真名:エイブラハム・???
性別:女性
筋力:A 耐久:D 敏捷:A 魔力:B+ 幸運:C+ 宝具:A++
スキル:陣地作成C、道具作成C、鬼種崇拝B+、真名看破EX、など
宝具:『???』
ナポリはジャルディーニ・モルジリオ通り。蒼天の下に広がるヨットハーバーを眺めながら、クロウとセイバーはベンチに腰掛けてストロベリー・チョコレートフレーバーのアイスクリームを舐めていた。
「……マスター。」
「あん?」
視線は水平線を眺めたまま、セイバーはクロウに深刻な事実を伝えた。
「財布の中身がもうない。」
「まじかぁ……。」
「マスターが悪いのだぞ。まったく、食欲の赴くままに食い倒れしおって。美食の国に来たからと言えど、もっと緊張感を持ったらどうなんだ。」
小言を言うセイバーの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、クロウは言語にすら成っていない曖昧な鳴き声をあげながら、アイスクリームを擦り減らし、コーン部分をザクザクと噛み砕く。何の思考もしていないクロウのぼんやりした意識は、しかし次の瞬間に木が石畳を叩く音と共に一点へ集中した。
「マスター……!」
「待て、下手に動くな。」
残ったアイスクリームをちゃっかりコーンもろとも飲み込み、拳を強く握りしめるセイバーを制止するクロウの視線の先には、小柄なアジア顔の子供が立っていた。その立ち姿には、常人とは決定的に違う雰囲気が漂っていた。
ナポリの港町にはまったく似合わぬ山伏姿のその子供はクロウに気付くと、にこにこと笑顔を浮かべながら二人が座るベンチへと歩み寄ってきた。
「日の本の方に御座いますかな?」
子供特有の性別を感じさせないその木製の高下駄を履いた山伏姿の人物はクロウの顔を見て、流暢な日本語でそう尋ねた。どう答えたものかと逡巡するクロウの意識の中に、セイバーの声がこだまする。
『マスター、魔力は感じられない。サーヴァントではないのかもしれない。』
セイバーの目配せに小さく頷くと、クロウは幾分姿勢を崩し、その子供に微笑みながら対応した。
「あぁ。そういうあんたも日本人なのか?」
「拙僧めは日の本の人間でもあり、同時に然様でない至極曖昧な者に御座いまする故、其の問いに是と答えることはできませぬな。」
随分と外見には似つかわしくない言葉遣いをするその子供に名を尋ねると、子供はただにこにこと笑うのみだったが、その眼がまるで突き刺すような眼光を以てクロウの眼球を捉えた瞬間、先程のセイバーのそれと同様に脳内に子供の声が響いた。
『拙僧めは名をホーガンと申しまする。其方のセイバー殿の見解を否定するようで大変心苦しく御座いまするが、此れでもウォッチャーの座を得て現界している歴とした英霊に御座いまする。』
「共に此の街の散策でも」と誘われ、クロウはホーガンと名乗るそのウォッチャーと共にナポリの街を宛もなくセイバーを連れて歩いていた。
「ウォッチャーという拙僧の座は、大変に異端なる代物と聞き及んでおりまする。其の所為なのか何なのか、此の時代に降り立ってからというもの、しきりに十字架を首から下げた黒服の者共に夜襲を掛けられてしまい辟易しているので御座いますよ。」
十字架を首に掛けた黒服の者、というのは聖堂教会の人間の事だろう。監督役に徹している聖堂教会が何故サーヴァントであるウォッチャーを追うのかはクロウには理解できなかったが、尚も語る口を止めないウォッチャーの話をおとなしく聞くことにした。
「クロウ殿はウォッチャーなる座が如何なるものかご存知に御座いますか?」
「俺、名前名乗ったか?」
「かっはっは! 此れもウォッチャーたる拙僧めの能力に御座いまする!」
磊落に大笑するウォッチャーの質問にクロウは少し黙考していたが、思い当たる節がなく、セイバーの方を見やった。セイバーはひとつ頷くと、ウォッチャー本人に確認するようにクロウに説明をした。
「ウォッチャーはその名の通り観察者のクラスだ。魔力を消費せずに現界することが可能なためマスターを必要とせず、また聖杯を勝ち取ることが目的ではないため攻撃手段を持たぬ者がほとんど。そうだな?」
「相違御座いませぬ、セイバー殿。――しかしセイバー殿、基本的に一般的な英霊でも我々ウォッチャーの事は存じ上げぬ人物も多い中、貴方様は如何様に其れを知り得たので御座いましょう?」
セイバーは視線を逸らしてしばし考えると、何かを諦めたようにひとつ溜息を吐き、その真相を暴露した。
「我が身の真実は既知であろう、ウォッチャー。そして、
「ははぁ、時計塔にて『シロウ殿』の護衛を為さっておられるもう一人のセイバー殿がその知識を持っておられれば、貴方様も同様の知識を得るという次第なので御座いますな。かっはっは! いや何とも面白い性質をお持ちに御座いますな!」
ヌオーヴォ城を右手に臨みながら一行は左側へ曲がり、突き進んで真正面、サン・カルロ劇場前の横断歩道を渡り、その屋内アーケード――ウンベルト一世のガッレリア内部へと足を運ぶ。
そのガラス張りのドーム天井の下に円状に並べられた黄道十二正座のタイルの内、牡牛座の股間にかかとを合わせて回ろうとするセイバーに「それはミラノだ」とツッコミを入れながら、クロウは鼻歌を口ずさむウォッチャーに声をかけた。
「なぁウォッチャー。」
「如何に?」
「俺からも質問、いいか?」
