魔法科高校のアンチテーゼさん   作:あすとらの

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前回は短かったんですな。今回は普通です。


迷なる儀式

結局あれから粘り勝ちをしたと言うべきか、彼女が年長者らしく折れてくれて助かったと言うべきか。結局彼の事情か学校の事情かどちらを通すかという選択に、彼女は後者を選び、今に至る。七草真由美からの厳命は、保健室から絶対に出ないこと。思わずあたしゃ隔離患者かと遺憾の意を表明するところだったが、しかし、トラブルが無いなら無いでそれでいい。性格が悪いと言いたければ言えとばかりに、皆が厳粛な式で肩肘張っているところで1人だけ悠々自適というのも中々悪くないと、ベッドで寛いだり今は不在の養護教諭がいつも座っているであろうテーブルに座ったりと、好き放題やっている。しかし王様気分に飽きてしまった彼が強く関心を持ったのは、棚に整然と並べられた薬品の数々だった。消毒用のエタノールに、オピオイド系の鎮痛剤。魔法飛び交う高校だからか保健室の薬剤はちょっとした研究機関並みに揃っている。ここまであれば混ぜ合わせてアレコレ出来るもので、胸も高鳴る。

 

「何たるや………こいつは認可外だとばっかり………」

 

ゴムやガラスに添加されているマグネシウムを抽出し、硝酸アンモニウムを加えて一定の温度で炸裂する火薬に放り込むと閃光弾が出来上がる。あるいは、それを可塑性のある粘土などの物質に混ぜ込めばプラスチック爆薬の代わりにもなる。

 

「すげぇ」

 

真由美の判断は正しかった。彼の興味を惹くものが陳列されている保健室は外に出ようという気を失せさせるものであった。

 

というのは彼が薬品を漁って20分が経過した頃までの話。

 

「んー………」

 

黒板大の大型の端末が許す限り二進数をひたすら羅列している頃には、どうやらその興味は失われていたようだ。羅列は完璧な筈なのに、最後の数字がどうしても一致しないことについてうんうんと唸りながらマジックペンをくるくると手で遊ばせる。小首を傾げて思考に耽っている理由は、ここでの彼の生命線を手直ししているから。あるシステムのコーディングの手直しを突然思い立って即断即決で行動したわけだが、どうにも引っかかる点があってコードを羅列していって問題を見つけんというひどくアナログな手段を取った。しかし喉に何か詰まったような違和感を覚えながらも、コードは問題なしを示している。睨み合って5分ほど経つと、閃きのとっかかりとなりそうな違和感に気付いた。

 

「すみませーん。誰かー」

「ぶっ………」

 

が、しかし、間の悪いことに、悩んでいる最中に突然の訪客のようだ。いくらか明るい女子生徒の声が扉を隔てた向こう側から聞こえると、彼は手慣れた空き巣の如く端末の電源を切り、調べるために棚から出した薬品を元の位置に戻す。そしてガーゼとエタノールと金属ナトリウムを手に持ったところで———

 

「なすっ!」

 

爪先をデスクの鉄脚にクリーンヒットさせ、プラスチック製容器やピンセットのような金属製の道具を床に散らして盛大な合奏となった。ジンジンと響くような指の痛みとともに後悔しても何とやら。

 

「ちょ、ど、どうしたんですか!?」

 

当然、静謐な保健室から爆音が鳴ったとなれば扉の向こうの人物も焦るだろう。そして乱暴な音を立てて引き戸が開放される。

 

「あ………あれ?」

「誰もいないね………」

 

入ってきたのは、勝気そうな赤毛の少女と、大人しそうな眼鏡の少女。2人は対照的だが仲良さげで、距離感も中々近い。

 

「聞き間違い………かなぁ?」

「そーんなわけ………」

 

訝しげに周囲を見回していく。床に散らばっている薬品や不自然に置かれた応急処置具を見るに、つい先ほどまでここで何かをしていたはずだと名探偵を真似て推理を始めたのは赤毛の少女の方で、気難しそうに眉をひそめて保健室の中を歩き回る。そして、カーテンで仕切られたベッドの方へ向かう。

 

「ここじゃ!」

 

誰かを見つけた時用のしてやったり顔のまま、少女は勢いよくベッドを引き剥がす。

 

「あり?」

「エリカちゃん………」

「おっかしーなー。絶対いる筈なんだけど………」

「具合悪い人がいるかもしれないんだから、やめよ?」

「んー………」

 

