魔法科高校のアンチテーゼさん   作:あすとらの

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実は、修平の謎を九校戦編まで持ち込むつもりはない筆者。これが正しいかは知らん。


世捨てられて

魔法科高校、図書館。特別閲覧室。ここは戦闘区域のけたたましい轟音がどこか遠くの出来事のように、こだまするばかりである。

 

「いよいよ、この国の最先端技術が載った資料が手に入るのか………」

「これを盗み出すことが出来れば、我らの悲願に一歩近付くぞ!」

 

武装したテロリストは、目的を達成する一歩手前まで来ている。その喜びに打ち震えるとともに、自分達が上を行ったという優越感で興奮気味だ。彼らはエガリテではなく、その上位のブランシュに所属している。手を伸ばせば届く点にまでいるのだ。

 

しかし、テロリスト達の案内を仰せつかった彼女、壬生紗耶香の心中は複雑なものだ。

 

———正しいって、なんだ?

 

差別を悪しきものと排斥するのは正義だ。でも今のこれは、正義なのか?学校を急襲して機密を抜き取るのは、テロなのではないか?

 

ただ、普通に扱われることを望んだだけなのに。こうしなければならなかったのか?

 

剣道部の主将、司甲。そしてその義理の兄である司一。最近は、彼らの言葉にも疑問を覚えているのが彼女だ。大義である。だが、手段は本当にこれしかないのだろうか?一度その疑問に支配されると他の言葉に、たとえ一の言葉であってもどこか空想にさえ感じてしまう。

 

平等なんて出来っこない。人にとって、それが原動力である限りは。

 

修平の言葉が鉛のように重くなる。人を強くするのは、その力の源は、羨望ではない。『あいつのようにはなりたくない』という危機感である。どのみち、競争という差別の建前は、全て的外れというわけではないのだ。それは、魔法に限らず、あらゆる競争と勝負事においてありふれたものである。

 

「お前ら、記録用のキューブは用意してあるな!」

 

しかし、そんな葛藤を無視して話はどんどん進んでいく。ついに特別閲覧室の扉は破られた。

 

だが、もう後戻りは出来ない。

 

道理にはもう背を向けた。あとはそのまま走り去るだけだ。

 

「よう、壬生。あん時以来だな」

 

そうであった筈なのに、運命はそうさせてくれない。目を背けることを、許さないように。

 

「桐原君………会頭までご一緒とは」

「一大事なものでな」

 

特別閲覧室の中。そこには、あの問題を引き起こした一科生、桐原武明が仁王立ちで通せんぼしていた。隣には部活連会頭、十文字克人もその巨躯で待ち構えている。

 

「どうしてここが?」

「ある情報筋から、とだけ。結構正確なんだぜ、この情報寄越した奴。誰だか知らねえけど」

「………そう。それで、二人はどうするつもり?」

「知れたこと」

 

克人が短く、切り捨てるようにして言う。賊ならば、排除するまで。短い彼の言葉には、全てが詰め込まれていた。

 

「そう、二人とも………私達の邪魔をするの」

 

声は悲しげだった。それでも、彼女は立ち止まらなかった。今更どっち付かずなんて許されない。こうして実行までしたのだ、やっぱり魔法科高校側に付きますなんてこともまた許されない。こうした時点で、残された道はひとつしかないのだから。

 

「あの時私を殺そうとしたんだから、桐原君。もう間に合わないよ」

 

自分が魔法科高校に牙を剥くのは仕方ないこと。そう思える何かをかき集めると、結局それに行き着いた。

 

「………あれは悪かったよ」

 

彼も、そう言われては返しようがないと、桐原蚊の鳴くような声で詫びる。

 

「………なあ壬生、お前本当にどうしちまったんだ?」

「何が?」

「今までのお前は、真剣ならとか、そんなこと言うような奴じゃなかった。馬鹿にする奴がいたら腕前ひとつで黙らせただろ!学校でも、最初はそうだったじゃねえかよ!」

「……………もうそれも、限界なの。一科生の増長が止まらない限り、魔法に関係ない剣道まで差別されるのなら、私が行動する。学校の二科生は文句を垂らすだけで満足してるし、もうたくさん」

