魔法科高校のアンチテーゼさん   作:あすとらの

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過去編つくるか悩みどころ。いるんですかね、そういうの………


しゅうへい

その日から彼は、学校を欠席した。

 

原因は最早言うまでもないが、彼の告白だ。彼は昨日二年前の行いを全て告白した。誰をどんな理由で、どんな方法で殺害したのか。その時どんな気持ちだったのか、二年経ってどんな気持ちでいるのかの全てを。彼は最初、自分を貶めた十師族の罪と自分の殺人を道連れにして共に落ちるところまで落ちるつもりだったようで、饒舌に語っていた。しかし最後は意地になって全てをぶちまけた。嫉妬と被害妄想によって肉親が死んだこと、加害者の七草家がそれを『征伐』と言っていたこと、肉親が死んで傷心の彼を拾ってくれた恩人を殺しかけたこと。記録できるものならやってみろとばかりに、その時の映像と音声をご丁寧にその場で再生させていた。

そして直接ではないが、責めた。それはそれはしつこいくらいに真由美を責め立てた。それを彼女は甘んじて受け入れ、キツイ皮肉や雑言の全てをその身で受けた。あの邂逅が終わってから彼女は気丈に振る舞っていたがやはり相当なダメージを負ったようで、一人でいる時はかなり意気消沈している。翌日になってからは更にダメージが増加したようで、ただ沈んでいただけの昨日に比べて精神が安定していない。独り言が多くなったり、皮膚が赤くなるほど掻き毟ったり、冷や汗を流したりと、情緒不安定になっているようだ。手を打たなければいずれ隠すことがストレスになり、悪化していくだろう。

そして三巨頭の中では最も彼に疎い摩利、カメラを通して別室でモニタリングしていた同級生達は、自分の選択を後悔した者も少なくない。それはひとえに、背負うものが重過ぎた。

 

「33人だそうだ。楡井が殺害した人数は」

 

克人の静寂を破る声は、本人の声質もあって鈍重な空気を更に澱ませた。室内にいるのは摩利と、生徒会のメンバー。本来この情報は三巨頭の内のみで秘匿する筈だったし、七草と十文字もそうするつもりでいた。しかし摩利の強い反対や真由美が持つイデオロギーへの疑問などで、なし崩し的にこの場が設けられた。心身喪失に備えて、本来ならこうした話題の中にはあまり似合わない中条あずさの姿もあった。

 

「政治的思想を持たない単独犯としては日本最多ですね」

「まさか犯罪者が入学していたとは………」

 

反応は様々だった。市原鈴音は会話の中で、所謂サイコパス的思考回路の片鱗をキャッチしていたため、33人という犠牲者の数に圧倒されながらも表情を崩さなかった。しかしあずさは、周囲を落ち着かせる役割を担いながらも、新入生勧誘期間に少しいたずらっぽく話した彼が連続殺人鬼というショックを隠し切れていないようだ。

 

「しかし、妙に慣れていたのにも頷けますね」

 

と、ある時好き放題殴られ蹴られた生徒会副会長、服部は語る。あの時の彼は、服部の態度や言葉に腹を立てていたとはいえ人を傷付けるのに迷いや躊躇がない。それどころか、どこか楽しんでいるようにさえ見える。摩利は大きく溜め息を吐いた。

 

「これは誰がどう悪いんだ………?」

 

思わず心にしまってあった本音が出る。彼が狂った一連の流れは、果たして魔法科高校にいる誰かが絶対悪なのだろうか?当時七草の運営に関わらなかった真由美を責め立てていいものなのか?しかし、そうでなければ彼は両親を不条理に奪われたことについて閉口しなければならないのだろうか?どこか善悪が曖昧になってしまっているような気がしてならない。だからこそ彼女は、迷った。彼をイカれた殺人鬼と軽率に断じていいものか。

 

「十師族が元凶ということでよろしいのでは?」

 

しかし、そんな彼女の迷いを知ってか知らずかそう声をあげた者がいる。鈴音だ。

 

「それは………どういうことだ?」

「言葉の通りです。彼の両親はテロリストでも犯罪者でもない、普通に彼を愛しただけです。ならばどちらが悪いかなどに議論の余地はありません。全ての元凶は、嫉妬というくだらない感情に支配されて理不尽に市民の命を奪った七草側にあると、そう判断すべきではありませんか?」

