魔法科高校のアンチテーゼさん   作:あすとらの

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後半、ちょっと暴力的な描写注意。生徒会長スキーの方は特に。


九校戦編
マワリ・マ・ワッテ


四月はとにかく慌ただしくスリリングだった。しかしその喧騒が嘘のように五月と六月を乗り越え、ああだこうだ、梅雨がなんだと言っているうちに初夏へ入り夏まであと少しと迫る七月に突入した。まだ初夏とはいえ、運動をすれば汗ばむし相応に喉も乾くが。さて、夏といえば学生のオアシス、夏休みが存在する。一時的に勉学という地獄から解放される至福のひと時が間近に迫る中、しかし生徒達に浮ついた様子はまったくない。それもその筈、この時期は夏休みを迎えるためのある試練が存在する。それは生徒達の良し悪しを計る絶対基準にして優劣を定めるもの、劣の方になりたくないがために生徒に徹夜までさせなかねない恐ろしい試練。夏休みという天国を見るために一度地獄を見なければならないというどうしようもない自己矛盾。

 

それが期末テストである。

 

「で、君か」

「何だよ。担当者不在なら出直すけど?」

「いや、いい。さっさと始めよう」

 

一般生徒の試験期間が終了したある日のこと。演習室に四名の生徒が集まった。一人は生徒会長の七草真由美。もう一人は渡辺摩利、そして十文字克人と続き、最後に生徒会室の常連という不本意なアダ名を付けられるに至ってしまった非業の人、楡井修平である。

こうなってしまった原因は様々だが、まず一つ言えるのは、この決定については合理的ながらも私情という、生徒会長の一見すると相反する筈の二つの要素が混ざっている。修平は魔法科高校のテストについて、ほとんど落第することが決まっているようなものだ。実技に関しては言わずもがな、彼に魔法を扱う才能など雀の涙ほどもない。まだ雀の涙の方が多いくらいだ。そして筆記に関して勉強を始めたのは一年前。全て独学で魔法塾にも一切通っていないどころか、教えを請うたこともない。そんな、極端に一般教養だけ高い生徒を繋ぎ止めるというのは容易ではないし、真由美は是が非でも彼の成績不振による退学を避けたかった。表向きは彼の対魔法師能力研究のため。しかし裏で考えていることは、生徒会長でも七草家次期当主としてでもない、完全に個人の私情である。あまりつまびらかには出来ないが、彼女にも高校生らしくそういう時期が来たのだと、つまりそういうことだ。不審な動きを察知すれば修平もスキャンダルを世間にぶちまけて十師族を社会的に抹殺するつもりなので、退学などあり得ないのだが。それでも、自分は学生なんだから何かしら試験を受けさせてくれと進言した彼の心を無下にするわけにはいかず、このような事態になった。

 

「試験が実戦訓練とはな………。で、どうして相手が私なんだ?」

「七草は徒手格闘クソザコだし、十文字は個人的にNG」

「おい、どうしてだ?」

「野郎と訓練して俺のモチベが上がるかよ」

「お前私のこと散々タカラジェンヌとか男女とか………」

「生物学的に女なら何も問題はない。やるならさっさとやろう。あんたにとっちゃあの時のリベンジマッチだな」

 

試験というのはつまり、魔法師との模擬戦。彼は対魔法師の能力を買われて入学したのだからその能力を図ることが彼の学校での進歩を見る一番の試験だ。摩利は一度、超短期決戦とはいえ彼の能力を実際に身をもって知った。彼女魔法師としてだけでなく戦士として優秀で、一度引っかかった初見殺しで負けることはないと考えていい。彼と一度戦ったことがある。その点が十文字克人との差である。真由美については白兵戦の心得がまったくと言っていいほどないので問題外であるが。

 

「ハイハイ、両者位置について」

「もう初見殺しには引っかからんぞ」

「そうかい」

 

相対している摩利から見て、修平はいつものようにキレのある冗談や皮肉を飛ばさない。それだけ警戒しているのだ。実際の戦場ならばありえない再戦というシチュエーションに置かれているからだろう。

 

「始めッ!」

 

ルールはいつかの実戦と同様、致命傷となる直接攻撃は厳禁。そして修平の場合はCADに対する破壊を禁じ、あくまで構築された魔法式に対するもののみを許可する。勝敗は負けを認めるか、審判である真由美が戦闘不能と判断した場合。ルール違反は控えている克人が力ずくで止める。三巨頭として並ぶ摩利と魔法師最大の天敵である修平を止められればの話だが。

 