「……………ごめんな、壬生。闘技場のことはあとでちゃんと謝るし、償うよ。だが今は………」

 

得物の竹刀に、サイオンの光が集まる。そして、ガラスを爪でひっかくような不協和音。あの時のように。

 

高周波ブレード———

 

「壬生を誑かしたクソ野郎をぶち殺してやる。そのあとで、二人でじっくり話そうぜ、壬生ッ………」

 

怒りと悲しみが入り混じった様子で歯軋りをしながら、得物を構えた。

 

◆◆◆

 

「楡井君!どこだ!」

 

摩利は校舎を駆けずり回り、喉が裂けんばかりの声を張り上げて彼を探し回った。講堂周辺、放送室、最後に目撃された実技棟前。全て当たったが姿どころか痕跡さえなかったので、彼女はいよいよ焦った。

 

まさか、彼に限ってそんな………———

 

彼の強さは身をもって体感した。CADを破壊なんて芸当が出来るのだ、魔法師に遅れを取るような男ではない。それでも、不安は一度頭にこびり付くと中々取れないものだ。それどころか、より悪い方へといってしまう場合もある。摩利も自分自身で驚くことに、未だ自らが戦った手強い敵としてではなく、二科生というラベルが離れない。

 

血だらけで倒れ伏す彼の姿が、摩利の妄想の中でやけにリアルに思い描かれる。

 

「楡井君!!」

「も少し音を絞ってくだされ。大声が耳に悪いなんて、周知でありんしょ?」

 

校舎の裏側で、摩利に背を向けてゴソゴソと何かを探っている修平を発見する。

 

「よかった、無事だったか」

「悪運が死なせてくれなかった」

「………そいつは、賊の一人なのか?」

「ううん?うん、まあ、当たらずとも、遠からず。ばってん賊ってのも間違っちゃないにい」

「………そうか。ありがとう」

 

倒れていたのは、ガスマスクの男。仰向けで倒れるそれには、背中から夥しい量の血が流れている。素人目から見ても、失血死したことは明確なくらいには。

 

「そだ、渡辺の」

「うん?どうしたんだ?」

 

しかし修平が摩利の方を向くと、その真の姿が露わになる。

 

「楡井君、それは………!」

「ああん?なんね?」

 

挙動や言葉に不自然な点がなかったせいで、それを見る限り気付かなかった。彼の胸、腹、肩、 腕。上半身にはべっとりと赤い血がまとわりつき、彼の灰色のパーカーはまるで赤色のペンキをぶちまけたように、元の灰色の部分が塗りつぶされてしまっている。返り血でないことは、彼の体から滴る血が地に落ちてガスマスクの血と混ざるところを見ても明らかだ。

 

「ど………どうしたんだ!?そいつにやられたのか!!」

「せからしか。戦ったんやぞ、ちぃとばかしの怪我なんぞにあれこれ言っても仕方なかよ」

「これがちょっとなものか!」

 

魔法を封じる可能性がある以上、摩利は、念には念を入れて治癒魔法ではなく、手に持っていた応急処置キットを使うことに決めた。不思議だが、彼は会話も問題なく、直立不動で立っていられている。

 

「君はどういう体をしているんだ………?」

 

半裸にして傷口をまじまじと見ると、そんな率直な感想は頭の中で考えるだけでは終わらず、声に出てしまう。人差し指が入りそうなほどに大きな、スラッグ弾が撃ち込まれたと思われる銃創。腹を左から右まで切り開かれたような、あるいは切り裂かれたような切り傷。胸の刺し傷は背中まで到達し、背中で内出血のように青くなっている。

 

「俺じゃない。オスカーだよ」

 

エタノールで消毒され、傷口に塩を塗られるような痛みでも涼しい顔で、そう答える。

 

「オスカー?あの黒猫のことか?だが、どういうことだ?」

「あいつは半分が機械で出来てる」

「………は?」

 