入学初日に学校で体調を崩すような面白い人間を見てみたい気もする、という言葉を、エリカと呼ばれた赤毛の少女は何とか飲み込んだ。騒ぎ過ぎたと、カーテンが閉まったベッドに目を向けてから目を伏せると、部屋を出た。

 

そして、デスクの下半身を収めるスペースに体を押し込んで身を隠していた修平がのそのそと這い出る。

 

「まったく恥ずかしがり屋で困るね。せっかく美人とお近付きになれるチャンスだったってーのによ。聞いてるかい?お前のことを言ってんだ、ヴァカめ」

 

カーテンを閉めるのは、誰かいると思わせるために修平が保健室に入って一番最初に行ったことだ。そして、これまたこの時代に古典的なスマートフォンの電源を入れる。画面には、先ほどの2人の少女の個人データが映し出されていた。

 

「いやしかし、手間が向こうから来てくれてえがったえがった。式も終わったっぽいし」

 

初日にしてはチョロいものだと、ほくそ笑みながら帰路につこうとする。その準備としてまずは、散らかった保健室を片付けるところからだ。骨が折れるが、しかし、やってしまったものは致し方なし。とばっちりを喰らってしまったが、楡井修平がやってしまったことに間違いはないのだから。

 

「難儀だねぇ、まったく」

「何が難儀なんだ?」

「らぁい!あんだよクソッ!」

 

休みなく二連続で心臓に悪い。しかし振り返ると、三連続になるのだが。立っていたのはあの十文字克人で、目を合わせただけで気分はさながから詰問される容疑者だ。しかし当の塗り壁は鋭い目付きのまま腰を下ろし、散らかったものを片付ける手伝いをする。

 

「………何で?」

「生徒のために存在するのが生徒会だ」

「あんたさぁ、それギャグで言ってないよな?」

「………お前の言わんとしていることは分かる。だが悪しきとはいえ慣習として染み付いたものを取り払うのは難しい」

「やらないのと出来ないのは別モンだぞ」

「………まったくもってその通りだ」

 

元々厳しい克人の顔が、更に厳しくなる。

 

元々十師族という名家で生まれた七草と十文字が生徒の代表や部活連のトップを張ることには、差別される方の二科生だけでなく一科生の一部からもよろしくない声が聞こえていそうだ。そもそも生徒自治という制度そのものが完璧でないところに、生徒会入りの規則等々には二科生は一科生の予備というシステムすら建前と感じるまでに不完全で、名家がそのポストに落ち着くためと言われても決して否定できないものになっている。規則要綱諸々を確認した時に、修平も思ったものだ。

 

「いや、そりゃいくらなんでも無理があるだろ………」

 

大前提として、学校というのは学ぶ場所である。そこに自治というシステムを持ち込むことを譲れたとしても、差別を公然と認めているという危険な橋を渡っているのにあまりにも建前がお粗末過ぎる。七草真由美、渡辺摩利両名は差別撤廃を目指しているが、今の学校の制度、そして十師族が生徒総代を固めている現状、これらを総合して、果たしてそれを真実に出来るものか。

 

何かの陰謀論を信じさせたいのか、それとも本当にそこに何かが存在しているのか。

 

「楡井、お前、これからどうするんだ?」

「帰るよ」

「いや目下ではなくだな………」

「じゃあハッキリ言えや」

「楡井修平に関する情報は十師族に留まらず様々な家で共有されている。だからこそこれからの学校生活について問うている」

「これからねぇ。別に、俺は高校生だかんなぁ。勉強して、運動して、色々高校生らしいことやろうかなぁ」

「その中に件の事故は含まれているか?」

「もち。こんなお坊ちゃんお嬢ちゃん学校に入ったんはそのためでもあるんだぜ」

 

どうやら七草真由美の言葉は正しかったらしい。彼の動揺の程度を図るために口にした件の事故という言葉。しかし彼はそれを否定するどころか悪びれる様子もなく肯定した。大小はあれど狼狽は見える筈という前提から覆った、ということになる。

 

「………そうか」

 

期待があっただけに、歯噛みする。これだけで計り知れないということを突き付けられたようで、気分はあまりよろしくない。ここで罪悪感などと聞いてしまえば、それこそ目的を掴まれて利用されるだけ利用される。それだけは避けたかった。

 

「まさかそんなこと聞くために部活連の会頭サマが来たわけなかろうよ。今の質問でなぁに掴もうとしてんだ?」

 

