楽しい。毎日がとっても楽しい。
一年や二年の時だって楽しくない訳じゃなかった。あーちゃん達はほとんど人の悪口は言わないし、私がいない時でも私の陰口を叩くような人達じゃないって信頼出来る。中学の時はそんな友達がずっと欲しかった。
それでも、窮屈なところはあった。話を合わせる為に興味ないドラマみたり、空気が悪くならないように自分の思ってる事を黙殺したり……そんなの誰だってやってるし当たり前の事なんだけど、やっぱり窮屈。贅沢な悩みなんだろうけど……
でも今は違う。今は自分を偽らずに出せてるし、演技もしてない。隙を見せないように……オタク趣味なのをバレないように神経をピリピリさせる必要もない。思い切った決断だったけど、カミングアウトして良かった。
だから、今の私は凄く充実してる。
「本当か? たまにそう見えない時があるっていうか……空回りしてるっぽい感じの時あるんだけど」
「えっ? いつ?」
「黒木と絡んでる時は大抵そんな感じだけど」
え……周りからはそんなふうに見えてるんだ。
あーちゃんとはもう二年以上の付き合いになるから、的外れな指摘をされる事はまずないよね。
何処が空回りしてるんだろ……?
「でもまあそっちは大した事ないよ。それより田村と絡んでる時が一番酷いかな。っていうかヤバい」
あー……そっちは自覚あるかも。やっぱりそういうのってわかっちゃうんだな。
「大体、なんで田村と仲良くしたがってんだ? 特に接点なくね?」
「あるよ。クロの友達なんだし」
「友達の友達だろ? それ別に親しくする必要ないじゃん。だったらあの野球メガネとも仲良くしないとおかしいだろ」
「野球メガネって……それなら野球博士でいいじゃん」
「いや、どう考えてもダメだろ」
野球メガネだってダメだと思うんだけどなー……
「ってか呼び方はどうでもいいんだよ! 友達の友達と親しくしなきゃいけないんだったら、あのメガネとも話すのが筋ってもんだろ?」
言ってる事はわかるけど、あの人と親しくしろって言われても……でもこうなるとあーちゃんも意地っ張りだからなー。何か納得させる理由ないかな。
あっ、そうだ。
「別に形式とか義務感で仲良しようとしてる訳じゃないよ。ほら、田村さんっていつもイヤホンしてるでしょ? どんな音楽聞いてるのか気にならない?」
「あー、それちょっと気になってた。ああいう奴が聞く音楽ってどういうのだろな」
よし、話が逸れた。こうなるとあーちゃんは話題戻したりしないよね。サッパリしてるから。
「なんだ、それが聞きたいだけか。だったらあいつ誘ってカラオケ行けばわかるだろ? 今日の放課後行こうぜ」
「え?」
「三年になって陽菜とカラオケ全然行けてなかったし、丁度良かったな」
「えっと、それはちょっと……無理なんじゃないかな。田村さん、よっちゃん達いたら絶対来ないだろうし」
「なんであいつら呼ぶんだよ。私と陽菜と田村、あと田中も誘えば二対二じゃん」
なんでそんな合コンみたいな言い方……あーちゃん、そういうの疎いから絶対狙ってないよね。
でも、田村さんとカラオケか。ちょっと興味あるかも。一回も歌わなくてつまんなそうにアイスコーヒーとか飲んでそうだけど……
「やっぱり止めといた方がよくないかな。田村さん、カラオケで歌うタイプじゃないでしょ」
「そうか?」
「ほら、あーちゃん田村さんの事全然わかってないじゃん。無理矢理誘ったら絶対『何こいつウザっ』って思われるよ?」
「でも、陽菜だっていつも似たような事あいつにしてるじゃん。なんか挑発っぽく話しかけたりしてるし」
「……!」
そう言われると何も言い返せない……
「大丈夫だって。断られたら二人で行けば良いんだし」
「それならまあ……いいかな。でも私は誘う勇気ないから、あーちゃんお願いね」
「わかってるよ。ってか隣の席だからどうせ同じ事だろ」
でも、私から誘いかけるのと、あーちゃんから誘うのとでは全然意味合いが違う。もし私が田村さんをカラオケに誘ったら、田村さんは私に対して完全に心を閉ざすかもしれない。なんとなくそんな気がする。あーちゃんからの誘いだったらそんなに気にしないだろうけど。
まあ、どっちにしたって断るよね、どうせ。あーちゃんもそこで納得して、この話はおしまい。絶対そうなる。大丈夫。
でもカラオケ本当久し振りだなー。何歌おっかな。レッスンで鍛えてるし、前より歌上手くなってる筈だから、あーちゃんきっと驚くだろな。
あーちゃんでもわかる曲にしないといけないから、今だとあいみょんが妥当かな? マリーゴールドはあーちゃん歌うかもだし、やっぱりハルノヒかな。あとは残テ、打上花火、シャルルあたりかな……AimerやLiSAは多分知らないだろうし。
でもあーちゃんと二人なら少しくらい冒険してもいいかな? 恋愛サーキュレーション歌っても引かれないかな……無理か。引かれるよね絶対。
本当はバンドリの曲も歌ってみたいんだけど。そばかすとかふわふわ時間とか。あ、光るなら! これ絶対歌いたい! 多分あーちゃんも好きになると思うし。
なんか楽しみになってきたな。最近ちょっと気持ちが沈んでたけど、ちょっとワクワクしてきたかも。
早く放課後にならないかな――――
「別にいいけど」
「……え?」
う、嘘!?
