この想いを受け継いでくれる誰かが
隣にいるはずだから。
聖杯の破壊のためだけに改造を施していたとレイラが語った堕天の衣。その効力は確実にビーストの霊基を蝕んでいた。肉の樹皮がボロボロと剥がれ、零れ落ち、不快な音を立てて固化溶岩の床に落下して蒸発していく。
『グ、オ、オオ、オ――!!』
しかしそれでも、ビーストの成長速度を鈍らせる程度にしかなり得なかった。だが、クロウ達は気付くだろう。レイラの決死の尽力によって、『ビーストは弱体化させられる』という事実に。
ならば。
「――なら、出し惜しみは無しだ! セイバー、
クロウに指示を出され、セイバーは前へと出る。その姿は魔力の鴉羽を散らせながら騎士の姿へと転移し、その手には隠匿の宝具を捨て去った抜き身の聖剣が握られていた。尚も湧き出るシャドウ・サーヴァントを斬り捨てながら
「貴様はヒトを見くびるが、思い知れ! 貴様もまたヒトの身から出でた出来損ないの獣性であることを!! 貴様が今立つ場所を見よ!! この地はこれより――我が領域だ!!!」
直後、突き刺さった聖剣から、タール色の大地も剣立つ丘も上書きして、現実が塗り替わっていく。民家が現出する。川が現出する。駅舎が、橋梁が、宮殿が、庭園が、そして塔が現出する。
「――これなるは、千と五百の年月を経てもなお朽ちぬ単基の城! 命の灯りが織り成す、唯一不変、絶対の紋章! 其処へ在る以上、貴様とて我が王威に平伏せねばならぬ!」
それは、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国の首都、テムズの畔に広がる古くはロンディニウム、現代にて呼ばれるは霧煙り、龍動く灰色の都、ロンドンであった。
「『
それは、ジョージ王が基盤を築き、ジョン王が制定した英国憲法の源流。幻想のロンドンを生み出し、『ロンドンに立つ以上いかなる条件を持とうとも王威に頭を垂れねばならない』という、竜国の守護者としての大鴉、セイバー・レイヴンの第二宝具であった。
「――。」
霧状の魔力によって構築されたロンドンの街並みを眺め、手を止めるサーヴァントが居た。
「余、は……。」
その仮面に、ぴしりと亀裂が生じる。
『フ、ハハ! このテイドの宝具で、ワが変貌をトめられるとオモっているのか!? ヒョウシヌけだな、リュウコクのコクア!!』
「いいや……私の『
聖剣を地より抜き、セイバーはさらに前へと駆け出す。その背中へと、クロウは問いかけた。
「セイバー!」
それは、共に在ってくれた相棒への叱咤激励であり、未だ迷いが完全に消えたわけではない彼女へ贈るエールであった。
「――その手に握っているのは、なんだ!!」
セイバーは背面から半透明な漆黒の翼を出現させると、魔力を放出する聖剣の切っ先を地へと向け、天高くへと飛翔して見せる。ビーストが突き出してくる鋭い樹枝を斬り払いながら、セイバーの聖剣へと集う魔力が徐々に増幅していく。
「天を駆けろ黒翼! 祖国の誉よ光に! これなるは、地を照らす民草の願い星!!」
黒くも眩く世界を照らす希望の奔流は刃となり、やがてセイバーの制御のもとに力強く爆発する。巨大な光の剣は雲を貫き、太陽の光を下界へと行き届かせる。それを一息に振り下ろし、守護者の聖剣は人類悪の枝を焼き焦がす。
「決着をつけるぞ!! 『
レイヴンの名を冠しない、唯一無二の最後の幻想、エクスカリバー。しかし、ロンドン塔の守護者である彼女が事前に放った『
『ガ、アアア、アア――ッッ!!?』
だが、それほどの宝具を以てしても、ビーストの成長は止まらなかった。伊達に人類悪の空席を名乗っていないのか、宝具を撃ち終えたセイバーを肉の枝によって羽虫のように叩き落し、苦悶の悲鳴をあげながらも見る見る間に枝葉を天蓋の遍くへと広げていく。
『ハハ――ハ、ハ!! ブザマなモノだ!! ミよ、キサマらのハラカラを!!』
ビーストに指摘され、クロウは背後を振り向く。
シスター・プラムと月桂冠のサーヴァントを相手取っていたランサーも満身創痍となって膝をついていた。ズーハオとカイリも既に限界が訪れているのか、体幹を支える脚がふらついている。ボドヴィッドとアサシンにも魔力切れが近付いていた。
それに追い打ちをかけるように、ビーストの幹枝からその場にいる全員を呑み込みかねない規模の超巨大熱線が放射される。
「皆さん、私の後ろに!! ――顕現せよ、『
マシュに急かされ、藤丸とクロウらマスターたちはマシュの盾から出現したモザイクのかかった白亜の城壁に隠れるように熱線から逃れる。
シスター・プラムとアヴェンジャー、ランサーは上空へと逃れつつ戦闘を継続し、ズーハオとカイリ、ボドヴィッドとアサシンは咄嗟に現実世界へ飛び出したアケローン号に回収され、