前言撤回。どうやらもう彼は察知しているようだ。その嗅覚は直感から来るものか、それともそうでないのか。明朗にはにかむ彼の笑顔が、そんな言葉ででなければどれほど友人にしたいと思ったことか。金属製の鉗子をトレーに乗せて片付けが終わると、彼はかったるそうに伸びをしてブレザーを脱ぎ、さっさと保健室を後にする。

 

「どこへ行くんだ?」

「帰るに決まってんダルルォ!?」

 

これは修平の自論だが、正直義務が消えた学校に価値など存在しない。やるべきことをやる場所であって、やりたいことをやる場所ではない。自宅の方が倍快適で、倍自適で、それでいて倍自由なのだから。何が悲しくてプログラムが終了した学校に何をするでもなく居残りをしなくてはならないのか。今回は無かったが、終業のチャイムと共にノータイムで席を立ち、ドアを開け、廊下の窓からHALO降下で1階までショートカットし、ダッシュで校門を駆け抜けるところなのだが。

 

「七草が呼んでいたぞ」

 

しかし憎くきチビがそれを許してくれない。

 

「お前そういうことは挨拶のあとに言うもんだろ」

「忙しそうだったのでな」

「で?あのチビは何て?」

「知らん。ただ連れて来いと」

「相変わらずイヤラシイやり方すんなぁ。致し方なしたかし、放課後ティータイムと洒落込もうかね」

「茶は出ない」

「そういうこと言ってんじゃねーよ」

 

思わず真面目かと叫びそうになった。

 

とにかく、七草は手札を見せてくれない。概要すら話さずにただ来いという言葉を飛ばすのみ。妖精だなんだともてはやされている彼女に女王様気質は無理があると言葉にしようと考えたこともあったが、別にわざわざ教える義理もなし。彼女も楽しんでいるなら、修平はまたそんな彼女を見て楽しもう。加虐嗜好癖の性的倒錯者にでも。

 

「いらっしゃい修平君」

「お前さては馬鹿だな」

「もう、いきなりご挨拶ね」

「何だよ生徒会総出で。新入生囲んでそんなに楽しいかよ」

 

中央のやけに豪華なテーブルに腰を落ち着ける真由美と、その脇を固めるように立つ2人の少女。片方は無機質で無表情を徹底する能面のような人物で、もう片方は威圧的な修平に対して畏怖のような好奇のような、どちらともつかない目で見る小柄な少女。そして少し離れた位置には渡辺摩利がどうするでもなく立っている。

 

「座ってもいいのよ?」

「言っとくが俺の体が回れ右したくてウズウズしてる」

「んもう、人付き合いはちゃんとしなきゃダメよ?」

「おいガチムチ、このチビ何言ってんの?」

「言葉通りだな」

「過労か、おいたわしや」

「違う!」

 

バンッ、と机を叩く。予想外の行動にある者は手に持っていた端末を落としかけ、ある者は人知れず肩をすくませ、またある者はしてやったぜとばかりに鼻を鳴らした。

 

「じゃあ何だよ。囲んで棒で叩く趣味もなかろうに」

「あぁ〜………そのことなんだけどね、修平君」

「あん?」

「この後、暇?」

「オーケー、暇じゃない。帰る」

「待って!待ってねぇ!お願いだからぁ!」

「ぶふぉっ」

 

背中を鈍器で殴られたような衝撃にえずく。真由美が踵を返した修平の背中にしがみついたのだが、その勢いは激突と呼んでもいい。

 

「こんの………みっともねぇぞ生徒会長!」

「いいじゃない!みんな知ってるんだから!ねぇ待ってよお願いだからー………」

 

生徒会長としてでなく、十師族の一員としてでなく、純粋に七草真由美として。

 

なのだが、まったくときめかない。状況がこれでなければもう少し穏やかになったであろうものを、ただひたすらに鬱陶しい。義務感が終われば彼は虚脱するだけだ。

 

「……………離れろよ。じゃないと内股で転がすぞチビ助」

「はーい」

 

何より、彼にも嗜好というものがある。

 

「そこまでしてどうしたいんだお前は。言っとくが依頼は8桁積むことになるぞ」

「そんなんじゃないわ。この高校の学生らしいことをしたいの」

「お前でもいいんだぞ」

「私が大怪我したら大変でしょ?」

「いっそさせてやろうか、この野郎」

 

