Fate/GravePatron   作:和泉キョーカ

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◆アサシン
真名:???
性別:女性
筋力:A 耐久:D 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:EX 宝具:B++
スキル:気配遮断A+、単独行動D、トゥオネラからの呼び声A、など
宝具:『???』


聖ジェンナーロの膝元で-Ⅲ

 セイバーが見たものは、八方の逃走路を囲み塞ぐ六隻の戦艦だった。

「各艦、順次砲撃準備……完了次第目標へ砲撃を開始せよ!」

 手袋を嵌めながら声高く下された老爺の命令に、全ての戦艦の姿が霧の中に隠れていき、やがてセイバーの周囲は快晴のナポリの海に戻る。しかし、直感的にセイバーが思い切りその場で飛び上がると、セイバーが立っていた場所で爆発が起こり、その影響で立ち上がった水柱によってセイバーの視界が奪われてしまう。

「主砲規模の爆発……明らかに可動範囲外の射角ではないか!」

「天神直属のわしらの艦隊に不可能はあっちゃいけねぇ(・・・・・・・・)もんでな!」

「強迫観念じみた神州不滅の精神……そんな忠義は流石の『彼女』も欲しくはないだろうな……。待てよ。その各種戦艦……どう見ても第二次世界大戦時の代物だな。つまり貴様……英霊(・・)ではなく神霊(・・)の方か!」

「おうよ、英霊のわしだったら精々三隻程度しか扱えねぇからなぁ。」

 魔力の砲弾を斬っては捨て斬っては捨て、三次元的な立体起動で剣を振るいながら老爺の攻撃をいなしていくセイバー。その主人の姿は、未だ海の底である。しかしセイバーには確たる信があった。それは自身の霊基が消失していないことに基づく自信ではなく、ここまで共に生き残ってきた相棒としての信頼であった。

「少し休憩が長いのではないか――マスター!?」

 直後、セイバーの体内の魔力が大きく増幅される感覚が全身を走った。

 

 そんなセイバーと老爺の戦いとは別に、岸辺でも戦いが起ころうとしていた。ナポリは卵城近辺、紙煙草を吸うビジネススーツの男と、その足元でうつぶせのまま手にしたウッドストックのスナイパーライフルに取り付けられたスコープに目を押し付ける幼い少女の元に、ひとりのシスターが近付きつつあった。

「アサシンのマスター、ボドヴィッド・ランデスコーグですね?」

 その確認する言葉でシスターに気が付いた男が振り向き、シスターの脚から頭までを一度見渡すと、掠れ気味の声で返事をする。

「その通りだが……そういうお前は『教会』の人か。」

「はい、監督役のプラム・コトミネと申します。」

 ボドヴィッドという男は、その亜麻色の髪のシスター、プラムの姿をもう一度上から下までよく確認し、用件を尋ねた。

「はい、用というのは他でもありません。」

 次の瞬間、ボドヴィッドの目と鼻の先にプラムの掌があった。数泊置いて小さな突風がボドヴィッドの前髪を揺らす。やや吃驚したような表情を見せるも、すぐに無表情に戻るボドヴィッド。プラムが手を止めた理由は、プラムの眉間にあった。

「あんまりうちの怠け者(オレ・ライスカ)に意地悪してやらないでくれよ。こう見えて肝はあまり太くないんだ。」

「あんまりだな死神様。」

 ボドヴィッドに付き従うサーヴァント――アサシンが、手にしたサブマシンガンの銃口をプラムの顔面に向けていたのだ。腕を交差させる状態でしばらく二人は静止していたが、プラムの義眼がぐるりと一回転してアサシンを睨むと、アサシンは直感的に何かを察知し、背後にいたボドヴィッドを横へと蹴り飛ばした。

「んぐぅッ!!?」

 直後、アサシンが目視できないほどの速度で姿勢を低くしたプラムが放った鉄山靠(てつざんこう)によって体勢を崩され、続いて撃ち込まれた掌底によって十メートルほど吹き飛んで駐車されていた自家用車に突っ込み、その車体に大穴を空けた。

