闘技場での一件で、大きなインパクトを残した司波達也は、その存在を大きく知られるようになった。一科生が束になっても勝てないという衝撃をもってして、そのニュースは学校中を駆け巡ったのだ。しかしそれは、達也に立ちはだかる受難である。当然注目されて良く思わないのは、プライドが高い一科生の面々。
それによって何が始まったかといえば、要するに嫌がらせである。
死角から魔法が飛んでくるわ、誤爆を装って魔法が飛んでくるわ、人体に穴が開くレベルの魔法が飛んでくるわ。達也ほどの身のこなしでなければ三回は死んでいるような、最早嫌がらせどころか暗殺とさえ呼べるような事態が続いているのである。
そして始末の悪いことに、達也はこれを躱し続けている。それが更なる反感を買い、また嫌がらせが続くという負のスパイラル。
「おっすー達也。風紀委員会の仕事は?」
「今日は非番だ。久しぶりゆっくり出来そうかな」
しかし、狂乱の一週間こと新入生勧誘期間が終わり、その手の嫌がらせはパタリと途絶えた。様々な試練を乗り越えて手に入れた平穏、終業のベルと同時に風紀を守るジョブチェンジする忙しい生活ともオサラバである。ちなみに期間が終わったことで、修平も臨時の協力者としての任を解かれている。
「達也君凄いじゃーん。大活躍だったもんねえ。魔法を使わないで剣術部を制圧した謎の新入生って、噂になってるよー?」
「どういうキャラなんだ、エリカ」
「でも、本当に凄いですね。あの人数差で、しかも魔法を使わないなんて」
「そうだぞお、何か色々変な噂も立ってる。暗殺者だとかそうじゃないとか」
「レオ………お前もか。まあ、ありがとう。だけど、ああいう仕打ちを受けると、あまり素直に喜べないな………」
注目される代償がアレなのなら、嫌味も皮肉も抜きにして注目されたくなかったというのが達也の本音である。命の危険は感じないが、とにかく煩わしい。
「よっし、じゃあ慰労も兼ねて行くか!アイネブリーゼ!」
「お、いいじゃん」
「あれ、でも達也さん、ご予定は?」
「いいや、大丈夫だ。特に予定はない」
あんな試練に打ち勝ったのだ、友人と羽を伸ばすのもいいかもしれない。深雪も呼んで、お茶でもしよう。
と、思い立ったはいいが、何があったかその深雪が中々見つからない。またしつこい一科生にでも捕まっているのかと探し回るが、校舎中をひっくり返すが如く捜索しても見つからない。
「そういえばさ、修平もいないけど、一緒なのかな」
「あり得るな。俺は実技棟を見よう」
「そんじゃ私と美月はこの辺探そっか」
「ええ?じゃあオレも達也と行くよ」
図らずも男女で分かれることになったが、それぞれ宣言した場所を探す。
「あれ、どったのみんなして。俺達ハブられた?」
「そ、そんな………お兄様の隣はこの深雪が………」
「違う、違うから!」
「そうだぞ深雪、俺がお前を抜きにするなんて天地神明に誓って有り得ないさ」
「お兄様………はい、私も、いつでもお兄様の側におります………」
「イチャつくのはよしてくれって」
「あはは………でも二人らしいや」
二人だけの世界に入りかけた司波兄妹を呼び戻し、いざ行かんアイネブリーゼと歩を進める。
「そういや深雪ちゃんにも伝わってるけど、凄いじゃないの」
「はい!私もお兄様のご活躍をこの目で見たかったです!」
「あまり買い被るのはやめてくれ。修平だって活躍したじゃないか」
またその話か、と若干気後れしそうな達也が、話題を修平に変えるためそう話す。突っぱねなかったのは愛する妹の手前もあるのだろう。
「魔法を封じれば、あんな奴チャンバラごっこの小学生とおんなじさ。達也だって似たようなこと考えてたべ?」
「そうだな」
「やっぱり!俺達世界で二番目のコンビだ!」
達也は調子のいい奴だ、と溜め息を吐き、しかし友人としては嬉しいものだと笑う。しかし違和感。ちょっと待て、と確認するように修平の方を向く。
「………うん?二番目?」
「一番目は俺と姉さん」
「ほう………」
歯を見せて挑戦的に笑う修平に、達也は不敵に笑い返す。
「俺と深雪を忘れていないか?」
「忘れてると思うかい?」
「いや、どうだか。不注意を指摘してやろうと思ってな」
「はっはっは、面白い。そうこなくっちゃ」
