魔法科高校のアンチテーゼさん   作:あすとらの

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有惨

エガリテのメンバーによる第一高校襲撃事件は、裏から糸を引いていたブランシュの他予期せぬ襲撃者等あったものの、損害に関しては高校側に人的情報的被害どちらもなく、魔法科高校にとって完璧に近い形で終息した。

 

さて、今回の襲撃事件に関連するブランシュの摘発については、警視庁公安部が行ったことで日本支部は壊滅したとニュースで報じられたが、今回の件については表裏がある。真に見破られない嘘とは嘘の中に真実を混ぜて話すことであると、それに則ってシナリオは書かれた。警察官が動いたという真実の中に、それが公安部であるという嘘を。学校の生徒の手引きによって警察官が動いたという情報はそのまま揉み消し、数年かけて公安が調査した情報を元に摘発したことにした。情報提供や調査に関しては箝口令が敷かれているが、警察上層部の中でも一握りの人間しか知らない警視庁の秘密情報部が存在している、という噂がまことしやかに囁かれているとか。

そして表裏というのは、日本の深部に潜む十師族に関しても同じことが言える。今回の件の統制には十文字が動いたが、ブランシュと直接的な関わりがないと思われるガスマスクの襲撃者と右脚を引きずる襲撃者については十文字克人と七草真由美の活躍によって征伐されたとした。当然これは、魔女狩りの犯人『コーウィン』が学校の危機を救ったとなれば十師族にとっても印象がよろしくない。魔法師のコミュニティの頂点に君臨する彼らにとっての怨敵がMVPであってはならないからだ。それについては当人である修平も納得しているようで、寧ろ過去を暴かれるほどに注目されるような事態を避けられたのは幸いだった。それと現場を走り回る犬猫熊については、誰も触れていない。

 

今回、問題となった二科生の生徒は洗脳によって一科生に対する敵愾心が増幅されていたことが判明したために病院へと搬送された。彼女達に処分が下されないというのは、これが一科生と二科生という一種の身分制度のようなものと関連付けたくない、つまり制度が悪いと結論づけたくない、あくまで学校内部の問題として片付けたいお上の思惑もあるのだろう。そんな洗脳の症状は個人差があり、黒幕の近縁である司甲は完全な除去が困難なほどに脳を侵食されているため自主退学、壬生沙耶香はそこまで重症でなくとも完全な回復に1ヶ月ほどかかるらしい。

 

そして今日は、そんな壬生沙耶香が退院を迎える日。

 

「花束なんてデリバリーでもよかったんじゃないか?」

「いいえお兄様。こういったものは人の手で渡すことに意義があるのです」

「別に俺達、壬生ちゃんの友達ってわけじゃないけどね」

「修平君まで………」

 

退院祝いとして向かったのは達也、深雪、修平の三人だが、そのうち達也と修平はあまり今回の件について乗り気ではなかった。というのも、十人中十人が振り向く美女こと深雪が花束を持っていれば、だらしのない視線が集まるだとか、そういうどうでもいいこと以前に今回の件は懸念事項があり過ぎた。沙耶香は根が善良な生徒なので、罪悪感に押し潰されていないだろうかとか、未だ一科生に対する苦手意識はあるのではないかとか、とにかく列挙してもキリがないくらいにメンタルに関することが多かった。接触する許しが出たのが退院の日というのも、それだけ彼女にかけられた洗脳の恐ろしさを物語っている。

 

「あれ、三人とも、来てくれたんだ」

「当事者AとBとCだもんで」

「あはは………そっかあ」

「壬生先輩、退院おめでとうこざいます」

「うん、ありがとう、司波さん」

 

三人のまばらな拍手でも祝福として十分だったようで、沙耶香は本来彼女が持つ咲くような笑顔を見せた。

 

「壬生」

「あ、桐原君」

「桐原先輩?」

「なんだ、チャンバラ野郎も一緒だったのか」

 

病院から遅れて出たのは、沙耶香とのゴタゴタが極まった問題の一科生、桐原武明だった。楽しげに笑う彼女の笑顔を向けられてほんのりと両頬が赤くなるのを目ざとく発見した修平だが、それについては何も言うまい。一度は生死のやり取りをした二人でも、何かしらがあってそうなったのだ。そういう結果があるのだから、過程を疑えど結果が覆ることはないのだ。