大変よろしくない。修平の背後を陣取る克人に表情の変化はなし。摩利は真由美ではなく修平を見た。小動物っぽい方は申し訳なさそうに目を伏せ、無表情な方はそもそも修平に関心がないように目を泳がせている。

 

「会長、彼は?ついに会長にも春が?」

 

修平から見て、真由美の左を陣取る女子生徒が疑問をぶつける。彼女からすれば意味不明な茶番を見せられたような気分で、表情はまったく動かないが考えることはひとつ、さっさと紹介しろよとばかりに少し幼稚な挑発をする。

 

「そんなんじゃないから!やめてリンちゃん!」

「頭ん中真っピンクじゃねーか、能面女」

「のっ………」

 

返しはやや手痛いものとなったが、すぐにそれは形状を記憶しているようにいつもの無表情となった。彼女にとっては、先輩と後輩という立場にありながら友達感覚の会話どころか、人目をはばからず罵る修平を見てあまり面白くないのだろう。そういう意味でも少しだけ表情が崩れた。しかし修平はそれを知った上で、ターゲットを外した。何せ完全アウェーで3年生で十師族で三巨頭でと、情報量があまりにも多過ぎる。だからこそ、今するべきは対抗することだ。

 

「ゴリラとチビと、それからそこの男装の麗人。徒党組んだのはお前らか」

「名前で呼んで欲しいな〜って、修平君?」

「じゃ今すぐ帰らせろ」

「会長、彼は何を?」

「ちょっとね………」

 

萎縮しているだとか、強がっているということは一切ない。寧ろそう思わせようとしている辺りに修平の小狡さが垣間見える。資料を見た克人や基本的に他人と壁を作るリンちゃんこと市原鈴音は見分けるかも分からないが、正直者の摩利や、震える小動物こと中条あずさは真由美の目から見て不安だ。

 

「チビ、お前俺の目真っ直ぐ見過ぎ。嘘吐く時は目を逸らすなんて、正直ありきたり過ぎて食傷気味だぞ馬鹿。ブラフ学んで出直せ馬鹿」

「うう………いつもより修平君の口が悪い………」

「あとゴリラはあの能面に見られ過ぎ」

「俺か?」

「あの能面女、あからさまに敵対してる。だから即応出来る位置にいるお前を観察してる。あいつの目の動きと仕草でお前が何しようとしてんのか大体分かるぞ」

「む………そうか?」

「直そうとすんな。馬鹿がバレるぞ」

「……………」

「お前に言ったんだよ能面女」

「………警告どうも」

 

鈴音は不快感を示さずにはいられない。当然も当然、彼の言動は『入学初日に突然三巨頭に囲まれて生徒会まで連れてこられた』あるいは『嫌だったけど来てやった』という点からしょうがないとされる配慮を既に逸脱している。彼もこの点においてギリギリの駆け引きをするつもりなど毛頭ないようで、ニタニタと意地の悪い笑顔を保ちながらも、踏み出せる姿勢を保って常に有形力の行使に警戒している。

 

「お前の魂胆分かったぞ、チビ」

「あらら。さっすが修平君」

「そんなに俺に自衛して欲しいか、この野郎」

 

彼は聡明な部類に入るようで、真由美のこれからさせたいことを全て暴いた。それは一般的には憚られるべきことで、実際彼もそれを拒否しようとする。学校で目立つのが嫌だというわけではないが、それによって余計に敵をつくってしまうのならばそれは断固拒否すると。しかし真由美にとってこれはある種、宣伝のようなものだ。彼の嫌がることを利用してでもそれをさせようとするだろう。魔法科高校やその生徒、教師や関係者に対する宣伝ではないが、どうしてもそれは必要なことなのだ。

 

(魔法という存在に対するアンチテーゼ。しかも非魔法師?ますます得体が知れない。何故学校はそんな生徒を?それよりも………彼のアレは一体?)