修平はそれを聞いて、一層深く笑みを浮かべる。それを聞いて反応したのは、やはり燃える二人の蚊帳の外にほっぽり出された四人。
「どう思う?なーんか二人ともバチバチしてるけど」
「でも、修平君のお姉様ってどんな人なんでしょう」
「そりゃ弟があんだけ言うんだ、めちゃくちゃ強いんじゃねーの」
「会ってみたいような、みたくないような………」
達也と深雪の強さは言わずもがな。稀代の天才魔法師と、二科生としての常識という枠から大きく飛び出す魔法の革命児。注目されるかされないかの差はあれど、確かな実力を持つ二人は兄妹で、連携にも長ける。
片や、そもそも魔法という範疇から外れた異端児である楡井修平。謎めいた実力と、謎めいた姉、ミステリアスな強さを持つ。
「いやいやマジで、うちの姉ちゃんマジで強いから」
「何を言っているんだ。深雪の強さは留まるところを知らないんだぞ」
「おおいそういうこと言っちゃう?そういうこと言っちゃうんだ」
「はいはい二人とも、そこまでにしておいて。終わりが見えないわよ」
おそらく終わりが来ないだろうことを察した蚊帳の外組は、不敵な笑みを浮かべる二人の間に割って入る。
「いつか試そうぜ」
「いいだろう」
バチバチと火花が散っているが、それは単にライバルなどという言葉では片付かないだろう。いつか訪れればいいと互いが思いながら、その話は終いとなった。
「でさあ、ヤバくね?剣術部のアレ、闘牛見てる気分になったわ」
「修平お前、趣味悪いって言われたことねえか?」
「まっさかあ」
話題は変わり、深雪が待ち望んでいた司波達也の活躍の話である。証人となるのはここにいない中条あずさの他に修平しかいないので、彼のさじ加減となるのだが。
「でね、お前背中に目玉ついてんのかってくらい避けるのよ、達也は。余裕がなくなる剣術部の奴らはお笑いだったね」
「流石はお兄様、他を寄せ付けない圧倒的な強さでございます!」
「おい修平………」
「何だよ、事実だろ。なあに心配すんな、武勇伝みたいなもんさ」
「そうだぜ達也。修平の言う通りだ。凄いことは凄いんだ」
「ほどほどにしときなさいよー、あんた達」
「達也君もシャイですし………」
徐々にノリが悪くなり始める男子組と、それをたしなめる女子組。形はあれど、そういう会話の形だった。
「まあそういうエンターテイメントみたいなもんじゃん。人間闘牛的な」
「やっぱ趣味悪いわね、あんた」
◆◆◆
果たしてアイネブリーゼでの様子がどうだったかと問われれば、全員がいつも通りだったという以外ない。
「あんなに賑やかな場は久しぶりだな………」
「良いではありませんか。学友との懇談会のようなものと思えば」
「おもむろに殺人鬼のニュースを読み出すような友人がいるとはな………」
「た、確かにあの修平君は想定外でしたが………」
すっかり陽が落ちた住宅街を、司波兄妹は歩いた。結局慰労なんて名ばかりで、やったことといえばただのお茶会のようなものだったが、それもまた悪くない。友人としてそこに参加出来れば、彼らとしてもそれは心温まるものだった。
「当分甘いものはいいかな………」
「分かりました。それは夕飯のリクエストでございますね」
「ははは………優秀な妹で兄貴も助かってるよ………ん?」
本当に、不相応な喜びであると噛み締める。友人もいる、可愛い妹も、ちょっと異端なライバルも。学校というものを楽しめているのではないかと実感を湧かせる達也に水を差すようにしてそれは起こった。ふと、情報端末がメッセージを受信する間抜けな音を鳴らす。二人は同じ動作でそれを取り出し、中身を確認した。
『(解読不能)を信じるな』
修平から送られた、そんなメッセージ。一部は文字化けしているため解読が出来ない。
「何だ………?」
「また修平君お得意の暗号では?」
現代の技術であれば、文字化けは最早撲滅済みのウイルスと同様だ。それどころか、そんなバグが存在することを知らないものもいる。偶然起こるとは考えられない。そうであれば、深雪の言葉は正しいのだろう。
「嫌な予感がする。早く帰ってこれを解析しよう」
「お言葉ですがお兄様、電話で聞けばよろしいのでは?」
「信じるな、と書いてるんだ。何を信じるなと言っているのか分からない以上、これは俺達だけの問題として持ち帰るのが得策だ」