しかしそれを聞いて、思わず摩利の手が止まる。そんな馬鹿な、と一蹴しそうになるが、もう今は彼にそんなことを言っていられない事態なのだ。

 

「ってマズイ!血が止まらない!!」

「適当になんか貼り付けとけばいつか止まるよ。そんなことより、オスカーは機械ってもそんなメカメカしいもんじゃない。有機回線を埋め込んで、ニューロンネットワークとワイヤレスで接続すれば、簡単に動くスパコンの出来上がりだ」

 

血が止まらない、という摩利の焦燥を、そんなこと、という一言だけで彼方へ。彼にとっては自分の怪我はそんなことらしい。

 

「………なあ」

「あ?」

 

それもまた気がかりだが。それよりもまだ引っかかることがあるのだ。

 

何故だか分からないが、この時摩利は根拠もなく、今聞けば修平が疑問に答えてくれると、理屈ではなく直感ひとつでそう感じたらしい。そして、傷口を消毒して塞ぐを繰り返しながら疑問を呈する。

 

「君の人格が分割されたことは分かった。一体何等分されて、それぞれどんな特徴があるのか。よければ教えてくれないか?」

「………別にいいが」

 

自分の直感も捨てたものではない。きっと彼女はそう思ったろう。それが直感ではなく運であることに気付くまで、そこまでの時間はかからなかったが。

 

「つっても、全部見てるだろ。今と、軽薄でノリが軽い奴と、なんちゃって方言話者と、意味不明なワードサラダを吐き出す奴。これで全部だよ」

「どうしてそうなったんだ?」

「その前にひとつ言っておくことがある。結構衝撃的なカミングアウトするから、深呼吸しておけよ」

「え、何だそんな、急に———あ、ちょっと待て!」

 

摩利の治療の途中で、修平はしっかりとした足取りで倒れるガスマスクの元に寄っていく。

 

「準備はオーケー?」

「あ、ああ………だがどうしたんだ?」

「実はこれを伝えるのは誰でもよかった。あんたじゃなくても。十文字、市原、中条。名家と通じてそうなのはこれくらいか。というか通じてなさそうな同級生でもよかったし、何なら七草本人に言ってもよかった」

 

やけにもったいぶる。修平が自分で衝撃的なカミングアウトと言っていただけに鼓動が早くなって息が上がり始める。戦う時とはまったく違う緊張感、未知を目にする前の、旺盛な好奇心と恐怖心の狭間で心が苛まれる。

 

「人格が四つに分かれた。支配率はそれぞれ軽ノリと今が40パーずつ、方言と支離滅裂野郎が10パーずつに。じゃあ分かれる前、100パーだった時はどんな奴だったか?」

 

レインコートのフードを取り、ガスマスクを剥ぎ取る。

 

「……………」

「こういうことだ。まったく馬鹿のせいで、エガちゃんに乗じて来やがった。あいつのせいだ、あのクソ女が手引きしやがった」

 

ただの死体。言葉にするならただそれだけ。しかしディテールは、摩利の想定した衝撃を軽く上回ってしまうほどのものを彼女にぶち当てた。

 

「な、なん………いや、どう、どうして、何なんだこれは………」

 

口を手で覆い、ショックを隠そうとするが。実はその行動が最もショックを受けた人間の姿勢であることに気付かない。それほどまでに、頭を揺らしたような混乱が彼女を襲った。その顔を、知っていたから。

いや、知っていたというのは少し語弊がある。より正確に表すならば、今も知っているし、何なら目の前にいる。

 

「楡井君………!?」

 

口から血を流して倒れるガスマスクの正体は、他ならぬ楡井君修平自身であった。

 

「どういうことだ!ふた、二人!楡井君が二人いる!!」

「まあ落ち着きなよ」

「これが落ち着いていられるかッ!!!」

 

このまま目を手で覆って逃げ出したい衝動と、知るべきという第六感が対等にせめぎ合ったのは初めてかもしれない。そして、とにかくパニックが苛む今、冷静沈着な修平の言葉に流されてしまいそうになる。

 