 

「楡井、お前と話したい人がいる。それを伝えに来たんだよ。それだけだぞ!?」

「あっそ、それならそれでいいけど………。はて、病院で呼び出される覚えはないぞね」

「壬生沙耶香の父親の壬生勇三だ。楡井君、少し時間をいいかね」

「………構いませんが」

 

スーツを着こなす壮年の男性に対し、修平は特に頭を下げる様子もなく、寧ろ怪訝そうに眉をひそめて応対する。

 

「みんなは先帰んなよ」

「俺達はそうさせてもらうが、司波はどうする?」

「俺は待ちます。深雪はどうだ?」

「ええ、勿論。お兄様のご判断ならば」

 

桐原と沙耶香はそのまま帰路へ、司波兄妹は友人を待つこととなった。壬生父と修平は病院のロビーの隅まで移動する。

 

「まずは、娘を救ってくれてありがとう」

「………自分は自分の権利を守るために戦った。桐原さんや他の生徒がそうであったように。結果彼女が救われただけです」

 

その会話は、礼から始まった。礼は受け取らないと非礼とも言われるが、それを知ってもなお彼はそれを受け取らないことにした。それは彼の矜持にも関わることなのだが。

 

「娘にかけた言葉があっただろう。その中にあった自分がどうにかしなければならないという言葉の持つ意味だよ。あれは矛盾にも聞こえるがそうじゃない、だろう?娘は最後までその意味を考えたからこそ、洗脳が剥がれかかったのではないかな」

「あらら。そういう矛盾でヘイトを集めたかったんですが、見破られてしまいましたか。親子揃っては利発でいらっしゃる」

「どうしてそんなことをしたんだい?」

「彼女達の敵愾心は一科生にだけ向けられていたようで、その実自分達と同じ思考を持たない二科生にも向いていました。そういう気持ちを増幅させて強硬策を取らせ、さっさと三巨頭なり他の実力者なりに制圧させてしでかしたことを後悔させたかった。ただまあ、テロリストがバックにいるのが予想外だったので、あえなく失敗しましたが」

 

つまり彼は、この騒動をあくまで被差別階級である二科生のストレスが爆発したゆえの暴動で片付けるつもりだったと。そしてここまでを聞いて、彼が策を講じて事に臨んだのは分かった。それよりも………いや、そうだからこそ湧く疑問を、修平にぶつけた。

 

「違う。君ならば、無力化は簡単だった筈だ。どうしてそこまでの策を練ったのか、教えてくれないかな?」

「それは俺の能力を知っている人間しか湧かない疑問です。自分は貴方の生業について興味津々ですが」

 

もしやそれで探っているつもりなのかと、彼の心に若干の侮りが生まれる。

生じる最も疑問は、そこまでの策を練る必要があったのか否か。知らない者は修平を、魔法の才能がないにも関わらず魔法科高校に在籍する変人であるとするが、知っている者からすれば彼は『優秀な魔法師』程度が顔を真っ青にして逃げ出す強さの人間である。だからこそ、後者として壬生勇三はそう問うた。彼の能力と武装をもってすれば力押しなど容易いだろうに、そうしなかった理由とは?

 

「噂通り、ちょっとやそっとのことでは揺れないか」

「それはもう、訓練の賜物ですよ。三年程度の突貫工事ではありますがね」

「そうか………。恨んでいるかと思っていたが、普通に話してくれるんだな」

「あんた、娘の感謝とか言っときながら探ろうとするなんて中々図太いですね」

「許してくれ。私としても、娘が通う学校にいる生徒が()()()()()をするなんて思いたくないが、過去の記録はそう言ってくれないんだ」

 

しかし修平は、頑としてその話に持ち込ませようとしない。壬生勇三が職権を行使して1人の高校生を調べているという話から、話題を変えさせようとしないのだ。これは生半可な揺さぶりも効かないだろうと、勇三は一旦これを置いておくこととした。

 