「そうですね………申し訳ありません。浅はかでございました」
「いいさ。張本人にアタックをかけるのも、悪くないと思ったからな」
少し小走りになりながら、路地を抜ける。そして十字路を右折したところで、それにぶち当たった。
「………」
「お兄様、あれは………」
「分かってる。俺の後ろに」
隠れようとしない。それどころか、自分がここにいることをアピールしてるようにさえ見える。街灯をスポットライトのように浴びて立つその姿は、出で立ちと相まって不気味さを助長するものとなっていた。
「何者だ」
懐から得物を取り出し、向ける。何せソレが、夜道を歩く一般人には見えなかったから。
とにかく、ソレは全身が真っ黒だった。まるで素性を包み隠すように。黒色のレインコートとカーゴパンツ、顔はガスマスクで覆い隠し、手には得物として、明らかに動物を撃つことを想定していないと思われる散弾銃が握られている。
近付くべきではない。しかし、先程のメッセージとの因果が頭をよぎると、あの者の声が届く位置まで行きたいとさえ思ってしまう。慎重に近付き、3メートルほど離れた位置で相対した。
「……………」
「答えろ。何者だ。ここで何をしている」
有無を言わなさないほどの強い口調。しかし、何者かは答えない。その代わり、望んだものとは違う言葉が飛んだ。
「それは魔法師に知られながら、同時に最も知られなかった男」
耳障りな、ボイスチェンジャーで加工された極端に低い声。そして試すような奇妙な言葉。やることなすことがその風貌も含めてカンに触る。
「ふざけるなよ」
「ふざける。そのような痴愚は実に私らしくない。よってその言葉、実に無益である」
一見、会話が通じているように見える。しかしその実、お前は誰だという根本的な問いに答えない。そうすることで情報をある程度握らせて満足させるのがガスマスクの腹づもりだ。
「修平君の警告のこともあります。処理なさいますか?」
「そうだな………」
自らが信じる得物。それは自らが手を加えたものである。達也がチューンナップしたシルバーホーンの引き金を引こうとしたその時、相対するガスマスクが反応を見せた。
「修平………修平………ニレイ、シュウヘイ。成る程道理で」
「お前、修平を………」
「違う」
「………?」
「楡井の敵と相成れば、それもまた記憶。そこに大小はあれど有無は存在しない」
話が通じない。それどころか、会話をするつもりなのかさえ怪しい。
(何だ、この話し方。どこかで聞いたことがある)
そして強烈なデジャヴが達也の頭を苛む。何かどこかで、身近なものでこのような話の通じないパターンを確かに見た記憶がある。しかしそれ以上のことがどうしても閃かない。
「黙りなさい。これ以上、お兄様に毒を浴びせるつもりならば容赦はしません」
しかし、深雪はそんなものを感じないとばかりに威嚇を強めた。
「毒。その喩え、実に無知。それはそこにあるシュプレヒコールからの逃避であり、許容量の超過である。是非もなし。よって———」
「もういい、黙れ」
言葉を遮った。そうして話の主導権を一気にこちら側に引き寄せようと達也は画策するが、しかし。ガスマスクが一歩早い。
「イニシアチブはない」
シルバーホーンよりも先に、散弾銃が火を噴いた。予備動作などなく引き金を引き、ビーズほどの大きさの鉄球が束になって襲いかかる。
来たか———
多少の被弾はやむなし。深雪もギリギリとはいえ弾の拡散範囲外にいる。
自己修復術式。達也にはこれがある。自らが操る魔法、分解と構築のうち構築を利用して、文字通り自己を修復する。これが傷次第で自動で稼働するのだから便利なものだ。
達也の右脚を弾がえぐる。それと同時に術式を———
ヴゥン………
(何………)
期待していたことは、あるいは達也の日常の一部とも言うべき当然は、当然とはならなかった。
「お兄様!!」
敵に大きな隙を晒すことになる。そんなことを構う様子もなく、深雪は達也の身を案じた。しかし深雪自身も意外なことだが、心配、という気持ちは吹っ飛んでしまったのだ。代わりにやってきた感情は。
「よくもお兄様を………」
