彼が去り際に残した言葉。反省しているから生かしたという言葉。その言葉は、彼の狂気を見てしっかりと浸かった三人にとって何を意味するのかという真意を驚くほど早く理解できるものだった。つまり何が言いたいのか?彼は両親の仇である家族の次期当主候補に対して、殺してやりたいという復讐心を抑えつけてそのような判断を下した。真由美が家の判断を間違いだったと認め、己を悔いたというのは真実だ。彼女は自分の家がしでかしたことについて深く悔悟の念を抱き、どうにか償えないものかと頭を悩ませた。それに対しての彼の返事が、これだ。
生きて、自分ならばそんな間違いは起こさなかったとひたすら悔やみ続け、どうすれば罪を償えるのかとひたすら悩み続け、罪悪感と後悔に苛まれながら長い人生を生き続けること。それが修平の出した答えであり、最も有効な復讐だ。死んで楽になろうなどと、この世のしがらみから解放されようなどと。そんなことは絶対に許さない。七草家とそれに関係する家は、両親を殺したというスキャンダルを握られ、魔法師にとっての仇敵たる修平を庇い、時に彼の言いなりになりながら彼によって
それが、喪失という絶望に打ちひしがれた一年と、壮絶な怒りに支配された二年で考え抜いた結果だ。そしてこれらの復讐は、何一つとして欠けてはならない。七草真由美の死も許さない。それが魔法師の天敵、楡井修平がこの学校に入学した理由だ。道理で、彼女の生にこだわったのだと合点がいく。
そして、今。
「さあ、腹を割って話そうか。司波達也君」
「………修平」
校舎裏で達也と相対する修平。口元は笑っているが目は笑っていない。それだけで彼が四葉に対して良い感情を抱いているのか否か、言葉を交わすよりも早く、そして確実に理解出来た。明らかに嫌悪している。それは聞くまでもなく、探るまでもない。自然と体は実戦に備えたものになり力が入る。
「四葉の当主は一度だけ見たことがある。あんなの年齢詐称もいいところだ。そうは思わないかい?達也」
『失礼しちゃうわね』
「いやあ、だってそうでしょ。魔法師は美形が多いって聞くけど、ヤバイよあれ。マジヤバイ。あの人の素性知らないでうっかり街とかで会ってたら、うっかりプロポーズしてたかもしれん」
『あらあら、おませな学生さんだこと。そんなにおだてても私がうっかり貴方に堕ちてしまうことはなくってよ?』
「やだなあ、そんなの俺だって願い下げですよ。ところで———」
彼らの会話は和やかだった。歳上然とした態度を貫く真夜には子供じみた罵倒くらいでは響かないと修平も承知しているからこそ、そのような冗談を言い合うような関係に見えるのだ。そうして、始終和やかなまま終わって欲しい。そんな達也の願いが叶う筈もないと、彼自身分かっていながらそう思うことをやめられない。いずれそうならなくなる。そしてその瞬間は思ったより早かった。なんてことのない雑談から一分経ったか経たないか。それくらいの時間で、修平は言った。
「ところで四葉の美人さん。姉君はどうですか。大漢の後から音沙汰なしのようで」
「ッ!!」
『……………』
「といってもまあ、顔を見たことはありませんけどね。司波………なんだっけ、
その言葉で平和的に解決しようなんて気が失せたのは真夜だけではない。達也は自身の得物、特化型CADシルバー・ホーンの三連魔法向けチューンナップモデル『トライデント』を抜き、銃口を修平に向ける。それと同時に修平の方も太腿のホルスターから38口径の五連発リボルバーを抜き、達也に向ける。その二人の得物だけ見ても、まったく異なるスタンスを垣間見ることが出来る。自らの技術でもって武器を作り出し、磨き上げ、それを行使する創造の才能を持つ達也と、すでに『あるもの』である既製品をそのままコピーする………。つまり、あるものを使うという行使の才能を持つ修平。高性能で、高価格で、高品質なトライデントとは対照的に修平のリボルバーは銘もない、ブランドもない、新進気鋭のビックリドッキリ技術もない。あるのは現代技術で極限まで耐久力を引き上げた実用性一辺倒の拳銃だ。
「どうしてそれをッ………」
「常に備えてるのさ。さあ真夜さん、俺に聞かせておくんなまし。大漢を滅ぼして大亜細亜連合の大漢併合の手助けをした気分はどうですかい?」
『……………そんなもの、貴方が知ってどうするつもり?』
