8月1日。いよいよこの日は九校戦の会場である富士演習場へと向かう日。会場から遠い高校はもう少し早めに現地入りすることが多いのだが、最も近い第一高校はこの頃の出発となる。
さて、出発予定時刻から一時間半が経過している現場はというと、機材も人も全て積み終えたというのにバスは停車したまま。炎天下の中直射日光とコンクリートから上昇する熱で挟まれている摩利は決して心中穏やかでない。
「……遅いな」
「ですね」
ちなみに、同じ状況に置かれている達也は汗ひとつ垂らさず涼しい顔で摩利の隣に立っている。つまり出発予定時刻から一時間半待っているということだが、修平は余裕綽々といった様子でバスの窓から顔を出して紙パックのジュースをストローで吸っている。
「是非、彼女を叱る時の列に君も加わってほしいのだが、どうだ楡井」
「俺が『気合いを入れる時の七草に時間の概念なんてない』って言った時、それを聞き入れなかった大間抜けの脳足りんのことをもう忘れちまったとは驚きだ」
「……撤回して謝罪しよう」
「うふふ、もう遅い」
そう言って修平はバスの窓をピシャリと閉めた。
「はあ……」
後悔先に立たずとはよく言ったもので、照りつける日光の下で無限にさえ思える時間を過ごしていたまさにその時だった。
「遅れてごめんなさーい!」
サンダルのヒールを鳴らしながら真由美がやって来る。口先では謝っているもののその明るいテンションには済まないという意思がまったく込められておらず、それは純白のサマードレスに広いつばの帽子という気合いの入りまくった服装からも見て取れる。
「やっとか……」
「これで出発できますね」
達也は手に持っていた端末の、リストにある真由美の欄にチェックを入れる。これでようやく全員が揃い出発できるようになった。
「ごめんね二人とも。私のせいでこんなに待たせちゃって」
「問題ありません。事前に話は聞いていましたので」
「ありがと。ねえ達也くん、これ、どうかな?」
自分が着ている服を示し、真由美が問う。これは中々後輩としての姿勢が問われるものだと逡巡したのち、答えた。
「よくお似合いですよ」
無難な感じで、無表情を貫きながら。
「もうちょっと照れながら褒めてくれるとよかったんだけどな〜」
真由美の身長は平均よりも下であるが、体型はとても女性的でグラマラスだ。姿勢を少し変えれば豊かな双丘が谷間を刻んでいた。思春期真っ只中の健全な男子ならばこれだけであれこれ考えて誤解してしまうかもしれないが、残念なことに達也は良くも悪しくもその範疇にはいない。
「心中お察しします」
「なんか誤解が———きゃんっ!」
達也との会話の最中、バスの方から螺旋回転しながら飛翔する空のペットボトルが真由美の額に命中する。
「いつまで茶番やってんだ」
ダーツでブルに命中させるがごとく捻りを加えたペットボトルを投げ付けた犯人は、やはり修平だった。
「ちょっとお……。酷くない?乙女にこんな仕打ち……」
「お前のせいでどんだけ燃料食ってると思ってんだ。バスさんに謝れや」
「私ってバスより下の位なのっ?」
「今更気付いたのか。オラさっさとしろ、次は満タンのが飛んでくるぞ」
「もう、なびかない子二号……。ね〜服は?私の服可愛いでしょ?あと私も可愛い。ね〜、修平く〜ん」
「うぜえ。つーかなんじゃその服。浮かれてんじゃねーよ」
「オシャレですぅ〜。そんな初歩的な女心も分からないなんてまだまだよ、修平君」
「誰が好き好んでお前の腹の内を知りたがるもんか。いいから早くしろ!いい加減暇なんだよ!いつまで足止め喰らわせる気だこのカタツムリ女!」
「カタっ……。もう!怒るわよ!」
「ノロマにカタツムリつったんだ、お前の名前呼ぶのと何が違うんだよ」
「ムキー!!」
真由美の後に続いてバスに乗り込む摩利と達也は、その言い合いが全てうるさいくらいの音量で耳に入って来る。
「不思議な関係だな」
「ですね」
それを聞いて思うところはこれに尽きた。本気で憎み合っているにしてはあまりに口調が軽く、しかし二人の因縁は確かなものとして存在している。修平はそれを水に流すつもりもないだろうし、真由美もそれを承知している。修平が殺してしまいたいほどの憎悪を抱くことなくかといって全てを許すでもなく、その中間で拮抗しているというか、その先に行こうとしない。あくまで真由美は、憎い家系の一人という存在に留めているのだろうか。
(これも多重人格の影響なのか……?)