「…………………」

「………何か?」

「いや、少し意外でな。てっきり真由美の肩を持つかと思っていたから」

「私だって善悪の区別くらいはつきます」

 

どこまでもクールに決める彼女だが、すぐにそれが、決して彼を肯定しているのではないということに気付く。単に彼女が信じる正義を優先させたのは、きっと彼女の中に元々あった不信感のようなものが修平の登場によって爆発した結果だろう。魔法師の能力が生まれ持つ才能に大きく左右されるのはどうしようもない不変の事実であるが、彼は魔法の才能ではなく一般的な学術を努力で身に付け、その結果魔法を凌駕するに至った。彼を嫉むくらいならば、見習うべき点を見習おうとしなければならないのではないか。成長志向の彼女らしさが出た考えである。

 

「私も………、魔法には才能が大事っていうのは分かりますけど、だからって楡井君のご両親のような仕打ちは………」

 

あずさも、いつものおずおずとした様子が抜けないながらもそう言った。魔法の世界は才能が是であったたとしても、それは他の才能を刈り取っていい理由にはならない。

 

「服部副会長はどう思った?」

 

人道的にも許されることではないとの結論で一致した摩利、鈴音、あずさ。しかしそこに水を差しかねない人物に話を振る。

服部副会長は典型的というか、分かりやすいくらいに魔法至上主義者だ。人事に乏しかったため差別反対を掲げる生徒会長の下についているが、そうでなければただ実力がある魔法師でしかなかったであろうくらいに、彼は色々露骨過ぎる。しかし今回は話題が話題、下手なことを口走ればいよいよ彼の命の灯も修平によって消し去られるのではないか、と慄きながらも話しかける。

 

「自分は………間抜けな話だな、と思いました」

「………と、言うと?」

「七草は、いつか楡井が溢れる才能で魔法師を脅かすかもしれないという被害妄想に取り憑かれて両親を殺害した。でも当の楡井は逆に、両親を殺害されたことによって魔法師を脅かす存在になった。つまり七草家は、自分達が抱く被害妄想を他ならぬ自分達によって現実のものにしたのです。これほど間抜けで皮肉な話もないでしょう」

「なるほど………それは、確かにその通りだな」

 

確かにそうだ、と皆が納得した。七草家はただ彼の怒りに触れたわけではなく、自分達のミスによって藪を突いて蛇を出したのだ。魔法師による一強体制を崩したくないという願いで行った理不尽な殺しは、かえって体制の終わりを早める結果となってしまった。服部の言う通り、どうしようもなく荒唐無稽で間抜けで皮肉が効いた話だ。身を滅ぼすきっかけを作ったのは自分自身。これは壮大な自滅でもあるのだ。

 

「しかし、ヤツも相当賢い」

 

苦々しそうに服部は吐き捨てる。

 

「33人も殺していればそれだけ証拠も残るでしょうに。それでもヤツは逃げおおせた。そして自分の罪が露見しない環境まで作り上げたのです。十師族の一大スキャンダルという盾を使って」

「殺しも相当洗練されているのでしょう。状況証拠しか残らなかったのかも」

 

鈴音もそれに続いた。土台もない状況で一からスキルを磨くには相当な努力が必要だ。その相当な努力を可能にした原動力は、許容量を超えた憎悪と憤怒と怨嗟だろう。それで彼は強くなった。最初はまず殺しの技術から始まり、次は戦いの技術へと。そして戦いの技術と同時に、魔法を無力化する技術もゼロからスタートして積み上げていったのだ。相当な努力を積み重ねたのだろう。

 

「君も意外だな」

「何がです?」

「君と楡井君は相性最悪だと思ったが」

「ヤツが魔法力で劣っているのは事実ですが、それ以外のヤツを構成するものには関係ありません」

 

彼は至上主義者ではあるが変に正直だ。優越を覚えるところは全力でマウントを取りにかかるが、それ以外にどうこうということはしない。生まれ持った性質なのか、あるいは顔にフックを喰らった時に頭を揺さぶられただけかもしれないが。

 

「彼のあんな側面を知ってしまったんだ、いつも通りとはいかないだろう。だがそうなった責任の一端が彼でないことを心に留めておいてほしい。以上、解散」

 

精神が不安定になった生徒会長、思想のせいで引っかかるであろう副会長、家柄の問題に加えて事情を深く知らないため彼の問題に突っ込めない部活連会頭に代わって摩利が指揮を執っていた小さな会議はここで解散となった。