 

そんな彼を見て、摩利は首をかしげる。摩利にとって、魔法に対抗する非魔法師というだけでも謎めいているというのに、それに付随する疑問があまりにも多過ぎる。そこで彼女は、喋り方に目を付けた。強気なのか、気弱なのか。訛りのようなものはあるのか、ないのか。あるいは、話している時の視線である程度の対人能力を図れる。筈だったのだが、ここでまた真由美の言葉がフラッシュバックする。

 

彼は標準語しか話さない。

 

真っ向から矛盾する親友の言葉と現実。乖離甚だしい現状に風穴を開けなければならない。それは風紀委員としても急務であった。原理はどうあれ、楡井修平は魔法師を相手取るだけの秘密兵器か実力を持っているということ。しかも今の彼は明らかに気性が荒い。

 

「残念だけど私はお相手出来ないの。ほら、もう昔に嫌ってほどやったでしょ?」

「ああ。お前の鼻はへし折り尽くした」

「むっ………その挑発には乗らないわよ?」

「そうかい。新入生をさっさと帰してくれたのはいいけどよ」

「これは決闘ですから!むふふん!」

「戦わねえ癖に何言ったんだか。で?段取りは?」

「私だ」

「あんたか。その節は世話んなった」

「う………済まない。知らなくてな」

「いいさ。どうせあのちんちくりんがインサイダー取引した結果だろ」

「違いますー」

 

いくら年下の新入生であろうとも、事情を知ればあの時の自分は間違っていたのだと認めざるを得ない。こればかりは立場も何もない。

とにかくことの一端が真由美にあるのは間違いないが、今回はどうやらお詫びで終わるということもなさそうだ。つまり()()。それが必要な事態に追い込まれていると、彼は思ったし、もしも立場が逆ならこの場にいる誰もがそう思うだろう。

 

「模擬戦をしよう。君に興味が湧いた」

「お前それ言って人が喜ぶと思ったら大間違いだかんな。宝塚トップスター」

 

宣伝のため、彼は戦わなければならない。

 

◆◆◆

 

どうやら学校には実習室なるものがあるらしい。当然魔法科高校なので魔法の実習をする部屋なわけだが、そこはその特性上模擬戦にも使用される。ただ模擬戦をするとしても即断即決即行動とは当然ならず、部屋の確保や許可などなど。しかし生徒会役員とやるとなればそれが全てその場で完結するのだ。何ともありがた迷惑なことか。

 

「野次馬はお呼びじゃねーぞ」

「私は貴方のこと分かってるつもりよ。摩利は貴方のそういうのに弱いから私がついてないと」

 

修平にも事情というものがあるが、しかし、それでも模擬戦というのはまたとないチャンスだ。戦いというのはつまり、自分の持つ戦闘力だけでなく知識や感性までが問われる。だからこそよく観察したいのだが、まさかの観衆付きという事態に彼は口を酸っぱくして、野次馬は必要ないと廊下でずっと言い続けていた。

 

「じゃあいいだろ。100歩くらい譲ってゴリラはいいとして、そこの小動物と能面はお呼びじゃない」

「今集められる最大戦力よ」

「………お前それマジで言ってる?本気で?ここにいる全員のこと思ってんなら水爆ダースで持って来いや」

「そんなんじゃ死なない癖に………大丈夫よ。実戦用でも貴方は変に理性的だし、いざとなったらあーちゃんの魔法で時間は稼げるだろうし」

「その超スゴイスーパー魔法が当たればな」

「あうう………」

 

修平はやや皮肉めいた言葉を飛ばす。何やら物騒なワードばかりが飛び交っているこの状況に、あの気性の荒い一昔前の不良のような彼の被害が飛び火したらどうにか時間を稼いでくれ、と突然名指しされたあずさは萎縮するばかりだ。彼女自身生徒会所属の一科生で、成績はトップ5から落ちたことのない才媛で、人間の感情にはたらきかける系統外魔法を使いこなす才能もあるのだが、いかんせん性格のせいでその面影はまったくない。

 

「感情にはたらきかける、ねぇ?」

「あ、コラ!勝手にあーちゃんのID見ないの!」

「専門家的に見るが、ここは結構隙だらけだぞ」

「分かったからやめて!」

「あいあい」

 

廊下でのそんな不毛な会話をしたところで、演習室に入る。内部の設備はどこかの研究施設の制御コンピュータのように豪華で、メインフレームのようなものも鎮座している。異変が起きたのは、生徒会長である真由美が模擬戦を正式に認め、摩利と修平が向かい合って位置についたところであった。

 

「両者、準備は?」

「私は完了しているが………本当に彼はCADを使わないのか?」

 

それは、三巨頭たる自分に対して新入生が魔法を使わずに挑むということだ。彼女が自分ではなく対戦相手の身を案じるというのは大変な慢心に見えるが、しかし、そう思うのも無理はない。彼女は模擬戦とはいえ戦い慣れている。だからこそ主観と客観を使い分けて渡辺摩利という魔法師と、楡井修平という()()()()()()()を比較した時にどう攻略するかである。

 

