放課後、生徒会室。昼休みの司波深雪や光井ほのかとの邂逅したその後、怒りが再燃して保健室に殴り込みに行こうとしたところを克人や摩利に諭されたり、魔が差したとCADを爆裂させかけたり、道行く一科生を通り魔的に襲おうとしたりと日中色々あり過ぎたが、その都度彼は鋼のメンタルで乗り切った。
「彼は熱したら冷めないタイプのようだな」
「ご家族を侮辱するのはやり過ぎだわ。そもそも差別を黙認するという前提もおかしいし、彼1人に対して1-Aの半分近くが魔法行使を辞さない姿勢だった。そういう意味では彼も決して過剰防衛と言い難いわ」
「しかしな………」
「生徒の1人は、修平君が魔法を使って戦ってくると思っていたそうよ。だからこそ虚を突かれたんでしょうね。修平君の徒手格闘の腕前もあるし。ねー、ヴォイテクちゃん」
「フゴー」
物憂げな表情で話す摩利とは対照的に、真由美はテーブルうつ伏せのままで微動だにしないヴォイテクの足を握ったり、毛の感触を撫でて楽しんだりと呑気に構えている。
「………色々聞きたいことはあるけど、その熊、何?」
「ヴォイテクちゃん。修平君の………何だろ、家族?お友達?」
「何でいるんだ?」
「私も修平君もよく分かんないんだけど、気付いたらいるの」
「何だそれ………」
「可愛いからいいじゃない。ほらほら、ヴォイテクちゃーん」
「ブブブブブ」
腑抜けたのか、惚気ているのか。動物を愛でている姿は所謂イマドキというか、いつものカリスマ性溢れる生徒会長の姿はなりを潜めている。愛でられる方は、頭を掻いたり目を細めてあくびをしたりと、始終マイペースだが。
「そろそろ時間だぞ」
「はーい………」
名残惜しそうに、真由美は自分の定位置に戻った。ヴォイテクはその言葉に反応するように鼻を鳴らして歩き回ると、結局何をするでもなくまたうつ伏せに寝転がった。
「不思議だな、動物は………」
「ブブ」
何か面白くないことでもあったのか、いやにご機嫌斜めだ。エサがないとか、眠いだとかそんなものだと思っていたが、その原因は向こうからやって来た。
「お邪魔ー」
「失礼します」
「失礼します」
はて、確か呼び出したのは修平1人だった筈だが、2人の女子生徒の声がする。1人は聞き覚えがある。光井ほのかだ。しかしもう1人は、司波深雪ではない。
「来ちゃった」
「失礼します、生徒会長」
「あら。光井さん………と?あら?」
「1年A組、北山雫です」
「俺の弁護士その1とその2。ほらヴォイテク、おいで」
「ブブ」
「あり?」
ヴォイテクは一度修平を見てそっぽを向く。原因は修平ではなく、ほのかでもなく、新たにやって来た北山雫でもなく、彼女が抱いている動物である。
「オスカーちゃん?」
「………機嫌直せよヴォイテク。別に浮気とかそういうのないから」
「フゴー」
「だぁーもう!いいだろヴォイテク!仲間じゃんか!俺も、お前もオスカーもさ!」
「ブブ」
オスカーと呼ばれた、雫の肩に乗っている全身真っ黒のアメリカンショートヘア。不機嫌に修平と目を合わせようとしないヴォイテクと違い、呑気に前脚を舐めている。
「にゃー」
「ブブ」
「また動物が増えた………」
「いやいや、オスカーは勝手について来ただけだよ。始めようか」
閑話休題、と修平達が席に座ると、オスカーは開いた窓から飛び降りていった。猫は身体能力が高く、ビルから落下しても無傷でいられるケースも存在する。オスカーも例外ではなく、何食わぬ顔で着地し、悠然とグラウンドを横切って学校を出ていった。
「正直、両成敗だってことは摩利ちゃんぬから聞いた。今回弁護士その1とその2を呼んだのは正確な情報の擦り合わせだよ」
「………罰は受けてもらうぞ」