二人は同時に仕掛け、最初に攻撃を行ったのは摩利だった。顔を狙ったワンツー、続くボディブローも腕で素早くガードされる。するとその隙を突いて修平が攻めに転じる。しかし彼のフックとストレートは防がれ、摩利がカウンターで再度ボディブローを狙い、それを回避してお互いが距離を取る。牽制のために魔法を行使しようとしても、彼が腕時計のストップウォッチボタンを押しただけで魔法式は簡単に、まるでデータが消されるように消去されてしまう。

やはり魔法に対処する能力は飛び抜けている。魔法師が魔法を行使するには魔法演算領域という精神機能が発達していることが条件で、つまり人間的に構造が出来上がってなければいけないが、彼の魔法削除は違う。機械がマルウェアを発動しているだけに過ぎず、操作もボタンを押すだけと超単純。そこには才能など必要ないのだ。忌々しいくらいに完璧な出来で、合理的で、製作者の能力の高さをうかがわせる。摩利は今、魔法師だというのに白兵戦をしなければならないというどうしようもない上に本来あり得ない状況に追い詰められているのだ。それでも流石、三巨頭に名を連ねるだけあり、彼と互角に渡り合っている。魔法を封じられている、という点で一見彼女が不利に見えるが、彼女はそれによる焦りをまったく感じさせない。実際感じていないのだろう。

 

「強いな」

「どっちが?」

「渡辺の強さを知っている分、楡井の方がな」

「私は逆かなあ。修平君の強さも怖さも知ってるし、付いていける摩利って凄いなーって思っちゃう」

「そうか………」

 

率直に言って、強い。それはどちらにも言えることだ。摩利は安定して強く、修平もまた同様に崩れないという強さがある。どちらも目立った危機がなく拮抗しているのだ。しかし真由美は彼をよく知っている。戦う姿の違和感に気付く。

 

「修平君、動きが鈍いわね」

「あれでか?」

「内臓が潰れたって言ってたし、それが完全に治っていないのかも」

「………人間か?あいつは」

「人間よ。別に変な人体改造とかも受けてない普通の人間」

「理解出来んな」

 

真由美から見て、動きが鈍い上に戦い方が慎重過ぎる。本来の戦い方は今のようなものではなく、あるいは右脚を引きずるあの女との戦いでもない。最も近かったのは剣道部と剣術部の小競り合いの時に見せた戦いぶりだ。敵に臆することなく、魔法を無力化する力技で小細工ごと打ち破る。それをやらないとすれば、彼と同じように膂力とタフネスを持つあの女と戦う時くらいのもの。不本意ながら加減をしているのだ。

 

修平と摩利の戦いは、攻防が目まぐるしく入れ替わる接戦だった。どちらかが攻撃を仕掛ければ、もう片方が防御や回避からのカウンターで素早く攻めに転じる。そのほとんどは拳や蹴りの打ち合いだが、動きがあったのは、この膠着状態を破ろうと両者が思った頃だった。修平が摩利の前蹴りを躱し右脚を小脇に抱えるようにして掴むと、左脚を払って地面に仰向けに倒すと追撃を加えようとする。しかし摩利は修平の左腕を取り、首を腿で締め上げる三角絞めを決める。

 

「ゔぅ………あぁ〜………んぎぎぎ………」

「うわ、ちょ、待っ………」

 

しかし、首を絞められた上に腕を決められているにも関わらず、摩利の体が浮き上がっていく。彼が両腕の力で彼女を持ち上げているのだ。青筋を浮かべながら体を持ち上げ、そして思い切り背中から落として床に叩きつける、パワーボムをお見舞いする。危うく喀血するのではないかと思うほどの衝撃が摩利を襲うが、歯を食いしばってそれを耐え、辛うじて外されていなかった左腕を再度決め、彼の体を引き倒して腕ひしぎ十字固めに切り替える。

 

「やっぱり摩利は強いわあ」

「そうだな。しかし楡井もかなりいい勝負をした」

「そうねえ………。摩利〜!うん?………摩利?」

 

こうなれば体にハンデを背負った修平に勝ちの目はない。勝負は決したと模擬戦終了の合図を出した。しかし。

 

「ゔぅぅぅ………。があああ!!」

「んぎぎぎぎッ………お前、どういうッ、力してッ………あ゛ぁぁぁ!!んぐー………」

 

あまりにも激しい戦いに模擬戦ということを一時忘れ、本気で彼の腕をへし折らんと力を込め続けている。そして一方の修平も決められている左手に力を込め、摩利の右肩を掴み、握力で万力のような力で締める。握力だけだというのに、ロープで思い切り力を込めて絞められたような息苦しさと鈍い痛みが走り、摩利の本音が思わず漏れた。