 

「渡辺先輩」

「どうした、服部」

「会長の様子は?」

「あまり芳しくない。後悔と罪悪感で相当摩耗している。手を尽くさなければいずれ限界を迎える」

「限界を迎えると………どうなるんです?」

「………無事では済まないだろうな」

 

彼女を慕う服部の顔は歪んでいく。やはり彼女が不安定になるというのは酷くショックなのだろう。そしてそれ以上に、何も出来ないという無力感や寧ろ何もしない方がいいというもどかしさが彼の心を苛む。

 

「今は任せるしかない。彼の言葉の方が真由美にとっても心に響く重いものなんだ」

「良くも悪しくも、ですか?」

「そうだな………」

 

魔法師を強く憎みながら、彼女に武力というかたちで復讐を成そうとしない修平。そんな彼がどのような言葉をかけるのか、正直なところ不安だけが摩利の心に残っていた。

 

◆◆◆

 

彼女にどんな言葉をかけ、どんな表情を向けるのか。修平に与えられた時間は多くなかった。ズルズルと時間引き延ばし、昼休みも時間いっぱいあれはダメだコレはダメだと悩み続け、結局固まったのは放課後になってからだった。その間に彼は誰の助けも借りることなくあれこれ考え抜いたが、今になってそれは正しかったのだという確固たる自信があった。きっと人々は、穏便に済ませろだの身を削ってでも立ち直らせろだの、七草家のことだけを彼女の中に見るだろうから。片方が十師族という時点で、事態の中立というのは失われている。そんなもの許せるかと、単身参った次第なのだが。

第一高校図書室、特別閲覧室前。そこで彼女は彼に背を向けて不動のまま立ち尽くしていた。

 

「帰ったと思って一回お前ん家まで行っちまった。何してんだこんなとこで」

「……………」

「どこ探したってもうテロリストはいねえぞ。それともアレか、1匹見たら30匹いるみたいなアレなのか。それ人間にも有効なのか」

「……………」

「シカトですか、そういうことするか。小学生かお前」

 

彼とて鈍感ではない。今の彼女にとって、事の張本人と会話をすることがどれだけ苦痛か、具体的にこうとは言えないがそれなりに分かっているつもりだ。彼女の望みは単純で、今は彼と会話したくない。もしくは視界に入れたくない。考えたくもない。それら全てを満たしていなければ不安と責任感とそれから派生する重圧で狂ってしまうだろうと、自覚があるのだ。当然その気配を彼も察知している。その察知を真由美も承知している。しかしそれでも、無視を決め込む上級生とそれを破ろうとする下級生の攻防は続いた。事態が動いたのは、彼が振り向かせようとする数多の言葉の中にあった。

 

「今どんな気分だ?」

「……………」

「ちなみに俺は、いたいけな少女とその妹を追い詰めてる悪者になった気分だ」

「……………それはッ!」

 

それは違う、と真由美が言いかけたところでハッとする。彼女は頑として彼の顔に自分の目を向けなかったが、頭の中の彼はいつも通りこちらを煽るようにニタニタと笑いながら言葉をかけているのだろうと、そんな妄想があった。しかし釣られて彼の顔を見ると、それが妄想であったがそれでしかなかったことを知る。彼は笑うどころか睨んでいるようで、その言葉にも若干の怒りが隠しきれておらず滲み出ている。

 

「やっとお話する気になったか、散々自分の世界に入りやがってこの野郎」

「………ごめんなさい」

 

理由は修平の言葉に全て詰まっていた。傍から見ればこれは彼の方が絶対的な悪人になっているからだ。上級生から言われて真実を話して、魔法というものの負の側面をわざわざ見せたというのにその帰結がこんなことかという怒りでもあるのだ。

 

「謝ってほしいわけじゃない。上級生サマから言われたとはいえ、そうさせたのは俺だからな」

「………じゃあ何で?」

「お前が狂いに狂って屋上から飛び降りたらどうしようかと思ってな」

「そんなこと………しないし」

「俺の目ぇ見て言えやコラ」

 

これだから彼女を放っておけない。何せここで狂乱しながら屋上まで走っていってそのまま屋上からフォールしてしまうのではないかという懸念が絶えない。何せ、二年前も同じようなことがあったから。あれは確か、彼女が初めて七草家と修平の闘争とその背景を知った時だ。その時も彼女は当時高校1年生の女子が背負うには重過ぎる荷を背負おうとして潰される寸前にまで追い込まれた。彼が駆けつけるのがあと1.5秒ほど遅れていたならば、今ここに彼女はいなかっただろう。