「何なりと。」
クロウは終始にこやかなウォッチャーにその疑問を投げかけた。
「……どうして、俺たちに接触してきた?」
その言葉を聞き終えた途端、ウォッチャーの笑顔は別の意味に変わった。人を小馬鹿にしたような、まるでその結末を知っていながら蟻の巣穴に水を流し込む悪戯小僧のような。
「さぁ……何故に御座いましょう……? 少なくとも我が身は
「厄介な
セイバーの例えに、ウォッチャーは呵々と笑ってそれを否定する。
「かっはっは! 裁定なぞ、拙僧めには過ぎた業に御座いまする! 拙僧めは皆々様の観察程度が身の程に御座いますれば、時に観察対象に悪戯もしたくなるという物なので御座いますよ!」
故に、とウォッチャーは先程の突き刺すような眼光でクロウを見据えながら言葉を続ける。
「そしてクロウ殿、少々御注意を。此のナポリに向かっているマスターとサーヴァントが一組、御座いまする。座は
そしてウォッチャーはクロウたちが金欠に困っている事を見抜くと、クロウの口座に支援金を入れていくことを伝え、その場からつむじ風と共に消失してしまった。
その後、ホテルを取る前に口座を確認したクロウが見たものは、七桁を超える額の資金であった。
聖杯戦争が主目的であるのに娯楽に興じるのもいささか緊張感に欠けているとはクロウ自身理解しているつもりだが、こんな機会でもなければはるばるナポリに来ることもないだろう。ならば、命ある今の内に思う存分楽しんでしまうというのもひとつの手のはずだ。そんなことを言い訳に、クロウとセイバーはナポリの砂浜に立っていた。
「うむ。まぁ緊張感を持てと言ったのは誰あろう私だ。」
濡れたカラスのような真っ黒のチューブトップの水着に身を包んだセイバーが、普段のシニヨンヘアを解いてポニーテールにした輝く金髪を揺らしながら遠慮がちにじりじりとさざ波へ近付いていく。
「だが、サーヴァントとて時には休養は必要だ。うむ。人の身を外れた体力を持つ我らとて心は人のままなのだ。うむ。これはマスターとのコミュニケーションの一環である。円滑な主従関係を構築するには、やはり共に娯楽に興じて距離感を縮めることこそが肝要であると物の本で読んだ覚えがある。うむ。断じて私が海で遊びたいとか、そういうわけではない。うむ。」
などとぶつぶつ呟きながら牛歩の如く海へとにじり寄っていく。冷ややかなクロウの視線の先で、とうとう白く泡立つ波際までやってきたセイバーは、まるで初めて海に脚を浸す子供のように恐る恐る足の爪先で波に触れた。次の瞬間、予想外に冷たかったのか、「ひゃっ!」と可憐な悲鳴をあげながら足を引っ込め、一歩後ずさるセイバー。
クロウは見てられないとばかりに大股でセイバーの背後に立つと、セイバーの華奢な身体を抱き上げ、一気に腰まで沈む程の水深の場所まで突き進んでセイバーをその場で放り捨ててしまった。
「うひゃっ!?」
盛大に水しぶきをあげて海に沈む――わけではなく、まるで水面が地面かのようにその場で浮遊もせずに水面に座り込むセイバー。
「あぁそうか。お前泳げないのか。」
「そ、その……。あっ、そ、そんな目をしないでくれマスター! 『彼女』が『彼女』のマスターに泳ぎを教えてもらった以上私も泳げるはずなのだ! ただ少しばかり不安要素が強いと言うか……っ!」
湖の精霊の加護を受けているセイバーは、水面を文字通り駆け抜けることができたため、水中を泳いだ経験がない。
「いや、ここ俺の腰くらいの水深なんだけど。」
「それは即ち私の鳩尾ほどの水深ということだろう!」
「泳がなくても立てると思うんですけど。」
「そ、それはそうだが……!」
結局ごねにごねて、セイバーは終始クロウに背負われた状態で海中を満喫していた。
砂浜に戻ったセイバーは、ぐったりとした様子でビーチチェアにもたれかかるクロウを傍目に傍の露店で売られていたチョコレート・アイスを満足げに味わっていた。そんなセイバーの元に、深紅色のワンショルダービキニにパレオを纏った艶やかな肢体を持つ若い女性が近付いてきた。
「あら、お嬢さん見かけによらずやり手ね。彼氏さんをこんなにさせちゃうなんて。」
女性はセイバーの視線の先でミルク味のアイスクリームを購入すると、セイバーが腰かけていたビーチチェアの先端に腰を下ろした。そのサングラスの奥に光る瞳は、まるでセイバーを精査しているようだった。
「お嬢さん、ここの人?」
「いや、私の出身はブ……イギリスだ。」
「あら、そうなのね! 私はドイツの生まれよ。イギリスにもたまに足を運ぶわ。良い所よね、ちょっと食事は口に合わないけれど。」
「ゲル……ドイツの人間が食べればどこの料理でも口に合わないのではないか?」
「お褒めにあずかり光栄ね。それにしてもお嬢さん、自衛手段は何か持っているの?」
「あぁ、私には――いや、何でもない。何にせ心配には及ばない。しかし何故だ?」
「知らないの? このナポリには六千人以上が所属するマフィアの犯罪がはびこっているのよ。何かあった時に何も持っていないんじゃあ命と純潔がいくつあっても足りないわ。」
そう言って、女性は肩にかけたポシェットから一丁のオートマチック式拳銃を取り出し、トリガーガードに指をかけてくるりと回して見せ、妖艶に笑って見せた。
しかし、セイバーはその動作を別の意味に捉えて認識していた。その理由はただひとつ。
拳銃から魔力が検出されたからである。