 

「ちょ待って二人とも!ストップ!折れる!どっちも折れるから!どっちも折れて致命的な致命傷だからやめて!」

「おい二人とも、模擬戦は終了だ。おおい」

 

二人は同時に技を解くと、息を切らしながら実習室の床に倒れる。

 

「お前ッ、下級生相手ならもうちっと手加減しろよ」

「君こそ、女性に対してえげつない技をかけおって」

「お前三巨頭だろうが!」

「君は対魔法師戦闘のエキスパートだろうが!」

 

これが試験の模擬戦であることを危うく忘れかけるような壮絶な死闘を終えて、二人はあーだこーだと言い合う。その様子を見て思うところは様々だが、とにかく真由美はその結果について手元のタブレット端末に記入していく。

 

「もう………。それじゃあ今回は花丸満点あげちゃおうかしら」

「そういえば、楡井はどうしてこのようなハンデを背負って試験に?」

「手負いのままで敵と戦う時の実戦訓練なんですって」

「楡井は何と戦っているんだ………?」

「さあ。魔法師じゃないかしら」

 

真由美のタブレット端末には彼の身体データも入っている。そこには警告色である赤い文字で彼の身体に関する警告が記載されている。

 

大腿四頭筋裂傷、橈側手根屈筋断裂、小円筋筋繊維断絶、虫様筋裂傷、第一、第二及び第三肋骨骨折(摘出済)、腓骨挫傷、上腕骨挫傷、第十胸椎に若干のズレ、肝臓左葉摘出、膵臓ランゲルハンス島の4割は機能停止。秀平と戦ってから数日で完治した部分もあるものの、まだこれだけのダメージを負っている。それを知っているのは真由美と保健室の養護教諭だけだが、克人もそれを感じている。というより負傷した箇所の多さと中々の重傷であるので、感じることは一つだ。

 

「本当に人間なんだよな?」

「人間だから………人間よね?」

「俺に聞かれても困る」

 

これでよくあれだけの動きが出来るものだと、賞賛するより前にまともかどうかを疑ってしまう。まだ向こうで摩利と何だかんだと言い合っている修平を、真由美は微笑ましく見守っていた。

 

「真面目ねえ………。言い訳のしようなんていくらでもあるのに」

 

怪我をしているので本気を出すことが出来なかった。そう言えばいくらでも負けという結果を繕うことだって充分可能だったろう。しかし彼はそうしなかった。ひとえに真面目なのだ。そういう言い訳をするのは醜いこと、たとえ不利な状況であっても………。いや、実戦を考えて自ら不利な状況に飛び込んだからこそ負けを負けとして認めるのが道理だと、彼はそう考えている。本当に、今までと矛盾するようにどこまでも真っ直ぐだ。

 

「まあよさげな感じならいいや。付き合わせて悪かったな、渡辺」

「いやいいさ。あそこまで緊迫した戦いは久し振りだったからな。私もいい訓練になった」

「そりゃどうも、チクショウ。………うん?」

 

さっさと実習室から出ようと、自動ドアのパネルに手をかけたところである違和感を覚える。この室内ではなく、室外からのものだった。こればかりは理論も理屈も存在しない完璧な第六感であるが、それは的中した。

 

「わっ!」

 

扉を開けたことで、体重を預けていたほのかが重力に従ってずっこけるように実習室に入る。そしてそのほのかに体重を預けていたエリカ、更にエリカに預けていた雫………。と、雪崩れ込むように入室していった。

 

「ど………どうも〜」

「何してんの」

「いやあなんていうか………観戦?」

「どうやって」

「実はちょっとだけ開けてた」

「あのさあ………。別に見るなとは言わないけども。見られて困るようなことしてねえし。何でこんな覗き魔みたいなことしてんの?」

「巻き込まれるのは嫌だし」

「巻き込まねえから」

 

聞けば、お遊びとはいかない真剣そうな場面だったので帰ろうとしたが、三巨頭の戦いぶりや友人の実力を見ておきたいという好奇心には勝てなかった。なので邪魔にならない程度に、同じく好奇心の誘惑に負けたほのかと雫とともに観察していた。しかし扉の隙間の死角から修平が接近したため気付かず、見つかってしまったということだ。

 