「俺は無傷、向こうはどっかしら折れたか捻ったか。随分二科生に優しいんだな。一科生サマサマ」
「………皮肉はやめてちょうだい。授業に出ること、それが罰よ」
「………あっ、そう」
会心の一撃だ。しかし、修平は表情を崩さない。元々彼は目的のために高みの見物を決め込むつもりでいたし、とある事情により真由美もそれを了承していたが、今回の罰はそれを無効とすること。人間には誰しも自分を良く見せたいという欲求があり、それがプライドやアイデンティティにも繋がっている。それを損ないかねないという意味では、単純ながらも大きな威力を発揮する。
「減刑される?」
「控訴は棄却されるわよ」
「上告」
「同じこと」
望み薄ではあるが、ほのかと雫にアイコンタクトをする。それを受け取って2人は状況を話した。
「昼休みになってすぐ、私と北山さんと司波さんとで、二科生の司波さんのお兄さんと会う話になったんです。そうしたら、楡井君が訪ねてきて」
「司波さんに用事がある、と言いました。私や光井さんが気付いて声をかける前に、主に男子生徒がそれに反応して、そのまま言い合いに」
「その言い合いの原因は?」
「まぁ………司波さんの容姿もありますし、あとは、いつものです」
「そう………」
どうやら新入生の間でも、一科生や二科生間の軋轢はすでに有名なようだ。彼が弁護士、と称して彼女達を呼んだのも、そういった見せかけの優位性などに興味がない人物として選んだから。彼は擦り合わせと簡単に言うが、選択には手こずったことだろう。
「その時、一科生の生徒達は有形力行使に至る行動を取っていましたか?」
「CADをチラつかせる生徒が数名」
「実際、魔法を使う、という旨の脅迫をする者もいました」
実際、過去の出来事にたらればはご法度とされている。されているのだが、やはりこうして過去を想起させるとどうしても語りたくなってしまう。
「それで、楡井君のその用事というのが………」
「はい。お友達をつくりたいと」
摩利の言葉に対応して、ほのかが彼を見ながら答える。しかし顔から火が出そう、とまではならないものの、修平からしたら公開処刑もいいところだ。そもそも生徒会の呪縛からある程度流れるために、普通とは違う入り口ながらも同学年と繋がりを持とうとしたわけだが、それをこういう形で白日の下に晒されるとなると、今すぐこの場の生徒会役員の口を封じたいところだ。
「悪いか」
「いいえ」
「じゃあ何で呼び出した」
「貴方も生徒ですもの。生徒会は生徒のために存在しているのよ」
「じゃあいいだろ。全生徒平等宣言でもしてくれよ」
「分かってるくせに。問題はそう簡単じゃないのよ」
「規則は柔軟性の対義語だって言うよな。じゃ帰っても?」
「待ちなさい。そう焦るものじゃないわ」
「いや焦るわ。めちゃくちゃ焦るわ。もう帰りたいんだよ」
高校生としての義務はこの時点で終了した。あとは権利を主張するだけだ。そしてその権利を縛り付けている喧騒においては、正当性が証明された。ここに長居するだけの理由は全て消失した筈だが、真由美は全力で阻止してくる。デートと洒落込むつもりがないのなら何のつもりかと探りを入れてみると、真由美は目を逸らした。
「お前マジか、まさか二回戦するつもりじゃねーよな?」
「うふふ、まさか」
「二回戦って?」
「一回戦があったということ」
「2人は気にしないでいい」
変に詮索しようとするほのかと雫に待ったをかける。この発言はいささか軽率だった。元々悪かった居心地がさらに悪くなった現状は如何ともしがたく、吐き捨てるように舌打ちをすると、これ以上は何も言うなというメッセージも込めて少々語気を強める。
「もういいだろ」
「そうね。ありがとう、もう帰っていいわよ」
