あすとらのは司波兄妹の砂糖吐くようなイチャイチャが割と好きなので、深雪ヒロイン化はありません。すまねぇな、深雪推しのみんな。お兄様にゾッコンだからね、仕方ないね。
不思議・オブ・ザ・デッド
年端もいかない彼は、どこまでも空虚で。
馬鹿で無知で無学で暗愚で蒙昧で浅はかで浅学で浅簿であったのなら。底辺を這いつくばるだけの薄汚い子供だったら。あるいは逆に、脚光を浴びる、不自由など何一つない名家の御曹司として生まれていたら。
———俺は生きてる資格があったんですか?
彼は涙を流した。殴ってくれる人など、いないというのに。
西暦2092年、冬。彼は初めて、人を殺した。
◆◆◆
西暦2095年。東京都。
魔法という技術、何て新テクノロジーが登場して100年かそこらの日本。ある少年は、その日を待ちわびたように足取り軽く歩いていた。やや幸薄めな印象を受ける顔。端整かどうかは評価が割れるところではあるが、『整っているかいないか、どちらか二択しか許されないのなら整っている方を選ぶ』くらいのものだろう。
ともあれ、彼は辿り着いた。
国立魔法大学附属第一高校。魔法師を育成するという学校にこれほど分かりやすく単純なネーミングはないだろう。何を学んでいるの?と聞かれたら学校の名前を答えるだけで相手は察してくれる。
魔法師は徹底した実力主義、あるいは名家の血統第一主義的な側面もあり、正直生き辛い世界だろう。何せ差別が黙認されているのだから、いくら教育制度の歴史が古くないとはいえ生徒の自治どうこうなどと言っていられない環境であることも事実である。しかしそれでも、少年は門をくぐることをやめなかった。
彼は所謂『紋無し』で、差別される方に入ってしまっている。制服に紋がある一科生は本命、紋の無い二科生はその補欠。何とも分かりやすい階級構造で、この学校の目指すところが伺える。
耳ざとい彼は、ある声を捉えた。
「補欠の癖に張り切っちゃって」
「所詮スペアなのに」
魔法師は、自分達を選ばれし人間だと本気で思っている。それは時代の流れとともに徐々に外面へと押し上げられ、ついには感情だけでなく態度と言葉にまで出るようになった。魔法師は、非魔法師を圧倒するという充足感を、逆に非魔法師は嫉妬と敵愾心を持ち、人の感情や繋がりはそこで決定的に分かたれてしまった。魔法によって進化する科学、そこに到来する選民主義と国策。光があれば影が差す。時代は22世紀へと移り変ろうとしていた。
「おはよう諸君!」
「ぶっ………」
「はぁ!?」
校庭にいる人間の視界に入らず背後まで移動し、声を張り上げる。名もなき男子生徒2名は驚愕のあまり体制を崩す。しかし少年は御構い無しに言葉を続けた。
「陰口なんて健康的じゃないぞ!諸君!他人に何を言いたい時は大きな声で!」
彼は腕を意味もなく大きく動かしたり、掻くような仕草をして紋を見せることなく2人に話しかけた。
「あぁ、いえ、そんなこと………」
「じゃ、俺らはこれで」
怖がった、というより引いたのだろう。聴衆達が退散するまでそう時間はかからなかった。
「細いのう。そんなんじゃダメだぜ優等生」
そんな様子をニタニタと、意地の悪い笑みを浮かべて見守る彼がいた。
かつて魔法師の世界にある大波乱を巻き起こした、自称どこにでもいる『少年A』の学校生活はこの時から始まった。
◆◆◆
高校の廊下を歩くのが楽しくて仕方がない、とばかりに彼は笑顔だった。何も笑える要素など無い、ただ1人で歩いているだけだというのに。
彼は今となっては時代遅れなデジカメで廊下や教室や階段などの学校の内部を様々なアングルで撮影し、確認しては喜ぶという傍目からすれば奇人変人としか見られないような奇行をしていた。記念にパシャリというわけでもなく、ただただ撮影しては喜び、また撮影しては喜びという繰り返しは一種の狂気すら感じさせるものだが。あるいは偶に盛大にズッコケながら走ったり。
そんな奇行が目に留まったのだろうか、それとも行動そのものが目に留まったのだろうか。それとも服装の問題だろうか。
彼は裾が長いせいで絶望的に動きが阻害される制服を身に付けておらず、学校指定のカッターシャツにグレーのパーカーと、遊び人そのものの格好をしていた。そのせいか、やはりそのせいなのだろうか。
