欲しいのは、たったひとつの未来だけ。
誰かが欲しがった、
誰かが見られなかった、
未来だけ。
『ナ――ゼ、だあああ!!!』
樹木と化したビーストは、彼の愚行を糾弾する。
『ナゼ! ナゼ! ナゼ! ナゼナゼナゼナゼなのだ!! ナゼ、ジブンからセイをスてサる!! シをオソれないのか!? イきていたくないのか!? イきることをタメラいなくホウキするなど……そんなモノ、マっトウなニンゲンのアりカタではナい!!!』
瞬間、ビーストの後方の空間に突如として虫食いのような穴がばっくりと開き、どす黒い泥が濁流となって溢れ出し始めた。泥はビーストの根本へと流れ込むと、その根がおりている地中へと浸み込んでいく。
「っ、ぐうぅ……!」
『アアアアア!! アアアアアア!!! アアアアアアアーーーッッ!!!』
ビーストとテラが同時に苦しみ出すが、テラはそれでも指先に魔力を集中させる作業を止めることはしなかった。
「なるほど……泥は元々聖杯を汚染する膿。所有者が不在になれば、本来の役割へと戻っていく! それは聖杯と接続しているラヴクラフト[オルタ]へダメージを与える行動にもなる……! わかったよ、クロウ。きみの想いは、ぼくらが受け継ごう!!」
テラの声に呼応し、それぞれのマスターとサーヴァントたちが奮起する。ここに、最後の戦いが始まろうとしていた。
しかし、それを阻止せんと走り出す者がいた。即ち、シスター・プラムであった。対峙していたランサーは既に行動不能に陥るほどにまで血塗れになっており、シスター・プラムを止めることもできないと思われた。
「っ――んの、野郎ッ!!」
だが、それでもランサーは槍を握ってシスター・プラムの後を追い、その刃を展開させると、骨無しが如く人体を裂く宝具の真名を叫ぶ。
「嗤え、『人間無骨』!!」
その槍撃は、確実にシスター・プラムの心臓を穿ち貫いたはずだった。それでも、シスター・プラムが倒れることは無い。シスター・プラムが右手の拳をぎゅっと握り締めると、地表から突出した幾千本もの鉄杭がランサーの身体を串刺しにしてしまった。
「まったく、本当に往生際の悪い……。無駄に足掻いて、何かが守れた試し、貴方にあるんですか? 学習したらどうです。」
自身の背中から胴体にかけて貫通した槍を力任せに抜き取り、シスター・プラムはその場に槍を放り捨てる。
「しかし困りましたね……。流石に心臓を潰されては行動にも支障が出るというもの。ここはひとつ、私自身に使うのは躊躇いがありますが、使う他ないようです。」
シスター・プラムが用いていた赤黒い魔力が増幅し、シスター・プラムを覆い隠していく。魔力が晴れると、そこには一体の吸血種が立っていた。腕と耳は長く伸び、爪と牙は鋭く尖り、血走った瞳孔は紅血を求めて鈍く光る。
「これ即ち我が最大の宝具、『
それは、かつて圧倒的不利な状況に於いて敵軍の士気を著しく低下させ、『串刺し侯爵』と恐れられた護国の将を『悪魔』であると定義し、英霊の座にその生涯が焼き付けられた後も彼を幾度となく苦しませて来た、単一の人物を吸血種に変貌させてしまう宝具であった。
そうして、ブラム・ストーカーは己の在り方のままに指先へ魔力を集約させる作業に専念しているテラへと襲い掛かる。
「させないっ!」
その道半ばでブラムを阻んだのは、藤丸とマシュであった。ブラムは嘲笑交じりの溜息を吐き出し、今この瞬間も背後でランサーに突き刺さり続けている鉄杭をマシュへ向けて放つ。その数、マシュの強化された動体視力でも二千から先を捉えることはできなかった。
「ぐっ、う、ううぅ……!!」
少しでも気を抜けば、次から次へと突出してくる鉄杭の猛攻に圧されて背後でバックアップに回っている藤丸に攻撃が及んでしまう。マシュは盾を強く握りしめ、両脚に全力を籠めて鉄杭を防いだ。しかし、その視界の端に動体を捉える。