 

「病んでるよお前」

「………そうさせたのは貴方でしょ」

「そりゃそうだ。だけどお前に死なれるのは俺が死ぬよりずっと困る。お前の命の危機とありゃあ俺は文字通り死ぬ気でお前を守るよ」

「そのセリフ、もうちょっと純粋に言って欲しかったわ」

「不純にさせたのはお前だ」

「そうね………」

 

またも、辺りを沈黙が支配する。彼女がそのような仕打ちに耐えられないと感じるのも時間の問題だろう。だからこそ彼はあえて数秒を沈黙に浪費し、まるで世間話をするかのように平然とした口調でこう話す。

 

「俺は七草が大嫌いだが、あんた個人のことは嫌いじゃない」

「………へ?」

「正確には、嫌いじゃなくなってきてるが正しいかな」

「………え、そんな、だって、それは………ええ?あれえ?」

 

混乱するのも無理はない。およそ好きとは正反対とも言える言葉を散々浴びせられて今に至るのだから、寧ろそれを嘘だと突っぱねない彼女の懐の深さと存外な冷静さについて喝采を送ってもいいほどだ。

 

「………どうして?」

「さあな。四人で脳内会議した結果なのか、一番怒り狂ってた人格の溜飲が下がったのか、もしかしたら今の俺のやり方に納得したのかも」

「納得………?ちょ、ちょっと、ちょっと待って、今凄く聞き捨てならないこと口走ったわよ貴方」

 

先程の、心の奥底まで病み尽くした彼女の姿はどこへやら。彼の口からさも当たり前ですよねとばかりに平時のトーンで発せられた言葉に食いつく。彼の言葉には、まるで人格にまとまりがないような意味が孕んでいると感じられるものが含まれている。『もしや、いやいやまさかそんな』と、現実を見て立てられた仮説とそうであって欲しいという願望の間でせめぎ合う彼女は、ようやく疑問符の言葉を絞り出した。

 

「貴方の人格が分かれてたことは知ってたけど………え、何、私を生かすことについては今の今まで人格双方納得してなかったの?」

「うん」

「えぇぇぇぇ!?!?」

 

彼のまさかのカミングアウトに、彼女の胸中と表面に思わず瀟洒な生徒会長としてでもなく、七草家のご令嬢としてでもない素の自分が出てしまった。

彼は性格こそ粗雑な面が出ているが、その実恐ろしく用意周到で完璧主義者、あえてパフォーマンスを披露するようなことがあってもそれによってボロを出すことはない。だからこそ彼女は、勝手に思い込んでいた。彼にとっては、四つに分裂した人格でさえも己を隠す武器の一つなのだと。しかしあっさりと彼が吐いた一言で、今その前提が音を立てて崩れ去った。

 

「激おこ人格の方はずっと考えてたよ。どうすればお前を、十師族から完全に隠して暗殺出来るか」

「ウッソ………」

「マジマジ。その度に色んなとこでストレス発散したりさあ」

「ちなみに具体的にはどんな?」

「そりゃもう、主に一科生相手に。二科生の反撃ってことにすれば大目に見られるし。これ以上具体的に言って欲しいならお前の精神状態と相談してもらうが」

「………やっぱりいい」

「そうしとけ」

 

つまり彼は、真由美の死をもって復讐を完了とするかなりの過激思想を完璧に制御出来ず、常に戦っていたということだ。彼女の背筋に悪寒が走る。彼は言葉を濁したが、つまり自分の接し方を間違えるかあるいは彼の機嫌次第でどうにかなってしまっていたということだ。もしもあの時の冗談を冗談と受け止められなかったら?もしもあの時かける言葉の選び方を間違えていたら?過去の話にたらればは無意味であると知っていてもそんな悪い方向への妄想が止まらない。

 

実際、危うい場面があったのか。そんなことを聞くような度胸は彼女にはなかった。

 

「何で魔法師アレルギーの俺が、こんなとこに入学する気になったと思う?」

 

彼の中で些細なその話はどうやらそこで終いになったらしく、彼は更に話題を変えた。魔法師を忌み嫌う彼が、どうしてこの高校に入ろうと思い、実際こうして行動に移したのか。しかしこれは彼が本人の口から言ったことだろうと訝しげに答える。