とりあえず、彼の怒りが収まることを待つことにした真由美は、今日はこれまでとした。
「失礼しました」
「失礼しました」
「ヴォイテク、帰るぞ。ほらおいで」
「フゴー」
ほのかと雫は形式的に頭を下げて、修平は特に渋々と言った様子で、ヴォイテクはわざとらしく歩を遅めながら出て行った。残された摩利と真由美は力を抜くようにして大きく溜息をひとつ吐くと、憂えた。今後のこと、楡井修平のこと、魔法のこと、差別のこと………頭痛の種が減ることは当分なさそうである。
「どうしたものか………」
「売り言葉に買い言葉を続けていたら、死者が出かねないわ。だけど今は口頭で注意する他手段がないのが現状よ」
「彼は強いのか?いや強いか………」
思い出されるのは模擬戦の時。摩利の魔法に反応してから作業を開始した彼の反射神経もさることながら、不可視の攻撃で学校のCADは木っ端微塵に砕け、そのまま魔法を使った模擬戦という前提をひっくり返されてしまい、勝敗の判定に審判の真由美もかなり迷ったようだ。とにかく真由美が笑顔のまま硬直しながら熟考すること15秒、結局レギュレーション違反ということで規則を味方につけた摩利の勝利となった。思うところはひとつ、あれが模擬戦ではなく実戦だったら。そうなってしまう根拠はないが、彼の怒りの矛先が摩利に向いたら。
「危険だな………」
「別に、手を出さなければ向こうからも出してこないんだから平気よ」
「そんな野生動物みたいな………一科生の様子は?」
「怪我がひどい生徒もいるけど、後遺症は残らないって」
「うーむ………」
その程度で済んだと喜ぶべきか否か。彼が一科生相手に暴れ回っている現場を押さえていないのでどうとも言えないが、しかし。遺恨以外は残りそうもなくて喜ぶべきと判断した。しかし、彼の謎の能力について対処しがたいのが現実であり、手放しに喜ぶということは出来ない。
「彼はBS魔法師なのか?」
摩利は直接疑問をぶつけた。技術的特異能力者、あるいは先天的特異魔法技能者。BS魔法師が行使するのは魔法として技術化が困難なものである。よく知られる魔法に当てはまらない場合、BS魔法師の異能を真っ先に疑うのは正しいが、真由美は首を横に振った。
「違うわ。そもそも彼の魔法師としての実力は下の下よ」
「………では何故?」
何故魔法科高校への入学が許可されたのか、何故一科生を相手取ってあそこまでワンサイドゲームを展開出来たのか。摩利の何故という言葉には、様々な意味が込められていた。
「………彼本人に聞くしかないわね」
「そうか………」
しかしそれも虚しく、そうあることはなくなった。
◆◆◆
太陽が沈もうとしている頃に3人と1匹は解放された。廊下に差し込む夕焼けはノスタルジックではあるが、それを見て思うのは帰りの時間が遅くなったということばかりだ。
「悪いね2人とも。今度お礼するよ」
「構わない」
「私も、全然」
「俺、貸し借りとか好きじゃないんだよ」
「私も好きじゃない。だから最初から貸し借りなんて存在しない」
「優しいね北山さん。ヴォイテクも警戒してないっぽいし」
「ブブ」
雫は表情の変化に乏しいが、他人を立てるタイプのようで、貸し借りを好まず比較的平和主義者だ。今回は心優しいほのかとともにその性格が功を奏したようで、悪く言えば修平にとっても上手く呵責につけ込むことが出来た。警戒心の強いヴォイテクが警戒せずに雫の腕にすっぽりと収まって拗ねている辺り、悪意は少ないのだろう。
「楡井君、何でこの子拗ねてるの?」
「多分さっきの黒猫のせい」
「北山さん正解。オスカーは神出鬼没なんだ」
「ヴォイテク、嫉妬してる」
「フゴォォォォ」
