛も一般的な家庭以上に享受していた。それでも、おれは一度経験してしまった。後付けの理由。今までのおれが、これからのおれへと変貌した、叛逆の根拠。
「ジャック、露払いは俺がするさ! お前は真っ直ぐ前だけ見てな!」
ボドヴィッドが突き進む森の景色は先程から何も変わり映えしない。だというのに、ボドヴィッドは分かりきっているかのように迷いなく進んで行く。
「魔術師の子供として生まれた事は小さな頃から自覚していた。だが、幼少の時分からそれを私は『気持ちの悪いこと』として認識していた。」
「へぇ、何が気持ち悪いんだい。生贄か? 呪術か? 儀式か?」
「全部だとも。」
ボドヴィッドは自嘲気味に笑う。その認識が魔術師の子孫として間違っていることは自覚しているのだろう。
「フィンランド式の魔術なぞ、ほとんど曰く付きの呪術だからな。他の地域の魔術に比べれば、とにかく胡散臭かった。」
「おい、同郷にエーデルフェルトがあるだろう、お前。殴られるぞ。」
「ハッ、エーデルフェルトの家名が何程のものだ。」
ボドヴィッドはそう言って一笑に付すが、しかし。
「……おい、
「あん?」
アサシンはその事実を淡々とボドヴィッドに突き付ける。
「ランデスコーグは祖をエーデルフェルトと同じくする宝石魔術の名門だぞ。」
ボドヴィッド・ランデスコーグの名は伊達ではない。その真実は、ボドヴィッドの足を硬直させるには充分すぎた。
「……は?」
「お前……少しは疑問に思わなかったのか? お前が弾丸に魔力や魔術を浸透させる術式との親和性が異様に高かったことに関して。あれは宝石に魔力を籠めるアクションと似通っているからだぞ。」
「……そういう、才能だと。」
「お前の血統が元からそうなんだよ。」
アサシンは大溜息を吐く。ボドヴィッドもらしくもなくしどろもどろになりながら再び歩き始めるが、やはり動揺しているのか足取りはふらふらと覚束ない。
「それで? 魔術が嫌いなボーディー少年はどうしたんだよ。」
「……家出しようと思った。」
「あぁなるほど、それでああなったわけか。」
何かに納得したように、アサシンはしきりに頷く。そうこうしていると、二人は一軒の小屋に辿り着いた。その近辺にはぽつぽつと血の痕跡が白銀の大地にシミを作り出しており、その血痕は小屋のドアの方へと続いていた。
『うるさい! うるさい! オレは……オレは普通の人間として生きたいんだ! 自由はないのか!? オレはっ……オレは自由が欲しかっただけなのに! こんな……ところで……!!』
ボドヴィッドの目の前で、ボドヴィッドが倒れている。ボドヴィッドは気分の悪そうな表情でネクタイを引き締め、じっとその光景を見つめる。
『オレはまだ死ねない……こんな理不尽が日常茶飯事な魔術の世界になんかいられるか! オレは生きていたいんだ! 平和な世界で、欺瞞と偽善に満ちた平穏を享受したいんだ!』
年の頃は恐らくティーンエイジャー。おびただしく流れ落ちる血液は、ボドヴィッド少年の最期が刻一刻と近付いていることを如実に語っていた。壁際に追い詰められたボドヴィッド少年の目の前には、ひとりの槍兵が血濡れの細槍を携えて立っている。
『不必要と断定すれば……我が子すらも手に懸けるような奴らに殺されるなんて! オレは……オレはまだ……!』
『残念だったな、小僧。俺もあんまりこういうことはしたくねぇんだ。我が子殺しの片棒担ぎなんてよ。ま、マスターの命令なんだ。不運だったと思っていい加減諦めてくれや。』
その小屋自体が魔術工房であるなどとは、当時のボドヴィッド少年も考えていなかった。否、考える暇も余裕もなかった。だからこそ、視界の端で突如放たれた柔らかくも鮮烈な光に驚愕し、そしてそれはまた、槍兵も同じであった。
『チッ、つくづく俺は序盤で獲物を逃がす呪いにかかっているらしい――っ!』
「ほぉら始まった。私の人生を狂わせた張本人のご登場だ。」
「ひでぇ言い種。」
フィンランド陸軍の旧式の軍服にウシャンカを被り、手にはバレルの短くなったモシン・ナガンとスオミの短機関銃を握ったその小さな英雄は、槍兵に威嚇射撃を行い、小屋の外へと追い出す。その際に槍兵が叩き割った窓からモシン・ナガンの銃口を突き出すと、躊躇する様子も見せずに宝具を放った。
『――「
『ほぉ、そっちがそのつもりってんなら……!』
しかし、槍兵の朱槍が輝きを増すより速く、その五体に無数の風穴が発生する。だが、それもまた威嚇。五百四十二の死をもたらす弾丸は前座に過ぎず、白き死神の真髄は次の一撃にあった。
『……「
必中必殺。あらゆる魔術的、物理的障壁を貫通し、命中した対象に『死』を与える宝具。死を知る者にしか通用しないという欠点はあるが、今一瞬の事態を打開するには最適解ともいえる選択であろう。ボドヴィッドやアサシンの目の前で、槍兵の肉体は一条の漆黒の弾道に貫かれ、その場で蒸発するように瞬時に座へと帰還してしまった。
『……きみ、は……。』
ボドヴィッドの目の前で、ボドヴィッドは問いかける。アサシンの目の前で、アサシンは答える。
『ようボウズ。あんたがあたいのマスターか?』
『マス……ター……?』
ボドヴィッドはそれ以上その光景を見続けることを厭うように小屋から足早に外へと抜け出す。仕方がない、とでも言いたげな表情でそれについていくアサシンの背中を追うように小屋を出ると、吹雪は止み、快晴の青天井が高く高く続いていた。