「どうもしませんよ。ただ………陰謀論者日本代表として、ただの事故で片付けられないようなことには首を突っ込みたくなるタチでして」
『それで、七草に首輪をつけた後は四葉の番かしら?』
「俺が首輪をつけたくなるようなことをしたんですか?四葉は。でしたらこの場できっちりかっちりこっちり、お聞きしますよ、ええはい」
今現在においては、主導権は修平の側にある。彼が話したその情報を、真実だと肯定するのか嘘八百だと否定するのか。その二択しか許されていないからだ。
大漢崩壊———-。俗に2062年の悪夢とまで呼ばれるその出来事は、まだ四葉真夜が彼らくらいの年齢の時に起こってしまった。四葉家と台湾の武力衝突とそれに起因する大亜細亜連合による台湾の全土併合のことだ。一体どうして、一体どこから。絶え間なく疑問符が浮かんでは、その疑問の解消は不可能だと解決もままならないまま消えていく。真夜はここで、侮っていた彼を再評価した。誰の家だとか、国家のスーパー諜報機関だとか、それにまったく属さない、東京都在住の男子高校生の情報収集能力を。同時に達也は、これがただの揺さぶりであることを察知した。修平の復讐云々というのは全て今から三年前に起きた魔法師による一般人抹殺がキッカケであり、30年以上前のこの出来事は彼にとっては無関係なのだから。しかしその揺さぶりによって彼は何をしたいのかと問われれば、おそらく何をしたいわけでもないというのが答えだろう。愉快犯的に優位を取って優越感に浸っているか楽しんでいるか。勿論これは、彼の言葉を信じるならばという前提のもとだが。
では信じていなかった場合、どのような予測が立つか。これもまた単純、優位に立って交渉を進めたいからである。崩壊にどのようにして関わったのか、それを明るみに出されるというのは、四葉一族という表向きは国と関わりを持たないただの家が、報復として国家を攻めたということ。つまりこれが意味するところは、国家に所属していない(正規軍でない)団体が国を攻撃した、報復テロであるということを示す。彼は知らないことを知りたいと言いながら、そのような情報操作をすることをちらつかせるつもりかもしれない。
「腹を割って話そうと言ったな。どういう意味だ」
「あっそう。もうその話入っちゃう?別にいいけど………。お前さんが四葉の飼い犬なのか、俺をぶっ殺すつもりなのか、当事者同士で白黒ハッキリつけようじゃないのってことだよ」
「俺達はお前の家族については何も知らない、関わってない。だからお前を狙う理由は存在しない」
「そんなに真夜様の前じゃ言えないんなら、俺がブチっと通話を強制遮断してあげてもいいけど?」
「叔母上は関係ない!」
「………あっそ。それがファイナルアンサー?」
「そうだ。家も十師族も関係ない。普通に魔法を学ぶ生徒として、この学校に入学した。そしてお前と出会った。偶然だ」
互いに武器を向けて威嚇しあったまま。それ以外ならば信頼に足る。ゆっくりと修平が銃を下ろすと、同じように達也はCADを下げた。
「信じるよ」
「………ありがとう」
当然、達也はそれを真に受けない。しかし、修平の中で信じてはならない材料が減ったかと思えば達也にとってそれもまた成果だ。ここで達也に怒りをぶつけるべきでないと感情を抑え込んだ修平は、真夜に話しかける。
「まあ別に、四葉に何かされたわけでもないし、何かしてやろうとは思ってないよ。そっちから吹っかけない限りは」
『肝に銘じましょう』
「おや素直。魔女さんにしては珍しい」
『私は間違いなく優れた魔法師だけど、貴方にとってはそれだけの存在なのでしょう?」
「ハハハよく分かってらっしゃる」
その後の展開で、ほぼ真夜は修平に屈した形で決着した。その場で彼が録音した不可侵条約についてはあくまで即興、本格的な会議までの前座だったが、互いに攻撃を禁ずることという前提を組むことは叶った。四葉は彼の家族や友人に手出し出来ない一方で、修平が禁じられたのは真夜、達也、深雪への攻撃だけだったという点で有利なのだ。
『約束は約束よ』
「俺はキッチリ約束は守る主義なんだ。あんたらとは違ってね』
『そう………あ、そうだ。貴方の所業はバラしていいってお姉さんが言ってたから、バラすわよ?』
「あっそう。どうせならホラー映画っぽく演出してほしいね」