「これだけは覚えていてくれ。これから世界は彼の世界大戦に匹敵する激動の時代に入るだろう。その中で君は、魔法師を凌駕する非魔法師として重要な立場に立たされる。君は言うなれば、ワイルドカードやジョーカーのようなものなんだ。そんな君の決断がどんな結果を呼ぶのか、どうか様々な想定をして欲しい。そして想定外に立たされたら、誰か頼るということも頭に入れてくれたまえ」

 

切り取ったメモ帳にボールペンですらすらと、彼の連絡先と思われる数字の羅列を書いて修平に渡した。差し出されたそれをいくらか凝視した後に、彼はそれを受け取る。

 

「どうも」

「いいんだ。ああそうだ、君の友人達はきっと、君を助けるために全力を尽くしてくれるだろう。特に………そうだな、司波達也君は、惜しみない努力をしてくれるだろうね」

「………それはまた」

「それと、いい姉上をお持ちだ」

「ありがとうございます」

 

蛇足とばかりに呼び止めて発せられた言葉は、彼にとって大きな意味があった。仲睦まじく喋る兄妹を遠くから眺めて、口を一文字に結んだ彼は、そんな訝しむ様子を隠して二人に声をかけた。

 

「帰ろうぜ」

 

◆◆◆

 

達也は、その鉄仮面のような無表情の下でひたすらに迷っていた。

 

今回のテロ事件は襲撃こそ大規模だったものの、目立った人的被害はなく、また損壊された器物もかなり少ない。完封に限りなく近い勝利を挙げたのは生徒や教師の実力もあるだろうが、それ以上に情報が大きかった。敵はどれだけの数で、どんな武装で、本命となる狙いは何で、突入経路はどこで、どこの誰が陽動で、得意とする魔法は何なのか。その事前情報の全てを網羅するのは、四葉でも困難なことだった。普通ならばそのような異常事態が起こる筈がないと一瞬困惑したが、後に分かったのは、それらの隠蔽を行ったのがエガリテと直接関係ない筈の『右脚を引きずる女』と『ガスマスクの男』だったことだ。

 

———エガリテやブランシュと距離を置きたいが、今回の襲撃で何らかの目的を達成したかった、ということか。

 

つまり、その男女にとって反魔法団体はあくまで目的のための捨て駒だったということだ。そしてその襲撃者に関する情報は現在も固く閉ざされている。噂では大亜細亜連合か新ソ連の工作員だとか、ただの腕が立つスプリーキラーだとか、差別を受ける二科生の近親者だとか様々な噂が流布されて、情報網は混乱しているのだ。どうやって死者の身元特定を現在進行形で妨害しているのか。その疑問が残っている。襲撃者のうちどちらかが生きているか、ブランシュの他国支部が隠蔽している、あるいは———

 

———あるいは、第一高校襲撃事件の当事者の誰かが内部から意図的に二十八家の情報網を混乱させている。

 

楡井修平が最も怪しいと、四葉を始め他の家も満場一致でそう思っている。何故なら、同じように彼の素性もまた謎に包まれているからだ。そしてこの状況で名家を混乱させたいと思う充分な動機があるのは、七草家曰く修平以外あり得ないらしい。

 

今自分達の少し先を歩き、電話で七草真由美に対して犬派猫派論争を仕掛ける彼が、魔法師に恨みを持つサイコパスな連続殺人鬼である可能性を達也は深く考えて悩んでいた。

 

◆◆◆

 

その日は彼女達にとっては暗黒の日だったと言う他ない。そうなったキッカケは些細なもので、端的に言えばそれは人の気分というひどく気まぐれで曖昧なものだった。

 

「なんだよ、三巨頭が揃って一年を圧迫面接か」

 

三人は笑わない。というより修平が、笑わせる気も笑うつもりもない。口こそ軽いが表情は威嚇するように目を吊り上げて睨むような格好となる。

突如招集がかかり、それについての連絡が10回以上入るという軽い嫌がらせを受けて生徒会室の門戸を開けば、待っていたのは三巨頭が勢揃いの現場。これはいよいよただごとでないと、猛烈に踵を返したい衝動に駆られながらも促されて、三人に対面する形で腰掛けた。生徒会のメンバーも、友人達もいない。これが、この高校での十師族とそれに近しい立場ゆえに知り過ぎてしまった人間の図であると考えれば、口にされる話題というのも予想に難しくないものだ。

