魔法科高校のアンチテーゼさん   作:あすとらの

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二乗解

司波兄妹など、彼が一応表面上は友人として扱う人物が生徒会や風紀委員会など学校運営の中核を担う役職に就いてから、修平は四六時中と言ってもいいほどに真由美や摩利に付くようになった。理由については言わずもがなだが、そうまでして生徒会と近寄らなければならない理由は、例の行事にあった。

 

「ほんっとーにありがとねえ、修平君」

「やめろ気持ち悪い。そんなセリフ聞くために引き受けたわけじゃねえぞ」

「だが実際助かった。まさか君が自らセキュリティ担当に立候補してくれるとは思わなかったが」

「姉ちゃんがやるっつーんならやる。何で姉ちゃんの部署が出張るのかは知らんけど。そんでもってシャクだけど」

 

九校戦こと、全国魔法科高校親善魔法競技大会。毎年夏に開催される魔法の競技大会で、全国にある九つの高校が選りすぐりの魔法科高校生を集めて開かれる。ただの運動会とはいかず、実力ある金の卵を見つけるために政府や軍の関係者、企業の重役とスカウトまでもが観戦する。大会の主催と競技場の提供を軍が行うという点でも、大きな大会だ。さて、もちろん古今東西大会というのは選手だけでは成り立たない。サポートあって選手たちものびのびと競えるもので、裏方というのは目立たないながらも必要不可欠な存在である。その裏方作業員の一つ、警備スタッフについては民間の警備会社ではなく警視庁公安部の機密部門(表向きは公安機動捜査隊の一部門)が行うことになり、姉の仕事に弟である修平がくっついていくという体制になった。民間企業よりも信用できる上に実力派の修平もつくとなって真由美は踊り踊って喜びそうになったが、問題はそれだけではなかったのだ。

 

「そうじゃねえだろバカ。結局技術スタッフはどうなったんだよ」

「そうなのよねえ………。それが一番の問題っていうか、修平君はCADの調整できないんだよね」

「俺はぶっ壊す専門だからな」

「元々魔法工学志望が少ないのよねえ、ウチ………。あーちゃんと五十里君がいる分今年はいくらかマシだけど、それでも頭数が足りなくて」

「主力選手の十文字と真由美がカバーするわけにもいかないな」

「摩利がそっちの方面に詳しかったらまだやりようはあったのだけれど」

「………いやあ、ははは」

 

真由美の責めるような視線に、摩利は気まずそうに目を背けるしかない。

最も重要かつ九校戦開幕前に表面化した問題として浮上したのがこのエンジニアの圧倒的な不足である。魔法師志望が圧倒的に多い第一高校で、九校戦でしのぎを削れるだけの性能のCADを調整できる有能なエンジニアが少なく、予備も含めれば三桁の数に迫るCADを全て捌くだけの頭数が足りていないのだ。修平は精密機械に強いものの彼の弁の通り魔法に関するデバイスは破壊する専門なのでボツ。専門家と言えるだけの人材はいない。

 

「仕方ねえなあ。それじゃあ馬鹿と愚図と無能に楡井さんが解決策を示してしんぜよう」

「ちょっと待って、それ誰がどれ?」

「どれにしたって酷いじゃないか………」

「いるだろここに、有能なエンジニアが。お前らのフシアナ・アイでもしっかり見れる位置に」

「近くってどこに———」

「なんか修平君、人格バグってきてない?」

 

真由美の指摘を華麗にスルーし、修平は有能なエンジニアとして隣で昼食を黙々と食している達也を指差した。

 

「えっ………」

「……………」

「……………」

 

指された本人は予想外過ぎる不意打ちに固まり、生徒会組と摩利も発案者の修平と指名された達也を交互に見る。

 

「それだわッ!!」

「そうだ!それだ!!」

 

そして堰を切ったように沈黙から一転して真由美と摩利が大声を張り上げる。思わぬ盲点だった。それもそのはず、彼女たちには競技と直接関係する箇所に新入生を加えるという点がそもそも考えられていなかったから。こればかりは素直に認めて喜ぶべき発見のようで、いつも能面と呼ぶに相応しい鈴音も少し口角を上げていた。