その言葉に反応したのか、撫でようとした雫の手を振り払う。それは嫉妬で怒っているというより、八つ当たりをしていると言った方が正しい。随分人間臭い熊がいたものだと2人も驚嘆するばかりだが、人間らしいならするべきことがあると、雫は伝える。
「楡井、仲直りした方がいい」
「ちゃんとするよ。するけどさ、ウチに犬もいるんだよ。嫉妬してたら間に合わないんだよマジで。なあヴォイテク」
「ブブブブブ」
「楡井、地雷踏んだ」
「あ゛〜………」
彼女達は単に善良な心故に警告しているのだろうが、しかし、どうしても煽っているように聞こえてしまうのは修平の心が荒んでいるからだろうか。兎にも角にも仲違いしたままというのはいただけない。そして、仲直りにもそれぞれ違うゴールが用意されている。
「楡井」
「おい、マジかよ………」
それは人間同士においても同じだ。仲直りをしたなら、全てが全て消えるというわけではない。
玄関にたどり着いたところで、猛烈に踵を返したくなったが、修平はそれを堪えた。深雪曰くちょっとしたすれ違いから半日近くが経ってしまっては、感動の再会も何もあったものじゃない。最悪に最悪が重なったようで、司波兄妹だけでなく初めて見る顔がいるということだ。
「ちょっといいか」
「何だよ。よくないって言ったらバイバイ出来んのかい?」
「じゃあその前に謝らせてくれ。事情を知らずにあんなことを言って、済まなかった」
「……………」
「………どうした?」
「いや。初めての経験だからちょいと戸惑ってるだけだ。それより事情知らないってお前、司波妹から聞いてないのかよ」
果たしてどういった言葉を返すべきか。達也があまりにも素直過ぎた故に困惑するばかりだった。しかし軌道修正はより早く、そこを突っつかれるわけにもいかないという危惧を持って。その場しのぎに疑問をぶつけたが、それは実際話を聞いた人間が不思議がるものだ。素人が見ても、深雪は達也を深く敬愛している。それに彼女も誤解を解きたいと言っているのだから、話の整合性を取るのは当然。しかし、深雪はピシャリと端的に返した。
「それは全て許される免罪符にはなりません」
深雪は、達也が知らなかったという事実に至るまで情報を擦り合わせていた。今回は、その場の事情を知る深雪とほのかと雫が証人になる形になった。それを受けて、修平も言葉を返す。
「いや。俺も大いに悪かったよ。冷静じゃなかったし、ちょっと時と場合を選ばなさ過ぎた。もうしないよ」
「………じゃあ、友達になってくれるか?」
「おまっ、そこは聞いてたのかよ」
「工夫が必要だったんだろう?」
「恥ずかしいからやめれ。まあ、よろしく頼むよ」
多少のやりにくさを感じながらも、しかし。過去の遺恨は忘れないだけでいい。握手を交わしてお友達になれるのならそれで。そして、閑話休題とばかりに視線を外して問うた。先ほどから変に中途半端に刺さる視線を感じるせいで気が気でなかった。
「あのスカウトみたいな2人は?」
「俺の友人だ」
「個性的だな」
「俺もそう思っていたところだ」
出番を待っていた、と言わんばかりに食い気味で自己紹介をするのは目鼻立ちがはっきりした、十文字克人にも劣らないがっしりした体格の男子生徒と、赤毛が特徴的な女子生徒だ。
「西城レオンハルト。レオって呼んでくれ。よろしくな」
「千葉エリカ。よろしくね」
「楡井修平。よろしくどうぞ」
西城レオンハルトには特徴的な、中央ヨーロッパ系の顔立ちの面影がある。レベルの高い魔法科高校に入学出来たとなると考えられるのは魔法先進国であるドイツか、新ソ連系旧バルト三国の辺りか。そして千葉エリカの方は、赤毛かと思われたが実は少し違う。中東、あるいはスカンジナビア系の栗色の毛を明るくしたような感じで、アイルランドやスコットランドに多い赤毛ではない。
(数字付きか………?)
