魔法科高校のアンチテーゼさん   作:あすとらの

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最初の方を加筆修正しようか、悩み中。


純・破・急

「話せ。知ってること全部」

 

保健室には緊張感が張り詰めている。

 

そんな感想しか抱かなくなった自分の鈍さを心の中で呪いながら、真由美は、逃げ出せずにいた。恐怖で足がすくんだとか、そういうことでは決してない。ただ、ここから逃げたら今度こそ自分は人として終わってしまう。

 

———償えなくなる。

 

そしていつしかそれを忘れてしまうという、自身のエゴに対する嫌悪感が、その場に留まらせたのだ。目前では、張り詰めた緊迫感の中で修平と女が睨み合っていた。いや、彼女は修平の言葉に従って情報を話すので形勢は若干彼の方に傾いているが。

 

「優秀な魔法師を育成し輩出するのは国家を挙げたプロジェクト。さらなる魔法技術飛躍のために、その対抗手段を持つ楡井様がこの学校に入学することを許可されたことはご自身もお気付きのほどと存じますが、水面下では十師族の対立が激化しています」

「だろうな。三年前もそれで割れたんだから、三年かけてようやく再始動ってところか?」

「いいえ。三年前とは違った理由です。三年前は単なるリスクヘッジ。使い方によっては戦略級魔法を容易く無力化する楡井様の発明そのものへの脅威からですが、今は違う。いや、寧ろ真逆といっていいかもしれません」

「………どういう意味だ?」

 

そしてその辺りの情報を修平が握っていないと知るやいなや、女は急に饒舌になる。それでも手の震えは収まることないが。特に彼が睨みを効かせると、特にそれは隠しようがないほどにビクリと跳ね上がる。

 

「楡井様と和解したがった理由は、それはもう両手の指で数えられないほどですが、代表的なものは三つ。楡井様の報復が堪えたから、技術利用に舵を切ったから、もう一つは………第一高校への工作との両立が難しくなったからです」

「………続けろ」

「元々第一にある十師族の席は、七草と十文字の二つだった。そこに割って入るように、師族間の連携強化などと心にもないことをのたまって席を持って来やがった家があります。それが四葉です」

「四葉………」

 

驚嘆した、というより恐れたという方が正しいかもしれない。七草の正統な後継者となる真由美のもとには、世界の深層に関する情報はよく届く。それこそ、目の覆いたくなるような残酷な真実も。それはきっと、政府と不可侵条約を結ぶような立場にある数字付きの家系だからこそ、という自覚も。だからこそ、この女は知り過ぎている。

 

一体どこから?一体誰が?そもそも流して得るメリットなんてたかが知れているのでは?

 

しかしここは、すぐにでも家に連絡したい衝動を抑え込み、話を聞くことにした。

 

「深いのか浅いのか、その辺りは不明ですが、四葉と関わる人間が新入生にいることまでは突き止めました。案外近くにいるかもしれませんよ?あるいはそこで、虎視眈々と楡井様の首を狙っているのかも」

「なるほどな………それで、お前の用事はこれだけか?」

「ええ。後は()()を済ませるのみです」

「私用とは?」

「お分りでありませんか?」

 

にこりと、満面の笑みを浮かべる彼女は絵画のように美しかった。

 

「害虫駆除をして、貴方の洗脳を解くんですよ」

「たくましい妄想しやがって、このクソアマ」

 

言葉さえなければだが。こめかみに青筋を浮かべて怒りを露わにする彼女は、笑顔の裏で凄まじい怒りを煮え滾らせていた。

 

「魔法科高校に入学するなんて、気が触れたと思いました。でも今こうして、そこの女狐を庇う貴方を見てハッキリしました。弱味を握られたか、頭の中に入り込まれましたね?まったく数字付きらしい姑息な手段です。しかしご安心を、この私、コーウィンの忠実なる僕にございますので、立ち所に撃ち殺してご覧にいれましょう」

「やめろっつってんのが聞こえねえのか」

「そう言わされているのですねッ。何とも卑劣な、私の師を手駒にした罪は重いですよ。その命をもって償いなさい。ここが貴女の墓場———」

 

本当に、言葉さえなければ交渉の余地があると思える現場に早変わりするだろう。だって女はあんなにも笑顔なのだから。

 

再び、破裂音。今度は床に向かった一発だが、やはり床が穿たれることはなく、弾頭がキノコのように潰れて転がった。

 

「……………」

「話をしようぜ。な?」

「………」

 