『アレなら変に脚色しない方が怖いわよ。それじゃあね』
「ハイな。あ、今度お食事でも一緒にいかがです?」
『もう少しオトナになってからね』
そうして四葉家の頭領とただの男子高校生の会話は終わった。つまりそれは、この場で起こることを知る者は二人だけに絞られたということを意味する。ここで彼はどのような行動を取るのだろうかと、達也は身構える。撃つのか、あるいは魔法を封じて近接戦闘でも仕掛けてくるか。まったく予想のつかない彼のその後の行動について、戦士として様々なシミュレートを瞬時にこなしていく。そうして完全に隙はなくなった頃だった。
「この前行ったカフェあったじゃん。あそこまた連れてってよ」
「………え?」
「いや、えって………。俺そこまで変なこと言ってないべ。アイネブリーゼだっけ。美味しかったからまた案内してくれよ」
「あ………ああ………分かった。いつがいい?」
「別にいつでも。都合のいい時連絡くれよ」
「………ああ」
「戻ろうぜ。兄様不足で妹が禁断症状でも起こしてるかもしらん」
彼は言った。四葉がちょっかいをかけなければ修平も何もしない。しかしその逆になれば彼はどうするのだろうか。今までのように、笑いながら殺しを実行する狂人になるのか、怒りに身を任せるのか。
この時、四葉が彼に害を加えたらどうにか和平の道を探ろうという考えがまったく浮かばない達也は、自分が正常なのか大いに疑念を抱いた。修平が達也に背を向けて先を歩いていると、達也の情報端末がある一枚の動画を受信する。サムネイルのにこやかな笑顔を浮かべてピースサインをしている少年は修平だが、撮影時期は二年前。再生ボタンを押すことが躊躇われた。
◆◆◆
校舎に戻ると、玄関で立ち話をしている三人にばったり鉢合わせた。
「お兄様、それに修平君も。お二人で何を?」
「ちょっとした雑談さ」
「そうそう。親交を深めてってヤツさ」
「なんで達也だけ?」
「いや、近くにいたし」
「キャッチセールスみたい………」
同級生で集まるのが、どうしても久しぶりに思えてならない。特に一科生の深雪とほのかと雫は、襲撃事件でも一部の人間と二言三言交わしただけに過ぎなかった。単独行動をするか、三年生と一緒にいるかのどちらかだったので共同戦線を張ったことも勿論ない。三人とも大活躍だったという話を聞いていただけだ。
「楡井、怪我してるって聞いたけどもしかして平気なの?」
「こんなの擦り傷だって」
「ガッツリ内臓が再起不能になってるって聞いたけど」
「どちら様から?」
「生徒会長から」
「……………あっそう」
「楡井君、顔怖いよ………?」
とりあえず真由美の行く末に暗雲が立ち込めたところで、修平は彼女達の顔をよく観察した。三人は確実に、三巨頭とのやり取りをカメラ越しに見た筈だ。三巨頭からすれば情報は一つでも多く欲しいところ、知り合い以上ということであれば片っ端から声をかけただろう。あるいは十文字辺りが光井家と北山家を案じて修平から引き離させるためにあれこれ画策したのかもしれない。しかし彼女達は少なくとも表面上は冷静でいる。あくまで今まで通りの、なんてことのない付かず離れずのような関係でいようとしてくれている。わがままかもしれないが、それが逆に裏で何を考えているか分からないという不信感を増幅させてしまうのだ。彼女達は復讐の対象ではない、ただ魔法師なだけだ。ゆえに敵対する必要もない筈なのに、彼の合理性はそれを許してくれそうにない。
「でも本当に大丈夫?」
「光井さん超優しいじゃん。見直したわ」
「今までの私ってどんなんだったの………?」
「お兄様、私達もああして定期的にイチャイチャしましょうか」
「あれはイチャイチャなどでは………。深雪、お前少し変わったか?」
「いいえ」
「今まさにそうやってイチャついてんだよバカ兄妹」
しかしこうして、とりとめのない話をするのも悪いことではないと、少し彼が十師族と会話したというストレスから緩和される。
「修平君ッ!!」
のは、一瞬のこと。真由美が血相を変えてやって来る。
「………あんだよ」
冗談を言い合っている暇はないと、真由美は言葉ではなく行動で示す。修平の腕を引っ張って———
「早く………こっち………ちょっ………凄い力!!」
「何でお前はそう非力なんだよ」