 

「私は賛成です。お兄様でしたら、たちどころに一流企業のエンジニア顔負けのチューニングをしてくださるでしょう!素晴らしいCADが完成するに違いありません!」

「しかしな、深雪………。そうは言っても………」

「不満か?」

「当たり前だ。過去、一年生がエンジニアになった例はない。前代未聞のことなんだぞ」

「よかったじゃんか。歴史に名を刻めるぞ」

 

しかし当の本人は、先輩二人と愛する妹が激推ししていても渋っている。修平の軽口に付き合う様子もなく、迷惑そうに顔をしかめる。

 

「俺は二科生なんだ。俺が出張れば同級生の一科生が黙っていないぞ」

「些事だわそんなん。そんなことより出来る奴が出来ることをやらない方が大問題だろうが。魔工に関しちゃここの万能(笑)魔法師もオトコオンナも能面も草食動物も補欠のレベルだぞ。専門家一人いりゃあ安心だろうが」

「確かにその通りだが………。お前、どうしてそこまで俺を推すんだ」

「誤解してるかもしれないが、俺は魔法師の敵じゃない。俺に仇なすスポンジ脳みそどもの敵なんだ。魔法師が多いってだけでな」

「……………」

 

敵ではない。その言葉はまったく信用出来ないが、達也は嫌味に感じるほどの謙虚さはなく人並みだ。自分に魔法工学の知識があることはよく分かっている。何せ自分のことなのだから。趣味人以上の成果を出すことが可能であることも、分かっている。だがストップをかけている理由は自分で口にした通りもあるのだが、修平が推すというだけで信用ならない。何か重大な陰謀が渦巻いているのではないかと勘繰ってしまう。誘いに後ろ向きになっていると、深雪が懇願するように見つめて言う。

 

「私はお兄様にCADを調整していただきたいのですが………。ダメでしょうか?」

「……………」

 

弱い。まったく弱い。こういったお願いに、達也は弱いのだ。こうなっては折れるしかない。

 

「………はい。エンジニアの件、謹んでお受け致します」

「っしゃあ!!やったわね摩利!」

「ああ!これで何も怖くない!」

「フラグ立てんじゃねえよバカ二匹」

 

本当にいいものだろうかと、深雪の活躍を見れる場のつもりがそう簡単にいかなくなってしまった。果たしてどうしたものかと、達也は首を傾げた。

 

「あ、そうだ。修平君はこの後の会議に出るように。()()()()()()()が警察関係者とコンタクトを取れるわけないもの、貴方は伝達役として出てもらうわよ」

「お前ホントそういうとこ………」

 

◆◆◆

 

九校戦の準備会議は部活連本部で行われる。さながら大企業の会議室のような空間に選手だけでなくエンジニア、作戦スタッフのような裏方も一堂に会するのだ。深雪ら一科生は何度も参加して慣れたものだが、参加を突然突き付けられた修平とエンジニア就任がつい先ほど決定した達也は初めての参加となる。九校戦に出場するのは全員一科生であるため、そこに入ってきた二科生二人の登場には険しい表情で嫌悪感を露わにする生徒が多い。しかし四月と違う点は、その中にも好意的な視線が少ないとはいえ存在するというところだ。風紀委員としての一件もあって、その実力が認められつつあるのだ。

 

「中々の歓迎だこと」

「そう言ってやらないでくれ」

「あ?どしたチャンバラ野郎。お前さんも選手か」

「そうだが………って、そのアダ名は確定なのな」

「何せ弱かったもんでな。場所はここで合ってる?」

「ああ。それで………楡井は話に聞いてるけど、司波はどうした?」

「俺はエンジニアで」

「マジか。一年で、しかも二科生でエンジニアかよ。こいつはまたえらいこった」

 

話しかけてきたのは、以前一悶着あった一科生の桐原武明だった。しかし笑ってはいるが意地の悪いものではなく、心の底から楽しげに笑っているようだった。友人のように親しげにとまではいかないものの、二人揃って笑い飛ばす一科生と二科生の確執はないように見える。