他の一年生に比べて修平とは多くを話したが、摩利にはまだ彼のことが分からない。
「うん?そういえばどうして楡井がこっちのバスに?」
そういえば、と摩利は問いかける。あまりに自然に真由美との会話を展開したせいで気付かなかったが、彼はあくまで警察の協力者として九校戦に赴く。しかしその警察が用意した車両はすでに出発した後だった。
「この女がいくつの罪状で公安からマークされてるか教えてやろうか?」
「いや……やめておくよ」
「じゃあ黙ってろ。余計なことは言うな。俺にも手錠をかけたくない人だっている」
「修平君ってば私の専属ボディーガードになったの♪」
「お前だけは治外法権の名の下に今ここで射殺してもいいんだぞ」
どうやら深く根を張っているものらしい。満面の笑みで修平の腕に自身の腕を絡めて胸を押し付ける真由美と、その手でホルスターに格納された拳銃を取りたくて仕方がない修平は対照的だ。
「お待ちなさい達也チャン。暑い中ご苦労さん。ほれ水じゃ」
「ああ、ありがとう。それじゃまた向こうでな」
「私の水は!?」
「ペットボトルならある」
「ひどぅい!あんまりよ!」
「あーもう、熱中症にならなきゃいいんだろ。ほら」
「塩」
「塩分補給とか大事だろ?」
「モロ!モロに塩!」
まるで夫婦漫才のよう。そして自然な流れで修平は真由美のすぐ後ろに座り、バスは出発した。
◆◆◆
走り出してからそれなりに時間が経ったが、前列の方は中々賑やかだ。主に騒がしいのは生徒会長とその監査役で、三人目は完全に巻き込まれた市原鈴音だ。
「やっぱり私のこと好きなんでしょ〜?隣に座ってもいいのよ?」
「分かってると思うが、お前が何か企んでも分かるからな」
「そうね地獄耳さん。いつも思うけど、どうやって探ってるのかしら」
「どうってことねえよ。芸能人の浮気を探る記者みたいなもんだ」
「それはまた、目を使わないで分かるなんていい才能ね」
「そうでもねえ。
「え〜?じゃあ、私は今何を考えてるでしょう!」
「俺がなんて答えても不正解にしてやろうって考えてる」
「……………残念、ハズレ!」
「やるならもうちょっと上手に嘘をつけ。俺を欺こうなんて甘いんだよ、馬鹿の擬人化かテメェは」
名家の出だとかその中で身につけた礼儀作法だとかを抜きにして実のない雑談に興じている姿はまさに年相応の高校生のそれだ。
「つーかお前、なんでこんなコスプレしてんだよ」
「コスプレ!?乙女の精一杯のお洒落をコスプレ!?」
「学校行事でその格好はコスプレだろうが。気合の入れ方間違ってんだよ」
「会長ならば似合わない服はないかと」
「お前も慰め方の方向性間違ってんだよ能面」
「……その渾名、気に入ったの?」
「お前の特徴を表したいい渾名だろ?」
「貴方って本当に嫌な男ね」
「お前に嫌われたから俺がどうなるってんだ。自分のこと見て物を言え」
(何をやっているんだ、あいつら……)
そのうち鈴音もヒートアップしていき、真由美も含めてやいのやいのと言い合うというやり取りを摩利は呆れた様子で見ていた。とてもカリスマ性に溢れる生徒会長とクールな生徒会役員のものには見えないような程度の低い会話には目を背けるしかない。
(ああも変わるものなのか、彼の前だと)
そして感嘆もした。これほどまでに難しい人間関係を難なく保ってみせるというのは中々できることではない。そのやり方を是非ともご教授いただければ学校の人間関係も遥かにいいものになるのだろう。
「はあ……」
是非ともこの状況を打開する術も教えてほしい。摩利の隣では女子生徒が本日数度目かの溜め息を吐いていた。
「
ボーイッシュなショートヘアに凛々しい顔立ちの女子生徒、
「私だって二時間や三時間くらいは待てますよ!でも今回は啓も技術スタッフとして選ばれてすっごく楽しみにしてたんだから!今日もずっとバスの中では一緒だと思ってたのに!思ってたのになんで、技術スタッフは作業車なんですかッ!!」
現在達也とともに作業車に乗っている技術スタッフの
「バスの席だって余裕あるし、足りなければ二階建てでも三階建てでも持ってくればいいんですよ!ああもう、納得いかーん!!」
「五十里のことになると毎度人が変わるな、お前は……」