不意打ちでの発砲は、ある意味ただびっくりするよりもダメージが大きい。具体的に言うと、真由美の跳ね上がった心臓がまだ痛い。

だからまあ、強い人間に縋りたくなるというのはごく自然なことなのだ。真由美は修平の体にしなだれかかる。

 

「ゴルァ女狐!なァにイチャつこうとしてんですか私の目が届かないとでも思ってんですか!?」

 

が、それを許さないものが約1名。口を尖らせて同一人物とは思えないような口汚さで威嚇する。修平が壁になっていなかったら問答無用で撃ち抜かれるか鉄拳で打ち抜かれるか、いい結果とはならなかっただろう。

 

「私、怖いぃ………」

「こんの………つけあがりやがって………」

「じゃあ調子付かせないためにも得物は下ろせ」

「ますます調子に乗るじゃないですかッ。貴方の後ろで泣き真似してんのは万能の魔法師ですよ!?」

「こいつが勝てるわけねえだろ。いいから、こっちは話すことがあるんだよ。殺気立つと大人しく()()()ぞ、脳内スポンジ女」

 

それが彼女の沸点に点火してしまったのか、女は震え出す。今までの恐怖によって引き起こされたものではない。明確な怒りによって。

 

「ふふ………貴方を救いに来たんですよ、私は。三年前のように尊厳も権利も踏みにじられてしまってからでは遅いと。それなのに貴方は、よりによってそのように迷妄なさったか!!」

「学ばないな、お前は。だからやり方も粗いままなんだ。今までその情報源に何回ケツ拭きさせた?」

「それとこれとは話が別です」

「そうかよ。頭の出来の差って意味じゃ関係あるだろ。こいつは生かしとかなきゃならないんだ」

「馬鹿な。あれだけの不条理を、身勝手を、許すおつもりですか!?その女は当人でないから仕方ないと!?」

「そんなわけあるか。当人じゃなくても当人の家である以上一定の責任は負ってもらう。だから生かしておくんだ」

「意味不明です………!」

 

噛み合わない。というより、修平の方が噛み合うように喋らせないのだ。噛み合うともなれば、それは女が修平の真意に気付いた時。しかしそうではない限りこの二人の決定的な意識の差が埋まることはない。そうした意味で、彼は試しているのだ。気付けるか否か、合理化出来るか否か、そしてその過程で、余計な一時的感情をコントロール出来るかを。

 

「そうか?」

「………もういい。その脳ミソ取り出して、新しく付け替えて差し上げます。そうすれば前の貴方に戻るはず………」

「おお、やる気じゃねえか。やってみろよホラ。フルパワーでケチョンケチョンにしてやる」

 

まさかよりによってここで激しいガンファイトでも始めるのかと、真由美は思考より先に行動に出た。キュッと彼の左手首を掴む。

 

「ねえ………」

「うるせえ。こっちだって考えなしじゃないんだ。お前はあそこで寝てる男女を引きずってでも連れ出せ」

「修平君はどうするの?」

「それくらい分かるだろ。あいつと俺のお楽しみだ。お前は邪魔すんな」

「………ここで?」

「来ちまったもんは仕方ないだろ。エリート気取りの魔法師のタマゴが勝てるような相手じゃない。命が惜しいならここはしばらく封鎖しろ」

「………分かった」

 

それを振り払って、修平は真由美を外へ追い出そうとする。すやすやと寝息を立て始めた摩利と一緒に。巻き込まれて取り返しのない結果になる前にここから逃げろという言葉に置き換えられたのは、きっと彼女の都合のいい思考パターンだろう。この期に及んで、と真由美は自嘲して彼の前に出る。

 

「死ぬ決心が?」

「お前の相手はそっちじゃねえだろ。こんなの殺したところで損を背負うだけだぞ」

「………分かりました。わざわざ人質を取る必要も省けた。私が貴方を正気に戻します」

「俺は生まれてからずっと正気だよ。心意気は買うが、お前今まで一度だって買ったことねえだろうが」

 

残念ながら、真由美に人一人を担いで機敏に動き回るだけの筋力も体力もない。姿勢を変えたり力の入れ方を変えたりと手間取りながら人間の体重と戦い、もたつきながらも保健室の外に出た時には息も絶え絶えといった様子だった。情けないとは、言うまい。元から彼もそこまで期待していなかったのだから。

 

「これでいいか?」

「視界から消えただけでも、良しとしましょう」

「決戦にはもうちょっといい場所だってあったろうに。悪いな、こんなとこで」

「いいえ………ここにある薬で、麻酔くらいは作れます。貴方から、教わった知識で」

「バイオレンスなお嬢様だこと」

 