 

「私を見張るためでしょ?間違った気を起こさないように」

「それだけじゃないんだな、これが」

「え………」

「もう友達にも知られた。だから今こうして話すんだがな、言うなればお前は人質だ」

「……………」

「それと先輩がそんなバカみたいなツラしてたら名前負けするぞ、七草のお嬢様」

「………悪かったわね。こんな荒療治じゃないと治らないような面倒くさい女で」

「安心しろ。そこまで期待してない」

 

いちいち言葉がカンに触る。しかし彼の言ったこともまた事実なのだと思えばああして罪悪感に押し潰されるというのもまた馬鹿らしいと考えるようになってしまった。

 

今この瞬間、彼の復讐は為されている。自分はこうすることで償えているのだ。まったく自分でも嫌な話だが、都合がいいと言われようと、そう念じると真由美の心は少し楽になった。

 

◆◆◆

 

『それで、達也さん。どうだったかしら、楡井修平君は』

「………それは戦闘能力を評価しろということですか、それとも人格や精神面を観察した結果を報告しろということですか」

『両方話してもらえるのかしら』

 

達也は声だけしか聞こえない自身の叔母の声を聞いて、苦々しそうに歯噛みする。その音が相手に伝わるというわけでもないのに。その理由は過去の確執というだけに留まらず、今こうして話している要件についてだ。

楡井修平の評価。言葉はいいが、やっていることは諜報と何ら変わりない。そして四葉がそうする原因は彼の実力と人格にあるのだろうが、逆に言えばその二点でしかない。彼の過去も、十師族の因習も全て含まれず、四葉に言わせれば原因ただ彼の要素でしかないのだ。まったく汚い。汚れきっている。だが、逆らうことは許されない。そんな凄まじいジレンマを抱えながらも答える。

 

「予想以上ですね。あれでは魔法師が返り討ちに遭うのも無理はないかと。徒手格闘の腕前もそうですが、魔法式に介入するウェアが厄介過ぎる」

『そう。それは対処不可能なのかしら』

「彼は博打をするタイプじゃない。何らかのバックアップがあると考えた方が妥当でしょう。そのバックアップが不明な以上は、武装もありますし手も足も出ないかも」

『……………情緒は?』

「入学当初に比べて安定しています。支配率の差だと本人は言っていましたが」

『分かったわ。ありがとう。観察を続けて、必要なら介入しても構わないわ』

 

まるで野生動物を観察するように言うんだな———。そう言いかけた自分を律し、達也は、はいとだけ言って通話を切ろうとした。これ以上の会話には期待していない。お互いがそうであろうことを考えれば余計な話はしないことが一番だと。

 

終了しようとした時、端末からノイズが走る。

 

「………?」

『達也さん?これは何事かしら』

 

どうやら向こうでも同じ異常が確認されているようで、しかし彼は原因究明のために急いで分析を始めるためそれどころでない。まさか何者かに通信を傍受されているのかと、危機感が募った時にはもう遅い。その仮説は最悪な結果を伴ってやって来た。

 

「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン!!!』

 

その犯人は、ボリュームも気にせず大音量で声を張り上げた。楽しくて仕方がないといった具合に、不自然なくらいにハイテンションで。そしてその声は達也にとってごく聞き慣れたもので、それが衝撃を呼んだ。

 

「修平………!」

『そうですよ、修平君ですよ。いやあ〜仲睦まじい親族の会話に口を挟むのは憚られたんですがね、致し方なし。初めまして四葉のお姉さん。名前も顔も知らんけど。楡井です』

『あらあらご丁寧に。四葉真夜よ。よろしくね』

『やだなあ、よろしくするんですか?マジで?俺は確かにお付き合いするなら断然歳上派ですけど、年の差ダブルスコア以上はちょっと』

『まあ、生意気な子だこと』

『ははは。まあそんなこと言わずに』

 

まずは弁解を考えた。話を聞いた限りでは、四葉も彼にとっての敵になるはずの存在だったし、右脚を引きずる女の話もあった、彼は相当警戒している筈だ。しかしそれでは、弁解するようなやましいことがあると彼に教えるようなものではないか。瞬間的にいくつものシミュレートを行なったが最適解を得られない中で彼はやけに上機嫌だった。それは悪い予兆を常に表して来た。

 

『腹を割って話そうか。司波達也君よお』

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