純粋な怒り。敬愛する兄が傷付いたという事実と、それを行った者に対する非常にシンプル、かつ純然たるもの。
「貴方を排除します。お兄様を傷付けたこと、あの世で後悔なさい」
携帯端末型のCADを取り出す。今すぐ目の前の異物を、取り除かなければならない。大丈夫、出来る。だって自分は———
「驕ることなかれ」
———逸材である兄の、妹で、魔法科高校の新入生総代表なのだから。
そんな思考を読み取ったかのようなガスマスクの言葉。思わず集中力が乱れ、怒りという情動に大きな隙が生じる。
(しまった———)
深雪は身構える。もう一度銃が火を噴けば、確実に助からない。弾は皮膚を食い破り、筋肉と神経と骨を砕きながら内臓を水風船のように破裂させてしまうだろう。そうなれば、あらゆる技術をもってしても完治は不可能。
「如何か」
「………?」
しかし、走馬灯が流れるでもなかった。そして飛んで来たのは銃弾ではなく、言葉。身構えたまま、深雪はそれに耳を傾けるしかなかった。
「持て囃される、持ち上げられる、尊ばれる、崇められる。恐ろしいまでの自己否定と利他主義が貴女を狂わせた」
「何を………」
「今の貴女は人間らしい。だからこそ、足元を掬いやすい。殺すことなど造作もない」
ガスマスクは踵を返して、二人に背を向ける。
「待ちなさいッ!!」
逃すわけにはいかない。あれだけの呪詛を吐きながら、喋るだけ喋ってそのままなんて許されない。何より、やられっ放しは到底許されない。
ジャキン!
威嚇するように鳴らされた金属音、散弾を勢いよく排莢する音に肩がビクッと跳ねる。反射的に、武器への恐怖を植え付けられたのだ。
「魔法師の最も愚かなところは、自分を超人だと思い込んでいること。所詮自分は、魔法という手段を講じる人間に過ぎないことを覚えておけば、寿命が延びる」
プラスチックの面が不気味に光に照らされて、深雪はガスマスクを直視出来ない。
「驕るなかれ、侮るなかれ。200年前に開発された散弾銃で、魔法師は殺せる」
そう牽制すると、ガスマスクの男は足早にその場を去っていった。そして振り返らずに、一言。
「楡井修平を信じるな」
ほぐれかけた緊張の糸が、またも一気に張り詰める。しかし、どういうことだ、と深雪が声をあげた頃には、ガスマスクの姿は夜の街路に溶け込むようにして消えていた。
異常だ。しかし、どこか論理的。奇妙な尋ね人は、その場に謎と爪痕を残したのである。
「お兄様ッ!!」
しかし、視界から消えたのならそれはそれでいい。深雪は達也の体を支えて身を案じる。
「深雪、おかしいんだ。自己修復術式が起動しない」
「何故………いいえ、それは後です。この深雪、お兄様を背負ってでも無事に送り届けてご覧にいれましょう」
「いや、肩を貸してくれるだけでいいんだが………」
「遠慮は無用でございます!いつもお兄様の影にいる身、今日ばかりは頼ってくださいませ!」
「いや、肩を………」
午後8時のことである。
◆◆◆
同日、午後七時。司波兄妹襲撃の1時間前。
「あ、ちょっと待って!置いてかないで!ねぇ〜修平く〜ん………」
「うるっせえ。こっちは駆り出された身なんだ。さっさと終わらせるぞ」
鬱陶しそうに歩を早める修平と、それについて行こうと小走りになる真由美は、明かりの落ちた高校にいた。
「置いてかないでってば〜。手、つなご?ね?ね?」
「チッ………」
「あら、結構素直———いたたたたいいいい痛い痛い痛い!!!」
「ふんッ」
灯りのともらない魔法科第一高校は、静まり返っていることもあって不気味で、なおかつ暗闇は人の想像を悪い方向に掻き立てる。見えないところに何かがあったら?あるいは、何かが現れたら?そしてそれが、現実を大きく逸脱し、常識を冒涜するような存在だったら?長くいるほど思考は悪化していき、暗く深い方へと沈んでいく。
のは、真由美に限った話。
正確に言えばそれもまた違うが。人間は太古の昔から、暗闇に恐怖を抱くよう遺伝子に刻まれているのだ。それは修平も例外ではなく、避けれるなら避けたいというのが彼の本心であることも間違いない。それでも怖気付かないのは、単純にその時間がもったいないから。理論が本能に勝ったのである。
「お前がCADの備品と私物を取り違えたなんてアホやったせいだろうが。黙って道だけ教えろ」