熱線が掻き消えた直後、動いたのはアロイジウスと士郎であった。士郎はいつの間にか手にした黒色の弓に剣を番え、引き絞る。アロイジウスも魔力を槍へと集積させながら、地を這って立ち上がろうとするゾーエへと声をかけた。
「ゾーエ、僕様はね、君の事……なぁんにも覚えてないんだ。でも、僕様にとって大切な人なんだってことだけは覚えてる。一休宗純が千里眼を持っていながらわざわざ自分のマスターが死ぬかもしれない場所へエルマ姉さんを連れてきた理由、君にはわかるかい?」
ゾーエはきょとんとする。目の前のサーヴァントは何を言っているのか。なぜ、末子であるはずのエルマを姉と呼ぶのか。面識も無いはずなのに、なぜ自分の事を大切な人と言うのか。何もわからなかったが、それでもアロイジウスは言葉を続けた。
「一休宗純の本当の狙いは僕様にあったんだよ、ゾーエ。ゾーエの記憶がほとんどなくなった僕様が君の元へ辿り着くのは本当に厳しかった。でも、アーレルスマイアーの血が僕様を呼び寄せた! ……結局、エルマ姉さんを守ることはできなかったけれど……。でもこうして、ここに立って、君を守ることはできてる! それでいい――はずなんだ!」
アロイジウスが握る名も無き純白の盲槍は輝きを増し、アロイジウスの決意に呼応するように強力な宝具となって暴発寸前の臨界状態へと移行する。
「君が僕様のことを忘れていても――僕様は絶対に、君を生きて帰す!! 届けェ!! 『
「『
二人の人間と元人間による宝具は、再び熱線を放たんと魔力を蓄えていたビーストへと直撃し、隙を生む。アロイジウスは槍を失ったが、その表情はとても誇らしげであった。
「ありがとう、アロイジウス! 君は立派な英霊だ!」
二人が稼いだ時間を無駄にすまいと、テラはガンドの構えを取り、指先に魔力をチャージし始める。
次の瞬間、クロウは凄まじい悪寒に襲われた。ビーストが自分の方を睨んでいるように感じる。それを裏付けるように、ビーストは苦しみながらもその脳の奥に直接響いてくるような悍ましい声音でクロウの名を呼んだ。
『トキがミちるのをマっていたというに、キサマらァ……!! ウエムラのイエの魔術師!! ワタシに……ワタシに「泥」をカエせエエエェェッッ!!!』
「玖郎を殺して所有権を奪うつもりか!」
士郎の危惧通り、ビーストの触手がまっすぐクロウの命目掛けて超高速で伸びて来る。庇おうとするセイバーの行動も間に合わず、その肉棘は無情にもクロウの心臓を穿とうと肉薄した。
が、一歩早く。
「令呪を以て命ずる!」
クロウは右手の令呪をセイバーへと向けて放つ。片翼を失った鴉の刻印からはもう片方の翼も消え失せ。
「これが最後の命令だ、セイバー! ……生きろ! 生きてお前自身の願いを叶えろ! それまで座に還ることは、絶対に許さない!」
こちらへと接近してくるセイバーへと呪いを刻み込む。
「何を……っ、マスター、お前まさか!」
そして、ビーストの鋭く尖った臓腑が自身の胸部を刺し貫く一拍寸前、クロウは最後の令呪を使い切る。
「――終の令呪を以て、我が肉体へ断ずる! ……生命維持の呪いを遮断しろッ!!」
ばしゃん。
『あ、アア、ああアあアアあああーーーッッ!!! キサマ!! キサマキサマキサマあああ!!!』
ばしゃん、ばしゃん。
「ごほっ……。」
クロウの喉の奥から、どす黒い泥状の液体が漏れ出し、地面に落ちて広がる。
「ああ――なんだ。俺、最初から……。」
当然の摂理だろう。餓叢家の呪いがすべて棄却されたと当時キャスターを名乗っていたビーストに告げられた時点で、クロウはまず真っ先に自らに令呪を一画使用し、止めるよう指示がない限り働き続ける生命維持の呪術を自身に付与していた。
齢七つで一度死した己の命は、これまで何度も費やされ、既にこの世に在ってはいけないはずのところを餓叢家の呪いによって存命し続けていたと自覚していたがために。
「セ、イ……。」
ばしゃん。
ついに、クロウの四肢が泥となって地へと零れ落ちる。それでも、膝でセイバーの元へと這いずるように歩み寄る。
「マスター……マスター、クロウ! クロウ! 何てことを……ジャクリーンを置いていくのか!? おい、クロウ! やめろ……やめろ!!」
「は、はは……もう、だめ……だ。うん……ジャックを……よろしくな。」
ばしゃん。
既に、クロウの肉体はそのほとんどが泥と化していた。必死にその身体を抱き留めるセイバーの腕の中で、一羽の哀れな若鴉、餓叢玖郎は笑って、
「ありがとう。相棒、アルトリア、……かあ、さん――
ばしゃん。
「あ――……。」
その背中に最後まで少しでも触れようと、駆け寄ろうとしたジャクリーンの絶望一色の表情に、セイバーは思わずジャクリーンを抱き締めていた。
「あ……あ……ああ……っ! ああああ……! あああああ――ッッ!!!」
止めどなく涙を流し、愛する者の消滅を悲しむ少女の悲鳴が、名も無き島に広がった幻想のロンドンに虚しく響き渡っていった。