その日の彼は、どこか様子がおかしかった。
「おいっすー、修平!」
「………ああ、うん」
「およ?」
エリカとレオのハイテンション組が挨拶をしてもこう。
「修平君、おはようございます」
「うん………」
「………?」
穏やかに美月が挨拶してもこう。
とにかく誰がどう挨拶をしても、返ってくるのは力無い会釈ばかり。いつもの快活さや気安さが完全に消え去ってしまったのかと思ってしまうくらいに、あるいは情動が狂ってしまったのではと心配になるくらいに、昨日と今日であまりに差がありすぎる、というより反転しすぎていた。あまりにも萎んで腑抜けた様子に、どこかのネジが緩んでしまったのではないかと特にエリカとレオが腫れ物を触るみたいに扱う。
「ちょっと、何よあれ」
「オレに聞かれても困るっつーの」
「何があったんでしょう………」
「好きな女の子にフラれたとか?」
「あんた、バカじゃないの?」
「うっせーな」
様々な憶測が飛び交う中でも、特にこれ、というものは浮かばない。10代特有のセンチメンタルなのか、しかしそれにしたって変貌ぶりが凄まじい。
「何があったか知らねえけどよ、修平。あんまり思い詰め過ぎると体に毒だぜ?」
「思い詰めないバカが言っても説得力ないわよ」
「は?」
「あ?」
「二人とも………」
そして、エリカ、レオ、美月の三人は図らずもここで決定的な瞬間を目撃してしまう。
「おっはよー修平君!」
修平とは犬猿の仲といった具合の、七草真由美。彼女がいつもの落ち着き払ったのとはまた異なる様子で挨拶をする。
またか、と三人は内心頭を抱えたくなる。様式美というか、初心を忘れないというか。次に修平の口から飛んでくるのは耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言ともなれば、余計に———
「ああ、おはよーさん………」
「へ………?」
挨拶をした当の本人も、決して難しくない筈の彼の返事を考え込む事態となってしまっている。
「ど、どどどどどうしたの修平君!どこかに頭ぶつけた!?」
「うっせーな」
力なく反論する彼を見て、昨日のお礼でも、と思っていた真由美に頭を殴られたような衝撃が走る。その狼狽ぶりといえば、衆人環視を恐れずに声を張り上げ。
「一大事だわッ!摩利!摩利ぃー!!」
これは自分だけでは手に負えないと、すぐに助けを求めて疾走していった。
「ああ、うるせえ………」
頭痛に蝕まれる患者のように、頭を押さえてそう悪態を吐くが、やはりそこには覇気や力が感じられない。これはいよいよ病魔の仕業か、あるいは重い精神的ショックを引きずっているのか。とにかく尋常でない様子を察した三人は、手を打とうとする。
「修平」
「あ゛ぁぁ〜?」
それより前に、登校した達也が声をかける。しかしそれに対する反応は、最早返事というよりただ呻いているだけのようだ。
「おう、達也」
「レオ、修平の様子がおかしいぞ」
「俺達も思ってるんだけど、どうにもなんねえなあ。ほら修平、達也だぞ」
「おっす〜………」
修平机に突っ伏したまま、手だけ動かして反応する。
「………大丈夫か?」
「大丈夫と信じる気持ちが大事」
「大丈夫じゃないだろう、それは」
「いやいや、マジに、マジに大丈夫。大丈夫だから」
「………そうか」
彼のテンションを見るに大丈夫とはほど遠いが、それでも彼がそう言うならば問題ないだろう、と、都合よく言葉だけを嚥下した達也は、では、と口を開く。
「昨日の8時頃、どこにいた?」
「8時ぃ?あー………」
いつもの調子で、とはいかないようだ。達也の顔は基本的に動作しないが、今回ばかりは違う。いつもの鉄仮面が若干厳しくなっているのが見て取れる。だからこそ、変にはぐらかすことなく、言った。
「あのバ会長の付き添いで、学校にいた。備品と私物を取り違えたんだと」
「そうか………俺にメールをしたか?」
「するわけあるか、用事もないのに。それが何か?」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
「いや気になるわ。めちゃくちゃ気になるわ。何かあったから聞いたんだろ?」
簡単にうやむやにはさせてくれない。このまま彼のあずかり知らぬところで探りを入れることを狙っていた達也にとっては、予想外の痛手である。無理矢理にでも追求を振り切るべきか?しかしそれでは疑惑を強めてしまう。