 

「襲撃事件での立ち回りについては見事だった。あの正体不明の襲撃者については想定外だったからな、お前の臨機応変な対応のおかげで対処出来た」

「お前のことは嫌いだけど、あのキチガイ二匹が入り込んだのは俺の見立てが甘かったせいだ。落とし前をつけただけだよ」

 

十文字の言葉を、彼はやめてくれとばかりに跳ね返す。実際その修平の言葉には、今回の侵入が自分のミスでなければあの二人に何百人殺されようが静観していたという意味も孕んでいて、彼ならそれを平気な顔で実行に移すであろうことも、三人は承知している。事実彼は、自身に立ちはだかる障害としての襲撃者以外に驚くほど無関心で、銃を持った有象無象はほとんど三巨頭含む上級生のエースや教師が片付けた。

 

死ぬなら勝手に死んでくれて構わない。

 

どこかでそれが、彼の子供らしい強がりであるだろうという見通しが甘かった。彼は本気だったと後悔する頃には、手遅れ一歩前まで追いやられていたのだ。そんな彼でも………否、そんな彼だからこそ、摩利の進言によってこの場は設けられた。

 

「回りくどいのは嫌いだ。私の口から言うが、君の()()を聞かせてくれないか」

「事情………事情ねえ。どの辺りから?」

「今の君に繋がることなら、全てだ」

 

十師族の中で彼の事情に最も詳しいのは、当事者である七草。十文字はそれを影から静観するか、あるいは茶々を入れるだけに過ぎなかったため持っている情報は少ない。現役の十師族でこれなのだから、師補や百家、数字落ちが流れる情報量などたかが知れている。そういう打算的なものではないかと修平は信じて疑わなかったが、こればかりは違う。単に上級生が、年長者として訳ありの下級生の事情を知っておきたいというだけ。あるいはそこから渡辺摩利個人が何かを掴めればという、それだけのことに過ぎない。

 

「分かってる癖に。俺に嫉妬した七草が俺の肉親をぶっ殺して、その後俺を拾ってくれた恩人までぶっ殺そうとして。ムカついたから魔法に対抗できるモン発明して、復讐でぶっ殺し返した。それだけだよ」

 

彼は放り投げるように雑な言い草だったが、それも仕方のないこと。あまり彼にとって触れて欲しくないエリアなのは百も承知だが、ここでやっぱり何でもないので忘れてくれとはならない。少なくとも彼の向ける敵意が、全てではないとはいえ無差別的である限り、あるいは彼の()()()()がテロリストとして攻撃を仕掛けてくる限り、そして彼を彼たらしめる怨嗟が分からない限りは退くわけにはいかない。

 

「何故七草は………いや、数多の魔法師は君の家族を手にかけた?」

「目的を妨害して抵抗したから」

「目的とは?」

「言わせんな。いや言うけど。俺をぶっ殺すことだよ」

 

彼も徐々に、素直でないとはいえ事情を話し始める。魔法師の咎をぶちまけるにはいいチャンスだと思ったのだろう。生徒会のメンバーや彼の友人がここにいない理由にも合点がいっている様子だ。というよりさっきから、観葉植物の鉢に仕込まれた隠しカメラをチラチラ見ている。カメラ越しにこの部屋を監視している誰かさん達にバレないようにチラチラと。

 

「ではこれから核心を突くぞ。何故魔法師は君を殺したがる?」

 

そこまでバレているのなら、変に気遣う方が不自然というもの。摩利は意を決して、前もって報告をした上で彼の生い立ちの核心を突いた。

 

「妬ましかったからだよ」

「………は?」

 

こんなことを聞いたら怒るのではないか、それに留まらず命のやり取りにさえ発展してしまうのではないか。そんな彼女の不安は、彼の気の抜けた声と答えによってみるみるうちに萎んで消えた。

 

「私は真面目に、君への理解を深めたいと思ってだな」

「大真面目だわ。胸焼けするくらい大真面目だわ。逆にふざけんなタカラジェンヌもどきコラ」

 