隣でキンキンと喚かれているせいだろうか、頭が痛いような気がする。摩利はこめかみに指を当てて悩んだ。
そして隣人との関係について悩んでいるのは摩利だけではない。
「……………」
「……………」
「……………」
そこは死んだ空気と形容していいかもしれない。後ろから二番目の窓際に座る深雪は花音のように騒ぐようなことはせず、ただひたすら無言を貫いていた。普段は華やぐ端正な顔立ちも、今となっては生気のない人形のようでやや不気味な印象を抱かせる。そして彼女は無意識のうちに穏やかでないプレッシャーを周囲に撒き散らし、生徒たちはそれに当てられて縮こまるしかない。彼女の隣に座るほのかや通路を挟んで同じ列の雫も例外ではない。
「ええと……。深雪、お茶でも飲む?」
その沈黙に耐え切れなくなったのか、おずおずとほのかがそう切り出した。
「ありがとう、ほのか。でもごめんなさい。私、そんなに喉が渇いていないの。……だって私はお兄様と違ってこんな炎天下にわざわざ外に立たされていたわけじゃないもの」
これはやらかした。思わず自分の体が凍り付く。
「おバカ」
「うう……」
「ああ、誰が遅れてくるか分かっていたのならわざわざ外で待つ必要もなかったのに……。どうしてお兄様があのような辛いお役目を……。しかも狭い作業車の中で移動だなんて……。せめて移動の間くらいはゆっくりお休みいただきたかったのに……」
「ううう……、修平君ヒドイよ……」
ブツブツと、まるで早口で呪文でも唱えるように窓に向かって語りかける深雪を横目に、ほのかは彼に対して恨みを口にした。
実は修平は本来雫の隣に座る予定だった。だが出発の四十分ほど前に突然所定の位置を離れて、真由美の隣に座らせろと言ったのである。当然反発はあったが、彼はまったくノーダメージ。それどころか二、三発グーをつけて恫喝して無理矢理その場を収めたのである。
『いやん、修平君ってば大胆……。いいよ、私の隣においでなさいな。うふふ、お姉さんがじっくりねっとり———ああ待って!待ってお願いだから!隣、ね?隣来てよぉ〜お願いだから〜』
真由美は遂に想いが実っただのと喜んでいたが、今思えばこういうことだったのだ。ほのかはその危機察知能力を嫉んだ。
「誰もやりたがらない仕事を率先して引き受けるところが、達也さんのいいところだと思うよ」
それまで無言を貫いていた雫がそう口を開く。思わぬ助け舟に、ほのかは乗るならばこれしかないと瞬時に乗った。
「そう!そうだよ!達也さんって素敵な人だよね!うん!」
百パーセント不本意というわけではないが、いくらか盛ってこの場においての最適解を導いた。
それからというものの、二人の努力によってようやく上機嫌になった深雪は誰に向ければいいのか分からない不満とそれによって噴出するオーラを収めてくれた。ようやく平和になったと二人は言うが、それは束の間のものであった。
◆◆◆
その着地点のない、脳の外側だけを使ってもいいような簡単な会話を始めたのは意外にも鈴音であり、彼女の一言から始まった。
「お二人は恋仲ではないんですよね?」
「いや———」
「あるわけねえだろ能面」
そしてその言葉に対し真由美が否定する、つまり恋仲であると言おうとすると凄まじい速さで修平の更なる否定をする。
「修平君!?ちょっと修平くぅん!?」
「うるせえな!ないもんはないんだよ!」
「バチギレ………」
「なんか修平君、勢いが怖いよ?」
「なんでそういう発想が生まれるんだよ……」
「お二人の夫婦漫才のようなやり取りで」
「夫婦漫才……」
「ええ、やだぁ〜。夫婦なんてそんな〜。ねぇ〜?」
「ねぇ〜じゃねえよ」
いつもと違う様子の修平。いくつもある人格の歪みかあるいは単に戸惑っているように見えるが、今回は冗談とともに過激な罵倒をつけるという切れ味がない。それどころか目頭を押さえて低く唸っている。
「会長」
「ん?」
「どうやら照れ隠しではないようです」
「え、マジ困りなの?」
「当たり前だろ……」
など、多少の紆余曲折がありつつもバスの中では穏やかな時間が流れていた。
「みんな、あの車!なんか様子が変だよ!」
なので、千代田花音のその言葉に対する反応が遅れてしまったのである。