「見てくれ」
考えた結果、情報収集を最優先とした。昨日受け取ったメッセージの画面を見せた。
「………なんじゃこりゃ」
「何これ、謎解き?」
「というより、単なるバグに見えますが………」
「お前のアドレスから送られてきたんだ、修平。知らないのなら、これを解くために力を貸して欲しい」
「んー………」
暫し目を細めて画面を観察する。文字化けという稀なケース一つをとっても、分かることは様々なのだ。頭の中の知識というのは、引き出してこそ価値がある。情報科学の知識に基づいて脳内で検索をかける。
「メッセージが短いからなあ………エンコードとデコードの不一致なんて初歩的なミスはないだろ。つーかソフト使ってるんだからミスなんて起きようがないからな。となると………」
「となると………何だ?」
「何かしらのファイルが干渉してるか、どっかの馬鹿が道楽でつくったウイルスに感染したか。問題があるのはメッセージソフトじゃないよ。端末側だ」
「………そうか。お前から送られたことについては?」
「イマドキは指先ひとつで情報が抜き取られるからなあ………俺の不注意かもしらん。許しておくんなまし」
「そうか………」
達也はもう一度画面を見る。やはり映るものは、変わらずに。
(解読不能)を信じるな
(一体何を信じるなというんだ………?)
最も肝心な部分が読めない。それはある意味、信じるべきでない人間が明らかになるよりずっと不安なことだ。
「解析すれば済む話じゃんか。知りたいことがあるなら、そこに自分から飛び込まないと。待ってたって時間が解決してくれることなんかないんだぜ?」
「そうだな………」
もとよりその辺りのアドバイスは、あまり重視していない。寧ろここから先がそうなのだ。付け加えるように、あまり重要であることを気取られないようにして言う。
「偶に感じる強烈な既視感………それがどうにも晴れなくてな、スッキリしないんだ。どうしたらいいと思う?」
「ああ〜、そういうことあるよね。そうさな………」
うーんと、呻くようにしてアイデアを捻り出そうとする。そして、一言。
「そりゃあ、目で見るしかないな」
「………目で見る?」
思わずおうむ返しをしてしまう。
「記憶力のいい人間っていうのは、なんてことのない風景も記憶する。それがデジャヴの元になることだってあるのさ。そうでなければ、似ている何かを同じものだと思い込んでるか、あるいは、そうだな………」
そしてまた、今度は呻くのではなく唸る。先程よりも熟考している様子で、放った一言。
「何かと何かを、繫ぎ合わせようとしてるのかな」
一気に雪崩れ込むように、ではない。徐々に徐々に、重い扉が音を立てて開くようにして、そのデジャヴの正体が判明していく。
支離滅裂で成り立たない会話。魔法師を下げるような言動。
———似ている何かを同じものだと思い込んでいる?
そして、自己修復術式が起動しない謎。それは全て、ある男が見せた面と、ピッタリ一致する。
『それは魔法師に知られながら、同時に最も知られなかった男』
『楡井修平を信じるな』
あの耳障りなボイスチェンジャーの声が、達也の頭にこびりついて離れなかった。
◆◆◆
「ねえ、ちょっといいかしら?」
道端で尋ねられるように自然な雰囲気で、あまりにもナチュラルにそう声をかけられたため、エリカやレオも普通に返してしまったが、後からそれを是正した。
「会長!?」
突然の妖精姫の接触に、思わずレオが上擦った声をあげ、エリカが美しさに見惚れ、美月が緊張で固まった様子を見て、思わず真由美の方が一歩引いてしまいそうになった。
「そんなに緊張しないで。私もイチ生徒だから」
「無理ですよ………」
謙遜されても、噂が歩くせいで一年生にはそれは難しい注文だ。それはもう、七草真由美という人間の一部、と割り切って彼女は本題を持ってくる。
「ちょっと聞きたいことがあるの。楡井君のことなんだけど」
「修平ですか?」
「でもあいつ、いっつも授業が始まる頃にはいなくなってるよな?」
「はい。帰ってくる時も、いつのまにかという感じで………」
聞きたいと言われても、最も拘束時間の長い授業中に彼はフラフラと教室から出て姿を消してしまう。なので期待に添えられない可能性を、三人は先に口にする。