修平は嘲笑うように、フッと鼻を鳴らしながら笑い、拳銃の弾倉を抜く。

 

さて、一見するとこの関係性は、自身の妄想を叶えんと手を下そうとする女と、それから逃れたい修平に見える。それはそれで正しいのだが、彼にとってはそれだけではない。

 

「無粋なモンは下げようか」

 

先に動いたのは修平だった。最低限の動作で拳銃を投げ付け、前進。今度は弾倉を投げ付けて前進し、女がそれらを避けて体勢を立て直す頃にはトップスピードまで加速、そのまま速度と勢いに任せて飛び膝蹴りを喰らわせる。初撃が決まってからは、女の姿勢が崩れているうちに右腕を捻って拳銃を床にはたき落とし、蹴って隅に滑らせる。拳を何度も叩き込んでいった。彼女もまた、不意打ちに限りなく近い状態から攻撃を受けたにも関わらずある程度執拗な彼の攻撃を受け流せているのだから常人離れしているが、それでも彼の手数の多さに押される。そしてそのまま無力化するために肩固めをかける。

 

「楽しもうぜ。銃なんてあったら一瞬で終わっちまうだろ。興醒めをいいところだ」

「あの憎たらしい七草の女狐に、何を吹き込まれたんですかッ」

「何も吹き込まれちゃいねえよ」

「嘘ッ!!ならばどうして、殺さないどころか守るなどという暴挙を!?」

「それが分からんとは半人前だな。まだまだ2代目『コーウィン』への道のりは長いぜ」

「ッ………」

 

その修平の言葉で、彼女の心に火が着いた。左腕を使って強引に修平を引き剥がし、一発蹴りを腹に入れられながらも肩固めを外して反撃に入る。しかし、彼は彼女のストレートを受け流し、フックとアッパーカットをスウェーで回避し、なおも余裕の表情のまま数発を彼女の体に打ち込む。

 

「何故………」

 

苦悶に歪む彼女の顔は、言葉よりも様々なことを物語る。

 

「拳銃抜く前にそうやって聞いてくれたら楽だったんだがな」

「…………」

「話を聞く気になったか?」

「貴方に………寄り付く害虫を………」

「強情なヤツめ。俺はピンピンしてるし頭の中も健全そのものだよ」

「ふざけないでください。では何故、アレを庇うのですか!?惨たらしく、時間をかけて、生まれてきたことを後悔させながら肉を削いで殺してくださいよ!三年前から貴方はそうして魔法師を減らしたではありませんか!!」

 

喉が裂けんばかりの絶叫。先ほどまでの、笑顔をピッタリと貼り付けた余裕綽々な態度は最早完全に反転し、今の彼女は完全に自身の感情をコントロール出来ずにいる。それを眉ひとつ動かさずに聞いた修平は、悟すように言った。

 

「何か誤解してるが、俺は許そうなんて気持ちはこれっぽっちもないぞ」

「でしたら、何故ッ………」

「きっとお前の予想と俺の発想は完全に逆なんだよ」

「……………何ですか、それ」

「仕方ねえなあ、特別に教えてやるよ」

 

ニタニタと意地の悪い笑みは、彼女の頭に映る修平と変わらなかった。それは何よりも現実感を伴っていた。

 

◆◆◆

 

一方で、真由美は自身の筋力の低さを呪いながら摩利を引きずっていたところ。

 

「んん………!私って、こんなに力なかったかしら!?」

 

あるいは人の体重がどれだけのものか見誤っていたか、あるいは………

 

「甘いものでも食べ過ぎたのかしら、摩利………?」

 

そういうことにしておけば、いくらか心持ちも違うようになるというもの。

しかし、力の入りにくい姿勢というのもあるだろう、こんなことならいくらスパルタでも修平に体を鍛えてもらうんだったと一抹の後悔がよぎり、ヴォイテクであれば運ぶのに1分とかからないであろう期待を抱いた頃。

 

「会長?」

 

何とも都合よく助けはやって来た。任務を解かれた達也とバッタリ鉢合わせたのだ。

 

「ちょ、ちょっとヘルプミー」

「………了解しました」

 

根掘り葉掘り聞くことなく、達也は状況だけを見て端的に言った。さすがに先輩を引きずるのはマズイと、所謂お姫様抱っこで持ち上げる。

 