「おま、おま、何だそれは!ドッペルゲンガーか、クローンか!?いやいやいやおかしい!おかしいぞそれはッ!!」

「いいから落ち着きなよ」

「馬鹿か君は!!!」

 

同一人物が二人いる。世界には自分のそっくりさんが三人いるなんて迷信は、摩利の中から吹き飛んだ。そして彼女は、敵の無力化に手慣れているという意味で実戦慣れしている。人が死ぬというパニックの累乗で、当たり散らすようにして蓄積するフラストレーションを発散させようとしているのだ。

 

「こんな………これは、どういうことなんだ………」

 

徐々に激情が収まり、声が弱々しくなっていく。

 

「あ」

 

遂には脳が処理限界を迎え、安全措置として意識を無理矢理シャットダウンした。摩利は目眩が酷くなったようで、頭を抑えながらその場にうずくまり、やがて意識を手放してしまった。

 

「………やっちまった」

 

一人、自省する修平を残して。

 

最早結果を迎えてしまったので、どう悔いても後の祭り以外に浮かぶことがないのだが。知りたがっているのだから、知らせてあげようというのは浅はかが過ぎた。

さて、行動不能になった人間が一人増えた。どうするべきかと、その場に座り込んで暫し考え、修平は答えを引き出した。

 

「ヴォイテク、摩利ちゃんぬは任せた。俺はこいつの後処理をする」

 

体長1メートルに満たない子熊。しかしヴォイテクは、器用に二本足で立って、摩利の脇の下から前足を通して引きずっていく。後々の制服の洗濯は面倒を極めるだろうが、彼にとってそれはそれ、これはこれ。野ざらしにしないだけ感謝してほしい、と言い訳と正当化を済ませたところで、ガスマスクの男………もう一人の自分に向き直る。

 

「分かってるよ。自分で作った癖に勝手な真似しやがって、だろ?でもな、お前と俺は体は一緒だけどそれ以外は違ったんだ。俺だって、まさかあの時は自分とケンカするなんて思わなかったし、こんなことするのだって罪悪感もあったんだぜ。だけど………」

 

目を見開いて苦悶の表情を浮かべる彼に、修平はエンゼルケアを施す。しかしその顔は、とても安らかにさせてあげようと考える男の顔ではない。

 

「もう少し論理的に考えろ。七草真由美は殺さない。()()()()()()()()()()()()だぞ」

 

火の灯ったマッチ棒は、橙色の明かりで修平の顔を不気味に照らした。

 

◆◆◆

 

長い。この学校の廊下は、こんなに長かっただろうか。真由美は運動不足を呪いながら、ひたすらに廊下を駆け抜けた。こんなことなら走り込みでもしておけばよかったと、過去の自分の魔法一辺倒だった姿勢を今になって顧みても、遅いのだが。

 

『摩利!十文字君!急いで修平君を探して!!殺されちゃうかもしれないわ!!』

 

まさかそんな、とは思いたかった。真由美自身も、あんな風に声を張り上げながらも、どこか自分の想定する最悪のパターンは、空想の産物のように思えてならない。しかし、レインコートにガスマスクという組み合わせで彼女の思う最悪の考えには王手がかかってしまったのだ。

 

『負傷した。ちょっと内臓が使い物にならなくなった以外は軽傷だ』

『そういうのを重傷って言うのよ!!』

 

やはり、ガスマスクは修平にとっても天敵だった。当然だろう、あれは紛れも無い自分自身なのだから。自分自身だから誰よりも知っているし、行動だって読めることだろう。今の彼に限って負けることはあり得ないだろうが、痛み分けの可能性がどうしてもこびりついて離れない。

 

彼女の頭に思い起こされるのは、過去の過ち。今はそれよりも、生徒会長として学校を守る責務があるはずなのに、どうしても過ちを犯した十師族という考えを、頭が都合よく切り離してくれない。

 

「……………」

 

結局、有名各家の陰謀に巻き込まれたものではないか。保健室に向かったところで、陰謀の首謀者は被害者にどんな言葉をかければいい?