「うーん………お話もしなかった?」
「話しましたけど、あいつテンション低かったので」
「それよ」
「へ?」
「あの子、私と話した時もあんな感じだったでしょ?」
「あー………それかあ………」
「あれは確かに、ある意味驚きだったよな」
あの場に居合わせたので、三人もよく分かる。罵声が飛ぶかと思えば、弱々しいあの声には驚かされた。
「クラスメイトだし、放課後一緒に遊ぶような仲だったら、何か分からないかなって」
「………そう仰られましても」
「私達と会った時も、あんな感じでして、皆目見当もつかないんです」
「そう………」
うーん、と真由美は唇を若干尖らせて、出口が見えないことに不機嫌になりながらも考える。
「あの、会長、よろしいですか?」
「柴田さん、だったわね。どうしたの?」
どこか焦るような、あるいは緊張したような様子で、言葉を途切れさせながらも、美月は言った。
「失礼を承知でお聞きしますが、会長は楡井君に好意を抱いておられるのでは?」
「ぶっ———」
「ちょ、美月!?」
時間も場所も、そんなもの知ったことでないとばかりに撃ち込んだとびきりの爆弾。いくらなんでも突っ込み過ぎだとレオとエリカはヒヤヒヤと肝を冷やすばかりだ。
「………そうね」
どこか憂うように、真由美は柔和な笑みを浮かべ、消え入りそうな声でそう答える。
「でも私に、そんな資格はないもの。おふざけ程度しか許されないの」
ありがとうね、と付け加えて、真由美は背を向けて去って行った。
◆◆◆
保健室のベッドは、授業中の定位置だ。だが今回は、終業のベルが鳴ってもそこから動くことはなく、つまり友人達のもとに向かうことなくベッドに仰向けで寝ながら一昔前の漫画を熟読する。
「楡井修平君よね」
そしてそれを邪魔するように訪客が来た。といってもそれは、そういった意味でもそれ以外の意味でも、彼にとって招かれざる客ではあったが。
「あんた確か剣道部の………」
「壬生紗耶香よ。よろしくね」
「よろしくしたいところだけど、俺は今テンションが低いんだ」
「知ってる。でもお話したくて」
「そう言われてもなあ………」
新入生勧誘期間の最中に起きた一悶着、その当事者の一人である、剣道部所属の二科生、壬生紗耶香。彼女はタメ口で話す修平に特に嫌悪を抱くでもなく、気安く話しかける。あの一件で彼女もそこそこ有名人になったようで、行き交う人々は度々視線を投げていた。
「まずは、助けてくれてありがとう。あの時、楡井君ってば仕事が終わったらさっさと帰っちゃうんだもの。お礼言いそびれちゃった」
「いやいやお構いなく。こっちもそういう仕事というか、取り引きというか。そんな感じだし」
「そっか。じゃあ本題ね。ちょっと聞きたいことがあって。二科生として」
「その手の話題は苦手なんだ」
「どうして?」
「そういう小難しい話はしない主義なんでね。そうやって俺なりに学校生活を楽しんでるんだよ」
「ふーん………そう」
紗耶香に拍子抜けした、という様子はない。寧ろ面白そうだと見たか、笑みを浮かべる余裕さえある。修平の、何だこいつ、と訝しむ顔にも目立った反応は見せない。その真意が見えないのは、七草真由美と司波達也、それと彼女で三人目だ。果たしてその心でとんな物を言うのか、それが少しずつ気になり始めているというのは内緒の話だが。
「ねえ、貴方に聞きたいの。この学校の制度について」
「何で俺が。一科生を制圧した二科生だからか?」
「それもあるけど。生徒会長と仲がいいでしょ?そういう人の考えも貴重だから」
「仲がいい、ねえ………」
好きの反対は無関心、とよく言うが。果たしてそのケースに当たるものだろうか。物思いにふけるようにして口を噤むと、紗耶香は畳み掛けるように喋る。
「本当かどうかは知らないけど、あの人は差別撤廃を掲げてるから。そう考えると、楡井君の交友関係って凄く複雑でしょ?」
「あー………」
会話をする程度に知り合うといえば。お近付きを虎視眈々と狙われるような新入生総代表の美女とそのクラスメイト達、二科生として規格外の力を持つその兄とクラスメイト達。上級生の知り合いといえば、差別容認派の一科生が一人と撤廃派の一科生『三巨頭』が三人。
「確かにカオスだわ」
自分自身を省みて、そう零す。
「でしょ?多角的な意見をね?」