 

「司波達也!それに楡井修平!どうしてお前らがここに!ここは九校戦に選ばれた生徒しか入ることを許されていないんだぞ!!」

「あ?誰だてめえ。後になって『ああ確かそんな奴いたね』程度で済ませられるようなモブAが気安く話しかけんじゃねえよ」

「森崎だッ!一科生の森崎駿だぞ!」

「ああ、いたねそんな奴」

「貴様———がはっ!?」

 

それに水を差すようにして現れた森崎駿に対する処理は早かった。修平はパイプ椅子を掴むと、ソフトボールさながらのアンダースローで思い切り投げ付けた。椅子にはスポンジがあるとはいえ骨組みが金属が使われている重量物なのだ、質量を持った物体が激突して森崎は吹っ飛ばされるように倒れる。更に追い討ちをかけるべくポケットから特殊警棒を取り出して歩み寄っていく。

 

「待て修平」

「待てと言われりゃ待つけれど、向こうがそうとは限らんぞ。衆人環視の前で二科生に盛大に恥かかされたんだからな」

「正当防衛の大義くらい持つべきだと思わないか。それ以上はやめてほしい」

「仕方ないにゃあ」

 

達也が止めに入ると、修平はあれこれケチをつけずに驚くほどあっさりと退いた。

 

「大会前に選手を壊さないでくれないかしら」

「見解の相違ってヤツだな。二科生が囲んで棒で叩かれる事態を避けたんだよ」

「………じゃあもうそれでいいから、頼むからおとなしくしてて」

「先制パンチが来たら正当防衛くらいはするが?」

「来るまではおとなしくしてて」

「あいあい」

「それじゃミーティングを始めます。ほらみんな、ポカンとしてないで座って」

 

パンパンと手を叩き、小競り合いのせいでドン引きしているその他の生徒を強引ながらも席に座らせて真由美は会議をスタートさせた。

 

やはりというか、真っ先に取り上げられた懸念事項は二科生の達也がエンジニアに就任した件についてだ。好意的な一科生というのはまだまだ少数派で、未だ二科生はあらゆる面で一科生に劣っているという偏見は消えていない。なので反対の声は会議中もいくつか聞かれた。修平の方はまだ何とかなった、というよりそもそもセキュリティになど興味がない生徒がほとんどなのでその辺りはどうでもいいといった印象で、真由美のゴリ押しもあって話は進んだが、エンジニアというのはその能力一つで競技の根幹を揺るがすポジションなのだ。

 

「司波のエンジニアとしての腕前が分からないから反対の声があがるのだろう?確かめるのは簡単だ、調整させればいい。何なら俺が実験台になるが」

 

腕を組んで思案していた十文字がそう提案した。実際彼の主張は真理で、分からないのなら分からせてやればいいという至極単純ながらも効果的なものだ。当然学校で人気の真由美が選んだのだからその名前で売ることは容易いが、それでは周囲との軋轢を生む上に実力を証明できない、さらに生徒会長効果という裏技の悪手である。

 

「会頭、よければその実験台、俺に任せてもらえませんか」

 

名乗りを上げたのは桐原だった。単に上級生を二科生から庇っただとかそのようなネガティブな思考ではなく、信用しているようだった。もっともその信用というのは当然達也に向けてではなく、指名した生徒会長へのものだが。あの真由美が、同情と哀れみとほんの少しの気まぐれだけで指名したとは到底考えられない。是非エンジニアになってほしいと直々にヘッドハンティングするだけの実力があるのだろう。魔法師はCADに対して無防備で、その調整を行う相手は二科生。一科生が心配や反対の声をあげる中で、最も強く反対したのは彼らではなかった。

 

「コンピュータエンジニアリングの世界じゃ、用途もスペックも違うデバイスとコードを複製してぶち込んだらほぼ確実にバグる。下手すれば分散処理もできないような重大なヤツが。安全マージンのことを考えれば正気の人間がやることじゃない。何せ基礎の関数から違うんだからな。アルゴリズムのチャートを変える必要性だってあるかもしれない。魔法は違うのか?」