反対車線を走るオフロード車は明らかにスピードにおいて同車線を走る車両を凌駕していた。そして突然ブレーキを踏んでバランスを崩しながら蛇行を始め、中央分離帯に激突、勢いよく飛び上がった車は車線を超えてバスの真ん前に落ちる。
「きゃああああああ!!」
バスが咄嗟にブレーキをかけたため激突とはならずに済んだ。シートベルトを閉めている女子生徒が体にかかる強烈な慣性に悲鳴をあげる。
「ちょっと、何!?」
「おい、馬鹿」
状況確認のために真由美と鈴音等生徒会のメンバーがまず慌てて立ち上がり、手順に則って被害状況を確認しようとする。修平は何かを感じたのか通路に出る真由美の襟を掴んで強引に自身の後ろに引っ張る。突然のことで真由美は倒れ、腕を掴まれた鈴音も異議を唱えた。
「ちょっと、何?」
「邪魔なんだよ」
鈴音は修平の手を払おうとするが、修平は素早く彼女に手首固めをかけて動きを封じた後、その腕を背中側に回して更に肘を極め、勢いよく体を押すと同時に背中を蹴って押し出す。
丁度そのタイミングで、彼が感じていた何かは現実のものとなった。車が爆発し、大量の金属片がフロントガラスを突き破ってバスの中に退去して押し寄せる。そのほとんどは構造上路線図などが貼ってあるバスの左右の壁に突き刺さるが、何もない中央の通路はそうはいかない。
顔の前で腕を交差させて防御姿勢を取る修平の全身に銃弾のように突き刺さり、皮膚を侵食し筋肉を断裂させ骨を砕いて内臓を破壊する。
「修平君!?」
爆発によって真由美のその声はかき消された。
「こいつは効くね」
それに対する返答ではないが、修平は頭に積もった大量のガラス片を払い落としながら呑気な調子で言った。
「大丈夫………大丈夫なの!?」
「おう。この程度じゃ死なんよ俺は。死なんが、体の中が気持ち悪い。早いとこ取ってくれ」
「え、それは嫌」
「ナチュラルかよ。あ〜気持ち悪い」
体の中に多量の金属片が入ってなお、彼はそんな文句を垂れる余裕がある。いや、それどころか傷を負っているということ以外においてあらゆる生命活動が順調に行われている。
ピンセットで取ってくれ、それは嫌だと真由美と修平のやり取りが続く中バスが再び加速を始める。
「ちょっ……」
このままでは進路上にある燃え盛る車に激突してしまう。さて、どうしたものか。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
バスの生徒はそれぞれがそれぞれの方法で事態を収拾しようと思い思いの魔法を発動する。車に向けて一斉に魔法が仕掛けられた。
「馬鹿!」
しかしそれは事態を収拾するどころか悪化させてしまうものである。同一のものに魔法をかけるとそれぞれのサイオン波が干渉し事象改変力が薄まってしまう。
そしてこの状況を打破するには現在発動されているあらゆる魔法を圧倒する、つまり事象改変という力で全てをねじ伏せるような圧倒的な魔法の実力が必要だ。今それができる即応可能な人間といえば———。摩利は後ろに立つ克人に視線を向ける。すると彼も同じことを考えていたのかすでにCADを構えて起動式を展開していた。だが、このキャスト・ジャミングにも似た状況下でしかも炎と衝撃に対処しながら魔法というのは克人でも中々難しい。
「私が火を消します!」
その時に名乗りをあげたのが深雪だった。すでに魔法の起動準備を整えており、それを見た克人は防壁の魔法を用意する。
「無茶だ、司波!いくらお前でもこんなサイオンの嵐の中———」
だが摩利の言葉は否定された。無秩序な魔法が綺麗さっぱり消滅し、その直後に深雪の魔法によって燃える車は一瞬にして常温に戻る。克人が発動した防壁のおかげで車と正面衝突しながらもバスはダメージがなく、また衝突の衝撃すらも伝わって来なかった。修平がバスの運転システムを二秒で構築し直し、それを少々不正な裏技でコンピュータの制御権限を奪ってブレーキをかけ直した。
「みんな大丈夫?」
そして一連の動きが完結して事態が終わった頃、真由美が呼びかける。軽傷者が数名いるものの、重傷者は幸いにもいないようだ。
「楡井のそれは軽傷なのか……?」
ごく自然な流れで、爆発をモロに体で受けた修平も軽傷者認定してしまったが。これは確かにそう言わざるを得ないだろう。