「……これだから魔術の『ま』の字も知りやがらないサーヴァントは厄介なんですよ。トゥオネラの派遣者さん、貴方はしばらくそこでじっとしていやがって下さい。」

 そう吐き捨て、アサシンに蹴られたことで尻餅をついた姿勢からおもむろに立ち上がろうとしているボドヴィッドに歩み寄ると、プラムはまた柔らかい声で忠告する。

「ボドヴィッド・ランデスコーグ。貴方は少々マスターばかりを狙いすぎています。そうやって残されたサーヴァントは一般的な聖杯戦争ならいざ知らず、こと命の聖杯戦争に限ってはそうそう消え去ることはないのです。地球そのものが聖杯となっているため、常時聖杯からの魔力供給が微弱ながらサーヴァントに流れるため、野良サーヴァントがうじゃうじゃとまるで下水道のドブネズミのように溢れやがるんですよ。下水道の清掃員の気持ちにもなりやがれってんです。」

 ボドヴィッドは力なく乾いた笑いを漏らすと、言い訳のようにスウェーデン訛りの英語でプラムに謝罪した。

「あー……、すまない。私は生まれてこの方聖杯戦争だとかそういう爺さんが傾倒してた魔術的な事に慣れて無くてな。局所的聖杯戦争の記録でしか勉強していなかったんだ。冬木とか……スノーフィールドとか。しかもスノーフィールドに至っちゃあのザマ(・・・・)だろう? これでも聖杯戦争の何たるかについて学ぶのには苦労し――!?」

 しかし、それを言い終わる前にしびれを切らしたプラムがボドヴィッドの首を右手で掴んでその足を地面から離れさせる。充血していく顔面を自身に向けるボドヴィッドに対し、プラムは困ったような笑顔で口を開く。

「えぇ、えぇそうでしょうとも。命の聖杯戦争は百年周期。知らなくとも無理はないでしょう。ですが貴方はしでかしたんですよ、ヘマをね。これはペナルティです。まったく、ルーラーすら顕現している聖杯戦争でどうして我々がこんな雑用しなくちゃならねぇんですかね。」

「ぐっ……うぅ……っ!」

「ま、首の骨ひとつくらいで我慢してやりますよ。もっともそれで生きていれば重畳なもんですがね。」

 華奢なプラムの掌の中でギリギリと異音を放つ首の持ち主は、徐々に薄れゆく意識で死を覚悟した。

 が。

「――ッ!?」

 直後、プラムの左肩部から血が噴き出し、ボドヴィッドの首はその怪力から解放された。激しく咳込みながらプラムと共にその謎の出血を起こした正体へと目を向けると、そこには肩で息をしながらこちらにウッドストックのスナイパーライフルの銃口を向ける幼き射撃手――アサシンが立っていた。その狙撃銃からは、あろうことかスコープが取り外されていた。

「……つまり、本気で私と殺りあろうって魂胆ですか。命知らずな死神様でいらっしゃいますね。」

「ほざけ! 我が一撃は必殺の吹雪、五百と四十二の怨念に蝕まれろ! 『白い死神(ワルコイネン・クオレマ)』アァッ!!!」

 アサシンが放った弾丸はプラムの眼前で消え去り、一瞬の後に五百四十二の弾道となって彼女を取り囲んだ。プラムの心臓目掛けて一斉に弾道の時間が再スタートするのとほぼ同時に、プラムは修道服の袖から深紅色をした剣の柄を両手に三本ずつ滑らせるように取り出し、指と指の間で挟むように掴んだ。