「………その可能性は大いにあると言わざるを得ないわね」

「てめえチャンバラ単細胞男、わざと吹っかけたんじゃねえだろうな」

「いや、そんなつもりはなかったんだが………」

「あっそう。そりゃまた、使う()()の人間ってのは楽でいいね。俺ももう少し頭の出来が悪かったらそっちに行きたかったよ」

 

もう一つ、容量に空きがあるCADを持ち込んだことでその実験台というのが何をされるのか即座に悟った、皮肉るような修平の言葉に辺りはシンと静まり返る。現代魔法に関する知識は、彼の言ったようにコンピュータエンジニアリングや情報工学である程度置換可能である。当然ある程度であって全てではないが、彼の指摘は正しかった。真由美が予定していた課題というのは桐原のCADを競技用のものにコピーし、即時使用可能な状態にすること。桐原が差し出したのは競技用に調整されたものだが、コピー先のCADはそもそも世代が異なるのか廉価版なのか知らないがスペックが低い。桐原の剣術の腕前は確かなもので、CADもそれに見合った高性能なもの。とりあえず数が揃えばいいといった学校の量産品とはまったく異なるものと考えてもいいのだ。

 

「どこまでいっても馬鹿が馬鹿みたいなやり方で馬鹿面晒しただけだったな七草。言い訳は考えてきたか?『桐原君のCADはイッテンモノで似た用途とスペックのものがなかったからやむを得なかった』とかか?」

「……………ごめんなさい。焦っていたみたいね」

「急いては事を仕損じる、だからな。お前の提案は差別主義者(レイシスト)どもの格好の餌だぞ」

 

予定していた言い訳まで看破され八方塞がりになった真由美は白旗を揚げた。

何も真由美も、わざと出来もしないような課題を吹っかけて達也を落としたかったわけではない。寧ろ彼を登用したかった。しかし彼女は結果を焦り過ぎて視野狭窄となってしまっていたのだ。真由美のエンジニアリングに関する知識は修平の言ったように補欠のレベル、溢れる才能もあってプロ寄りのアマチュアレベルまで到達しているものの本業には遠く及ばない。その無知ゆえに彼が指摘したような大事な点を見落としてしまっていた。

 

「あーゴメン、待って、ちょっと待って。今考えるから少し待って。ちょっと修平君、あと摩利と十文字君も。ちょっとこっちカムヒア」

「何で俺までお呼ばれしなきゃなんねーんだよ。手前の不手際だろうが身内でなんとかしろ」

「まあまあ楡井君、少し付き合ってくれ」

「楡井、俺からも頼む」

「真面目かッ!十文字真面目かッ!」

 

しかし達也の()()としては、吹っかけられてエンジニアの座を落とされるというのも困る。より具体的に言えば、餌を取り上げられては困る。彼に隙を与えなければならない。本当に信用すべき人物なのかを知るためには、知性を排除して欲望の深淵を覗かなければならないのだ。

 

「俺は構いませんよ」

 

達也のその一言に、緊急会議を開催しようとしていた三巨頭プラスアルファは弾かれたように彼の方を見る。修平が丁寧に不公平である点を挙げ連ねてそれを聞いた筈なのだが、それらを全て手で払うようにして達也は言ってのけたのだった。

 

「俺がよかねえんだよ。万が一にもお前がヘボだったら困るのは俺ら後援会組なんだよ」

「しかしだな、俺としても受けると言ってしまった手前反故にするわけにもいかない。その課題で済むなら良心的なくらいだ」

「お前さんが馬鹿じゃないことは分かってる。けど後顧の憂いってのは断てる時に断つもんだ。今回に限って言やあ、落ち度は完全にあっちにあるんだぞ」

「分かっている、お前の言ってることは全て正しい。だけどやらせてくれないか。意地みたいなものだが」

「………お前と心中するつもりはないんだが、まあうん。いいんじゃねえの。さっきから深雪ちゃんの視線が痛いし。やりたいようにやりなよ」

 