そして、こればっかりは微妙なラインである。敵を知り、己を知れば百戦殆うからず。己を知ったから次は敵を知るところだが、彼の敵の中では千を冠した数字付きがいるとは聞かない。
「今から帰んの?」
「ああ。もう1人が少し遅れていてな、良ければ待ってくれないか?」
このメンツであと1人、となると………
(あの眼鏡の女子生徒か………)
千葉エリカは確実に、保健室で暇を持て余したご陽気外国人のようにベッドを剥いで狼藉していた女子生徒だ。その時、エリカの名を呼んでいた眼鏡の女子生徒。視力の矯正にしてはえらくアナログだと、印象に残っていた。
「しゃーなし。いいよ。予定ないし」
「助かる」
そして、当然といえば当然だが、事情を知らない達也、レオ、リカの3人は会話をしている修平よりも気にかかるものがあるらしい。
「気になる?」
「………まあ、学校に子熊はな」
「あいつ、ヴォイテク。でも警戒心強いし、今機嫌悪いよ」
「へー。あの子、噛むの?」
「噛みちぎる」
「噛みちぎる!?」
子熊にあるまじき生態に思わず声を上げたのはエリカだ。そんな人間に危害を加えまくる爆弾を抱えているも同然の雫は無表情を保っているが。たとえそうでなくても、日本で子熊をペットなどトリッキー過ぎて触るに触れないのだが。
「平気なの?それ」
「機嫌が悪いのは楡井のせい」
「フゴー」
「違うわアホ」
抗議というか、声を上げたというか。ヴォイテクは雫に同調するように吠えた。小さな体特有のやや高めのもので、大人の熊のような本能を刺激するような恐怖などないのだが。それは嫉妬している、というよりあの猫に対する抵抗感かもしれないが、動物同士の遺恨など知れるわけもない。
「でも、可愛いわね」
「熊と相性いいんじゃねーの?」
「はあ?野獣に言われたくないわよ」
「何よ」
「何だよ」
あれだけで、レオとエリカの関係がよく見える。下手に突かない方が良さそう、というより修平がどうにかしなくても、あの2人は仲良さげに見える。好きであることの反対は、好きとも嫌いとも思わないこと。またはひたすら興味がないこと。そう聞くだけに、ああいうのもまたひとつの理想の形だろう。
「ブブ」
「でも可愛い〜。お腹減ってない?」
「こいつ物食べないよ」
「え?熊でしょ?」
「よく知らないけど、食べないんだよ。餌代浮くしいいんだけど」
「へー………不思議」
「フゴー」
今の修平とヴォイテクのようにとはならないようだ。
「すみません。遅れました」
バタバタと小走りをしてこちらに来るのは、あの眼鏡をかけた女子生徒だ。魔法を学ぶ、というのには若干の先入観がある。それだけに、虫も殺さないような少女がいるというのは意外だった。
「あれ………」
「どうも。初めまして」
「………どこかでお会いしました?」
「いや、初めましてだよ。楡井修平。君の名前も教えてくださいな」
「柴田美月と申します」
少しばかり心臓の鼓動が早まる。彼女は人畜無害に見えて、意外と勘が鋭い。
「達也君とは仲直りしたんですか?」
きっと彼女は純粋な善意でそう話したのだろう。達也にとってはどうということはなくても、多感なティーンエイジャーである修平にとっては辛いもの。仲間内だけとはいえ晒し者にされた気分だ。それを知ってのことなのか、ほのかは顔を強張らせ、雫は若干ヴォイテクを抱き締める力が強まる。それを彼は見逃さず、尋問するように言った。
「………どっちが喋った?」
「ほのかが喋った」
「ええ!?」
「いや分かった。分かったから澄まし顔で黙ってんのはやめてくれ。司波妹」
「………お兄様と、そのご学友のためです」