 次の瞬間剣の柄から長く鋭い刃が揺らめくように出現し、プラムの義眼が高速で三次元的に回転して全ての弾道を視界の中に捉える。

「なッ――!!?」

 アサシンの驚愕はもっともだろう。プラムは両の手に爪のように装備した六振りの剣――悪魔祓いの概念武装、『黒鍵(こっけん)』を自在に振り回し、全ての弾丸を斬り捨てて見せたのだ。物質的な耐久度の低い黒鍵の刀身は弾丸二発程度で砕け散ってしまうが、プラムはその瞬間には新たな刃を出現させ、完全にアサシンの宝具を封殺して見せた。

「……あら、終わりました? 五百発って意外と少ない物ですね。」

「お、お前、本当にただの人間か!? あたいの宝具は……因果逆転系の宝具なんだぞ!」

 小さな肩を震わせてそう糾問するアサシンに、プラムは黒鍵の柄を修道服の中にしまい込みながらニコリと笑って答える。

「えぇ、ただの人間ですよ。今は。」

「『今は』……?」

「はい。さて、ボドヴィッド・ランデスコー……あら、流石はドブネズミの親玉、逃げ足の速いことで。もういやがりませんわ。」

 プラムが振り返ると、そこにボドヴィッドの姿はなかった。せめてもの土産にとアサシンを仕留めにかかろうともう一度アサシンの方へ向き直ると、アサシンの姿すらなかった。しかし、プラムは少し義眼を回転させると、溜息をつきながら黒鍵を一振り、再び取り出した。

「……そんなバレバレの気配遮断スキルで……。逆に聞きたいですよ。本当に貴方はかの白い死神、シモ・ヘイヘなのですか?」

 刃を出現させて、背後へと勢いよく黒鍵を投擲するプラム。その黒鍵は何もない空間に突き刺さり、幼女の甲高い悲鳴がその場から聞こえたが、しかしそれだけで特に何も起こらなかった。

「……逃がしましたか。なるほど、別に気配遮断スキル自体が低かったのではなく、私の義眼が高性能すぎただけなのですね。失礼いたしました。では――。」

 プラムは淑やかに水平線へと目を向ける。常人の眼では穏やかなナポリの海が見えるだけだろう。しかし、プラムの義眼は遥か遠方、いくつもの水柱が爆音と共に噴き上がる戦場を見据えていた。

「あちらの決着でも見てから教会に戻ると致しましょうか。」

 

 老爺――アーチャーは疲弊していた。神霊であるアーチャーは一般的なサーヴァントよりも魔力量が格段に多量ではあるのだが、目前で漆黒の聖剣を振るう少女は疲労の色すら見せずに先程からアーチャーの砲撃を捌ききっている。

 その理由は水面を凍結させることで海上に自立している彼女のマスターである青年であろう。その右手の甲に刻まれた令呪は残り一画となっていた。自身の身体能力の強化に一画、そしてセイバーの魔力供給に一画使用したのであろう。

「随分と贅沢な使いっぷりだなぁマスターさんよぉ!」

 アーチャーがパチリと指を鳴らすと、セイバーとそのマスター、クロウの周囲に砲火が煌めいた。しかし、セイバーはクロウを庇おうともせずに全ての砲撃を斬り伏せ、アーチャー目掛けて突進してきた。

「何――ッ!?」

 基本、サーヴァントというものはマスター、すなわち魔力の供給源がいなくなれば現実世界に留まることができなくなる。つまり、マスターとの関係が劣悪でない限りサーヴァントはマスターを守ろうとするものなのだ。

 虚空からの機銃掃射をしながらセイバーから距離を取るアーチャーの目前で、クロウは巨大な爆発に呑み込まれてしまった。しかし、セイバーは尚も果敢にアーチャーへと向かってくる。

「セイバー、お前は……!」

 アーチャーが問い詰めようとした時、クロウがいた場所を曇らせていた硝煙が晴れ、アーチャーは愕然とすることになった。

 そこには、セイバーのマスター、クロウが仁王立ちをしていたのだ。その右手に輝く令呪は、元通り三画揃っていた。

「ありがとよ、爺さん。」

 クロウは不敵に笑って見せた。


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