「ほーう………」
それを是として受け取った紗耶香はこう告げた。多角的な意見。一科生二科生両方との交友関係を持つ人間からの意見はつまりそういうことだと。
「残念ながら、ご期待に添えそうにはないな」
しかし、紗耶香の言葉を修平は否定した。
「………どうして?」
「どうしてって、あんたも薄々気付いてるんじゃないのか?」
「どういうこと?」
お力添えできなく申し訳ないが、なんて丁寧な前口上もなしに断りを入れる修平の態度が気に入らなかったとか、そういうことも紗耶香にはあっただろう。若干きつい声色で、迫るようにして問うた。
「この学校は差別を認めるどころか推進してる。だから二科生の手で革命を起こすべきだなんて、あんたが望む言葉をかけてやれそうになくて」
「……………」
目を細めて、彼女はにらみを効かせる。
「私は、ただ意見を聞きに来ただけよ」
「またまたあ」
しかし修平は、冗談めかしたような笑いで意にも介さず言葉を返す。
「差別を認めるわけじゃない。けどそういう感情は、人なら誰しもが持ってるもんだ。俺や、あんたにも」
「………違う」
「違わないさ。自分の得意なところに逃げるのも人間だ。あんたは剣道じゃメチャ強いけど、他じゃそうもいかない。二科生として差別されるあんたは随分いい子だが、どうだ?平等なんて出来っこない。人間にとってそれが原動力である限りは」
「やめて!!!」
ややヒステリックに、紗耶香はそれ以上の修平の言葉を拒絶した。
「どうして分からないの!?魔法
「………そりゃね」
当然、理解している。差別があるのは人間らしさとはいえ、それを助長するような制度があること、それによって悪しき習慣がついてしまっていること。列挙すればキリはないが、達観出来ないような悪辣がこの高校にあることは、紗耶香が言うように教育という大義のもとに振り回される力であり不条理そのもの。しかし、それでも。
「現実を見なきゃならない。そういう悪政があるんなら、そこから逃げられるわけないだろ。ダダこねたってお上は動いちゃくれないぞ。だったら自分がどうにかしなきゃな」
他人がどうにもしてくれないので、自分がどうにかする。ひどい消去法でとんだごり押し、かつありきたりな発想だが、結局それが思考の帰結である。彼女に足りないのは、そんな不条理を拒絶したこと。確かにそれは忌避すべきかもしれない。あってはならないことかもしれない。だが、平等にならなかった。
「………もういい」
結局、自分の期待する答えを言わなかったがゆえに興味を失った。紗耶香のその感情はまさしく修平の予言そのものだった。彼女は背を向けて去ろうとする。
「そうだ。参考になるかは分からんが」
しかし、背後から蛇足とばかりに声がかかる。
「俺は魔法式に干渉するマルウェアをつくったり、CADをハッキングしてオーバーフローを起こしたりして魔法師をフルボッコにするけど、自分を稀代の天才と思ったことは生まれてこのかた一回もない。この意味があんたに分かれば、きっとあんたの力になる筈だ」
「………どうも」
興味なし、とばかりにそれを跳ね除けるような冷たい声で紗耶香はそのまま去っていった。
「殺伐としてんなあ」
諸行無常な人間がやること。これをやれば一発逆転なんて都合のいい革命などこの世には存在しない。それを言い忘れたことを、彼は激しく後悔した。
「楡井」
「………何さ」
剣道小町と入れ替わってやって来るのが野郎ともなれば、その後悔とともに心を苛む。テンションが再び地に落ちた修平の心情を知ってのことかそれとも知らずか。この十文字克人という男はとにかく表情が変わらない。やりやすい、やりにくいという観点で人間の良し悪しを決める彼からすれば、この男は最悪と言ってもいい。
「かつてないほどにお前の様子がおかしいという話を七草から聞いてな。様子を見に来た」
「余計なお世話だっつーの………もう分かっただろ。俺は一人でいたいくらいローテンションなんだ」
「差し支えなければ、理由を聞いてもいいか」
「お前マジで………チッ。別に、お前が気になるような話じゃねーよ」
修平はとにかく億劫だ、とばかりに、取り付く島もないような様子で会話を早々に切り上げようとする。
「高校に侵入した不審者の件か」
しかし克人がそう口にすると、修平は眉をひそめて寝転んだ姿勢のまま睨みを効かせる。