「うーん………。まあ別に、いいじゃない?減るもんじゃないし。ねえ修平君」

「嫌だとは言ってねえっつの。それで、一科生と武道のお家的には見てどうよ」

「私、徒手格闘は専門外で………」

「ほのかに同じ」

「アタシは剣術専門だから」

「何でだよ………」

 

それ意味ある?との物言わぬ問いかけには、覗き魔三人は苦笑で返すしかなかった。

 

「俺帰っていいか?」

「ええ。結果は追って伝えるから」

「これで満点じゃなかったらお前ら全員呪い殺してやる」

 

見世物にされて居心地が悪くなったのだろう。僅かに眼球の毛細血管が切れて白目の部分が赤く染まっている目で威嚇して、去って行った。

 

「時に七草、評定は?」

「呪い殺されたくないから満点」

「うむ、よきにはからえ。……何が?」

 

◆◆◆

 

これを鬼畜の所業と言わずに何とするか。保健室で包帯と消毒液を拝借して、両手の口を器用に使いながらテーピングを施していく。体の至る所の骨が損傷し、筋肉は亀裂が入っている。書類の上では限定的な記載だったが、それは負傷した部位が多すぎて書ききれないということ。もはや無事な部分を探す方が少なくて楽なほどに、今の彼の体には相当のガタが来ている。テーピングなど間に合わせどころか気休めにしかならないが、それでもないよりマシというやつだ。そして今回は、いつかの入学式の日のように孤独というわけにはいかない。教員用の机は彼が占拠しているので、来客用のソファに腰掛けて彼の()()をじっくりと観察しているその人は、総合カウンセラー、小野遥その人だった。

 

「………なんでさあ、そんなに動けてるの?折ってるんでしょ、骨。あと筋肉断裂してるんでしょ?」

「男なら痛いくらいで泣くんじゃねえって母さんが言ってたから」

「それ、ツッコミ待ち?」

「勝手に受け取ってくんな」

 

服の上からでは分からないが、修平は包帯でミイラのようにぐるぐる巻きになっている。遥の人生の七不思議の一つは彼の体だ。手術を受けて強化されているわけでもない、薬を服用しているわけでもない。魔法など以ての外。生まれた時から今に至るまで純粋なままだというのに、腕が切り離されていない限りは軽傷とのたまうような、頑丈という言葉だけで片付けられない肉体の持ち主だ。

 

「本当ならアンタとこんなに平和にお喋りしてる筈じゃなかったんだ」

「じゃあどうするつもりだったの?」

「あんたがただのカウンセラーなら、何発かお見舞いして脅しようもあったのに。姉ちゃんの元同僚相手じゃ絶対無理だ」

「………それはどういう意味で?」

「俺が警察に遅れを取るとでも?俺がここまでしてやっても殺人の一件も立件出来ないような無能どもに?コネクション的な意味でだよ。あんたを()()()()傷物にすると流石に姉ちゃんに怒られる」

 

小野遥と修平の姉は以前面識があった。といっても、知人とさえ呼べない、挨拶をすれば返す程度の仲だったが。その時にでも聞いておけばよかったと今更ながらに後悔する。

 

———彼の体の秘密が分かれば、人間はもっと進化できる。国防だけでなく国の発展にも有用だというのに。

 

そんな邪な思いで見られるがゆえに、修平は遥を受け入れられないのだ。何人と話そうとも、やはり信じられるのは家族しかいない。

 

「友達も信じられない?」

「カウンセラーっぽいことしようとするなよ」

「カウンセラーですもの。今の貴方が信用しているのは家族だけ?」

「そりゃもう。シスコンとでもマザコンとでも呼ぶがいいさ」

「どっちも血は繋がってないでしょ。最近じゃようやく生徒会長いじめるのをやめて同級生と仲良くしてると思ったのだけど」

 

しかし今はカウンセラーと生徒の関係を貫き通し、聞くべきを聞く。主にあるのはそう、特に多重人格という特異な精神状態にある彼は正常にコミュニケーションを取れているが、それは理性でコントロール出来る状態にあるからだ。そして彼は自然と、理性が爆発しない………。つまり、恨みつらみを吐き出さずに済む相手の側にいようとするだろう。

 

「無理だわ」

「何が」

 

すると彼は、大きな反応を示した。同級生についての話題に変え、直接言葉に出さずとも『彼らは信用に足る人物なのか』と問いかけるとこのような答えがノータイムで返ってきたのだ。

 

「今んとこ信頼ゼロのがいるんで、無理な話だ。なんなら改心させた七草の方が落ち着くってのもまあ事実っちゃ事実だ」

 