愛しいお兄様を盲信している深雪にとっては受け入れがたい発言の連続だったのだろう。いつも花が咲くような笑顔を見せていたが今は眉をひそめて修平を睨むばかりだ。彼も彼で話した通り、こんな意固地ひとつで野郎と命運を共にする趣味はないのだが、推してしまったこともまた事実。達也は小手先ばかりの技術者でも知識だけの本の虫でもないことは保証されているようなもので、修平が懸念した万が一というのは前世で大罪を犯して業が深くない限りはまず起こらない。

 

実際に使用する車載型の調整機を部屋の真ん中に置き、片方に達也が座ってその向かい側に桐原が座る。

 

「これから司波達也君に課題に取り組んでもらいます。課題は先に話した通りです。その調整機を使って桐原君のCADを競技用のものにコピーし、即座使用可能な状態にしてください」

 

達也が言いたいことは、修平が代弁した。それでも達也はこの不公平な勝負を受けると言った。その発言に責任を取るためには、課題クリアという勝利を収めなければならない。友人や妹のためにも負けられない。

 

と、気合を入れた風ではあるが、正直この課題はあまり難易度としては高くない。エンジニアとしての腕の見せ所は、要するに用途の違う式をどうやってバグのないままにコピーして違和感なく魔法が発動できる状態に持っていくか、というところにある。難しくない。自分の知識と技術をもってすれば余裕だ。

 

そう心で唱えて達也は作業を開始する。まず桐原のCADからデータを抜き出し、それをコピペするのではなく一旦調整機に保存する。次に桐原のサイオンを測定する。このまま自動設定をしてもいいが、マニュアル操作の結果の良し悪しがエンジニアの腕前によって大きく左右される。しかし丁度次の行程に移る辺りでピタリと達也の手が止まる。もしや何か間違いが起こってしまったのか。恐る恐る画面を覗き込んだのは、この手のデバイスに目がないあずさだった。

 

「これは………!」

 

あずさは二の句が告げなかった。本来は作業効率上昇のために表示される筈のグラフや細かい表は存在せず、ひたすらに数字の羅列が目にも留まらぬ速さで表示されては画面外に消えていく。専門家ではないとはいえデバイスに明るい彼女はそれをすることの難易度をよく理解しているからだ。

 

「ねえ、ねえねえ修平君、あれ凄いの?凄いんだよね?」

「静かにしてろバ会長」

「バっ………。ううん、でも修平が見入るんだから、凄いのか………」

「凄いけど、原データから掘り返すってマニアックすぎるだろ」

「じゃあ、修平君だったら同じようなことやろうと思う?思わない?」

「科学ってのはいかに人間に楽をさせるかを追求するために生まれたんだ。人工知能(AI)コーディングしてそいつにやらせるに決まってる。つーか俺にこんなこと言わせたら達也の凄さが霞むだろうが。あんなの一山いくらのエンジニアじゃ千年かかってもできないスゴワザなんだよ」

「へー………」

「興味なさそうだし………」

「その辺の判断はあーちゃんと十文字君と桐原君に任せようかなって」

「お前ってホント馬鹿」

 

聞いておいてそれかよと会話を切り、達也の作業を見る。最近の世は便利になったもので二進数やプログラミング言語を延々と打ち込むだけがプログラミングやコーディングだけではなくなっている。しかしその時代から逆行するようなやり方にもかかわらず、その作業は恐ろしいほど精密で、とても人間業とは思えない。これといいキーボードオンリーでの操作といい、真由美から見ても修平が言うマニアックというのは間違っていないように感じた。

 

「終わりました」

 

終了の意思を告げる達也の言葉で現場が忙しく動く。すぐさまテストのためにCADが桐原に渡され、十八番である高周波ブレードが形成されていく。

 

「桐原、どうだ?」

「問題ありません。まったく違和感がありませんね」

 

克人と桐原が魔法式がどうだ、出来がどうだと真剣に協議している間に真由美はさりげなく修平の隣に移動して問いかける。

 