 

(今まで私、どんな風に話してたっけ?)

 

遂に足がピタリと止まる。

 

「ッ………ふ………うう………」

 

彼はきっと、今回の襲撃で改めて自分が何をされたのか、その結果に向き合うこととなるだろう。その時になったら、今まで通り表面上の和解さえも困難になる。そうなったら、また命を狙われるのではないか。そんな利己的な、保身しか考えられない自分が嫌になる。

 

あの子は涙が枯れてしまったのに

 

あの子は悩みを自分なりに解決して前を向いたのに

 

あの子は被害者で、七草(わたし)は加害者なのに。

 

私に泣く資格なんてあっただろうか。真由美は両手で目を覆い、溢れ出るものを何とか隠そうとした。

 

「うう………ふふ………ふふふ、あはは………」

 

そして同時に酷く滑稽だ。うずくまって顔を両膝にうずめ、しやくり上げるようにして笑う。そう、復讐に駆られながらも修平は前進し、真由美は手を下してボロボロになった。彼の策略によって見事に逆転してしまっている。そんな考え足らずな自分が喜劇の道化のようで笑えてくる。ここに笑ってくれる人間でもいたら、彼女はきっと大笑いしていただろう。

 

「何してんだお前」

「あえ………?」

 

怪訝そうな顔でうずくまる真由美を、修平は見下ろしていた。慌てて目をこすって涙を拭い、立ち上がる。血まみれなのは多少の驚きはあったものの、彼をよく知る真由美からすれば、驚愕よりもまたかという呆れの方が強い。

 

「修平君………」

「そうだよ。来るっつって来ねえから、こっちから行ったわ」

「……………そっか。ゴメンね」

「別にいい。渡辺は安定してるから、俺がこうして外してても問題ないからな。状況はどうなってる?」

 

目を腫らす真由美にあえて触れようとしない修平は、いつものようにぶっきらぼうに話す。分からない筈はないだけに、行き場のない羞恥心が彼女を襲うが、それをそっちのけで修平は会話をする。

 

「うんとね。侵入してきた敵はほとんど無力化したわ。十文字君と桐原君のおかげで図書室の方も無事だし。今十文字君が主導で、今回の首謀者を叩く計画があるの」

「そらまた、高校生らしくない発想だな」

「うん。それでね、出来れば、そのお〜………」

「………言っとくが、協力はしねーぞ」

「そんなあ………そこを何とか、ね?」

「……………チッ」

 

まだ昨夜の遺恨は消えていない。だからこそ、そういう()()()には弱い。

 

「………姉ちゃんに頼む。今回だけだからな」

「ありがとう。助かるわ」

 

渋々といった様子でスマートフォンを取り出し、歩きながら通話をする様子は、やはり思春期ながらも仲のいい姉弟といった様子で、修平は若干声を荒らげながらも姉を気遣ったり、姉もまた心配だと身を案じたり。美しい、姉弟愛である。

 

「やってくれるって」

「助かるわ。お姉様がいれば百人力ね」

 

自分とは、正反対。だからこそ美しい。彼女はそんな感情を押し込めて、彼の望むように話す。

 

「わざわざ学校から送り出す必要がなくなったな。十文字は防御を固めてるんだろ?」

「ええ。修平君にはあんまり関係ない話だけど、彼の防御は凄いのよ」

「本当に関係ねえな………。俺はもうすることないだろ?」

「いいえ。まだ残っているわ。右脚を引きずる彼女の件が」

 

望むことは、彼女の話。右脚を引きずる、あの不審者の話だ。少なくとも今の彼には、学校が襲撃されるより、その首謀者が征伐されるより、遥かに魅力的なのはそちらの方だ。やや勇み足になっているのがその証拠。保健室に看病担当として真由美を置き、自分はさっさと不審者を捜索したいというのが早足の理由だろう。

もう一人の自分とは決別したのなら、あとは彼女との遺恨を断ち切るだけ。彼は今、自分以外の全てを顧みない状況にある。

だとすれば、危険ではないかと真由美は呼び止めようとするが、後悔先に立たず。止まれない状況が出来てしまった。事態の沈静化を急ぎ過ぎた、と彼女は頭を抱える。

 