思わず閉口する。十文字はいつものように冷静とはいかず、眉をひそめて静かに驚愕の意を示し、真由美は修平を直視したくないといった頭を垂れて右手で目を覆っている。家庭の事情が事情なのでその辺りの込み入った件については摩利の耳に届いていなかった。彼の両親は犯罪者やテロリストなどではなく、ただのどこにでもある普通の家庭の普通の親だった。当然そこに、犯罪者以上の死ぬべき道理など存在しない。薄々感じてはいたが、それでも。同じ魔法師だからという贔屓目があっても、摩利の仮説が現実であって欲しくなかった。

 

魔法の才能は家柄とそれによる遺伝子———

 

名家であればあるほどに、魔法師のトップとしての英才教育を———

 

楡井修平は中産階級から生まれた神童で———

 

そのマイナスにはたらく仮説は確定され、現実のものとなってしまったのだ。

 

間違いない。間違いなく彼を祝福した両親は、殺されてしまったのだ。

 

優秀な血統を超える神童の良き両親であったがために。そして修平もまた、優れていた。その妬み嫉み。言葉にすればたったそれだけのことで彼は家族との幸福な生活を引き裂かれてしまった。

 

「そんな………馬鹿な………」

 

一瞬にして、自分の信じる正義が瓦解してしまった。魔法師は一般社会ではまだまだ少数派、だからこそ反魔法組織に代表されるように虐げる者がいる。自分達は虐げられる側で、そんないわれのない誹謗中傷に立ち向かう『正義』の筈だったのに。やっていることは罪のない家族を権力で押し潰す悪辣そのものではないか。

 

「何だっけ、俺とその家族がある発明を使って魔法師を無差別に殺傷しようとしてるから征伐するだっけか、建前は。なあ、七草」

「……………ええ。建前はそうよ」

 

何てことを———。

 

実際に、その楡井家テロリスト論は存在したのだ。———妬み嫉みを補強するものとして。『天才なのだ、魔法師に対抗する何かを開発してしまうかもしれない』という嫉妬由来の被害妄想に似た危機感を募らせた、その結果が、あのような………。

 

残酷で、生に無頓着で、狂っていて、どうしようもなく哀れな彼になってしまったとでもいうのだろうか。

 

「まだ話していないことがある」

 

不意に、克人が口を開く。あまりこちらから突っ込むべきではないと声に出そうとしたところだが、この話題での彼の本気の拒絶はおそらく言葉だけでは済まなくなる。

 

「お前のその後………二年前から始まった魔女狩りとしてのお前についてだ」

「ああそっか。そういやそうだった。いやでも、ないだろ話すことなんて。今まで俺がやってきたみたいに殺したんだよ。分かるだろ言わせんな恥ずかしい」

 

克人は重々しい口調で続ける。魔女狩りについては、二十八家に限らず『そこそこ有名な魔法師の家』程度にも情報は伝達されている。それほどまでに当時の彼は危険で冷酷で狂気じみたな人物だった。そしてそれを示すものが、今手元にあるのだ。送り主については不明だが、日付は襲撃事件の前日。十中八九あの二人のどちらかであろう。風紀委員で支給されるものと似た型のボイスレコーダーをテーブルの中央に置き、再生ボタンを押す。流れたのは、いくらか若い修平の声だった。

 

『………なんだ、親父も魔法師なのか』

 

どうやら電話をしているようで、彼の声以外には何も聞こえない。

 

『ああ、姉君は美人さんだったよ。美人過ぎて殴り殺したのがもったいないくらいだった。ああいや、原型はちゃんと残ってるからご安心を。次からは毒にでも切り替えるかな。………そんなに騒ぐなよ。俺だって心が痛いんだぜ?二個くらいしか違わない歳の女の子の息の根を止めるなんて。でも仕方ない。だから、騒ぐなって。安心しなよ。天国に行けるように俺も祈っといてあげるから』

 

耳を澄ませると、声は聞こえないが音が聞こえる。コンクリートのような硬い床の上で、何かがもぞもぞと蠢く音だ。彼が『殺す』や『息の根を止める』といった直接的な言葉を口にするたび、音は大きくなっていく。間違いなく、彼に囚われた被害者だ。

 