「んなもん、死んでなけりゃ全部軽傷に決まっとろーが」
「いやすまない、ちょっと何言ってるか分からない」
摩利は、もはや彼の体については深く立ち入らないことにした。立ち入って聞き出したところで理解が追いつかないだろうから。とにかくそういうもんだと割り切らなければ上手く付き合える予感がしない。
「ていうか修平君、いつもの魔法消すアレは?アレでババンとやれなかったの?」
「腕時計がないんだよ。多分右手と一緒にどっか飛んでっちまったんだな」
「あっそう……。うん?」
「うん?どうした?」
「右手と一緒に?」
「おう、ほら」
何食わぬ顔で修平は右腕を掲げる。右手首よりも先がそのままなくなっており、切断面からポタポタと血が滴っている。どうやらとりわけ大きな破片によって切断されてしまったようだ。
「ひっ!?」
それを見てしまったほのかが引きつった悲鳴をあげ、雫や深雪はまるで幽霊でも見たように眉をひそめる。
「そ、それ……大丈夫、なの、なんですか?」
ほのかが震える指で彼の右手を指しながら、しどろもどろになりつつどうにかそんは言葉をかけた。暫し自分の腕を見つめた修平は数秒待機したあと、
「ぐあぁぁぁぁぁ!腕がぁぁぁぁ!!」
地面に伏してそう悲鳴をあげる。
「えっ、えっ!?だ、大丈夫!?」
「大丈夫よ光井さん。茶番だから」
「……ほえ?」
素直なほのかはそれを信じてしまい、生徒数名からも混乱するような声があがっていくが、一頻り茶番をやって満足した修平は顔をあげる。
「嘘だ」
「……………へ、平気なの!?それでッ!!?なんでぇ!?」
「ちょっと風通しがよくなっていい」
「……………きゅう」
「ほのか!?」
あまりの衝撃を直視させてはならないと彼女の脳が判断したのか、ほのかは目を回して倒れてしまった。深雪と雫が介抱に回る。
「あとでくっつけ直してもらわないと」
「体の治療はどうするの?」
「勝手に治るだろ。今までもそうだったし」
「ええ……」
座席の下を覗き込んだりして行方不明になった自身の右手を探し回っている修平もそうだが、深雪も大概驚異的だ。あの緊急時に適正な魔法を選択し、かつ力み過ぎず火を消す程度に抑えた魔法を構築するというのは三年生でも難しい。縁の下の力持ち的な立ち位置として鈴音がひっそりとバスに減速魔法を仕掛けていたとしても、である。そしてそれに感嘆すると同時にある一つの疑問が湧いた。
(あれだけの魔法を消したのは誰だ……?)
そう、あれが事態解決の一つの入り口であった。その人物が真由美かと思ったが、彼女のそれはあくまで相殺という意味合いが強い。なんの前触れも視覚的に認識できる現象もなしに魔法が消え去ることなど本来はあり得ないことなのだ。大本命の修平はご覧の有様でデバイスが使えず、アンティナイトと呼ばれる軍事物質である可能性はそもそも存在自体が極めて怪しい。
ああ、ダメだ。皆目検討がつかない。一度考えることをやめて外に目をやると、作業車の生徒たちが救助活動を行なっている。そして現場記録のためにビデオカメラを回す達也が、それらしい行動は何もしていないというのに強く摩利の目を引いた。
まさか、な———
自分の中で浮上した万が一つの可能性を、摩利は失笑とともに消し去る。そして別の場所に注目したその時に彼女は凍り付いた。
修平は笑っていたのである。口角を上げて、誰にも悟られないように口だけで笑っていた。だが瞬きした瞬間に彼は無表情に戻っており、しつこく身を案ずる真由美に対してうざいだのなんだのと言っている。
(いや、そもそもどうして彼は真由美を守ったんだ?)
そして新たな疑問が湧いた。彼の、七草真由美は利用価値があるという狙いを忘れたわけではない。だが、とはいえ親の仇である七草家の彼女を守りたいものなのか。いや、利用価値という合理的思考のために仇を討ちたいという感情論を排除できるものなのか。真意を確かめようと、一歩を踏み出したその時、足に奇妙な感触を覚える。どうやら何かを踏んだようで、表面は柔らかいのに踏むと硬い何かに当たる不思議な感触である。
(まさか……)
凄まじく嫌な予感がする。ゆっくりと、恐る恐る下を見ると、彼女の足は切り離された右手をしっかりと踏んでいた。
「わぁぁ!?」
摩利は思わず飛び退いた。