なんで!?
「お、良かった……って、どうしたんだよ陽菜! 顔色悪いぞ!?」
「う、ううん大丈夫。ちょっと意外っていうか、ビックリしただけだから」
「……」
誘っておいてこの反応は失礼かもしれないけど、我慢するの無理……!
だって田村さんがカラオケだよ!? 絶対来ないって思ってたのに……
「それじゃ、田中も誘って……」
「真子は用事があるから今日は無理だと思う」
「え? 田中さん一緒じゃないの?」
ますます信じられないな―……
もしかして、私がからかってるって思われてる? 嫌がらせしてるみたいに取られて、それで意地を張って来ようとしてるのかも。
もしそうだったら、そういうのは嫌だな。それじゃイジメみたいなものだよね。イジってるっていうか、上からみたいな……
でもこの考え自体が上からなのかも。単純に田村さんがカラオケ好きなだけかもしれないし。音楽聴いてるんだから普通にあり得るよね。
勝手に『田村さんはカラオケなんて行かない人』って先入観を持っていただけかも……
「じゃあどうする? 明日香を誘ってみる?」
「えっ、それはちょっと……ほら、加藤さん今ちょっとピリピリしてるみたいだし」
理由はなんとなく想像つくし(もしかしたら女子特有のアレかもだけど)、今の加藤さんと田村さんと同席でカラオケは私のキャパ超えてる。無理。背負えない。
「そっか。だったら3人でいいや。田村もそれでいいか?」
「別にいいけど」
本当に来るんだ……
田村さん、何歌うんだろ? 全然想像つかないんだけど……
まさか校歌を歌うとか……?(普段カラオケ行かない人が無理矢理マイク持たされた時のイメージ)
けど嫌がってる様子はないし、実はああ見えて楽しみにしてるのかも。
どうしよう……もし田村さんがノリノリでトリセツとか歌ってきたら。普通にしていられる自信ない……!
でもどう考えても西野カナはないかな。椎名林檎とかそっち系?ならあるかも。真顔で淡々と丸の内サディスティック歌うとか……
んー、何かそれもイメージと違うかも。洋楽の方がまだしっくりくるよね。
でもカラオケで洋楽なんて……
……田村さんなら全然あり得る!
あとなんかマイナーな洋楽聴いてそうな気がする……動画再生数2万くらいの。
こういう時、アニメだったら『実はお経聴いてる』とか『添い寝ボイスCDで癒やされてる』とか、そういうオチなんだろうけど……現実でそんな人いるわけないよね。
って、こんな事ここで考えてても仕方ないじゃない! 行けばわかるんだし。
「えっと、お店は――――」
「私、行きつけの所があるんだけど。そこでいい?」
田村さん!?
行きつけがあるんだ……なんか微妙にドヤ顔な気がするけど、もしかして自慢されてる?
でも今はそれより田村さんの歌唱力が凄く気になる。通い詰めてるくらいだし……誘いに応じたのも自信の現れだよね。
どうしよう。
もし私より上手かったら……!
声優は歌が上手くなくちゃいけない、なんて決まりはない。キャラソンが聞き苦しくないくらいのレベルなら全然OK。上手い方が歌うまキャラや歌で世界を救う的なアニメに出られる分有利だけど、上手すぎても有能イメージが強くなりすぎてポンコツ系のキャラを演じる機会がなくなる……気がする。
でも、これだけ時間使って練習して声のプロを目指してるのに、そういうのを全然目指してない人に負けるのは……
あっでも、これも先入観だよね。もしかしたら田村さんが歌手志望の可能性だってあるんだから。実はシンガーソングライターを目指してて、自分で曲を作っててそれを聴いてるのかもしれないし。
……それはないか。そんな素振り見た事ないし。
でも、勝手に自分が上で田村さんが下なのが当たり前って決めるのは、きっと良くない事だよね。
私には悪い癖がある。エロゲだってそうだった。リトバスくらいしかプレイしてなかったのに、自分で勝手に『他も全部こういうもの』って決め付けてた。
あの時の屈辱を無駄にはしない。
「ね、あーちゃん。勝負しない?」
「勝負? 点数でか?」
「そうそう。最下位の人がジュース奢るくらいの軽いやつ。どうかな?」
「それくらいなら私はいいけど……」
あーちゃんの視線は田村さんに向いてる。『私はいいけど田村はどうだろ?』って事だよね。
確かに田村さんはこういうノリが好きじゃないっぽい。でも根気よく頼めば、渋々でも『別にいいけど』って言ってくれるかもしれない。
そうなったら、田村さんとの距離が一歩近付く……気がする。
「えっと、田村さんは……」
「別にいいけど」
「そっか。んー、別に深い意味はないんだけど、ただ歌うだけじゃ盛り上がらないっていうか……」
って、いいの!?