『調子に乗るからだ。嗅ぎ回ったのが悪い。それに真実を消したのは、貴方が可愛がっていたご令嬢なんだぜ』

 

直後に、何かを踏み潰す音。おそらく通話に使っていた情報端末だろう。そして、ゴトンという鈍い金属音。

 

『グッバイ、美人さん』

 

そして響き渡ったのは、骨が割れる高い破砕音とそれの中に混じった肉が叩かれる間の抜けた音。その耳障りの悪い音を最後に、ボイスレコーダーはノイズだけを吐き出した。

 

「覚えているか?」

「もちろん」

「どんな気持ちだった?」

「達成感に満ち溢れてた。あれは一撃がこれまでにないくらい綺麗に入ったんだ。おかげで頭骨の陥没も少なくて」

 

録音されていた音声の年月日は2093年の夏の日を指している。あの日の一大ニュースは、親魔法師派で選民思想主義者だったさる巨大重化学工業コングロマリットのCEOの娘、その三姉妹が不可思議な失踪を遂げ、そのうち次女と三女が遺体で発見されたことだ。当時15歳だった長女は未だ行方不明、そのCEOの()()()によって今も警察消防が捜索しているが、最早生きて帰れはしないだろうと、探す場所も川の底だったり山の中だったりだそう。

 

「言いたいことは分かるか?」

「分かるさ。もう関係ないからぶっちゃけるが、右脚を引きずるアイツがそうだよ」

「やはりか………」

 

ようやく噛み合った、と克人は内心で胸を撫で下ろした。ようやく重大な惨殺事件に光が当てられたのだから。しかし手放しに喜べる筈もない。

 

今、殺人罪で楡井修平を告発することは絶対にできない。

 

理由は単純。彼は十師族の陰謀によって殺されたも同然、彼はその陰謀の証拠というとてつもない爆弾を隠し持っている。未解決事件の犯人逮捕にメディアが飛びつかないわけがない。多くの人も関心を持つだろう。そんなところで、彼がその爆弾を起爆させたらどうなるか、想像に容易い。情報統制でどうにかなるような規模じゃない。

 

「奴らは俺の努力遺伝子と体に身に付いたボディイメージの能力を欲しがった。だからそれの全盛期である10歳の秀平を俺のクローンとして作り上げた。方法は知らんけど。企業努力じゃねえの?」

「それが君と戦ったガスマスクの男というわけだな」

「クローンですか………。技術的には可能でしょうが、まさか本当にそんなものが」

「ちなみに違法だ。遺伝子やら脳みそそのもの、それで生まれる特許や利権を独占したいがために会社は十師族と手を組んで、楡井秀平を死んだことにした。証拠もある」

 

そして彼は恐ろしく用意周到で、自分にされた仕打ちの全てを証拠として残しているのだ。並みの精神力ではそのようなことは出来ない。彼は例えるなら食虫植物のようと言うべきか、彼の脅威を知った者は彼を亡き者にしたいか、あるいは彼の体は謎の宝庫であり、それを見破りたいと強く思う輩が吸い寄せられるのだ。彼はそんな輩に食いついて離さず、養分を吸う。具体的に言えば『大量殺人で裁かれない』『一般人の身分でありながら十師族と対等に渡り合う』『本来ならば違法である武器の所持と使用を黙認される』等々。

 

「用意周到だな」

「だからこうして生きていられるんだ。あんたらがこれ聞いて何がしたいんだか知らんけど、お互いが幸せになる選択をしような」

 

虫の居所がが悪くなったようで、彼は白々しくそう吐いて席を立った。

 

「最後に、俺が一番気になっていることに答えてくれないか」

「………いいでしょう。楡井さん優しいから」

「お前は七草が憎い筈だ。ならば何故、手を下さない?それどころか、近寄るような真似をするんだ?」

 

意外だとでも言いたげに、修平は目を丸くして驚いていた。暫し立ったまま熟考すると、やがて考えがまとまったようで、口を開く。

 

「そいつが反省してるから」

 

やはり彼は狂っていると、その答えを聞いた時に克人はそう思わざるを得なかった。たとえ彼に、どんな悲惨な過去が隠されていたとしても。

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