「時間はぶっちゃけ平均的だけど、どうかな」

「タイムアタックしてんじゃねえんだ。そんなの二の次だろうが」

「そっか。うん、そうだけど、でも速さって大事じゃない?」

「あんな芸当やってのけた達也の後釜はお前でもいいんだぞ、万能の魔法師サマよ」

「………ごめん、それはなしで」

「だろうな。あんなの目隠ししてコード打ち込んでるようなもんだ。じゃあさっさと決めろ。多少強引でもいい。無能のメンツと大会、どっちが重いかくらいお前にも分かるだろ」

「そうよねえ………」

 

真由美の専門知識を総動員して分かったことといえば、どうして彼が時代遅れなこだわりを持ちながらどうして平均的な時間に収められたのかが分からない。分からないことが分かったということだ。未知の領域に踏み込んでしまうほどに、達也の知識と技術は底知れない。趣味レベルどころか下手な専門家を凌駕していることは明確で、エンジニア不足にあえぐ第一高校においては救世主のような存在だ。が、それを阻む存在がいる。

 

「一応の技術はあるようですが、当校の代表レベルには到達していないのでは?」

「そ、そんなことありません!私は司波君の代表入りを強く希望します!!」

 

達也のエンジニア加入賛成派のあずさと反対派の生徒がぶつかっている。しかしあずさの方は元来の内気な性格が災いしてみるみるうちに声が小さくなっていき、反対派が優勢と言わざるを得ない。反対派も反対派で、不利な勝負を吹っかけておきながらその策が破られると次は単にあれこれそれっぽい理由をつけて阻もうとする。

 

「私も、司波達也の代表入りに賛成です」

 

助け舟を出したのは、意外なことに副会長の服部だった。完全無欠といっていいほどの至上主義者で、四月の一件もあったというのに今は丸くなっている。

 

「桐原のCADは競技用よりもハイスペックでした。それを使用者の違和感なく完全な形で作業を完了させたし、時間についても別に遅いわけじゃない。今は一年生だ二科生だと言うよりも、優秀な人材を積極的に登用すべきと考えます」

「俺も服部に同意見だ。司波は代表エンジニアとして相応しい実力を見せた。代表入りを支持する」

 

生徒会副会長だけでなく、部活連会頭にして三巨頭の一角である十文字克人も支持に回った。ただの一生徒にここまで重くのしかかる言葉を押しのけることなどできるはずもない。こうして達也は代表入りした。

 

「じ、じゃあ、そいつは!そこの魔法も使えない二科生はどうしているんですかッ!!こんなヤツをセキュリティ担当として代表入りさせることだけは許容できない!競技中もそうでない時も命を預けるんですよ!?それをこんな、魔法の才能がないウィードに———」

 

達也の件で勝てないと察した生徒は、矛先を修平の方に向ける。魔法科高校に在籍しているのに魔法を使えない。そこだけ切り取れば反対派の生徒の主張は正しいように思える。

 

だが事はそこまで簡単ではない。『ただの名門』程度では知ることさえも許されない、もっと複雑な事情があるのだ。そもそも平等を推進する生徒会長の前で軽く差別用語を使うとは何事か。誰よりも真由美の視線が凍てつくように鋭くなり始めたちょうどその時に、乱暴に会議室の扉が開けられる。蝶番へのダメージが大きいであろうことが明確に分かる程度には。

 

「警視庁の者ですが」

 

屈強な男を引き連れた女性がIDを示し、辺りは騒然とする。女性は切れ目の凛々しく、可愛いというより綺麗といった表現が相応しい。まだ二十代前半にも見えるが纏っている雰囲気はどこか五里霧中というか、表情も変わらないままでどんな人間か初対面で第一印象を測ることができそうにない。そして彼女はその生徒たちの方へ向いて言葉を発する。

 

「警視庁公安部公安機動捜査隊特事第一係係長の楡井若菜(ニレイワカナ)です。それで………うちの弟が何か?」

 

事件じゃないか、事故じゃないか、いやいや他のやんごとなき事情があるのではないか。ヒートアップした野次馬根性の据わった現場が一瞬にして凍りついた。


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