「そうだけどぉ〜………一日中つけてるとつい忘れちゃうの〜」
「俺が行く必要なんざねえだろうが」
「怖いじゃない!夜なのよ!?」
「アホくせえ………」
侮蔑と憐憫が半分ずつといったところか。真由美の顔を見ながら呆れた様子で溜め息を大きく吐くと、すぐに直って歩く。
「もっといるだろ、他に」
「いないわ」
「ムキになってんじゃねえよ」
「だってえ、かけたら出てくれるの修平君くらいなんだもん」
「なあにが『だもん』だ。キャラじゃねえだろうが」
「私女の子だしッ!」
「だから、ムキになるんじゃねえって」
修平の目ならば、光源がなくとも暗闇の中で空間について正確に把握することが出来る。故に懐中電灯の類は持つ必要などないのだが、真由美は右手で修平の服の裾を掴み、左手でライトを持っている。暗い場所を見れるか、というのは問題ではない。彼女にとっての問題は、暗い場所があることが問題なのだ。
「別に使いっ走りでもさせりゃいいだろ。お前が一声出せば、犬みたいに尻尾振ってくらあ」
「一番信頼してる人に一緒にいてほしいの。それだけよ」
「………あっそ」
信頼してる。その真由美の言葉に、修平はそっぽを向く。照れ隠しではない。そう言うには、あまりにも睨みが効きすぎている。そこからは、歩きながらも双方話さなかった。やってしまったと後悔しても、それは先に立たず。修平は口を噤んだ。
「あ、ここね」
気まずい沈黙を破りたいがために、目的地に着いたことをやや大きな声で言った。
「生徒会室?事務室じゃねーのか」
「その、ここで色々準備してたら………ね?」
「お前ホント馬鹿」
そう吐き捨てるように言うと、修平は扉に手をかける。
カタン———
「ひぇッ!!」
「うるせえな」
部屋の中から、床と固いものが軽くぶつかるような音が鳴る。自分の呼吸音が一番大きい音、といえるほどに静謐な校舎内。であれば、物を動かした時に出る僅かな音も、耳は敏感にキャッチする。
「だ、誰?オスカーちゃん?」
「オスカーは正門にいた」
「待って、待ってちょっと待って!開けないで!」
「開けないと用が終わらないだろうが、このアンポンタン」
「心の準備が必要なの!!」
面倒なものだ。魔法なんて力がありながら、感性は人間のままだなんて。面倒な上に、扱いにくい。
———じゃあどうして、あんなに律儀に会長に合わせてくださるんですか?
頭の中に滑り込むようにして、先日のあずさの言葉が反響する。一刻も早く手を切るべき存在が誰なのかを暗示し続ける修平の死角から現れた言葉ではあった。その存在は知っていても、目にしたことはない。そんな、彼の中ではどこか都市伝説めいた言葉だった。
「もういいだろ」
「あ、もうちょっと………」
「あいあい、さっさと済ませてお化け屋敷から脱出しような」
「うぎぎぎ………」
それはきっと、意外であれど理屈としては通る。そんな答えを、修平と真由美の関係に疑問を抱く人間に授けるだろう。
「お邪魔ー」
「何もいない?何もいないよね?」
「何かいても、俺の片手動かせないからどうしようもないぞ」
「いや。離れたくない」
「アホだろお前………」
そしてそれによってどうなるのか。どんな結果を招くのか。誰の心が動き、また誰が動かざるか。
きっと、二人の関係性を明らかにする誰かは、そうして観察を楽しむのだろう。まったく悪趣味である。
「………?」
ソレは、逃げも隠れもしなかった。明らかに高校に侵入した不審者。であれば、後ろめたい思いは逃避に繋がる筈なのに、ソレはそうせず、寧ろ待ち構えるようにして立っていた。
「こりゃ大捕物じゃんか」
顔を真っ青にして動きがフリーズする真由美に対して、修平はどこか嬉々とした様子で懐の得物に手をかける。
それは、相手も同じだった。まるでガンマンを気取ったような、早撃ち。
「クソッ———」
黒い強化プラスチック製のガスマスクと、撥水生地のレインコート。灯りに照らされないそれらは、暗闇と同化するようにしてそこに佇んでいた。
火薬の炸裂する音が二つ響く。一つは、七草真由美に殺意を向けて。もう一つは、彼女を庇うようにして。
ガスマスク、不気味だけどカッコいいですよね。いや、不気味だからカッコいいのかな?そう思うのは私だけ?