「っ、マスター!」
叫んだ時には遅く、藤丸の背後に無数の蝙蝠が集合し、ブラムが出現する。藤丸の首を獲らんと、ブラムが腕を振り上げる。それが振り下ろされ、その皮膚へと刃爪が触れる――瞬間だった。
「あ――?」
ぴたりと、ブラムの手が止まった。じっと自らの右腕を見つめるその視線の先で、凶腕が自然発火を始めた。
「う、うわああああッ!!? なんです、何が起こって……っ、ぎゃああああ!!!」
発火は腕を遡り、肩口、そして胴体へと燃え広がっていく。吸血種と化したブラムにとって、その熱は何にも勝る弱点のひとつであった。即ち、
「嗚呼……。」
その焔を操る剣士は、己が握る紅蓮の剣を地へと突き立てると、どこからともなく薔薇の花を取り出し、その香を穏やかに嗅ぐ仕草を見せた。
「永い夢を見ているようであった……。」
瞼を開き、空いたもう片方の手で自らの顔面に張り付いていた仮面を力任せに剥ぎ取る。仮面は剣士の顔から離れたとたんに微塵に砕け散り、薔薇の花弁となって宙へと舞い上がった。
「あぁ……ひどく頭が痛む。余の愛する臣民を害さんとし、余の霊基を弄んだ罪は決して許されぬぞ、ブラム・ストーカーとやら!!」
「貴女……貴女ッ!! 誰がマスターか、わかっているのですか!? お前は、私の……!」
剣士は剣を引き抜き、再び地へと切っ先を叩きつけてその言葉を遮る。
「否! ならば余は余の思う侭に貴様との主従の契りを断ち切ろう! 皇帝特権とはこのように使うのだ!!」
剣士が剣を掲げると、ブラムの右手に刻まれていた令呪が忽然と姿を消す。燃え盛る肉体をよろめかせながら、尚もブラムは吼える。
「単独行動スキルを得たのですか……! だが、だから何だと言うのです! 今の貴女にできることなど……!」
「うむ。今の余にかのビーストを誅罰せしめるだけの力などない。マスターを失ったサーヴァントなのだからな。だが……。」
剣士、ネロ・クラウディウスは右手に握り締めた薔薇の花を天へと掲げ、高らかにその音を奏で始めた。
「貴様の罪を断つ力はある!! 喝采は星の如く――我が才を見よ!!」
ネロの足下に、巨大な円状の魔術紋章が浮かび上がる。その紋章は緩やかに回転を始め、そこから放出される黄金の魔力は幻想のロンドンの中に建造物の骨組みを組み上げていった。
「万雷の喝采を聞け!!」
骨組みを縫うように装飾華美なる黄金劇場が編み上げられる。
「然して讃えよ!!
それは、ローマ帝国第三皇帝、ネロ・クラウディウスが自ら設計した黄金劇場。彼女の欲望を達成させるための絶対皇帝圏。ネロが満足するまで、内部に足を踏み入れた者は何人たりとも脱出することは叶わない皇帝ネロのためだけの大舞台。
「今生に別れを告げよ! ――『
投影されたその黄金劇場の内部でのみ扱える紅蓮の剣による最強の一閃は、すれ違いざまにブラムの首部を太陽のそれを思わせる灼熱の光と共に断ち切って見せた。
残心を解き、ネロが体勢を整えると、残った胴体がどさりと倒れ、灰燼となって燃え尽きてしまう。それを見届けると、藤丸とマシュはネロの元へと駆け寄った。
「皇帝陛下! 無事ですか?」
「うむ! 余を誰と心得るか、フジマルよ。……むぅ、今の余にそなたの記憶は無いはずなのだがな。どうにも面識があるように思えてならぬ。」
「でも、どうして私たちに攻撃を?」
マシュの問いに、ネロは悔しそうに唇を尖らせた。
「……面目も無い。どうやらセイバーである余の霊基の上から復讐者としての側面を強く刻み付けたらしい。余は余自身をアヴェンジャーのクラスであると信じて疑っていなかったのだ。」
だが、とネロは言葉を続けた。
「最早その夢も醒めた。余は世界を愛している。それは余を害した者たちであっても、だ。だからこそフジマル、共に見届けるぞ。奴らの行く末を!」