「………そこまで知ってて俺の口から言わせようとしたのか。この野郎」
「こちらにも事情がある。事実として、その件については箝口令が敷かれているからな」
「十師族の事情なんざコメディアンの浮気疑惑よりどうでもいいが………」
あの場で遭遇したもの、それと何があったかについて。そしてそれに箝口令が敷かれ、多くが口を噤む理由といえば、考えられるのはひとつしかない。心底うんざりした様子で大きな溜め息を吐く。
「そんなに屈辱か。俺に守られるっていうのは」
「………俺個人としての感情は違う。だが、家はそう思っているだろうな」
「そうかよ。なら家に伝えろ。お前が他の家と足の引っ張り合いしてる間に、七草のご令嬢は俺がキッチリ守り抜きましたってな」
「……………」
「ついでに、二年前のことは謝るつもりもないし間違ってるとも思ってない」
居心地が悪くなった。黙り込む克人のリアクションを待つより早く、修平は立ち上がってさっさと保健室を後にした。
「……………何してんの」
「あ、いや、楡井君、違うんだ、これは………」
「あはは………修平君、やっほー………」
そう思って扉を開けると、戦闘には明らかにその場に偶然居合わせたとは思えない摩利と真由美。そして同級生の友人達。聞き耳をたてるようにして耳を扉に向けていた。
「違うのよ?」
「何がだよ」
冷や汗をかきながら弁明をしようとする真由美に対し、詰め寄るでもないが、身長差のせいで見下ろすような形になり、睨み付けるせいで圧力は凄まじい。
「ちょっと気になっただけというか、みんなお友達でしょ?だったら、あんまり隠し事するのもよくないかなーって」
「何でもかんでもお前の一存で決まるわけねえだろ。話せば家のお達しに背くことになるんだぞ」
「いいわ」
「は?」
「それでいい。ここにいる全員のためには、それがいいと思うの。私がそうするべきだと思ったから、今からそれをやるの。今は生徒会長の七草真由美ですもの」
そんなものが通じるわけない。そんな言葉を修平はぐっと呑み込んだ。どうしても、昨日のことが頭から消えないのだ。悔しそうに歯噛みすることしかしなかった。
「それからね、私、それでいいと思うから」
「………何がだよ」
「二年前のこと。私も貴方が間違ってるとは、思ってないから」
「あっそ………」
卑怯だ、というそんな言葉もまた出ない。友人達の視線が痛い。頼むからそんな目で見ないでくれという言葉が引っ込んでしまったのは、弱さからだろうか。そんな疑問まで頭をよぎると、歯噛みして堪えるしかない。
「俺達が無理を言って先輩方に頼んだんだ。なあ修平、人には秘密くらいあるだろう。だけど、お前も話したいことがあるんじゃないか?だから、ヒントを出すなんて真似をしたんだ」
「お兄様の仰る通り。何かあるのなら、相談くらいしてくだされば、応えましたよ」
「……………」
「修平君、いつもとっても明るいじゃないですか。きっと怒るのには理由があるんです。私達にその悩みの解決、お手伝いさせてください」
「私達、友達でしょ?一緒に悩むくらいしてあげられるわよ?」
「おう。どんと来いだぜ」
嬉しかった。これは紛れも無い修平の本音である。正直、目頭が熱くなったのは彼だけの秘密だ。それほどまでに、彼はこういった場でそんな言葉をかけられることに慣れていなかった。
しかし………
「お前が話せ、七草。お前の口からだ」
「……………それは」
「友達がそう言ってくれて嬉しい。これはマジだ。だけど俺の口から喋るわけにはいかない」
「……………」
「好きにしろ。お前の愛しい家族がそうしたように」
足りなかった。憎しみが勝ってしまった。修平は目元を見せないように俯きながら、保健室を出た。
拒まれてしまった。気まずい沈黙が辺りを支配する中で、真由美が口を開く。
「ちょっと羨ましいわね。そんなこと思う資格だってないのに」
そう儚げに微笑んだのち、このまま話すわけにはいかないと、表情をつくってから聴者の方を向く。
「彼の能力についてはいいでしょう。彼がどうして魔法師という存在を忌むのか、不安定になってしまったのか。全ては十師族、師補十八家だけでなく、百家から
口を噤んで許される段階はとうに過ぎた。
「二年前、
そうして彼女は、自分にとって不利にしかならない事実を語った。