「新入生」
「おっと、それってもしかしてあたしのこと?」
「そうだ新入生。式はもうすぐ始まるぞ。講堂に集合だ」
「あらら。腕時計ってのは存外アテにならないもんね」
「………何を言っているんだ?」
やはり目に付いた。声をかけたのは、当然彼のことを新入生と呼ぶのだから上級生だ。ショートカットの黒髪で凛々しい印象の彼女は、ここにいなかったらおそらく演劇の道にでも進んでいただろう麗人だった。上級生であることは呼び方で分かるし、役職も分かる。腕章には見せつけるように風紀委員と書いてあったためだ。まずは何を聞こうかという彼女の思案を破るように、彼は言った。
「あらまぁ、フェミニズム離れの甚だしい麗人だこと」
「………入学式はもうすぐだぞ、新入生。講堂に行きなさい」
しかし彼女にも上級生としての矜持のようなものがあるようで、少年の言葉を無かったことにするように続ける。見ると彼女の制服には、八枚の花弁があしらわれていた。
一科生。二科生の彼とは対になる存在。この学校では生徒は一科生、二科生と呼ばれて分けられるのだが、その基準は単純に言えば魔法の才能。どれだけ前途有望か、今生徒が身に付けている技術を見て選別されるのだ。有望な者は一科生へ、そうでない者は二科生へ。その関係についてだが、魔法の行使には事故のリスクが伴う。肉体的な損傷や精神の摩耗で一科生の誰かが再起不能になると、その補填として二科生が使われる。いわばスペア。だからこそエリートとして将来を約束された一科生は
———幸先が悪い。
彼は心の中で悪態をついた。
「働きアリの大原則を学んでから声をかけてくんな。じゃなきゃ会話するって気にもならねぇろ?」
「何を言っているんだ?君は」
しかしそれにもボロは出てしまうもので。会話に脈絡が無いように思えてならないからこそ、その脈絡を知らないからこそ、知りたいと思うのは人間として至極当然なこと。この辺りは彼が手を回すまでもなく、上級生の女子生徒が勝手にドツボに嵌っただけではあるが。
「
「………渡辺、摩利だが」
「忘れてほしい時は忘れさせますけ、楡井くらいは覚えてくんな。ほんじゃ」
「ああ………いや違う!待ちなさい!」
危うく場の雰囲気に流されそうになってしまった。とにかく自己紹介くらいは常識人としてすませたはいいが、いくらなんでも彼は奔放すぎる。口が滑ってさっさと退散しようとした少年こと修平を、止まるどころか見送りかけてしまったのである。慌てて首根っこを掴むと、大した力をかけなくとも修平は立ち止まった。最初から本気で立ち去るつもりは無かったようで、意地悪そうに笑いながら振り向いた。
「おゔ。待てと言われりゃ待つけんど、手を出すのはいただけんよお姉さん」
「そうじゃない!もうすぐ入学式だぞ!」
「いんや、あたしゃゼークトの軍事組織論に基づきゃあ結構な———」
「来なさい。君がどのような生徒かは知らないが………」
「………」
「………力を抜きなさい」
驚くことに、少年の体は力をかけても根を張ったように微動だにしない。片手だからだろうか?と摩利は推測したが、すぐにそうでないことに気付く。問題は自分の力ではない。彼のボディバランスや膂力にある。
「ずぇったいに嫌だ。あたしゃ是も非も知ったこっちゃないけんど、使命と趣味の境界くらい分からぁ。あたしにゃやるべきことがある。それこそ、入学式が烏合にしか見えねーくりゃあにな」
「………何?」
摩利にも新入生を歓迎するという意図は勿論ある。あるのだが、魔法技能師を育成するという特殊過ぎる学校。敵が多い故たかが高校と侮っていると冗談でない程度の傷を心身に負う。3年も在籍していれば感性も磨かれるというもので、彼女の第六感は察知したようだ。
「君は一体………」
「おぉん?せからしか、んなもん書いとろーが。何ね、文字から読まんね」
摩利は自身の記憶を辿る。魔法の世界は血統が大きな影響を及ぼす。
「楡井君、そうか、一般5教科で首席だったのは君か」
だからこそ、こちらが知る情報を使って釣らなければならない。彼の名前は確かに、一般教科試験の名簿にあった。高得点順の一番上に、全教科文句なしの満点だった。ステレオタイプかもしれないが、真面目な人物像を想像していた点も疑問があった。