ビーストは、聖杯を汚染すると同時に自らの躯体を腐らせていく泥、そして聖杯を破壊するための魔術礼装である『堕天の衣』に蝕まれながら、その威容を前にしても怯むことなく立ち向かう魔術師たちへと怒号を発する。
『キサマら……ッ! ワタシがキえれば、このセカイはショウメツするのだぞ!! それでもヨいとイうのか!? ナゼソロいもソロってオノレのセイをテバナそうとするのだ!! リカイフノウ、リカイフノウ!!!』
「……決まっている。」
ジャクリーンたちの元へ行かせまいと、アケローン号から再び夢幻のロンドンの地に降り立って異形の生命体に対して拳を振るうズーハオは静かに答える。
「未来を見ることができなかった者たちがいた。明日の大地を踏むことさえできない者たちがいた。」
その先を、ズーハオに背中を預けるカイリが続ける。
「エゴかもしれないっす。傲慢かも。でもあたしらは、そんな人たちが見れなかった明日を、見なくちゃならないんだ!!」
「ボクらは……過去の亡霊。次に想いを託して消えた偽りの魂。だからこそボクらはまた繋げなきゃいけないんだ、未来を……世界を!」
藤丸に抱き起されながら、ランサーは説いた。その言葉を、肩で息をしながら尚も湧き続けるシャドウ・サーヴァントを相手取るアサシンも笑って肯定する。
「その通りだな、あたいらが必死こいて守ってやった平和だぜ? 戦争経験者のあたい個人の気持ちを言わせてもらえばなァ! もう懲り懲りなんだよ、殺し殺されの時代なんてさぁ!!」
「私はまた狩人に戻りたいだけだ。たったそれだけ。……だからこんなところで死ぬわけにはいかない。たとえ世界が消えても、私さえ無事ならばそれで良いからな。」
ボドヴィッドの言葉に続くのは、ゾーエとアロイジウスだった。
「私は任されたんだ! 世界を救えって言われたんだ! 色んな人に……後を、託されたんだ……! どんなに重い荷物でも、絶対に全部背負って乗り越えるって決めたんだ!」
「僕様はこの子の英雄だ。だからこの子を守る。この子が背負うと言うなら、僕様も背負う。この子が僕様を覚えていなくても……。それが僕様の覚悟だから。」
段々と疲労の色濃い二人だけではシャドウ・サーヴァントを捌き切ることが難しくなってきたところへ、士郎が加勢に入りながら吼える。
「俺のたったひとりの弟子が守ろうとした世界だ! 師匠の俺が守ってやれないでどうする!」
最後に、ジャクリーンとセイバーが口を開いた。
「おれは……おれは、アイツと一緒の明日が見たかった……! あぁ、寒い……寒いよ、寂しいよ、悲しいよ、辛いよ苦しいよ悔しいよ憎たらしいよ!! でも……! でも、アイツがくれた愛が、想いがおれにまだ残ってる。だからおれはお前を倒す!! 世界の事を考えるのはその後だ!!」
「我が剣の重さは絆の重さだ。マスターとの絆があったから、私は今ここに立っている。剣の誓いは破れない!! 我が聖剣に誓って、マスターの誇りをこの手で守って見せる!!」
『オロかな……オモい? ミライ? キズナ? そんなモノ、ワタシがキえればスベてこのセカイからマッショウするのだぞ!! ……ハ、ルーラーまでもがシしたか。ショセンはミジュクな地球のチセイタイ。やはりキサマらはシュクセイせねばならぬ!! オわりだ!! オノレのオロかなシソウ、リソウをモウシンしながら、ブザマにシんでゆけェ!!!』
再び、ビーストの樹上から眩い光が炸裂する。それは、先程ジャクリーンたちを呑み込まんとした超巨大熱線であった。それは見る見る間にその場にいたすべてを焼き尽くさんと接近する。
しかし、自らその熱線へと近付く者がいた。
「アルトリア! 貴女の宝具、ひとたび借り受けるぞ!!」
黒翼をはためかせ、熱線へと接近するセイバーの右手には、鴉羽の聖剣が握られている。そして、その左手に握られた宝具に聖剣を収め、セイバーはそれを眼前に掲げて真名を謳う。