人は見えるものを見るのではない。自分が見たいものを見るのである。

 

(真由美は彼を高く買っている………しかし魔法においての知識や技能も第一の中では凡庸。戦法がまったく見えないな………)

 

見えないものを諦めるのは、人間の仕方ない感性である。そしてそこに、十師族と肩を並べる三巨頭であるという誇りが重なれば、一見愚かな思考も実は誰にでも起こりうる。しかし初撃を外すような失態は許されない。知りたいと思い模擬戦を画策したのは摩利なのだから、それに乗ってくれた修平に敬意を表して全力で挑まなければならない。なので相手を観察した。模擬戦を開始する前から、別の面で戦いはすでに始まっているのだ。

 

「修平君は?」

「ですなぁ、実にニンビめいたカラアゲでございますなぁ」

「………おい、楡井君?」

 

突如、修平に明確な変化が見られる。これまでの、口は荒いながらも生き生きとしていた彼は表情を突き詰めて虚無にして、呪詛のように脈絡のない言葉を吐き出し始める。瞳は濁り、眉はピクリとも動くことなく、それは人間が会話をしているというよりも、ロボットが言葉を吐き出すために口だけ動かしているといった具合に限りなく近い。前兆のないあまりに急激な彼の変化に、その場にいる全員が怪訝そうに彼を見る。しかし言葉をかけることは出来なかった。あまりにもそれが脈絡のなさすぎる、いわゆるワードサラダであったためだ。

 

「ですです。すなわちそれは放射線同位体なのでございますな。そしてついにはミクロネシアで機銃掃射するんですな」

「どうしたんだ?」

「おや、258安打ではありませんか。つまりフィリッピンの夏は実に暑い」

「七草、彼はどうしたんだ?」

「ちょっと待って。こういうの確か前にもあった………」

 

しかしついに観衆である克人が摩利に変わって真由美に声をかける。彼は何の前触れもなく、穏やかな顔でワードサラダを唱え出した。あまりにも唐突過ぎる異常性にその場にいる全員が狼狽しているが、真由美は冷静に過去の記憶を探る。確かシチュエーションで、彼があれと同じ状況になったことがあった。

 

「模擬戦は中止にするか?」

「いいえ。戦えることは間違いないわ。寧ろこっちの方がいいのかしら」

「ならば始めよう。逆に興味が湧いた」

 

強行している、と思われるかもしれないが、摩利の言葉は真実だ。彼と初めて邂逅してからずっと気になっていたことは、彼の感情である。まだ出会って1時間と経っていないが、衝撃的だったという意味で記憶に深く残っている。

 

「………そうね。ではこれより模擬戦を開始します。勝利条件は相手の棄権あるいはこちらが戦闘続行不能と判断した場合。直接的に肉体を損壊する破壊力の高い魔法や著しい後遺症を残すと危惧される魔法は使用禁止。武器の使用は認められず、徒手格闘のみとします」

「了解」

「忍耐の季節でございますなァ」

「では、始め!」

 

威勢良い真由美の声で模擬戦が始まる。同時に摩利のCADが発光し、描いた魔法式を展開していく。手に馴染んだ私物ではなく情報端末のような形をした学校の備品。修平には内緒だが、これが可能な譲歩だ。調整は効くが、それでも万が一に備えなければならない。

 

組み立てられた魔法式は感応石を通して情報体へと干渉する———

 

「なっ………」

 

ことはなかった。突然CADからアラームが鳴り響く。今まで遭遇したことのないイレギュラーに対して、摩利は咄嗟の判断でCADを落とした。次の瞬間、それがキッカケとばかりにCADは部品やその破片を撒き散らして小さな爆発を起こす。爆発が終わるとそこには原型を留めず、何かの精密機械が転がるばかりだ。

 

「これは………」

「どうね。こいつで本気出してくれるんか?もちっとこっちが譲らぁならんかえ?おいはそいでもよかよ。ウチのモンは血が上りやすいけ、ここいらで歯止めをかけにゃあ」

 

そしてまたあの喋り方だ。一体どうなっている?それは演技で使い分けているというよりも、まるで性格というものがいくつもあるように感じるほどにあっさりと、かつ急激に切り替わる。まさかそれは、模擬戦のための策なのではなく本当に彼の性質なのだろうか。

 

彼を知りたいと、強引に吹っかけた模擬戦。それは奇しくも、更なる謎を呼ぶこととなってしまった。




なんか主人公達が出ないっすね。多分次回出ます。

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