「ありがとね〜。助かっちゃった」

「構いませんが………渡辺先輩は保健室で休んでいたのでは?」

「ちょっとあってね。退避してきたの」

「どちらに運びましょうか」

「どこかソファに。生徒会室にあったかしら。今回の襲撃事件に関する報告も、そこでするから」

「了解しました。そういえば修平は?」

 

思わず流れでいつものように笑顔で応対しようとした真由美に、浮上する記憶がそれに対してストップをかける。

 

新入生の中に、()()四葉家の関係者が———

 

となると、マズイ。何がマズイって、それはもうマズイ要素があり過ぎるのがマズイ。とにかく修平と行動を共にしていた新入生は誰も信用しないというスタンスで、やり過ごすことにした。

 

「さっきオスカーちゃんがいないって言ってたわ。探し回ってるんじゃないかしら。そうだ、見つけたら司波君も彼に教えてあげて」

「そうでしたか。分かりました」

 

四葉の関係者がいるからどうなる?彼にとってどんな害になる?それは彼女にも漠然としか分からない。だがそれは逆に言えば、彼女は害になるというところまでは分かっているのだ。発言力で七草と拮抗する彼の家は、何かと黒い噂が多過ぎる。デマも紛れてはいるだろうが、火のないところに何とやら。そう呼ばれる所以は確かに存在するのだ。このままこの話題で続けるのは大変よろしくない。

 

「そ、れ、と。私が四六時中彼と一緒にいるなんて思っちゃダメよ」

「そうは思っていません。ただ、あえて言葉を選ばないとすれば、寂しがっておられるのではと」

「そんなことありませ〜ん。あの子ったら言葉は乱暴だし、私のこと歳上だと思ってないし、たまにグーで殴られるし」

「………そうですか。それがお嫌でしたら、俺が友人として注意しますが」

「いーのいーの。あれはもう、そういう性格なんだって割り切ってるから」

 

我ながら卑怯なやり方で捻じ曲げたと思うが、彼女はとにかく抵触するラインにまで話を変えた。探るために。

 

「私の話、どう思った?自分でも酷い話だと思ってるけど、貴方はどう?」

「自分ですか?そうですね………」

 

彼の身の上話には、必ず十師族が登場する。史上最悪な悪役として。それを聞いて家への忠誠心が表へ出るのか、出ないのか。真由美はそれを探ろうとした。

 

「失礼ながら、当然だと思いました。修平が会長を殺さない………いや、死なせまいとする理由も、復讐に染まるのも。あれほどまでに惨い話を聞かされては、果たして魔法師に正義などあるのかと、疑いたくなってしまいます」

 

まるでカンペを読んで話しているかのような模範解答。なるほど、仏頂面を貼り付けているだけかと思えば、彼はどうにも手強いらしい。真由美はアタックを仕掛ける。

 

「私はね、彼にあんな酷いことが起こってから、本当に今の七草家は正しいのかってずっと考えてるの」

「………それは」

「ここだけの話、二十八家がこれ以上彼に理不尽な理由て犠牲を強いるつもりなら、私は七草の名前を捨てても構わない」

「ッ………そんな、まさか。自ら数字を捨てるのですか?」

「いいえ、ちょっと違うわ」

 

これが彼女にとっての渾身の一撃なのだ。これでどうともならないのなら、後は野となれ山となれ。それほどにこの発言が、何を意味するのか、自分自身でもよく分かっているつもりだった。

 

数字落ち(エクストラ)にもならない。完全に数字付き(ナンバーズ)との関係を絶つわ」

「……………本気、ですか?」

「ええ」

 

一瞬驚いたような素振りは見せたが、別に十師族と関わりがなくたって驚くような言葉だ。放棄した権力は表立ったものだけ、裏では政府との密約を交わすほどに強大な力を持つ家柄で、得られる恩恵は計り知れない。それを捨てると言うのだから、魔法師とそれに関する知識を持つ人間ならば声をあげて驚くだろう。それがなかっただけ、達也は凄まじく冷静なのだ。

 

「何故そこまで………」

「可能性の話よ。あくまで、彼がそれを望むならっていう話」

「望めば、捨てるのですか?」

「当然よ」

「………それが、償いだから捨てるのですか?」

「ええ、そうよ」

「修平はそれを、どう受け止めたのです?」

「………もちろん、彼も止めたわよ」

「七草が空席になるからですか?」

「いいえ、違うわ。もっと人間らしい理由よ」

 

そこまで言ったところで、生徒会室は目前のところまで迫った。核心を突かないもどかしさが達也の心に残ったものの、今はそれより優先すべきことがある、とした。

 