「もう三十年は前の話になるか。」
「あぁ。長い付き合いだよ、あたいらは。」
ボドヴィッドは胸ポケットから煙草を一本取り出し、慣れた手つきでそれに火をつける。呼出煙を天へ目掛けて吐き出しながら、遠い目で薄く広がる白雲を見つめ、ボドヴィッドは再び来た道を戻り始めた。
「良いのかい?」
「ここは行き止まりさ。過ぎたことを思い出しただけの道だ。ここに前へ行く道はねぇ。」
「口調、砕けてるぞ。」
「……。」
『今は非日常だ』と自分に言い聞かせるために使うようになった喪服の如きスーツと堅苦しい語調。それもまた、ボドヴィッドをボドヴィッドたらしめている要素だった。
「……死神様。」
「あんだよ。」
「――いや、何でもない。忘れてくれ。」
「何だよ、気になるじゃねぇか!」
意地悪そうに笑いながら、アサシンはボドヴィッドの脇腹を肘で小突く。それに対して憤慨しながらも、ボドヴィッドはどこか嬉しそうに笑顔を浮かべていた。二人の狩人は、互いに笑い合いながら、蒼穹の下続く雪道を並んで歩き去っていく。
去っていく。どんどんと小さく、
振り向いた瞬間に、
「……クロウ、気付いてるか?」
「何にだ?」
「尾行されてるぜ。」
「!」
ジャクリーンの警鐘に、クロウの表情も引き締まる。見れば、隣を歩くセイバーの手にもいつの間にか不可視の嵐が握られていた。
「……敵意は感じられない。どうする、マスター。」
「正体は気になるけど……何もしてこないのなら、放っておいても良いんじゃないか?」
クロウの回答に両者ともに頷き、再び迷宮の中を手探りで前進し続ける。相変わらずジャクリーンはクロウにべったりであったが、不思議とクロウも最初ほどジャクリーンを拒絶するような感情は薄らいでいた。
「……なぁ、クロウ。」
「なんだよ。」
「おれが思うにさ。この建物は、入った人間の過去を見る固有結界みたいなモノなんじゃないかな。」
黙って発言を見守るクロウとセイバーに対し、ジャクリーンはまるでその空間の間取りがわかっているかのように真横にあったドアを警戒もせずに開け放つ。
そこには、オレンジ色の長い髪を持った、ひとりの幼い少女がいた。
「ほらな。」
哀しそうな目で少女を見下ろすジャクリーン。少女にジャクリーンは見えていない様子で、一言も発さずにひたすら分厚い魔導書を読み耽っている。
「こいつは昔のおれ。……多分、七歳か八歳くらいのおれじゃないかな。」
『ジャック? お勉強は進んでいる?』
ふいに、ジャクリーンの背後から平均的な身長よりもやや高いそれを持った背筋の正しい女性が部屋へと入ってくる。ジャクリーン少女は鷹揚な返事でそれに応えながら、ひたすらに魔導書を読み進める。
『ジャックがきちんとお勉強してくれて、私もあの人も嬉しいわ! もっともっと、たくさんお勉強して、もーっと素敵な魔術師になってね?』
『うん……。』
「……期待されてた。」
ぽつりと、ジャクリーンはこぼす。
「才能があったからな。『向こう』のおれは才能もないただの魔術使いだったけど、『こっち』のリッジウェイは天文科のそれなりな権威。そんな家の才女として、次期当主として育てられたんだ。……不満はなかったぜ。『そういうもん』だったからな。」
言い残して、ジャクリーンは部屋から出ていく。先へ進んで行くジャクリーンの背を追いながら、クロウは訊ねた。
「じゃあ、どうして今のお前はそんなにも……『らしくない』んだ?」
「魔術師っぽくないってことか? ……はは、全部お前のせいだよ。」
「俺の……?」
ジャクリーンが見向きもせずに通り過ぎた、開け放たれたままのドアの先には、かつてクロウも目にしたノイエ・グラーフZのブリッジが広がっていた。
『本当に……見守るだけで、いいのかな。』
『どうした、マスター。』
『おれ、何かモヤモヤするんだ。クロウはさ、痛みに慣れすぎてる気がする。あいつ、本当はそんな、強い人間じゃない……ような、気がするんだ。ただ、何度も何度も痛い思いをして、それが普通だって勘違いしているような気がするんだ。おれ――。』
過去のジャクリーン、ジャクリーンの記憶の中のジャクリーンは、クロウの事など認識していない。増してや記憶の中の存在が現在の人間を感知するなど、あり得ないはずなのだ。それでも何故か、クロウにはその『ジャクリーン』が自分の方を真っ直ぐに見つめている気がした。
『おれ、あいつのこと――ほっとけないよ。』
「――その先は、お前にも話した通りだぜ。」
立ち止まっていたクロウに、ジャクリーンは柔和な微笑みを浮かべて先へ進むよう促す。クロウはドアを閉め、小走りでジャクリーンの隣に追いつくと、やや押し黙り、ジャクリーンの名を呼んだ。
「……ジャック。」
「ん?」
唐突に起きた出来事に、ジャクリーンは一瞬ぽかんとした表情になってしまう。クロウがジャクリーンに抱き着いてきたのだ。何回も瞬きを繰り返して、クロウの背中をぎこちなく撫でる。
「く、クロウ?」
「わからない。俺にはわからない。愛されたことも、愛したこともない俺にはわからない。でも、……ジャックは、俺を愛してくれている、気がする。」
「……なんだよ、今更気付いたのか? 仕方のない奴だな。」
気を利かせて二人に背を向けるセイバーに内心感謝しながら、しばらくジャクリーンはクロウを宥め続けた。