———いくことは出来なかった。何せどれだけ全身に力を込めても修平の体は根っこが生えているように微動だにしない。踵が1ミリも浮くことないどころか、よろめくような動作も見せない。ただそこに突っ立ったまま外力を加えても動かないのだ。
「今そういうのいいから!来て!」
「まず事情を説明しろ」
「ないの!そんな時間は!」
「会長?何をそんなに急いているのです?」
「楡井が困っています」
「そんな時間ないのにッ」
とにかく彼女は急かした。事情など御構い無しで、実力行使に無理があると事前に判断する余裕さえもなく、やってみて気付いたとばかりに態度で急かす。
「あるだろ。結構あるだろ。それとも俺のこと引きずっていける想定だったのかよお前は」
「貴方の情報が漏れたの!今私の家がてんてこ舞いよ!」
「俺がやらせたんだよ」
「What’s!?」
「うるせえ。いいからちょっと落ち着いて黙れ」
「これが落ち着いていられるかッ!」
「説明しろっつってんだよ頭スポンジ女!!」
修平は真由美の服の襟と腕を持って軽々と彼女の体を持ち上げ、いくらか手加減しつつも背中から落とした。手加減したというのは彼の中の比較で、真由美は固い床に落とされて肺の中の空気が押し出されて呼吸が一瞬止まる。
「あっ、ちょっ、待っ………。折れ………、折れた。私の背骨が折れた………」
「喋る余裕があるんだから折れてねえよ。で、何がどう漏れてマズイのか説明しろ。今」
「今!?」
「今」
「鬼畜ぅ………」
目頭に少し涙を浮かべ、真由美は空気を必死に取り込みながら何とか受け答えをする。つまり痛みを引きずったままだ。
「うう………もう、彼女からの連絡よ」
「あ?誰?」
「分かるでしょ!もう全っ然予兆なんてなかったしデータにアクセスされた痕跡もなかったし!どういうことなの!?」
「どっからか漏れたんだろ。お前のお友達辺りに。まあいい、さっさと消してやりゃいいんだよ」
「出来るの?」
「出来る。出来るからそれくらいで狼狽えんな恥ずかしい」
人の往来考えろ、と吐き捨てるように言い、まだ
生徒会室には意外なことに2名しかいなかった。神妙な面持ちでプロジェクターによって投影された画面を見つめる十文字克人と、その横でいつのも能面のまま見つめる市原鈴音だ。修平が入室するや否や重い声色で話す。
「ガールフレンドから連絡だぞ」
「俺は人間以外はNGなんだ」
部屋には何やらただでは電話をさせてくれそうにないいかつい機械がいくつも並んでいる。逆探知か声紋採取のものだろうと、別に気にも留めなかった。
『楡井様!?楡井様であられますか楡井様ァ!』
「じゃかあしい。ボリューム下げろバカ女」
『もーうこの不肖ウィッカーウィッチ、貴方に無事をお知らせしたいと思いながら焦がれること数日。やっと高校の通信を打通させることが出来たと思ったら女狐の声ばかり、耳が丸ごと腐り落ちるかと思いました!』
「うっせえっての。お前が無事だってのは分かったから、切るぞこの野郎」
『待って!お待ちになってくださいまし!気にならないんですか!?私が息吹き返したこと!』
「政治家の不倫報道より興味ない」
『ヒドイッ!けど、その冷たさも、その………。イイ………』
「悦に入ったんじゃねえよ変態」
真由美が狼狽えていた理由はここにあった。あの時修平によって抹殺された筈。というか本人もそう言っていたが、それを正面から堂々と裏切られてしまった。右脚を引きずるあの女の声が部屋に響く。
最初にその異常性に対して恐怖感を抱いたのは、意外なことに女傑と名高い深雪だった。そこにある事実を、目を剥いて見ながらも受け入れたくないとばかりに口元を両手で覆う。ほのかと雫も同じように、そのあまりの狂気とその張本人がすぐ近くにいるという事実に必死に耐えようとしていた。達也と真由美は逆に観察するように彼を見た。
———あれは一撃がこれまでにないくらい綺麗に入ったんだ。
自慢げに話していた彼の言葉が脳内から離れない。話では、彼女の妹達は他でもない修平によって殺害された筈。どうしてそんな相手に敬称までつけて尻尾を振ることが出来るのか。底知れない狂気を感じたのは深雪だけではなかった。
「お兄様………これは………」
「深雪。辛いなら見なくてもいいんだぞ」
「………いいえ」