が、しかし、真に後ろめたかったのは深雪である。彼女分かりやすいというか、はとことんまでに兄想いというか、ここまで来て誤解を恐れずあえて悪い言葉を使うとすればこうなる。
「このブラコンめ」
これが一番しっくり来る。
「ありがとうございます」
「いや褒めてねーし」
ただしダメージは軽い、どころかその言葉は彼女にとって名誉のようだが。
「なあ、帰らねえか?」
「司波兄との仲直りも終わったし」
「達也でいい。俺も修平と呼ぶ」
「あっそ。じゃあ達也で。これ以上待たせるわけにもいかん、帰ろうぜ。北山と光井は適当に自己紹介済ませといて。ヴォイテク!お前は機嫌直してくれ!後でレスリングごっこしてやるから!」
「ブブブブブ」
「レオが!」
「え、俺!?」
「フゴー」
一番ガタイがいい、というもっともらしくも理不尽な理由で子熊との取っ組み合いの約束を取り付けられたレオは虚を突かれて驚いた。横でニヤつくエリカに気付かないくらいには驚いた。そしてヴォイテクはというと、雫の腕を叩く。とはいっても、サイズがサイズなので力はあまりないが。
「ヴォイテクは強いぞ。ほらおいで、ヴォイテク」
「ブブ」
「ええ〜………」
ヴォイテクは雫が離してやると、フンフンと鼻を鳴らしながら地面を嗅ぐようにして彼の足元に寄り、前脚で軽くパンチをする。それに動じることなく彼は腕時計を確認する。放課後からそれほど時間は経っていないが、意味もなく学校に留まることもない。そして修平は、集まった達也の友人達に、歩きながらポツリと零すように話した。
「俺ら、悪目立ちするぞ」
「楡井、知り合って初日にそういう話をするのは良くない」
「仕方ないだろ。恨むなら学校のシステムを恨め。才媛で、総代で、一科生。そんな奴を二科生が囲ってんだ。クラスメイトからすりゃ面白くない。中には———」
「おい」
「………こういう奴もいる。気を付けなよ。事後報告だけど」
校門には、大勢の一科生が待ち構えていた。正面切って歩いていれば、嫌でも彼らとは目が合うもの。その視線は間違っても友人になりたいと握手を求めるようには見えなかった。当人や修平が危惧したのはもっと前のことだったが、どうやら先方の有言実行が早かったらしい。
「その人から離れろ。その人は、ウィード如きが一緒にいていい人じゃない!」
ウィード。差別用語であるそれは、建前上禁止されている言葉だ。しかし目の前の男子生徒は臆することなく、寧ろそれを誇らしく思うように声を張り上げた。最早分析するまでもない。彼は至上主義者だ。しかもトップクラスに面倒な、実力行使も辞さないタイプの。朝っぱらから友達作りに東奔西走して、一科生にいちゃもんをつけられて、会いたくもない人物に説教されて。その上これとは。
「いい加減諦めたらどうなんですか?深雪さんはお兄さんと一緒に帰るんです。他人が口を挟むことではないでしょう」
頭痛の種かと、頭を悩ませる彼に代わったのかは分からないが、その間にも美月、エリカ、レオと一科生の男子生徒との口論は加熱していく。
「何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか!?」
「ひ、引き裂く………」
「深雪………何故焦る?」
「い、いいえ?焦ってなど………」
「イチャつくのは後にしておくれ」
四面楚歌である。味方がいない。過激派と狼狽える者しかおらず、頼るべきがいない。