「あぁ、せやね。元からそれ以外はどうでもいいっていうか何ていうか。正直嬉しくないからな〜」
「………ここは魔法科高校だが?」
「ん。知ってるよ。だけどね摩利ちゃんぬ」
「摩利ちゃんぬ?」
「そうだ摩利ちゃんぬ。ひとついいことを教えて差し上げよう。昔の偉い人が言った。敵を知り、己を知れば百戦殆うからず。今俺は己をこの世の誰よりも知ってる。あとは敵だけだ」
「っ!!」
摩利は即座に距離を取り、腕の精密機械を起動させんと素早く準備段階に入る。Casting Assistant DeviseことCAD。端的に言えば魔法の展開を補助する道具のことで、その形態は様々。しかし共通するのは、他人に対して行使をする場合、その意図は十中八九友好的なものではない。
「あんだよ、挨拶代わりにマッチアップかい。してんねぇサツバツと」
彼女だってそうしたくてやったわけではない。しかしやらざるを得ない理由は、彼が身を翻した時にチラリと見えた鈍色で鋭く尖った金属を見た時に全てが固まったのだ。魔法は武器だけでなく技術にもなりうるが、彼のソレは違う。ソレは、武器にしかならない。未知という恐怖に後押しされた彼女の自己防衛は、ソレによって決定的なものへと瞬時に変貌した。本当に新入生なのか?という疑問にまで思考が及んでしまえば、あとは行動するのみだ。
彼女のCADが発光して派手に起動するのと同時に、彼も今では古風になったデジタル腕時計のストップウォッチボタンに触れる。その動作に焦りの色はなく、軽口を叩くほどに冷静だった。
「摩利!修平君!」
「渡辺、どうした?」
と、いよいよ偶発的開戦寸前となった時に文字通りの横槍が入る。摩利は慌てて頭を冷やしてCADを停止させ、修平は虫の居所が悪そうに両手をポケットに突っ込む。2人の名で静止を呼びかけたのは、小柄な少女。高音過ぎない声の調子や目尻が少し下がったような顔立ちはどこか大人びている。が、少なくとも初見の修平の目を引くのはその後ろからやってくる大男だろう。太眉、睨みつけるような目つき、腹に響くような低音、筋肉質で高身長と威圧感溢れる肉体。
「真由美ちゃん何でゴリラ連れてんの?」
「修平君!」
巌のような大男………十文字克人を視界に収めた彼の開口一番がそれである。
「そっちのは新入生か?」
「デリバリーピザ屋にでも見える?」
「………おい七草、何なのだ、こいつは」
「あー………」
自分が声を張り上げて叱りつけても、彼の心には何も響かない。小柄で少女のような可愛らしさと職務を遂行する大人びた可憐さを併せ持つ少女、七草真由美は頭を抱えた。
「2人とも、知り合いなのか?」
「私は結構前から。十文字君は彼のお話だけ聞いてたの」
「おぉう。逆だったらゾッとするね。こんなガチムチゴリラの化身と幼馴染になってたかもしれんのか」
「ちょっと静かになさい」
「何だよ、昔を懐かしんで赤面するのは処女の特権だぞ」
「関係ない話をしない!」
「あーい………」
らしくない。摩利は声を荒らげて狼狽える親友を見る。少々年頃の女子に対する不適切な発言はあったものの、いつもなら微笑みながら流していただろうに。いつもの余裕綽々な笑みはどこへやら、これまで見たことがないくらいに狼狽している。
「それで、何があったの?」
「いやなに、ちょいと俺の口が鏡面処理したフローリング並みにお滑りしたもんでね。女性を怒らせちまったもんで」
「摩利が新入生相手に魔法を使うなんて前代未聞なんだけど?」
「いんや、ちょいと下世話な話をしちまって」
「………そういうことにしておきましょう。はい、摩利の目を見て、ごめんなさい」
「さーせんした」
しおらしく頭を下げるが、彼は形式だけを取っているのは誰の目から見ても明らかだ。ほんの一瞬だけ頭に血が上るが、やはりそれも一瞬。発言に大きなインパクトがあったとはいえ、寧ろ自分も噛み付いてきただけの新入生に対して過剰反応し過ぎたと摩利は自分を省みる。が、省みたことはあっても間違っているとは思えない。近頃は物騒な世になってしまったのだ。反魔法活動の台頭もあってか風当たりが強い。あからさまに不審者な彼が凶器を携えてご登場ともなれば、魔法くらい使いたくなる。