とにかく摩利を起こして、一緒に説得を———

 

「はあい」

「ッ………」

 

出来ない状況になってしまった。

 

「………てめえ」

 

招かれざる客は、まさにそこにいたのだから。その不審者は保健室のベッドで呑気に寝息を立てる摩利の側に立ち、見るものを落ち着かせる穏やかな笑みで、彼女に銃口を向けていた。

流麗な黒髪をハーフアップでまとめている彼女は、やや垂れた柔らかい目付きと浮かべた微笑のおかげで柔和な雰囲気を醸し出しているが、全身真っ黒の服装と手に持つ得物のせいでそれはぶち壊されている。

 

「楡井様………いいえ、『コーウィン』様。お待ちしておりました。いいえ、来たのは私ですが」

「今さら何しに来やがった。そこで馬鹿みたいに安らかに寝てる女に傷ひとつ付けてみろ、今度動かなくなるのは右脚だけじゃねえぞ」

「………そう」

 

悲しげに俯く彼女は、しかし。拳銃のグリップを強く握りしめる。

 

「誰が貴方を誑かしたのかしら。貴女?それともそこの、薄汚い自称エリートかしら」

 

———だからコイツは嫌いなんだ!

 

苦々しく歯噛みする修平の顔が全てを物語る。最早彼女と接する時は、話が通じるという前提を己の中から完全に排除しなければならない。懐から拳銃を抜いて女性の眉間に照準を合わせる。一方で女性は、照準を合わせる対象を絞りかねているようだ。十師族のネズミと、そのお付きの人間に。

 

「いいか。もうセーフティーは外してるだろうからその先を言っとくが、引き金を引いた瞬間倍の数てめえにぶち込む」

「いやだわ、そんな。言葉が物騒なのは相変わらずですが、向ける相手を間違えていますよ」

 

そうにこやかに笑って、修平の背後を銃で差す。小動物のように縮こまる真由美を差しているのは明白だが、彼は背後に目を向けて、再度女性を見る。

 

「言いたいことは分かるが、間違ってないな。今はこれでいいんだよ」

「……………へ?」

「ああ、パニクるよな。俺も多分三年前くらいならビックリ仰天してひっくり返ってただろうさ」

 

修平は自嘲気味に笑う。真由美を庇うようにして立つというのだから、事情を知らない不審者の女からすればひどい矛盾に見えて仕方がないのだろう。

 

「………やはり誑かされたのね。それとも洗脳?ここの二科生にやったように。四葉とかいうエリート気取りの脳ミソスポンジ野郎どもが手引きしてるのかしら」

「どういう意味だ」

「あら、お耳が早い楡井様にしては珍しい。実は私、ずっとこの学校に目を付けていましたの」

「だからこの辺ウロついてたのか。俺の情報はオマケだったわけだな」

「言い方を悪くすれば。しかし私も苦渋の決断でしたが、それを下すことで期待以上の情報を得ら———」

 

ダァン、と火薬の炸裂する音。螺旋回転する弾丸は発射されると窓ガラスに向かっていく。しかし、甲高い金属音を奏でただけで、銃弾は潰れてポトリと床に落ちる。

 

「………オスカーちゃんも一緒とは」

「分かったら全部話せ。隠してもいいぞ、俺に通じると思うなら」

「うふふ、強引な方」

「てめえが引っ張ってくる情報はムカつくほどに正確で貴重だ。だから話せ。変な気は起こすなよ」

 

人をなぶり殺しにしそうなほどに厳しい形相の修平、片や余裕そうに穏やかに笑う女。表情だけ見れば、心理的に優位に立っているのは女に見える。というより、そう見せる意図が彼女にあるのかもしれない。

 

それでも、真由美は見逃さなかった。明らかな女の変化に。表情も、姿勢も、言葉も変わらない。

 

だが拳銃を握る彼女の手は、小刻みに震えていた。




四等分された修平。
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