単純に結論だけを言うのなら、一科生には正当性がない。彼らの主張の全てを『結局決めるのは本人』という言葉で覆せてしまうのがその証拠。しかし深雪があのような嗜好でなければこの問題が起きていたかどうかも疑問であるし、出来がいい同士で集まりたいという一科生の思いもまた理解に苦しまないというわけではない。ただそれが、差別意識による感情論としか見れないのが問題なのだ。
(弱いなー頭………)
それは白熱していく二科生達に対しても。売り言葉に買い言葉でヒートアップせず、諭せというのと無理な話かもしれないが、火を付けたのが一科生なら油を注いでいるのは二科生だ。
(無関係決め込んでインテリぶってる俺も、頭弱いのかなー………)
「同じ新入生じゃないですか。貴方達が一体どれだけ優れているっていうんですか?」
「………どれだけ優れているのか知りたいなら、教えてやるぞ」
「はっ!おもしれえ!是非とも教えてもらおうじゃねえか!」
願わくばこのまま鎮まってほしいが、どうやら神は聞き入れてくれないようだ。
「だったら教えてやる!!」
言うが早いか、男子生徒は服に隠れた腰のホルスターから拳銃型のCADを抜く。拳銃と違うところといえば、規制がかけられていないところか。まったくもって厄介な話であるが、規制されているのは魔法そのものであってCADではない。だからどんな魔法が飛び出してくるか、分からないミステリーボックスだ。照準は真っ直ぐレオへ向き、サイオンがCADに流れ込み、魔術式が展開される。一連の動作には無駄がない。
(どうにか出来るんなら誰かに任せたいんだけど………!)
しかし思いのほかというか、どうやら二科生というのは単に劣等生というだけでは一纏めに出来ない存在らしい。
「この距離なら体動かした方が早いのよね」
行動を起こしたのはエリカだ。伸縮式の特殊警棒を肩に置いて、エリカは得意げに笑う。双方呆気にとられていたが、何をしたかは単純明快で、特殊警棒を使って男子生徒の拳銃型CADを弾き飛ばした。笑ってはいるが、彼女は構えを解かず油断するような素振りを見せない。第二第三の矢も、今の彼女には無意味だろう。それを知らないある一科生は、更に第二撃の用意をする。
先ほどからその願いは打ち砕かれているわけだが、今回はどうにかなるか。神のみぞ知る。しかし神は、修平を見捨てなかったようだ。
「やめなさい!自衛目的以外の魔法の対人使用は校則違反である前に、犯罪ですよ!」
今回ばかりはその顔を拝めてよかったと思えた。サイオンの塊が起動式と衝突し、取り巻きその一の魔法は霧散する。飛ばしたのは真由美だった。
「また君か………」
と、同じく騒動を聞き付けてやって来た摩利からはそんな言葉が飛ぶ。
「人を疫病神みたいに言わないで欲しいね。こっちだって首突っ込みたくて突っ込んだわけじゃない」
「そうか。帰るのはもう少し先になりそうだぞ」
「あらま、そりゃ残念」
事態の収拾を図る真由美は間に入って一科生と二科生の仲裁を行なっている。それに対して、生徒会長が出張るという事の重大さに気付いた双方は顔面蒼白し、熱も冷めた様子だ。摩利は何故か、真由美の側に付かず修平から目を離さない。
「行かないでもいいんでございますかね」
「彼女から言われた。何をするか分からないから、君から目を離すなと」
「あらら。警戒されてんね。残念」
「何が残念なのかしら?」
とりあえず、生徒会室で話を聞くという形に落ち着くまでは早かった。それは真由美の手腕ひとつであろうが、とにかく応急処置とはいえいざこざを一旦収めた真由美が、次はお前だと言わんばかりに修平に詰め寄る。しかし修平は、ふざけたような、おちゃらけたような態度を崩さなかった。
「いんや。俺のマルウェアの活躍の場がなくて残念だ」
彼は笑った。その深層は、誰も測れない。
1万文字超えてた件。