「我が手に依って輝け、『
それは、世界を歪める光塵によってあらゆる物理干渉、並行世界からの干渉、多次元からの交信を遮断する、絶対の守護宝具。セイバーからの魔力供給さえあれば所有者の傷をたちどころに治癒する点から、長らくクロウの体内に数百のパーツとなって埋め込まれていたものを、クロウの消滅と同時にセイバーが取り戻していたものだった。
聖剣の鞘によって跳ね返された熱線は、ビーストの樹体へと牙を剥く。それと同時に、ビーストの根元で閃く虹色の光があった。
「悲鳴が聞こえるか!? 愛しき人を喪った者たちの嘆きが! 願うことも赦されなかった弱き者たちの憎しみが!」
グランド・ライダーは今にも倒れそうなほどにまでふらつく背中をゾーエに支えられながら、その指先をビーストへと向けていた。
「これが、お前を
人類に紐付けられしすべての歴史、物語、神話を概念エネルギーとして魔力に置換し放つ、人類より出でし存在に対して絶対の特効を保有する対星宝具――名を、
「『
ゾーエの体が吹き飛びかねないほどの勢いで射出されたその虹霓の光は、凄まじい轟音と閃光を放ちながらビーストへと直撃する。鼓膜を破るかというほどの衝撃音とビーストの悲鳴により、島内に存在していた火山からマグマが噴き出す。
枝葉は朽ち、幹は焼け落ち、根は滅び、その樹木の姿は完全に焼失してしまう。その残滓、人間の幼い少女の姿へと戻り、落下していくビーストは、怨嗟の声をあげながらその身に魔力を収集し始めた。
「私は……私は
無数に召喚していたシャドウ・サーヴァントや異形の生命たちを腹部へと吸収していき、尚もビーストは抗おうとする。しかし、そんな墜落していくビーストの眼前に出現するサーヴァントの姿があった。
「……まったく、オウスの奴め。趣味が悪いと申されては、拙僧も立つ瀬が無いでは御座らぬか。」
それは、山伏の姿をした傍観者、ウォッチャー、九郎判官義経であった。ウォッチャーは落下していくビーストに合わせて下へ下へと浮遊しながら降下していき、ビーストへと伝言する。
「――私は、ただ歩み、そして眺めるだけの霊基でした。だからこそ、私がいなくなったその後釜に収まる人物を呼び寄せることもできようというもの。」
ウォッチャーはちらと藤丸の方を見て、満足そうに笑う。
「それでは、皆々様。長らくの奮闘、ご苦労様でした。どうか皆様に、幸多き未来のあらんことを。」
言い終え、ウォッチャーの霊基は消滅していく。しかし、ウォッチャーが存在を諦めたその瞬間、ウォッチャーの在り方――『歩み、眺めるだけの存在』がウォッチャーの霊基を頼りにこの世界へと出現する。
その姿に、ビーストは目を見開く。
「お前は……お前は!」
「もう諦めなさい、オルタ。この星を愛するというのならば、この星の歩むままを傍観していなさい。」
ビーストは幼子のように首を横に振ってそれを拒絶する。
「う――うるさい! うるさいうるさいうるさい! 私は、私はこの星の神となるのだ! この星の遍くすべての命に祝福を与え、涙などあり得ぬ世界に――!」
「私たちは既に過去の存在だ。確かに
「私は――わたし、は。」
ビーストには理解できた。目の前の人物が、自分を虚空の彼方へと連れ去ろうとしていることに。
「さぁ行こうオルタ。あの子たちの命を元あった場所へ返してあげなさい。おいたをしたら片付けをしなさいと、お婆ちゃんに教わったろう?」
「い――いやだ! いやだ、いやだ、いやだ! いやだいやだいやだいやだ!! わたしは、わたしはまだ――!」
「アイスクリームを食べようじゃないか、オルタ。きっとスッキリする。私から生まれたのなら、君も好きだろう? アイスクリーム。」
そう言って、痩身に面長の旅人はにっこりと笑い、ビーストの手を握って再び虚無へと消え去ってしまった。
あとにはただ、静寂と快晴の蒼穹だけが残っていた。