顔が青ざめた深雪は、ぐっと踏みとどまる。これは、の後に何が言いたかったのか自分でもおぼろげだが、とにかくもう無理だという旨を話すつもりだったのだろう。しかしそれを堪えて、彼の狂気をちゃんと見届けたいも思った。
「彼は………お友達ですから」
「………そうだな」
彼は狂いたくて狂ったのではない。ただ、そうすることでしか両親の仇を討てなかった。真に家族思いな少年だったからこそ、そうして強大な権力に立ち向かわなければならなかった。妹の胆力に感嘆するとともに、達也はあることに気付く。
彼の才能の目を潰したのは、『持つ者』達の嫉妬や被害妄想でしかなかったのだ。そうでなければ彼は純粋なまま科学者なり博士なりになって日本の技術発展に大きな影響を及ぼした存在になっただろう。しかしそうはならなかった。その知性も、器用な手先も、発想力も、全て復讐のために使われてしまったのだ。
それをもったいないと表現するのは果たして正しいことなのか?達也は考えても分からなかった。
「お前、まさかまだあの会社と繋がってるんじゃねえだろうな」
『そう猜疑されると思いまして、ちゃーんとそれを証明する手段も用意しましたよ。さあ、とざいとーざい!汚ねえ花火のお時間ですよ!』
「あ?」
『あの万年能面女………。
その時、ある特定のメンバーの電話が鳴る。この室内では修平、真由美、克人の三人だ。怪訝そうに互いに見つめ合うだけだったが、修平が通話を開始するとそれに倣って二人も電話に出る。それぞれ通話の相手もかけられた言葉も違うが、内容は異口同音にしてまったく同じものだった。
———倉島ケミストリー&インダストリーズ岩見沢研究所で爆発事故。原因不明だが建築学的に脆弱な柱や梁を狙って破壊しているので、爆弾テロとの見方を強めて公安が捜査を開始した。
「………賑やかだな」
『でしょ!でしょでしょ!?もう先人の言う通り芸術を爆発させたらもういい感じに、ね!』
「語彙力どうしちゃったんだよ。また姉ちゃんに追っかけられるぞ。再戦するつもりか?」
『今度こそあの忌々しい面を変形するまでぶん殴ってやりますよ。じゃあまあそんな感じで、私は無事ですよっていう報告と、こういうことしたので私は完全に実家と決別しましたっていう報告です。そろそろ飛ばし携帯だってバレそうなので、さようなら。今度一緒にご飯行きましょうね』
賑やかしをするだけしておいて、女はさっさと通話を切った。誰もが辺りに鈍い沈黙が流れる気配を察知したのだが、この大事件に首を突っ込むべきか否かについては沈黙を守っていても全員一致することだろう。答えは絶対的に否だ。
そして達也から見てやはりというか、方々に対する態度はいくらか軟化している。かと思えば、殺しについて聞いてもいないことを嬉々として語る異常性も見せている。今の彼がどういう情緒なのか、達也にはまったく分からなかった。
「貴方、相当やりたい放題やってたのね」
「やりたい放題?」
と口を開いたのは鈴音だった。その言葉には侮蔑も恐怖もなく、かと言って称賛するでもない。ただ気になったから質問した、とばかりの事務的で無機質なもの。あらゆる感情が消失したようだ。しかしそれに対して、心外だとばかりに眉をひそめる。実際そうなのだろうが。しかしそこに攻撃的な意図はないようだ。
「やりたくてやったわけじゃない。やらないで済むなら俺だってやりたくなかった。殺しなんて」
彼に異変が起きる。手で目を覆い、俯き、そして声は震えて唇がわなないている。
「でも仕方ないんだ」
この国に正義がないのなら、権力次第で殺しさえも許されるどうしようもない不条理が存在するのなら。それを打ち破る者がいなければならない。そうでなければこの世は地獄そのものだ。しかしそうであってはならない。そうならないための存在がいないのなら、自分がなろうと思った。それが正義であると信じているから。
『グッバイ、美人さん』
きっと魔法師達もそう信じていたのだろう。ドス黒い真実を知るのは彼が殺した一握の人間、その他全員は本当に楡井家を悪と断じて、国家泰平と正義のために殺さなければならないと。そう思った筈だ。だから征伐という言葉まで使った。彼らは信じた筈だ。
悪はいる。だが正義はあったのか。悪でないと正義であるというのは別物なのではないか。
今目前で、泣きながらも殺しを悔いない彼に少し疑問を抱くというのは『正義』としておかしいことなのだろうか。達也は自身に問うた。