絶対断られると思って矢継ぎ早に理由言おうとしたのが馬鹿みたいじゃん……
「じゃ決まりだな。田村、案内頼むな」
一体どこのカラオケ店なんだろ……
「ここだけど」
あー、このネカフェかー。ここカラオケあるんだよね。
「田村、ここ良く来るのか?」
「何回もじゃないけど、この前智子と2人で来たから」
「……」
球技大会の時か……
「2人とも初めて? 新規だと会員にならないと入れないよ。申込書に記入するだけだから簡単だけど」
凄い仕切って来る!?
でもこの感じだと、カラオケにも相当自信あるっぽい……
「なんか色々あるけど、予定通りカラオケでいいか?」
「もちろん。田村さんも――――」
「私はダーツしてるから」
……ん!?
「田村さん……? 勝負するって言ったよね?」
「言ってないよ。2人が勝負するのは別にいいよってだけ」
……ふーん。そういうフェイント仕掛けてくるんだ。
…………フェイントだよね?
「もしかしてお前、最初からカラオケで歌う気なかったのか?」
「ここだったらカラオケも出来るし私も遊べるから」
あ、そういう子なんだ……
あーちゃんにはわかんないだろなー……やっぱり、凄く困った顔してる。
下ネタに狼狽えてる時とはまたちょっと違う顔。怯えてはいないけど、とっても不思議なものを見てるみたいな……ト●ロと会った時のメ●とサ●キ……っていうかト●ロの方が近いかも?
まさか田村さんにこの顔を引き出されるなんてね……やっぱり手強い。
「あっ、私智子にダーツで勝ったよ」
自分のフィールドに引きこもうとしてる!?
でも田村さんと勝負できるまたとないチャンス……
「それって、ダーツで勝負したらカラオケで勝負するって事でいいんだよね? だったら――――」
「えっ違うけど」
「……!」
「ふふっ……ははは! ごめん陽菜! こんなの我慢できないって! ははははは!」
……結局あーちゃんに笑われただけで、何の収穫もないカラオケ大会になった。
「ふぅ……」
ティッシュティッシュ。
良かった……ぼっち、いっぱい友達できてよかったー……
あ、もうこんな時間。そろそろ寝ないと。
なんで日常アニメに限ってこんな深い時間にやるかな。こんなに優しい世界なのに。
クロは絶対観ないだろな、こういうアニメ。
……クロの謹慎が解けるまであと何日だっけ?
やっぱりクロがいないと張り合いがないかな。日常アニメだって、メインキャラが一人全然出てこない回ってそれだけで物足りないっていうか、なんか損した気分になるし。
それに、クロがいないと二年までの学校生活を思い出して少し不安になるんだよね。『今、私、ちゃんと演技しないでやれてる?』って。二年間もしてきた事だから、ちょっとしたきっかけで元に戻ってもおかしくないよ。
だから目一杯『今が楽しい』って自分に言い聞かせて過ごしてみたけど……やっぱりちょっと変だったよね、今日の私。
意識してクロの事考えないようにしたのが一番良くなかったのかも。だって『もしクロがいたら』っていちいち考えてたらキリがないし、なんか疲れるんだよね。それあーちゃんに話して『お前、四六時中黒木の事考えてるのか?』とか言われるの嫌だし。
……私って自意識過剰なのかな。
でも、もしクロがいたら今日の行動も全然違ってたんだろな。
きっと田村さんもクロがカラオケに一緒に来てたら歌ってただろうし。受付の田村さん、ちょっとクロに似てたなー。やっぱりそういうトコなのかな。
クロだったら何歌ったんだろ?
やっぱりアニソンしか知らないのかな。でも案外、流行りを抑えてるかも。いきなりラップとか歌い出しても違和感ないのがクロなんだよね……
最近のアニメでクロが好きそうなのは……あんまりないかな。人が死ぬアニメって随分減ったなー。でも日常アニメも減ったから痛み分けか。
意外となろう系も観てるかも。ラノベ作家になりたそうにしてた割に、なろう系を小馬鹿にしながら観てそうなイメージっていうか。『なろう系は主題歌微妙なのが多いんだよ。歌詞も大体ありきたりだし。あれ暗に作者の人生経験が狭いの馬鹿にしてるよね』とか言ってそう。
そうしたら、私は『そんな訳ないでしょ。歌詞書くのって凄く大変らしいよ』って返して――――
……なんでこんな時に限って謹慎なんてしてるんだろうね。全くバカだな……クロは。
あと、大筋には関係ないけど……小宮山さんの話になった時に凄く嫌な顔してそう。はは、簡単に想像できる。
でもいいよね、そういう関係も。なんか特別っぽくて。
別にクロの特別になりたいとか全然思ってないけど。
……寝よ寝よ。