「七草」

「十文字君、お疲れ様。ごめんなさいね、急にストップかけちゃって」

「構わない。反攻作戦とはいえこちらから攻めにかかるのは、正しいか迷っていたところだからな。………渡辺は保健室じゃなかったのか?」

「ちょっと保健室が使えなくなって。摩利はソファに寝かせておくから、始めましょう」

 

達也は言われた通りに摩利をソファに寝かせた。まではいいのだが、真由美がこの部屋から出て行って欲しいの代名詞、ご苦労様をいつまで経っても言わないまま会議は始まってしまったのだ。

 

「自分は失礼しても?」

「ああ、ちょっと待ってて。貴方にはまだ用があるの。それと防衛に参加した生徒としても話を聞くから」

「了解しました」

 

生徒会のメンバーが集まる様にも、もう慣れたものだ。達也は場違いを承知で各方面に指示を出す真由美を観察する。

 

手慣れたものだ。その高校生離れしているリーダーシップも、きっと七草家次期当主というとてつもないプレッシャーに流されて身に付いたものなのだろう。

 

………本当に、そうだろうか?

 

彼女は、贖罪の果てにあらゆるものを失う覚悟をしていた。聡明なのだ。だからこそ、それによってどんな結果が自分に降りかかるかを完璧に予知しているだろう。無用の長物となるそれを、何のために身に付けているんだ。

 

自分の頭に浮かんだ可能性を、彼は首を振って拒んだ。あり得ない。

 

「さて………司波達也君」

「はい」

 

指示を出された全員が生徒会室から退室し、部屋に二人きりとなった。彼女はえらく改まった様子で、達也を見上げる形で見据える。

 

「今回はありがとうね。貴方やお友達のおかげで、私達が想定していたより遥かに少ない被害で済んだ。建物の被害ね。人的被害は、死者がいないって意味でゼロ。本当に助かったわ」

「いえ、俺達は高校の生徒として当然のことをしただけですので」

「謙遜しちゃって。そういうところも妹さんにそっくりね。もうないとは思うけど、念のため第二波を警戒してちょうだいね」

「はい」

「それと………」

 

形式だけの話はもう終わった。真由美にとってそれは、あまりにも短か過ぎる戦いだが、ともかく自分は命を張るのだ。そう思うと中々素直に声が出ないが、無理やり喉をこじ開けた。怖気付いて許される段階はとうに過ぎたのだ。

 

「七草でも十文字でもない、十師族の()()()が彼を狙っているという情報が入ったわ。クラスメイト達とも共有して、貴方も気を付けてね」

「……………はい」

 

やや沈黙が長いくらいか。彼女が神経を張り詰めて一挙手一投足に注目していなければ気付かなかったほどの、ちょっとした誤差にさえ思えるほどの小さな綻びだった。

 

「さあ、早く早く。どうせ修平君は無茶してるんだし、私が止めないと!」

 

早足で、真由美は退室した。後に残ったのは、不気味な静けさと、まるでそこを支配するように佇む達也だけだった。

 

「………叔母上、俺です」

 

◆◆◆

 

保健室での戦いは、未だ終わらない。

 

「こんの、クソアマ………」

 

いい加減彼女のしつこさが天元突破して、ストレスまで暴発してしまいそうになるほどに、お互いがお互い拮抗していた。ジャブを身を屈ませて回避し、ストレートを受け流し、回し蹴りをスウェーで避ける。そうして避け続けて放つ修平のカウンターも、同じようにして女に防御されるか避けられるのだ。引き延ばし作戦が今となっては完全に裏目に出してしまったどころか、今度は修平自身がこの場に釘付けにされてしまったのだ。だからこの女は嫌いだと、心の中で悪態をつく。

 

「ああ憎らしい、恨めしい!罰という名目で、まるでダニみたいに楡井様にくっ付いて歩くなんて!重罪人の分際で!」

「うっせえ。普通に犯罪者が何言ってやがんだ」

「貴方がそれを言いますかッ!」

「言うんだよ。俺はもう()()じゃない」

「それで都合よく、殺しの過去から決別したおつもりですか?貴方の行いは、一生貴方に付き纏いますよ。魔法師どもは徹底的に叩くつもりですよ。無駄でしょうが」

「……………」

 

今まで饒舌だった彼の口が止まる。それにしびれを切らした女は素早く後退し、声を荒らげた。

 

「答えてください、『魔女狩り』!!本当に貴方は魔法師の敵なのですか!?」

 

保健室の扉が開き、彼の友人の耳にそれが届いたのは、驚くことになんと偶然だったのだ。

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