彼の言うことも真理だ。名前は出さずとも、魔法師嫌いで十師族憎しの彼が警戒しているクラスメイトが誰なのかなど容易く予想がつく。その上で、腐れ縁どころかかつて敵同士だった七草真由美は既に裏切る心配は皆無だ。何せ握れるだけの弱みを握ったのだから、彼に反旗を翻せばこれまで秘密にしておきたかったアレやコレが白日の下に晒される。

 

「改心させた?」

 

いやちょっと待て、と一度そこから話を逸らす。改心させたという言葉、聞こえはいいが要するにこういうことだ。

 

「俺なりのカウンセリングってヤツ」

「………まさか」

「安心しろ。生命保険には入ってるらしい。うっかり加減を間違えても、真由美(アイツ)が冷たくなって動かなくなっても価値があるってことだ」

 

ここに来て当たって欲しくない予想が見事に的中する。

 

「見上げた根性してるわ、貴方。復讐に魂を売ってそこまで残虐な人間になるなんて。元々素質があったの?」

「そっちこそ。いつもじゃ生徒の前でタジタジのイジられキャラのクセに俺相手じゃこれかよ。怖いねえ女の人ってのは」

 

彼はケタケタと笑った。二桁の人数を惨殺しておきながら更生するどころか戦果として堂々と見せびらかしている。もしここに物証でもあればテーブルに並べるのではないかというほどに、彼はこの所業を誇らしく思っているのだ。やはりこいつは脳の一片に至るまでドス黒く汚染されて、イかれている。年齢がなんだと言う前に、ここで殺して悪の芽を摘んでしまうべきなのではないか。胸ポケットに隠した護身用の拳銃に意識が向いたが、その思考を取り払う。

 

狂った彼ではない。狂わせた元凶を叩く。警察官とは本来そうあるべきなのだ。復讐殺人は刑法で禁じられているので、貴方の事情なんて知ったこっちゃありません逮捕。それで幕引きをするのは彼女の矜持がどうしても許さなかった。

 

「………もしも。もしもよ?この高校にいる魔法師と戦うことになったら、貴方はどうする?」

「殺すさ。俺ならそれが出来る」

「本当に?」

「俺が一個のCADだけ無力化するようなケチくせえ用意しかしてないと思うか?おととい来やがれってんだ」

 

しかし彼が止まらないのもまた事実。今の話はあくまで仮説だが、同時に不可能でないということだ。

 

「なんかデカい行事もあるらしいし、俺は静かにしてるよ。向こうからちょっかいかけたりしない限りは」

「そうであることを願っているわ。もう終わり?」

「そりゃこっちのセリフなんだがね。あんたもさっさと警察官らしさが消えて上手く潜入出来るといいな」

「子供が気にすることじゃありません」

「あいあいマム。そんじゃまあ、お世話様っしたーありあとやんしたー」

 

彼はしっかりとした足取りで保健室を出て歩いて行った。怪我など微塵も感じさせない。あれならば全快までは一ヶ月とかからないだろう。まったく矛盾するようだが、人間離れしている能力に最も人間らしい体がくっついている。魔法師以上に。

 

「若菜が聞いたらブチ切れるでしょうね」

 

どうして上司と元同僚の板挟みになってしまうのか。そして生徒同士が持つ倒錯的な関係があることに、遥は一人溜め息を吐いた。

 

◆◆◆

 

ある休日のこと。七草真由美は一人、自室の姿見に映る自分とにらめっこしていた。茫然としているわけでもなく、ただ見ていた。

 

おもむろにブレザーとシャツを脱ぎ、下着だけで前に立つ。彼女はトランジスタグラマーで、小柄で可愛らしいサイズ感ながらも女性としての肢体は艶やかだ。痩せ過ぎず太過ぎない理想的なもので、年頃の男子ならば体一つで骨抜きになってしまうであろうほどに。

しかし、そんな完成された肉体の至るところにはそれを冒涜するかのように痛ましい打撲痕が胴体に、夥しい数ついている。そのほとんどは青あざだが、内出血の規模が大きいものや変色し始めているものなど、見るに堪えない傷もある。

 

そして麗しき華の女子高生にあるまじき惨状に、彼女は笑った。愛おしそうに、傷の一つ一つを白い指でなぞりながら、慈母のように優しげな瞳でうっとりと魅入っていた。

 

「そんな………」

 

すぐそこで、愛しき妹がそれを見ているとも知らずに、彼女は恍惚に浸っていたのだ。




入学編だけで修平君のこと終わらせられなかったよ………。というわけで、無念の持ち越しです。ええはい、すみません本当。
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