「出ないなら出ないで、あんまり先輩のこと困らせちゃダメでしょ?」
「じゃあ話とかなかったあんたの責任だろうが。危うく有象無象の中に放り込まれるとこだった」
「それはゴメンだけど〜」
「早う行かんね生徒会長。あとそこのさっきから全然喋んないキン肉マンもフェミニズムを捨てたティーンも」
「七草がお前と話をしている時に横槍は不要だ」
「いや真面目か!」
「何か聞き捨てならない渾名を頂戴した気がする………」
「うっせ!俺ァこう見えてやることがあんだ!」
「もう………分かったわよ」
駄々をこねる子供のように語気を強め、追い出すように手で払うような仕草をする。修平と真由美の関係は、お互いの性格のこともあってまるで駄々をこねる子供とそれを諌める母親のようにも見えた。
ここで、ある違和感が生じる。
あまりにも唐突であったため、摩利も今の今まで気付くことが出来なかったが、それを確認する前に親友達はさっさと退散してしまった。出会いから衝撃的だっただけにそれを忘れられず、言葉にした。
「なぁ、彼って方言とか使うのか?」
「聞いたことないわね。彼は生まれも育ちも東京の筈だし」
「そうか………」
「どうして?」
「いや………何でもない」
情緒が安定していないのか、と思った。最初の彼はつかみどころがなく、そののちに覗かせた彼はどこか軽薄で陽気ないかにもといった様子の若者。しかし真由美と話す彼はどこか怒りを露わにしているようで、言葉遣いも荒っぽい。真由美に反抗的なのかと思えば、彼女が『講堂に行きなさい』と言えば文句を垂れ流しつつも従い講堂へ向かっていった。もしかしたら、何か触れて欲しくないことなのかもしれない。出会って1時間と経っていない新入生に対して大いに反省するべき点があったのだから、いくら先輩と後輩という関係があれど礼節がなければならない。そう考えて目を伏せたのだが。
「あの子のことを知りたいなら団結しなきゃダメよ」
「え………?」
不意に彼女の声色が変わる。それは力強くありながらもどこか悲しげで、彼を気遣っているのか哀れんでいるのか憎んでいるのか、そんな真由美の感情が受け手側の摩利にも分からない曖昧なものだった。
「平々凡々で特筆すべき点もない、実害が無さそうな対人能力の高い高校生。そういうキャラクターは彼にとって情報収集するのに最適だし、実際私ももう何回も騙されて、きぃぃ〜!」
しかしそんな彼女が覗かせたのはほんの一瞬のことだった。過去にどんな煮え湯を飲まされたのやら。彼女らしさというのは、どうやらフラストレーションで消え去ってしまったようだ。顔見知りらしかったが、アレを相手にするとなると相当に強靭なメンタルが要求されることは摩利も想像出来る。
「そ、そう………」
ので、そうやって相槌を打つのにとどめた。不用意な慰めは彼女にとってと毒だ。あれば一体何だったのか。今は知るすべなどない。
「でも、彼を知りたいなら、心理的に彼の上を行かないと、逆に出し抜かれちゃうんだから」
ストレスから脱却した真由美のその言葉に、更なる疑問が折り重なる。彼の魔法力は中の下程度、理論は成績優秀だがトップ10に名を連ねるほどに優秀というわけではなく、実技に至っては落第。正直、よく合格したものだと感嘆するレベルだ。どうやって入ったか、と問いかけるのは、何となくだが憚られるような気がした。
「彼は魔法技能師になるために魔法科高校に入学したのではありません。寧ろ、彼は魔法科高校の存在意義と真っ向から対立する理由でここに身を置いているの」
親友の口調がお固くなるのは、彼女をして油断ならない存在であるという、つまるところ人間的な悪い予兆だ。そして語られる言葉は隠すつもりが感じられないほどに摩利の悪い予感を掻き立てる。
「彼は魔法師を研究している。魔法師に対抗出来る非魔法師として、魔法という存在そのものを否定し戦うアンチテーゼとしてあるべき姿のためにこの学校にいるの。だからよく注意しないと、足元掬われちゃうわよ」
彼に祈りなど届かないとは思いつつも、彼の胸ポケットから顔を覗かせたハンティングナイフがオモチャであってほしいと、摩利は心で願うようになった。